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鍼灸科学派としての代田文誌 代田文誌の鍼灸姿勢 その3

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1.若き日の頃 
二十代後半~三十代後半の代田文誌は、沢田健の目覚ましい鍼灸治療効果を目前にし、鍼灸古典をしっかり学習する必要性を改めて自覚した。ただし盲目的に沢田健をカリスマとしてひれ伏すのではなく、同時期に、東大の解剖学教室へ通ったり、長野県の日赤病院の研究生となったりし、科学的な鍼灸とは何かを模索していたという事実がある。

2.沢田健死後の展開
沢田健が死去したのが文誌38才の時で、長野市で開業したのが44才。終戦が45才、GHQの鍼灸禁止令が47才のこと。文誌にとって激動と変革の時期だったのだろう。
文誌は昭和18年10月、「鍼灸医学の新方向」と題し、次のような一文を発表した。新しく科学的針灸を志向しようとする堂々たる宣言といえよう。 

<あたらしき時代とは?>
 「あたらしき時代」とは何をいうか、科学的学文的な基礎の上に立つ科学的針灸の時代をいうのである。これに対して「ふるき時代」とは、前科学的な時代-ただ経験医学にのみ止まり、科学的理論の上に立たなかった時代を言うのである。(中略)ただ経験医学であるだけならよいが、支那古代の自然哲学をもとにし、易理を根底として組織されてある上に、極めて迷信的な分子も混入し、統一せる治療体系をもっていない。故に鍼灸を行う人々の間に理論の統一がなく、治療に対する考え方もまちまちで、雑然混然たる状態である。従って、その発展の可能性に乏しい。
 鍼灸基礎理論として十四經絡があった。これは古人が自然哲学的理論に経験を交ぜて組織したものであるらしいので、それはあくまで独断的な組織であって、実験医学を根底とした理論の上に立つものではないから、科学的検討の素材とはなり得ても、医学とは言い得ぬ。それ故、これの運用がいかによい成績をあらわしても、直ちに以ていかの新しき時代の鍼灸医学の根拠とすることはできない。今後新しく起こるべき鍼灸医学は、実験医学を根拠とした科学的なものでなければならない。(以上は、塩澤全司(山梨大学医学部名誉教授)「父 塩澤 芳一」でインターネットで見ることができる。)

3.「沢田流太極療法」を振り返っての見解

1)經絡論争
昭和22年、GHQは鍼灸禁止令を指示した。これ対抗したのが石川太刀雄で「鍼灸術ニ就イテ」をいう一文をGHQ提示し、昭和23年には鍼灸禁止令は解除された。この頃から、医道の日本誌面で2年間にわたり「經絡論争」が起こった。經絡否定派は代田文誌や米山博久らで、經絡肯定派は柳谷素霊、竹山晋一郎らであった。

2)竜野一雄(經絡肯定派)への返答
その論争の中で、經絡肯定派の竜野一雄は太極療法の発展型として經絡治療が誕生したという旨を発表した(1951~1952年)。以下は竜野の文章である。
 沢田健による太極療法は、統一原理が提唱され、兪募穴と五穴(井?兪經合のことか?)の特性まで発達したが、經絡相互間の関係は陰陽の原理まで理解されるだけで、五行説までには発展しなかった。
太極療法に代わって、柳谷素霊氏らにより、經絡治療が名乗りをあげた。經絡という統一体の上に立ち、五行という法則概念によって相互間の関連をつかみ、三部九候の脈診を用い、五穴を以て主治として、これを本治法とし、これに対して局所的な対症療法を標治法とした。
竜野の文に対し、代田文誌は次のように回答し、沢田流太極療法を回想した(1952年)。
竜野氏の指摘される如く、太極療法は沢田健先生創設以来あまり発展していないのは、門下生の一人として恥るところである。太極療法は、全体関連性全機性にもとづき、病気を機能病理学的にみていく立場へと進んでいる。

3)沢田流太極療法は、科学的でない 
昭和32年、「鍼灸真髄」の「改訂版に際して」の文章中では、次のように沢田流を評価している。
この書に記されている沢田先生の説は、おおかた古典の説に基づくものであるが、同時に先生の独創的見解も極めて多い。その思考や表現は極めて素朴で簡単で、科学とはいえないが、経験を通して至心に追究し、(中略)科学の素材となる貴い資料を多く保有している。(中略)鍼灸の科学化はわれわれの常に念願するところである(中略)‥‥


4.真理を追究する人
 代田文誌が熱心な仏教の信者だったことはよく知られているが、宗教と同じように、鍼灸にも真理を求めた。その「真理」に近いのは、沢田流などの古典的鍼灸よりも科学的針灸だと判断したのだろう。この考えを表明したのは戦後のことであるが、内に心に秘めていたのは鍼灸師になって、間もなく生まれたものであったらしい。それは沢田健の治療を見学しつつ古典の勉強をする一方で、同時期に解剖学教室や病院研究生となったりしていることで推定できる。戦後になり、代田文誌が科学派に<転向した>として批判するのは、お門違いといえよう。

 


肛門奥の痛みに内閉鎖筋刺針が有効だった症例の考察

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最近、肛門奥の痛みを訴える患者(51才、男)に対し、治療1回目から大幅に鎮痛できた経験をした。本患者は、10年来、肛門奥の鈍痛でとくに小便時に肛門の違和感を感じる。右8左2の割合で痛むとのこと。これまで色々な医療施設を受診したが、症状の改善はなかった。その中で最も効果あった治療は、直腸へ局麻注射で数字間の鎮痛を得た。私のブログを見て自ら内閉鎖筋刺針を希望してきた。そこで内閉鎖筋刺針を行い、症状軽減した。ただし詳しく問診すると、肛門奥の痛みは鎮痛できたが、肛門表面の痛みは改善していないとのことだった。肛門奥の痛みは肛門挙筋の筋緊張によるもので,肛門挙筋刺針で改善したが、肛門表面の痛みはまた別の種類(外肛門括約筋もしくは陰部神経の痛み)ということだろうか。

これまで肛門奥の痛みは何例も治療にあたってきたが、効果が出せず色々な方法を試していたが、やっと結果が出た。そこでこれまでも書いてきたことではあるが、肛門奥の痛みについて整理してみたい。


1.肛門奥の痛みについて

これまで肛門奥の痛みを、慢性前立腺炎だろうと判断し、それには陰部神経刺針という方式で行ってきた。しかし慢性前立腺炎だという診断は不確かなものである。病態はあまり解明されておらず、非細菌性で、 <前立腺に由来すると考えられる頻尿、排尿痛、排尿時不快感、残尿感、下腹部~会陰部~鼡径部の不快感など多彩な訴え>といった訴えを慢性前立腺炎の類だろうとしているらしい。
 
一方、特発性肛門痛といった病名のあることも知った。それは「排便とは無関係に突然肛門が痛くなる。長く座っていると肛門が痛くなる」といった訴えがあるも、肛門診察では明確な所見は認めないというもので、治療に決め手を欠くという。本症の原因として、肛門挙筋の筋肉の痙攣が考えられているという。これをとくに肛門挙筋症候群というらしい。なお肛門挙筋は体性神経である陰部神経支配。



2.陰部神経刺針は仙棘靭帯を目標にしているのか
 
陰部神経刺針として陰部神経刺針点から深刺して針先を陰部神経に命中させ、肛門、肛門奥、性器などに響かせる方法が代表である。(陰部神経刺針の方法について本ブログに紹介済)。この方法が効果あるのは、梨状筋症候群のトリガー活性で坐骨神経痛様症状を生ずるのと同じように、陰部神経が縦走する仙棘靭帯を目標に刺針しているのではないかと考えるに至った。実技的にも陰部神経刺針と仙棘靭帯刺針の技法はほぼ同一になる。




3.陰部神経に影響を与える筋・靭帯には、前術の仙棘靭帯以外に、仙結節靭帯・内閉鎖筋・肛門挙筋がある。

1)仙結節靭帯と内閉鎖筋
 
骨盤下方の陰部神経は、内閉鎖筋と仙結節靭帯にサンドイッチされて走行している。
仙結節靭帯に緊張があれば、坐骨結節の内上方5㎝あたりに圧痛が出現するので、これが治療点となる。
内閉鎖筋は深いので殿部からは触知できない。①仰臥位で膝を立てさせる、②術者は坐骨結節を確認し、坐骨結節の内縁を深々と押圧して圧痛硬結の触知に努める。触知できれは、硬結目指して3寸8番針で5㎝ほど刺入する。
これで触知できない場合、患側大腿を高く挙上させると同時に膝裏に術者の首を入れて股関節屈曲姿勢を保持。この体勢で再び坐骨結節の内縁を深々と押圧して圧痛硬結を触知する。触知できれは、3寸8番針で5㎝ほど刺入する。

 

2)肛門挙筋
   
特発性肛門痛では、肛門挙筋の痙攣による痛みが関係しているという見解がある。
肛門挙筋を刺激する目的で、私は尾骨外端の外方3㎝あたりから5~7㎝直刺深刺している。肛門挙筋も陰部神経支配なので陰部神経痛も関与していることも考えられる。

鍼灸師の現状とAMT制度に対する私の意見

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1.鍼灸専門学校が急増した結果、学生・学校とも苦しくなった

近年の鍼灸師制度のエポックは、鍼灸師が国家資格になったことだろう。これにより肩書き的に資格価値が向上したのだが、就職口や収入が増えた訳ではない。福岡の裁判以降、鍼灸も柔整も専門学校は倍増し、入学しやすくはなったが有資格者は倍増した。受診患者が増えたわけではなく、有資格者が増えた分だけ、一人当たりの年収は低くなった。

大儲けしたのは、入学定員を増やした鍼灸や柔整の専門学校だけといえそうだが、ネットが普及した現在、国家試験をパスしただけでは儲けるのが難しいことが広く知られるようになり、入学希望者が減少してきた。学生が定員割れを起こして経営難になった学校も少なくない。


2.鍼灸学校卒後の新人鍼灸師の進路

通常は医療関係の学校を卒業すると、その専門を活かすべく病院勤務の正職員となり、規定の給与や待遇が補償され、簡単には解雇されることはない。しかし鍼灸も柔整も西洋医療システムの枠外に存在しているので、卒後の生き方が限られてくる。
 
詳細は差し控えるが柔整には収益モデルがあり、柔整師になれば儲かるという常識がこの半世紀続いてきた。一方鍼灸師は、保険取扱いをするために医師同意書が必要というネックがあることや、慰安的要素もあまりないこと、自費治療中心となることなどにより、少人数の患者に対して全力を傾けて治療するというスタイルになる。来院患者も多くないので儲かりにくい。ゆえに店舗も貧相なもので、院長一人でやっている零細鍼灸院が大部分である。仮に無給だったとしても、手間がかかるだけの鍼灸学校新卒者の卒後教育を行う余裕などとてもない。


3.鍼灸師の経済 

鍼灸師はどれほどの年収を得ているのだろうか。データ(2006年頃)によれば1年間における鍼灸医療の延べ受領3000-3500万人、1界の治療費を4000円とすると総合治療費は1200~1400億円と推定。就業鍼灸師は、約60,000~65,000人、施術所数は42,000カ所と推定。これらの数値から鍼灸師一人あたりの年収を算出すると230万円、施術所あたりの収益は330万円と推定される。国民医療費における鍼灸の総治療費の占める率をみると、国民医療費を35兆円としれば0.4~0.5%にしか過ぎない。

引用文献:藤井亮輔、坂井友実、佐々木健 他:就業者実体調査にみる鍼灸マッサージの 現状と課題(第2報)、医道の日本、2006


4.鍼灸師の努力は盛業鍼灸院を目指すこと以外にない

いくら鍼灸師側が、今の制度が悪いと叫んだとしても結局一人相撲に終わってしまう。社会を動かすには力不足ということ。それが分かっているから、鍼灸師の仲間同士が一つの目的に向けて一丸となって歩むことに意義を見いだせない。努力の方向は、ただ自分の治療院を盛業させることに向けられる。ただし開業しない鍼灸師の方が多い。ある調査では、開業しているのは有資格者の約3割で、柔整は約7割だった。当然のことだが開業しても成功する保証はないのである。

一方、鍼灸学校の新卒者の希望を聞くと、「まずは実力ある先生の見習いとして2~3年働き、実力を養成しつつ開業したい」という者が多い。大きな医療施設で勤務鍼灸師として安定した生活を送りたいという者もいる。これらは実にまともな要望である。が、このような希望が叶うことはめったにない。求人がないのだからやむを得ない。求人があるのは接骨院での無資格マッサージ要員ばかり。

 

5.山下九三夫医師によるAMT制度の提言

山下九三夫医師(故)が1981年(昭和56年)の時、医道の日本誌にAMT制度の構想について独自の提言をした。AMTとはAcupuncture and Moxibustion Therapist を略したもので鍼灸師のことである。単に日本語を英語表記にしたのは、PT、OT、STなどのパラメディカルと同列に位置づけ、病院内で活躍の場を広げたいからだと思われる。現在の医療制度の中に鍼灸を取り入れ、鍼灸師が病院で活躍できるようにするという目的を達成するため、鍼灸師教育体制の質の向上、医師の鍼灸に対する正確な評価、そして法改正が必要だという趣旨であった。
 この5年ほど前には、日本初となる明治鍼灸短大ができたことや日産玉川病院東洋医学科の創設が続き、鍼灸界にもついに新しい波がやってきたのかと、期待した鍼灸師も多かったと思う。
 
この山下九三夫の提言したAMT制度について、代田文彦先生に意見を聴いてみると、「山下氏は周りから散々批判され辟易とした。ちょっと自分の想いを書いてみただけじゃないか」と逃げ腰になっていたという。ただしAMT制度は沈滞した鍼灸界を活性化させる重要な提言なので、日本東洋医学雑誌に再検討の記事が掲載されている。(末尾の引用文献参照)

 

6.AMT制度が誕生したらどうなるのか(夢物語として)

1)病院で鍼灸が行うようなれば、一挙に鍼灸師の活躍の場が広がり、鍼灸師の生活もPTやOTの待遇程度に落ち着くだろう。鍼灸学校教育でも病院鍼灸師を目標とした教育スタイルが確立するので、1日に1コマ(90分)を3コマないし4コマ程度の授業時間で、4年程度の就業年限となるだろう。より大きな変化は座学のみならず病院における実地教育も取り入れるられることである。教育カリキュラムにはPT、OTの例が参考になる。

2)病院システムの一貫として鍼灸が運営されるので、「鍼灸科」あるいは「東洋医学科」と標榜することが望ましい。初診は科長である医師が鍼灸治療の適否を判断し、治療そのものは鍼灸師に委任する。医師自ら漢方薬を処方するのもありである。チーム医療として定期的に症例検討会を行う。

3)病院鍼灸では、病院付近の開業針灸にとって経営的に驚異であるから、病院鍼灸は保険取扱はしないことにする。それだけでも開業鍼灸師の大半は患者減となってしまうので、救済の意味から開業針灸での保険取扱は簡素化する。

4)十年~二十年の後、鍼灸師は新規開業は禁止となるのと当時に、病院鍼灸では保険を使うことになる。すなわち現行のPTやOTと同じように、医師の間接的指示のもと、鍼灸師の判断で治療をは行うようになる。
救済措置として近隣の開業鍼灸師は、希望に応じて病院勤務できるよう特別教育を用意し病院鍼灸師の一定比率を近隣の開業鍼灸師枠として設ける。


   引用文献
○若山育郎、形井秀一 山口智 篠原昭二 山下仁小松秀人:病院医療における鍼灸
 -鍼灸師が病院で鍼灸を行うために- 日東医誌、Vol.65 No4(2014) 

○矢野忠:現代における日本鍼灸の存在意義、社会鍼灸学研究2010(通巻5号)

本郷の新星寮で出張治療していた代田文誌との出会いと治療体験の思い出(井上駿)ver.1.2

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最近、当あんご針灸院に代田泰彦先生(代田文彦先生の弟者)の紹介患者として井上駿氏(87才男性)が来院した。井上氏は代田文誌が新星学寮で出張治療していた頃、東大農学部の学生で新星学寮の寮生であたことを耳にしたので、当時の様子を文章にして残して欲しいとお願いしてみた。井上氏は快諾し、その2ヶ月後、次のような文章を書いて下さった。以下は井上氏の文章(部分的に似田加筆)になる。


