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現代鍼灸でのツボの効かせかた① 上肢編

経穴書には、つぼ名の位置と局所解剖、主治症などが記載されているが、なぜこの症状に使うのかといった根拠は書いていない。しかしこれをブラックボックス化してしまうと、効かなかった場合、反省のしどころも分からないので、自分の治療を改良させることもできない。
「ツボは効くのではなく効かせるもの」という格言がある。結局効かせることのできるツボ、すなわち「手に入ったツボ」の数を増やすことが臨床の幅を広げることにつながる。
ここでは私がこれまでに、手に入ったつもりでいるツボと、その実用的意味を記す。長くなるので、3回シリーズ程度に分けることにする。

 

1.手三里

1)解剖と取穴

肘を曲げ、肘関節横紋の外側端に曲池をとり、その下2寸で、長橈側手根伸筋と短橈側手根伸筋の筋溝にとる。深部に回外筋がある。なお長橈側手根伸筋の外側には腕橈骨筋がある。

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2)臨床のヒント

①腕橈骨筋は、大部分は前腕にあるが、上腕屈筋群に分類され、その作用は肘の伸展なので、テニス肘治療には使わない。長・短側手根伸筋は前腕伸筋群に分類され、その作用は手関節の伸展である。回外筋は前腕を回外させる機能がある。  
バックハンドテニス肘の痛みは、長・短橈側手根伸筋とくに短橈側手根伸筋に出現するので、腕橈骨筋に刺針しても効果ない。


②雑巾絞りの動作の過剰負荷では、回外筋の痛みを起こしやすく、やはり手三里から回外筋に刺針する。
橈骨神経深枝は、フロセ Frohse のアーケード(前腕部回外筋入口の部)=手三里を通る。この部は狭いトンネルであり、可動性が少なく、神経絞扼障害が起こりやすい。

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2.合谷

1)解剖と取穴

標準的な合谷は、母指中手骨と示指中手骨の間で第一背側骨間筋中に刺入する。

2)臨床のヒント

①合谷は、面疔に対する多壮灸(桜井戸の灸)で有名である。これは顔にできた膿を、合谷を化膿させて膿の出口をつくってやるという解釈だろうと推察する。なので合谷に鍼しただけでは効果が出ない。

②合谷深部の鈍痛があれば母指内転筋症を疑い、第一中手骨内縁に擦りつけるようにして第一背側骨間筋の奥にある母指内転筋に運動鍼を行うのがよい。

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③脳血管障害時の手指の痙性麻痺時、合谷を刺入点として小指中手骨方向に深刺水平刺して、掌側骨間筋の緊張を緩める方法があり、これは醒脳開竅法の一技法として知られている。

 

3.陽谿 

1)解剖と取穴
手関節背面の橈側、母指を伸展してできる長母指伸筋腱と短母指伸筋腱の間の陥凹部。
皮膚支配は橈骨神経皮枝。

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2)臨床のヒント

長母指外転筋と短母指伸筋は共通の腱鞘に入っている。母指自体の可動性が大きいこともあって、構造的に狭窄性腱鞘炎を起こしやすい。母指に起こる腱鞘炎を、とくにドケルバン病とよび、腱鞘炎のなかで最も高頻度。
腱鞘炎での痛みは腱鞘に起因するが、症状自体は皮膚に放散された橈骨神経皮枝の興奮に起因すると思われる。痛みを訴える部の撮痛点へ局所皮内針が効果的である。

 

4.郄門

1)解剖と取穴

手関節前面横紋の中央に大陵穴をとる。大陵から上方5寸。長掌筋と橈側手根屈筋の間。
深部に浅指屈筋、深指屈筋がある。

2)臨床のヒント

①浅指屈筋、深指屈筋はともに指の屈曲作用がある。比較的大きな物を握る時は深指屈筋が働き、握力計や比較的握りやすい物を握る時は浅指屈筋が働く。ただ実際には独立して働く事はほとんど無く互いに協調して握力を生み出す。

②母指を除く4指のバネ指は、浅・深指屈筋腱にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できなくなった状態である。もし浅・深指屈筋が弛緩・伸張した状態では結節が腱鞘に入らなくても指伸展が可能となると考え、前腕屈筋側中央に心包経の郄門をとり、その高さの心経ルート上を刺入点とし、浅指屈筋または深刺屈筋中に至る斜刺を行ない、置針した状態で、母指を除く4指の屈伸運動を行わせる。

③母指バネ指は、長母指屈筋腱にできた結節が、輪状靱帯を通過できなくなった状態である。
 本腱の過伸張は、長母指屈筋の過収縮によると考え、郄門の2~3㎝橈側から長母指屈筋へ刺入し、母指屈伸運動を行わせると効果的である。ただし長母指屈筋に刺入することは、深浅指屈筋に刺入するのと比べ、マトが小さいので難しい。
  

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現代鍼灸でのツボの効かせかた②下肢部編 ver.1.1

前回、<現代鍼灸でのツボの効かせかた①上肢編>を記した。今回は第2弾として②下肢編を書き現してみた。

 

1.陽陵泉と懸鐘

1)解剖と取穴

①陽陵泉は、腓骨頭の前下方直下で長腓骨筋上を取穴。
②懸鐘は、腓骨頭と外果を線で結び、外果から1/5の短腓骨筋中にとる。

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2)臨床のヒント

①両穴とも深部に浅腓骨神経が走行しており、も坐骨神経痛の部分症状である浅腓骨神経痛の治療点となる。

②下腿外側痛とくに腓骨頭直下の痛みに対する治療で陽陵泉刺針を行うが、直刺しても意外に下腿外側に響かすことは難しい。だが仰臥位にて陽陵泉から足三里方向に1㎝寄った処から刺入し、ベッド面に直角に刺入すると、下腿外側に響かせることができる。このことから、陽陵泉の刺針とは長腓骨筋TPsに対する刺針とみなすこともできる。

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③懸鐘は短腓骨筋のトリガーポイント部に相当するので圧痛が多発しやすい。懸鐘部分の下腿筋膜による浅腓骨神経は神経絞扼障害を起こすことがある。

④深・浅腓骨筋には、足関節を底屈機能がある。足関節捻挫の代表的なものに、前距腓靭帯捻挫があるが、傷ついた足関節捻挫であっても、腓骨筋群(長・短腓骨筋)などが足関節をしっかりと支えているとグラつかずに歩行できる。このことは慢性外側足関節捻挫の治療のヒントになる。

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2.地機と築賓

1)解剖と取穴

①地機は、下腿内側、脛骨内縁の後際で陰陵泉の下方3寸に取穴する。ヒラメ筋の起始部になる。刺針すると、ヒラメ筋に入り、深層には後脛骨筋・長趾屈筋・長母趾屈筋がある。
②内果の頂とアキレス腱の間の陥凹部に太谿をとり、その上5寸に築賓をとる。築賓は腓腹筋上にとる。

2)臨床のヒント

①下腿後側筋深部筋の、筋停止部は足底部にあり、筋の起始は下腿後側の上1/2までにある。 筋を緩めるには、筋の骨接合部を刺激するのが有効であり、刺針部位も下図の緑部分になる。

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②下腿後側深部筋は単関節筋である。足関節を底屈する時、下腿後側深部筋は収縮する。ゆえに地機の筋硬結を触知するには、足底屈姿勢にするのがよい。実際には、患者の足底を自身の対側の下腿内側中央あたりに、ぴたりと付着させる姿勢にさせ、地機の硬結探索および施術を行うとよい。

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③腓腹筋は膝関節と足関節との2関節を経由して起始停止がある2関節筋である。腓腹筋を緊張ささせるには、膝関節を完全伸展させる(できれば足関節も背屈させる)必要がある。ゆえに築賓の筋硬結を調べるには伏臥位で膝伸展位で行うことが合理的になる。

 

④膝を伸ばした状態で「アキレス腱を伸ばす体操」をすると腓腹筋が伸張され、膝をやや曲げた状態で行うとヒラメ筋が伸張される。ヒラメ筋刺針はこの肢位にて行うと効果的になる。

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3.三陰交

1)解剖と取穴

下腿内側で内果の上方3寸で、脛骨内縁に三陰交をとる。三陰交から直刺すると後脛骨筋・長趾伸筋に入り、深刺すれば長母趾屈筋に入る。深部には脛骨神経がある。

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2)臨床のヒント

①一般的には坐骨神経痛の部分症状である脛骨神経痛の時に、対症療法として使うことが多い。

②生理痛に対して三陰交の灸や皮内針などの皮膚刺激をするのは、伏在神経の興奮を遮断しているからだろう。 伏在神経(知覚性)は大腿神経(知覚性・運動性)の枝で、大腿神経は腰神経叢(L1~L3)からの枝である。腰神経叢からは腸骨下腹神経や腸骨鼡径神経が出て、鼡径部や下腹部を知覚支配しているので、これらの痛みに有効なことが予想できる。 

