1.バネ指の病態生理
指を屈曲させるには、腕の筋が収縮し、その筋から指の末節骨まで伸びた長い腱が、腕側に引っ張られることで可能になる。指にある腱は、運動量が大きく力も強大なので、他の組織との摩擦を防ぎ、滑りをよくするため、腱は腱鞘で覆われている。加えて指の掌側には、関節部を中心に輪状靱帯が腱鞘の位置を固定している。
通常の生活では、腱と輪状靱帯の機械的摩擦によって生じた炎症は、一晩寝れば治るが、程度を超えた炎症では、修復が間に合わず、指の無理な屈伸運動を繰り返すことで、輪状靱帯は次第に厚みを増し、腱を締め付けるようになる(=狭窄性腱鞘炎)。
この結果、腱の一部にシワが寄り、それが次第に大きくなって結節が生ずる。結節が輪状靱帯中に収まっているのは、指を伸ばせた場合であって、結節が輪状靱帯中に収まらなければ指を伸ばせない。指を屈曲すると結節は輪状靱帯中から手首方向に移動するので障害は起きない。しかし再度指の伸展を行おうとすると、結節は輪状靱帯に衝突し、伸展途中で、それ以上に伸展不能となる。検者が強制的に指を伸展させようとして無理に力を加えると、コキッと音を発し、完全伸展可能になる(結節の程度が大きければ完全伸展できず、バネのような抵抗を感ずる。これをバネ現象とよぶ。
2.代田文誌先生の運動療法
代田先生は、得意とする針灸が非常に多い方だったが、バネ指を苦手とし、独自に考えた運動療法を行っていた。成書よりその方法を転記する。「障害指の屈筋を中心に、患者の手首を術者の片手で固く握りしめ、その状態で患者に全力で指を十回~数十回屈伸するよう命じる。すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然自力で屈伸できるようになる」
記方法を筆者は追試してみた。確かに効果はあるが満足する程度ではないこと。またやはり針での治療法を知りたいと思っていた。
以下は筆者の考えた方法である。考察に難はあるが、代田先生の運動療法よりも効果的である。
3.母指バネ指の針治療
母指バネ指では、長母指屈筋腱上に結節ができる。長母指屈筋は前腕骨間膜を起始とし、母指末節骨に停止する。もしこの筋の筋トーヌスが生理的範囲であれば(つまり筋長も正常であれば)、腱に加わる伸張力は相対的に弱まる。再伸展の際、結節があったにしても、輪状靱帯にぶつからずに指完全伸展が可能になるのではないか、と考えてみた。
針灸治療の目標は、長母指屈筋(長母指屈筋腱ではない)の緊張緩和におかれ、そのためには同筋筋腹の運動針を行うのがよい。具体的には前腕屈筋側肺経上尺沢の下3寸に孔最穴をとり、その下2寸の部位(郄門と並ぶ高さ)を取穴。そこから尺骨方向に斜刺して長母指屈筋中に針先を入れる。運動針(母指の屈伸運動)を行うことになる。(母指の自動運動中、針柄が上下運動しなければ治療点に入っていないので、刺し直すこと)
※本稿は、ver.1.2であるが、旧バーションでは刺入点を列缺の上方で内関の高さとした。しかしこれでは長母指屈筋腱に命中しても同筋腹には入らないので、今回のように修正した。
4.第2~第5指バネ指の針治療
バネ指は、母指・中指・冠指に多いとされる。要するにボーリングのタマに空いた指を入れる穴に一致する。第2~第5指で、MP屈曲は虫様筋、PIP屈曲は浅指屈筋、DIP屈曲は深指屈筋が作用する。第2~第5指のバネ指は、浅・深指屈筋腱上にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できない結果である。
もし浅・深指屈筋の筋トーヌスが正常であれば、上述した理由で、結節が存在したとしても指の完全伸展できるのではないかと考え、針治療の目標を、浅・深指屈筋の緊張緩和においた。
具体的には、前腕屈筋側中央の郄門の高さで、郄門の尺側から橈骨方向に斜刺し、針を浅・深屈筋中に刺入する(どちらに入れても、治療効果は変わらないようである)。置針した状態で、患指の屈筋運動を行わせる。
5.鍼灸の適応
バネ指にも軽症と重症がある。対する鍼灸の治療効果は、当然のことであるが、軽症の方に適応がある。具体的には他指で補助することなく、屈曲した指の再伸展できる者に効果的である。なお一般的にバネ指の自然治癒率は20~40%とされ、手術療法での治癒率は60%とされている。軽症では局所に局麻注射とステロイドの混合注射で効くこともあるが、治療は結構な刺痛を伴う。2~3回試みて治療効果ない場合、手術に踏み切ることが多い。