1.序
以前、<東洋医学の穴>を主催しているマサさんから、「今度針灸のQ&Aという企画を始めるので、とりあえず舌痛症の針灸治療について何か書いて欲しい」との連絡が入った。私の針灸臨床歴もそこそこ長いが、舌痛症の患者とは出会ったことがない。当然針灸治療について考えたこともないのでお断りした。しかし私の祖母(故人)が舌が痛いといって熱心に病院に通ったが、一向に良くならかったことを思いだし、その後から舌痛症について、その疾患自体とその鍼灸治療につい調べてみた。
2.舌痛症の概要
1)自覚症状
舌の「ヒリヒリ」、「ピリピリ」した痛みやしびれるような感覚が何ヶ月も何年も続く。舌の外見的異常はなく、諸検査でも異常ない。食事で口中に食物が入ると痛みを忘れるという特徴がある。
2)原因
貧血(鉄欠乏性、悪性)、亜鉛欠乏症、齲歯周囲炎、口腔内乾燥(シェーングレン、薬剤性)、糖尿病性など原因究明できるものが全体の1/4。狭義の「舌痛症」とは、それ以外の3/4を占める心因性ないし原因不明のものをいう。
歯科治療などが契機となり、一時的な舌へのこだわりが長く続くことで知覚神経の回路が混線が生じているためだと解釈されるようになった。
3)舌痛症の現代医学治療
舌痛症の痛みは、幻肢痛と同様、抗うつ薬(SSRI)によって軽減あることが証明された。抗うつ薬を服用すると、早ければ4~10日目で舌の痛みが緩和し、理想的に治療が進展していけば、3~4週間後には痛みは7割方改善するという。
3.舌痛症の針灸治療(私見)
もし抗うつ剤投与により、比較的簡単に舌痛症が改善するのであれば、針灸を訪問する必要はないであろう。治らない患者は結構多いのである。現代医学の知識では、舌の問題ではなく、脳の問題だとしているので、以下に示す針灸アプローチが通用するか否か不明だが、ネット検索しても現代針灸の治療法は載っていないようなので、僭越であるが書いてみることにした。
1)舌の知覚は、前2/3が三叉神経第3枝の末梢枝である舌神経が支配し、後1/3は舌咽神経が支配している。ゆえに舌痛の直接的な原因は舌神経の興奮と考えられる。
※味覚は、舌前2/3が顔面神経、舌後1/3が舌咽神経支配。
2)舌骨上筋群の緊張過多が、舌神経を刺激し、舌痛を生じていると捉えれば、舌骨上筋を触診し、そのコリを緩めるような刺針をすることが重要になる。上廉泉穴から顎二腹筋前腹に直刺すると、次いで顎舌骨筋→オトガイ舌骨筋→舌根部付近に刺入できる。
※上廉泉穴(新穴)の位置:前正中の舌骨直上に廉泉を取穴。その上方1寸。
4.舌痛症の治験(追記)
先に私は、これまで舌痛症の治療をしたことがないと書いた。しかしこのブログを見として、数週間前に来院した患者(58才、女性)がいた。
1)主訴:右舌縁痛、右上歯肉痛
2)現病歴
9年前、歯科で上奥歯を抜歯後から上記症状出現。一日中、安静時も痛む。
いろいろ薬も服用したが、満足できる効果はなかった。神経ブロックも何回か行ったが無効。
3)所見
舌所見、歯肉など、口内に異常は発見できない。右大迎の咬筋の圧痛(+)、右顎二腹筋の圧痛(+)、上承漿圧痛(-)
4)考察と治療
これまで私の舌痛症というと、舌先痛を念頭においていたので、上廉泉から、舌根部に向けて刺針するという方法がよいと考えていた。しかし本症は舌縁痛ということなので、上廉泉刺針の適応はない。そもそも上廉泉に圧痛はなかった。
舌の前2/3の知覚は舌神経(三叉神経第3枝の分枝)、舌の後1/3の知覚は舌咽神経なので、本症は舌神経の神経痛が考えられた。なぜ舌神経を刺激するには、下図のように、大迎から下骨内縁に刺針する。要するに、「素霊の下歯痛の一本針(頬車水平刺)」のようなことを行うことにした。初回なので、寸6#2で10分間置針とした。
上歯痛抜歯をきっかけとして生じた、舌神経痛だと解釈したからであった。あるいは下歯槽神経やその分枝だえる舌神経興奮が、二次的に内側翼突筋緊張をもたらしたのだろうか。
他に、クルクミントローチ服用するよう指示した。
クルクミントローチはネット上で口内炎の治療として有名になっている。されている。クルクミンとはウコン、すなわちカレーの黄色の成分である。1日(3粒)~2日(6粒)で、殆どの患者が治癒するという。クルクミンは医薬品ではなく、機能性食品なので通販などで購入できる。なお口内炎に対して有効ということであるが、とくに舌痛症に対する評判はないようであった。
5)第二診(初診3日後)
症状不変。クルクミントローチ注文したとのこと。
前回訴えていなかったが、右上歯肉痛もあるとのこと。そこで木下晴都の上歯痛の傍神経刺を追加実施。素霊の下歯痛の一本針は継続実施。ただし使用は2寸#4とし、30分間の置針パルス通電とした。
6)第三診(初診7日後)
嬉しそうに「症状2割減」と話した。こんなに楽な感じとなったのは珍しいとのことだった。使用針中国針の2寸#8で、40分間置針パルスとした。クルクミントローチは昨日から服用開始しているとのこと。家庭用低周波治療器を購入して、自分で低周波治療を随時行ってみることを提案した。
一般に症状2割減というと、有効だったとの判断はされにくが、9年来の一日中痛む症状であることを考慮すると、針灸治療は、一定の役割があったといえる。
※ただし不完全である。舌痛症は、舌粘膜の知覚刺激過剰をいい、痛みの主体は、舌神経なのだが、鼓索神経(顔面神経の分枝、舌前2/3の味覚支配)や副交感神経線維も関与するという。これらの知覚神経の混線が問題だとする見解もあり、舌痛症の病態を複雑にしている。