Quantcast
Channel: AN現代針灸治療
Viewing all 655 articles
Browse latest View live

歯周病に対する女膝の灸について Ver.1.2

$
0
0

1.現代の歯周病の診療

1)歯周炎の原因
   
①老化:30才を過ぎれば、誰でも多少は歯周炎は生じている。歯周炎の最大要因は老化。他に、強く咬む習慣など。

②糖尿病:糖尿病では口内の血流も悪くなるので唾液の分泌も減り、歯垢がつきやすくなるで、細菌易感染から歯周病を悪化させやすい。歯周病になると歯周ポケット内の歯垢部細菌を白血球が退治しようと集合する。集まってくるが、この時、白血球が歯周病菌の出す毒素に触れることでTNF―αと呼ばれる物質を放出する。TNF―αには血液中のインスリンの働きを妨げてしまう作用がある。歯周病の治療をすると血糖値も少し改善する。

2)歯周炎の症状

歯肉のむずがゆさ、歯肉縁の発赤と出血、唾液粘稠性の変化、口臭といった症状を生ずる。   
※歯垢(=プラーク)が歯の表面ではなく歯周ポケットにできると細菌にとって格好の住み家となる。
     歯槽膿漏の治療として歯石除去は基本である。歯石とは歯垢が石灰化して固くなったもの。

3)歯科での歯周病の治療と予防
  
①歯磨きブラッシングにより歯肉マッサージをすること。歯ブラシすると血が出るところ、押圧して痛みがあるところを重点的にラッシングする。毎日行うことで、歯茎を引き締め、歯磨き時に出血しにくくなる。歯磨きは、歯周病の原因菌数を減らすことが目的であって、原因菌を完全に消し去ることできず、再発を繰り返しやすい。効果不十分であれば外科処置となる。
  
②歯石を取り除く。歯垢(プラーク)は放置しておくと次第に硬くなり硬い歯石になる。歯を取り除くには、デンタルブラシやデンタルフロス(フロスとは細い糸の集合体)を使い、歯磨きブラシだけではとれない歯間の歯苔を除去する。
  
③糖尿病があれば、その治療を行うことが歯周炎の治療にもなる。


2.歯周病に対する鍼灸治療

1)江戸時代以前の歯科治療方針

①耐え難い歯痛では抜歯

ただし当時は麻酔などなかったから、冷やしたり痛み止めの漢方薬を虫歯に塗布したりして何とか我慢した。どうしても我慢できないほどの痛みは抜歯する他なかった。ただし徹底的に我慢すると歯や神経が崩壊して痛みはなくなるという。

②歯茎の腫れや出血では歯肉を切って血や膿を出した

皮膚にできた「おでき」は熱毒が体内にとどまり、外に脱出できない状態と考えられた。外に出すには皮膚に鍼で孔を開けたり打膿灸で膿ませて膿を出すことだった。桜井戸の灸(面疔に合谷の多壮灸)というのは、顔面にできたオデキの毒を合谷から排膿させるという治療原理である。これは桜井戸の灸に限らず、打膿灸の治効原理になる。

 
1)歯肉に対する直接刺針

歯周炎に対する現代歯科での治療は、歯石の除去と自宅での歯ブラシでの入念な歯肉マッサージであって、現代に至っても特効的な治療方法があるわけでない。歯肉に物理的刺激を与えるという意味で歯肉に対する鍼灸局所治療は、1番針を使い、顔面の口周囲から、症状ある歯肉部に刺入。歯肉の血行促進を目的に、単刺するか、雀啄により患部に軽く響かせた後、置針するなどの施術を行うのが普通である。

 

 

 

2)歯周炎に対する女膝の灸

①女膝の位置と灸治法
歯周病に対する特効穴としては、女膝(じょしつ)が知られている。女膝は女室と表記することもある。このツボの位置は、意外なことにアキレス腱停止部にある。

江戸後期の浅井惟亨著『名家灸選』の中に女膝の記載がみられる。現代文に訳すと次の通り。

骨槽風(=歯槽膿漏)を治する法:足の後かかとの赤白肉の際で、女膝とよばれているところ。左右に各50壮灸すると、一ヵ月にして効き目がある。かって歯茎に孔があき、膿血がだらだらとたれていた者を救った経験がある。
 
山本俊男「鍼灸特効穴一発療法」源草社 1999.5)では次のような記載がみられる。
女膝施灸時の体位は、患者を伏臥位にさせ、足関節を最大限に底屈、踵後方にできる皺あたりを指で探ると、踵骨の上際中央付近に小さな凹みがあって、症状を持った患者であれば、顕著な圧痛があるので、ここが灸点になる。毎日10壮ずつ施灸すると炎症が治まってくる。
 
この文章から女膝の位置を推定したのが下図である。伏臥位で足関節を底屈すると、踵骨後部にる凸部やアキレス腱停止部である踵骨隆起が触知しやすくなる。

②女膝の名称

「膝」とは今日でいう膝関節に留まらず、折り畳んだ部分を「襞(ひだ)」とよびどの関節であっても膝とよんだという説が有力である(ネット「語源辞典」より)。女膝穴は足関節部にあるが、ここを膝と呼んでも差し支えない。

歯周病は、女性の方が男性よりもかかりやすい。掛かりやすい。その原因として考えられているのが、プロゲステロンやエストロゲンなどの女性ホルモンである。女性ホルモンには、歯茎の腫れや出血を起こしやすくする性質がある。女性ホルモンの分泌が増えるのは、初潮を迎えた頃や妊娠中で、ホルモンバランスが乱れるという点からは更年期も歯周病にありやすい。特に更年期は、口内での唾液の分泌量が低下して口の中が乾きやすくなるので、歯周病の進行がより一層進みやすくなる。以上のことからとくに「女」膝という名称になったと考察した。

正座のことを女膝ということがあるという。男膝との熟語はないようだが、正座以外の楽な姿勢で座ることだろう。正座姿勢では、足関節は強く底屈している状態なので、女膝穴の取穴に適しているといえるのではないか。


③女膝が水毒を治す

女膝は水毒を治すとされる。歯茎が腫れている状態を浮腫と捉えると、女膝の適応症と考えることもできる。
肩が凝ると歯が浮く感じがする者がいるが、頸肩のコリの治療が歯肉に対する治療に関係する場合がある。この場合は肩井や天柱などに対して鍼灸を行う。しかし頭蓋骨後面と踵骨後面を相似形と考え、天柱の代わりとして崑崙に施術するという考え方もある。崑崙と女膝は非常に近い部位にある。


結帯動作制限と結髪動作制限に対する針灸技術 Ver.2.0

$
0
0

(上図は筆者の見解。棘下筋を結髪動作に含めている成書は多いのだが)


第1項 結帯動作制限と治療

1.結帯動作の制限因子と治療方法
 
エプロンやブラジャーを結ぶような動作を結帯動作といい、これは伸展+内旋の動作である。排便後にお尻を拭くというのも結帯動作。結帯動作は、結髪動作とともに肩関節ADL障害をきたすことが非常に多い。結帯動作で収縮するのは肩甲下筋であるが、障害筋は引っぱられる筋であって、緊張過多なので伸張できないことが症状を生む。治療対象筋は棘下筋・小円筋・烏口腕筋で、これらの筋が、伸張を強いられる時に痛む。具体的に問題となる筋を、患者に結帯動作を指示し、その時どこか痛むのかを聴取することで障害筋の発見に努める。
 
1)棘下筋と天宗

結帯動作は、手背を腰の部分につけることが動作開始ポジションである。この姿勢は肩関節の内旋を強く強制することになるが、これは棘下筋の伸張を強制される状態である。
棘下筋のトリガーが活性化されると、上腕前面~外側の放散痛を生ずることが知られている。要するに棘下筋の筋が厚い部(天宗あたり)に押圧しながら、結帯動作を行わせると肩甲骨内側筋(菱形筋や肩甲挙筋)がゆるむので、可動域が改善される。針は天宗あたりの圧痛硬結を数カ所発見し、そこに置針した状態で、結帯動作の運動針をさせるとよい。

上腕外側痛は、実際には棘下筋のトリガー活性化に由来するものが多い。患者は痛む上腕外部を触ることはできるが、棘下筋を触れることができないので、自分の肩の痛みがどこからくるのかよく分からない。このような場合、天宗あたりの圧痛点に4番針以上で刺針するとよい。トリガーポイン トを外すことがあるので、一度に多数刺針した方が有効性が高まる。

上腕外側は腋窩神経の分枝である上外側上腕皮神経知覚支配で、この神経は腋窩神経の分枝になっている(腋窩神経の本幹は小円筋・三角筋を動支配。腋窩神経はさらに肩関節包下方を知覚支も)。この解剖学的性質から、かつて中国では上腕外側痛に対る局所治療としては肩髃から曲池方向に水平刺する治療が行われてきた。しかしこの方法では直後効果に留まることが多いだろう。

 

 

2)小円筋と肩貞
   
小円筋は肩甲骨の後面外側縁上部の1/2から起始し、上腕骨大結節の下部に停止する。本筋の緊張は、肩関節の伸展困難になる。本筋を緊張緩和させるには患者を患側上の側臥位させ、術者は肩甲骨外縁1/2を母指でさぐり、30秒間上方に持ち上げる。その時、片方の手で患    者の肩関節が挙がらないよう、押し下げる力を与える。
鍼治療では、側臥位で肩貞(腋窩横紋の後端から上1寸、小円筋部)を刺入点とし肩甲骨外縁に向けて刺針し、上腕伸展運動の介助自動運動を行わせる。


 ※棘下筋と小円筋の機能の相違点
棘下筋は上腕を背中側に引く作用。小円筋は上腕外旋作用。
たとえば空手の右手正拳突きの動作の際、左手は腕を引き(棘下筋)つつ、外旋させてワキを締める動作(小円筋)をする。


3)烏口腕筋と天泉(旧来の位置)



私が昔教わった経穴学では、天泉(心包経)は、腋窩横紋前端から曲沢に向かい下2寸。烏口腕筋の筋上に取穴した。烏口腕筋の筋上にあるのは天泉だけという特徴があった。天泉の取穴は、仰臥位で施術側の手指で同側の耳をつまむような姿勢にして烏口腕筋を触知し、施術する。 
しかし現在の標準経穴位置では、天泉は腋窩前縁から曲沢に向かうこと下方2寸で、上腕二頭筋の長頭と短頭間になり、烏口腕筋は関係がなくなってしまい、特徴のない経穴となってしまったことは残念である。
※烏口腕筋・上腕二頭筋・上腕筋は、筋皮神経支配。語呂:「う(烏口腕筋)に(上腕二頭筋)椀(上腕筋)、きんぴら(筋皮神経)定食」
    
結帯動作で、上腕内側が痛むという場合、烏口腕筋の伸張痛を考える。そして術者の母指と示指・中指で烏口腕筋をつまみ上げるようにして伸張させる。鍼の場合、烏口腕筋に刺針して上記動作を行い、運動鍼効果を狙う。


第2項 結髪動作(または上腕外転)制限と治療

1.結髪動作あるいは上腕外転の制限因子と治療方法
  
結髪動作とは、頭髪を後頭部で結ぶ動作のことで、肩関節の屈曲と外旋それに加えて肩甲骨の 上方回旋の合成動作による。肩関節の外転制限あるが90°以上可動できる場合、結髪動作制限が生じ、肩甲骨の上方回旋運動制限(僧帽筋上部繊維や前鋸筋の筋収縮力)および肩甲骨と上腕 骨を結ぶ筋の過収縮(肩甲下筋や大円筋の伸張障害)が問題となる。なお棘下筋の緊張過多を結 髪動作制限の原因にしている成書も多い。

2.肩甲下筋・大円筋刺激
   
実際上は収縮力不足ではなく、後者の肩甲下筋や大円筋の伸張不足が問題。そのベースには肩甲下筋や大円筋の過緊張がある。肩甲骨外縁を押圧しつつ、上腕外転運動が被験者の上腕が  側頭部につくくらいの強さで行う。さらに大円筋・肩甲下筋をは肩甲骨内縁と肋骨間に長針を刺入し、上腕外転運動を行わせる。
 
1)大円筋刺針

大円筋の痙縮痛の放散痛は、三角筋後部線維部に出現するという点で、棘上筋の放散痛とは違ってくる。
患側上の側臥位で、できる限りの結髪動作体位をとらせる。すると肩甲骨が下方回旋して肩甲骨下角が外に出てくる。この状態で肩甲骨外縁~肩甲骨下角外縁に位置する大円筋に刺針その状態で、術者は患者の肘を少しずつ押すことで上腕の外転角を強める運動針を行う。

※ネコの背伸びポーズにての大円筋刺針
下図はヨガで「ネコの背伸びポーズ」、通称「ネコストレッチ」といわれるもの。四つん這いになり、尻をに引くようにする。 
上腕骨を強く挙上させることで、肩甲骨-上腕骨間にある大円筋を強く伸張させている。この姿勢のまま、大円筋刺となる肩貞や肩甲骨下角あたりに刺針する。すると上腕の自動外転角が広がる例が多い。



2)肩甲下筋刺針
   
肩甲下筋拘縮の放散痛は、後方四角腔部に出現する。肩甲骨内縁(膏肓)から肩甲下筋刺針する。それには治療側を上にした側臥位をとらせる。膏肓あたりから肩甲骨と肋骨間に向けて、5~7㎝水平刺すると、ズンという針響を肩骨裏面に与えることができる。さらに強い響きが必要な場合には、刺針した状態で肩関節の自動外転動作を行わせる。これは肩甲骨-肋骨間のファッシア(筋膜)癒着を剥がす目的。     

 

 

 

 

 

弾発肩甲骨症候群、肩峰下滑液包炎、指関節軋轢時の関節音鳴りの対処法

$
0
0

肩関節や肩甲骨を動かすたびに、ゴリゴリ・ポキポキといった音が鳴る者がいる。音の鳴る部位より弾発肩甲骨症候群や肩峰下滑液包炎に大別できる。これと関連はないが、指関節がポキポキ鳴る性癖についても説明する。

1.弾発肩甲骨症候群  Snapping scapula syndrome 

1)病態

肩関節や肩甲骨を動かすたびに、ゴリゴリ・ポキポキといった音が鳴る者がいる。これを弾発肩甲骨症候群とよぶ。音のみであれば骨がすり減るなどの問題にまでに進行しないのが普通だが、本人が気にする場合も多々ある。
弾発肩甲骨症候群は、肩甲下滑液包炎の一部である。肩甲骨は元来可動性に富むので、肩甲骨下組織との間の3カ所に肩甲下滑液包が存在し、摩擦を防いでいる。肩甲下滑液包内の滑液  量が減れば摩擦量が増えて滑液包炎が生じ、肩甲骨の動きにより音が生ずるようになる。
 

 

腕を挙上する時、肩甲骨は上方回旋(左右の肩甲骨上部は近づき、肩甲骨下部は遠ざかる)し、腕を後に回す時に肩甲骨は下方回旋(左右の肩甲骨上部は遠ざかり、肩甲骨下部は近づく)する。しかし肩甲骨周囲筋の可動性が悪いと、肩甲骨の滑走が悪くなる。これにより滑液包  からの滑液分泌量が減ってくる。
 
2)運動療法
   
滑液分泌を正常化させるには、温めることや運動療法が基本である。前鋸筋のストレッチには、”肩甲骨はがし”体操するのもよい。腕立て伏せの初期姿勢の体勢で、数分間前鋸筋を脱力させる。また前鋸筋を収縮するさせる運動例としては、ボクシングでストレートパンチを出す動作があり、このトレーニングも効果的である。
  
