前回のブログでは「結髪・結帯制限の針灸治療理論」を解説した。 https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/72356f24985fdae94cc1f9ac836d4583
今回は、効かせるための技法について説明する。針灸の技法は、施術者により異なり、どれか一つが正解ということはない。ここでは私の普段やっている方法を説明することになる。効かせるコツがあるとすれば、施術肢位が治療効果に関わることがあげられる。症状を出現する体位にさせ、痛む部位を患者自身の指頭で示させ、その点を刺激するということが大原則になる。肩甲骨や上背部など患者の指頭が届かない処は、術者が押圧し、きちんと圧痛硬結を探すことが重要である。次に重要となるのは、施術後に再び痛む動作をさせ、術前術後の症状の改善具合を聴取して治療効果を判定することが重要である。通常は改善することが多いが、それでも10が0となるほど著効することはめったにない。先の治療で残存する症状部位を指頭で押さえてもらうことが「二の矢」としての治療につながる。
本稿では、施術体位について詳しく説明している。これも治療効果と関係してくる。
1.結髪動作制限に対する治療点
1)肩甲下筋
①肩甲下筋の過緊張
肩甲下筋:起始→肩甲下窩、停止→小結節 作用→上腕の内旋
肩甲下筋は肩腱板の中では唯一の内旋筋で、外転90°での内旋運動は手掌を相手に向けての敬礼動作となり、事実上の結髪動作動になる。肩甲下筋が過収縮していれば、内旋ができない。
②側臥位にて膏肓(肩甲下筋)水平刺
膏肓(膀):Th4棘突起下外方3寸、肩甲骨内縁。菱形筋中にとる。
側臥位で、肩関節をやや外転させた状態で、膏肓を刺入点とし、肩甲棘基部(曲垣穴)に向けて、肩甲骨-肋骨間を3寸程度刺入すると肩甲下筋に入る。膏肓の肩甲骨内縁を刺入点とし、針先を上腕骨頭に向けて、肩甲骨と肋骨の間隙から刺入し、菱形筋→前鋸筋と貫き、肩甲下筋中に入れる。2寸以上刺入すると肩甲骨の裏に強く響く。これは肩甲下筋のトリガーポイントに当たったのだと考えている。この響きを気持ち良く感じる患者もいる。
③肩甲下筋刺激の増強法
うまく響かない場合、他動的にゆっくりと肩を外転させると運動針となり治療効果が増強する。
2)大円筋
①大円筋の過緊張
大円筋:起始→肩甲骨下角、停止→小結節稜 作用→上腕の内旋・内転
大円筋の過緊張は、肩関節の内旋時に大円筋が伸張されて痛み、結髪動作を困難にする。
大円筋が上腕を内旋させるのに対し、小円筋は上腕骨を外旋させる。したがって大円筋刺針(肩貞)は結髪制限に対して使用するのに対し、小円筋刺針(臑兪)は結帯制限に対して使用することが多い。肩貞と臑兪は肩甲骨外縁に並んでいるので、長針で透刺をするやり方もある。
※学校協会教科書では、肩貞は腋窩横紋の後端から上1寸に、臑兪は肩甲棘外端の下際陥凹部としている。本稿では肩貞を腋窩横紋の下で大円筋上にとり、臑兪を腋窩横紋下で小円筋上にとる。
②肩貞刺針
肩貞(小):腋窩横紋上端から上1寸。 大円筋中。
大円筋を伸張させながら、肩貞から大円筋に刺激を与える。
側臥位で肩甲骨外縁の大円筋起始部を圧迫しつつ触診し、圧痛硬結を発見、この圧痛が刺入点となり、肩甲骨外縁に向けて刺針する。
上図:大円筋起始は肩甲骨外縁にあるから、側臥位にてこのヘリを押圧して、グリグリした硬結を見出し、刺針する。
③大円筋刺針の増強法 立位にての大円筋トレッチ
立位で結髪動作をさせ、健側の腕で患肢を引っ張ってさらに外転させる。この動作で肩甲骨-上腕骨間にある大円筋を強く伸張させている。この姿勢のまま、大円筋刺となる肩貞や肩甲骨下角あたりに刺針する。ヨガでの「ネコの背伸のポーズ」でも大円筋のストレッチとなる。
2.結帯動作制限に対する治療点
1)棘下筋
①棘下筋の過収縮
棘下筋:起始→肩甲骨内縁 停止→上腕骨大結節 支配神経→肩甲上神経運動支配
結帯動作(肩関節の伸展+外転+内旋)制限では、内旋筋である大円筋と肩甲下筋の筋力が弱まって生じているのではなく、拮抗筋である外旋筋(=棘下筋と小円筋)が過収縮状態にあり、これが伸張を強いられて痛みと可動域制限が生じている状態である。
②天宗運動針
天宗(小):肩甲棘中央と肩甲骨下角を結んで三等分し、上から 1/3の処。棘下筋中。
棘下筋のトリガーポイントは教科書的な天宗の位置に限らず、棘下窩のいろいろな部分に複数出現することがあるので、丹念に触診して圧痛を見出すこと。
強度な結帯制限では圧痛は肩甲骨下角に近づき、結帯制限軽度な者は肩甲棘に近づくという研究報告がある。
③棘下筋刺針の増強法
過緊張状態にある棘下筋を刺激して伸張させる。座位で天宗刺針したまま結帯動作をさせる。患側上のシムズ肢位で、患側手掌をベッドにぴたりとつけ、肘を90°屈曲位で天宗 圧痛点に刺入したまま、肘の円運動をさせる。棘下筋に響きを与える刺激量を患者自身が調節できるのがメリットである。我慢できる痛みの範囲内で10回~30回、回旋するよう指示する。
2)小円筋
①小円筋の過収縮
起始→肩甲骨の後面外側縁上部の1/2 停止→上腕骨大結節陵 神経→腋窩神経運動支配
小円筋が過収縮すると、内旋制限が生じる。これを無理に伸張しようとすると結帯制限が生ずる。
②臑兪運動針
臑兪(小): 腋窩横紋後端の上方、肩甲棘外端の下際陥凹部で小円筋中。臑兪は側臥位にて肩甲骨外縁を刺入点とし、骨にぶつけるよう刺入する。要領は大円筋刺針と同じ。
③臑兪刺針の増強法
座位で両手を腰にあてる。その際、母指は背中側に向ける。肘を手前に動かして、左右の肘頭を近づけ動作(肩関節内旋動作)を指示する。この時小円筋は伸張される。この肢位で肩甲骨外縁の圧痛硬結を診る。圧痛ある臑兪から小円筋に刺入。上記動作を側臥位で実施。患側の腰に手をあて、肩関節45°外転位とする。この肢位で肩甲骨外縁の圧痛硬結に対して刺針する。刺針したまま、患者の両肘を近づけるよう前方に動かすことで運動針となる。