③三陰交がS2デルマトーム上にあるので、八髎穴とくに次髎と同じような用途がある。
八髎穴と同様の効果をもつ下肢遠隔治療穴に裏内庭があり、裏内庭は急性食中毒による下痢・下腹部痛すなわち下行結腸・S状結腸・直腸の痙攣に効果があるのではないか。

③三陰交は子宮頚部の緊張を緩める効果もあるようだ。安産の灸として出産が間近になると施灸する習慣があるのはこの効果を期待したもの。妊娠初期に三陰交刺激が禁忌とするのは、子宮頸部を緩めることで、堕胎につながるのではないだろうか。これに対し、逆子に効果あるとされる竅陰穴への施灸だが、これは一過性に子宮体部の緊張を緩める作用があると考えると納得がいく。  

④三陰交部から脛骨神経を直接刺激するのは、覚醒脳開竅法の下肢痙性麻痺に対する常用穴である。

 

4.足三里と脳清

1)解剖と取穴

①足三里は、外膝眼(膝蓋骨下縁と脛骨外側の陥凹部)の下3寸、前脛骨筋上にとる。深部に脛骨神経がある。

 

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②足関節背面には、3本の腱(内側から外側に向けて、前脛骨筋腱・長母趾伸筋腱・長母伸筋腱)がある。足関節背面から2寸上方に脛骨を触知し、その外方にある長母趾伸筋腱に脳清(新穴)を取穴する。

 

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2)臨床のヒント

①足三里(足)の適応症は、直接的には前脛骨筋の筋疲労である。足三里など、下腿前面の前脛骨筋外縁が脛骨に接する部の圧痛を探し、深刺し前脛骨筋の起始部骨膜に刺針、そのままゆっくりと足関節背屈の自動運動を行わせると、針の上下動により前脛骨筋の収縮を観察できる。(急激な関節背屈運動では深腓骨神経の針響きは非常に強くなり、針体も曲がりやすく折針の危険もある)
ただ、どういう場合に前脛骨筋に疲労を感じるかといえば、ランニングなどの激しい下肢運動をした時は当然として、大して運動していない場合でもコリを感ずる時があって、これは今のところ必ずしも胃の状態の反映といえないように思う。


②清脳の適応症状は、局所である下腿前面下部の重だるさである。脳清は直刺するとすぐに脛骨にぶつかるので、刺針方向は腓骨方向に45度の斜刺。置針したまま、長母趾伸筋腱中に入れる。そのまま母趾の背屈自動運動をゆっくりと少しずづつ行わせると、刺針部に針響を与えることができる。脳清とのツボ名から、頭をすっきりする効能がありそうに思うが、施術して効いたという感触がない。

 

5.失眠

1)解剖と取穴
踵骨隆起中央。脂肪体を介して踵骨がある。

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2)臨床のヒント

①通常であれば立位や歩行に際し、踵中央が床に圧迫された際で、踵が痛むことはないが、原因不明だが踵のクッションである脂肪体が減少し、弾力を失っている場合、痛むようになる。  脛骨神経分枝の内側足底神経踵骨枝が、踵骨底と床に圧迫されて痛むのが直接原因。

②安静にして脂肪体の増殖を待つ。対症療法としては、踵部を覆う非伸縮性テーピングで脂肪体が広がらないように土手をつくる。歩行時はさらにヒールカップ、または靴のインソールの踵部分をくり抜いた靴底を自作し、体重負荷の免減を図る。

 

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③類似の疾患に足底筋膜炎がある。しかし足底筋膜炎は踵骨隆起の中央が痛むのではなく、踵の前縁に圧痛があり、母指を他動的に背屈させた肢位にすると痛み再現する。

 

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6.条山

1)解剖と取穴

五十肩に対し、健側の条口(足三里の下5寸で前脛骨筋上)から承山(委中の下8寸で腓腹筋がアキレス腱に移行する部)に透刺

2)臨床のヒント

五十肩に対して条口から承山への透刺をするという方法は、いわゆる中国の古典鍼灸に記載はなく、清の時代以降に発見されたらしい。わが国にはいったきたのは、1970年代頃である。

 坐位で、健側の条口から承山に透刺するには少なくとも4寸針が必要となる。透刺が必要となるとは、脛骨と腓骨間にある骨間膜刺激が重要なのかと考えたこともあったが、健側の条口から承山方向に1寸程度直刺でも効果はあるようだ。刺針したまま何回か患側肩関節の自動運動をさせると、次第に肩関節外転角が広がってくる現象をみる。しかし効かないことも多く、効いた例であっても、その効果は当日止まりということが少なくない。

いずれにせよ、五十肩になぜ条山穴刺針が効果あるのか不思議だった。中華民国、中国中医臨床医学会理事長の陳潮宗の研究によれば、この刺針が肩甲上腕関節の動きよりも肩甲胸郭関節の増加し、肩甲骨上方回旋がしやすくなる効果があるらしいことが判明した。

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肩甲骨上方回旋を増大させる私流の方法は、甲下筋や前鋸筋の収縮力抑制をはずす目的で、膏肓を刺入点として肩甲骨と肋骨間に3寸針を刺入しつつ肩関節外転90度位にての肘の円運動を行わせる運動が効果的だと思っているが、3寸針を入れることは患者にとって抵抗感があるだろうから、その代用として条山穴刺針があると私は思っている。

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現代鍼灸でのツボの効かせかた③頸部編 ver.1.1 

1.天柱と上天柱

1)解剖と取穴 

天柱:C1後結節-C2棘突起間の外方1.3寸。直刺では僧帽筋→頭半棘筋に入る。
上天柱:後頭骨-C1後結節突起間の外方1.3寸。直刺では僧帽筋→頭半棘筋→大後頭直筋に入る。
※後頸部の僧帽筋は薄いので、頸部運動にはあまり関与せず、臨床上は無視できる。僧帽筋の主作用は肩甲骨を動かすことにある。僧帽筋は肩甲骨を引き上げるためにある。

2)臨床のヒント

天柱
①大後頭神経(C2後枝)は上後頸部の筋を広く運動支配し、また後頭~頭頂を皮膚支配する。天柱から深刺すると時に後頭~頭頂に響くのはこのため。

②頭・頸半棘筋は後頸部にある太い筋で、頭の重量を支える働きがある。本筋が弱ければ、前を見ることもできない。頭・頸半棘筋は、後頭骨から頸椎後部を縦走しているので、天柱だけでなく、頸椎~上部胸椎の一行刺針でも  頸部痛の治療として有効になる場合がある。
    

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上天柱

①後頭下筋(大・小後頭直筋と上・下頭斜筋)群の役割は、頸椎に対して頭位のブレの調整である。この機能により歩きながらでも前方を注視することが可能になる(デジカメの手ぶれ補正機能のよう)。

②後頭下筋の特徴的な動きは、C1-C2間の大きな左右回旋(左右とも45°)と、後頭骨-C1間の顎引き・顎出し動作である。これらの可動性低下の場合、後頭下筋に刺針する。         

③C1後枝(=後頭下神経)は後頭下筋を運動支配し、知覚神経は支配しない。ゆえに後頭下筋は凝ることはあるが痛まない。しかしすぐ浅層に大後頭神経があるので、これによる痛みやコリが出現することはある。

④三叉神経の一部(三叉神経脊髄路)は橋から出て、いったん上部頸椎の高さの脊髄まで下ったのち、再び上行して三叉神経節に至る。このような解剖学的特性により、C1~C3頚神経後枝(主に大後頭神経)が興奮すると、それが三叉神経(とくに眼神経)を興奮させる。これを大後頭三叉神症候群とよぶ。ほぼ上天柱深刺がトリガーポイントになる。

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⑤天柱から緊張した大後頭直筋を刺入するためには、この筋を伸張させた肢位にして行うと効果が増大する。この対応として頭蓋骨を抱きかかえての天柱刺針することを思いついた(下の2枚目の図)。患者を椅坐位にさせて床を見させる。治療者は患者の頭を施術者の前腕内側と心窩部でスイカを抱きかかえるような格好で頭蓋骨を保持する。その姿勢のまま、天柱・上天柱などから深刺する。強刺激したい場合、術者の膝の屈伸をしつつ、針を雀啄するようにする。

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2.風池と下風池

1)解剖と取穴

風池:後頭骨-C1棘突起間の外方2寸。上天柱と同じ高さ。直刺では頭板状筋に入る。上頭斜筋はかなり深部にあるので刺激するのは難しい。
下風池:C3棘突起の外方2寸。直刺では頭板上筋に入る。