①菱形筋と肩甲下筋のストレッチ
指先を肩関節部に置き、肘を前後に振る(肩甲骨の外転・内転)、また肘をグルグル回す(肩甲骨を上下内外に動かす)。体操を行い、菱形筋や肩甲下筋の柔軟性を高める。ただし「音」の問題が慢性的であるため、体操してもすぐの改善は望めない。気長に長期間継続して行わせる。

3)鍼灸治療


  
一部の医師は、音鳴りに対して滑液包に対する局麻注射を行っている。鍼でも、この方法に準じる。まずは音が鳴ると申告した部位に術者の手掌をあて、音がする運動をさせ、手掌に震動を感じるピンポイントを探し当てる。何ヶ所もあることが多い。
   
音の発生源部位をしっかりと押圧しながら音の出る動きを繰り返し行わせる。その間ずっと押圧は続けるのが治療のコツである。しつこく音が出る場合、音の出る局所に刺針して同じ動作を行わせる。そこに太鍼(8番針程度)を1㎝ほど刺し、鍼柄の動きを観察する。はじけるような動きがあれば、患部に命中している。
   
置針したまま、前述のエクササイズにより肩甲骨を上下内外に動かすことで、筋の柔軟性を回復させる。また、置針したまま、前述のエクササイズにより肩甲骨を上下内外に動かすことで、筋の柔軟性を回復させる。ただし肩甲骨の音鳴りは、陳久性で、おそらく筋の線維化などの器質的変化などもあるだろうから、このような鍼灸治療を始めたからといっても、急速な改善は期待できないことが多い。根気強く運動療法を行わせる。

2.肩峰下滑液包炎
 
1)凍結肩への進展
   
肩関節疾患は、最初は色々な診断名がつけられるのだが、それが自然治癒しない場合、最終的には凍結肩という単一病態へと収束されていく。疾患の基本的な移行は次の通り。
  腱板炎症→炎症が肩峰下滑液包に拡大
  →滑液包内の水分減少し粘性増大して癒着性滑液包炎に
  →炎症が肩甲上腕関節全体に拡大し癒着性関節包炎(=凍結肩)に
  →6ヶ月~2年の経過で自然治癒。
 
2)肩峰下滑液包炎とは
   
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑量滑量が増加したり、滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増えて痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発する。音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。滑液包炎の炎症の程度が酷ければ、自発痛が出現し、とくに夜間痛で眠れないほどになる。
 
3)滑液包炎時の音鳴りへの対応
     
肩峰下滑液包炎の程度が軽いものは自然治癒するが、凍結肩への中途過程という見方もできるので、凍結肩に移行するのを防ぐことが重要。その対策として、まずは安静で、他に三角巾を吊って肩への負荷を軽くする、鎮痛剤投与を行う。鍼灸治療は行わないか、軽い刺激にとどめておく。

3.指関節軋轢音
 
1)現象
   
軽く握った指に対し、もう片方の手で関節を強く過屈曲(あるいは過伸展)させると、指関節がポキッと鳴ることが多い。これを指関節軋轢音といい、英語で crack knuckles(直訳でヒビが入った手指の関節)という。何かする時の準備として指関節を鳴らす者もいるが、これは単に習慣であって、やりすぎても関節が摩耗することはない。
 
2)関節が鳴る機序
   
どの関節も関節包で覆われている。関節包内部は透明な関節液で満たされていて、関節の摩耗を防ぐ潤滑油として機能している。関節のコキッとする音の発生する機序は次のように説明されている。
   
指を過屈曲または過伸展させると瞬間的に関節包内部の容積の増加
→内圧の減少
→これまで関節液中に溶け込んでいた空気が溶け込めなくなって気泡を発生
→次の瞬間には気泡は破裂してポキッとする音を発生。
※この音をキャビテーションノイズといい、船のスクリュー回転の際、エネルギー効率低下やスクリュー自体への損傷、さらに潜水艦では雑音発生源としてとして問題視されている。
→関節を鳴らすと気泡は分散して小さくなり再び関節液中に溶け込む。

なお気泡が完全に溶け込むまで20分ほどかかるので、その間指関節を鳴らそうとして力を加えても鳴らすことはできない。


    

3)付:カイロプラクティックのアジャストメントについて
   
関節とくに背骨をポキポキと鳴らす行為で有名なのが、カイロプラクティックである。カイロプラクターは背骨のズレをアジャストメント(=矯正する)目的で、背骨に微妙な外力を加えて、ボキボキ・バリバリといった音を出すようにする。カイロにおける背骨のズレとは脱臼や亜脱臼といったものではなく、サブラクセーション subluxation とよばれるカイロ独自の概念で、「関節面の接触が保たれつつ、運動分節の配列、動きの一貫性さらには生理学的機能が変化している状態」と定義されてはいるが、今ひとつ理解しがたい。
ただ急性腰痛を瞬時に治したといった事例はごく普通のことであり、カイロの治療が有効な病態は存在するらしい。いずれせよ関節音は、関節包内部の気泡の破壊音に過ぎないので、これをもってアジャストされたとはいえない。

内臓体壁反射からみた上中腹部消化器症状に対する針灸治療様式 Ver.2.1

$
0
0

1.上腹部消化器内臓

1)上腹部内臓の反応の特徴

上部臓器(胃、十二指腸、肝胆膵、脾、腎)は交感神経優位で、病的反応があれば交感神経が興奮する。それは腹腔神経節とTh6~Th9交感神経節を興奮させる。これらはその解剖学的位置から、前者を椎前神経節、後者を椎傍神経節ともよばれる。
椎前神経節の反応は心窩部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th6~Th9の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。体性神経性デルマトームは、末梢神経分布のことなので、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくる。

2)横隔膜神経の反応
 
内臓は体壁組織に比べ、一般に反応に鈍感であり、わずかな病変であれば自覚症状や他覚所見も生じにくい。ただし横隔膜神経は体性神経なので敏感である。たとえば横隔膜隣接臓器(肺・心臓・胃・肝臓など)の病変では、本来の内臓の病的信号よりも、二次的に生じた横隔膜神経の興奮が強く出現することが多い。
上記の上腹部臓器の病変では、常に横隔膜神経の反応を考慮するべきである。横隔膜神経はC3C4からでる脊髄神経であり、本神経興奮ではC3デルマトーム反応として後頸部、C4デルマトーム反応として肩甲上部のコリや痛みが出現する。 たとえば胃が悪いと左頸肩のコリ痛みが出やすく、肝臓が悪いと右頸肩のコリ痛みが出やすくなる。逆に頸肩部のコリ痛みに対する施術が横隔膜神経を介して内臓治療に関係してくる。

3)上腹部消化器内臓の針灸治療パターン
 
針灸治療は、体性神経系に対する施術を直接目標としているので、次の3つの方向から施術する。
  Th6~Th9前枝の刺激 → Th6~Th9腹直筋(歩廊~滑肉門)
  Th6~Th9後枝の刺激 → Th6~Th9起立筋(膈兪~肝兪)
  横隔膜神経刺激    → C3C4デルマトーム(頸肩コリの治療)

2.中腹部消化器内臓

1)中腹部臓器の反応の特徴

中腹部臓器(小腸、虫垂、左結腸彎曲部までの大腸。ただし文献によっては上行結腸までの大腸)も交感神経優位で、病的反応により交感神経が興奮し、上腸間膜神経節(椎前神経節)とTh10~Th12交感神経節(椎傍神経節)を興奮させる。
 
椎前神経節の反応は臍部の漠然とした鈍痛を生じる。後者は交通枝を介して同じ高さの体性神経系に入り、Th10~Th12の体性神経性デルマトームに従った圧痛硬結が出現する。すなわち、後枝反応として主として起立筋上の圧痛硬結が、前枝(=肋間神経)反応として主として腹直筋上に圧痛硬結が現れてくることになる。※ただし上腸間膜動脈神経節の反応は腹腔神経節を仲介するので、実際には臍部痛よりも心窩部痛を訴えるケースが多くなる。 

2)中腹部消化器内臓の針灸治療パターン
考え方は、上腹部臓器の針灸と同じだが横隔膜神経は関与しないので、次の2つの方向から施術する。
  
Th10~Th12前枝の刺激 → Th10~Th12腹直筋(天枢~大赫)
Th10~Th12後枝の刺激 → Th10~Th12起立筋(脾兪~三焦兪)

 

3.アナトミートレインの浅前線との関係

以上が2006年に発表した「内臓体壁反射理論からみた鍼灸治療方針」だが、その通りの治療を行ったとしても、おそらくは凡庸な効果しか得られないだろう。臨床で運用するにはあまりにも荒削りだからだ。まだまだ上手な鍼灸治療を実践するには役立つ理論が必要だ。そうした中にあって、数年前からアナトミートレインという考え方が出現し、その中の浅前線が胃経走行に似ていることを知った。

アナトミートレインでは、足三里のある前脛骨筋と腹直筋は連絡しているので、腹直筋に影響を与えようとして足三里を刺激するという方法が成り立つ。ただしアナトミートレインは内臓なので、足三里を刺激したからといって胃に影響を与えることはできない。
一方胃経流注を考えれば、腹部の腹直筋を直脈が下する一方、支脈脈は鎖骨上窩(缺盆)から深く潜行して腹部の胃に入出し、鼠径溝(気衝)から表層に出て直脈と合流する流れになるので、足三里刺激で胃に影響を与えることができる理屈になる。

実際に足三里を刺激すると、百回に1回程度は胃や腸のグル音を聴取することができるので、おぼろげながらも胃経流注の存在を意識できる。そこで、私は足三里刺激→腹直筋、そして腹直筋刺激→胃に影響という論法を考えみた。足三里刺激→胃に影響を与えるという訳ではないので、足三里が確実に胃に影響を与えるというわけではく、それは腹直筋の状態次第になる。腹直筋が緊張していることが、反射板的作用となって胃に影響を与えると思った。したがって、腹筋を緊張させた状態で足三里に刺針して下腿に響かせることが胃に影響を与えるコツではないのかと考えた。

 

 

当ブログの目的とするもの

$
0
0

                 「現代医学的鍼灸治療」に、ようこそ

これまで鍼灸を学び、迷いながら患者様のへ施術をおこなってきました、針灸臨床を始めて28年(平成18年現在)が過ぎた現在、自分なりの針灸治療も確立しつつありますが、中間報告の形でまとめることで、これまでの自分の成果を緒先生方に報告することにしました。発表するのは年令的(身体的・頭脳的に)に、余裕がなくなってきているせいもあります。
結果的にですが、臨床5年経過あたりで、結果として現代鍼灸を志向することになりました。現代鍼灸の治療は、端的にいえば論理的であることに尽きます。これまでのところ論理的に考えていこうとする鍼灸臨床理論は現代鍼灸以外にありません。なぜそのツボを使うのかとか、どうして鍼ではなく灸を使うのか、あるいはなぜその手技や体位で施術するのかなどに対し、自分なりの回答を与えました。

なお本ブログは、平成18年3月10日から配信開始しています。本記事の日付は、3017年となっていて誤りではありますが、ブログ閲覧で最初になるようにしたためです。

当なお、本ブログのタイトルに続くVer.○○との表記ですが、当初はすべてVer.1.0(初回版)に相当して、Verいます。後日これに改修を加えることもあって、小さな改修には、小数点以下の数字を、大きな改修の場合には小数点以上の数字を与えて区別しています。たとえば、Ver.2.1の場合、大きな改修を1回行い、小さな改修を2回したことを示しています。

ブログに対して、ご意見・ご感想を頂戴することは歓迎するところです。しかし今後匿名で私に回答を強いる質問等につきましては、今後返信しないことにしました。(平成30年2月15日)

 

本ブログの記事(文字+図表)のみを、Wordで印刷する方法

本ブログの記事を図や写真入りで印刷して残しておきたい。余計なものは印刷したくない。そんなときの印刷方法。

①インターネット上で、プリントアウトしたい範囲を左クリックしつつドラッグ(滑らせ)選択。すると、文字、図や写真が反転。
②選択した上で右クリックし、メニューの中の「 コピー 」をクリック。(インターネットは終了してもOK)
③Wordを開く。白紙を開いて、「貼り付け」をクリック。
④余白を狭くして,改行等も編集するなど、Word上で微調整し、プリントアウトする。
このWordファイルを「名前を付けて保存」すれば、ファイルとして保存することもできる。

※一太郎で行ってみると、文字だけは上記方法でプリントアウトならびにファイル保存できるのだが、図は保存できなかった。図に対してはマウスを右クリックし、「名前を付けて保存」を実行し、パソコン画面上に一度ファイルを作成し、さきほど保存した文書ファイルに図を挿入するようにするとよい。

 

系統的に現代鍼灸を学習するためのCDも販売中です。これまで数百名の先生方にお求めいただきました。
現代針灸臨床論Ⅰ5,000円、現代鍼灸臨床論Ⅱ6,000円で、ⅠⅡ同時購入では1,000円となります。


◎現代針灸臨床論Ⅰ  第16版(令和2年8月31日時点) 本文p323
整形外科・末梢神経障害・歯科  

第1章 頭痛 p23  
1節 針灸不適応の頭痛の除外   2節 針灸適応となる頭痛の概要   3節 頭痛の鑑別診断   4節 頭痛の針灸治療

第2章 頸腕痛 p32 
1節 頸腕痛疾患の概要  2節 頸肩腕症状の鑑別診断    3節 頸肩腕痛の針灸治療    4節 肩こり性 

第3章 肩関節痛 p26   
1節 肩関節の動きと作用筋   2節 結帯動作制限・結髪動作制限と治療   3節 肩関節疾患と針灸治療   4節 いわゆる五十肩
5節 アナトミートレイン

第4章 腰痛 p26  
1節 腰痛疾患の概要    2節 腰痛の不適応の判定    3節 効かせるための針の技法   4節 殿部痛

第5章 腰下肢痛 p32  
1節 腰神経叢症状   2節 仙骨神経叢症状と腰椎椎間板ヘルニア    3節 脊柱管狭窄症   4節 股関節疾患  

第6章 膝関節痛 p31
1節 針灸不適応の膝痛疾患   2節 膝関節痛の鑑別診断    3節 針灸適応の膝関節痛の針灸診療  4節 変形性膝関節症の針灸診療  

第7章 顔面症状 p23  
1節 顔面痛    2節 顔面神経麻痺   3節 顔面部の痙攣  

第8章 上肢部症状 p35 
1節 肘関節痛     2節  手関節痛・手指痛   3節 上肢の神経麻痺と神経絞扼障害  

第9章 下肢部症状 p36  
1節 下肢の常見疾患     2節 足部の常見疾患   3節  下肢の神経麻痺と神経絞扼障害  

第10章 歯科症状 p23   
1節 歯の基礎知識    2節 歯科の主要疾患    3節 歯科領域の針灸治療   4節 口内炎  5節 顎関節症   

第11章 総論的知識 p26   
1節  神経線維と運動制御     2節  MPS(筋膜性疼痛症候群)     3節『鍼治新書』の要点                 

 

◎現代鍼灸臨床論Ⅱ 第23版(令和2年8月31日時点)本文p371
内科・眼科・耳鼻咽喉科・泌尿器科・産婦人科・皮膚科他    

第1章 上中腹部消化器症状  p37
1節 腹痛の代表疾患  2節 針灸院における診察手順  3節 内臓体壁反射と針灸治療パターン  4節 横隔神経と体壁反応   5節 胃疾患と針灸治療  
6節 肝炎患者の扱いと慢性肝炎の針灸治療   7節 胆道疾患と針灸治療  8節 膵炎と針灸治療        

第2章 下腹部消化器症状  p27  
1節 下腹痛と体壁反応  2節 針灸院での下腹診察と針灸治療   3節 下痢   4節  便秘    5節 下痢・便秘の針灸治療    6節 虫垂炎と針灸治療   7節 痔疾と針灸治療         

