鍼治療の効果を高めるには、針の手技だけでなく、患者の体位・筋に力を入れるか否か・息を止めるか否かなどを考慮するとよいことが知られている。これらは導引という概念といえるらしいが、現代では導引に代わり、神経生理学的機構に働きかけることで治療効果を高めようとする考えが生まれている。
1.Ⅰa抑制
1)Ⅰa抑制とは
スムーズな関節運動を行うためのしくみ。
主動作筋が収縮する際は、拮抗筋が弛緩する生理的機序のこと。この機能がないとスムーズな関節運動はできない。筋紡錘による拮抗筋の抑制である。肘屈曲の際、上腕二頭筋が収縮する際、上腕三頭筋が弛緩する現象など。
2)Ⅰa抑制の生理学的機序
伸筋からのIa線維が抑制性介在ニューロンを介して屈筋の運動ニューロンに接続していることで起きるIa抑制(=相反性抑制または反回抑制)
目的筋を大きな速度で伸張する
→筋紡錘が反応してⅠa求心性線維に刺激を送る
→その刺激が脊髄を通り脊髄前角にあるα運動線維を介して拮抗筋に抑制的に働く
→拮抗筋が弛緩。
3)臨床応用
筋紡錘刺激は、拮抗筋を抑制する。
①腰部筋緊張をゆるめる手技:
その拮抗筋である腸腰筋を緊張させる動作を指示する。具体的には仰臥位で大腿挙上させ、腸腰筋を緊張させる動作を指示する。セラピストは、その運動に抵抗を加える。
②大腿四頭筋緊張を緩める手技:
その拮抗筋であるハムストリング筋を緊張させる動作を指示する。具体的には側臥位で、上になった側の下肢を、膝関節伸展させたまま、股関節を伸展させる。弓を反らすような姿勢にし、セラピストは、その運動に抵抗を加える。
※「筋」紡錘は拮抗筋を抑制し、
2.Ⅰb抑制
1)Ⅰb抑制とは
筋肉の両端部分のスジが引き伸ばされても反射的に弛緩する。これをⅠb抑制とよぶ。Ⅰb抑制は、筋肉の収縮や外力によって急激に引き伸ばされスジが断裂するのを防ぐための防御機能である。「腱」紡錘による自筋(目的筋)の抑制。
筋伸張反射とは、筋肉が急に引き伸ばされた時、筋が切れないように筋が防御的に収縮する反射(=Ⅰb抑制)であって、等尺性の筋収縮(=関節運動を伴わない筋収縮)を起こさせる。
※急激に筋肉が引き伸ばされた時は伸張反射(例として膝蓋腱反射)が起こり、引き伸ばされた筋肉が収縮する。これは関節が過剰に動き破壊されてしまうのを防ぐ目的がある。
2)Ⅰb抑制の生理的機序
筋をゆっくりと大きく伸張する→腱紡錘(=ゴルジ腱器官)腱紡錘が伸ばされてⅠb線 維に刺激を送る→その刺激が脊髄を通りγ線維を介して伸張した筋に抑制的に働く→伸張した筋が弛緩する。
※Ⅰa抑制は、目的筋を大きな速度で伸張することでスイッチが入る。これに対して、Ⅰb抑制の起こる閾値が高く鈍感なので、Ⅰa抑制が働かないように、静かにゆっくりした動作が必要である。(例:アキレス腱ストレッチは、腱に伸張刺激を与えることを目的とするので、徐々にゆっくりと負荷をかける。)
3)臨床応用 「腱」紡錘は自筋(目的筋)を抑制する。
①アキレス腱のばしの方法:
スタティックストレッチ(反動をつけず、ゆっくり引き伸ばして行うストレッチ。ストレッチ作用は弱いが安全性が高い)
②膝OAにおける大腿直筋を緩ませる方法
大腿直筋緊張を緩めるには、単に四頭筋上の筋硬結部に刺針するのではなく、仰臥位で膝関節屈曲させ、四頭筋緊張させる→その状態で膝蓋骨の大腿四頭筋停止部の圧痛(鶴頂あたり)を探って手技針すると効果的。
③腰方形筋緊張による腰痛治療:
立位で前屈させて腰方形筋を伸張させる。その状態で腰方形筋の腸骨稜停止部の圧痛に手技針または運動針。
3.筋ストレッチと筋トレの相違
「ストレッチ」という言葉は、1960年頃にアメリカで発表されたスポーツ科学の論文中で使われ始めた。筋緊張時、、この収縮状態を引っぱって伸ばす運動のことを筋ストレッチまたは単にストレッチとよぶ。
筋ストレッチの効能は、①筋緊張緩和と筋の柔軟性改善、②関節可動域拡大、③血流改善などである。今日ストレッチはスポーツにおけるウォーミングアップ、クールダウンの中で盛んに行われ、重要な役割を果たしている。
