1.EDとは
勃起障害(ED Erectile Dysfunction)とは、「勃起不全によって満足な性交渉がで きない状態」と定義される。以前はインポテンツ(=不能)とよばれてきたが、インポテンツはもっと広い意味を指し、性欲が無い、勃起はするが射精はできないなど、勃起不全以外の理由で性交渉ができない場合も含まれる。
2.EDの治療薬
1)バイアグラの誕生
ED治療薬が登場するまで、泌尿器科医にとってもEDの治療は困難だったが、1999年3月にバイアグラが発売されて以来、治療できる症状となった。
イタリア系アメリカ人のルイ・イグナロ(薬理学者)博士は、循環器系において一酸化窒素が体内で生成されることで血管拡張効果が生まれて血流改善作用をもたらすことを発見、とくに特異的に陰茎海綿体の血流改善作用のあることを発見した。 バイアグラのすごい点は、勃起の病態生理に働きかける点にある。さらに身体にとってNOの重要性を発見したことで、血流改善に関係した将来的な医療の進歩につながる可能性があるからである。
バイアグラの有効率は、約80%にのぼる。糖尿病によるEDであっても約65%の患者が効果を得ている。最近ではバイアグラの改良型の薬で、食事に影響されにくいレビトラや長期持続型のシアリスなども市販されている。さらにバイアグラの新薬特許権が切れて以来、ジェネリック薬も出現してきた。
2)勃起の仕組みとバイアグラの作用機序
①勃起の起こる機序
男性の脳
↓←性的刺激
血中に酸化窒素が放出
↓
陰茎中にcGMP(血管拡張物質)増加
↓
陰茎内の海綿体が血液で満たされて勃起
②勃起から鎮まる機序
性的興奮が収まるとPDE5(cGMPを壊す酵素)が放出
↓
勃起状態消失
③ED状態とバイアグラの原理
cGMPとPDE5両者のバランスが、正常な勃起を実現しているのだが、。EDでは、cGMP側の量が減少している。PDE5は変わらず存在しているので、自ずと勃起しにくい状態になっている。
バイアグラを使用すれば、有効成分シルデナフィルの作用により、PDE5側の働きを 阻害する。すなわちバイアグラは「PDE5阻害薬」である。するとED症状の者でも、健常男性と同様に陰茎へ血液が行き渡り、正常な勃起を期待できる。
3)バイアグラの副作用
バイアグラは末梢血管拡張作用があるので、心臓発作の予防としてニトリグリセリンなどを服用している者がバイアグラを服用すると、血圧が急降下し生命の危険がある。バイアグラ服用では、9割の者に副作用として「顔のほてり」と「目の充血」が出現する。他には「頭痛」「動悸」「鼻づまり」といった副作用の症状を発症してしまう人も多い。この副作用のため、バイアグラを服用できない者もいる。
3.勃起不全に対する針灸治療
EDの鍼灸治療は昔から試みられていた。亀頭など性器の触覚を支配しているのは陰部神経なので、従来から陰部神経知覚枝を刺激する目的で陰部神経刺針が用いられ、そのために中極や大赫の刺激がよく行われる。
私の治療経験では、EDに対する鍼灸効果は、やや有効という程度の印象でしかない。かつての鍼灸名人の活躍も、バイアグラ発売前の話だろう。バイアクラは根本治療とはならないので、広義の陰虚証の一部としてEDを捉えた場合、鍼灸には長期的な治療効果があるのかもしれない。
辻本孝司は、鍼灸とバイアグラの効果を比較し、「EDに対する中髎刺針で有効だが、効果はバイアグラに及ばない」との結論を導き出している。それは次のような内容である。