第3章 鼻科・咽喉科症状  p31  
1節 鼻の疾患  2節  咽頭の疾患  3節 喉頭の疾患   4節 くしゃみ・しゃっくり   5節 かぜ症候群

第4章 胸部症状  p26  
1節 胸痛の針灸診療  2節 動悸・息切れ  3節 咳嗽・喀痰の針灸治療  4節 気管支喘息の針灸診療     

第5章 末梢循環器症状   p32 
 1節 冷え症   2節 ほてり・のぼせ  3節 末梢動脈閉塞性疾患   4節 メタボリックシンドローム  5節 低血圧症

第6章 精神症状と全身症状 p40  
1節 不眠症  2節 疲労倦怠および貧血  3節 不定愁訴症候群・神経症・更年期障害   4節 肥満 

第7章 腎・泌尿・生殖器症状  p32  
1節 腎・泌尿器と体壁反応    2節 主な腎疾患    3節 疼痛を生ずる尿路疾患  4節 頻尿・尿失禁・排尿困難   5節 夜尿症  6節 ED          

第8章 産婦人科症状  p29  
1節 性周期とホルモン  2節 婦人科の主要疾患  3節 婦人科疾患の体表反応と針灸治療  4節 月経異常   5節 月経随伴症状と針灸治療    6節 不妊症   7節 産科の主要疾患   8節 乳房症状           

第9章 眼症状 p32
1節 眼の構造と機能    2節  代表的な眼症状と鑑別診断  3節 代表的な眼科疾患  4節 全身疾患の一部としての眼科症状  5節 眼科の針灸治療            
第10章 耳科症状  p38  1節 耳の構造と機能    2節  難聴・耳鳴の診察  3節 めまいの診察  4節  耳痛と針灸治療  5節  耳科疾患の概要   6節 難聴・耳鳴の針灸治療   7節 めまいの針灸治療    

第11章 皮膚科症状 p23  
1節 皮膚腫瘤   2節 アトピー性皮膚炎   3節 毛髪の異常

第12章 その他の主要疾患  p20  
1節  関節リウマチ   2節 脳血管障害   3節 パーキンソン病  
巻末資料:体性神経デルマトーム図


◎同梱の資料(令和2年8月31日時点)
1.經絡経穴学 37ページ
2.医学語呂1100(基礎、応用、東洋医学) 67ページ
3.東洋医学臨床論(中医学)P92ページ+舌診5ページ+腹診3ページ+脈診3ページ

 


 

 

 

東西自然科学史 ~ 全ての物は、何からできているのか?

$
0
0

以前、道教と錬丹術(あるいは錬金術)についての下記ブログを発表したが、予想外に高評価が得られた。そこで今回は、なぜ錬丹術といった発想が生まれたかについて、ギリシャ自然哲学の歴史から順を追って説明する。科学技術史は、彼らが何を考えたかということよりも、どのように考えたかという方が重要である。  ※2020/3/7 ブログ 「道教によって影響をうけた古代中国の生命観 Ver.1.6」

引用文献
①るーいのゆっくり解説「錬金術とは一体何なのか?」YouTube動画 
②ヨースタイン・ゴルデル著「ソフィーの世界 哲学者からの不思議な手紙」NHK出版
③ジョセフ・ニーダム著「東と西の学者と工匠 下巻」河出書房


昔の哲学の重要テーマとして、「全ての物は、何からできているのか」というものがある。この回答として最も発端となるのは、万物のものは単純な物質が起源だとする説があり、これはギリシャで誕生した。

 

1.ギリシャの哲学者タレス(紀元前624-前546頃)

①万物は水がすべての起源。水を冷やすと氷に、温めるとまた元の水に戻る事実。自然界の水の循環(川海→水蒸気→雲→雨→川海) 
②物質は絶えず変化を繰り返すが、決してなくなったりはせず、新しく無から生まれるこ とはない。
③すべての物質はただ一つの「もと」からできている。水や石や金属や生物も 同じものからできている。


2.ギリシャの哲学者アナクシメネス(紀元前1570-前525) 

タレスと同様、全ての物は一つの物質から成り立ってると考えた。
①空気ないし息(プネウマ)が万物の元素で、これらが圧縮や膨張させることでいろいろな物質に変化するのではないか。
②水は凝縮された空気。雨が降る時、大気中の水分が水滴になる。
③火は薄められた空気。畑に生える作物を観察し、土と空気と水と火は命が生まれるためにあると考察。


3.ギリシャの哲学者エンペドクレス(紀元前490-前430)

①万物のもとを、一つの物質に限定するのは無理があるとし、万物のもとは、「火、空気、土、水」の4つであるとした。これらが様々な割合で混ざり合うことで、すべてのものがつくられる。
②一本の木切れが燃える時は、まさに解体が起こっている。木ぎれの中でパチパチとはぜた音やジージーといった音の主は水分である。何かが煙になること、それは空気である。もちろん炎も見える。そして火が消えた後に残るのは灰つまり土である。


4.中国の鄒衍(すうえん)の五行説(戦国時代 紀元前305年頃-前240年頃)

①古代中国の自然哲学の思想。万物は火・水・木・金・土の五元素からなる。
②五種類の元素は「互いに影響を与え合い、その生滅盛衰によって天地万物が変化し、循環する。これは西洋の四大元素説(四元素説)と比較される思想。
③陰陽説は古くから存在したのに対し、五行説は陰陽説よりも後から出来たのだが、当初から陰陽説と一体であり、陰陽五行説といわれる。


5.ギリシャの哲学者デモクリトス(紀元前460-前370)

①「原子論」を主張。万物をつくるもとは無数の粒になっていて、一粒一粒は壊れることがない。それ以上壊すことのできない粒を、ギリシャ語の壊れないものとの意味から、アトムと名付けた。 
②いろいろなアトムがくっついて塊になることで種々の物質ができあがる。組み合わせて色々な物質ができるという点では、現代でいう分子のことをさしている。つまりデモクリトスは紀元前にして原子や分子の存在を言い当てた。
③この原子論は、神の存在を否定するような理論だったため、人々に受け入れられなかった。この原子論は、哲学者アリストテレス(紀元前384-322)により否定された。
どんなものだって打ち砕けば小さな粒になる。壊れることのない粒なんでありえない、と考えた。この考えは民衆に浸透していった。


6.ギリシャの哲学者アリストテレス(紀元前384-前322)

①エンペドクレスのいう万物のもとである火・空気・土・水という4物質も一つの「もと」からできているとした。つまり「もとのもと」があるとした。
②「もとのもと」に2つの性質を加えることで「火、空気、土、水」の4つの元素になると考察。この2つの性質とは、温度(熱と冷)と湿度(乾燥と湿)を組み合わせることで、この4つの元素が現れるとした。これをアリストテレスの四元素説とよんだ。
③アリストテレスの四元素説は次の図で表すことが多い。この説はヨーロッパの常識に訴えかけることがあって19世紀頃まで人々に影響を与え続けた。


7.アリストテレスの四元素説と錬金術の関係       

①アリストテレスの説では、もとのもとには2つの性質があり、これらは自由に変化させることができて、その混合割合により万物がつくられるとした。このことから、 他の金属を金に変えることもできるはずだと考えた。
②ナイル川の河口にあるアレキサンドリアには、エジプトで培われた技術があって、そこにギリシャの理論が導入され、錬金術が始まった。この錬金術は紀元後間もない頃になると、アレクサンドリアだけでなく、南米。中米・中国・インドなどにも少しずつ広がっていった。


8.中国の錬丹術(丹とは硫化水銀のもつ赤色のこと)

①中国は錬金術を使って人間の寿命を延ばすことに大きな興味を持っていた。
 具体的にいえば、中国の支配者たちは不老不死となるための薬を錬金術の手法で作ろうとしていた。これを錬丹術とよぶ。
②錬丹術では、辰砂(=硫化水銀HgS)が注目された。辰砂は赤色物質で、赤色顔料として神社の朱塗りや朱肉、器の加工などに用いられてきた。③辰砂を加熱することで水銀を得ることができることを発見した。硫化水銀は、加熱することで水銀と硫黄に分解される。 赤い石から液体の金属が生まれるという不思議な性質が注目された。
④中国では水銀を主成分とする液体を飲むことで、不老不死の効果があると信じられていた。方士(道教の修行者)は霊薬丹薬をもってきたとして、富裕層に売りつけた。金持ちは競うようにしてこれを買い求め、次々と水銀中毒となり死亡した。皇帝がこの水銀を飲んで、死亡していた。現代でいう水俣病。

※黒色火薬の発明
中国の錬丹術は、黒色火薬の発明にもつながった。KNO3(硝石)は酸素のように可燃物である炭(C)や硫黄(S)を燃やすことができる。硝石は激しく燃え上がるという性質が発見され、これが火薬に応用された。
  炭(C)+酸素(O2)→二酸化炭素(CO2)+熱
黒色火薬は酸素のないところでも燃焼できるつまり瞬時に燃焼することで強い爆発力を生んだ。 (可燃物の燃焼には酸素を必要とする。物質の表面から燃焼するので反応は穏やかで爆発しない)


9.イスラムの錬金術師ののジャービル(721-815)

①ジャービルはアリストレテスの元素の考え方、中国の錬丹術などに影響を受け、あらゆる金属は硫黄と水銀によって作られているという考え方をした。この混ざり合う比率により金属の性質が変わってくが、とくに金は完全な比率で成り立っているとした。
鉛などの普通の金属を一度硫黄と水銀に分解し、それを金と同じ比率にして再度金属を作り直せば純粋な金を得られると説いたが失敗に終わった。
②ジャービルは化学分野では大きな功績をあげた。ガラス器具の性能や金属精錬の御術の向上など。たとえば塩酸や硫酸、硝酸の精製法や結晶化法を確率、濃塩酸と濃硝酸を3:1の比率で混ぜると金を溶かすことのできる王水とよばれる溶液を発見した。

 

10.スイスの哲学者パラケルスス(1493-1541)

①ヨーロッパの錬金術師は、賢者の石をつくりだすことを目的として研究を行った。賢者の石(=エリクサー、中国では仙丹)は、金属を金や銀に変え、あらゆる病気を治し、不老不死とする万能薬とも考えられた。
②16世紀にはパラケルススは「医化学の祖」とよばれた。パラケルススは錬金術の知識を積極的に医学に応用していった。以前、薬といえば植物からつくられるものだったが、パラケルススは梅毒に水銀化合物を用いたり、皮膚病に砒素化合物を用いたりした。

しかし依然として賢者の石をつくることはできなかった。人々は本当に賢者の石は存在するのかという考えを抱くようになった。


11.イギリスの物理・化学者ロバート・ボイル(1627-1691)

①ボイルは2000年近く信じられてきたアリストテレスの四元素説を否定した。それ以上小さくできないものが見つかれば、それも元素と認めなくてはならないと主張。これを「懐疑的化学者」という本にまとめた。これにより錬金術が否定されるに至った。
②これまでの錬金術を近代化学へと向かわせることにもなった。ボイルは「最後の錬金術師」とか「最初の化学者」と呼ばれるようになった。


12.フランスの化学者アントワール・ラボアジエ(1743-1794)、

①ボイルに続いて現れたのがラボアジエで、酸素を発見し、他に33種の元素を発見した。
金には固有の元素があり、他の物質からでは製造できないことがついに解明された。

 自然界に広くあるもの・・・・(光)、(熱素)、酸素、窒素、水素
 非金属・・・・・・硫黄、リン、炭素、塩素、フッ素)、(ホウ酸基)
 金属・・・・・・・・アンチモン、銀、ヒ素、ビスマス、コバルト、銅、スズ、鉄、モリブデン、ニッケル、金、白金、鉛、タングステン、亜鉛、マンガン、水銀     
 土・・・・・・・・・・(酸化カルシウム)、(マグネシア)、(酸化バリウム)、(アルミナ)、(シリカ)
※( )は、現在では元素として扱われていない。

②当時支配的であった四大元素説で「水は土に変わることがある」という説があったが、同年末から翌1769年にかけて、水をガラス容器に入れて101日間も密閉状態で沸騰させた後に正確に重さを測る実験を行い、「水は土に変化しうる」という説は正しくないことを示した。
水(H2O)は酸素と水素の分子化合物であることを発見したものラボアジエだった。
③ラボアジエは、近代化学の父とよばれた。

 

睡眠のトリビア

$
0
0

1.睡眠の目的

睡眠の目的は疲労回復にあることに異論はないが、最終回答とはいえない。というのは「疲労とは何か」についての疑問にとって変わることになるだけだからだ。より本質的な回答ちしての眠りの目的は 脳の深部温を下げるためとされている。
体温や脳の深部温は、心身の活動に比例しており、起床時に低く就寝時に高い。前頭葉が過熱すると能力が低下し眠気を生ずる。最初に起こる睡眠は、ノンレム睡眠 (詳細後述)で、脳深部の血流が減少して加熱を防ぎ、また深部体温を強く下げる作用がある。疲労は睡眠中に回復するが、その主役は成長ホルモンによる。

2.レム睡眠とノンレム睡眠

睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠の2種類ある。起きている間は目は素早く動いている。眠ると目は動かなくなるが、90分もすると眠っているにも関わらず、あたかも起きている時のように目が素早く動くようになることに気づき、睡眠には種類あることを発見した。


1)ノンレム睡眠(徐波睡眠)  non-rapid eye movement sleep

ノンレム睡眠は、睡眠の前半に多く現れる。大脳皮質休息の意義があるので、夢をみない。一方、寝返りなど身体はよく動く。睡眠は、まずノンレム睡眠(徐波睡眠)から始まる。このノンレム睡眠には4段階ある。
段階1→段階2→段階3→段階4の順番に深くなる。眠りが浅くなる時は、段階4→段階2となり段階3と段階1はない。これら段階の区別は、脳波に占めるθ波δ波の比率による。
①座って眠った場合、第3段階には移行しない。非常に疲れた状態で第3~4段階に移行した場合、ソファに横に寝込むか、転げ落ちてしまう。
②自然に目覚める時は、1度のノンレム睡眠から覚醒状態になるので気分がよい。急に叩き起こされるなど、4度のノンレム睡眠から覚醒すれば非常に気分が悪い。 
③ノンレム睡眠がとれないと眠りは浅く、病気にもかかりやすい。カゼをひきやすく、ガン細胞の発生を抑制できなくなる。これは免疫細胞であるNK細胞がノンレム睡眠のときに最も活動が活発になるため。

2)レム睡眠 rapid eye movement sleep
    
レム睡眠時の脳波はθ波(ノンレム睡眠の第1段階と同じ)だが、瞼の下で眼が動くので、REM(Rapid Eye Movement 急速眼球運動)睡眠とよぶ。レム睡眠の役割は身体休息にあり、この間骨格筋は弛緩して、その間あまり寝返りなどの動きはないが、精神は活動して夢をみる。夢は見るが、筋はゆるんで動けないのでおもわぬ事故は防げている。生理的な日中活動時は、基本的に交感神経優位状態であるが、このレム睡眠は、きつく巻かれたゼンマイを緩めるように、副交感神経優位状態にする役割がある。
    
入眠後約90分でレム睡眠に移行。約90分周期でレム睡眠が起こり、1回平均20分間持続する。一晩にこの周期を3~4回繰返すが、レム睡眠は明け方に近づくほど時間は長くなる。睡眠の25%がレム睡眠。レム睡眠の比率は、新生児に長く、加齢とともに割合は減少する。

①レム睡眠時、成人男性は生理的に一晩に3~5回勃起する。これは性的刺激とは無関係。「朝立ち」は、最後のレム睡眠のタイミングで目ざめた場合に生じている。
②早朝覚醒や短時間睡眠では、レム睡眠は不足してくる。脳の疲労回復はできても、身体の疲労回復は充分ではないので、自律神経失調をきたしやすい。仮に1回90分未満の睡眠を計8時間分とっても、レム睡眠時間は不十分である。
③筋肉が弛緩して動けない状態「金縛り」は、レム睡眠から急に覚醒した場合に生ずる。

