1.舌骨上筋刺針(舌根穴など)
適応:舌痛症、喉の詰まり感、
位置、刺針:舌根穴とはいわゆる舌の根もとの部分で、下顎骨の正中裏面。寸6#2で直刺1~2㎝数本刺入。刺入したまま唾を飲ませる動作を行わせる。
解説:
舌骨上筋とは、舌骨と下顎骨を結ぶいくつかの筋をいう。顎舌骨筋、顎二腹筋後腹など。
ノドのつまり感は、嚥下の際に強く自覚する。嚥下運動は、咽頭にある食塊を喉頭に入れることなく食道に入れる動作で、この食塊の進入方向を決定するのが喉頭蓋が下に落ちる動きである。この喉頭蓋の動きは喉頭蓋が能動的に動くのではなく、嚥下の際の甲状軟骨と舌骨が上方に一瞬持ち上がる動きに依存している。嚥下の際のゴックンという動作とともに甲状軟骨が一瞬上に持ち上がり、喉頭蓋が下に落ちる動きと連動している。
2.上喉頭神経ブロック点刺針
適用:上喉頭神経ブロック点に圧痛を認める咽頭部痛。
位置:前正中線上で、舌骨と甲状軟骨の間で甲状舌骨膜部に廉泉穴をとる。ここから左右それぞれ1㎝ほど外方に上喉頭神経孔があり、ここを治療点に求める。
刺針:仰臥位でマクラを外す。上喉頭神経孔に命中するよう、寸6#2で斜刺。咽頭に針響を広がる。
解説:上喉頭動脈という細い動脈で声帯に酸素や栄養を送っている。上喉頭神経が興奮すると、喉のイガイガ感が出て咳込むようになる。これは喉頭内への異物侵入防止のための咳誘発反射といえる。ポッテンジャーによれば、上喉頭神経が興奮すれば喉頭異物感が出現するという。この見解からすれば、梅核気など喉のつまり感には上喉頭神経内枝刺の適応があるかもしれない。
3.輪状甲状筋刺針
適用:高い声が出にくい場合か? 本刺針法が有効かどうかは不明だが、発声に関係している触知可能名筋は輪状甲状筋のみである。
位置:前正中線上で、甲状軟骨と輪状軟骨間に仮点を定め、そこから左右1㎝の処。
刺針:輪状甲状筋に対し直刺1㎝。刺針した状態で発声させると。本筋が収縮し針体が大きく動くのを観察できる。
解説:輪状甲状筋刺針が収縮すると甲状軟骨と輪状軟骨の距離が狭まり、これが声帯靱帯を伸張させ、高い発声を可能としている。つまり輪状甲状筋の緊張は、声の高さを決定する因子になる。
4.気管軟骨刺(郡山七二著「鍼灸治法録」の、”気管と喉頭直刺”より)
適応:喉頭や上位気管にに原因のある疾患の鎮咳去痰としての特効。それ以下の気管や胸腔内疾患の鎮咳去痰には効果がない。刺針部には知熱灸を併用。
位置・刺針:気管・喉頭ともに前面と側面から4~5本づつ、1~2㎝間隔で、せいぜい1㎝ほど刺入。軟骨に触れるものを限度にする。特定の部位といったものはないので、適宜に行えばよい。輪状軟骨にづづく気道は気管になる。気管は気管軟骨により内径が狭窄して呼吸困難になるのを予防している。気管には迷走神経が分布している。迷走神経興奮すると、咳が誘発される。
解説:
咳には、ノドから出るものと胸から出るものの2種類があり、患者は咳の出所を自覚できている。喉頭炎はノドから出る咳で、気管支炎や肺炎は胸から出る咳になる。
また咳には痰を伴う湿性咳と、痰のない乾性咳がある。湿性咳の場合、痰を喀出する目的で咳が 出るのだから、治療目標は鎮咳よりも去痰になる。去痰とは痰をなくすことではない(痰を減らすのは一朝一夕にできない)、痰を切れやすくする(痰の粘稠度を緩める、すなわち痰の水分を多くする)ことである。