昭和8年、代田文誌先生(以下敬称略)44歳の時、盟友の倉島宗二・塩沢幸吉と共同で、長野市内に鍼灸治療院を開設した。この3名は、ひと月に9回ずつ日替わりで治療当番にあたった。ちなみに文誌は、7・8・9のつく日を担当した。(それ以降、東京三鷹の井の頭公園近くに移転し、彼の地で開業した。)

文誌は長野市内での共同開業と並行して、月初めに一泊二日の日程で、本郷の新星学寮で出張治療を行った(本郷以外にも数カ所出張治療した)。新星学寮とは、穂積五一氏が主として優秀学生のために私財を投げ打って設立した学生寮のことで、今日でもアジアからの留学生の居住場所として立派に役割を果たしている。


1.代田文誌先生との出会い

代田文誌先生に初めてお目にかかったのは昭和31年だった。その頃、私は東大農学部の学生で新星学寮の寮生だった。新星学寮は穂積五一先生が主宰しておられ、都内のいろいろな大学の学生が共同生活をしていた。主宰といっても穂積先生は寮生が納める寮費を先生の収入にしておられた訳ではない。寮費は寮生の食費と寮の建物の維持管理などだけに充てられていたので、非常に安かった。

 穂積先生は東大法学部の出身で、憲法学者の上杉慎吉氏の弟子だった。上杉氏は天皇制を主張していた方であった。(中略)穂積先生は若い時に結核を患われ、生死の境をさまようほどであった。その頃、鍼灸師である代田先生と出会われた。先生は穂積先生を診て、「非常に重篤ではあるが食事を丁寧に食べているので望みはある」と言われ、それからは穂積先生が頼みとする主治医となられた。(文誌先生も20才~27、8才まで結核で長い療養生活を過ごしていた。鍼灸で救われたことから鍼灸の道に進まれた経緯があった。)
 私(井上)が寮生だった頃、代田先生は毎月1回一泊二日の日程で長野から出張して新星学寮奥の穂積家の大広間で大勢の患者さんたちの診療に当たられた。私がその場に立ち入ることは滅多になかったが、時に何かの用で入った時に多数の患者さんが診療を待っておられ、お灸に使う線香の匂いが立ちこめていたことを思い出す。


2.代田文誌先生に診ていただいた経緯

当時、私自身が代田先生に診ていただくことはなかったが、このような経緯から鍼灸や漢方などの東洋医学に対する信頼は培われていたと思う。
今の農林水産省の前身である農林省に入って三度目の職場が埼玉県鴻巣市の農事試験場だった時のこと、稲にとって水がどの程度の量が必要となるかを研究していて、20リットルほどの土の入ったプラスチック容器100個ほどの重さを計測していて腰を痛めていた時、研修で長野県に行くことがあった。ちょうどよい機会なので長野市在住の代田先生に診てもらおうと電話してみると、「来れば診てあげるよ」とのお返事をいただき、先生のご自宅に押し掛けて診ていただいた。全身に鍼と灸を施され、帰路では体重が半分になったかと思うほど足が軽くなったことを今でも思い出す。

 

3.ご子息の代田文彦先生にも診ていただき、自分でも鍼灸療法を自習した

文誌先生のご長男、代田文彦先生は西洋医学を修められた上で鍼灸療法も習得され、後には東京女子医大の教授になられた。私がスキーで捻挫した時は、日産玉川病院におられた。捻挫の翌日、病院に伺って治療を受けた。恢復は極めて早く、その週のうちにはテニスができるようになった。
 
この後、わたくしの鍼灸・漢方に対する信頼は一層深いものとなり、代田先生の名著「鍼灸治療の実際(上・下)」創元社刊を手許において、折に触れては自分自身をはじめ、家族・友人の手当に役立たせている。
例をあげれば、家内や娘たちのしもやけは、しもやけの頂点に艾を五壮もすえれば一回で治る。幼稚園児だった娘の脱腸は、先生の御本からツボ灸点を選んでお灸で治した。
職場のテニス仲間で昼休みのテニスの後、腕が上がらなくなったからお灸をしてくれと言ってきたときは、ツボはここだからといって手三里を押さえたら、それだけで治りお灸をするまでもなかったこともある。別のテニス仲間の若い女性が二の腕が痛いというので、痛い場所を自分で確認して置き鍼を貼るように勧めた。次回、テニスコートで会った時、彼女は駆け寄ってきて快癒したと話してくれた。

 

4.現在の私(井上)の治療

10年ほど前から脊柱管狭窄症を患い、当時かかっていた整形外科の医師は年令もあるから手術は無理といい、私もそう思い諦めて過ごしてきたが、大宮に越してきてからのテニス仲間が自治医大の税田和夫先生のおかげで脊柱管狭窄症が治ったと言ったので、川越の埼玉医大に移っておられた税田先生をお訪ねして何回か診察を受けた後、一作年6月に手術を受けることに踏み切った。
3時間の椎弓切除の手術後は順調で、7日目には退院し、その後は手術前に比べ随分歩けるようになったのだが、税田先生が術前に言われた通り、100%は治らず下肢にしびれが残った。何とかしびれを取りたいと思い、近所の整形外科に通い、マッサージ等を受けてきたが目立った回復はなかった。その後、鍼灸師をしておられる文誌先生のご次男、代田泰彦先生に相談したところ、国立市で開業している似田敦先生を紹介された次第である。
今は月に一回、あんご鍼灸院に通い似田先生に脊柱管狭窄症手術後の下肢の痺れの手当てとテニスによる肩肘の故障の鍼灸治療を受けており、加えておおみや整形外科の整体師丹野先生のマッサージを毎週受けている。これも肩の凝りをほぐすのによく効いている。

 

5.触診起脈あるいは脈功
 
私の脊柱管狭窄症の症状には、自分で行う治療も時には有効だったので、簡単に紹介する。この方法は、静功とマッサージあるいは指圧を組み合わせた自己治療法である。
静功とは、体を動かさずに呼吸だけで行う気功のことである(これに対し、体を動かす通常の気功を動功とよぶ)。放鬆功(ほうしょうこう ?中国語では放松功)は静功の中のひとつで、1957年に上海気功療養院が整理したもの。「放鬆」には中国語で筋肉を弛緩させ、リラックスするとの意味がある。放鬆の「鬆」は骨粗鬆症の「鬆」と同じく、スカスカにし、ゆるめることをいう。放鬆功は呼気の時に「ソーン」と発音することを勧めている。声を出すことは体を振動させ活性化させると思う。「放鬆」という言葉には「ソーン」と発音する、すなわち声を放すという意味も含まれているようだ。
 
なお放鬆功の吸気の時に「百会から吸うつもりで‥‥」とされるが、私自身は耳の上から百会に向かって吸い上げる感じで息を吸うようにすると、脳の側面が洗われてスッキリする感じを得ている。放鬆功は三線放鬆功が代表的で、三線とは体の側方、前方、後方の3つのラインのことで、この流れを意識しつつリラックスさせるやり方で、この時の姿勢は椅坐位、仰臥位、伏臥位などどれでもかまわない。
 
私は放鬆功のリラックスした呼吸法を行いつつ、触診起脈を試みている。触診起脈とは、体の中で不具合なところ、たとえば咽が痛い、肩が凝る、足が痺れるといった症状がある時、その不具合なところに指先を当て、放鬆功の呼気三線のほかに、その不具合の場所に集中して呼気をはきつける意識で息をはくようにする(もちろん実際には口から呼気をはくのだけれども)。それを数分続けることによって、その場所に脈動を感じるようになり、そうなるとその場所の痛み、コリ、しびれが軽くなる。私自身は、これを手の冷え、足のしびれ、肩の凝り、咽の痛みなどでしばしば実際に自分の体で試み、不具合の解決に役立てている。これを読まれた方は試みて頂き、結果を教えて頂きたいと願っている。放鬆功については、ある程度ネットで調べることができるので、参考にされたい。

6.補足:助手の助手

上記文章を寄稿して下さった井上駿氏の友人の鈴木典之氏(87才男性)が当院に来院した。当時は井上氏と同じく新星寮生だったということで、お話を当時の様子をお伺いした。代田文誌は一ヶ月に1回一泊二日で新星寮で鍼灸治療をしたが、寮の主宰者である穂積五一氏は代田先生を信奉しており、その影響が寮内にも広がっていた。文誌先生は鍼治療を行い、灸は灸点を下ろすまでを行った。助手は指示された灸点に、それぞれ十壮ほど半米粒大灸をするのだが、鈴木氏は助手の手伝いをした。その仕事内容とは<モグサをひねって艾炷を白い紙の上に並べること>だったということで、大いに驚いた。そうでもしなければ大勢の患者をさばききれなかったのだろう。

痛風発作に灸治療が速効した例としなかった例 ver.1.2

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筆者は、2016年11月22日に「急性膝関節痛が痛風由来だった症例」を報告したが、この症例では膝痛が痛風からきていると推測できず、また鍼灸治療も効果なかった。しかし2018年3月28日に左肘の痛風発作が灸治療で即時に鎮痛できた症例を経験したので、この事例を追加して報告する。

1.痛風の概念
   
痛風の語源は、<風が吹いても痛い>からではなく、風邪の性状すなわち<風のように急に起こり、急に去る>ことに由来している。

1)高尿酸血症 

尿酸はプリン体の最終分解物である。プリン体は肉類に多く含まれるが、プリン体自体は殆ど利用されることなく尿酸となる。プリン体を排泄するには尿酸として排泄するしかないが、尿細管で90%は再吸収される。ゆえに血中に蓄積されやすい。(一方、プリン体の摂取は食物を原料する以外にも、体内でアミノ酸から合成される。こちらからの比率の方が高いので、メタボリック症候群は痛風の下地をつくる)
尿酸値は、7.0mg/dLを越えると高尿酸血症とよばれる。

2)痛風の病態生理

高尿酸状態が長期間続くと、血液に溶けきれない尿酸濃度(7.0mg/L)が尿酸塩となり次第に関節内、皮下、腎臓に沈着蓄積していく。

①ある時、衝撃を受けたり急に尿酸値が下がったりして尿酸塩の結晶が剥がれ落ちると、白血球はこれを異物と認識して貪食。この時炎症物質を大量に放出して、突然関節部の激痛を生ずる。これが痛風発作である。40~50才男性に多い。痛風発作の部位は、第1中足指節関節が全体の7割を占める。典型パターンは、ある日突然、足母趾MP関節が赤く腫れて激烈な痛みが生ずる。ほかに距腿・膝・アキレス腱などの下半身に発症するものが9割。半身の方が体温が低いことや、血流が滞る傾向が下半身に多いことによる。痛風の痛みは1週間から10日後に次第に自然軽快するが、無処置の場合1年以内にまた同様の発作がおこることが多い。一度発作を起こした者では、尿酸値を6.0mg/dL)以下にコントロールすべき。

②尿酸が皮下に沈着すると、耳介・足趾・肘・手指などに痛風結節を生じる。痛風結節そのものに痛みはない。結節の中身は尿酸結晶で、チョークの粉状。痛風結節そのものは治療対象とならないが診断の手助けとなる。
      
③結晶化した尿酸が腎臓の組織にも沈着する。無症状で長期間進行するが、やがて腎不全(血液から老廃物をろ過する能力が低下)により小便が出にくくなり、最終的には尿毒症になる。
     




3.痛風の現代薬物療法

1)救急処置
痛風治療の特効薬としてコルヒチンが知られている。発作が出そうな時には「コルヒチン」を服用する。コルヒチンには好中球が関節内に集まるのを抑える作用ある。関節痛を感じ始めたとき(好中球が関節に集まる前)に飲めば、激痛を未然に防げる。激痛になってからでは効かない。
    

2)血中尿酸値のコントロール
本質的な治療としては尿酸値を下げることになる。尿酸降下薬には、尿酸排泄剤と尿酸生成抑制剤とがある。尿酸の排泄が少ない人は尿酸排泄促進剤(ユリノームなど)を使って尿酸の排泄量を増やす。尿酸を作りやすい人は尿酸合成阻害薬(ザイロリックなど)を投与する。尿酸生成制薬は肝臓で働き、プリン体が尿酸になるのを抑制する働きがある。いずれも長期服用が必要。尿酸濃度(6.0mg/リットル)程度にコントロールする。


4.鍼灸治療 

局所が熱をもって痛む場合、局所から刺絡。足母趾MP関節内側痛の場合、局所である大敦施灸というのが定石。やむを得ないことだが、鍼灸古典では、疼痛の真因が高尿酸血症によるとは思いもよらないことだった。

1)右膝痛が痛風由来だった症例(52才男性)植木職

3日前から急に、右膝を90度以上の屈曲ができなくなった。思い当たる原因はない。 膝関節のロッキングがあるので半月板損傷を疑ったが、受傷動機がはっきりしないので本診断には確信がなかった。膝周囲に目立った圧痛点もなかったが、軽く刺針して治療を終えた。治療直後効果はなかった。
  本患者は当院で治療成功しなかったので、翌日整形受診して「痛風」との診断をうけ、薬物療法を開始した。7日後当院再診。内服治療開始して数日~1週間で、ほぼ痛み消失したという。本例の膝痛が痛風だったとは驚いた。なお症例は、薬物で痛みを止めたのではなく自然緩解だったかもしれない。
 
痛風というと足母趾MP関節の赤く腫れ上がった激痛というイメージが強かったが、本例は可動域制限強いが熱感・腫脹とも見いだせなかった。こんな例もあるのかと驚いた。


2)左肘痛風発作に灸治療が速効した症例(39才男性)会社員

以前から検診で血中尿酸値の高値を指摘されていた。8日前から突然、左肘関節部が発赤・熱感・腫脹あり痛みのために膝の屈伸が十分にできなくなった。医師の投薬治療を8日間続けているが、症状に変化なくとてもつらいという。触診すると膝頭の直上1㎝ほどの上腕三頭筋腱部に限局的に強い圧痛が2カ所みつかったので、この2カ所に糸状灸を5壮実施。施術直後に痛みは減り、肘が伸びるようになったとのことだった。自宅でせんねん灸(強力温灸)を行うよう指示して治療終了した。
 

5.余談:ヘルマン・ブショフが中世ヨーロッパで紹介した痛風の灸

ヨーロッパに灸治療が最初に紹介されたのが、痛風の灸治だった。中世のヨーロッパ貴族に痛風が多かったのは、美食過多に要因があったらしい。利尿作用のある緑茶を多量に摂取して大量に排尿することが痛風予防になることが知られていた。小便が多量に出れば、大量の尿酸が体に排泄さる事にもつながるからだろう。
   
バタヴィア(インドネシアの首都ジャカルタのオランダ植民地時代の名称)在住のオランダ人牧師、ヘルマン・ブショフ Herman Busschof は長い間、足部の痛風に苦しんでいた。現地のヨーロッパ人医師が頼りにならなかったので東南アジア出身の女医の灸治療を受けてみた。女医は彼の脚と膝に半時間の間にもぐさの小塊を約20個置いた。効果は彼の期待をはるかに上回った。治療の最中から、それまでは一晩も休めなかったブショフが気持ちよく眠り込んでしまい、24時間後に目覚めたとき、膝と脚はまだ腫れていたが発作は治まり、何日もしないうちに仕事に戻ることができたという。
このヘルマン・ブジョフの灸に関する1675年の報告が、灸に関するヨーロッパ初の出版であった。

当時、アジアには「痛風」という概念はなかったので、女医は脚気と診断して施灸治療を行ったとする見解がある。一方、「脚気」はヨーロッパにない疾患だった。

わが国では 心不全で下肢がむくみ、末梢神経障害で足がしびれることから「脚気」と呼ばれた。( 心臓機能の低下・不全を併発したときは「脚気衝心」と呼ばれる重症だった)。
   

脚気の鍼灸治療

  http://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=78051ede4bbb1c7646621d2cd19f771e&p=1&sort=0&disp=50&order=0&ymd=0&cid=dccbeb7efad376c56996341b4cbda8b4  

手根管症候群の針灸治療 ver.2.0

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1.手根管症候群の概要   

手根管とは、手根骨と屈筋支帯(旧称は横手根靱帯)の間隙をいう。ここを縦走する正中神経が圧迫刺激され、圧迫部から末梢の正中神経麻痺が生じた状態。透析患者、閉経前後と妊娠・出産を機に多発する。

正中神経麻痺は、高位麻痺と低位麻痺(肘から遠位での神経絞扼障害)があり低位麻痺がほとんどである。低位麻痺の代表疾患が手根管症候群になる。円回内筋症候群も正中神経低位麻痺になるがマレな疾患。