       

 

3.天然の睡眠薬メラトニンと松果体
 
①生物には中枢に体内時計がある。この機能をつかさどっているのが松果体で、松果体から分泌されるメラトニンは、強い光では分泌が減り、暗くなると分泌を増やすことで、は天然の睡眠薬として作用する。
  
②松果体は、脳の深部中央にあり、松果(=松ぼっくり)の形をした、直径8ミリほどの内分泌器官だが、大脳が進化発達して巨大化した結果、押しやられて脳の中心部に位置し、視覚機能は退化していった。しかし脳の中心にあることで、第六感としての機能だとする見解が生まれた。開眼(かいげん)という言葉は、この第三の眼の能力が身についた、すなわち悟ったという意味になる。
  
③17世紀のフランスの哲学者デカルトは精神と身体とは完全に交流がないとする人間観を主張する一方、精神と肉体の相互作用を松果体の役割だと考えた。大脳半球は左右に分かれているが、当時の解剖から松果体は中央に一つしかなかった(実際には松果体も左右2つある)ことで、精神と肉体の統合に関係していると推察したことによる。

驚くべきことに、バチカン市国のサンピエトロ大聖堂の中庭には、松ぼっくりのモニュメントが鎮座している。これはデカルトに影響されたからだろうか。



③仏像の白毫(びゃくごう。間のやや上に生えているとされる白く長い毛。光を放ち世界を照らす)やヒンズー教のシバ神の額にある第三の目などの神性と松果体との関連は不明。インドの既婚女性ヒンズー教徒がする、ビンディー(前額部への赤く小さな丸模様をつける)は、元来は貞操を守る風習からのものであるが、今日では一種のオシャレとして既婚未婚を問わず行われている。

  


④眉間は、中国医学では「闕」ともよばれ、古人は肺病の診察点として用いた。「闕」には要塞や都市を守る城壁の大きな、門および門の間の通路という意味がある。闕はヒンズー教やヨガではチャクラの発する場所の一つとして知られている。チャクラとは体のエネルギーを補給、コントロールするポイントとされている。経穴でいえば、巨闕穴は左右肋骨に挟まれた場所であり、神闕は凹んだ部であり左右に腹壁が壁のようにあることなどこの特性に関係している。

ちなみに「厥」は、厂+朔を合成したもので、「厂」は切り立った崖、「朔」は新月を意味している。このことから厥は側面が開けた山があって、その山陰に隠れた太陽が山際から出てくる様をさしている。すなわち陰から陽への切り替わることをいう。

一方、人相占いは、流派によって呼び名は種々あるが、眉間を印堂と称しているグループがいる。印鑑を押す部位との意味で、これはヒンズー教のビンディーと通じるものがある。なお印堂は鍼灸学ではツボの名称にもなっていることで鍼灸家ではお馴染みになっている。
  
4.不眠の分類


1)神経症性不眠と脳幹網様体興奮

延髄・橋・中脳内部にある脳神経核(白色)と神経線維(灰白色)がネットワークを形成している部分を脳幹網様体と称し、白質中に灰白質が散在する外見をしている。
大脳皮質が興奮して、下行性に網様体賦活系を刺激することで、不眠状態になったもの。その一方で、末梢からの知覚情報は、脳幹網様体を経由し、大脳皮質に伝達され認識される。末梢からの知覚情報には、体内刺激として痛みやかゆみ、体外刺激として身体運動などがあるが、これらはすべて網様体を通過する知覚情報インパルスとして捉えられ、このインパルス数が多いほど意識は明瞭になり、少ないと意識は不鮮明になる。
したがって睡眠誘導には、網様体を通過するインパルスの数を減らすことを考える。具体的には暑さ寒さ、明るさ、雑音を遮断する睡眠環境にすることや、思い悩まないことである。逆に眠気をさますためには、身体運動を行う。とくに歩行(大腿四頭筋)やアクビ(咬筋)は効果的である。 

2)老人性不眠と視床下部機能衰退

老人性不眠は、視床下部の機能衰退が関係している。視床下部の主な役割は、①哺乳類共通の自律神経中枢(体温調節、水分調節、食欲調節、睡眠調節)と、②生体時計(意識に応じた内分泌の活動調整)である。老人の生体時計は、24時間という覚醒と睡眠のリズムを刻むことは難しくなり、分断睡眠や昼寝、早朝覚醒が起きやすくなる。

 

5.不眠の日常的対処法
 
1)寝付きをよくするメラトニン分泌増大
   
眠る予定時刻の2時間前からは、明るすぎない照明にして、睡眠物質メラトニンの分泌を促す。(2時間ほどで充分な量にまで増え、眠くなる)。逆に寝覚めの悪い者は、起床時に眼に強い光を十分浴びる。
 
2)熟眠するACTH分泌増大
       
熟眠感を得るには、眠った後の最初のノンレム睡眠を深くすることが重要である。疲労回復、細胞修復してくれる成長ホルモンは、ほとんどが一回目のノンレム睡眠中に分泌される。
ノンレム睡眠を深くするためには、ストレスホルモン(副腎皮質刺激ホルモンACTH)が必要である。ストレス物質そのものは、眠りを妨げるが、ストレスのない状態に変化すると、ストレス物質は分解されて睡眠薬様物質に変わる。このことは多忙な仕事後や、深い悲しみの後にはぐっすりと眠れるという常識に科学的根拠を与えている。精神的なストレスを除けない場合は、運動ストレスを与えることで、精神的ストレスを軽減させることができる。これを眠る2時間前に行う。

鍼尖点検器の自作 ver.1.1

$
0
0

1.曲がりやすかった銀鍼

今から40年前頃まで、針灸専門学校の実技教育では銀鍼が普通に使われていた。一本50円~70円くらいした。銀は腰が弱く、刺入する際の重心を間違えると、すぐに”く”の字になってしまったので、鍼体を曲げずに刺入するだけでも結構難しかった。しかし反復練習というのは、それなりに意味あることで数ヶ月の練習で同学年の大部分の者は、スムーズに刺入できるようになった。当時はステンレス鍼が普及して間もない頃なので、多くの鍼灸師はステンレス鍼で患者の治療にあたっていた。ではなぜ針灸専門学校で銀鍼で練習したのか、それは現在の鍼灸国家試験の前身である都道府県試験で実技試験では銀鍼の寸6#3を使うという決まりがあったからだ。銀鍼では滅菌ができないだろうと思われがちだが、実技の際には自分で購入した鍼は相手に渡し、それを自分の身体に刺させることで、感染の問題をかろうじてクリアーしていたつもりだが、徹底はされていなかった。
とはいえ、銀鍼は縫い針のように綿を敷いた針箱に並べて保管していた。鍼灸学校入学して最初の鍼実技の時間に、衛生的に問題のあることが理解できた。鍼灸医療とはずいぶん不衛生なものだと強く思った。しかし慣れとは恐いもので、この不衛生であることも気にならなくなった。正しくは気にたら先に進めないと思うようになった。銀鍼の鍼体を簡単には曲げなくなる程度に刺針技術が上達すると、同じ鍼を何回も使うことになるので使っているうちに鍼尖が摩耗し、どうしても切皮痛が起こるようになった。こうなると普通は破棄するが、こだわりのある治療院では銀鍼の鍼尖を顕微鏡で点検しながら砥石で研いだりもした。面倒なことだったが、それも鍼灸上達の修行とみなされていた。ちなみにステンレス鍼の場合、硬いので研ぐことはできなくなった。

銀鍼には、鍼のあたりが軟らかいという治療上の良さはあるが、オートクレーブでの滅菌ができない(鍼体が酸化して黒ずみ、もろくなる)という致命的欠陥があったので、ステンレス鍼を使う時代に移行する必然性があった。四十数年前のこと筆者が鍼灸学校に入学して間もなく、煮沸消毒でなく、オートクレーブで鍼を滅菌しなければならないと啓蒙され、日本鍼灸師会推薦の鍼滅菌用のオートクレーブが発売された。当時15万円程度したことを記憶している(現在の金銭感覚では40万円程度になるだろう)。製品は価格を抑えたものらしく、注水・減圧・乾燥はすべて手動式で、スタートスイッチを押した後も減圧バルブを開き、扉を少々開いて乾燥させねばならないなど手間がかかるものだった。鍼灸師は当時から低所得者が多く、15万円というのは突拍子もない金額だった。セイリンのディスポ鍼も発売開始されたが1本40円で、通常のステンレス鍼は1本50円だったので、頑張ってステンレス鍼をオートクレーブ滅菌後に再使用するというのがスタンダードなやり方となった。
ステンレス鍼を再利用して、鍼体が一定以上曲がってしまえば破棄することになるが、問題となるのが鍼先の変形で、ステンレスは硬いので再使用できるか捨てるかの判断を効率良く実施したいと思うようになった。


2.塩ビパイプ継手を使った鍼尖点検器の自作
鍼尖点検器の自作といっても塩ビパイプを買ってきてラップを張るだけである。
今から40年程前、鍼尖点検器という製品があった。木製で太く短いパイプのような形だった。片面にサランラップを張り、チェックすべき鍼を単刺していく(回旋はしない)。
サランラップを使ったのは、サラン樹脂でなければく音がでなかったためであった。他の他のラップはビニールのよう伸びてしまい、鍼がパリッと貫通できなかったからだ。しかし今日では他社製のラップも品質向上して使用に差し支えなくなっており、当家でたまたま使っていたのはクレラップだった。

短時間に次々と鍼の良し悪しを判定できる良い商品だったが、現在市販されていないようである。その代用として筆者は塩ビ管にラップを巻いて鍼先点検している。塩ビ管はいろいろ試してみた結果、だいたい次の写真のような大きさに落ち着いた。この製品は径の異なるパイプの継手として使うものだが、単純の筒状のパイプでも構わない。ホームセンターで入手で、値段は200~300円程度。

3.鍼尖点検器の使い方
 
①未使用や新本同様の鍼であれば何の抵抗もなくスッと抵抗なくラップを突き破ることができる。
②わずかに鍼先か変形した鍼の場合、ラップを破る時、ツッという小さな音が生ずる。
③さらに鍼先の変形が少し進行した鍼であれば、ラップを破る時、プツッという音が出る、と同時にラップが下に押しつけられる。出る。
④鍼先の変形がさらに変形した鍼であれば、下に押しつけるように力を入れて、大きなラップを突き抜ける音と共にどうにかラップを貫通することができるようになる。

このようにあえて分類してみると、面倒に感じるかもしれないが、少し慣れると誰でも直感的に判断できるようになるだろう。

なお当院では③④を使用不可として廃棄処分にしている。

ラップを巻いた状態

 

 

鍼尖点検中の様子


胸廓出口症候群の針灸治療 Ver.1.6

$
0
0

 胸廓出口症候群という診断は針灸師サイドではよくつけられるが、整形外科医はあまりつけたがらない。そのその理由をある整形外科医に質問すると、真の胸廓出口症候群であれば、絞扼部位を広げるような手術が必要な筈であり、安静や理学療法で改善するのであれば、その病態は軟部組織障害である。軟部組織障害であれば、通常の頸腕症候群の理学療法と同じなので、あえて胸廓出口と診断する意義はないとのことだった。

ただし針治療あるいはMPSの筋膜注射では、絞扼部位に対するピンポイント治療をしないと効果があまりないので、正しい治療のために正しい診断が必要となる。「正しい診断」とは、第1に頸腕症候群との鑑別、第2に胸郭出口症候群所属の頸肋・斜角筋・肋鎖・過外転症候群のどれかという判別である。これら4つの細分化された病名の鑑別は、教科書(国家試験問題)的には理学テストで判別する建前になっている(本当は理学テストだけでの判別は限界がある)。

1.胸廓出口症候群の概要

1)定義
胸廓出口部における腕神経叢と鎖骨下動静脈の絞扼障害をいう。かつては頸腕症候群に分類されたが、現在では独立した症候群になる。

2)症状

上肢の痛み、上肢のしびれ・だるさなど。
①上肢の痛みは、ピリピリ、ジリジリといった灼熱様で末梢神経分布に従う。
※神経根症状では、デルマトームに従った知覚鈍麻が起こる。
②鎖骨下動静脈も圧迫されるので、上肢は冷えを伴うことが多い。
※神経根症状では、血管症状は伴わない
③ルーステスト(3分間挙上テスト)陽性

2.胸廓出口症候群の分類

2.胸廓出口症候群の分類 

絞扼部位により、次の4つに細分化される

 1)頸肋症候群
第7頸椎横突起が延びて肋骨化した先天性奇形。低頻度。上肢やその付け根の上肢帯の運動や感覚を支配する腕神経叢は、頚神経から第8頚神経と第1胸神経から形成されるが、頚肋がある者は、第4頚神経から第8頚神経根から形成されることが多い。
腕神経叢の神経絞扼障害が生じる。鎖骨下動脈が絞扼されるか否かは場合により異なる。鎖骨下静脈は圧迫を受けない。

 



2)(前)斜角筋症候群
 斜角筋裂隙(前斜角筋、中斜角筋、第1肋骨で囲まれた部位)を腕神経叢と鎖骨下動脈が走行している。前斜角筋緊張のため、これらの神経と動静脈が絞扼された状態。鎖骨下静脈は絞扼されない。
 モーレーテスト(+)、アレンテスト(+)、アドソンテスト(+)


3)肋鎖症候群
鎖骨と第1肋骨の間隙から、腕神経叢と鎖骨下動静脈が出て、上肢に向かっている。この間隙が狭くなることにより、神経血管絞扼障害を起こした状態。低頻度。エデンテスト(+)

4)過外転テスト(小胸筋テスト)
小胸筋と肋骨間の間隙を腕神経叢と鎖骨下動静脈が走り、上肢へと向かっている。上腕外転時に、小胸筋の烏口突起停止部で、腕神経叢と鎖骨下動静脈が絞扼された状態。ライトテスト(+)


3.胸廓出口症候群の針灸治療

上肢症状が知覚鈍麻でなく、知覚過敏であり、上肢痛のみ訴え、で頸痛がない場合には、胸郭出口症候群を疑う。理学テストはルーステスト以外はあまり信頼性がなく、ルーステストは実施に時間がかかるので、圧痛点の所在から診断し、即治療とする方が実際的であろう。

なお1980年頃から、胸郭出口症候群の98%は、神経系圧迫の問題であって、血管圧迫の病態はわずかだとする認識に変化した。脈拍の消失を診るテスト(ライトテストやアドソンテスト)の有用性は否定されている(健常者でもよく陽性になる)

私の経験によれば、胸廓出口症候群の中の、前斜角筋症候群が大半であり、たまに過外転症候群も来るといった印象である。前斜角筋症候群の診断のためには、モーレーテストを使用し、過外転症候群の診断には、中府穴圧痛の有無を調べる。ともに神経圧迫テストで、該当部を圧迫すると筋緊張を感じ、やや強く押圧すると上肢に電撃様の神経痛が放散することで確定診断している。

1)前斜角筋症候群

前斜角筋症候群では、前斜角筋部(天鼎穴に相当。刺針には高い技術が必要)に刺針して置針10分を行う。頸を健側に精一杯回旋さたせると斜角筋か伸張された状態になり、この状態で刺入すると、上肢症状部に響きを与えやすい。

※天鼎位置:学校協会教科書では、喉頭隆起の高さの胸鎖乳突筋中に扶突穴をとる。扶突の後下方1寸で胸鎖乳突筋後縁に天鼎穴をとる。しかし斜角筋や腕神経叢を刺激するには、中国式天鼎の位置の方がよい。中国式では、甲状軟骨と胸鎖関節の中点の高さで、胸鎖乳突筋の後縁から下方1寸とする。すなわち中国式は教科書と比べ、2寸ほど下になる。