2)臨床のヒント

①風池の深部には小後頭神経(C2C3前枝)がある、小後頭神経は筋を運動支配せず、側頭部皮膚を知覚支配。ただし小後頭神経痛患者が来院することはまれ。

②頭板状筋は、C1-C2間が大きく回旋させる機能があって、これにより顔を左右に回旋させることができる。「首が回らない」という症状には、まず頭板状筋の緊張を考える。

③頭板状筋への刺針では、解剖学的に風池よりも下風池が適している。

④首の回旋障害に対しては下風池に刺針するが、これには頭板上筋を伸張させた体位にさせて刺針すると効果が増す。たとえば右の下風池に刺針する場合、左に顔を最大限回旋させ、術者の肘と前腕で頭を抱える。この状態で刺針する。


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3.天鼎

1)解剖と取穴
喉頭隆起の外方3寸。胸鎖乳突筋中に扶突をとる。扶突の後下方1寸で胸鎖乳突筋の後縁に天鼎をとる。(最新の学校協会教科書では別位置)

 

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2)臨床のヒント

①頸椎部からは頸神経が出る。頸神経前枝はC1~C4が頸神経叢に、C5~Th1が腕神経叢にグループ化される。頸神経前枝障害における代表刺激点は天窓になるが、臨床的に天窓を刺激する機会は多くはない。腕神経叢の障害は臨床でよく遭遇するので、天鼎刺針を使う頻度は高い。

②上肢症状があれば、腕神経叢(C5~Th1)症状の有無を確認する。上肢症状がデルマトーム分布に従っていれば神経根症を、末梢神経分布に従えば胸郭出口症状群をまず考える。
なお胸郭出口症候群では前斜角筋症候群の頻度が高く、本症では前斜角筋刺針を行うが、鍼灸臨床で両者は同じような刺針になる。

③天鼎から腕神経叢に刺針することは難易度が高いが、習熟するとまず失敗することなく上肢に放散痛を与えられるようになる。

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4.大椎・肩中兪・治喘・定喘

1)取穴と解剖

大椎:坐位にてC7Th1棘突起間
肩中兪:座位にてC7Th1棘突起間に大椎をとり、その外方2寸。やや内方に向けて4㎝程度刺入すると腕神経叢を刺激できる。

治喘:大椎の外方5分
定喘:大椎の外方1寸。中国からわが国に入ってきた知識としては治喘の方が先だと思うが、学校協会の経穴教科書内容(定喘はあるが治喘は載っていない)のせいか、近頃は治喘よりも定喘の方が知られるようになり、定喘を治喘と同じく大椎の外方5分と取穴することがむしろ普通となった。

 

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2)臨床のヒント

①大椎と肩中兪の刺激意味は似ているが、大椎は下にすぐ脊椎があるので施灸するのに適し、肩中兪は腕神経叢刺激する場合、刺針が用いられる傾向にある。

②ペインクリニック科では頸部交感神経興奮の鎮静化や頭頸部の血流改善の目的で、頸部交感神経節ブロック(=星状神経節ブロック)が行われているが、鍼灸治療では星状神経節刺針の代わりに肩中兪深刺を用いることがある。星状神経節と肩中兪の高さはほぼ同一であるから、肩中兪深刺は星状神経節に影響を与えている可能性がある。そうであるなら肩中兪深刺の適用は星状神経節ブロックと同様に広範囲となる。具体的には 頸椎疾患、頸肩腕症候群、胸郭出口症候群、顔面神経麻痺、三叉神経の帯状疱疹後神経痛など。

③大椎付近は心臓の交感神経反射が出やすい部位。心疾患の体壁反応は、交感神経興奮に由来するが、交感神経反応→交通枝→体性神経反応と連鎖し、Th1~Th4デルマトーム領域の体壁に、圧痛や硬結反応を重視する。針灸の治効機序は、脊髄神経刺激→交通枝→交感神経へ影響を与えるとされている。体壁を刺激することで心臓症状(動悸、左胸部圧迫感)は軽くなることもよくあるが、これで心疾患が真に改善したとはいえないだろう。

気管支喘息時にも大椎や肩中兪を使うことは多い。気管支喘息時、起座姿勢で呼吸が楽になることは多いが、これは交感神経緊張の姿勢をするからで、これが気管支拡張作用をもたらす。

これに術者は気をよくして上背部に強刺激を続けると、その時は楽になって患者から感謝されるが、その晩に激しい喘息発作が起きることに注意すべきである。これは玉川病院入院患者の治療にあたって幾度となく経験した。振り子を、意図的に大きく動かすと、その反作用として反対方向の振れ幅も大きくなる。すなわち強い副交感神経緊張が起きやすくなるので喘息発作を起こしやすくなる。振り子は小さく動かすべきだという教訓である。

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④治喘や定喘も、大椎や肩中兪と同じく、気管支喘息時の喘鳴・咳嗽・呼吸困難に施術することが多い。坐位で強刺激を与えるのがコツで、交感神経優位に誘導することで気管支を拡張させるねらいがある。坐位で#3~#5針にて、3㎝刺入し強刺激の雀啄。この間患者に命じて軽く数回呼吸させる。

代田文誌「針灸臨床ノート④」を見ると、面白いエピソードが載っていた。代田文誌が風邪で、いつまでたっても咳と咽痛が続いている時があった。そこで1979年発行中国人民解解放軍瀋陽医院編「快速刺針療法」で知った治喘に刺針することを試みた。自分自身では針を刺せないので、息子の文彦氏に打ってもらった。すると針を脊柱にって下方に向けて1.5寸ほど刺入すると、響きは脊柱と平行に5寸ほど下方にとどいた。抜針して今度は1寸直刺すると頚の方から咽の方に達した。その後まもなく咽が楽になり咳が鎮まってきた、とのこと。

  

 

現代鍼灸でのツボの効かせかた④顔面部編

1.翳風と難聴穴

1)解剖と取穴
①翳風:耳垂後方で、乳様突起と下顎骨の間に翳風をとる。顔面神経幹が茎乳突孔を出る部。谷底の骨にぶつかるように刺入する。顔面神経幹部に正しく刺入できれば無痛で針響もない。ただし本刺針は難易度が高く、刺入方向を間違えると強い刺痛を与える。

 

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②難聴穴:耳垂の表面の頬部付着部中央。中国の新穴「耳痕」の下方にあるので、筆者は下耳痕と名付けたが。すでに深谷伊三郎が「難聴穴」として記されていた。 

 

2)臨床のヒント

翳風

①顔面神経は、側頭骨内の顔面神経管を通って頭蓋外に出る。この出口を茎乳突孔とよぶ。ベル麻痺の原因は顔面神経管内の浮腫だとされるが、 この局所に最も近い刺激可能な部位が茎乳突穴孔刺針すなわち翳風刺針になる。

②代田文誌は、顔面麻痺に鍼灸治療は効果的でないと書いていた。しかし若杉文吉(関東逓信病院ペインクリニック科)は顔面神経の主幹を神経が頭蓋底を出た部位で針を使って圧迫する治療法を開発。痙攣が止まっている平均有効期間は9.3 カ月と好成績の結果を出した。痙攣が再発してもすぐにブロック前の強さにもどるのではないので,年に1回程度治療を行う症例が大部分だという。ブロック後の麻痺期間は平均1.3 カ月で70%以上が1ヶ月以内に麻痺は回復するとのこと。

③この若杉式穿刺圧迫法を私も鍼で追試してみた。2寸以上の中国針を使用。治療側を上にした側臥位。針先は顔面神経管開口部に命中させる。命中したことを確かめるには、針柄と他の部位(顔面と無関係な部位、例えば手三里)を刺針低周波通電をする。これで顔面表情筋が攣縮することを確認。攣縮しなければ、攣縮するまで翳風の刺針転向を行う。針先が骨に命中したら、3分間のコツコツとタッピング刺激を与える。その後7分間置針し、再び3分間タッピング刺激。トータルの治療時間は20分間程度。技術的に習熟していないせいもあるだろうが、上記の治療を行っても、痙攣が軽くならないケースは5割ほどいた。効果あった場合でも鎮痙期間は数日間という結果だった。

難聴穴

①深谷伊三郎は難聴穴に半米粒大灸7壮すると書いている。柳谷素霊の「秘法一本鍼伝書」には、耳中疼痛の一本針として、完骨移動穴刺針のことを記しているが、これも難聴穴のこと意味していると思えた。
私の場合は5㎜~1㎝刺針する。それで顔面神経幹に当たる。顔面神経幹の命中したか否かを調べるため、1~2ヘルツで通電しながら刺入し、唇や頬が最も攣縮する深さ(5㎜~1㎝)で針を留める。

鼓膜から鼓室に響かすことのできる針は、解剖学的見地から、この難聴穴以外にない。なお内耳には知覚がないので、痛みむことはなく響かせることもできない。

 

