1.肩甲上部僧帽筋コリの鍼技法
1)柳谷素霊の秘法一本鍼伝書<肩井>刺針の概要
位置:座位。肩?穴と大椎穴を結んだ中点の僧帽筋部。硬結部。
刺針:寸6の2~3番針を用いて、やや背中方向に直刺1~2㎝。
2)解説
針は僧帽筋に入る。深刺すると棘上筋に至る。深部には第2肋骨がある。肩井押圧に指頭に感ずる硬結は、この第2肋骨だとする見解がある。肩井は、僧帽筋のトリガーポイントにほぼ一致する。刺針刺激で活性化したトリガーポイントに鍼先が当たると、検者はビクンと筋が収縮するのを感じとれる。
3)坂井豊作の肩井横刺
坂井豊作は、江戸時代徳川末期の針医で<鍼術秘要>を著述した。その鍼の特徴は、経穴に刺すというより経絡に従って横刺するのだが、経穴位置にこだわらず、丹念に指先で反応を捉えるのを特徴としていた。これは經絡は皮下の浅層を通っているから、直刺よりも横刺の方が經絡に与える刺激が大きいので治療効果は大きいと考えたからであった。その刺激対象は今日でいう筋肉や筋膜(皮下筋膜を含む)であろう。
坂井の肩甲上部僧帽筋に対する横針は、患者を側臥位にし、医師は患者の後に座る。僧帽筋腹を後から前へ約1㎝間隔で4~5本刺し、さらに巨骨あたりから首のつけね方向に僧帽筋筋線維に沿って横刺する。この巨骨からの僧帽筋筋線維に沿った鍼は、非常に効果が大きいとのこと。なお刺針の際は、皮下組織を母指と示指でつまみ、そこを刺すようにする。
坂井豊作の肩甲上部の小腸経に沿う横刺を具体化したのが柳谷素霊の肩井の一本針だろうが、坂井の肩部の横刺の目的は、心窩部~上腹痛に対するものとなっている点が大きく異なる。現代医学的には、肩甲上部僧帽筋刺激→C4神経根→横隔神経→横隔膜隣接臓器への刺激(とくに胃に対する刺激)という具合に説明できるだろうが、肩井からの刺針で本当に腹痛が改善するとは考えづらく、これには坂井流横刺の技法が関係しているのかもしれない。
2.側頸部胸鎖乳突筋コリの鍼技法
1)C.Canの僧帽筋コリを緩める技法
上図は仰臥位で健側を向かせ、横突起先端に刺針するもの。横突起先端には肩甲挙筋・中斜角筋・後斜角筋が付着しているので、これらの筋を緩めることを目的としている。
下図は患側胸鎖乳突筋を収縮さえるため、顔を横に向かせて頭をマクラから頭を少し持ち上げ、その状態で胸鎖乳突筋筋腹に刺針している。
2)坂井豊作の胸鎖乳突筋後縁側からの横刺
坂井は<鍼術秘要>で、胸鎖乳突筋後縁側からの横刺も発表しているが、この治療目標は疝痛様腹痛になっている。現代医学での解釈は、胸鎖乳突筋刺激→C3神経根→横隔膜神経→横隔膜隣接臓器への刺激となるだろう。疝痛が内臓平滑筋痙攣を意味するものであれば、鎮痛効果が得られやすいといえるが、側頸部に刺針して腹部仙痛を治療することは、生理学的機序が納得できるものであっても、その治療効果に疑問をもつせいか、現代ではあまり一般的とはいえない。これも坂井流横刺という技法があって成立するものかもしれない。