1.冷え性の鑑別診断
冷え性は疾病というより、その人の体質である場合が多い。ゆえに冷え症とはいわず冷え性とよぶのが妥当である。他の疾患と同様、まずは器質的疾患の鑑別を行う。
朝の寝覚めがつらい→低血圧症
動悸、いきぎれがある→貧血
婦人科手術後、発汗過多、のぼせ、50才前後の女性→更年期障害
徐脈、肥満傾向、色黒→甲状腺機能低下症
レイノー→膠原病(RAとRF以外)、慢性動脈閉塞症
以上のどれにも該当しなければ、機能性の冷え性を考える。貧血は鉄欠乏性貧血のことが多く、鉄剤の投与が必要になる場合が多く、甲状腺機能低下症では甲状腺ホルモン剤を使用する。甲状腺機能低下症は、易疲労を主訴とするので、針灸に来院することが多いが、標準検査のルーチン外になるので診断がついていないことも多い。
低血圧症については、その上位疾患に自律神経失調症があげられる。自律神経失調症の多彩な症状所見の一つに低血圧があるとするのが妥当であろう。低血圧を治すのではなく、自律神経失調症の治療が大切になる。
更年期障害については別項でも述べる予定だが、女性ホルモン分泌不足を契機として生じた自律神経失調症とみなされるので、基本的には自律神経失調症の治療が必要になる。
レイノーは一次性のものは稀で、大部分は二次性である。二次性の原疾患として最も多いのが膠原病(慢性関節リウマチとリウマチ熱以外)と慢性動脈閉塞症(閉塞性動脈硬化症、バージャー病)がある。
2.機能的冷え性の病態生理
1)熱の産生不足
体幹部核心温度低下しそうになたら、身体の産生熱量を増加させようとする機序が働く。熱源は内臓(とくに肝臓熱)と骨格筋(ふるえ熱)であり、これらの代謝亢進のために、甲状腺刺激ホルモンや副腎髄質のカテコルアミン分泌が増加する。
※アドレナリン:恐怖に関係。心拍促進と血糖上昇作用
ノルアドレナリン:激怒に関係。末梢血管収縮作用→→冷え
※格言:怒りで顔が赤くなる人(アドレナリン分泌過多=おびえている人)はあまり怖くないが、青くなる人(ノルアドレナリン分泌過多=怒っている人)は怖いという。
2)四肢の組織と血流
体幹核心部で発生した熱は、動脈血流によって四肢末梢に運ばれる。四肢の基本構造は、皮膚表面から順に、表皮→真皮→皮下組織になっている。皮下組織は断熱材としての機能をもつ皮下脂肪がある。真皮は、動静脈の血流豊かなところなので、温かい動脈血流で保温されている。表皮には血流はない。なお真皮と表皮を合わせても2㎜程度の厚みしかない。
3)寒冷時と酷暑時の四肢血流の違い
冬の寒い時、真皮の血流は少なくなり、皮下組織のもつ断熱作用が身を守る。夏の暑い時、真皮の血流量は増し、手足表面温度を温めることで、熱を外部に逃がす。一般に小動脈は毛細血管を介して小静脈に変化する。毛細血管を経由する意味は、ガスや栄養交換のためである。しかし他に熱を緊急に逃がす装置として動静脈吻合(AVA)がある。これは小動脈→小静脈と血流をショートカットする役割がある。毛細血管は皮下0.2㎜程度の深さにあるのに対し、AVAは皮下1㎜の深さにある。
4)脳が「寒い」と感じる際の首にあるセンサー
※NHK<ためしてガッテン>「つらーい冷えが消え、手足を温めるスイッチがあった!」2002年12月4日放送より
AVAの開閉を決めるのは交感神経で、それは視床下部に支配されている。脳が「寒い」と判断すれば、末梢血流量を減らして末梢からの放熱を防ぐ。その結果、手足が冷える。脳が「寒い」と判断するのは、首が感じる気温に関係するらしい。したがって首をマフラーなどで覆って外気温から遮断すれば、「寒い」 と感じず、したがって四肢に送る血流量を減らすことなく、真皮に行く動脈血流量も減ることはない。その結果、手足が冷たく感じなくなる。就寝時にマフラーは使いづらいので、ネックウオーマー(100均でも買える)を使うとよい。
3.冷え症の針灸治療
冷え症の3大原因は、①熱が逃げる(放熱)、②熱の製造力不足、③熱が回らない、である。衣類による防寒は①の対策である。治療としては②と③を考える。
①に熱の製造不足についてであるが、針灸治療で基礎代謝上昇ホルモンに直接働きかけることは困難である。したがって最も原始的であるが、「身体を温める」ことを考える。
立位や座位状態にある患者を、十数分間仰臥位を保持させるだけで、生理学的には身体は副交感神経優位になり、結果として足の温かくなる計算であるから、冷え症の治療は仰臥で行うのが前提となる。
1)腰仙部の長時間温補(筆者の方法)
治療室内は適温に保つ。伏臥位にて腰仙部を露出させ、赤外線(または遠赤外線)照射を実施する。照射部以外は頭部を除き、バスタオルで覆う。深部までの加熱を行うため照射時間は温和な加熱で20分またはそれ以上必要である(ローストビーフを上手に焼くには、火を肉の芯まで通さねばならない。それには長時間の弱火が必要である。短時間の強火では肉の表面が焦げるだけ)。
この時重要なのは、足は直接温めないということである。腰仙を温めることにより、足部皮膚温を上昇させねばならない。言い換えるならば、足部皮膚温が正常になるまで、腰仙を温め続けるべきである。
赤外線照射の代わりとして、灸頭針や箱灸の使用は、20分間の温熱治療という考慮すると実施困難であろう。温めたコンニャクを使うという手もある。このアイデアは良いと思うが、コンニャクを置いた部には置針ができなくなるので、針灸師の行う方法としては考えものである。自宅療法としては推奨できる。コンニャクを丸ごとを熱湯で10分ほどゆでる。→コンニャクを取り出しタオルにくるむ(熱い場合は2~3枚くらい)、→伏臥位にさせた患者の仙骨部に置き20~30分間程度温めるというもの。一日何回やってもよい。最初は熱いが、コンニャクの温度も次第に下がるので、尻がホカホカになる。使っているコンニャクは水分が少しずつ失われるので次第に小さくなるが、10回程度は繰り返し使える。
2)腰仙部の多壮灸(郡山七二「現代針灸治法録」)
冷え症には、腰仙骨部の経穴を数カ所(たとえば、大腸兪や次髎)選び、多壮灸する。他の治療を行う暇があるならば、壮数を増やすことを考える。
3)就寝時に感ずる足冷の自己対策
筆者は普段は足底をあまり感じないが、寒い冬に布団に入ると足が非常に冷たく、しかもなかなか温まらないのでどうしたものかと思っていた。アンカや電気毛布を使わず、なんとかしようと考えてみた。裸足になり半ズボンのパジャマを着る。片足のつま先を、もう一方の足の膝裏に置き、膝を屈曲して冷たい足を挟み込む。するとジンワリと足先に気持ちよい熱が伝わってくるのを感じる。30~60秒したら、左右の足を入れ替えて同様の処置を行う。片足あたり2~3回繰り返すと足が温まる。