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②現在ベル麻痺に対する針治療では、低周波置針通電に代わり単なる置針をするようになったと思う。低周波刺激をすれば後遺症(病的共同運動=閉眼すると口の周りが動く、口を動かすと目が閉じるなど)が必要以上に強化され、病的共同運動プログラムが助長されるとの危惧が広まったせいであった。病的共同運動は巧緻動作回復の邪魔をすることになる。

③難聴穴刺針は2つの神経が立体的に走行している。
直刺5㎜~1㎝では顔面神経刺激となり、ベル麻痺の治療に用いられる。
直刺2㎝では舌咽神経の分枝の鼓室神経(鼓膜~鼓室の知覚支配)に命中し耳中に響く。この刺針は中耳痛、難聴耳鳴の治療に適応がある。響かせた後30~40分間の長時間置針する(筋を完全に緩めるには時間がかかるので)。

 

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3.下関、上関

1)解剖と取穴

①下関:頬骨弓中央の下際陥凹部。口を開けば穴があり口を閉じれば穴はなし。
口を閉じて陥凹がなくなるのは、頬筋が収縮するからだろう。下関から直刺すると頬筋に入り、深刺すると外側翼突筋下頭に入る。
②上関:旧称は客主人。頬骨弓中央の上際陥凹部。頬骨弓の下をくぐるように下向きに斜刺すると側頭筋に入り、深刺すると外側翼突筋上頭に入る。

2)臨床のヒント

下関

①咀嚼筋には側頭筋・咬筋・外側翼突筋・内側翼突筋の4種類からなり、いずれも三叉神経第Ⅲ枝が運動支配する。この中で側頭筋・咬筋・内側突筋は閉口筋で、外側翼突筋は開口筋である。

②Ⅰ型顎関節症(閉口筋緊張により開口困難)は顎関節症で高頻度にみられるもので、とくに咬筋の骨付着部に圧痛が多数みられる。患者に強く歯をくいしばった状態にさせた状態で、咬筋の起始・停止の圧痛点(頬車、大迎、下関など)に刺針する。
上下前歯にペーパータオル等を折り畳んで厚くしたものを強く噛ませ、頬筋を収縮した状態で下関から刺針すると効果が増す。

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③外側翼突筋は顎関節症にとって最も重要な筋だとみなす者もいる。外側翼筋は他の咀嚼筋と違って開口筋であり、かつ咀嚼筋の中で最も小さい。顎関節は単純な蝶番関節でなく、口を大きく開けるために、外側翼突筋の収縮で下顎頭前下方への滑走運動を起こし、2横指ほど前方に滑走し、顎の突き出し運動をしている。

 

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④外側翼筋には、上頭と下頭を区別し、上頭は関節円板に停止し、顎関節の動きに適した関節円板の動きを制御している。若年者に生ずる開口時のクリック音は、開口時に前方に動く半月板が元の位置にもどる時に生ずる。外側翼突筋上頭への運動針(下関深刺)はⅠ型顎関節症だけでなく、Ⅲ型顎関節症状に対し、試みる価値があると思っている。


⑤外側翼突筋への刺針:最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺1~1.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する(意外に浅い)。軽い手技を行い静かに抜針する。
実際には、ある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく開口するよう指示する。術者は「1、2,‥‥」とカウントしつつ下関に刺してある針に上下動の手技を加え、「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。

 

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上関

①上関は柳谷素霊著「秘法一本針伝書」では上歯痛の治療として紹介されている。頬骨弓をくぐるように下向きに斜刺する。これはおそらく側頭筋中に側頭筋トリガーの放散痛は上歯部なので、側頭筋緊張由来の放散性歯痛に適応があるという意味であろう。

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②深刺すると外側翼突筋上頭に入る。外側翼突筋上頭の起始は顎関節関節円板に停止しているので、Ⅰ型のみならずⅢ型顎関節症(関節円板の障害。開口制限あり。コキッというクリック音)にも上関深刺が効果的かもしれない。

 

4.睛明と球後

1)解剖と取穴

①睛明:内眼角の内一分。鼻根との間。睛明の直下3㎝には上眼窩裂と視神経管がある。上眼窩裂とは、眼窩底の内方にある孔で、ここから三叉神経第1枝、動眼・滑車・外転神経、眼静脈も出る。神経管とは視神経が通る孔である。

②球後:外眼角と内眼角との間の、外方から1/4 の垂直線上で「承泣」の高さ。

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2)臨床のヒント

睛明

①掃骨針法の創案者の小山曲泉(1912-1994)は、眼痛を訴える患者に対して、「眼球自体を指圧するのと、眼窩内に指を折り曲げて按圧するのとでは、どちらが快痛であるか」を術者が問うと、文句なしに「骨を圧重した法が気持ちよい」と返事すると記している。このことから、小山は3番~5番で圧痛方向に刺針して軽く雀啄して必ず快痛の響きがあるように刺針した。

②この記述を追試するため、私は眼の疲れを訴える患者の何例かに閉眼させ、眼窩内に指を折り曲げて按圧してみて、眼窩内筋の圧痛硬結を感じとれるポイントを探してみると、上睛明のやや外方であることを発見した。眼精疲労時、自分自身で無意識で母指と示指で鼻根部をつまむように押圧している。この押圧部が鍼灸治療でも重要になるのではないかと思った。
睛明と睛明の5ミリ外方を刺入点として圧痛硬結に向けて刺入すると、しっかりと硬い筋中に刺入でき、眼に響くという手応えを得た。眼窩内の骨にぶつかるまでこのシコリに向けて4番針で約2㎝刺入、5分間置針してみた。患者は眼球部に重い感じがしたという。さらに閉眼したまま、上下左右の眼球運動を数回指示した。(眼球運動の際は、なにも刺激感がなかった)。施術後は、眼のスッキリ感があったという。この時触知したのは外眼筋や眼瞼挙筋だと思えた。 

③郡山七二は、眼窩内刺針には、鎮静作用もあると記し、鎮静法として内眼角付近からの眼窩刺針を第一に推薦した。郡山は、柔軟な細針を少し曲げて眼球の外壁に沿って、彎曲しつつ挿入するので、眼球に分布している内外上下直筋や上斜筋、すなわち動眼神経、外転、滑車等の各神経の異常を調整するのを目的とした。郡山は内眦、外眦、中央部の3点に限って行った。(郡山七二「現代針灸治法録」天平出版)

球後

①球後とは、眼球の後という意味がある。中国では内眼病の治療穴として用いられている。
深刺すると下眼窩裂に入る。下眼窩裂が眼窩下神経(三叉神経第2枝の分枝)が通る部であって、三叉神経第2枝刺激という点では眼窩下孔(=四白)刺激と同じ意味合いになる。
針を眼窩に沿わせて針尖を内上方に向けて眼球奥に刺入できれば毛、様体神経節や、長・短鼻毛様体神経などに影響を与える。これらは眼に対する副交感神経刺激になる。わさびを食べると、鼻にツーンと辛さを感じ涙が出るのは、鼻毛様体神経興奮による。       

②中国の唐麗亭は、病が眼の深部にある時は、眼の周囲部の浅刺は効果的ではなく、睛明穴と球後穴(毎回交代で一穴を使用)の深刺を採用した。針は30号あるいは32号(和針の10~8番相当)の3インチを使用。この2穴は30分間置針する。抜針時、出血を防止するため、針根部を圧迫して3~4回にわけて小刻みに抜針するようにする。(唐麗亭:三種刺法在眼病的応用、「北京中医学院三十年論文選」、北京中医学院編1956~1986、中医古籍出版)

 

5.挟鼻

1)解剖と取穴

鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央。三叉神経第Ⅰ枝分枝の鼻毛様体神経刺激。
※鼻毛様体神経:知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。

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2)臨床のヒント

①鼻周囲皮膚と鼻粘膜は三叉神経第Ⅰ枝支配である。本神経に強刺激を加えれば交感神経を緊張させ、血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。

③慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎は文字通り慢性なので、持続的に反復刺激(半月~2ヶ月の自宅施灸)を与える方がよく、それには灸が適し、施灸痕が目立たずに三叉神経第Ⅰ枝を刺激するという意味から、挟鼻の針とともに上星や囟会への施灸を併用することが多い。施灸により長期間良好な状態を保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、症状は消失状態を保つことができる。