※透析アミロイドーシス:透析中、手がしびれると訴える。ある種の線維状のタンパク質が屈筋支帯に沈着し正中神経を圧迫。

 

2.手根管症候群の症状・理学検査

1)ファーレンテスト Phalen test     
手首を強く屈曲(掌屈)させる際の痛み。

 

2)正中神経低位麻痺症状

走行部(小指以外の指端)の痛みと異常知覚(ピリピリ、ジンジン)。母指対立筋の筋力低下、短母指外転筋の筋力低下、母指球萎縮。     

 

3.手根管症候群の鍼灸治療  

1)局所治療点である労宮穴

手掌中央で、第3第4指屈筋腱の間に労宮穴をとる。労宮と手関節掌側横紋の中央 (=大陵穴)を三等分し、大陵に近い側の 1/3を「労宮移動穴」と定める。労宮移動穴から直刺すると、手掌腱膜→手根管(内部に正中神経と長・短手根屈筋腱)→虫様筋に入る。


この治療の直後は手のしびれは若干改善するのが普通だが、症状は間もなく元に戻りやすい。 局所治療に併せて腕神経叢や斜角筋を刺激することも行われるが、針灸が有効か否かは不明。手根管症候群の病理は屈筋支帯による手根管の圧迫にあり、筋々膜刺激ではどうにもならないのかもしれない。

 

 

2)浅指屈筋、深指屈筋への刺針

手根管中には深・浅指屈筋腱と正中神経が走行している。 前腕屈筋側にある深・浅指屈筋の緊張・収縮が続くと、これらの筋に連なる腱も牽引され続けるようになり、腱の肥厚や浮腫を起こす。太くなった腱は、この狭い手根管のスペースの中で正中神経を圧迫され、痛みやしびれが現れる。
この硬くなった筋肉を柔らかくして、腱にかかる引っ張りを減らす目的で腱を構成する筋へ刺針し、第2~題5指の屈伸の運動針を行なわせる。
(バネ指と同じ考え方)

深指屈筋に対しては、前腕屈筋側中央の心経走行上に刺針、浅指屈筋に対しては前腕屈筋側中央の中央(郄門穴)と尺側の心経走行の中点に刺針する。なお指の屈曲に際しては、深指屈筋と浅指屈筋は同時に収縮する。

眼瞼痙攣の病態と針灸治療の適否 ver.1.2

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1.顔面痙攣  
 
1)症状
   
一側の顔面が長期間、強く痙攣する状態。目の周り(特に下瞼)の軽いピクピクした痙攣で始まり、次第に同側の上瞼・頬・口の周りなどへ広がる。痙攣の程度が強くなると、顔がキューとつっぱり、引きつれる状態になる。ひどい場合、耳小骨のアブミ骨筋(顔面神経支配、鼓膜に張力を与えている)が過剰刺激され、カチカチという耳鳴が生ずることもある。
   
当初は緊張した時などに時々起こるのみだが、徐々に痙攣している時間が長くなり、一日中ときには睡眠中も起こるようになる。自分の意思とは関わりなく顔面が動く、ということで気ぜわしく対人関係や仕事に苦労する。ストレスなどでも誘発される。自然に治癒することはほとんどない。
 
2)原因<神経血管圧迫>

脳血管の異常走行により、脳幹より出る顔面神経に脳の血管がぶつかり、動脈拍動のたびに顔面神経が刺激されている状態。脳血管異常走行の原因としては、加齢、脳動脈硬化、先天的動脈奇形など。
 

3)現代医学の治療
  
①ボツリヌス菌毒素注射
      
ボトックス(ボツリヌス菌希釈液)の眼瞼や口角周囲の痙攣部への注射。持続効果は3ヶ月前後で、繰り返しの注射が必要になる。 

※ボツリヌス毒素は、食中毒をおこして随意筋を麻痺をさせ、重症では横隔膜運動も麻痺して致死的になる。この作用を利用し、本菌を使って筋の運動麻痺を起こさせるのがボトックス注射。ボツリヌス菌毒素注射は、美容整形として皮筋を麻痺させることで、顔面のシワとりにも用いられる。

※顔面シワ取りのボトックス注射で自死に至った例:30代女性。ある医者に頼みもしないのに(サービス精神からなのか)シワ取り目的でボトックス注射をされた。その直後から顔面の一部が動かなくなり違和感を感じるようになった。この状況を医者に伝えると、自然に良くなるといわれた。しかしいつまで経っても症状は変わらず、その医者も自分を避けるように逃げまわるようになった。症状が改善しないので、色々な医療施設をめぐった。当院にも来院し、3~4施術するも無効と判定し来院中止。その数年後、弁護士からこの患者が自死したことを知らさた。現在裁判の準備中だということだった。私も資料としてカルテを提出した。
ボツリヌス注射の薬効は施術して数日でジンワリと効いてくるはずので、直後から顔面麻痺したとなれば顔面神経に重大で不可逆的な損傷を与えたのだろう。一生忘れがたい経験だった。

 

②手術「微小血管減圧術」
   
顔面神経を圧迫している血管位置を少しずらせて固定させる手術で、根本療法になる。手術後遺症として、数%~10%程度の者に聴力の障害がおこる(顔面神経と内耳神経と並走行している。手術中に内耳神経にストレスがかかるのが原因)。三叉神経痛と眼瞼痙攣の手術原理はよく似ている。 
 

4)針灸治療
   
かつて代田文誌は、顔面麻痺に対する鍼灸は、無効と記していた。しかし30年ほど前に、ペインクリニックにおいて若杉式穿刺圧迫法が考案された。本法は針でも応用できるか否か試してみた。すなわち茎状突起の傍の顔面神経孔(=翳風)への針タッピング術の開発により、痙攣の程度を減ずることができることを知った。と同時に限界も示した。顔面神経孔から顔面神経が出てくるが、本神経は基本的に運動神経なので知覚はなく、針が命中しても痛みや響きはない。そこで針先が顔面神経に当たったか否かは、低周波通電した際、顔面表情筋が攣縮するかどうかで判定する。

翳風の名前:「翳」とは鳥の羽に隠された部位のことで、翳風とは風を避けるための羽の意味となる。翳風は外耳や耳垂に隠された位置にあることで、このように例えたのだろう。 
  
①神経ブロック 若杉式穿刺圧迫法
    
関東逓信病院ペインクリニック科では顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を創案した。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1 回程度治療を行う症例が大部分である。ブロック後の痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復する。
  

②顔面神経直接刺激する針治療
   
a.2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。
b.翳風を刺入点として茎状突起に針先を誘導する(方向を誤ると、強い刺痛を残す)
c.針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再びふた3分間タッピング刺激。総治療時間は20分間程度。

上記の治療を行うと痙攣が軽減することが多かったが、その持続期間は数日間であり、その後は再び針治療が必要になるという点で、本家のような治療効果が出せないことをしった。刺針方向を間違えると強刺痛があることも実施を難しくさせた。患者にとって手間と経済的負担が大きいだろう。


2.眼瞼痙攣 
眼瞼痙攣となる疾患には、顔面痙攣初期の他に、眼瞼ミオキミアと本態性眼瞼痙攣がある。
 
1)眼瞼ミオキミア   
  
①病態生理と症状
    
まぶたの一部(下眼瞼が多い)が痙攣する。通常は片側に起こることが多い。(本態性眼瞼痙攣は両眼の上下眼瞼とも等しく痙攣する。不規則で持続時間が長い小さな不随意運動で、自覚的にはピクピクとした感じがする。通常数日から数週間で、自然に治まる。 
※ミオキミアとはは不規則で持続時間が長い小さな不随意運動のこと。
  
②原因
   
顔面神経が支配する眼輪筋の一部に異常な興奮が発生することで生じる。特段の原因はない。健康な人でも長時間書類を注視したり、パソコン操作などがもたらす眼精疲労や、寝不足の際に一時的に感じられることがある。
  
③針灸治療
    
木下晴都は春先に3年間、毎年眼瞼振戦を経験してたが、3年目の時に自身に次の治療を行い、著効を得たという。振戦を起こす右下眼瞼3点に、3~4㎜刺入した後、刺激を強める意味で針を左右に回旋するという旋捻を5~6回行って抜き取る手技だった。翌日は振戦依然と存在したが、3日間続けると全く消失した。患者にも実施し、すべて症状の回復が早いことを確認した。

 

 

 

2)本態性眼瞼痙攣
  
①原因

初期:まばたきが多く、目が開けにくい、眼がショボショボするのでドライアイと誤診されやすい。眼瞼が痙攣するというより開けにくい。
進行期:両側性に、羞明感、目の乾燥、目を開けていられない、下眼瞼のピクピク感出現。次第に上眼瞼に拡大。左右両方に進行性の眼瞼痙攣が出現する。
重症時:眼を開けていられない。視力があるにもかかわらず生活上は盲目と等しくなる。

②症状

パーキンソン病と同じく、大脳基底核の運動制御システムの障害。間代性・強直性の攣縮が両側の眼輪筋に痙攣が起こる。40歳以降の女性に多い。
※大脳基底核=大脳皮質の底にある白質中の灰白質部分。随意運動の発現と制御の役割。


 

③治療
     
進行は緩徐だが自然軽快はまれ。初期症状には、眼輪筋に対してのボトックス注射が有効。眼瞼の痙攣部数カ所に注射する。ボトックスの持続効果は3ヶ月程度なので、繰り返しの注射が必要になる。眼が開けられなくなれば、有効な治療に乏しく、眼輪筋を切除する治療しかなくなる。


④重度眼瞼痙攣に対する針灸治験の模索
     
瞼が開かないと訴える30代女性患者に対して針灸治療を試みたが無効だった。ただし色々とアプローチをした中、患者が最も評価したのは、眉の1㎝ほど上方から眉と並行に水平刺し、滑車上神経・眼窩上神経に響きを与えたものだった。一時的に交感神経緊張状態に誘導したのが効果の理由だと思えた。

 

惑星と曜日の関係

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 私は昔から曜日の名前が、なぜ月火水木金土になるのか疑問に思っていたが、余りにも素朴な疑問であり、昔から決まっていることだったので、疑問に思っていることさえ忘れていた。今回ネットサーフィンしていたら、偶然にもこれに答える内容が発見できた。五行説とも関係しくるので、この場を借りて説明する。

1.古代中国の五行説と惑星

古代中国から始まった五行説思想
木:春の象徴として、樹木の成長と発育を表す
火:夏の象徴として光輝く灼熱の炎を表す。
土:夏の終わりの象徴として、大地から新たな芽が発芽する様子を表す
金:秋の象徴として強固で冷徹な鉱物や金属を表す
水:冬の象徴として湧き水が流れる様子から、命の水を表す。


2.五惑星にも五行説をあてはめた

当時の天文観測で知られていた5つの惑星を当てはめた。
水星:太陽の公転速度が速く、目まぐるしく動く。速い水の動きをイメージ。
金星:明るく白く輝くので、それを金属や鉱物の光をイメージ。美しく輝くことから愛を意味し、女神ビーナスが手鏡を持ったイメージとして♀  の記号。
火星:赤く見えることから火のイメージ。火は戦いの血のイメージにつながり火星の記号 は♂となった。♂は盾と鎗を示す。
木星と土星:残った両者のうち、よりくすんだ黄色の方を土のイメージから土星。最後まで残った方を(とくに根拠はないが)木星と名付けた。

引用文献1:YouTube ゆっくり解説】火星ってなんで火星って言うの? 火星ねっとり解説 by  スカイ三平

 

3.曜日の並びはなぜ「月火水木金土日」なのか
 
火星・水星・木星・金星・土星と月と太陽で計7つで曜日を表が、その並びが日月火水木金土の順番となるのはなぜか。
地動説からすれば、太陽から近い順番に日・水・金・(地球)・火星・木星・土星との順番になるが、曜日を定めた頃は天動説で考えた。天動説における太陽系モデルは、地球からみた速度が早いものほど地球に近いと考えられていたので、月(衛星ではあるが太陽と月は惑星と同等と考えられていた)→水→金→太(日)→火→木→土の順番に並んでいるとされた。


  

エジプトの占星術では、それぞれの惑星が、地球から遠い順に1時間ずつを支配していると考えられていた。たとえば、ある1時間を土星が、その次の1時間を木星が、という順番で、これを7日間にわたって当てはめたとき、日の最初の1時間を司る惑星をその曜日の名前としたのではないか。
1日24時間を7つの星で割ると3余るので、1つ目の惑星は3つずつズレてくる。


曜日という概念は、インドや中国を経て日本に伝わった。エジプトの暦を参考に、中国でも曜日の名前に惑星の名前をつけていった。この内容が書かれた仏典を、遣唐使が日本に持ち帰ったのが、日本に曜日という概念が伝わった経緯。我が国に普及したのは、江戸時代の頃で、明治政府が正式に暦に曜日を用いることを定めて今に至った。
ただし現在の中国では、1、2、3……という数字を機械的にあてはめ、月曜日を星期一、火曜日を星期二……とよんでいる。

引用文献2:QuizKnocck  曜日の並びはなぜ「月火水木金土日」なの? by服部


「秘法一本鍼伝書」②<下肢後側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.1.1

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1.「秘法一本鍼伝書」下肢後側痛の鍼(力鍼と裏環跳)

1)取穴法 
伏臥にさせ、腸骨稜上縁を外方から脊柱の方に指でなでると腰斤と接する処に浅い陷凹を感ずる。この部はおよそ脊柱から四寸のところで、指に左は∟の反対の形に、右は∟形に脊柱の両側にある筋状硬結物に突き当たる所がある。此の部を強く按ずれば陷凹がある。これをA穴とする(昔は力鍼穴といった)。

また小野寺氏の十二指腸胃潰圧診点に該当するところ所謂裏環跳穴をB穴(裏環跳穴)とする。脊柱から八寸位の処である。
※小野寺氏十二指腸胃潰圧診点:上前腸骨棘と上後腸骨棘の中点から下方3㎝の処
                                          

 

2)用鍼 
3寸の3~5番の銀鍼または2~3番の鉄鍼を用いる。

3)患者の姿勢 
患者をして伏臥せしめ、ザブトンを鎖骨部に敷き、これに軽く胸をつけしめ、上肢は緩く上方に曲げながら伸ばす。又は両拳を重ねてこれに前額をおく。両足は正しくのばし、全身いずれのところにも力を入れさせぬようにする。口を半開きにし、呼吸は口でするようにする。

4)刺鍼の方向 
A穴の刺入方向は脊柱と四五度くらい、皮膚と三十度ないし四十度くらいの角度で刺入。鍼尖が骨に当ったならば、それは真穴に当っていないので、刺鍼転向する。真穴に当れば足先まで響く。
B穴は鍼尖を内上方に向ける。これも骨に当るようでは深すぎると知るべし。皮膚との角度はA穴とほぼ同じ。

5)技法 
刺入した鍼を静かに進退動揺させながら刺入する。A穴では骨の上側、B穴では内側に向くようにする。鍼響が大腿後側に響くのが普通。

6)深度
二寸から三寸に硬い所から軟らかいところに達する。

7)注意 
鍼響があったら、手で合図するように患者に言っておく。応用は広く、坐骨神経痛、膝関節リウマチによる膝膕部の疼痛、冷湿による大腿後側強剛感、腓腸筋痙攣、脚気等。補助法として、殷門穴、浮?穴、委中穴、下委中穴、後中?穴には散鍼する。

 
2.現代鍼灸からの解説

1)A点(力鍼)

 

力鍼(りきしん)穴は、L4棘突起下外方4寸で腸骨稜上縁にある。腰方形筋上に位置する。なお腰方形筋は腸骨稜と腸腰靭帯に起始し、第12肋骨とL1~L4の椎体の肋骨突起に停止する。

力鍼穴から斜め内側に2~3寸深刺すると、腰方形筋をかすめて大腰筋に入れることができる。大腰筋刺針を行うには、普通は伏臥位にてL4、L5椎体棘突起の外方3寸(腸骨稜縁)からの内方に向けて深刺して大腰筋中に刺入するので、力鍼穴刺針そのものだといえるが、大腰筋刺針をするための患者体位は、患側上の側腹位で患側大腿を腹に近づけるよう、股関節と膝関節を屈曲させると、大腰筋が触知しやすくなる。大腰筋刺針では腰神経叢を刺激できるので、腰神経叢を構成する神経枝支配領域への鍼響を送ることができる。