ED患者26名に対し、2寸#8の針を中髎に5㎝刺入し、回旋刺激を10分間施行。治療は週に1回で、平均11回施術した。著効と有効を合わせると有効率は62%だった。有効例は、心因性(著効33%)よりも、内分泌性(著効88%)や静脈性(60%)の方が高かった。
しかしバイアグラの有効性は50mgで70~80%で、重篤な副作用もみられないことから、針治療よりもバイアグラ内服の方が効果的である。バイアグラが効果なかったという者の大半は、内服方法に誤解があるからで、服薬指導と数回の針灸治療で改善させる。(辻本孝司:EDの治療-バイアグラと針に求められる ものは,針灸OSAKA.vol.19 No.1.2003.Spr)
筆者註:バイアクラは性交渉1時間前に服用で、持続時間は5時間程度。性的刺激がなければ勃起しないので、催淫剤とは異なる。食事を摂ると効果が減ずる。
1)曲骨から下方にむけて深刺
陰部神経の終枝である陰茎背神経は、陰茎から亀頭に達するので、針響も陰茎先端まで得られやすい。陰茎にまで響かせる方法としては、斜刺でゆっくり刺入して硬い処(=筋膜)まで針先をもっていく
→ 針尖を筋内に入れたら雀啄をする
→ 雀啄しつつ針全体の動きとして深度を深くする、といった手技を行うとよい。
日野勝俊氏は「正常男性に曲骨から刺針をすると、ペニスの先まで針響を感じるが、重いEDでは針を刺入した部位のみの刺激感のみになる。しかし繰り返しの治療で、ペニス先端部近くまで針響が届くようになる」記している。
日野は、一般的なEDの場合には症状に応じて、1週間に1~2回程度の治療を4ヵ月間続けて経過をみるといい、効果がすぐに現れるケースでは、初回の治療直後から遅い時でも2ヵ月ぐらいで症状の改善が認められるとも記している。(日野勝俊:「はりきゅう」治療でしぜんな妊娠あんしん出産、2006年11月)。筆者はこの方法を何例か追試してみたが、わずかな治療作用はあっても、その作用は弱いものであった。すなわち曲骨や中極から刺針して陰茎に響かせることが、ED治療につながるとの印象はもてなかった。
最近、低強度体外衝撃波療法が注目を浴びているが、「生殖器に衝撃を与えることで血管新生を促すことができ、それが陰茎の血流増大をまねく」という理論が、中極等から陰部神経に響かせる針刺激にも使えるのではないだろうか。
2)勃起障害に中髎刺針が有効
心因性9例、内分泌性8例、静脈性3例、糖尿病性2例、神経因性1例、前立腺症1例の計26例。早朝勃起は全症例が改善した。性交時の状態は65%が改善した(心因性33%、内分泌性88%、静脈性100%、糖尿病性50%、それぞれ改善したが、神経因性その他は不変)。予想外なことに、心因性のEDには有効率は比較的低く、その逆に原疾患の不随 症状としてのEDに有効率は高かった。
註)これはバイアグラと同様の傾向である。中髎刺激は、上位勃起中枢とは無関係だという点でバイアグラの適応症に似ている。
3)正座位にて、関元、中極、腎兪、裏合谷の多壮灸(陽不起の標治灸 柳谷素霊選集下より)
裏合谷とは、「掌中、母指球の尺側、合谷穴と相対するところ、之を按ずれば極めて痛み透るところ」とする。 正座させ、関元・中極・腎兪には最初小灸にして漸次灸壮を増やし、腰腹部春陽の如くポカポカと温暖となるまで施灸する。温暖にならざれば効果が薄い。裏合谷には灸7壮。
筆者註:下腹部正中に施灸するのに、仰臥位で行うのに比べ、座位で行った方が腹筋に力が入る。交感神経緊張に傾くと考えると矛盾してしまう。腎虚治療のため腎と下腹部に力を入れさせると考える。正座位で中極や曲骨に施灸することは、皮下脂肪が下に垂れる傾向があるので実地的には行うことは難しい。椅座位で両膝を開いた状態にして施灸することは可能。