治療院では置針し、それに円皮針をしておくのもよい。顔に円皮針を貼るのは見た目が悪いと思う患者に対しては、マスクで隠すよう指導するとよい。

※挟鼻刺針は技術的に容易である。挟鼻刺針と同様に三叉神経第Ⅰ枝刺激になる攅竹から睛明への水平刺は伝統的方法だが、難易度が高く皮下出血も起こりやすい。

④患者自身でできる方法として、上唇鼻翼挙筋部マッサージがある。鼻稜の外縁を指頭でこすると、プチプチした感触が得られるので、何回か指頭でこすりつけるようにマッサージすると、次第にプチプチもなくなり、症状もとれてくる。このマッサージにより、鼻腔が開いて呼吸しやすくなる。ただし持続効果に乏しい。上唇鼻翼挙筋自体は顔面表情筋の一つ(顔面神経支配)だが、同部を知覚支配している鼻毛様体神経を刺激することになり、涙分泌を増やすので眼精疲労にも有効である。

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現代鍼灸でのツボの効かせかた⑤腹部編 ver.1.1

腹部のツボというと心下痞硬に対する中脘や巨闕、あるいは胸脇苦満に対する右期門などが代表的なところである。このようなツボを使って日常的に施術しているわけだが、実は「よく効いた」とする手応えがない。
自信をもって治療に使っているという腹部のツボは以下のようであるが、意外と少ない。

1.帯脈、淵腋、大包

1)解剖と取穴

①帯脈:中腋窩線の下で臍の高さ。L2棘突起の外方。浅層に外腹斜筋、中層に内腹斜筋、深層に腹横筋がある。
②淵腋:第4肋間。中腋窩線の下3寸。
③大包:第6肋間。中腋窩線の下6寸。

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2)臨床のヒント

①上殿部痛で来院する患者は非常に多い。これはメイン( Maigne)症候群とよばれ、Th12/L1椎体接合部に生じた力学的ストレスにより脊髄神経後枝外側枝が興奮した結果、その走行上の痛みとして生じたものである。治療はTh12/L1棘突起直側に深刺して棘筋・回旋筋に当てれば速効することが多い。
これと同じ原理で、中背部の痛みを訴える患者で、帯脈に圧痛や撮痛がある場合(患者は,通常この部に圧痛あることを意識しない)、Th9椎体直側に深刺することで、この中背部の痛みを改善できることが多い。すなわち帯脈は治療点ではなく、診断点として役立つ。

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②帯脈と同じ意味合いのものとして、淵腋や大包がある。淵腋や大包に圧痛を認めれば、C7/Th1棘突起直側(=治喘穴)に深刺すると、頸椎の可動域が増す。

 

2.秘結穴(左腹結移動穴)、便通穴(左腰宜) 

秘結穴

1)解剖と取穴

秘結穴は、木下晴都『最新針灸治療学』医道の日本社刊に載っているツボである。左腹結部位(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待できないと記している。仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴する。
   
2)臨床のヒント

3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、鍼先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。本穴は腸骨筋刺激になっているだろう。

※森秀太郎著『はり入門』には、左府舎から寸6#6でやや内方に向けて直刺すると10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る、と記されてる。左府舎からの直刺は下行結腸に入れるというより、その外方にある腸骨筋に入れて響かせることを意識していると思われた。腸骨筋は大腰筋の影にかくれて一見目立たない筋だが、骨盤内では意外なほど広い体積を占めている。
私は、弛緩性便秘に対して左府舎に2寸#4を使い、腸骨筋の筋緊張部に当て、腸骨筋を緩めることを目標に雀啄を行って抜針している。

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便通穴
※本穴は腰部に?あるが、便秘の治療という効能をもつので、腹部編に入れた。

1)解剖と取穴

便通穴とは木下晴都が命名した。L4棘突起左下外方3寸。腰方形筋の外で、腸骨稜縁の直上を取穴。やや内下方に向けて3㎝刺入。

2)臨床のヒント

下行結腸(盲腸や上行結腸も)は後腹膜に固定されている。横行結腸・S状結腸は腸間膜を有し可動性がある。腰方形筋の深部にあるので腰部から直刺深刺すると内臓刺が可能である。
下行結腸を刺激する目的として、左腰宜(ようぎ=別称、便通穴(別名、左腰宜)を刺激する。

森秀太郎著「はり入門」には、「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。腰方形筋または下行結腸内臓刺になる。弛緩性便秘に有効。
上行結腸と下行結腸の内縁には腎臓(h12~L3の高さ)があるので、下行結腸に刺入する際には、腸骨稜(L4の高さ=腸骨稜上縁)から実施することで、腎臓に刺入するのを回避できる。

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3.中極

1)解剖と取穴

下腹部白線上、臍下4寸。曲骨の上1寸。

2)臨床のヒント

中極から2~3㎝直刺すると、陰茎に電撃様針響を与えることができる。これは陰茎背神経を刺激していると思われる。陰部神経は、S2~S4 脊髄から出て、肛門・陰嚢・陰茎などを知覚・運動支配する。陰茎を知覚支配する陰茎背神経は、下腹部の白線あたりを上行しているのであろう。適応症は冷えによる膀胱炎様症状(排尿終了時痛、頻尿)に効果ある。(尿白濁、細菌尿があれば抗生物質使用)

中極から肛門に響かせるのは困難である。会陰刺針は別として肛門に響かせたいのであれば、3寸中国鍼を用い、陰部神経刺針(S2後仙骨孔の高さで仙骨外縁から深刺)を行うとよい。陰部神経刺針の適応は広く、痔疾、肛門奥の痛み(慢性前立腺炎?)、脊柱管狭窄症による間歇性跛行などに有効。

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常習性便秘に関する鍼灸治療点の検討 ver.2.0

1.下行結腸に対する腰部からの刺針   
  
内臓体壁反射の理論では、大腸は上行結腸~下行結腸までは交感神経が主導権を握り、その反応は背部に現れる。さらに大腸は、上行結腸と下行結腸が後腹膜臓器で、とくに下行結腸を刺激する目的として、左大腸兪・左腰宜(ようぎ=別称、便通穴)などを刺激することが多い。

下行結腸は、腰方形筋の深部にあるので直刺で深刺すると命中できる。この部は皮下脂肪や筋 組織が豊富(下図では省略)なので、深刺する必要がある。また上行結腸と下行結腸の内縁には 腎臓(Th12~L3の位置)があるので、下行結腸に刺入するには、腸骨稜(L4の高さ)から行うことで、腎臓への刺入を回避できる。

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1)左肓門外方(郡山七二『鍼灸臨床治法録』)     

志室の上1.5寸。L1棘突起下外側8㎝の部。下行結腸刺激。脊柱の方に向けて圧すると広背筋、外腹斜筋を触知できる。その筋群を直刺する方向と角度で4㎝刺入し、強刺激する。 「これだけで必ずといってよいほど通じがある」と記している。  
  
※私の意見:横行結腸は腹直筋の直下で比較的浅層に位置しているのに対し、下行結腸は後腹膜臓器で、左下腹部の小腸の奥にある。下行結腸への刺入は、伏臥位で腰方形筋の深部に直刺する、もしくは郡山七二のように、側臥位にして腰方形筋の外縁から中に刺入することを    考える。ただしL1棘突起下の高さでは下行結腸の直側に左腎があるので注意が必要。安全性を考えるとL4の高さ(すなわち腸骨稜の高さ=腰宜穴)から刺入した方がよい。
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2)便通穴(=左腰宜 ようぎ)    
   
便通穴とは木下晴都が命名した。腰宜穴に相当するのだが、左腰宜穴のみを便通穴とよぶ。L4棘突起左下外方3寸。腰方形筋の外で、腸骨稜縁の直上を取穴。やや内下方に向けて3㎝刺入。森秀太郎著「はり入門」では、「深さ50㎜で下腹部に響きを得る」とある。下行結腸内臓刺になる。

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2.小腸に対する腹部からの刺針
 
 

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1)天枢深刺(森秀太郎「はり入門」医道の日本社)   
   
森秀太郎が最も重視しているのが天枢への雀啄針であった。同氏の天枢刺針は、臍の外方1.5寸にとっている(教科書的には臍の外方2寸)。15~30㎜直刺し、腹腔内に針先を入れ、腹腔内刺入を目標としている。 中国の文献では、天枢から深刺し、下腹から下肢へ引きつれるような針響を得て、初めて効果が出ると説明している。

 

2)臨床のヒント

①天枢の浅針は、腹直筋刺激だが、深刺すると腹直筋→大網→腸間膜・小腸と入る。
森秀太郎が最も重視しているのが天枢への雀啄針だったという森の天枢刺針は、臍の外方1.5寸(教科書的には臍の外方2寸)の部から、15~30㎜直刺し、腹腔内刺入を目標としている。針響を肛門に得るのがコツだという。 
こんなに深刺して大丈夫なのかと心配なるが、中国の文献では天枢から深刺し、下腹から下肢へ引きつれるような針響を得て、初めて効果が出ると説明しているものもある。