 

腸腰筋トリガー活性化すれば、腰部・鼠径部~大腿前面に放散痛が出ることが知られている。腰神経叢から起こる閉鎖神経を刺激すれば、大腿内転筋群の緊張や大腿内側皮膚の知覚に刺激を与えることができるが、確実性に乏しい。なお力鍼刺針では仙骨神経叢を刺激できないので、下腿に至る針響は得られにくい。得られるとすれば仙骨神経叢に波及するほどの、腰神経叢の強い過敏性があるある場合であろう。  

 

 2)B点(裏環跳)

裏環跳とは、中国式環跳の位置でもあり、と同時に坐骨神経ブロック点の位置でもある。
大殿筋を通過して梨状筋を刺激し、梨状筋走行下の坐骨神経走行領域に広汎な針響を送ることができる。

 

 

座骨神経ブロック点刺針時の体位は、次のように梨状筋の緊張を伸張させた体位(シムズ肢位)で行うと針響が得られやすい。

 

3.ハムストリング筋緊張もしくは小殿筋緊張による大腿後側痛

大腿後側に限局する運動時痛であれば、単純にハムストリング筋(=大腿二頭筋長頭や半膜様筋)の緊張による痛みが最も関係する。もし大腿後側だけでなく下腿症状もあれば梨状筋症候群や坐骨神経痛を考え、坐骨神経ブロック点刺針を行うのが普通である。

ハムストリング刺針に際しては、伏臥位で大腿後側の筋緊張部に刺針し、膝関節屈伸運動を5~10回行わせるとよく効く。これで効果ない場合、大腿後側痛は小殿筋放散によるものと判断し、側臥位にて大転子上方1~2寸から3寸#8で深刺し、シコリに当てる。この時、大腿後側の症状部に響けば良い効果が得られる。

これで効果ない場合、小殿筋放散に由来することも考え、側臥位にて小殿筋Ⅱ対して3寸#8で深刺し、シコリに当てる。この時、大腿後側の症状部に響けば良い効果が得られる。

末梢神経性「シビレ」の診かたと鍼灸治療

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1.シビレのもつ三つの意味

患者の上肢や下肢がシビレルという訴えはしばしば耳にする。そうなると、そのシビレに関して、そのシビレは動きが悪い(運動麻痺)のか、感覚が鈍い(知覚鈍麻)のか、そともジンジン、ビリビリする(異常知覚)のかを分別しなくてはならない。

2.シビレの病態生理学
1)末梢神経の種類と機能のマトメ


    

有髄神経は無髄神経から進化した。有髄神経は動作がすばやい動物になって発達した。
有髄線維は随意運動に関与するA線維と自律神経に関与するB線維に分類される。A線維は太い方から順に、α、β、γ、δと細分化されているが、シビレを理解するたに必要なのは、Aβ線維→触覚、Aδ線維→速い痛み(fast pain)、および無髄のC線維遅い痛み(slow pain)の3種である。


2)触覚・痛覚の抑制機構(触ることで軽くなる痛み)

触覚を伝達する太いAβ線維は、痛覚を伝達する細いAδとC線維を、脊髄や視床のレベルで常に「抑制」している。「かゆい」ことは痛覚線維が持続的に、しかし「軽く」刺された状態と考えることができるが、掻くということは触覚を刺激することになり、痛系に抑制がかかり、痒みは軽減される。

※怪我をして痛い時に、その部分を思わず押さえたりさすったりするのは、触覚刺激をして痛覚が抑制できることを経験的に知っているため。
※深谷伊三郎考案の灸熱緩和器の原理が触覚刺激による灸熱感受性の緩和である。灸療中周囲皮膚を竹筒などで押圧すると熱さが減ったように感じる。


3)機械的圧迫刺激によるジンジン、ピリピリの抑制機構

長時間正座を続けると、まず足がジンジン・ビリビリ・ピリピリしてくる。さらに正座続けると足の感覚がなくなる。その時、立ち上がろうとすると、足が麻痺しているのにづく。正座を止めて足を崩して休んでいるうちに、またジンジン・ピリピリした感覚がてきて、次に正常の運動機能が戻ってくる。
混合性の末梢神経が機械的圧迫された場合、麻痺の起こり方として、太い神経ほどダメージを受けやすいという性質がある。      
   
                                  

①まず脚の触覚を伝達する有髄線維Aβが機能停止し触覚が低下してくる。脊髄での、触覚線維Aβによる、AδとCの痛覚線維の抑制がはずれるので、A線維担当のチクチク感とC線維の担当のジワーっと感が出現する。実際にはAδ症状が前面に出てくるので、C線維症状は意識されにくい。
  
②正座を続けていると、Aδも機能停止するので、C線維のジワーっとする痛みだが出現する。
  
③最後に無髄線維も機能停止し、ジンジン・ビリビリという「シビレ」も消失し、まったく「無感覚」になる。
  
④正座を止めた場合には、この過程の逆を辿る。まず無髄線維が回復して「ジンジ・ピリピリ」が再発し、脚が少しずつ動くようになり、最後に触覚線維による痛線維の抑制機構が回復してくる。

※薬物による神経刺激の場合は機械的刺激と逆になり、細い神経から機能停止する。歯時の麻酔時、痛覚はなくなるが、腫れぼったい感じがする。これは触覚が残るため。


3.絞扼性末梢神経障害 Entrapment Neuropathy

末梢神経が生理的狭窄部位で絞扼されることによって生じる神経障害の総称をいう。
絞扼性ニューロパシーによって、痛み・シビレ感・感覚過敏・感覚鈍麻・脱力感・筋緊・筋力低下・筋萎縮・麻痺などをきたす。

機械的圧迫刺激なので、Aβ→Aγ→C線維の順番に機能停止し、末梢神経分布領域の知覚低下が出現するとともに、ビリビリ、ジンジンといった異常知覚が出現する。機械的刺激が起こるのは、生理的狭窄部であり、そこを押圧することでビリビリとた電撃感を与えられる部位でもある。経穴と一致する部位も多い。
鍼灸治療では、神経を絞扼している筋の緊張を緩める目的で置針することが多いだろう。

1)上肢の絞扼性神経障害の代表疾患と代表穴
 
前・中斜角筋部→天窓
過外転症候群→雲門
円回内筋症候群→孔最 
肘部管症候群→小海
回外筋症候群→手三里
手根管症候群→労宮

2)下肢の絞扼性神経障害の代表疾患と代表穴
  
梨状筋症候群→坐骨神経ブロック点(=中国流環跳)
外側大腿皮神経痛→維道
ハンター管症候群→陰包
鵞足炎→鵞足部(陰陵泉移動穴)
総腓骨神経絞扼障害→陽陵泉
足根管症候群→照海


4.神経根症

1)神経根症でのシビレ
神経根症では脊髄神経根部の知覚線維と運動線維の両方が機械的圧迫を受ける。これにり神経根周囲の筋が緊張し、デルマトームに従った痛みと知覚低下が出現する。なおこ時の知覚低下は、ジンジン・ピリピリするような異常知覚とは異なり、知覚鈍麻になる。

2)好発する神経根症の部位
頸椎での神経根症は、頸椎椎間板ヘルニアによるものが多く、障害を受ける神経根は、5~Th1の高さのデルマトームに痛みと知覚鈍麻が出現する。腰椎での神経根症は、4~S1のデルマトーム(L5、S1が大多数)に痛みと知覚鈍麻が出現する。
     
3)神経根症の本治治療点の考察と問題点
症状から侵されたデルマトームが分かるので、障害神経根も推定できる。基本的に障害経根に刺針するのが本治治療になる。かし神経根刺針は腰椎の場合、L4神経根刺針はきても、L5やS1神経根刺針は腸骨の裏にあるので実施困難である。それに加え鍼灸ではX線透視下で神経根刺針を行うわけにいかないので、本当に神経根に鍼先が入ってるかどうかは分からないことである。
 
針治療でできることは、実際上は神経根周囲刺針だったり、腕神経叢、腰神経叢の筋膜への刺針だったりするだろう。しかしこうした不確かな刺針でも、神経根近くに鍼先もっていくと、上肢や下肢の症状部に放散痛を与えることができる場合が多い。

筋膜注射で有名な木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、筋膜の重積のようだとい見方をした。「L5の根症状がある場合は、大抵L5/S1椎間関節tの上か下のギザギザ底部にfasciaの重積が見られ、そこに圧痛が出るという。上下の椎間関節を結ぶ、ギザザの底部の筋膜にに針をもっていき、リリースすると下肢に関連痛が出る。出ない場合はちょっと針先を外側にずらすとよい。そこに造影剤を入れると、たいてい神経根に沿っ広がるという。


4)坐骨神経症状の本治的治療点

腰臀部痛と下肢痛を訴える例では、まず坐骨神経痛を考えるが、これには梨状筋症候群椎間板ヘルニアや変形性腰椎症による神経根症の2つに大別できる。

梨状筋症候群の場合、下肢症状は、末梢神経分布に従った痛み+異常知覚である。腰部経根症の場合、デルマトームに従う痛みと知覚鈍麻である。状筋症候群は梨状筋緊張による坐骨神経絞扼膏薬障害なので、下肢症状は知覚麻ではなくジンジン・ビリビリといった異常知覚になる。鍼灸治療は梨状筋に対して刺するとよい。
 
神経根症には神経根周囲刺針を行う。これは患側上の側腹位にして、L5棘突起の高さ起立筋外縁から腰椎横突起に向けて深刺する。腰方形筋と大腰筋の境界である腰仙筋膜沿って刺針するとこの筋膜刺激による針響、横突起骨膜刺激による針響、神経根の周囲に対する針響などいくつかの要素が重なり、結局下肢症状部への響きが得られることを標にする。神経根症に対する坐骨神経ブロック点への刺針は、下肢症状部への鍼灸と同の対症療法としての価値にある。
 
参考文献:植村研一著「頭痛・めまい・シビレの臨床 病態生理学的アプローチ」医学院(1987年11月15日刊 )

筋伸張位で行う鍼灸治療の生理学的意義

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 熱心に勉強を続けている<奮起奮起の会、針灸実技講習会>会員のS先生から、「伸展時痛というのは、筋の凝りからきているのでしょうか?  」とのメールを頂戴した。このような原理的な学習は鍼灸師の苦手とするところである。私に寄せられた質問の多くは「こういう患者がいて、鍼灸しても改善しません。どうましょうか?」という即物的なものであって、治効原理の質問は珍しい。私は次のように返信メールした。

筋コリは、すなわち筋短縮のことで、短縮した筋を無理に伸張させようとすると、所定の長さまで伸張させるには余計負担がかかることになる。ゆえに回答はイエス。また短縮筋を押圧すれば、コリを触知できる。


治効原理については、一度疑問に思ってそれを解決すべく色々調べてみても、余計に難しくなり混迷の度を増すばかりになることが多い。とくに生理学は抽象的なのでその傾向がある。ところで生理学を学習することは、鍼灸臨床には、どのように役立つのだろうか。筋刺激をより効かせるものにするには、どうすべきか。これらに対する見解を示すことにしたい。


1.筋紡錘と腱紡錘の伸張受容器の相違点

「筋紡錘」「腱紡錘」にはともに伸張受容器で、これは筋肉が、これ以上引っ張られると困るというセンサーである。一方、筋肉に収縮受容器は存在しない(これ以上縮んだら困る!ということはない)。
  
筋紡錘(錘内筋)には運動神経(γ)と感覚神経(Ⅰa)がある。
腱紡錘(ゴルジ体)には感覚神経(Ⅰb)があって運動神経はない。
(腱紡錘に運動神経がないことは、筋紡錘は伸縮するが、腱紡錘は伸縮しないことを示している)

筋紡錘と腱紡錘は発火する閾値に差がある。筋紡錘の方が先に発火する。たとえば足関節の背 屈動作を急な動作で行うと下腿三頭筋が伸張されるが、アキレス腱は伸張されない。アキレス腱伸張させるには、足関節の背屈動作をゆっくりとした動作で徐々に力を入れて行うべきである。

  
2.伸張反射(=深部反射)

1)概念

筋・腱に刺激を与えた際、筋の反射的収縮を起こす仕組みを伸張反射とよぶ。本反射は受容器と効果器が同じ筋内にある単シナプス性(脊髄にあるシナプスを1回経由しただけ)である。急に伸ばされた筋線維は、反射的に収縮する性質がある。原始的な意義は、関節を固定し、姿勢保持する意義がある。

筋が普段から一定レベルに緊張しているのも伸張反射による。たとえば手に持ったバッグをひったくりに持って行かれそうになった際、反射的に手に力を入れてしまう現象が起こる。これはバッグを奪われないようする反射行為だが、生理学的には、急に伸ばされた筋が反射的に収縮した結果、つまり伸張反射に他ならない。

筋が普段から一定レベルに緊張している(これを筋トーヌスとよぶ)のも伸張反射による。
伸張反射の例: 膝蓋腱反射、眼輪筋反射、下顎反射、上腕二頭筋反射、アキレス腱反射など

※屈曲反射(=表在反射):皮膚や粘膜に刺激を与えると、筋の反射的収縮をおこす仕組み。詳細省略

2)α-γループとは

どの程度の伸張反射を起こすかの調節には、α(筋収縮そのものを行う)とγ(筋紡錘の感度を調整)の運動ニューロンが関与している。たとえば精神緊張している際、おもわず手に力が入ることがある。精神緊張していると、腱反射は強く出現しやすい。

状況に適合したγ運動ニューロンの興奮
→筋紡錘の感度が上がる(=γバイアス)
→設定された感度に応じてα運動ニューロンが活発に活動
→筋収縮

3)筋ストレッチとの関係
    
筋をゆっくり伸張させる運動を、筋ストレッチとよぶ。ゆっくり伸ばすのは、伸張反射を防ぐ意味がある。筋を瞬間的に伸ばそうとすると、反射的に筋が収縮してしまう。筋をゆっくり伸ばすことで、筋をストレッチ(=伸張)させる効果、具体的には筋緊張緩和と筋の柔軟性改善、関節可動域拡大、血流改善が期待できる。
   
私の針灸治療で、効かそうとする重要点刺激は、刺針部をストレッチして行う、もしくは運動鍼することにしている。それは、γ運動ニューロンの活動を高めておくことを念頭に置き、伸張反射を活発化させることを重視しているため。


3.Ⅰa制御とⅠb制御

γ運動ニューロンの興奮を鎮めるには、「Ⅰa抑制」または「Ⅰb抑制」を用いる。

1)Ⅰa抑制

①Ⅰa抑制とは

主動作筋が収縮する際は、拮抗筋が弛緩する生理的機序をⅠa抑制とよぶ。これはスムーズな関節運動を行うためのしくみである。別名、相反性抑制または反回抑制。
例)肘屈曲の際、上腕二頭筋が収縮する際には、拮抗筋である上腕三頭筋は弛緩する。

②Ⅰa抑制の生理学的機序
   
目的筋を大きな速度で伸張する
 →筋紡錘が反応してⅠa求心性線維に刺激を送る
 →その刺激が脊髄を通り脊髄にあるα運動線維を介して拮抗筋に抑制的に働く
 →拮抗筋が弛緩。        

③Ⅰa抑制の臨床応用
   
対象筋の拮抗筋を収縮させることが、問題筋の筋緊張を緩めることにつながるケース。

例)腰部筋緊張を緩める。 
拮抗筋である腸腰筋を緊張させる動作をさせる。具体的には仰臥位で大腿挙上させ、腸腰筋を緊張させる動作を指示。治療者は、その運動に抵抗を加える。

例)大腿四頭筋緊張を緩める
拮抗筋であるハムストリング筋を緊張させる動作をさせる。具体的には側臥位で、上になった側の下肢を、膝関節伸展させたまま、股関節を伸展させる。弓を反らすような姿勢にし、セラピストは、その運動に抵抗を加える。

2)Ⅰb抑制

①Ⅰb抑制とは

筋肉の両端部分のスジが他動的に引き伸ばさると、筋は反射的に弛緩する。これをⅠb抑制とよぶ。Ⅰb抑制は、筋肉の収縮や外力によって急激に引き伸ばされ筋が断裂するのを防ぐための防御機能である。「腱」紡錘による自筋(目的筋)の抑制。
例)腱反射:腱を筋が弛緩した状態で軽く伸ばしハンマーで叩くと、筋は一瞬遅れて不随意に収縮した後、弛緩する。筋が弛緩するのは、筋断裂を回避するための防御反応である。