5.下咽頭収縮筋刺
咽頭収縮筋には、上中下の3種あるが、治療で用いるのは主に下咽頭収縮筋。
適応:嗄声、良いつやのある声が出せない。
位置:甲状軟骨の外縁と頸動脈の間
刺針:下咽頭収縮筋刺へ深刺、または押圧
解説:中咽頭収縮筋が緊張するとは舌骨を頸椎に押さえつけ、下咽頭収縮筋は甲状軟骨を頸椎側に押さえつける。中・下咽頭収縮筋はは頭に入った食塊を食道に押し込む目的 があるが、同筋が緊張すると喉頭を頸椎側に押さえつけるので、声帯の動きを妨げることになる。本筋の緊張を緩めることで、正しい発声をしやすくする。
枝川直義著「ドクトルなおさんの治療事典」地湧社1983年9月)には、「風邪症状の嗄声とか声が出なくなった人で、前頸部の主として、下咽頭収縮筋とその周辺に超希釈ステロイド剤を注射しますと、その直後より正常な声が出始めるという事実があり、まるで奇術をしているような気になることもある」との記載があった。
6.洞刺(とうし)
※洞刺の読みは、ドウシではなく、トウシが正解。1948年 に代田文誌と細野史郎博士が協力して創始した。しかし降圧剤、気管支拡張剤(β2刺激剤)、抗コリン剤(内臓平滑筋痙攣の緩和)、などの薬物療法が進歩した現在、その実用的価値は低下したが、鍼灸発展の経過としての医学史的価値があるといえる。
適応:①血圧降下、②気管支拡張(喘息発作の改善)・止咳など
位置:喉頭隆起の高さで、総頸動脈が、内頸動脈と外頸動脈に分岐する部にある頸動脈洞(ふくれている部)部。
刺針:仰臥位で、左右一側づつ頸動脈洞部の血管壁外壁に刺入。7秒程度刺針(血圧が下がりすぎるのを予防)
解説:
①圧受容体刺激による血圧降下作用
頸動脈洞には血圧上昇を感知する圧受容器がある。
血圧上昇時に伴う頸動脈血管の拡張 →舌咽神経を刺激→ 延髄の血管運動中枢を刺激→迷走神経を介して血管拡張による降圧
極端に降圧する恐れがあるので高血圧に対する場合7秒置針に留め、また両側同時に実施しないこと。ただし降圧効果はせいぜい最高血圧値で10~20程度(最小血圧値は変化ない)と強力な作用はない。現在では廉価で安全な降圧剤が入手できるので洞刺を行う意義は乏しくなった。
②化学受容体刺激による気管支拡張作用
気管支喘息発作時に洞刺を行えば、瞬時に喘鳴が改善して呼吸が楽になると代田文誌は記している。これも現代では気管支拡張剤(交感神経β2刺激剤)の入手が容易になったので、喘息発作の鎮静のため洞刺を行う意義は薄れた。頸動脈小体は、血中酸素分圧の低下を感知する化学受容体。 針で頸動脈洞を刺激すると舌咽神経を刺激するが、これを中枢では頸動脈小体からの信号であると誤認するので、呼吸中枢は血中酸素濃度を増やそうと迷走神経に気管支拡張命 令を送るのではなかろうか。
頸動脈小体が酸素分圧低下をキャッチ →舌咽神経が伝達 → 延髄の呼吸運動中枢 →迷走神経興奮し、気管支拡張
③舌咽神経痛の鎮痛
舌咽神経は、舌根部~咽頭、外耳道、鼓膜を知覚支配しているので、洞刺によりこれらに 鎮痛効果をもたらす。その典型は扁桃炎の痛み。洞刺を行って速効しない場合でも、人迎部に3㎜皮内針を皮下針的に斜刺し固定すると、おおむね24時間以内に鎮痛効果が得られる。(渡辺実:扁桃炎・口内炎の簡易療法、医道の日本 昭58.8)