②大網とは、腹膜と腹腔の隙間にあり、胃からエプロンのように垂れ下がっている膜状の組織で腹膜の一部である。腹部炎症を広げず閉じ込める役割があるとされる。大網には知覚がある。
腸間膜とは、腸を吊り下げるようにして固定している腹膜の一部で、腸に酸素や栄養を送る血管や神経が存在している。上行結腸、下行結腸、直腸は腸間膜を持たず、腹壁や骨盤腔に直接固定されているので、体内で移動することはない。これに対して横行結腸、S状結腸は、腸間膜に覆われているが、腹壁には固定されていない。高齢者の便秘患者では、腸間膜がゆるんで垂れ下がるので、腸捻転や腸閉塞を起こす原因となる。

③柳谷素霊は、四満(柳谷は臍下2寸に石門をとり、その左外方1寸の部をとっている)から刺針する。実証者の便秘には、2~3寸#3で直刺、2寸以上刺入して、上下に針を動かす。この時、患者の拳を握らせ、両足に力を入れしめ、息を吸って止め、下腹に力を入れさせる。肛門に響けば直ちに息を吐かせ、抜針する。 虚証者の便秘には、寸6、#2で直刺深刺。針を弾振させて、肛門に響かせる。この時患者は口を開かせ、両手を開き、全身の力を抜き、平静ならしめる。いずれも肛門に響かないと効果もないと考えてよい、と記している。

大網・腸間膜に刺入すると肛門に響かすことができるらしい。このような先達の工夫があるからこそ、後に続く者は指標にすることができる。

 

3.下行結腸・S状結腸に対する骨盤内筋の筋膜刺激
  
下行結腸やS状結腸は後腹膜臓器なので、これらの腸管を直接鍼で刺激するのはかなりの深刺が必要である。これら結腸への直接刺激でなく、骨盤内の腸骨筋または内閉鎖筋過緊張あるいは 癒着により腸管の通過障害を生じている可能性があり、腸骨筋や内閉鎖筋への刺針が治療になることがある。
 
1)腸骨筋刺針としての左府舎刺針     
   
教科書での府舎は、恥骨上縁から上1寸の前正中線上に中極をとり、その外方4寸で、鼠径溝の中央から一寸上を取穴する。府舎を便秘で使うと書いているのは、森秀太郎(『はり入門』医道の日本社)で、寸6の6番の針で、やや内方に向けて10~30㎜ほど刺入すると、下腹部から肛門に響きを得る、とある。
私の意見:左府舎からの直刺は下行結腸に入れるというより、その外方にある腸骨筋に入れて響かせることを意図していると思われた。肛門に響くのは、陰部神経刺激によると予想した。

腸骨筋は大腰筋の影に隠れて一見すると目立たない筋だが、骨盤内で広い体積を占めている。腸骨筋が股関節に癒着して鼠径部痛を起こすことが知られている。鼠径部外端から内方1/3の部から刺針することは、この部に糞塊を触知できる弛緩性便秘の治療に使えると主張する者もいる。   
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2)秘結穴(左腹結移動穴)    
     

秘結穴は、木下晴都『最新針灸治療学』医道の日本社に載っているツボである。一般的な左腹結部位(臍の外方3.5寸に大横をとり、その下方1.3寸)では効果が期待されないと記されている。仰臥位、左上前腸骨棘の前内縁中央から右方へ3㎝で脾経上を取穴する。3~4㎝速刺速抜する。この刺針は、鍼先が腹膜に触れるため、約2㎝は静かに入れて、その後は急速に刺入し、目的の深さに達した途端に抜き取る、と木下は記している。
   
私の意見:本穴の刺法も、前述の府舎と同様、腸骨筋刺針になると予想した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現代鍼灸でのツボの効かせかた⑥頭部編 

1.百会と囟会

 1)解剖と位置
百会:前髪際を入ること5寸、頭頂部のやや後方。正中線上。頭頂孔がある。
囟会:前髪際を入ること2寸。正中線上。大泉門部。

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2)臨床のヒント

①百会(ならびに通天)は、頭頂孔あたりにある。頭頂孔は頭蓋の外側にある浅側頭静脈と頭蓋の内側にある上矢状洞を連絡する血管通路で、頭蓋内の鬱血、静脈血の環流の妨げがあると、頭蓋の外側に導出静脈を介して環流をはかる機能がある。(石川太刀雄「内臓体壁反射」1962年より)。代田文誌氏は、百会・通天に刺針施灸または瀉血すると、この部分の血行を促進し、したがって頭蓋内の鬱血を除くと考えた。

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②ヒトは起きていると、徐々に脳の深部温度が高くなる。そして過熱状態になると、熱から脳を守る意味で眠気を感じる。入眠開始当初のノンレム睡眠は脳の核心温と体温を強く下げる役割があることが知られている。この事実から、頭痛や不眠等の愁訴に対して、脳の核心温を下げることは治療になり得るだろう。

③これまでも百会に鍼灸すると鎮静効果は得られることが知られていた。実際、百会に灸して脳波を調べると、α波が増えることが確認されることがわかった。ただしα波が出るのは、百会に効果あるとされる主治症の一つである頭重感がある場合に限られた。(七堂利幸, 有地滋ほか「百会施灸時の脳波変化 と情緒的意味」)
鍼灸治療で、百会に施術しようと思うのは、患者が無論のこと百会の主治症をもっている時である。

④頭板状筋のトリガー(下風池)活性では、頭頂部に放散痛が生じることがある。この知見は、かつて鍼灸国家試験に出題されたことがあり、非常に驚いたことがある。こうした内容はすでに鍼灸学校教育で教えられているということだろうか。

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⑤百会刺激の適応症は、交感神経緊張症(頭痛頭重、ストレス、不眠といった交感神経筋緊張状態であり、これらを副交感神経緊張に誘導するのが治療目的である。これに対して囟会は交感神経を活性化させるツボとして百会と対照的である。
囟会は三叉神経第Ⅰ枝の支配領域であり、鼻粘膜と同じ神経支配であり、鼻炎や副鼻腔炎に対して灸治されることが多い。頭髪の中なので、灸痕が目立たないこと。患者自身、鏡を見ながら施灸できることに理由がある。

 

2.頭維
1)解剖と取穴
神庭(前髪際の上方5分、前正中線上)から外方4.5寸。額角髪際。

2)臨床のヒント

①側頭筋緊張を生ずる代表は緊張性頭痛で、きついハチマキを巻いたような、きつい帽子をかぶったような、締め付けられる痛みとなる。トラベルによれば、側頭筋部の痛みは、側頭筋だけでなく僧帽筋・後頸部筋・胸鎖乳突筋など多数の筋の放散痛部位になっているという。したがって、側頭部の痛みがどこからくる放散痛なのかを調べ、その発震源となっているトリガーポイントに施術するべきである。

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②側頭筋そのものは薄く広い面積をもつ筋である。トラベルによると側頭筋のトリガーは外眼角と耳尖を結んだ線上数カ所にあるので、頭維が側頭筋の代表刺激点とはいえない。

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③私見になるが、側頭筋コリに対しては針で水平刺しても、多数のコリに当てるのは難しいので、ツボが浅いこともあって指圧の方が適していると思っている。頭髪があるので灸や円皮針は使いづらい。坐位にさせ、術者の両手指を側頭筋に当て、押圧しながら大きく円を描くように側頭部皮膚とともに側頭筋を動かすようにする。
 

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網膜色素変性症に対する針灸治験例(47歳男性 自営業)

1.病名:網膜色素変性症による視力低下、視野狭窄、夜盲

2.現病歴:

小5の時に上記診断がついた。小学生時代は何とか健常者と同じ学校に通学できた。以来、症状はゆっくり進行していたが最近は進行停止している。現在視力は0.06。
これまで日本各地の鍼灸院に通っている。最も効果があったのは中国の先生の治療だったが、その先生は鍼灸治療自体を引退してしまった。当針灸院にはブログを見て来院。職業は父親と共に自営業をしている。

3.網膜色素変性症の概略

眼科疾患の一つで、成人中途失明の3大原因の一つ。数千人に一人の頻度で起こるとされている。盲学校ではこの病気の生徒が一番多い。進行性眼科疾患で、遺伝的要因が大きい。
始めは桿体細胞(明暗に関係する細胞)が機能しなくなり、徐々に錐体細胞(視力や色に関係する細胞)も機能しなくなる。
まず夜盲→次に視野狭窄(横から飛び出してきた自転車を避けきれない、視野外にある茶椀をひっくりかえす)→発病20~30年後に失明
※改めて調査すると60歳以上で、7割の者が視力0.1以上を保っている。両眼とも失明(光も感じない)者は1%

 