斜角筋のストレッチ方法についてトラベルは上図のような方法を紹介している。しかし筆者は天鼎刺針時の体位は、側腹位の方法がやりやすいと考えているので、患側上の側臥位にし、患側の腕を腰に回す(五十肩検査時の結帯動作のように)。また鼻を下になっている肩になるべく近づけるように指示するといった方法をとるようになった。この体位をさせることは、斜角筋をある程度ストレッチ状態にする目的とともに、天鼎刺針時に患者の肩関節が邪魔にならないようにするという目的もある。

 

2)過外転症候群

過外転症候群であれば中府穴から直刺し、大胸筋を貫き、その深部にある小胸筋部硬結まで刺入して置針10分を行う。なお症例によっては天鼎と中府ともに圧痛がある場合があるので、両者に置針10分することもある。小胸筋の反応をみるのは必ずしも容易ではないが、患側上肢を挙上させ、手掌で頭頂を触って固定した状態にさせると小胸筋はストレッチされているので、圧痛の有無を判断しやすい。圧痛点に刺針すると上肢症状部に響きを与えやすい。

※中府位置:中府は教科書では第2肋間で前正中から外方6寸とある。実際には気胸を避けて小胸筋を刺激する目的で、烏口突起の内方1.5㎝、下方1.5㎝を刺入点として直刺するとよい(深刺しても気胸の心配がない)。最近では、前記の中府穴ではなく、烏口突起の頂から1寸内方から直刺した方が、上肢に針響を与えやすいことを発見した。


3)追加すべき治療

側臥位にて頸椎一行からの深刺置針10分を行うと、さらに成功率が高まることを感じる。前記の頸椎の前枝だけでなく、後枝の治療も必要となる場合が実際的には多いようだ。それ以外の治療(たとえば患側上肢症状部に対する刺針)は必要がない。


 

三陰交の治効理論と適応症、至陰・裏内庭・失眠との比較

$
0
0

1.三陰交の適応と治効理由

三陰交は足内果の上方3寸の脛骨内縁を取穴する。足の三陰經である脾経・腎経・肝経の交合する部なので、三陰交と命名された。古来から産婦人科症状に対して、三陰交刺激が多用されてきた。
※このような經絡走行からの説明が成立するとすれば、前腕屈筋側にある三陽絡は手の三陽経(大腸経、三焦経、小腸経)が交わる処なのに、治療穴としては比較的マイナーである理由は何故なのだろうか。

1)S2デルマトーム上にあること



デルマトームとしては八髎穴と同じような使い方ができる。
子宮体部はTh12~L2、子宮頚部はS2~S4、卵巣がTh10、卵管はTh11~Th12との脊髄分節が支配している。この観点からは三陰交や八髎穴(次髎や中髎)の産婦人科領域の治療対象は鍼灸頸部であると思われた。

 

2)伏在神経支配であること

三陰交のある下腿内側領域の皮膚は伏在神経が知覚支配している。伏在神経は大腿神経の終末枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)を構成する。
腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みの際に刺激する用途がある。伏在神経は皮膚知覚支配なので、興奮性を調べるには、皮膚を撮診(皮膚をつまむようにして過敏点を調べる)を使うとよい。三陰交には、灸や皮内針などの皮膚刺激が適する。なお三陰交は筋肉は長指屈筋や後脛骨筋(ともに脛骨神経の運動神経)で脛骨神経が深部を走行している。
以上の検討から、三陰交を含む下腿内側の皮膚痛覚異常は、腰神経叢刺激を行うことが妥当であり、たとえば外志室穴からの腰仙筋膜深葉刺激(大腿神経刺激でもある)などを行う方法がある。

2.三陰交刺激の適応

1)三陰交皮内針は、下腹痛を軽減する

月経痛の治療で、腰部反応点のみに皮内針治療をすると、たいていは腰痛・下腹痛ともに消失するが、なかには下腹痛のみ残存することがあり、このような場合には三陰交に皮内針を追加することで下腹痛は消失できると高岡松雄は記している。
尾崎昭弘らは、月経期mの硬い内側の脛骨縁や腓腹筋上に痛覚閾値低下することを明らかにし、
このような被検者の腎兪や大腸兪に刺針すると、経時的に上昇することが明らかにした。
さらに腰部の圧痛は、三陰交刺針すると、大腸兪よりも腎兪の方が疼痛閾値が高まった。
尾崎昭弘ほか著「鍼刺激により女子の下腿と腰部の疼痛閾値(圧痛)の変化に関する研究、明治鍼灸医学、創刊号:65-74(1985)


2)三陰交には月経困難症の予防効果がある 

①機能性月経痛は、思春期の若年女性に多くみられる。子宮頚部の緊張が硬く強い場合、月経血を通すには子宮頚部を無理にこじ開ける結果、痛むようになる。このような場合、子宮頚部の緊張をとることができれば月経痛も改善するということであって、三陰交刺激が有効となることが多い。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながることを危惧しているのだろう。

②日産玉川病院の遠藤美咲、奥定香代子らは20名の月経困難を訴える看護師に対し、週1回皮内針を交換する方法で、3周期の改善度を調べたところ、著効10%、有効45%、やや有効30%、無効15%となり、半数以上の者にして月経困難症を半分以下に抑えることができた。普段体調が良い者ほど効きがよく、治療前の月経困難症の程度が軽い者ほど有効性が高かった。(医道の日本誌)
 
③月経痛はプロスタグランジン産生による子宮頸部平滑筋の収縮によるとされるが、末梢神経ではS2以下の脊髄神経興奮が症状をもたらしていることが多いとする研究もある。針による月経痛鎮静作用は、子宮収縮の程度を弱めるのではなく、関連痛の鎮痛によるもので、脊髄神経の興奮緩和が針の治効理由である。ゆえに、陰部神経刺針点・中髎・中極などの刺激が効果的となる。
 

3.類似の穴との比較

1)至陰

足の第5指爪甲根部外側1分に至陰をとる。至陰はS1~S2デルマトーム領域である。子宮体部はTh12~L2デルマトーム、子宮頚部はS2~S4応が現れるとされる。すなわち子宮頚部と子宮体部の中間的存在で、ここでは子宮全体に関係すると捉えることにする。
至陰へ施灸すると、子宮動脈と臍動脈の血管抵抗が低下することが観察される。この現象は、子宮筋の緊張が低下したことを示唆している。つまり、至陰の灸は子宮筋の緊張を緩め、子宮循環が改善することにより、胎児は動くやすくなり(灸治療中に胎動が有意に増加することが確認されている)、矯正に至るのではないかと推察される。
 (高橋佳代ほか:骨盤位矯正における温灸刺激の効果について、東京女子医大雑誌、65,801-807,1995)


2)裏内庭

①足の第2指を深く屈曲させ、足指腹の中央が足底皮膚に触れた部に裏内庭をとる。内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛に効果があるとする説は広く知られている。裏内庭は主にL4~L5デルマトーム領域だが、裏内庭の外側にはS1~S2デルマトームがある。一般に肛門に近い病変ほど症状が激しくなるので、裏内庭は直腸~下部大腸の病変をカバーする。同じことは三陰交にも言え、子宮頸部平滑筋の緊張による痛みに効果あるのではないだろうか。

②食中毒時に裏内庭に施灸しても熱くは感じないので、熱く感じるまで(百壮ほど)、多壮灸をするという旨が伝わっている。しかし筆者が牡蠣による急性食中毒で腹痛下痢になった際、裏内庭に灸したが、数壮目からすでに熱くなったため、施灸中止した経験がある。


3)失眠

①不眠のことを中国語で失眠とよぶ。失眠穴は踵中央に取穴する。不眠症と踵骨とは現代医学的にどう考えても関連性はないようだが、頭蓋骨とは正反対の部位に踵骨があり、足裏側から踵骨をみると、頭蓋骨のような滑らかさがあるので、整体観的に踵と頭蓋骨は関係があるかもしれする考えたのだろうと思う。何例か患者に失眠の灸を試み、効果ないので行わなくなったが、症例集積を読むと効果のあった例が提示されている。難しいのは、日中に治療室で失眠に灸を行い、その夜に睡眠効果を発揮するという時間差の問題がある。

②通常は温灸を行う。踵や手掌は角質層が厚いので、土鍋を火で温める時のように、施灸時の熱感が到達しにくい。施灸して最初は熱く感じないが、数壮後に突然熱くなるので注意が必要である。

③失眠は、踵脂肪体萎縮(=踵脂肪褥炎)の際、歩行時痛が出現し、痛みのため歩行困難になりやすい。
脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。踵のクッションである脂肪体が薄くなって弾性を失った状態。踵脂肪体減少の原因は不明。通常はテーピングにて薄くなった踵中央部の脂肪を盛り上げる施術が直後効果もあって、テーピングを続けることで自然と痛みは軽減する。 
   

内転筋管と陰包刺針肢位 ver.1.1

$
0
0

1.内転筋管とは

1)局所解剖

ハンター管ともよぶ。大腿の下方内側にある。大内転筋の筋膜が伸びて内側広筋につながった部の下にできた間隙をいう。この間隙には、大腿動・静脈および伏在神経が通る。

四肢にある太い血管は伸側ではなく屈側を通過しているのを常としている。これは筋伸張の際、血管も伸張しないようにする巧妙な仕組みである。股関節では屈側が前面であるが、膝関節では後面となる。そのため、大腿動・静脈は大腿部では前面、下腿部では後面を通ることになるが。折れ曲がったりすることなく、前面から後面にスムーズに移るための管が内転筋管である。伏在神経も大腿動静脈を一緒に内転筋管に入るが、膝内側~下肢内側皮膚知覚をつかさどる関係から、途中で別れ内転筋管から出てくる。

 

2)ハンター管症候群

内転筋管の中で伏在神経が圧迫を受けてしまう神経障害。 症状: ・膝の内側やすねの内側の痛み、しびれ、感覚異常 ・ハンター管の部分を押さえると膝の内側やすねの内側へ放散するような痛みが走る ・知覚神経であるため、麻痺がおこって動かなくなったり筋肉が痩せてくることはない

原因: タイツやスパッツなどにより太ももの内側が締めつけられるようなことがある場合や ハンター管周辺の筋肉が硬くなって緊張が強くなることによって圧迫される場合。 膝の人工関節の手術を受けた際にも合併症として発症することもある。

 

2.陰包穴

1)陰包の取穴 位置曲泉穴と足五里穴を結ぶ線上で、大腿骨内側上顆の上4寸、縫工筋と薄筋の間

 

 

2)陰包の特異性   

大腿内側の代表穴に陰包がある。一般的には血海と同様に泌尿生殖器の疾患に適応があるとされるが、比較的マイナーな穴だろう。

陰包を探るには、普通は仰臥位で行う。しかし圧痛硬結は容易に触知できるが、意外なことに刺針しても意外に筋緊張部にぶつかってという手応えのがないし、響きもしない。 陰包に興味をもったのは、内転筋管部に相当すると思えることと、とくに内転筋管内を伏在神経が走行するので、伏在神経刺激点として有用かもしれないと思ったことが理由にあった。


3)陰包刺針の体位と針響 

仰臥位で刺針しても緊張筋に当たらないので、治療側を下にしたシムズポジション(側腹位)で陰包を探ることにした。真下に押圧すると容易に筋緊張を捉えることができ、筋硬結が逃げることもなかったので、寸6#2でゆっくりと直刺してみた。すると2㎝ほど刺入した時、ドンとくるような響きを下腿内側~下肢に与えることができた。これは結構、再現性がある現象だった。この肢位にさせて刺針しないと安定して響かせることは難しい。

ドンという響きが下方に行ったという点から、上行性である知覚神経である伏在神経を刺激したものでないこと、それに伏在神経自体は非常に細いので、コンスタントに響かせることは難しいことなどから、大内転筋-内側広筋間にある筋膜刺激と判断した。

大内転筋や内側広筋の筋々膜緊張により、伏在神経を刺激する病態(=ハンター症候群)もあるように、陰包刺針が伏在神経症状に効果のある可能性もある。すなわち鵞足炎や下腿内側皮膚痛にも適応があるかもしれない。


3)眼痛に対する陰包刺激(国分壮、橋本敬三著「鍼灸による速効療法-運動力学的療法、医歯薬出版)

本著には次のような記述がある。「大腿内側下1/3のところで内転筋管部の圧痛がある場合、ここに一本刺針すると目の奥が痛む、ゴロゴロした異物感があるとかは即時にとれる。目の結膜充血は見ているうちに消退してきて、かすんだ目は透徹清明となり視力が増してくる。」いささか手前味噌のような表現が気になるところではある。

操体法は次のように行うとも記されている。「患者を仰臥させ膝屈曲、股関節外転する(アグラをかく姿勢)よう誘導しておき、外転運動の最終段階で、少しずつ抵抗を与えておき、一挙に急速脱力させると、内転筋緊張はとれ、眼疾に対する効果もあがる。」

大腿内側には陰包の近くに清眼穴という新穴があって。その名称のごとく眼疾患に適応があるということだが、具体的な場所は探し出せなかった。ただ代田文誌「鍼灸治療基礎学」には、大腿内側の肝経ルートで、大腿内側中央部の動脈中に沢田流五里をとるとし、沢田健は緑内障・網膜炎等に本穴を用いたというので、大腿内側と眼との関係を伺わせるものになる。


 

胸椎椎間関節症のアドバンス針治療 ver.1.2

$
0
0

 1.背部一行刺針の限界

2016年6月1日に<胸椎椎間関節症には針が一番>と題したブログを発表した。

側腹位で胸椎椎間関節症に対して、胸椎の一行線に刺針すると一般的によい効果があげられることが多い。しかしながら直後効果は良くても数日経つと元にもどるケースがあったり、治療数回目まで順調に改善していても、それ以上治療回数を重ねても治療効果が頭打ちになるケースがあったりした。これが針灸の限界なのかとも思ったが、あれから一年半が経ち、背部一行刺針に運動針や体操を併用することが打開策らしいことが判明したので報告する。


2.短背筋群の構造と性質

 

 短背筋には多裂筋、長短の回旋筋、頭頸胸の半棘筋がある。その位置と機能は次のようになる。なお浅部筋である背部の起立筋は背腰部運動の主動作源であるのに対し、短背筋はそこまでの力はなく、動作時の脊柱のアラインメントを調和させる役割がある。起立筋は長いので予期しない外力が働いても力を上手に逃がしやすいのに対し、短背筋は起始停止間が短いので、まともに力を受け止めることになる。

1)多裂筋
腰椎・仙椎の高さで発達している。腰椎は椎間関節刻面の形状から、左右回旋の可動性に乏しく、前後屈の可動性がある。つまりは前後屈の動作で生ずる腰背痛は多裂筋に原因があるだろう。仙椎は癒合して一つになっているので、仙椎の椎間関節症はあり得ず、仙椎部の痛みは多裂筋性の痛みであるといえる。

2)胸椎部の短背筋は、長・短の回旋筋が発達している。胸椎は左右回旋方向の可動性に富み、前後屈の可動性に乏しい。左右回旋のための筋力は、この長・短回旋筋によるものだろう。

3)半棘筋の「半」とは脊柱上半分(Th10)以上にあるという意味であり、頭・頸・胸部で発達している。腰部には存在しない。半棘筋は上図をみると胸半棘筋は胸椎部にも発達している回旋よりも前屈背屈に関係している。半棘筋の役割は重い頭を動かすためのものだろうと考えた。寝違え時には後頭部や後頸部を治療するだけでなく、上背部一行が効果あるのはこのためだろう。その反面、胸半棘筋は背腰痛には関わりが少ないのではないだろうか。