②Ⅰb抑制の生理的機序

筋をゆっくりと大きく伸張する
→腱紡錘(=ゴルジ腱器官)腱紡錘が伸ばされてⅠb線維に刺激を送る
→その刺激が脊髄を通りγ線維を介して伸張した筋に抑制的に働き、筋が弛緩する。

※Ⅰa抑制は、目的筋を大きな速度で伸張することでスイッチが入る。これに対して、Ⅰb抑制の起こる閾値が高く鈍感なので、Ⅰa抑制が働かないように、静かにゆっくりした動作が必要である。

③Ⅰb抑制の臨床応用  

「腱」紡錘は自筋(目的筋)を抑制する。

例)下腿三頭筋痛では、アキレス腱のばし
スタティックストレッチ(反動をつけず、ゆっくり引き伸ばして行うストレッチ。ストレッチ作用は弱いが安全性が高い)

例)膝OAの痛みでは、大腿直筋緊張を緩める
大腿直筋緊張を緩めるには、単に四頭筋上の筋硬結部に刺針するのではなく、仰臥位で膝関節屈曲させ、四頭筋緊張させる→その状態で膝蓋骨の大腿四頭筋停止部の圧痛(鶴頂あたり)を探って手技針すると効果的。

例)腰方形筋緊張による腰痛治療 
立位で前屈させて腰方形筋を伸張させる。その状態で腰方形筋の腸骨稜停止部の圧痛に手技針または運動針。   

 

 

 

ひょうその灸の速効自験例

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1.瘭疽(ひょうそ)とは

手足の爪周囲におこる急性の細菌性爪囲炎(bacterial paronychia)。爪傍と指腹が発赤腫脹し、激痛を起こす。
指腹部の脂肪組織は、物をつまむときの安定性を高めるために線維性の隔壁で仕切られており、そこに感染が起きると内圧の上昇によって、端知覚神経が圧迫され痛みを発する。とくに化膿するとより内圧の上昇が起こるので痛みは非常に強くなる。

治療は通常は抗生物質内服だが、重症の場合には爪切開で排膿させることになりかねず、それを思うと患者は恐怖だろう。


2.瘭疽の自験例(67歳、男)

4~5日前から左母指の爪甲根部内側にさかむけができ、指先でさかむけを剥こうとしたが痛くて中止した。昨日夕刻からさかむけ部分と、その付近の爪元に持続性の痛みを感じ、
母指腹を押圧しても痛みを感じる状態。昨夜は痛くて十分眠れなかった。瘭疽(ひょうそ)である。

翌朝、痛む部分には腫脹・発赤があった。ボールペンの先で圧痛点を探してみると下の写真3カ所に強い圧痛を発見した。ここに小灸をすえようと思った。
 


もう30年以上前のことになるが、足母趾爪と指腹奥全体が痛んだ瘭疽ができ、数日間痛み続け歩行も難儀になったことがあり、入江靖著「灸治療夜話」にあった瘭疽の深谷灸法をしたことがあった。するとその直後から痛み半減し、数日で治癒した経験があった。ひょうその灸の効果に驚いたものだった。


爪部分の灸点に、ゴマ灸をてみると、1壮目から熱さを心地よい感じ、2壮目からはさらに熱く感じ、3壮を終えると我慢できぬ熱さに。結局計3壮実施。
また爪甲根部右の少商穴あたりの圧痛点と母指腹橈側圧痛点に、ゴマ大灸をしてみると1壮目から我慢できないほどの熱さになったので各々1壮とした。行い、治療直後、持続性の痛み半減し、局所押圧時の圧痛は2~3割減となった。半日経た現在、自発痛ほぼ消失し、局所押圧時の圧痛も5割以下となった。翌日の夜には、自発痛と圧痛ともに消失した。結局、灸したのは一回だけ。

灸の適応症は数ある中でも、本疾患に対しては確実に大きな効果をもたらすことが多い。医者が知ったら、さぞ驚くことだろう。


3.瘭疽の深谷灸法

患部の指爪を横に3等分し、上 1/3の処にできる線の中央に施灸。半米粒大の灸を多壮する。悪ければ熱さを感じない。熱さを感じるまで施灸。1日2回朝夕施灸、1壮目で熱く感じるまで継続する。なおこの治療法は、爪水虫にも効果があるという。

 

 

 

 

車酔い予防に足母指爪中央の灸

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前回報告の<ひょうその灸>で、爪の上に施灸した。爪上に灸をするという治療は、玉川病院症例報告回で昭和57年に乗物酔いに母指爪中央の灸が効いたという報告をしている。ここに転記する。


タイトル:車酔い予防に足母指爪中央の灸

1.症例報告(抄)

66歳、女性。普段から健康管理目的で毎月1回来院している患者。ある日電話があり、「5日後から二泊三日のバス旅行をするので、車酔いの灸を教えて欲しい」とのこと。そこで旅行三日前から毎日一回、両足母指爪中央に米粒大灸を熱く感じるまですえるよう伝えた。後日来院時、その効果を聞けば、「行きのバスは酔わなかったが帰りは酔った。モグサをバッグに入れ忘れたので、帰りのバスに乗る時に宿で灸をできなかった」と返答した。
この患者はその一ヶ月半後にも二泊三日のバス旅行をした。「前回の教訓を生かし、今度は行きも帰りもバスに乗る前に灸をしたので酔わなかった」「これまでは朝食に玉子を食べると必ず酔うので遠慮して食べなかったが、灸すると絶対に酔わないことがわかったので、2回目の旅行の時は安心して三個食べた」と喜んでいた。


2.コメント

医道の日本誌鍼灸治療室(43)車酔い(1980年12月号)に、往年のわが国を代表する四人の治療家が自分の治療を解説している。母趾爪中央の灸のことは清水完治氏の発表で知った。首藤伝明氏氏は築賓近くの圧痛部の皮内鍼で車酔いをほぼ予防できるという。
深谷伊三郎氏は中厲兌(足第二指の爪甲根部外側に厲兌をとり、その内側)の灸がよいという話なので試したが、一向に効かず赤面したと述べている。池田政一氏は、足臨泣・丘墟・陽輔などへの皮内鍼を推奨している。ちなみに代田文誌氏は、厲兌の灸を推している。
例によって様々な意見となったが、興味深いことは全員下腿~足に、灸または皮内鍼といった皮膚刺激を行っているという共通点がみられる。
 
これらの報告からなぜ私は母趾中央の灸を選んだのかといえば、電話でも取穴位置を説明でき、爪の上への灸なので灸痕も残らないだろうと思ったからである。

平衡感覚は内耳や眼からの情報に加え、深部知覚障害(筋紡錘や腱紡錘)が前庭で統合され、正常に機能している。しかしメマイ時には深部知覚の障害も生じており、筋紡錘や腱紡錘に刺激介入することで深部知覚情報も正常に前庭に送り込まれるのではないかと考えた。

内容紹介と註釈

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代田文彦先生の死去後、遺品整理の際、夫人が私に本や雑誌記事を下さった。その中には、<澤田先生講演>とする澤田健の講演記録のコピーがあった。澤田健については代田文誌氏の著書から、ある程度知ることができるものの、本人がじかに記したものは「三焦論」以外、残っていない。

澤田健は、どのような考え方をするのか知りたく、内容を検討してみたが初めて知る知識が多く、非常に難しかった。ことが非常に多かった。「上記(うえつぶみ)」「易」「除算九九」などがその例だが、その理解には、それぞれに基礎知識をもっていないと難儀する。とにかく私なりにできる部分から註釈を加えた。なお全8ページ中、「五運六氣」と鍼灸臨床の関わりに関する内容が2ページ続くが、難解なので本稿では省略した。

タイトル:澤田先生講演(昭和11年8月6日 京都祇園中村楼に於いて)東邦医学社

澤田健(1877-1938)享年62歳。澤田59歳の時の講演内容で、速記者による筆起こし文を代田文誌が校正し、さらに澤田が点検した。

 

1.「うえつふみ」にみる鍼灸具の起源

註釈)「うえつふみ」とは何か
うえつふみは漢字で上記と書く。1837年に豊後国(現在の大分県)で発見された。豊国文字(日本語のアイウエオに対応した象形文字)で書かれている。古事記や日本書紀以前の文章とされ、神武天皇以前の歴史や、天文学、暦学、医学、農業・漁業・冶金等の産業技術、民話、民俗等についての記事を含む博物誌的な内容。しかしこんにちでは研究者間で偽書とみなされている。

 

灸の起源は「アツモノ」と記されている。上代にはハリのことを砭石(へんせき)  といい、陽奇石を材料とした。この石を雪の上に置くと、すぐ雪が溶けてしまうことから陽奇石との名称がつけられた。「子なき女これを抱けば子を孕む」とあり、この石は体を温める作用があるとした。陽奇石は幅3寸以上長さ8寸ばかりで、薄く裂ける性質があり、これを砥石で磨いてハリとして使った。

註釈)砭石とは石ハリのことで、押(砭)さえて刺すことからこの名がついた。現代では皮膚切開のメスに相当するとされている。これに対して鍼は金属製のハリで、石ハリとは異なり深く刺すという用途がある。
陽奇石は身体を温めるのに使われたとする記録はある。セラミックを熱すると遠赤外線を放出されるのと同様な物質らしい。ただし陽奇石を材料に鍼を作ったとする見解は独自。

 

2.「一より二を生じ、二より三を生じ、三万物を生ず」
註釈:上は『老子』の一節に出てくる文章。無という『道』が有という一(元の氣)を生み出し、一が天地という二つのものを生み出し、二つ陰陽の氣が加わって三を生み出し、三つのものが万物を生み出すというもの。しかしこれでは理解できないので、一次元、二次元、三次元をさすと考え、この世の中の物すべては三次元であると説明する捉え方もある。


3.上の表現を数理に直していいかえると、「二一天作の五、二進の一十、三一三十の一」これが万物の起こり元になっている。  
註釈:現代では小学校教育で積算の九九を記憶させられる。しかし明治初期の教育では、積算はもちろんのこと割算九九を記憶させられた。ソロバンのコマの移動に便利なように、独特の言い回しで記憶させられた。

 

1)「二一天作の五」とは10÷2=5のこと。転じて物を半分ずつに分けること。太極が二つに別れて陰陽となり、陰陽が別れて五行となる。日月は陰陽、五行は木火土金水。
2)「二進の一十」とは2÷2=1のこと。陰陽合して元の一に還元すること。
3)「三一三十の一」とは10÷3=3余り1のこと。天地循環の無限の生命を表わすもので、一を三で割っても割り切れず永遠に一が残る。この割り切れないところが無限の生命である。

 

4.経穴と經絡について
澤田の真骨頂が示されていると思われるが、独自性が強い。

1)一陰とは中脘のこと。中脘に灸すえると身柱・脊中(Th11棘突起下)・腰兪(仙骨裂孔の中央陥凹部)に響いて真っ赤になることから、これら三穴を三色という。

2)中脘と脊中とは、真っ直ぐに裏表になっており、普通の健康体でも中脘に灸をすると脊中が真っ赤になる。脊中に灸をするとこの逆になるので、脊中は禁灸穴となている。背中で灸をしていけないのは脊中穴のみ。

3)一元両岐三大四霊五柱および澤田流一行
督脈を一陽の一元とし、左右に別れて脊柱一行となる。即ち一元が両岐に分かれて、それが二行に分かれ三行に分かれる。これを三大(=三区分)という。

四霊(澤田造語)とは、左右の大巨・滑肉門の四穴で、五柱(澤田造語)とは上中下の三脘と粱門の五穴をいう。この五柱は脊(=脊柱)にもあって、臍中心にもある。

 

そしてこの五柱のうちにまた三大(=三区分)があって、中脘を中心とし腎経・胃経・脾経の三つをいう。この五柱は呼吸困難、喘息の発作等に非常に効くことがある。
脊(=脊柱)の三大(=三区分)でもって病の時期がわかる。一行が初期、二行が二期、三行が三期になる。 脊の一行を見ると、熱を出している臓腑がわかる。肝兪の一行であれば肝の熱、心兪の一行であれば心の熱といった具合である。
註釈)背部一行とは、背部督脈の5分外方の線をいう。背部二行とは外方1.5寸、背部三行とは外方3寸をいう。急性熱には一行を使う。ストレスがあれば肝兪一行を刺激し、舌先が赤くなり熱があれば心兪一行を刺すなど。

 

4)中焦

中焦とは中脘を意味しており、上脘中脘下脘の三脘が三焦にひびく。この三という数字は、前述したように無限の生命を意味している。上脘は胸から上の方にひびく、すなわち上焦にひびく。下脘は臍から下の方にひびくすなわち下焦にひびく。
その中脘に灸をすえると、前述したように脊中が真っ赤になる。

 

5)三原氣論 

腎臓というものは、難經六十六難にも「腎間の動氣は人の生命十二経の根なり」とあって、また「三焦は元氣の別便なり」ともある。腎臓を先天の元氣、脾臓を後天の原氣、三焦を元氣の別便といって、この三元氣がつどって人間の一元氣となる。
五臓六腑の病氣はことごとくみな膀胱経の兪穴に現れ、これを治すもまた、その兪穴によるものであって、すべての病氣は膀胱に関係をもっている。その膀胱は腎の所属である。だからすべの病氣は筋を根本として見てゆかねばならない。ゆえに澤田流では腎に重きを置いている。
註釈)「三原氣論」とは、先天の原氣系は腎、後天の原氣系は脾、原氣の別使系は三焦であると考えた理論。三焦が五臓を巡っていると考える点で澤田流太極療法独特のもの。
血が回ると、手足が温かくなるとの素朴な観察から考えたものだろうか。

 

6)寒と熱

人の身体で、一方に熱というものがあれば一方には寒がなければならない。頭に熱があれば、足には熱がない。これを逆上という。「頭寒足熱」といった言葉通り、陽は下り陰は上る。陰は上って頭の方に行って手に抜ける。熱は足へ下りていって足から抜ける。
陰陽和合を欠く時に熱が起こる。すなわち寒氣を追い散らすために熱の方が高くなる。これが発熱する理由である。
西洋の医者は、熱を恐れているが、東洋の方では「傷寒論」があるくらいなもので、寒の方を恐れる。

註釈)代田文彦氏は次のように語った。発熱とは、免疫機能を高める目的で延髄の体温中枢が示した設定体温が高まった状態である。身体はこの設定温度にまで体温を上昇させようとするが、その目標温度に実体温が達していない場合、悪寒を感じる。頸や肩こりがあって延髄の血流低下がある場合、延髄の設定温度に狂いが生じて発熱を生じていることもあって、頸肩のコリの改善目的で風門や大椎への多壮灸(20~30壮)を行うことが発熱に対する鍼灸治療になる場合がある。もう一つの方法として解表法がある。交感神経緊張状態により皮膚の腠理(汗腺)が閉じていていては発汗による解熱はできない。このような状況では発汗法として、人体で最も汗のかきやすい部とされる肩甲上部~肩甲間部の領域に、速刺速抜を行なう。これは葛根湯液服用による発汗と同じような意味になる。

 

7)肝と病氣の進展

病氣は肝隔(=肝臓と横隔膜)の間に起こって肝隔の間に収まるので、全ての病氣は肝臓が始まりになる。肝臓と膈の間が八椎(=Th8棘突起下外方1.5寸)で、ここは病氣の始まる処で収まる処でもある。そこから内臓に這い入ってくる。
膈兪の真ん中へ鍼をうつと、期門にひびく。肝兪にうつと章門にひびく。脾兪にうつと京門にひびく。膈兪に鍼をうつと、どう響くかは非常に難しく、わずかな違いにより上にも行けば下にも行き、横にも行く。そしてへんてこな灸をすえたような熱く感じる部位もある。こういう不思議は響きかたをするのは膈兪だけである。
病は膈兪から入って期門に出て、期門から肝臓に入る。それから肝臓に病が入ると肝兪へ出る。肝兪から章門に出て、章門から脾臓に入る。脾臓から脾兪に出て、脾兪から京門に出る。ここがひどく響く処。京門へ出ると腎臓が弱くなる、この腎臓から逆に上に行くと、心臓にゆき心兪にあらわれ、しまいには肺に入る。肺は終点である。
註釈)膈兪刺針は横隔膜刺激となる。横隔膜は体性神経が入るので針響を与えやすい。