4.網膜色素変性症に対する中国の鍼灸治療
 
昭和62年8月の新聞記事で、中国における網膜色素変性症の針灸治療の驚異的効果が紹介された。網膜色素変性症の患者が針や漢方薬による5ヵ月間の治療で、視力0.3が0.8となり、5°の求心性狭窄だった視野角が55°に広がったという。
 これに対する日本医事新報(昭63.3.12) の質疑で次のような回答があった。中国における治療の前後にこの患者にあたった複数の医師によれば、「視力は治療前後で不変、治療後の検査で耳側に若干の視野拡大を認めた」とする報告もある。本疾患の本態が、視細胞外節に始まる網膜組織の変性、崩壊、消失であることを考えると、一旦変性に陥った細胞が再生することはありえず、視力が改善し視野が格段と拡大するような治療法は現在はありえない、と。

5.当院での鍼灸治療

1)患者の要望に応える

この患者は、いろいろな鍼灸治療を試みており、どの治療が最も効果的だったかを自分自身知っているので、どういう施術を希望するか聴取し、次の回答を得た。
①針は中国鍼のような太い針がよい
②眼窩内刺針で、とくに睛明あたりからズンとくるような響きが欲しい
③眼窩内刺針ではたまに眼瞼に内出血することがあるが、自分は針先が血管に当たったことが分かる。その感覚があった際、伝えるのでそれ以上深く入れないでほしい。
⑤眼窩内刺針以外には、頭頂部に針が欲しい。太陽・頭維・天柱・風池の刺針はとくに効果を感じない。

2)睛明付近眼窩内刺針

①仰臥位。眼窩の骨際と眼球の境に指を曲げて按圧しつつ、眼窩内縁の硬結を探る。発見した反応(睛明~上睛明部位となることが多い)点から2番針(ときに4番針)を用い、2本程度刺入、内部で緊張した筋内に針先を入れる。深度3㎝前後。左右計4本。30分置針。10分毎に眼窩内刺針を雀啄刺激。置針中、時々自分で黒目をぐるぐると動かす運動を行うよう指示。なお使用鍼では中国鍼も使ってみたが、刺痛が強いので和針に切り換えた。
②百会あたり数本30分置針。
③坐位にて上天柱、下風池手技針 
④他の部位は施術せず

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3)治療効果と感想

睛明や上睛明には解剖学的な特異性があるとは思えないが、誰しも眼の疲れを感じた時、鼻根をつまむように内眼角を押圧する癖があるので、何らかの要素があるのかもしれない。
上記の当院の治療を行うと、毎回施術後に視力向上するも、その効果は当日止まりといった状況である。ただしこの患者は、片道1時間の通院時間にもかかわらず、週1回ですでに6ヶ月通院を続けていることを勘案すると、この治療に何らかの長所があると感じているらしい。

※眼窩内刺針については、20210年1月8日発表「眼窩内刺針が刺激対象とするもの ver.2.2」ブログ参照のこと。


後頸深部筋の解剖と鍼灸治療 ver.2.0

1.後頭下筋を除く後頸部筋の筋構造
   
背部にある筋のうち、脊髄神経後枝に支配される筋群を固有背筋とよぶ。したがって脳神経に支配される僧帽筋や、腕神経叢に支配される広背筋、肋間神経に支配される上・下後鋸筋は脊髄神経前枝の支配のため、固有背筋に含めない。

後頸部の筋について個別にまとめるが、後頭下筋群については、すでに本ブログでも書いているので省略する。

<ブログ:本稿での後頸部の経穴位置と刺激目標>

https://blog.goo.ne.jp/admin/editentry?eid=813c479992742718841d4e2777582ff0&p=1&disp=50

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2.頸椎回旋時、浅層筋では頭・頸板状筋が収縮

1)頭・頸板状筋の機能    
頭・頸板状筋は、C3~Th5の棘突起に起始し、乳様突起とC1C2横突起に停止する。すなわち頸椎回旋時には、実際ははTh5椎体まで回旋運   動する。

 

 

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2)頭・頸板状筋の鍼灸治療
たとえば寝違いなどで首の回旋制限がある場合、鍼灸治療ではC3~Th5棘突起一行の反応点に刺針するのが効果的である。

 

2.頸椎回旋時、深層筋では横突棘筋が収縮 
 
1)横突棘筋の機能 
 横突棘筋とは、横突起と棘突起を結ぶ筋という意 味で、浅層から順に半棘筋・多裂筋・回旋筋の3種をいう。横突棘筋は短背筋ともよばれ、脊柱起立筋の深層にある。
※横突筋語呂:おおっと、反対かい?   おおっと(横突),反(半棘)対(多裂)かい(回旋)?

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2)板状筋と横突棘筋の関係

板状筋と横突棘筋の機能はアクセルとブレーキの関係である。板状筋の収縮により頸部が一方向に回旋すると、横突棘筋は頸椎が回旋し過ぎぬよう運動を制止し、また頸椎アラインメントを揃える役割がある。
  
3)横突棘筋への鍼灸
 
頸椎回旋運動の障害時の鍼灸治療点は板状筋・横突筋に関係なく、C3~Th12棘突起傍の一行に深刺する。この時の頸椎一行刺針の際、側臥位で頸椎を前屈させると、頸椎の後弯が減るので中部頸椎棘突起を触知しやすくなり一行刺針も棘突起傍に正しく刺入できるようになる。


3.頸椎の前後屈では頭・頸・胸半棘筋が収縮
  
1)頭・頸・胸半棘筋の機能

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後頭骨~C7間で頸部の前後屈は行われ、胸椎はあまり動かない。この動きの主体は、頭・頸・胸半棘筋である。頭半棘筋は項に発達しており、代表治療点は上天柱である。頸椎の屈伸では、頸椎が動き、胸椎は動かないから力学的ストレスがC7/Th1椎間関節に加わりやすく、代表治療穴は、大椎や定喘となる。

筋線維は脊柱とほぼ並行に走るので、頭蓋骨~頸椎~胸椎を背屈させ、あるいは屈曲を制動する。頭半棘筋は太く発達しており、頭の重量を支持する。寝違いでの痛みでは、頸半棘筋や胸半棘筋に刺針したまま、頸部の自動運動を行わせると、次第にROM拡大してくることを、しばしば経験するのも、これを裏付ける。

通勤電車の長椅子に座ってうたた寝している際、頭半棘筋が緩むほど眠りが深くなれば、座っていられず、長椅子に倒れるようにして寝込むことになる。
 
2)半棘筋への刺針

後頸部痛を訴える者であっても、半棘筋緊張を診察するには、後頭隆起部の上天柱とC2~Th12一行にトリガーがでるので、中背部の高さまで一行の反応を調べる。本筋は抗重力筋なので、筋が緊張状態にして刺針する方が効果がある。坐位で施術するのがよい。筆者は高齢で高度円背者も頸痛に対し、中部胸椎一行刺針で症状がとれるケースを経験した。

※半棘筋には、頭・頸・胸の種類があるが、要するに背中の上半分にあることから、「半」棘筋との名前がつけられた。


3)長・短回旋筋も半棘筋の機能と類似しており、背部一行刺針で同時刺激できる。

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4.まとめ

後頸深部筋の解剖と鍼灸治療についてみてきたが、後頭下筋に対する治療は別とし、結論は単純で鍼灸治療は次のようになる。

1)頸椎の前後屈痛‥‥‥後頭骨-C1間にある上天柱(大後頭直筋)、およびTh12棘突起傍(頭・頸半棘筋)に深刺

2)頸椎の左右回旋痛‥‥C3以下の圧痛ある棘突起一行(頭板状筋)、および大椎一行(頭板状筋)に深刺(ただし頸部を前屈して探り刺針)
C1C2間の動き改善のため下風池刺針(頭板状筋)も併用。

なお僧帽筋は左右肩甲骨を近づけたり、引き上げに作用するのであり、頸部運動にはあまり関与していない。

                                            

アキレス腱炎付着部炎に下腿三頭筋の運動針が有効だった症例(73歳女性、主婦)

1.主訴:右アキレス腱部痛

2.現病歴:1ヶ月前より、歩行時に右アキレス腱部が痛みを感じるようになった。思い当たる理由はない。

3.所見:アキレス腱の踵骨停止部に圧痛、あり。発赤、腫脹なし。

4.診断:アキレス腱付着部炎
 
R/O (除外すべき疾患)アキレス腱炎:本症であればアキレス腱踵骨停止部の、上方2~6cm部分のアキレス腱の腫脹・圧痛を生ずる。

R/O アキレス腱滑液包炎:アキレス腱の踵骨停止部は強い摩擦にさらされている。この力学的トレレスを緩和するため、アキレス腱停止部の前後にアキレス腱下滑液包が存在している。このアキレス腱滑液包も長期的に強い摩擦にさらされると炎症が生じ、痛みと熱感が生ずる。局所は腫脹し、圧痛の範囲はアキレス腱付着部炎より広い。ズキンとする痛み。