3.背部一行刺針に運動針法を加える

胸椎部症状に対しては、立位で背部一行刺針しままま左右に上体をひねるよう指示すると治療効果が高くなる。またL5腰椎~仙椎症状には、立位で背部一行に刺針したままおじぎをするよう指示すると、治療効果が増す。キャスター付きの椅子に座らせて、上体を左右に回旋するよう指示すると、椅子が回ってしまうのでうまくいかないので注意。

   

 

4.操体法の追加

慢性的な胸椎椎間関節症は、胸椎の陳久性機能性側弯症を併発していることが多い。いくら胸椎の一行に運動鍼をしても、この側弯症を是正しないことには直後効果のみとなる。ただ側弯症は整体では問題視され、治療前治療後の写真を並べて、その効果を謳っていることも多いが、効果の持続時間はどれほどのものだろうか。
西洋医学的観点からみれば、軽症では経過観察、中症ではコルセット、重症では手術となり、整体的方法が治療効果をもたらすとは考えていない。
ただし側弯症を治すのではなく、胸椎椎間関節症による背部痛を改善するのであれば、結論は異なったものとなるのではないか。

ここでは背痛に効果をもたらすとされる操体法を紹介する。操体法の手技は、事実上PNFストレッチを行っているので、リハ的に合理性がある。

 

柳谷素霊の「五臓六腑の針」と私の刺針技法の比較

$
0
0

 1.「五臓六腑の針」の内容

柳谷素霊の著書の中で、「秘法一本針伝書」は異質な存在で、単に刺針ポイントを提示するだけでなく、刺針体位、患者の力の入れ具合や呼吸、刺針手技、響きについ具体的に書かれている。そこに古典的要素はない。基本的に、一つの症状に対する効果的な刺針について解説しているが、以下に述べる五臓六腑の針の意味するところは意味深である。

本書に提示された図に若干説明を加えたものを示すとともに、内容を一覧表に整理しみた。
なお図では、膈兪、脾兪、腎兪には、あえて一行の名を付け加えた。柳谷は標準経穴位置(外方1.5寸)より内側(外方1寸)を取穴しているためである。

1)胸腔疾患の治療穴として膈兪を挙げているが、膈兪は胸腔内疾患と腹腔内疾患の境界で、横隔膜の位置である。膈兪の刺針は、胸腔臓器というより横隔膜に対する治療穴らしい。体位は坐位にて上体を脱力させ、横隔膜に刺激をもっていく。

2)骨盤内疾患の治療穴として腎兪を挙げているが、腎兪の位置は腹腔内疾患と骨盤内疾患の境界である。腎兪は腰部深部に響かせるということで、骨盤内疾患の治療としてはあまり適当だとは思えない。骨盤内臓治療としては八髎穴を使った方がよい。
(図は秘法一本針伝書掲載の図をベースしているが、ヤコビー線の位置がL2~L3になっているので不正確。大腸兪の高さとヤコビー線が同じにすべき)

3)腹腔内疾患として脾兪を挙げている。脾兪はまさしく腹腔内疾患領域のほぼ中央であって、まさしく代表穴といえる。

 

2.刺針体位について

現在の鍼灸治療では、仰臥位や伏臥位(ただし腹腔内疾患では伏臥位も可)で施術することが多く坐位での施術は少ないようだ。それは交感神経優位の状態を、副交感神経優位に変化させること換言すればストレスや不眠に対する治療を行う機会が多いからだろうと思う。しかし柳谷の五臓腑野施術体位をみると、坐位や長坐位で行っている。これらの体位では身体を支えるため体幹筋は緊張態にあるので、刺針に際しては響きやすくなることが関係していると思った。


3.代表穴の針響

筆者が鍼灸を勉強し始めて二十年くらいは、柳谷素霊の「五臓六腑の針」のことを、それほど真剣に検討してこなかった。その一方で、鍼灸臨床経験が増えて、背部治療穴で使う頻度の高い穴が自然と決まってきたが、この段階までくると柳谷素霊の「五臓六腑の針」の言わんとするところをある程度理解できるようになると同時に、自分だったらこうするとの意見をもつようになる。たとえば横隔膜症状→督兪、胃疾患→外魂門(代田文誌の胃倉)、腸疾患→外志室とうように。
 
1)督兪    
 Th6棘突起下外方1.5寸と定めているが、実際には外方1寸の方が響かせやすい。伏臥位でも剤でも響かせることができる。手技が難しいのが難点。
☆筆者ブログ:横隔膜に響かせる針、督兪・膈兪の刺針と理論 2013.12.20 参照
 
2)胃倉
 外志室刺針と同じ要領で側腹位にて実施。起立筋と肋骨間に深刺。私がこの臨床的使い方を発見したのは、30年ほど昔で、外志室の刺針技法を腰部ではなく背部で行ったらどうかと考えた。すると中背部広汎に針響を得ることができた。肝兪の外方だから魂門で、それを側腹位で刺針するのだから外魂門だと自分で命名した。
代田文誌は胆石疝痛の激しい痛内臓痛に、胃倉に灸するとよいと記述しているが、この外魂門が代田のいう胃倉のことかもしれぬと思うまで10年ほど要した。以前、胆石疝痛で入院した患者に対して、外魂門に置針して数分後、鎮痛に至った治験がある。
☆筆者ブログ:胃に響かせる針、胃倉の刺針技法と理論 2013.9.1  参照
 
3)外志室
 側腹位にて、L2脊椎の高さで、起立筋と腰方形筋の筋溝を刺入点として横突起方向に、深刺刺入。腰仙筋膜深葉刺針になる。腰部のほか、下腹部、大腿外側(大腿神経刺激)や大腿内 側(閉鎖神経刺激)に針響をもってくることもできる。腰大腿痛の患者に対して使用頻度が高く、腸疾患に対する使用頻度は高くはない。腸疾患の治療穴としては八次髎穴が本スジだろう。
☆筋々膜性腰痛に対する運動針と外志室刺針 2006.3.10  参照

 

機能性側弯症に対する操体法治療

$
0
0

1.機能性側弯と器質性側弯の鑑別

まずは側弯症が機能性か器質性かを鑑別する。検者は被験者の後方に立ち、立位前屈するよう指示する。この時、左右の背部の高さに差がなければ機能性、で差があれば器質性と判断する。


2.脊柱側弯症の典型的パターン

下図は右脊柱側弯症の典型パターンで、重心は右側に寄り、右側が伸びている。骨盤は右に傾斜し、右下肢の方が長くなったかているように見える。脊柱は傾斜している側に疼痛性側弯が生じている。
右下肢の膝窩筋(委中)は体重がかかているので緊張が生じる。膝窩筋が緊張している意味は、脊柱の歪みの早期診断点だと書いているものの、それ以上の説明はない。私は膝関節が立位固定されておらず、膝屈曲待機状態にあること、つまり利き脚になっているという意味だと解釈している。
この例では、右腰部と左肩甲間部に脊柱の凸があり、この側に椎間関節接衝や長・短回  旋筋緊張による痛みが生じることが多い。逆に膝窩筋の筋緊張が強ければ、その側の骨盤か降  下していることを示唆する診断点ともなる。
 
これは側弯症の典型的なパターンだが、実際の骨盤や脊柱の歪みは多様性に富むので、たとえば右骨盤が下がっているからといって、必ずしも左肩が下がっている訳ではない右骨盤が下がっていて左肩が下がっている場合もあるので、治療としては肩峰の左右差の矯正、そして骨盤・下肢の左右差の矯正と個別にみてゆく。両方が異常な場合、骨盤・下肢の矯正を先行させる。

3.機能的側弯症に対する操体法 

機能性側弯に対して、これまでも整体的技法が行われてきた。これは側弯を是正するとともに、側弯によって二次的に生じた、頭痛・頸肩コリ・腰臀痛などの自覚症状を改善することを目的としている。ただ整体には種々の流派があって正体がはっきりしない。ここでは橋本敬三の操体法の方法を説明する。操体法は、左右の動きを比べ、動かしにくい位置から動かしやすい位置まで自動運動させ、術者はこれに抵抗を加えるという方式。PNFストレッチの応用手技といえる。
操体法の特徴は、脊柱や骨盤の歪みがあると、必ず膝窩部のシコリが出現するとし、膝窩部のシコリをとることが脊柱や骨盤の歪みにつながると主張していることである。


1)肩峰の左右の高さに差がある場合


椅坐位で、左右の肩峰の左右の高さを比較し、骨盤の左右の高さを比較してみる。肩峰の高さに左右差がある機能的側弯の場合上部脊椎の歪みを矯正する。それには図に示す通り、坐位にさせ、上体を上下左右あるいは回旋させる操体法を実施。


2)骨盤の左右の高さに差がある場合 

骨盤の左右の高さに差がある場合、見かけ上の下肢長にも異常は反映され、骨盤が下がっている側の下肢が長く見える。短く見える下肢の足底を床に置いた本やレンガの上に置き、骨盤の左右の高さが同じになるようにすると、敷物の高さを記録することで下肢長の差を知ることができる。
 
   

仰臥位または伏臥位にさせ、図のような下肢の操体法を実施する。

 

   

 


  

乳汁生成に対する古典的考えと乳房症状に対する針灸治療

$
0
0

1.乳の生成過程の生理

1)乳腺葉が血液から乳を生成する

小腸から吸収された栄養素は、肝臓に集められた後、血液によって全身各所へ運ばれる。乳房の中には、乳頭につながる太い乳腺が何本も通っている。この乳腺の根元には、乳腺葉があり、乳腺葉には多数の毛細血管が張り巡らされて、乳腺細胞が並んでいる。
乳房基部に運ばれた血液が乳腺葉の毛細血管に届くと、乳腺細胞は血液中の赤血球は取り込まない一方、白血球、アルブミン、グロブリン、各種栄養素を取り込んで母乳を生成する。

2)血が赤いのに、乳汁が白いのはなぜか

血液が赤いのは、ヘモグロビン色素を含む赤血球が赤いため。(タコやイカなどはヘモシアニンという青い色素を使って酸素を運ぶため、その血液は青く見える)。
乳が赤く見えないのは、赤血球を含まないからである。白く見えるのは、脂肪分やタンパク質の小さな粒子が溶け分散してコロイド溶液状になっていて、分散した粒子に当たった光がランダムに散乱して、さまざまな色(=波長)の光が均等に混ざることで白く見える。白い色素が溶けているからではない。


2.乳汁の生成の東西古典理論

1)ギリシャの哲学者アリストテレス(BC384-BC32)は、「乳は調理された血液である」とした。妊娠以降浄化排泄(月経)は胎児が女ならば
30日、男なら40日続いたあと、血液は方向を変えて乳房に入り熱せられ凝固され、空気の作用で白くなったと考察した。

2)東洋医学でも乳汁は血液から造られるとした。そして出産に伴う膣からの出血やイキミにより、肝の働きが低下して蔵血作用や疏泄作用が低下すと血が回らなくなり、乳汁も出にくくなると考えた。

3)アリストテレスや東洋医学理論が上記のように考えた理由として、授乳中の女性には月経がないことを観察することで、乳が血に変わると考えていた。


2.乳汁分泌不足の針灸治療報告(立浪たか子氏)

乳汁分泌不良の婦人99例に対して、「乳房マッサージ群」と「乳房マッサージ+円皮針群」に2分して治療効果を調べた。円皮針は中府・膻中・少沢に貼附し週に1回交換。希望があれば数回繰り返した。この結果乳房マッサージ+円皮針群の方が有意に効果あった。 針灸は乳房マッサージに併用して行うことが大切である。
乳汁分泌不足には、内分泌の問題と、産後の体力低下情緒因子の問題がある。針灸治療は後者に対して効果ある。 (立浪たか子:乳汁分泌促進のためツボ療法とその効果の検討;母性衛生、第38巻4号)  


3.鬱滞性急性乳腺炎による乳房痛の針灸治療   

一般的処置としては、乳房を温めたタオルで温罨法をしたり、頻回の搾乳が効果的(乳房に熱があるようならば、冷湿布)。感染予防目的に抗生物質投与。乳房マッサージ(乳管閉塞を開通させ、シコリをほぐしてゆく)。ひどい場合には薬で一時的に乳汁分泌を止める。

1)乳房要因に対する針灸治療

①乳房の硬結部に対する局所刺針と、膻中施灸(せんねん灸など)、肩井、天宗などが知られる。針灸治療では細針で乳腺の周囲に4本程度、針先が乳腺の底辺にする角度で3.5㎝刺入(郡山七二)。
   
②深谷伊三郎は特効穴として、天宗(膏肓でもよい)への多壮灸を推奨している。
似田考察:小腸経の天宗をとるのは、古典では乳汁分泌は小腸経に関係するとされていること、整体観として、乳房は肩甲骨に対比するものであり、乳頭部に対応するのが天宗になるため。     

③膻中を治療点として選ぶ理由は、大胸筋+胸鎖乳突筋の線維が交わる点が膻中だと考えるため。

④大胸筋の上に乳房脂肪組織が載っている。乳房外縁から、細い針でこの境の膜を、ゆっくりとほぐすように横針、置針するとよい(加藤雅和氏)。 


2)ストレス改善目的の針灸治療

母親は生まれたばかりの赤ちゃんの世話で、慢性疲労状態で、かつ情緒不安定となりがちで、ホルン系に変調をきたしやすい。こうした者への治療は、ストレス改善目的で治療を行う。とくに肩こりと背部圧迫感の改善に主眼をおいた治療を行う。頻回授乳と休息が大事。


泌尿器科症状に対する陰部神経刺針の限界 ver.1.1

$
0
0

1.泌尿器科症状して期待はずれの陰部神経刺針

筆者は馬尾性脊柱管狭窄症に対して陰部神経刺針を鍼灸臨床の中で日常的に行っている。馬尾性脊柱管狭窄症の間欠性跛行「5分以上歩くと脚が前にでづらくなる」という訴えに対し、陰部神経刺針をすると、陰部神経支配領域であるペニス・陰嚢・肛門・直腸あたりに響きが得られるので、泌尿器科疾患に対しても陰部神経刺針が有効かもしれぬという思いがあった。そのことをブログにも書いたことで、泌尿器系愁訴をもった患者が遠方からでも来るようになった。
 
陰部神経刺針そのものは、すでに豊富な経験があって、ほぼ確実に針響を陰部にもっていくことができるようになっていた。しかし実際に行ってみると、このことが治療効果につながらないことに気づいた。最近のカルテで該当するものを以下にリストアップしてみる。症例2は陰部神経運動針がある程度効果的だったが、その他の症例は無効といってよく治療1~3回で脱落してしまうことが多かった。

症例1:25才、男。排便時に肛門が開きにくく、大便が出にくい。
症例2:53才、女。会陰痛。会陰がぴくぴくする。脱肛感。
症例3:39才、男。左鼠径部~精索部痛。会陰痛。
症例4:46才、女。左坐骨結節部痛
症例5:52才、男。右陰嚢部痛。
症例6:49才、女。左大腿内側部痛、左坐骨結節部痛。 
症例7:30才、男。肛門奥が突き上げるように痛む。
症例8:26才、男。20才で包茎手術。その直後からペニス部あピリピリ痛む。

2.陰部神経刺針の真のねらい

糸のような細い陰部神経に直接命中させることは本来難しいはずである。私がほぼ確実に陰部に針響を導くことが出できると書いたのだが、今思うと実際には緊張状態にある閉鎖膜部分にある内閉鎖筋に針先を入れたのではないかと考えている。というのは、刺針深度を深めていって、響く直前に、そのことを予見できるからで、刺し手に針先が硬い組織に入ったことを感じれるからである。

 

 