肝臓は病氣の始まりに関係する。肝臓は魂を主どるところで、これは何事も几帳面に行わなければならぬという性質をもっている。これに対して魄は雑念の多いのを主どるので、
魄は肺に属する。
註釈)魂魄:道教における霊についての概念。魂は精神を支える気、魄は肉体を支える気を指す。魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰すと考えられていた。


8)肺と病の進展

風邪は肺から風門に出て、風門の一行から膈の兪に下り、膈から内臓に、這い入ってくる。
膈の一行のところには代田文誌の説明によると交感神経の内臓にいく太い自律神経(=腹腔神経節)があるとのことで、これで謎が解けた。
寒くなると肺結核患者が多くなる。では結核菌とは何かといえば、カビで人間の血の巡りの悪いところにカビがはえる。日光に照らせばカビなんかきれいに消える。フランスの細菌学者アランジー博士も同様のことを云っている。結核菌は病氣をつくるものではなく、繁殖の適当な範囲において繁殖するものである、と。

 

9)三焦と陽池の灸

心臓病のとき、それを治そうとすれば三焦を納めなければならない。澤田流太極療法基本穴で、左の手の陽池に灸をすえるということは、この三焦を納めるためで、陽池は三焦の原である。天の氣は初めは肺に受けて中焦に起こる。天の氣を吸わなければ人間は決して長生きできない。天の氣を受けての最初の人間の動きは、まず中焦に起こる。肺で呼吸し、そこから經絡に合わせるのだが、その源との連絡は方法は、源である発電所の方が誤っていては何もならないから、まず陽池と中脘に灸をすえて三焦の調節をとる。そうすると丹田(=関元)に力が入ってくる。氣海は腎の所属で腎間の動の発するところであり、天の氣を三焦のうちの中脘に受け、それが氣海に入って動くのである。氣は三焦に属し、動は腎に属する・動氣相求むる
註釈)「動氣相求むる」とは、正しくは「同氣相求むる」という。同じ性質を持つ者はお互いに求めあうと言う意味です。『易経』の一節。

三焦については、フランスのスリエド・モラン氏が研究し、三つの熱源地として想像していたが、澤田が送った三谷先生の「解体発蒙」をみて、モラン氏は想像してたことが解剖上に実証されているのを見出し、非常に嬉しかったと聞いた。
註釈)「解体発蒙」は三谷公器著(1775-1823)による。オラン大学の解剖知識と『内経』の機能・整理額的知識の一致・折衷をめざした著作。石坂宗哲らに影響を与えた。
澤田腱が入手し1930年に復刻し、その際に「三焦論」を付した。「三焦論」は澤田唯一の著作。

 

10)精神を納める灸穴

氣海より脳にのぼる。脳は上丹田である。精神は脳にあるというが、精神を納めるのは氣海丹田である。
陰は上り陽は下るというが、頭の重い時は陰が上れないからで、そんな場合に氣海に灸をすえてごらんなさい。すぐに頭がスーッと軽くなる。
病氣というのは精神が納まらないからであって、その精神を納めるには陽池・中脘・ 氣海の三穴に灸すればよろしい。

 

11)熱府と寒府

熱府は風門で、寒府は膝の陽關(膝蓋骨上縁の高さで大腿外側の腸脛靭帯のすぐ後ろ)をいう。熱府と寒府は、外から侵入した寒氣を去ることができる。司天の寒氣は風門でとれ、在泉の寒氣は膝の陽關(=寒府ともいう)でとれる。
内臓の熱を去るには岐伯のいう「臓腑の熱をとるには五あり。五の兪の内の五の十を刺す」とある。これは脊柱の兪穴の一行のことで、これによって内臓の熱を診て、またそれを去ることができる。
  
註釈)司天・在泉:五運六氣の用語。天の気が司天で、地の気が在泉。一年間を六つに分けて一番暑い60日間(≒夏季)を司天、一番寒い60日間を在泉(≒冬季)としている。

頸動脈洞刺の意義 ver.1.1

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1.頸動脈洞刺

※代田文誌は、洞刺は「どうし」ではなく、「とうし」と読ませた。

1)洞刺(とうし)の開発
昭和17年、中山(千葉大医学部教授)らは頸動脈球摘出術を施し、この手術が特発性壊疽、喘息、高血圧、狭心症等に著効あることを発表した。代田文誌は、この発表をヒントに、昭和22年頃から頸動脈洞を針で刺激する方法(=洞刺)を考案した。ある肺結核患者の訴える呼吸困難・極度の不整脈・高熱に対して洞刺を行ってみると卓効を得た。またある胆石疝痛患者の痛みに対して洞刺を行うと即時に鎮静効果を得た、というエピソードが洞刺の始まりである。


2)洞刺の方法
①仰臥位にして、頸を過伸展させる肢位にする。喉頭隆起の高さで胸鎖乳突筋の内縁にある頸動脈の最大拍動部(人迎穴)を取穴。
②寸6~寸3の2番針程度の針で、拍動部からゆっくりと少しずつ直刺する。5分~1寸ほどの深度で頸動脈血管壁に針先を当てる。なお当たったか否かは、少し刺入しては術者の両手を針から離し、針の動きを見る。脈拍に一致した針柄の動きが観察できれば正解。そのまま7秒~数分間(病態により異なる)置針した後、抜針する。


2.洞刺の意義
代田文誌先生の記す適応症を個々に考察する。

1)圧受容体刺激による血圧降下作用

頸動脈洞には血圧の上昇を感知する圧受容体がある。血圧上昇すると頸動脈血管が拡張する。この反応を舌咽神経が捉え、延髄の血管運動中枢に信号を送る。すると血管運動中枢は迷走神経に信号を送り、血管拡張させ、血圧降下が起こるという仕組みになる。したがって洞刺は、高血圧時に血圧を下げる目的で行う適応が生まれる。しかしながら、この血圧降下は、正常血圧者では10~20㎜Hg程度(最高血圧150㎜Hgであれば時に50㎜Hg降下することもあるという)に過ぎず、反応は一過性である。洞刺が開発されたのは今から70年以上前の話であって、現代では効果的で安全で安価な降圧剤が広く普及しているので、高血圧の治療としての洞刺は適切な治療とは言い難い。
なお血圧降下目的で行う洞刺の置針時間は左右とも7~10秒程度にするべきで、長時間の置針は人によっては血圧降下し過ぎる危険がある。

2)化学受容器刺激による気管支拡張作用

気管支喘息発作に洞刺を行えば、喘鳴が改善し呼吸が楽になると代田文誌は記し、実際にも有力な手段であることは確からしいが、この機序はよく分かっていない。滝島任ほか著:気管支喘息の鍼治療 気道抵抗連続側的による評価(日本医事新報 昭和54.12.29)によれば、「頸動脈洞には迷走神経からの線維を受け取っているので、迷走神経の鎮静化が治効を生むのであろう」と述べるに留まっている。

周知のように頸動脈洞部には、頸動脈洞とは別に頸動脈小体とよばれる直径1~2㎜の組織がある。これは血中酸素分圧の低下を感知する化学的受容器である。酸素分圧低下という信号は、舌咽神経により延髄の呼吸中枢に伝達される。呼吸中枢は、迷走神経興奮を弛めるよう命令が出され、これにより気管を広げるようになる。鍼で頸動脈洞を刺激すると舌咽神経が刺激されるが、これを中枢は頸動脈小体からの刺激だと誤認するので、呼吸中枢は血中酸素を増やすために、迷走神経に気管支拡張命令を送るのではないだろうか?

洞刺は気管支喘息発作時の鎮静に用いられるのだが、鍼灸治療院に来院することは喘息発作時には困難である。また現代の喘息治療は必要十分な量のステロイド剤吸入であって、発作に至る前に処置することになる。一方入院レベルの重度気管支喘息(肺性心)患者には、ほとんど洞刺の効果がないという事実がある。すなわち施術する機会は非常に限られるものになる。

3)舌咽神経痛の鎮痛

舌咽神経は、下根部~咽頭、外耳道、鼓膜を知覚支配しているので、洞刺によりこれらに鎮痛効果をもたらすことが知れる。代表疾患は扁桃炎。
速効しない場合には、人迎部に3㎜皮内針を皮下鍼的に下から上へ斜刺し固定する。おおむね24時間以内に扁桃炎症状は完全に治まる(渡辺実:扁桃炎・口内炎の簡易療法 医道の日本 昭58.8)という。

4)亜急性リウマチの鎮痛

代田文誌のいう「亜急性リウマチ」という言葉が、現在では何を意味するか不明であるが、慢性関節リウマチやリウマチ熱とは異なるようだ。
RAの四肢痛に対する洞刺は、ほとんど鎮痛効果がない印象を受ける。

ただし私は過去28年の臨床中、興味深い症例を2回経験した。数週間来、四肢の多関節痛を訴えて苦しんではいるが、訴える関節部にはまるで圧痛を始めとする炎症所見がないケースであり、ともに1回の洞刺で症状消失したのだった。このことを代田文彦先生に報告すると、結合織炎ではないか?との一言だった。もっと詳細にお聴きすべきだったと後悔している。

慢性関節リウマチの疼痛や関節変形は、昔から医療における難題だった。数年間痛みをとればよいだけなら麻薬を使う手もあるが、本疾患は基本的には命にかかわる疾患ではないのでそうはいかない。かつて薬はできるだけ使わず様子をみて、改善しなければ消炎鎮痛剤、次いで抗リウマチ薬、悪化すれ強力な抗炎症薬であるステロイド薬を使った。「強い薬には強い副作用がある」との考えがあったためだが1990年頃からRAは発症後の最初の2年間で、骨破壊が進行することがわかり、薬物の使い方に変化した。 

身体の中でリウマチを悪化させるタンパク質あることは知られていて、そのタンパク質の作用と症状を抑えて関節の破壊を食い止めるリウマチ薬がいくつも開発され普及した。初期にはメトトレキサートなどの免疫抑制剤など強い薬を使い、それで効果不足であれば生物学的製剤のエンブレルやレミケードも併用して関節の変形や機能低下を防ぐようになった。
ある病院のデータでは、2000年頃の慢性関節リウマチの寛解率は8%だったが、2014年に50%に達した。 

※抗リウマチ薬:1990年代。代表はメトトレキサート(商品名リウマトレックス)で第一選択薬(免疫抑制剤)になる。関節リウマチを起こす免疫異常に作用し、病気の進行を抑える。痛みを直接抑えるのではなく、関節の軟骨や骨破壊を抑えることで、関節の痛みや腫脹が軽くなり、関節痛が改善される。 

生物学的製剤:2000年代。関節破壊に直接関わる物質(炎症性サイトカインTNFαなど)や細胞の活性を抑える。生物学的製剤は一般に高価。副作用は感染症に脆弱。レミケード(点滴注射)・エンブレル(皮下注射)・シンポニー(皮下注射)  

※生物学的製剤:バイオテクノロジーにより、生物がつくりだすタンパク質などから生成された(従来薬は、化学的に合成されたもの)。細胞から分泌される蛋白質の一つにサイトカインがる。これは他の細胞に情報を伝える働きをもつ物質だが、リウマチ患者ではサイトカインの働きが過剰になってリウマチが悪化する。生物学的製剤には、このサイトカインの作用を抑える薬やリンパ球の活性化を抑える薬がある。副作用は易感染。
最新薬はシンポニーで4週間に1度の皮下注射となるが、3割負担で1回4~7万円弱(2019年)かかる。

 

5)胃痙攣・胆石疝痛

胃痙攣は、現代でいう胆石疝痛に相当するとされる。胆石疝痛の痛みは、尿路結石と同じように迷走神経過剰興奮による中腔器官痙攣によるもので、体幹症状部に交感神経刺激目的の強刺激の針灸をすれば鎮痛するのが普通である。
洞刺激→舌咽神経→中枢→交感神経緊張作用という機序が作用するのであろう。

開業針灸にとって胆石疝痛はあまり縁のない症状だろうが、本症に緊急入院した患者に対し、側臥位にて魂門(肝兪外方1.5寸)に起立筋深層筋膜に向けて斜刺すると、数分後に鎮痛できた経験がある。なおこのことを患者担当医師に報告すると、ほとんど興味を示さなかった。痛みをとるだけなら非ステロイド系消炎鎮痛剤を使えばよいことを知っていたからだろう。内臓痙攣痛に使うブスコパンではなく、ボルタレン等の消炎鎮痛剤が適応になることをもって、鍼灸が胆石疝痛にも効果あることを推定でき得る。



道教での人体の捉え方と経穴名

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人体を小宇宙とみなした道教の教えは、宇宙同様に人間内部にも無数の神が存在すると考えた。信ずれば救われるという大乗思想とは異なり、自らの修行(=道士)により、「神」を増大させて不死を得ようとする小乗思想が道教である。この修行は大変厳しいものだったので、楽に「神」を手に入れるかの方法も考案された。それが霊薬(丹薬=硫化水銀)を服用することだったが、結局霊薬中毒者が多発する悲劇を招いた。

※丹薬については、以下の私のブログ参照のこと。
2020.3.7「道教によって影響を受けた古代中国の生命観 ver1.7」

道教は不死の思想であるため、人間の身体のしくみについても記している。その中には鍼灸で使われる、馴染のあるツボの名前が多数出てきて思わず嬉しくなるが、そのツボ名の考え方は道教特有のものなので、鍼灸臨床に応用できないし、当時の医学的生理を理解する上でも、あまり役立たない。なぜならそのツボ名は、人体内の特定部位に住む神の名前をさしているからである。ただし道教での宇宙観た人間観を俯瞰するには興味深いものといえよう。道教の中で、これらのツボがどのように記されているかを見ていく。


1.人体内部にある神々のなかでも、もっとも重要なのが、生命の中枢である三つの丹田である。第一の丹田は脳(泥丸宮)、第二は心(絳宮)、第三は臍下(下丹田)で、それぞれ脳・胸・腹の司令部に相当する。三つの丹田の入口を明堂とよび、それぞれ眉間・気管・脾臓だとしている。
(註釈)泥沼宮とは、脳深部にある松果体をさす。かつて松果体は額中央表層にあり、第三の目として第六感的なような役割を果たしたとされている。脳味噌を泥沼と呼んだのは、昔の中国人はドロドロにくっついた内臓という認識だったからであろう。
明堂とは、中国周代、天子が諸侯を会して、政治を行なった殿堂の名称。神庭穴(額髪際の上1寸入ったところ)は明堂の別称。明堂は朝廷とも称するが、これは天子が早朝から仕事を開始したことに由来する。

  ※松果体については以下の私のブログ参照のこと。
2020.11.21 「睡眠のトレビアver1.1」

※漫画家「手塚治虫」は三つ目族の子孫で中学二年の写楽保介を主人公とする<三つ目がとおる>を描いた。普段は額におおきなバンソウコウを貼っている少年だが、バンソウコウをはがすと、その下から第三の目が現れ、恐ろしい超能力を発揮する。
ある時、写楽は修学旅行で明日香村を訪れた。仲間と散々悪ふざけをしたので、寺の和尚にバンソウコウを剥がされてしまった。すると超能力を発揮し、寺の二面石を割り、中に刻まれた秘薬の調合法を知った。写楽は明日香村の遺跡「酒船石」に刻まれた溝を利用して、秘薬の薬を調合しようとした。 (『三つ目がとおる』「酒船石奇談」より)

この酒船石は、円形の凹所に液体を溜め、細い溝に流したらしい。酒の醸造に使用されたという説から、とりあえず「酒船石」と呼ばれているが、本当は何の用途につくられたのか定説がない。

絳宮(こうきゅう)の絳とは、紅の類義語で深紅の色をさす。心臓が血を動かす重要臓腑だということ。

 

2.道教では、呼吸は単に気が肺に出入りするものだけとは考えていない。
吸気:鼻→心肺→脾→肝腎
呼気:肝腎→脾→心肺→口
息を吸う時、空気は肝・腎より下に気が下りることはない。これは気の関所である関元で止めるからである。ところが道士は気を気管に通すのではなく、消化器官に飲み込むので、関元;關元より下に気を導くことができる。この部が臍下3寸の気の海、「気海」である。道教にみる経穴名
(註釈)
現行経穴学では、気海穴は、臍から恥骨までの長さを5等分し、臍から1.5寸下方に取穴する。
呼吸には胸式と腹式があるが、気をなるべく下方まで導くことを考えると腹式呼吸の方が望ましい。呼吸時の腹の上下振幅における下端位置が気海ということだろう。
なお、膀胱経二行線上の膏肓で、膏の源は鳩尾に出て、肓の源は気海に出るとされるが、これは腹式呼吸時の上下振幅の両端をさしているように思う。

