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奔豚の病態生理と一症例

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はじめに

昔、日産玉川病院で、漢方薬についての講義を、代田文彦先生直々に、週1回、毎回90分、1年間受けたことがあった。その中で、「奔豚」も学習した。豚がみぞおちで暴れ回っているというユーモラスな名称が面白く、使う漢方薬は黄土湯といって、かまどの土を原料として使うもの。その土も古く直火に長く触れたほど良いというこも面白かった。
ただし奔豚症の患者はめったに来くことがなく、それから30年近くたって、ついに当院に来院したのだった。

1.奔豚とは

奔豚とは、奔豚気病ともいい、胸腹部をちょうど子豚が走り回っているような感じがする者と理解されている。現代でいう、不安神経症で、不安要素が強い人や、ストレスが溜まった者などに多いとされている。しかし、一部の不安神経症で、なぜ奔豚症状が出現するのかという理由は、これで明かになっていない。


2.奔豚の病態生理の一考察

土佐寛順ほか(富山医科薬大学)は、奔豚気症患者に、発泡剤を服用させた後、胃X線検査を試みたところ、奔豚発作が誘発されたことを契機として、胃腔内に送気することで奔豚誘発試験法を考案した。非発作時は交感神経は亢進していないが、奔豚発作時は、交感神経過緊張状態(ノルエピネフィリン分泌亢進、エピネフィリン分泌亢進)する。

要するに次のような一連の病態生理が考察できるという。
体質傾向→交感神経緊張発作→胃部内圧亢進→奔豚症状(胸内苦悶、動悸など)
      ↑
 精神的ストレス   
 
なお、この体質傾向とは水毒症のことで、胃部内圧亢進すると吐水し、すると胃腔内圧が下がって奔豚は起こらないが、吐水できない状況で奔豚が惹起されるともいう。
なお土佐らは、奔豚症状に対して、苓桂味甘湯を投与して症状軽減したという。


3.機能性ディスペプシアと横隔膜反射

胃部内圧亢進は、機能性ディスペプシア(FD functional dyspepsia)と考えて差し支えないと思う。
胃潰瘍所見がないのに、胃症状を訴える者をFDというが、FD自体は、ありふれた病態である。胃内圧亢進が、特異的に奔豚を生ずるためには、横隔膜反射の過敏性が関与するのではないか、と筆者は考えている。 
 
ただ針灸来院時には奔豚発作が起きていないのが普通なので、針灸治療が、奔豚にどのように影響を与えるのか観察できない。


4.症例  T.M. 45才男性    
 
期外収縮が1日数回起こり、そのたびにドッキンドッキンという動悸がする。医師は、心配不要として様子観察状態。左乳頭と胸骨間に圧痛と、両背部Th1~Th5の高さの起立筋に緊張あり。

心臓に対する内臓体壁反射帯として 第1~第5胸骨傍の肋間筋と、Th1~Th5起立筋に10分置針.。横隔膜辺縁過敏による肋間神経反応を反応を考慮して、下部肋骨~上腹部反応点にも同様治療。、および同部の乾吸治療5分実施。
 
2回目以降の経過。
針灸するとしばらく奔豚発作は起きない。ただしつらいと思う症状は、大胸筋上部~左乳頭周囲前面~心窩部~上腹部と、転々と移動。背部は前胸部と比べて症状は弱いが、後頸部~中背部の間の筋部を移動している。
 
発作が起こると当院を受診するが、そのたびにしばらく症状が治まっている。初診以来3年が経過したが、現在でも2週に1回ないし月1回来院中である。

 


余談:豚と猪

奔豚という用語は、『金匱要略』が初見である。金匱要略は2世紀~3世紀初に、中国で書かれた。当然ながら中国語である。ところで奔豚の「豚」とは、今日我々がイメージする豚と同じものだろうかという疑問がわいてきた。

豚肉を中国では猪肉という。日本に不慣れな中国人が、スーパーでまず戸惑うのが、この「豚肉」という表記であろう。猪は元来野生であるが、人間の食料に叶うよう、育ちが早く、肉量も多くなるように品種改良され、わが国では豚とよばれるものになった。ただし中国では、ずっと猪という漢字が使われている。ちなみに日本でいう猪は、中国では野猪という言葉になる。

豚という文字は、肉+豕(いのこ)からなるが、「いのこ」の別称は「いのしし」である。
中国で、豚という漢字は、もっぱら河豚(ふぐ)で用いられるのが普通である。ただ、海豚(いるか)という熟語もある。すなわち、ずんぐりした形の動物が、豕(いのこ)だするイメージがあるらしい。

奔豚の豚とは、まるまる太った猪という意味があるが、猪なので、きっと動きは敏捷なのだろう。

 

 

 

 


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