3.内閉鎖筋と陰部神経刺激刺針について
 
1)内閉鎖筋の基本事項 
    
内閉鎖筋の起始は、寛骨内面(弓状線下)で閉鎖膜周囲である。途中坐骨結節を越える部分で走行が直角に折れ曲がり、大腿骨転子窩に停止する。作用は大腿骨外旋。上図は、「烏丸いとう鍼灸院」のブログに載っていたものであるが、院長の伊藤千展氏は、泌尿器疾患の鍼灸治療を専門に行っているようだが、私と同じ見方をしていて、治療上の悩みまで共通していることに驚いた。 
 

2)内閉鎖筋の解剖学的特徴と泌尿器科症状の関連
   
内閉鎖筋は小坐骨孔(仙結節靭帯と仙棘靭帯で構成される間隙でその中を内閉鎖筋と陰部神経、陰部動脈が通過)を通過している。この解剖学的特徴により、内閉の緊張によって陰部神経や陰部動脈を圧迫して泌尿器科症状を生ずることがある。
 

3)内閉鎖筋緊張の診察

内閉鎖筋の緊張の有無を調べるには、被験者を側腹位にさせ、坐骨結節の裏側を強く触診す  るようにする。非根性坐骨神経痛や泌尿器症状があれば本筋過緊張を一応疑ってみる。

 

 

 4)陰部神経刺針(内閉鎖筋刺針)の適応
   
陰部神経刺針を行うと、当然ながら陰部に針響を与える場合が多いが、この刺針では小坐骨孔を通過する辺りで、内閉鎖筋を同時に刺激していることになり、泌尿器科症状(仙骨部痛、尾骨痛、直腸肛門痛、括約筋不全、排便障害、下腹部症状泌尿器症状)をもたらすことがある。実際、内閉鎖筋の筋緊張が原因であれば、陰部神経刺針で奏功が期待できるのだろう。
  
しかし症状が、真の泌尿器科臓器の問題に起因するのであれば、陰部神経刺針は症療法にすぎず、直後効果さえ効果は不十分になりがちなのが現状である。陰部神経症状をもたらしている元の病態が存在しているので、陰部神経を刺激するだけでは効果が少ないのかと思った。要するに壊れかけた電気製品を叩いてみて、調子よくなったようにみえても、結局はダメなのに似ている。その上、泌尿器症状を訴えて鍼灸に来院する患者は、それ以前に泌尿器科や婦人科の診察を受け、そこの医療施設でうまく治療できかったから鍼灸に希望を求める訳で、もともと難症であることが多いのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の行っている眼窩内刺針の方法 ver.1.3

$
0
0

1.はじめに

以前私は、「 眼窩内刺針が刺激対象とするもの Ver.2.12015-08-19 」と題したブログを発表した。

https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e15b8546ecd13a7f5c065a1709f3472c

この記事を読んだとして、眼精疲労を主訴とする患者が来院した。眼精疲労の来院患者は少なくないが、その多くは頸コリや肩コリも同時に訴えていたり、精神的ストレスがあったりしている。主訴が眼精疲労のみを訴える患者は珍しいことであった。

 

2.眼精疲労症例(21才♂、学生)

数年前から目が疲れる、とくに左右に眼球を動かすと目頭が疲れるとのこと。近くの針灸院に行って眼窩内刺針をやってほしいと頼んだが断られ、私のブログを見て当院来院した。眼窩内刺針を希望していた。眼瞼に内出血する可能性があることを理解してもらった後、眼窩内刺針その他を行ったところ、患者は、これまでにない効果があったと述べた。
実際の治療点は眼窩内刺針の他に頭維刺針、上天柱刺針を行ったが、ここでは眼窩内刺針の技法について記してみたい。


3.眼窩内刺針の技法

1)眼窩内刺針とは

眼窩内刺針には上眼窩内刺針と下眼窩内刺針があり、上眼窩内刺針の方が上眼窩と眼球の間が広いので比較的刺針しやすい。眼瞼の内出血を防ぐためと、眼球に過多な刺激を与えぬ用心のため、寸6#1などの細い針を使うことが多い。
細い針を使うこともあって、上眼窩内刺針と下眼窩内刺針とも響きはないのが普通である。眼瞼の内出血を避けるために雀啄などの手技針はせず、単刺や置針をする。

2)上睛明深刺

疲れ目に際しては、母指と示指で両方の目頭のやや上方をつまむように押圧する動作を自然に行いがちである。その部位こそが眼精疲労の刺針点として相応しいだろうと考えてみた。患者を仰臥位にさせ、寸6#2にて内眼角部(睛明穴)の5ミリ上方(これを上睛明と命名)からを刺針点とし、ゆっくり直刺すると2㎝ほど刺入すると硬いものに命中すると同時に眼に響きを得ることができた。(別の眼精疲労患者対して上睛明刺針を行てみても、やはり2㎝刺入で硬いものあたると同時に眼球に響きを得ることができた。結構、再現性がある。

 


3)内直筋に対する運動針法

硬いものというのは解剖学的見地から、内直筋だと判断した。左右の内直筋が緊張すると両瞳孔が内側に移動し、寄り目のような状態になる。動物の眼は本来遠方を見るのに適しているとされるが、現代人は手元の書類やディスプレー画面を見ることが非常に多くなり、寄り目の状況が多くなったのだろう。
内直筋に対する運動針は、次にやや開眼状態にして、患者の両目中央から50㎝ほどの処に術者の片手の示指を立て、指先を目で見つめるよう指示、輻輳動作(示指を徐々に患者に近づけたり、遠ざけたり。すなわち寄り目動作)を数回、運動針をさせて抜針。

 

4)眼窩上神経刺針

三叉神経第一枝(眼神経)は、上眼窩裂孔を通り、眼球と眼窩の上空間を通過し、前頭神経と名称を変える。前頭神経は、滑車上神経と眼窩上神経に分かれ、額を上行して同部の知覚を支配している。とくに眼窩上神経は、顔面表情筋により絞扼されて眼窩上神経痛を起こすことが知られている。前頭部の皮神経痛を生ずる代表は眼窩上神経だとされる。(なお大後頭神経痛は、後頭部の頭半棘筋の絞扼が原因とされる)
(参考文献:清水暁:頭蓋表層の解剖学的要因による頭皮神経痛と頭痛-眼窩上神経痛・後頭神経痛・開頭術後頭痛-、臨床神経学、54巻4号(2014.5)

眼窩上神経痛の場合、眼窩内病変や帯状疱疹などの二次性原因の他に、やはり特発性があり、特発性の場合、額から眉への水平刺が有効になることが多いが、このような施術の一貫として、魚腰穴あたりからの上眼窩刺針を行う方法がある。もっとも、魚腰からの刺針は眼窩上神経に響くことはあっても、上睛明刺針の眼の奥にズンといった針響とは異なって、表面的な響きになるので、心地よさは生じにくいだろう。

 

 

 

4.余談:瞳孔に対するせんねん球

昔ある学会に出席した折、展示ブースの一画でツボ灸(温熱灸の一種)の実演をやっていた。販売員の説明を聞き、「試してみましょう」とのことで、立位でいる私の両目を閉じさせ、上瞼の上からツボ灸をされた。こんなところにも灸するのかと少々驚いたのだが、徐々に温熱が加わり心地よい感じが得られた。要するに疲れ眼に際して、眼に蒸しタオルをあてることと同じような効果だろう。
これを手持ちの道具で実践することを考えた。仰臥位で閉眼させ、上眼瞼に紙絆創膏を貼る。その上からセンネン灸(息吹、金色ラベル)を燃焼させるというものである。紙絆創膏の上からセンネン灸をするのは、温熱過多になるのを防ぐこと、モグサのヤニが皮膚につかぬようにするという2つの意味がある。

眼窩内刺針が刺激対象とするもの ver.2.2

$
0
0

筆者は加藤雅和先生(米沢市で鍼灸院開業)に誘われ、最近、MPS(Myofascial Pain Syndrome 筋膜性疼痛症候群)研究会に入会した。そこで小山曲泉の掃骨針法の存在を知った。小山曲泉の眼窩内刺針を追試してみると具合が良いようなので、第2版としてこの内容を付け加えた。

1.はじめに
眼科疾患に対する治療で、古くから上下の眼窩内刺針という技法が存在している。この刺針は、治療効果を論ずる以前の問題として、眼球を傷つける懸念、皮下出血しやすい部であること(軽い場合は瞼に皮下出血斑をつくる。ときには瞼が腫れあがる)、施術に対する患者の恐怖感があることなどから、施術するのに躊躇する部位となっている。

実際に臨床に用いるかという問題はさておき、理論的にどういう意味があるのかを整理してみたい。

2.上眼窩内刺針 

1)魚腰(奇穴)
位置:眉毛中央。正視するとき瞳孔の直上。
刺針:内方に横刺する。
解説:三叉神経第1枝の分枝である眼窩上神経刺激になる。正中から外方2.5㎝外方の眉毛上に眼窩上神経ブロック点がある。
 
2)上眼窩内刺針 
位置:眼球と上眼窩の間隙。具体的には瞳孔線上、瞳孔線の内眼角寄り、瞳孔線の外眼角寄りの3つの方法がある。
刺針:閉眼させ、細針にて静かに直刺。1~2㎝刺入。置針。
解説:深刺すると上眼窩裂内に刺入できる。

①上眼窩裂刺
睛明の上からの眼窩内に非常に深刺すると、上眼窩裂刺針になる。上眼窩裂とは、眼窩底の内方にある穴で、ここから三叉神経第1枝、動眼・滑車・外転神経、眼静脈も出る。
※郡山七二は、眼窩内刺針には、鎮静作用もあると記し、鎮静法として内眼角付近からの眼窩刺針を第一に推薦している。(郡山七二「現代針灸治法録」天平出版)

②上眼瞼挙筋刺
※上眼瞼挙筋(動眼神経支配)は、上眼瞼を挙上させる働きがある。本筋は眼瞼腱膜を介して眼瞼板につながっている。上眼瞼挙筋の腱膜が剥離すると、後天性腱膜性眼瞼下垂になるが、一説によれば老化などで眼瞼挙筋が伸びて弛んだ状態になっても眼瞼下垂となるとされる。この場合、上眼窩内刺針をする意義がある。もっとも専門家は、眼瞼挙筋に対する刺針や、その拮抗筋である眼輪筋に対する刺激は無効だと判断しているようだ。

③涙腺刺激
外眼角と眉の間部の眼窩内に涙腺がある。外側からの上眼窩内刺では、涙腺を刺激できる。
※ドライアイは、涙腺分泌減少によるものではなく、マイボーム腺からの脂分泌が減少すため、眼球表面に分布した涙の蒸発量が増加するためだとされる。涙腺直接刺激はあまり価値がない。


3.下眼窩内刺針 

1)毛様体神経節刺針

歴史と意義:毛様体神経節刺針法とは1979年、中村辰三氏が発表した。毛様体神経節は副交感神経性の神経節(眼の栄養、分泌、疲労回復などの機能)であることから、この部への刺針を試みる価値があると推測した。実際に試みると、針治療により急速に視力が改善するという。針治療が眼底出血に有効である症例があったとの治験も得たという。
刺針技法:眼耳水平面(眼窩下縁の最低点と耳孔最上部を結ぶ面)から、上向き角度約30度、正中面に対する内向き角度約30度で、眼窩下縁と外側縁の交点から、眼球の後方に向けて約3.5㎝内側上方へ刺入。1号針を用いた10分間置針。軽く雀啄後に抜針。


 

2)球後刺針

位置:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。
刺針:眼窩内に直刺、その後針尖を上内方に少し向け、視神経孔方向に刺入。患者は眼球が熱く腫れる感じを覚える。針の刺入時の注意は睛明の刺針と同様。
解説:球後とは、眼球の後という意味がある。中国では内眼病の治療穴として用いられる。眼の周囲に中国鍼を何本も刺すのだから内出血になるが、治療者はそのことにあまりこだわらない。治すためのやむを得ない副作用だと思っているらしい。まあ、現代眼科治療で処置なしの病態でも本当に治るのであれば文句のつけようがないことである。

深刺すると下眼窩裂に入ると思うが、下眼窩裂が眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)が通る部であって、臨床上は眼窩下孔(=四白)刺激と同等の価値があると思う。したがって、三叉神経第2枝の興奮時に使えるであろう。 

 

前記の毛様体神経節刺針は未知な部分があるほか技術的難易度が高い。これまでは毛様体神経節刺針の代用として球後刺針が行われてきた。その狙いは、下眼窩裂に刺入するのではなく、眼球後にある長・短毛様体神経や鼻毛様体神経であると思った。わさびを食べると、鼻にツーンときて、涙が出るのは、これらの神経興奮による。

 

4.小山曲泉の上眼窩内刺と下眼窩内刺

小山曲泉(1912-1994)は、掃骨針法を創案者ちして知られている。その理論は今日の医学観点から納得のいかない部分はあるが、実践面では「骨にぶつけるように深刺することがよい治療効果を生む」と指摘した。

眼精疲労に対しては、これを軽い眼窩神経痛としてとらえるべきだとする。眼痛を訴える患者に対して、眼球自体を指圧するのと、眼窩内に指を折り曲げて按圧するの とでは、どちらが快痛であるかを術者が問うと、文句なしに骨を圧重した法が気持ちよいと言うと指摘し、3番~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄すようにする、必ず快痛の響きがあるということである。
  
筆者は眼の疲れを訴える患者の何例かに本法を追試してみた。これまで筆者が眼窩内刺針を行う場合、これまでは押手を弱く構えていたこともあって、圧痛の有無を調べていなかった。閉眼させ、眼窩内に指を折り曲げて按圧してみると、患者に聴くまでもなく、術者の指先に圧痛硬結を感じとれる共通ポイントのあることを発見した。それは睛明のやや上方と、承泣の2点だった。
  
これらを刺入部位とし、指頭で探し当てた圧痛硬結に向けて刺入すると、しっかりと硬い筋中に刺入できているといった手応えがあった。針灸師にとって、硬い筋中に刺入できている手応えというのは非常に重要で、これまでの眼窩の骨にも、眼球にも当てないように刺入するような針では、効いているのか効いていないのかの感触がつかめないのであった。

この硬い筋といいのは場所的に、外眼筋や眼瞼挙筋のだと思えた。眼窩内の骨にぶつかるまでこのシコリに向けて4番針で約2㎝刺入して5分間置針してみた。患 者は眼球部に重い感じがしたという。さらに閉眼したまま、上下左右の眼球運動を数回指示した。 (眼球運動の際は、何も刺激感がなかったという)。施術後は、眼のスッキリ感があったとのこと。

眼精疲労には、眼の奥がつらいという者と、目頭がつらいという者に大別できる。前者には天柱深刺を、後者には小山曲泉流を、と使い分けをすればよいのではないかと思った。  

※このテーマでブログを発表したところ、掃骨鍼法の存在を知らしめた<小橋正枝先生からご返事を頂戴し、以下のような詳しい手技を披露していただいたので紹介する。

ご本人に鍼管を持って頂き、最も納得の行くポイントを検出して頂くこともあります。その位置から直近の骨壁に先ず当ててから、骨に添わせて刺入します。石灰沈着など必要が有れば、雀啄も致します。

 


 

 

 

 

眼精疲労の鑑別と鍼灸治療 ver.1.2

$
0
0

1.眼精疲労の鑑別
 
最もみられる眼科的訴えは眼精疲労であろう。本当に眼精疲労であるなら、眼を休めれば回復するが、休養しても治らない場合、器質的疾患を疑う。
 本当に単なる眼精疲労か?
 