空気を飲み込むと胃がふくれるが腸までふくらすことが難しい。すぐれた道士は吸気で上腹だけでなく下腹までふくらすことができた。


3.息を吸うと気は腎にある精と交わって神になるが、息を吐くと同時に神は消失していまう一時的な存在である。神を維持するには、長時間息を止めておくべきである。道士らは、息を止めておく練習を重ねた。息を長時間止める効果は、気海の神を増大させるだけでなく、気は脊髄を通って上丹田である脳に上行し、次い胸の中丹田を通って口から呼気として出せるようになる。このような新たなルートを開発することで、三丹田の神を増大させる。


4.これら丹田は神に属するのに対し、霊魂は低い地位におかれる存在である。なぜなら死ねば消滅してしまうからである。霊魂は魂と魄に分けられ、魂は肝で、魄は肺で養われる(なお精は腎に、神は心に養われる)。なお魄門と肛門をさす。上の気の出入り口を口鼻とすれば、下はの気の放屁としての出入り口は肛門になる。
(註釈)
魂魄という単語ですぐに連想されるのが、背部膀胱經二行にある魂門(Th9棘突起下外方1.5に肝兪をとり、その外方1.5寸)と魄戸(Th3棘突起下外方1.5寸に肺兪をとり、その外方15寸)なので、これは道教思想と一致している。背部膀胱經一行ラインには臓腑名のついた兪穴が並んでいるが、背部膀胱經二行ラインは臓腑によって養われる霊と関係しているようだ。たとえば脾兪外方1.5寸に意舎、腎兪外方1.5寸に志室、心兪1.5寸に  神堂なども同じである。

参考:
アンリ・マスペロ著「道教」東洋文庫、平凡社、昭和53年刊
吉本昭治:経穴、経穴名、任脈、督兪等の考察(7)、医道の日本、昭和58年3月号 

コメカミ部痛に対する内侠谿の効果

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私が20代後半だった頃に病院で治療していた鍼灸治療報告ファイルが手元にある。今読み返すと興味深く、当時の私は奇経治療に凝っていたこと。頭の症状を足でとるという遠道刺にも興味があったこともわかる。とくに内侠谿(私自身が命名。足背第3中足骨と第4中足骨間の基部)刺針に抜群な効果を感じとっていた。

1.緊張性頭痛に内侠谿置針が効果あった症例

症例1 34歳・男性  指輪加工職。

40年前の症例である。1年ぶりに4日前から理由なく左側頭部~左眼の痛みが出てきた。痛みは一日中、重苦しく続く。吐気・嘔吐なし。この訴えの他に、右申脈穴あたりが痛くなってきた。

診断:陽蹻-督脈証、側頭中心の緊張性頭痛

治療:奇経治療の陽蹻督脈パターンを思いつき申脈・後谿にパルス通電10分実施。これで眼の奥の痛みは改善したが痛みは上の方に移動して今は左側頭~頭頂部が痛むという。そこで左内侠谿に置針5分すると、これらの痛みもなくなった。

 

症例2 50才・男性 会社営業職

一週間前から右こめかみから頭頂・前頭にかけて頭痛する。しめつけられるような痛み。
発症2日後、30℃の熱が出たので風邪かと思い内科受診し、セデスGを処方された。この薬を飲むと一時的に頭痛は消失するが、平熱になり服薬中止するとはやり頭痛がするとのこと。

診断:側頭中心の緊張性頭痛。

治療:内侠谿に置針10分すると症状消失。しかし翌朝には激しい頭痛となりセデス服用したという。もっと強い刺激量が必要なのかと思い、内侠谿と太衝に置針パルス10分、さらに内侠谿に3壮灸した。さらに内侠谿には自宅施灸も指示。以降、頭痛は2~3割程度と軽減している。

 

症例3 53才・男性  会社員(入院中)

自律神経失調症で当病院の内科入院している。ちょっとした拍子に体調が急変する。代田文彦医師は胆嚢ジスキネジーとも診断した。
今回が頭全体がガンガンするという。赤ら顔でのぼせ傾向が強い。眼の痛みは訴えていない。

診断:上衝体質にともなう側頭中心の緊張性頭痛

治療:左右の内侠谿に置針していると、2~3分後から額の痛みがとれてきたというが、頭髪部の痛みはあまり変化しない。やむを得ず局所である頭皮圧痛点に10カ所ほど置針してみると、頭髪部の痛みも軽くなった。しかし今度は後頸部~頭の付けねが、ひきつるように痛むというので、崑崙に置針5分でこの症状も消失した。


 症例4 42歳・男性  トラック運転手

20年間毎日、8時間以上、トラックを運転している。20年ほど前交通事故にあい以来慢性頭痛となった。種々の検査を受けたが診断がつかず、結局交通事故後遺症とされただけだった。医師からもらった内服薬はほとんど効かなかった。
頭痛は一日中存在するが、車を運転していて昼頃には我慢できなくなり、やむを得ず仕事を中断することもある。左右のこめかみから前頭部にかけての重苦しい痛み。とくに左こめかみの痛みが強い。

診断:側頭中心の緊張性頭痛+ムチウチ後遺症

治療:圧痛ある左右の内侠谿に置針。2~3分後に頭痛90%消失。他に風池手技鍼、肝兪置針。灸は内侠谿・肝兪。  翌日再来時には初回治療前と比べて痛み1/2となったとのこと。初回と同治療により痛みほぼ消失。

 

2.内侠谿の臨床応用

1)内侠谿の位置

足背部第3、第4中足骨間の底。内側足底神経枝と外側足底神経枝が合わさる部。モートン病の神経圧迫好発部位である。足背の中足骨間には行間、陥谷、侠谿とツボが並んでいるが、第3・第4指間には正穴がない。そこで私は、この部位を内侠谿と称することにした。
一度、現在来院中の患者全員に足指間の圧痛を調べたことがあったが、4つの指間穴で最も圧痛陽性の頻度が高かったのは、この内侠谿であることが判明した。

2)内侠谿の適応

①コメカミあたりの側頭筋の緊張性頭痛で、強い痛みほど効果を発揮する。内侠谿は、後頭部の緊張性頭痛には効果に乏しい。

②足指間に強い圧痛があれば、内侠谿にこだわらず行間・陥谷・陷谷・侠谿などに刺針することもあるが、最も圧痛が現れやすいのは内侠谿である。置針数分で効果が出る。

③内侠谿刺針のように、頭痛に対して足部を刺激するというのような遠道刺は、上衝傾向(湯船に長くつかりすぎ、のぼせているような状態)の者で側頭や頭頂の皮膚に赤みがある者で、針響を強く感じる者が効果ある印象を受けた。単に鍼を末梢神経に当てて響かせるというのではなく、末梢動脈壁を刺激し、グロムス機構を介して末梢血管の血流を調節しているというのが治効の考察。

※グロムス機構:
動々脈吻合または動静脈吻合のこと。末梢血管血流は、動脈→小動脈→毛細血管→小静脈→静脈というように巡行するが、手足の末梢には、毛細血管に行く手前で、小動脈→小静脈、あるいは小動脈→別の小動脈へとショートカットする仕組みがあり、これをグロムス機構とよぶ。グロムス機構は全身的で、たとえば寒冷時に右足を湯につけると、間もなく左足も温かくなるだけでなく、手指も温かくなる仕組みがある。

 

尿路結石の疝痛は、側臥位での外志室深刺が効果的なようだ

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病院鍼灸限定の話になるが、尿路結石の疝痛に対する鍼灸は非常に効果がある。そのことについて説明する。

1.尿路結石の概要

尿路とは腎杯、腎盂、尿管、膀胱、尿道に至るまでをさす。尿路結石は腎臓の腎盂で尿の成分の一部が結石を作り、尿路の中に存在している状態で 尿管などにつまると激しい痛みなどをおこす。95%は上部尿路結石(腎杯~尿管)である。尿路結石の成分は、リン酸、炭酸、シュウ酸などがカルシウムなどと固まってできた物質。生活習慣病に合併しやすい。

2.結石疝痛 
  
三主徴は、突然の激痛・血尿・結石排出。なお、ぎっくり腰は運動時痛であるが、尿路結石は安静時でも強く痛む。
 
①腎盂内圧の上昇および尿管壁の急激な伸展刺激のため、突然に排尿困難+腰痛が出現。Th11~L2デルマトーム領域で、片側の腎臓~側腹~下腹部~睾丸あたりの疝痛。
 
②腰神経叢興奮による大腿内側にも放散痛。
   

3.現代西洋医学的治療
 
①尿路結石の保存療法の目的は、結石の自然排出の促進と鎮痛である。直径4ミリ以下の小さな結石であれば、鎮痛剤を使用して尿路の鎮痛・鎮痙されることで、小便とともに自然排石する(60%)
 
②尿路結石疝痛の薬物療法は、一般的な腹痛止めであるブスコパン(抗コリン剤で、鎮痙作用、消化管運動抑制作用)などの鎮痙剤はあまり効果なく、鎮痛剤(しかも強力な)を使うということである。このことは交感神経よりも体性神経性の痛みが中心であることが理解できる。
 
③それ以上の大きな結石では、超音波衝撃波による結石粉砕や、内視鏡手術により結石を摘出する。
 
④8~9割再発するので、再発予防の生活習慣(毎日2ℓの水を飲む)が重要。それでも6割の者が再発してしまう。

 

4.尿路結石の針灸

内科的疾患に対する鍼灸の適応は少ないが、中空器官の痙攣による痛みに針灸は速効する。具体的には尿路結石・胆石痛、痙攣性便秘などである。

尿管の痙攣による激しい痛みは交感神経線維が興奮→交通枝を経由して脊髄経興奮→体壁のTh12~L2デルマトーム領域の関連痛による。体性神経の痛みが激しい場合、L1~L3からなる腰神経叢もつられて興奮してくることがあるのだろう。


  
体性神経性の痛みに鍼灸は効果を発揮する。筆者は側臥位で志室外方に生じた最大押圧部位に深刺して強刺激を与え、体性神経性の痛み(筋々筋膜痛)を緩和させるようにしている。筆者は過去3例に行い、すべて鎮痛できた治験がある。なお外志室への刺針や持続強圧指圧によっても速効する。なお腰部圧痛点に対する皮内針でも効果あると記されている文献もある。

代田文彦医師は、「鎮痛させることが結石排石につながるかどうかは、確認する方法がないので不明だが、感触としては排泄につながるのはないか」と語っている。患者が尿路結石疝痛鎮痛後に、小便をした際、たまに小さな結石が出たのを視認するケースがあり、このような申告を聴けば即、退院となる。

余談:医師になって間もない頃の代田文彦先生が病院当直をしていた夜、尿路結石の患者が運び込まれた。その時、先生はまだこの疾患の薬物治療に不慣れだったので、外志室を強圧して止痛した経験があるという。

 

5.文献

①90%は上部尿路系結石であり、仙痛は結石の部位に関係なく、第3腰椎横突起の高さで 大腰筋外側線近傍に圧痛が出現し、この押圧により速効する。鎮痙・鎮痛剤が無効だった者でも速効 し(有効率100%)、再発率も少ない 疼痛部位も志室外方の側腹部であることが多い。
田中亮「東洋医学の泌尿器.科的疾患の応用」(日本医事新報、昭54.6.23)
 
②針を受けた腎疝痛の患者群は、より速やかに鎮痛効果が始まり、副作用もなく、標準的な鎮痛処置を受けた患者群と同様の疼痛緩和が得られた(Lee 1992)  (Edzard Ernest & Adrian White 山下仁ほか訳「鍼による科学的根拠」医道の日本社 2001.6)

歯周病に対する女膝の灸について ver.1.4

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1.現代の歯周病の診療

1)歯周炎の原因
   
①老化:30才を過ぎれば、誰でも多少は歯周炎は生じている。歯周炎の最大要因は老化。他に、強く咬む習慣など。

②糖尿病:糖尿病では口内の血流も悪くなるので唾液の分泌も減り、歯垢がつきやすくなるで、細菌易感染から歯周病を悪化させやすい。歯周病になると歯周ポケット内の歯垢部細菌を白血球が退治しようと集合する。集まってくるが、この時、白血球が歯周病菌の出す毒素に触れることでTNF―αと呼ばれる物質を放出する。TNF―αには血液中のインスリンの働きを妨げてしまう作用がある。歯周病の治療をすると血糖値も少し改善する。

2)歯周炎の症状

歯肉のむずがゆさ、歯肉縁の発赤と出血、唾液粘稠性の変化、口臭といった症状を生ずる。   
※歯垢(=プラーク)が歯の表面ではなく歯周ポケットにできると細菌にとって格好の住み家となる。
     歯槽膿漏の治療として歯石除去は基本である。歯石とは歯垢が石灰化して固くなったもの。

3)歯科での歯周病の治療と予防
  
①歯磨きブラッシングにより歯肉マッサージをすること。歯ブラシすると血が出るところ、押圧して痛みがあるところを重点的にラッシングする。毎日行うことで、歯茎を引き締め、歯磨き時に出血しにくくなる。歯磨きは、歯周病の原因菌数を減らすことが目的であって、原因菌を完全に消し去ることできず、再発を繰り返しやすい。効果不十分であれば外科処置となる。
  
②歯石を取り除く。歯垢(プラーク)は放置しておくと次第に硬くなり硬い歯石になる。歯を取り除くには、デンタルブラシやデンタルフロス(フロスとは細い糸の集合体)を使い、歯磨きブラシだけではとれない歯間の歯苔を除去する。
  
③糖尿病があれば、その治療を行うことが歯周炎の治療にもなる。


2.歯周病に対する鍼灸治療

1)江戸時代以前の歯科治療方針

①耐え難い歯痛では抜歯

ただし当時は麻酔などなかったから、冷やしたり痛み止めの漢方薬を虫歯に塗布したりして何とか我慢した。どうしても我慢できないほどの痛みは抜歯する他なかった(当然無麻酔で)。ただし徹底的に我慢すると歯や神経が崩壊して痛みはなくなるという。


②歯茎の腫れや出血では歯肉を切って血や膿を出した  

江戸時代の歯槽膿漏の治療法は、腫れた歯肉に鍼を刺し、膿を出す孔を開けることで鎮痛させたという記録がある。孔から膿を逃がすことが治療の一つとして選択された。

江戸時代以前、「おでき」は熱毒が体内にとどまり、外に逃がせない状態と考えられた。外に出すには皮膚に鍼で孔を開けたり打膿灸で膿ませて膿を出すことだった。桜井戸の灸(面疔に合谷の多壮灸)というのは、顔面にできたオデキの毒を合谷から排膿させるという治療原理である。これは桜井戸の灸に限らず、打膿灸の治効原理になる。


③虫歯地蔵への参拝

江戸時代以前には、虫歯の痛みをなくしてもらおうと、虫歯地蔵も各地に建てられた。煎った大豆を供えて平癒を祈ったという。煎ると殻が割れるが、その割れ目から歯中に入った虫を外に外に逃がそうとする願いがあったと思われた。

私は令和3年の5月初旬に、奥多摩にハイキングに出かけたが、旧五日市街道沿いに虫歯地蔵尊を発見して少々驚いた。質素な石仏だった。


 

3.現代の歯科の鍼灸治療

1)歯肉に対する直接刺針

歯周炎に対する現代歯科での治療は、歯石の除去と自宅での歯ブラシでの入念な歯肉マッサージと歯間ブラシの使用であって、現代に至っても特効的な治療方法があるわけでない。歯肉に物理的刺激を与えるという意味で歯肉に対する鍼灸局所治療は、1番針を使い、顔面の口周囲から症状ある歯肉部に刺入。歯肉の血行促進を目的に単刺するか、雀啄により患部に軽く響かせた後、置針するなどの施術を行うのが普通である。

 

 

 

2)歯周炎に対する女膝の灸

①女膝の位置と灸治法
歯周病に対する特効穴としては、女膝(じょしつ)が知られている。女膝は女室と表記することもある。このツボの位置は、アキレス腱停止部にあり、歯茎との関係は不明だが、形が似ているものは何かしらの関係性があるとする東洋医学的整体観から考察すると次のことはいえるだろう。踵骨を後からみると、前歯と似た形をしている。歯は上半分が歯肉から出て、下半分は歯肉に埋まっている。その境界の歯茎から血や膿がでるのが歯槽膿漏ならば、その境界部分こそ患部であり、位置関係を踵骨に当てはめれば、女膝に相当することになるのではないだろうか。

