筆者は 2022-06-26のブログで「急性胆嚢痛に対する胃倉の刺針技法と理論」と題した内容を報告した。しかしその後進展があったので、そのブログを消去するとともに、改訂版として本稿を発表することにした。
1.胃倉
代田文誌が行って有名になった方法に、胃痙攣や胆石症による強い腹痛に対して、胃倉(Th11棘突起外方3寸)に刺針するものがあった。なおここでいう胃痙攣とは、現代では急性胆石痛の痛みだとされている。中背を刺激するのではなく、なぜ胃倉を特効穴とする理由についての説明はされていない。昭和の鍼灸治療書は、アセスメントがないのが普通だった。
2.魂門
話は変わるが、私はかって胆石の激しい痛みに対して、側臥位にして魂門(Th9棘突起外方3寸)から脊柱棘突起方向に向けて深刺して、良い結果が出ていて、失敗した経験がなかった。魂門刺針の治効理由として、志室からの腰神経叢刺針と同じようなものだとみなしていた。むろん高さ的に魂門からの刺針では腰神経叢に当てることはできないが、肋間神経刺激になる。腰神経叢刺針は内科方面では高い確率で尿路結石疝痛を頓挫させることができるので、これと同じような性質になるのだろう。
深々と押圧して触知できる圧痛は私の2022-06-26のブログでは胃倉は下後鋸筋の筋膜痛に対する施術かと推測した。当時としてはそれ以上調べようがなかった。
が、<下鋸筋は、呼吸のための肋骨運動の補助筋だが、薄い筋であってその作用は弱い>と書かれていたので、間違った解釈をしてしまったと反省した。
2.胃倉・魂門刺針は、何を目標として刺激しているのか
1)後鋸筋筋膜の重積
近来、筋肉そのものよりも筋膜に対する理解が著しく進歩して、筋と筋の境目で、筋膜が複雑に入り組んでいる処(=重積部)が、筋膜癒着を起こし、滑走性が悪くなりやすいことが知られるようになった。
このような観点から、もう一度胃倉や魂門の局所解剖学的性質をみると、後鋸筋あたりの筋膜が複雑な構造になっていることが知れる。トリガーポイントの書を読むと、このあたりが症状を起こすトリガーとなっているとの記載があった。すなわち後鋸筋の問題ではなく、後鋸筋あたりの筋膜癒着が症状を発生させている。このように推測すると、これまで胃倉と魂門を別物としていたのは誤りで、正体は同じもので、個体差による位置のズレの範囲内ということになりそうだ。
2)横隔膜停止部
横隔膜というと、薄い平らな膜のような形を思い浮かべがちだが、実際には全体的に筋肉ででたドーム構造になっている。とくに第7胸椎~第12胸椎の範囲は起立筋の深層に横隔膜が存在している。それゆえ横隔膜はTh7の高さである膈兪にあると思うのは間違いで、第7胸椎~第12胸椎の高さに、その起始がある。
柳谷素霊著「秘法一本針伝書」のい五臓六腑の針では、膈兪と脾兪(それぞれ棘突起外方1寸)に横隔膜と胃疾患に対する治療穴としているのは、おそらく肋間神経刺激が横隔膜起始刺激になっていることに関係があるだろう。
また同書には、腎兪外方1寸を腸疾患の治療穴としているが、これは横隔膜脚部を刺激していると思われた。横隔膜脚部につては、石川太刀雄著「内臓体壁反射」にも記載があり、腰部に限局性の筋硬結が出現することが指摘されている。
内臓は自律神経支配だが、横隔膜は体性神経支配なので、横隔膜に対しては針で響きを送ることができる。横隔神経への刺激は、被験者には内臓に響いたような感覚を与えるんのだろう。