①眼痛(+)→緑内障

②見えづらい:眼がかすむ

白内障(糖尿病性白内障の可能性)
ぶどう膜炎(サルコイドーシスの可能性) 
眼底出血(糖尿病性網膜症、高血圧症の可能性)
像が歪む、像の一部欠損→中心性網膜炎、網膜剥離 
チラつく→生理的飛蚊症(網膜剥離、ぶどう膜炎の可能性)

③目の乾燥感→ドライアイ(シェーングレン症候群の可能性)
上記を否定できれば、機能性眼精疲労、仮性近視、心身症を疑う。

※全身疾患の部分症状として眼症状を訴える疾患はつぎの通り。
ベーチェット病、サルコイドーシス、シェーングレン症候群


2.眼精疲労に対する鍼灸治療の考え方

1)後頭下筋のコリの治療→上天柱
 
後頭下筋は、頭蓋骨のブレがあっても視点のブレがないようにする役割がある。現在のデジタルビデオカメラには手ぶれ防止装置がついているのが普通になった。これにより、歩きながらで、あまりブレのないムービーをとるのができるようになったわけである。これと同じ意味の機構が後頭下筋になる。
平成31年2月13日放映NHKテレビ放送「ためしてガッテン!」では頚のコリと後頭下筋の関連について放送していた。横から卓球のラリーを見る観客は、玉を追うために眼球が左右に動くことになる。その際、無意識に顔面も左右に小さく動いていることが観察された。この顔の動きは後頭下筋の緊張によるものだそうである。
後頭下筋疲労の改善には、上天柱から深刺し、鍼先を後頭下筋まで入れて置針する。

2)大後頭三叉神経症候群としての治療→天柱、頭皮上圧痛点刺針

大後頭神経の興奮は三叉神経をも興奮する。眼の知覚は三叉神経第1枝であり、大後頭神経の鎮静目的に、天柱深刺置針を行う。
百会の手前2/3の頭皮知覚は主に三叉神経第1枝支配、百会の後方1/3の頭皮知覚は主に大後頭神経支配である。頭皮上の圧痛点に斜刺し、10分間程度の置針をする方法も広く行われている。

※三叉神経第1枝は知覚性で、上眼窩裂から眼窩内に入り、鼻腔・角膜・結膜・ 毛様体・虹彩の知覚をつかさどった後、前頭神経として額~頭頂部皮膚知覚をつかさどる。なお私は、眼精疲労の原因をズバリ一言でいうなら、三叉神経第 1枝神経痛のバリエーションだと考えている。

3)  天柱刺針は交感神経を緊張させ眼精疲労を改善させているのか?

本来、人間は近くを見ているとき、意外にもリラックス状態にある。というのは、原始時代、人間は仕事として獲物を狩り、そして狩ってきた食料を住居で食べて生活するという形をとってきた。そのため遠くにいる獲物を探したり、狩るときは交感神経が優位になり、家の中で家族と食事をしている時は副交感神経が優位になることが正常な自律神経サイクルだったのだろう。
     
ところで眼精疲労患者に対して、伏臥位や座位で天柱手技針をすると、「施後に頭や首がすっきりし、眼の疲れがとれ、外界が明るく見える」といった反応が得られることが多い。天柱深刺は比較的強刺激になっていると思うのだが、このような刺激で眼精疲労が改善するというのであれば、交感神経緊張→網様体筋弛緩という機序が働いたのかもしれない。日本人は、真剣に物事に取り組もうとする時、ハチマキ巻く習慣があり、これも緊張度を高める一つの方法として認知されている。すなわち、眼精疲労改善は、頭~項頸部を交感神経緊張状態に誘導することで改善できるのではないか? 
      
4)側頭筋刺激→頭維から客主人に向けて水平刺

中世の医学では、血液のよどみが病気の原因であると考えられたため、血管を切開した。頭痛ではコメカミの血管から血を出し、頭痛の軽減を図ろうする方向へ発展した。コメカミから血を出す方法は、小刀や矢先を用いた。

顔面で顔面表情筋は顔面神経支配だが、咀嚼筋は三叉神経(第3枝)支配である。咀嚼筋というのはストレス筋の一つであり、側頭筋は最大の咀嚼筋であるから、ストレス状態で緊張を生ずる。側頭筋部は、三叉神経節興奮時に反応が現れると思われ、側頭筋のコリを緩めることがストレス改善、そして眼精疲労の改善に役立つと予想する。

ストレス筋というのは、ストレス状態にある時、働く筋をいう。たとえば動物が敵と遭遇した場合、戦うか逃げるかしなければならい。噛みつき攻撃は動物にあっては戦う手段として当たり前のことであり、側頭筋の緊張が関係することが知れる。


5)リラクセーションを目的とした治療

眼精疲労が眼周囲の筋の疲労の結果起こるという見解は、疑問視されている。たとえば眼瞼痙攣の者は必ずしも眼精疲労を訴えない。心身症者の眼精疲労は、眼に問題があるのではなく、大脳の情報処理能力の疲労だとする意見がある。要するに脳の疲労であるから、リラクセーション目的の施術が有効になる。
 

 

沢田流太極療法 代田文誌の鍼灸姿勢その2 Ver.1.5

$
0
0

代田文誌が沢田健の治療院を見学したのは、昭和2年のことで、沢田健50才、文誌27才の時だった。代田は神業的な治効を出すその姿をみて驚嘆し、鍼灸古道を学んでいく決意を新たにした。

その沢田流太極治療とは、どのような内容だろうか。筆者の手元には、通い弟子あった代田文誌著「沢田流聞書 鍼灸真髄」昭和16年発行と、内弟子であった山田国弼(くにすけ)著「鍼灸沢田流」昭和7年発行(昭和55年再版され現在再び絶版)のものがある。

前者は、まさしく治療見学で見聞きしたことが中心で、詳細で綿密なメモ風となっているのだが、澤田流に太極療法について、順序だてて書かれている訳ではく、初心者にとって難解だろう。その点、山田先生の「鍼灸沢田流」は、治療現場とは一歩離れた立場から、教科書的に整理されているので、最初に読むべき書として適切だと思う。本稿では、山国弼著「鍼灸沢田流」(絶版)の内容のポイントを整理しつつ、代田文誌の見解を交え紹介する。

1.沢田健の治療風景
沢田先生は灸を主として針はその補いとして使うことの方が多かった。使用針は金鍼ばかりで、多くは4~5番だった。長さは2寸~2寸5分。最初の頃は管を使わず、すべて捻針だった。多くは直刺だが斜刺もあった。手技は雀啄または回旋が、単刺も随分やった。刺針は徐々だったが、抜針は右手で一気に抜き去るというもの(刺針速抜)。昭和2年に代田文誌が見学した時は、沢田先生は体を診て腹と腰だけに灸すえ、あとは背部も手足も灸ツボをとって墨をつけて、城一格(内弟子)へ回していた。朝9時から昼飯抜きで、夜8時頃まで、1日40~50人みていた。

2.太極療法の語源
 「太極」とは元来「易」の用語で、万物の根源をさしている。ここから陰陽の二元が生ずる。太極療法とは澤田健の造語で、天地の究極原理に根ざした治療法という意味がある。これに反する治療を小極治療(≒対症治療)と呼び批判していた。
ただし澤田健自身は、自分の治療を「沢田流」と称せず、「普遍的な古典治療」とよんでいた。ただし澤田は、古典とは異なる位置を経穴として用いることがあり、通常の取穴位置と区別する意味で、例えば沢田流合谷などといった表現をすることがあった。このことが沢田流とよばれる下地になっていたのかもしれない。沢田流太極療法というのも、おそらく弟子たちが考えた造語だろう。

 

3.診療の第一段階:三原気論から太極治療へ 

1)三原気論

古法の一つに「三原気論」というのがあるらしい。先天の原気系は腎、後天の原気系は脾、原気の別使系は三焦であると考えた理論で、今日ではあまり有名とはいえない。これは三焦が五臓を巡っていると考える点で独自なものであった。血が回ると、手足が温かくなるとの素朴な観察から考えたものだろうか。

※稚拙ながらここで筆者独自の東洋医学観を述べるならば、三焦という蒸籠容器のに腎水を入れ、それを丹田の炎で熱することで水蒸気が生ずる。この水蒸気は後の世で蒸気機関にも利用されるように、非常に強い力が生ずる。この推動力は血を循環するエルギーでもあり、血を温めるエネルギーにも使われるということである。体温は丹田の炎(=命の炎)が熱源だが、丹田から生ずる熱が腎水を温め(=これを腎陽とよぶ)、熱い水蒸気となって蒸籠容器を温める。三焦とは、温まった蒸籠容器そのもののこと、あるいは生命活動する内部環境をさすと、筆者は考えている。その点、三原気論の立場には納得できないものがある。 

 


2)先天の原気の治療部位として、丹田と腎兪に施術

診療手順では、まず仰臥にて腹をみる。そして丹田(または気海)の虚実を診る。生命根本は先天の原気系をつかさどる腎が重要だからである。丹田に力が満ちてくれば、いかる病気も治る、とする考え方がベースになっている。腎の治療により患者個体の治癒力増進の心勢力に働きかける。次に伏臥位にした後、腎兪(ときに腎の募穴である沢田流京門≒志室)を施術。
※「腎間の動悸(=腹腔動脈の拍動)は人の生命、十二経脈の根なり」という

3)原気の別使系は三焦であることにより、陽池に施術
難經の66難には次のような記載がある「原穴の部位は三焦の気が運行して出たり入たり留止する場所でもある。故に五臓六腑に病があれば、所属する経脈の原穴を選穴すきである」。これを論拠とし治療穴として三焦経原穴である陽池を使う。人身の右を陰となし左を陽となるとの古典の説より、左陽池に施術する。
丹田は、体温の発生源であり、体温によって三焦は温められ、胸腹腔内臓は、本来の理機能の営みが可能となる。  

4)続いて後天の原気系である脾をみる。代表穴中脘
腹部診察では、上腹部より下腹部を重要視するのだが、下腹部に問題が少ない場合や、善した場合は、上腹部とくに中脘を施術。なお必要ならば水分や気海や大巨や滑肉門を使う。その狙いは栄養代謝の改善にある。 

 


4.第2段階:五臓六腑の調節

三原気論による施術は、匙加減するとはいえ、どの患者に対しても同じようなターン取穴をすることになる。しかし第2段階になると個別治療の理論が必要である。 

患者ごとの個別治療の基本理念は、五臓六腑を調整することにあるが、患者の訴え、所等を五臓色体表に照合することで、いずれの臓腑に根本の問題があるかを決め、治療方針とした。

一例として肝の体質者を示せば「顔色青く、眼に異様な光があって、怒りっぽい性質で酸っぱい味を好み、病季は春に配す。すなわちヒステリーや怒発性の神経疾患(逆上)春に萌しがち」なことが裏書きされる。

その治療は、背部においては膀胱經の背部兪穴を、胸腹部においては募穴を選穴し、補的に手足の原穴を治療点として重視した(ときに五行穴中の兪穴・合穴を施術した)。三焦の病変で、と全身性急性病変など急激な病状の悪化に対処するためには、人の発生的見地から、臍傍の八穴(気海、大巨、天枢、滑肉門、水分)を以て、外邪と生命力の極の闘争の場としてこの部の治療を重視した。 

ところで、この第2段階の思考は、患者側の症状所見を五臓色体表に当てはめるという作業中、治療者の解釈や判断が出てくる。五臓色体表に当てはめるため、本来意味のない内容を組み合わせることで何かを読み取ろうとしている。この作業は、易占いやトランプ占と本質的に変わるところがないだろう。

6.沢田流になかったもの

沢田健は五臓色体表を座右に置き、診療の指針とした。基本の治療穴は、障害のある五臓の兪募穴と原穴であり、難經66難(五臓六腑に病あれば、所属する経脈の原穴を選穴する)を中心に考えていて、經絡治療のように、一つの害ある臓腑にひきづられる形で関連する他臓腑も悪くなるといった波及作用は考慮しなった。

沢田の没後に經絡治療が誕生し、その派は相生相剋関係を治療に織り込んだ。すなわち難經69(虚すればその母を補い、実すればその子を瀉するべし)や難經75難(肝実虚に補水瀉火法を応用する原理)は治療に応用した訳だである。經絡治療を沢田の治療式の発展型として捉える見方もあれば、型にはまって硬直したという見方もできると思う。脈診にしても、沢田の脈診も遅速虚実程度であって、三部九候の脈は治療に取り入れなかった。(代田文誌も、代田文彦も脈診は行わなかった)
 
沢田健の太極治療(沢田のいう「古典に基づく治療」)を文字として説明すると、その理論は、いわゆる經絡治療派の治療理論に比べれば単純だといえよう。しかしながら、実際の効果という点で、やはり沢田健は名人であった。「生ける体を読んで治療するという識に基づき、長年の経験によって自得された特別な能力があった」と代田文誌は記してる。

おそらく幼少から鍛錬した武術や柔術の修業も、その能力形成に関係していたことだろうが、こうした能力は天才一代のみ可能であって、代々伝えるということは不可能なことである。このことが沢田流が現在さほど普及していない理由といえるかもしれない。代田文誌著「鍼灸治療基礎学」の序には「我が沢田流の如きは、教えても解らぬ。心眼で感得し得る者にのみ理解できる」と沢田健が話したという旨が書かれている。

 

7.沢田流基本穴について

沢田流太極療法をしようと思っても、知識不足・技術不足の者がいる。沢田流太極治療を行っていると、自ずとよく使うツボと、そう使わないツボが出てくるので、使う頻度の高いツボをリストアップすることはできる。こうした観点から、沢田流基本穴が選ばれた。

基本穴は、百会穴、身柱穴、肝兪穴、脾兪穴、腎兪穴、次髎穴、澤田流京門(志室穴)、中脘穴、気海穴、曲池穴、左陽池、足三里穴、澤田流太谿(照海穴)、風池穴、天枢穴などである。 (時代により多少変化あり)

どのような患者が来院しても、このようなツボに灸治を行えば、「当たらずといえども遠からず」の治療ができるというものだが、本来の沢田流太極治療と異なる。沢田流太極療法とは、どのような患者が来ようと、沢田流基本穴に施術する、との安直な考え方が一人歩きしてしまった。代田文彦先生は、それを嘆き、たとえ一穴治療であっても、太極治療といえる場合がある(例:小児疳の虫に対する身柱の灸)と語っていた。

9.お宝写真

十年前位に、代田泰彦先生(文彦先生の実弟)から、沢田健が代田文誌に贈ったという<五臓色体の図>を拝見させていただいた。縦20㎝、横100㎝くらいの巻物のようなものだった。紙は茶色く変色し、年代を感じさせるものだが、パソコンで白っぽく色調を変化させた。余りに長いので、3回に分けてスキャンした。(本稿ではパソコン操作で2分割した)て残すことにした。紙は黄色く代田文誌先生から代田文彦先生が譲り受けたのだが、文彦先生も亡くなったので、泰彦先生が保管していた。五臓色体表と五行穴のほかに、ここでも難經六十六難のことが記されている。

 

 

 ※中国の柴暁明医師が、本記事を中国語に翻訳して下さいました。

柴暁明医師曰く、 中国では、鍼灸医、と灸道ファンの間に沢田流はよく知られています。これは承淡安さんのお陰です。承さんは1957年「鍼灸真髄」を中国語に翻訳したのです。
    泽田流太极疗法 -上篇

https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU0Nzg5MjkzNQ==&mid=100000163&idx=1&sn=3eb291ca92ee5d1cc32b20201863c31f&chksm=7b463a0b4c31b31d6cf4049e9feb605a8bc2684b93823d8059e0b16aef999bf4de791579aa1f#rd

泽田流太极疗法-下篇

 https://mp.weixin.qq.com/s?__biz=MzU0Nzg5MjkzNQ==&mid=100000168&idx=1&sn=47f8edee92149f889bab37414d05a60f&chksm=7b463a004c31b31699424452ca73b19fbb80cc6f3fdf0a9c720562b11700ced83d8c140c9be8#rd

 

https://www.douban.com/group/topic/123779089/

Viewing all 655 articles
Browse latest View live