私の手元には、焦氏頭鍼法、朱氏頭皮針法、山元式新頭針法といった3種の参考文献がある。歴史的には、焦氏頭鍼法は焦順発医師が1960年代に、朱氏頭皮針法は朱明清医師らにより1980年代に、ともに中国で開発された。山元式新頭針は、YNSA(Yamamoto New ScalpAcupuncture)とも略される。1980年代頃から日本の山元敏勝医師により開発された。この3つの方法は治療点が異なり、治療点を示す頭のマップも当然異なっている。山元式新頭針法は別稿にゆずり、ここでは焦氏頭鍼法、朱氏頭皮針法の概要を説明する。
1.焦氏頭鍼法(杉充胤訳「頭針と耳針」、自然社、昭和50年)
1)焦氏の頭針チャートと理論的根拠
上記書籍「頭針と耳針」は頭針療法(山西省稷山県人民病院編)と耳針(中国人民解放軍南京部隊編)の合本である。昭和50年、自然社より刊行された。前半1/4(約50ページ)が頭針について書かれているが、当時の中国においても耳針とは違って頭針は目新しいものだった。後半3/4が耳針について当時中国では文化大革命の混乱の中、中国共産党幹部以外のカリスマはつくらないという方針からなのか、著者名は提示されなかった。著者が焦順発医師だと知れるようになったのは、かなり後になってからであった。
焦氏頭鍼法は、大脳皮質の機能局在を、素朴な形で頭皮に投影させている。この象徴的な例としては、大脳中心溝の前方部分の中止前回に相当する部が運動区となり、中心後回に相当する頭皮が感覚区となっていることがみてとれる。
運動麻痺時は、運動区を刺激するが、ペンフィールドの小人に準じた大脳機能局在があって、頭頂付近は下肢、側頭部付近は顔面部が、両者の中間領域は上肢に振り分けられている。
2)用針:焦氏頭鍼の方法では、2.5~3寸の26~28号中国針(日本針では15~12番相当)を使用する。
3)刺針手技:斜めに捻針しながら刺入、頭の皮下、あるいは筋肉層にまで刺針する。その深さに達したら、針を固定し上下してはならない。その後、毎分200回前後捻針し、各回、針体が前後に2回転するくらいに捻針し、1~2分間捻転し、5~10分間置針しておいたら、また前回と同じように捻針することが必要である。これをもう一度繰り返してから抜針すればよい。
4)私の印象:今となっては大脳機能局在の、原始的な局在をマップの根拠としている点で治効理論的に非常に弱い。しかし従来の体針法では知覚異常性疾患に鍼灸で治効を引き出せても、運動性麻痺性疾患が鍼灸では弱いことを自覚し、それに対処するための着眼点としては妥当であり、実際に運動麻痺性疾患に効果があり、鍼灸の適応を拡大したことを評価すべきであろう。頭針法の原点といえる。
2.朱氏頭皮針
(朱明清、彭芝芸著、「朱氏頭皮針」東洋学術出版社、1989.9.20刊)
1)朱氏頭皮針の頭針チャート
朱氏頭皮針のチャートは、焦氏頭針のチャートと似ている部分が少なくない。たとえば、前頭部髪際にみる治療帯、頂顳帯が中心溝に一致している点などである。総合的に焦氏頭針法の流れを受け継ぎ、改良したものだと推測できる。
2)用針:朱氏頭鍼の方法では、1~1.5寸の30~32号中国針(日本針では10~8番相当)を使用する。従って、焦氏と比べて、短く細い針を使用する。座位で施術することが多い。僧帽筋膜下層(やわらかい疎生結合組織)に刺入する。そのためには、頭皮と15~30度の角度として、1寸くらい刺入する。
3)刺針手技:朱氏頭鍼が焦氏頭針法と比べての最大の違いは、単なる刺針手技をするのではなく、補瀉手技を行う。
①抽気法:頭皮に対して、15度の角度で、指の力を用いて鍼尖を皮膚にすばやく刺入し、さらに腱膜下層まで刺入したら、鍼体を寝かせ、1寸ぐらいゆっくり刺入した後、瞬発的な力で表層に向けてすばやく引き出す。引き出す幅は、多くても1分くらい。得気があり効果が収められるまで以上のことを何度か繰り返す。補法の手技。
②進気法:刺入方法は抽気法と同じ。鍼体を寝かせ、1寸ぐらいゆっくり刺入した後、瞬発的な力で内にすばやく押し入れる。押し入れる幅は、多くても1分くらい。得気があり効果が収められるまで以上のことを何度か繰り返す。瀉法の手技。
4)促通手技の併用
刺針手技中は、患者に疎通効果が得られるよう協力して運動方を併用させる。中国医学の言葉でいえば、導引の併用ということであろう。疎通効果を得るための運動は、疾患によって異なるが、私が見学した講習会で学んだ方法を紹介する。、
①片麻痺に伴う歩行困難(車椅子患者)
座位にさせ、頭皮針実施。刺針手技に応じて、患側下肢を太ももから浮かせ、足裏を床面に音をたて叩きつける動作を繰り返す。大きな動作ほど有効。
②耳鳴、難聴
患側外耳口から術者の指先を入れ、刺針手技に応じて、指を抜き差しする。
③腰痛
座位で頭皮針を実施。その際、助手の先生に腰背部疼痛部を叩かせる。
5)置針:一般的に頭皮鍼の留鍼時間は、長いほど優れた効果が得られる。通常は、2~4時間にも及ぶ。留鍼中に間歇的に手技を施し、一定の刺激量を持続できれば、治療効果は一段と高められる。
6)私が東京衛生学園常勤教員だった頃、東京衛生衛生学園では朱明清・彭芝芸を招待して講演する機会をもった。その冒頭、朱氏は「私の講演では、まず最初に実際の患者に頭皮針を行い、その効果をお見せすることにしている」として、学校近くのM病院に脳血管障害で入院中の歩行困難患者に対し、頭針鍼を行ってみせた。施術時間10分間ほどで、驚くべきことに歩行可能となった。数人の難病患者をその場で治療し、どれも速効的な効果が出せていた。
しかしながら追試しても、同じような効果を出すことは難しかった。この理由として、刺針部位の選出の誤りもあるかもしれないが、重要なのは針の手技の違いなのだろうと思った。実際、朱氏頭皮針法を追試しても、同じような効果が出せないということは、よく耳にする。朱明清医師の技術は非常に高いものだという事実に異論はないが、追試が無理なのであれば、医療技術の普及という点ではマイナスになる。