江戸後期の浅井惟亨著『名家灸選』の中に女膝の記載がみられる。現代文に訳すと次の通り。

骨槽風(=歯槽膿漏)を治する法:足の後かかとの赤白肉の際で、女膝とよばれているところ。左右に各50壮灸すると、一ヵ月にして効き目がある。かって歯茎に孔があき、膿血がだらだらとたれていた者を救った経験がある。
 
山本俊男「鍼灸特効穴一発療法」源草社 1999.5)では次のような記載がみられる。
女膝施灸時の体位は、患者を伏臥位にさせ、足関節を最大限に底屈、踵後方にできる皺あたりを指で探ると、踵骨の上際中央付近に小さな凹みがあって、症状を持った患者であれば、顕著な圧痛があるので、ここが灸点になる。毎日10壮ずつ施灸すると炎症が治まってくる。
 
この文章から女膝の位置を推定したのが下図である。伏臥位で足関節を底屈すると、踵骨後部にる凸部やアキレス腱停止部である踵骨隆起が触知しやすくなる。

②女膝の名称

「膝」とは今日でいう膝関節に留まらず、折り畳んだ部分を「襞(ひだ)」とよびどの関節であっても膝とよんだという説が有力である(ネット「語源辞典」より)。女膝穴は足関節部にあるが、ここを膝と呼んでも差し支えない。

歯周病は、女性の方が男性よりもかかりやすい。掛かりやすい。その原因として考えられているのが、プロゲステロンやエストロゲンなどの女性ホルモンである。女性ホルモンには、歯茎の腫れや出血を起こしやすくする性質がある。女性ホルモンの分泌が増えるのは、初潮を迎えた頃や妊娠中で、ホルモンバランスが乱れるという点からは更年期も歯周病にありやすい。特に更年期は、口内での唾液の分泌量が低下して口の中が乾きやすくなるので、歯周病の進行がより一層進みやすくなる。以上のことからとくに「女」膝という名称になったと考察した。

正座のことを女膝ということがあるという。男膝との熟語はないようだが、正座以外の楽な姿勢で座ることだろう。正座姿勢では、足関節は強く底屈している状態なので、女膝穴の取穴に適しているといえるのではないか。


③女膝が水毒を治す

女膝は水毒を治すとされる。歯茎が腫れている状態を浮腫と捉えると、女膝の適応症と考えることもできる。
肩が凝ると歯が浮く感じがする者がいるが、頸肩のコリの治療が歯肉に対する治療に関係する場合がある。この場合は肩井や天柱などに対して鍼灸を行う。しかし頭蓋骨後面と踵骨後面を相似形と考え、天柱の代わりとして崑崙に施術するという考え方もある。崑崙と女膝は非常に近い部位にある。

<コメント> 桂蓮アップルバウム(2020.11.11)初めてコメントします。アメリカ住まいのケイレン・アップルバウムと申します。 女膝について初めて知りました。 それに歯茎との関連性も初めて知って,そう言えば、歯茎に炎症が会った時、 足のアキレス腱辺りが冷たくなり、いくら温めても冷気がしたことがありました。 それで、足の裏のマッサージをしたら気がつかないうちに口内炎も起こらなくなりました。 私はその関連性については全く分からずにすぎてしまいましたが、今この記事を読んで納得しました。 記事を全部読むことを目指して今日から頑張ります。

 

治療中の笑話 Ver.1.7

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  長らく治療に携わっていると、ときには面白い話にぶつかる。思いつくままに紹介する。


1.50才台男

患者:「昔、40才頃の頃、20代の愛人がいましたよ」
私「それは、うらやましいことで‥‥」
患者:「愛人だけど、愛はなかったけどね。」
    「恋人には愛があり、愛人には愛がないか」


2.40才台男性患者

患者「大学でラグビーやっていた頃、足を痛めてベンチにいると、先輩がこう言った」
先輩「おまえは、顏が痛いのか」
患者「いえ、痛いのは足です」
先輩「だったら、痛そうな顔するな」

 同じような話を、以前父親から聞かされた。
私「父が軍隊にいた頃、古年兵が冗談を言い、皆を笑わせた。しかし父だけ笑わなかった。」
  「その時、古年兵が言った。<おかしくて、笑えないのか!>」


3.統合失調症の患者50才台女性 幻聴があるらしい。

先輩鍼灸師Y先生が、私の隣のベッドで、仰臥位で治療している。
患者:突然がばっと上体を起こし、こう言った。
   「神様は、そう、おっしゃいませんでした!」

Y先生はびっくりし、付添の夫は心配そうにし、私は声を立てないように笑った。


4.患者A(70才台女性)と患者B(40才台男性)は親子。

患者Aが友人にこう話したという:「あの先生(私のこと)は商売っ気がないので、貧乏しているらしいよ」
患者B:「先生は、もしかして、お金を汚いと思ってやしませんか?」

5.患者(60才台女性)の夫は、小さな会社の重役で、勤勉で温厚な紳士である。ただし、顔は土方の親方風だった。それでも背広を着るとマシになるが、その日はあいにく作業着姿で、仕事の打ち合わせで、相手方の社員食堂で、待たされていた。

食堂のおばさんが、その夫に、「はいよ」といって、エロ漫画雑誌を手渡した。

‥‥夫は激怒したという。


6.60才台女性

患者:「老化現象のつぎは、階段現象ですか。まるで建築現場ですね」

 

7.50才台 男性 僧侶

僧侶の患者さんの治療が終了し、次に待っていた患者が治療室に入ってきた。その時、僧侶の患者とすれ違った。治療室に入ってきて一言私に言った。

「いまのは、ヤクザですか、それともお坊さんですか?」

 

8.精神科医が患者として来院した。その先生が、こう言った。

「人生の中の出来事で、8割はイヤなことですね」

 

9.玉川病院指導鍼灸スタッフH先生の話

ある時、仰臥位にて痩せた高齢者女性の治療をしていた。知熱灸をしていた時のこと、八分まで燃えた知熱灸を取り除こうとして、誤ってその女性の乳頭をつまんでしまった。

その女性患者は、「ヒーッ」といって、両手を上げたという。

後に我々に、「その人の乳頭は、黒くて燃えた知熱灸の灰と区別がつかなかった」と弁解した。

 

10 ある日、常連の患者に紹介され、近所の歯医者が来院した。首が痛むという。首に針を刺したが、非常に痛がる。針を寸3#0に交換して、細心の注意をはらって浅刺しても痛がる。

一緒にいた常連患者も私も、あきれて言った。「先生、これまで自分が患者にさんざん、痛いことをしてきて、いざ自分の番になると痛がるというのは、おかしくないですか?」

歯医者がこう言った。「痛いのは患者であって、自分は痛くないのだから関係ない」

以来、二度とその歯医者は来なかった。

 

11.代田先生の内科外来時、たまたま患者が途切れた時があった。見学中のK君とO君が、尊敬してやまない代田文彦先生に質問した。

すると代田先生は、目を閉じ、顔をやや上に向けた。熟考している様子だった。

K君とO君は、先生の思考の邪魔にならぬよう、メモ帳を手にしつつ、静かに返事を待っていた。

待つこと少々‥‥ 小さないびきが聞こえた。

 

12.代田文彦先生が病院の当直の日には、我々研修生も一緒に泊まり込む日になっていた。それに先だって、夜8時頃、先生と一緒に全病棟のナースステーションを回診した。代田先生と一緒に歩いていると、研修生は何となく緊張し、沈黙に耐えられなくなる。その折の出来事。

先生に向かって私が言った「今、空きのベッドは、いくつあるでしょうね?」(そう言いながら、なんとつならない質問をしたのかと後悔した)

先生は答えた「そんなこと、知るか!」

 

13.某医学部学生の女性が、浪人時代から当院に来院していた。患者として来院してすでに4年ほど経ち、患者としても、すでにかなり針の通(ツウ)になっていた。その医学部のサークル活動の一つに、東洋医学クラブがあったので、覗いてみたことがあったという。そして次のように私に話した。

そのリーダーである先生が、患者役の者に刺針すると、必ずといってよいほど出血した。その先生は、針をすると出血するのは当たり前だと説明した。

その傍らで見学していた医学生は、真剣な顔で頷いていたという。

 

14.代田先生の奥様は、目鼻立ちがくっきりした美人の女医さんである。昔、代田先生がその人と結婚したいと、先方の御両親に挨拶に行った。

先方のお父様がこう言ったという。「あの、サルでいいんですか?」

 

15.イギリス人と日本人のハーフの男性が来院している。外見はまったくの外国人だが、日本生まれ日本育ちであって、海外生活の経験はない。日本語は得意だが、英語は苦手としている。

その彼がこう言った。「街を歩いていると、すぐ外人が話しかけてくるんで困るんですよね」

 

16.トルコ人男性と結婚した日本人女性が来院している。この女性の外見は、どこか日本人離れしていて、中近東風な雰囲気があった。

彼女がこう言った。「日本語お上手ですねといわれる。」

こうも言った。「夫の国トルコに行くと、トルコ人とは思われず、キリギス人かと聞かれる」

 

17.患者の息子さんに世界的なチェリストの毛利伯郎さんという方がいる。その毛利さんに、やはり世界的なチェリストであるヨーヨーマ(中国系アメリカ人)が話しかけた。
ヨーヨーマ「キミは、チェロが上手なんだって? 」
毛利「そうでも、ないです」
ヨーヨーマ「ああ、そうですか」

その返事を聞いて毛利さんは苦笑いした。やはり中国人だなと思ったという。

 

18.常連患者のN夫人の話。ある日の夜、子供も寝たことだし、というので久しぶりに夫と仲良くテレビゲーム「桃太郎電鉄」を始めた。

ゲーム途中で、その時は、N夫人にキングボンビーがついていた。しかし「特急カード」と「ぶっとびカード」を持っていたので、「特急カード」で夫のコマを追い越し、次に「ぶっ飛びカード」で、夫のコマからはるかに遠ざかってしまった。
それを見ていた夫は、「お前はそんな人間だったのか」と言って突然怒り出し、「そういう時のために、コンピュータ自動操作のコマがある」と訳の分からないことを言い、とうとうその夫人を泣かせてしまった。

それまでおとなしく寝ていた息子は、夫のどなり声で目覚め、何事が起きたのか、とリビングに行った。テレビ画面を見ると、キングボンビーが出ていたので、息子は恐くなって泣き出したという。

ゲーム中止になったことは、云うまでもない。



20.当院通院中の患者で高齢の元開業医がいる。この家は、奥様と娘夫婦の4人暮らしである。犬も一匹飼っている。犬というのは、ボスが誰であるかを敏感に認識する。犬の世話をするのが娘が一番多いのだが、残念ながら第2位の偉さであって、ボスはその亭主である。三番は元医者の奥様、最下位は彼自身である。 



21.後輩針灸師のK君が私に言った。「先生の電話って、アメリカみたいですね」
そう言われて一瞬何のことが分からなかったが、なにかカッコイイものを予想した。
少々期待しつつ、「どうして?」と聞くと、
「自分の用件が済むと、相手の返答を待たず、ガッチャッと電話をきる」と返事をした。



22.某女子大の非常勤講師(日本史)をしている患者がいる。
「女子大で教えるなんて、いいですね」と私は言った。
患者は予想外の返答をした。
「私の教えている教室には20名の女子大生がいる。すると誰かしら生理中の人がいるわけで、教室には血の臭いがするんです」
※この患者は、博識で専門書も2冊著している。その患者がこんなことも教えてくれた。
「はたけ」という漢字には、畑と畠があり、姓にも畑山とか畠山の2通りがある。前者の畑は、火があるが、焼き畑農法としての畑である。一方、後者の畠には白があって、これは水を意味しており、水田農法としての畠である。つまり畠の方が近代なのだという。


23.玉川病院勤務時代の代田先生へ一通の手紙が届いた。ビートルズのジョン・レノン(ポール・マッカートニーだったかも)からのもので、「1千万円払うから、1年間自分の処にきて主治医をやってくれないか」と書いてあった。代田先生は、1億円くれるならば行ってもよい。日本の玉川病院に来るなら、1回3500円で治療してやる」と返信した。

その後、ジョン・レノンからの手紙は途絶えた。



24.玉川病院時代、代田先生の同輩に、光藤英彦先生(前、愛媛県立中央病院付属東洋医学研究所所長)という医師がいて、代田先生と共同で鍼灸の研究や臨床に活躍した。当時玉川病院の鍼灸治療費は、初回4500円、二回目以降は3500円に設定していたのだが、光藤先生の治療は、自分で1回5000円と設定していた(これは自分の懐に入らず、病院の収入になる)。また病院内部のスタッフには、通常は治療費を取らなかったが、光藤先生は、同額を請求した。

病院スタッフが、自分の身体に対して光藤先生にちょと相談しても、相談後には5000円の請求書を渡したので、皆から恐れられた。明るく実力がある先生だったので、それでも相談しない訳にはいかない。そこで、請求書を渡されないよう、診察室に入らず、診察室のドアから首だけを出した状態で、光藤先生に相談するようになった。

 

25.元高校教員の患者から聞いた話。ある年、新人の高校教員がやってきた。新人挨拶とのことで、その人は、「まだ若輩ですが、‥‥」と言った。以来、あだ名が若輩となった。五十過ぎた現在でも、若輩のままである。

 

26.老夫婦・娘夫婦と、家族ぐるみで当院にかかっている人たちがいる。その老夫婦は、娘の車に乗せてもらい、当院までの送り迎えをしている。両親の食事もつくるなど、結構親孝行の娘である。
ある時、老夫婦が治療に来ていて、私に言った。娘は結婚して随分変わり、しっかり者になった。けれども昔の独身時代は家の仕事は一切しなかったので、「フン製造機」と呼んでいた。 

27.脊椎圧迫骨折による背痛ということで、90代の女性の家に往診に出かけた。頭は全然ぼけていない様子だった。ふとリビングを見ると、少年ジャンプとムー(宇宙人とか空飛ぶ円盤とかを扱う、トンデモ雑誌)が何冊か置かれていた。同居している息子(60代)ともども、愛読者なのだという。 

 

28.ある鍼灸の大御所が自分の主催する研究会の参加者名簿を見ていたら、現代的な女性の名前が2人もあった。そこにはエリ、フミエと書かれていた。当日楽しみにして待っていると、この2人がやってきた。井上恵理と小野文恵だった。
(上地栄「昭和鍼灸の歳月」より)

 

29.当院患者のご主人のことで、奥様から聞いた話。主人は心臓が悪いため、定期的に病院に通院している。いつもは薬をもらうだけだが、たまには診察も受ける必要があるといわれ、しぶしぶ受診した。本人は「心臓が少し苦しい感じがする」ということもあり心電図をとった。すると明らかに心筋梗塞を伺わせる所見で、医師は仰天した。早速救急車を手配した。救急隊の人も、意外に元気な患者をみて不審がったが、医師から心電図を見せられ、仰天したという。早速都内専門病院に搬送され、カテーテルでステントを入れる治療を行った。

その手術実施中、つい患者はうとうとし、やがて目覚めた。「少し眠ってしまったようだ」と医師に話した。するとその医師は言った「あなた心臓が止まっていたんですよ」。そのご主人は無事に治療終了したが、奥様にこういった。「死ぬって、簡単なことなんだな」

 

30.私は診療時間中であっても、眠たい時には患者の予定が入っていない時はベッドで寝ることにしている。もちろん目覚まし時計をセットしてからだが。ベッド傍にも治療院用の電話を置いているのでスムーズな応接ができるというつもりでいた。

ある日、ベッドで寝ている時、電話のベルが鳴った。5回ベルが鳴った後、頭がボーッとしつつも何とか電話に出た。窓の外をみると薄暗く、時計を見ると5時半だった。当院では午後6時受付終了なので、これから患者が来院する予約電話かと思った。
「はい、あんご鍼灸院です」と伝えた。
すると電話主(声の調子から推定70代の女性)は、「今何時だと思っているの?朝の5時半よ!」と言った。
これは冬の終わり頃の話なので、5時半といえば午前も午後も同じように外は薄くなっている。
「電話したのはそちらでしょう」と言っても、そちらが電話したのでしょうが」と言った。何度か押し問答して拉致があかず、患者でもないようなので、「何かの間違いなので、切らせてもらいますよ」といって電話を切った。

実に不思議な体験だった。

 

 

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