一方、筋トレ(筋力トレーニング)は、筋肉(骨格筋)の出力・持久力の維持向上や筋肥大を目的とした運動の総称をいう。目的の骨格筋に抵抗(レジスタンス)をかけることによっておこなうものはレジスタンストレーニングとも呼ばれる。抵抗のかけ方には様々ありますが、重力による抵抗を利用するものをとくにウエイトトレーニングと呼ぶ。
4.スタティック ストレッチング(static stretching 静的筋伸張)
1)方法と適応
通常の筋伸張運動。反動をつけずに目的の筋肉をゆっくりと伸ばし、その姿勢を30秒(または20秒)程度保持する。運動後のクールダウンやリラクセーションに適す るが、パフォーマンス向上には適さない。
※伸ばしている時は息を吐く(=交感神経緊張を緩める)と筋が伸びやすい。
2)生理学的意義
筋肉をゆっくり伸ばすのは、伸張反射を防ぐ意味がある。筋肉には筋紡錘と呼ばれるセンサーがある。筋肉が瞬間的に引き伸ばされると、次の変化が起こる。
筋紡錘から「伸張された」という信号が出る→反射的に脊髄から「筋を収縮させよ」 という命令信号が出る→筋肉が反射的に(意思とは関係なく)収縮する。これを伸張 反射とよぶ。伸張反射は筋肉が急激に引き伸ばされたときに起こる防御反応である。
この伸張反射はスタティックストレッチングを妨げるので、これを避けるためにはゆっくりとした筋伸張動作を行うのがよい。
2.バリスティック ストレッチング(Ballistic stretching 勢いのある筋伸張)
反動を利用したストレッチのことで、筋の柔軟性を改善する効果が高い。柔軟体操やラジオ体操がこれに相当する。可動域 増大、筋温上昇、交感神経興奮の効果が得られる。静的ストレッチングと異なり伸張反射が起きやすいので、健康維持目的の運動(=フィットネス)には用いられなくなったが、 競技スポーツにおいては現在でもバリスティックストレッチが使われている。
類似のものにダイナミック ストレッチング(dinamic stretching 動的な筋伸張)がある。これは勢いを制御したバリスティックストレッチングのことで、大きくは反動をつけないので事故が少ないという利点はあるが、効果的にはバリスティックに及ばない。
3.PNFストレッチ
1)概要
PNFは” Proprioceptive Neuromuscular Facilitation ”の頭文字をとったもので、固有受容性神経筋促通法と和訳される。PNFストレッチとは、リハビリテーションの手法を取り入れた徒手抵抗ストレッチの技法をいう。
抵抗を加えながら筋肉を収縮させた後、抵抗をなくすことで、筋肉の柔軟性を高める。すなわち単純に筋を伸ばすのではなく、一旦収縮させることで筋肉が伸びやすく なる性質を利用し、また力を入れた主動作筋に対して、反対側にある拮抗筋は緩むという性質(Ⅰa抑制)を利用する。PNFストレッチは目的とする筋の緊張を緩めるのに非常に適している。その結果、関節可動域の拡大を図ることもできる。
自分一人では行いにくいので、トレーナーがセラピストとなって行うのに適している。これまで針灸臨床の場でも、刺針+筋肉運動が相乘効果を生むことが認識されて きたが、多分に経験的で運動学的理論に基づいて行われることは少ないように思われる。これからの検討課題となるであろう。
2)具体例
①五十肩に対するカリエのリズミックスタビリゼーション
患者はセラピストの指示にしたがい、上腕を上下左右に動かす。その時セラピストは患者の上腕を持って腕の動きと逆方向に力を入れる。患者、セラピストとも筋力を使っているのだが、その力が釣り合っているので、上腕はあまり動かない(等尺性運動になる)。この運動を行うと、肩関節ROM拡大が図られる。
②ハムストリングのPNFストレッチ
③大腿四頭筋のPNFストレッチ
④梨状筋のPNFストレッチ
⑤吸玉療法で筋が緩む現象
まず皮膚と皮下組織を吸玉で吸引する。この状態では患者は交感神経緊張状態になっている。5~30分間後に吸玉を外すと、副交感神経緊張状態に変化する。すなわちリラックスするためには、単に筋の脱力を図ろうとするのではなく、そ の直前に身体緊張状態をつくり、急に脱力させるのがよい。