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5.治療方針

本例は、外傷歴がなく比較的単純な病態だったので気持ちに余裕があったため、アキレス腱の元の筋である下腿三頭筋に対する運動針体位を工夫してみた。

6.治療内容と経過

第一診療
仰臥位。圧痛点であるアキレス腱の踵骨付着部から3点ほど選穴して刺針。そのまま足関節の背屈、底屈の運動針実施。さらにアキレス腱の伸張に制動をかけるため、踵骨-下腿三頭筋のキネシオテーピング。

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第2診察
1週間後来院。アキレス腱の痛みは依然と存在しているとのこと。立位でアキレス腱の踵骨付着部から3点ほど刺針、および下腿三頭筋の圧痛点4箇所ほど選んで直刺1㎝。そのまま膝の軽度屈伸運動を指示。しかしこの運動は非常に痛がるので中止。キネシオテーピングは前回同様実施。

第3診察
①1週間後来院。この患者は初診時だいたい3回くらいで改善する旨を伝えており、今回がラストのつもりだったが、まだアキレス腱の痛みは初回の半分以上ある様子だった。
②前回の立位での下腿三頭筋運動針は、痛がったので中止した。今度は体重負荷がない状態で下腿三頭筋運動針を行ってみることにした。
 伏臥位。ひざを軽く屈曲させ、足首の下に膝用マクラを入れる。その姿勢で下腿三頭筋圧痛点4~5箇所に直刺したまま、足首の背屈底屈運動10回実施。これはあまり痛くないようで、指示通りの運動針実施できた。刺針している針も上下に動いた。
③治療直後、患者から初めてずいぶん歩行が楽にできるとの報告を受けた。

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陰部神経痛の病態と現代鍼灸治療 ver.3.0

1.陰部神経の解剖生理
  
陰部神経叢は第2仙骨神経~第4仙骨神経の前枝から構成されており、尾骨に向かって下降する。仙棘靭帯をくぐって大坐骨孔を出て、すぐに仙結節靭帯をくぐって小坐骨孔中に入る。
陰部神経はその後に、会陰神経、後陰茎神経(♂)、後陰唇神経(♀)、陰茎背神経(♂)、陰核背神経(♀)、下直腸神経、骨盤内臓神経などに分岐し、その運動と知覚を支配している。
陰部神経は、肛門挙筋と外肛門括約筋の運動を支配しており畜便・畜尿時に漏れを防ぐ役割と、 排便・排尿時に意志により、大小便排出を我慢する役割がある。また生殖器を支配している。
肛門、外生殖器の皮膚知覚もつかさどっている。また陰部神経の末梢枝は下腹を上行するので、中極からの深刺では陰部に針響を送ることができる。これは膀胱炎や尿道炎の治療に用いられている。

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2.陰部神経痛の原因と症状

原因:長く座っている。座っている姿勢が悪い。自転車によく乗る。出産。お尻を強打。
症状:慢性的な肛門の痛み、肛門の奥の痛み、会陰の痛み、性器の痛み、骨盤の痛み(尾骨も含む)


3.陰部神経刺針の適用と技法
 
1)陰部神経刺針の基本

患側上の側腹位。上後腸骨棘と座骨結節を結んだ中点をとり、その1寸下方に陰部神経刺激点をとる(三等分して、坐骨結節側から1/3とする方法もある)。3寸8番針で皮膚面に対して直刺し、陰部に響かせる(陰部に響かない場合、響くまで試行錯誤)。響かせた後、通常5~10分間ほど置針。

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2)仙棘靭帯を目標にした陰部神経刺針
陰部神経が絞扼されやすい部の一つとして仙棘靭部で陰部神経が通過する部がある。
前述の「陰部神経刺針の基本的方法」の深刺直刺することで、仙棘靭帯あたりに鍼先を誘導できる。

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3)陰部神経が内閉鎖筋を覆う筋膜を走行する際に通る陰部神経管(アルコック管)での絞扼
  
①病態
陰部神経管は、内閉鎖筋膜の内側に位置するトンネル状構造の組織である。陰部神経管内には、陰部動・静脈および陰部神経が通っている。
内閉鎖筋の起始は、寛骨内面(弓状線下)で閉鎖膜周囲である。途中坐骨結節を越える部分で走行が直角に折れ曲がり、大腿骨転子窩に停止する。すなわち内閉鎖筋は、力学的に脆弱な部といえる。内閉鎖筋は緊張を強いられて、アルコック管が圧迫されて陰部神経の神経絞扼障害が起こりやすいとされている。 ゆえにアルコック管は陰部神経絞扼されやすい第2の部位といえる。
仙棘靭帯の圧迫好発部よりも、肛門に近い部位なので、肛門症状・泌尿器・婦人科症状膀胱直腸症状や間歇性跛行症状が出現しやすい。

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②肛門挙筋とアルコック管部への刺針 
長強穴外方3㎝からの直刺深刺する。患側上のシムズ肢位にて実施。長強穴(尾骨下端)の外方3㎝を刺針点とし8㎝直刺→→肛門挙筋→内閉鎖筋部のアルコック管部あたりに至る。


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高野正博医師(大腸肛門センター高野病院)は、このような肛門の奥が痛むと訴える患者に、直腸内指診をすると、圧痛ある索状の陰部神経を触れ、患者はその痛みがいつもの痛み症状と同じことを認めると記している。陰部神経痛時には、排便障害(便が出しにくい、残便感) が生じる例もある。本刺針は、骨盤神経(S2,3,4)の副交感神経症状である排便障害にも関与している。なおこれまで肛門奥の鈍痛は、肛門挙筋痛と考えられてきたものだった。また慢性前立腺の障害を疑われることもあった。

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上述の記刺針を実際の患者2例に試行してみると、従来の陰部神経刺針位置からよりも肛門部に強く響くと申告したことで、肛門症状が強い場合は試みるべき方法だと思われた。
 
③坐骨結節内縁から骨に沿わせる鍼
 長強の外方3㎝からの深刺は、直腸壁を刺激するので、肛門症状がある場合に適用すべきと思えた。では直腸に刺針せず、直接的に閉鎖孔の内閉鎖筋内縁部のアルコック管を刺激する方法はあるのだろうか。これは筆者が肛門奥の痛みを訴える患者に行ってきた方法であった。

この部に針先を誘導するには、患者を仰臥位にし、術者は患者の半身を前方に折る姿勢を持続するよう(赤ちゃんがオシメを交換する時の姿勢)補助しつつ、坐骨結節の内縁の圧痛を調べる。圧痛あるようならば、3寸#8相当の中国鍼でアルコック管に向けて8㎝程度刺入する。陰部神経を刺激すると陰部に響きが得られる。


4.陰部神経刺針のコツ
筆者はすでに3000回以上の陰部神経刺針を行い、効果を増大するための試行錯誤を行ってきた中で現段階の結論は次のようなものである。

①伏臥位よりも側臥位で実施
側臥位のシムズ肢位で行うと、臀筋が適度に伸張され遊びがなくなるので、陰部神経刺針点深部の圧痛を触知しやすく、刺針においても深部神経に命中しやすい。3寸針を用いてその7割ほど直刺した段階で筋硬結に命中し、上下の手技針を加えていると間もなく肛門奥に響くようになる。針先が筋硬結に当たらないようであれば失敗なので刺針転向法で筋硬結に当てることを目指す。

②大腿後側への響いた場合
陰部神経刺針大腿内側に響いた場合、後大腿神経を刺激したことが考えられる。刺針転向法で針先を少し外側に向けて刺し直す。

③運動鍼併用
殿部深部筋は、上双子筋・梨状筋・下双子筋・内閉鎖筋があって、どれも股関節外旋作用がある。したがって、四つ這いで陰部神経刺針をした状態で、殿部を自力で左右に動かす動作が陰部神経運動針法になる。実践的には四つ這い位で、上下に殿部を動かしたり、正座位に近づいたりなど色々な動作を行わせる。その時、同時に鍼に旋捻術(一方向に鍼を回転させ、組織をからめる)を併用するとさらに効果がある。

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④肛門奥の痛みやEDに対して、陰部神経基本刺針はあまり効果なく、間歇性跛行症状には効果ある印象。肛門奥の痛みには、長強から外方3㎝から直刺深刺は試みたい方法。

⑤肛門奥の痛みに対して陰部神経刺針で肛門に響かせた後10~30分置針するのは直後効果はあっても持続効果は2~3日に留まることが多かった。そこで刺激の種類を変えて低周波通電やノイロメーターによる直流通電を試みたが効果はなく、灸も効果がなかった。

⑥持続作用をもたらす方法は、中国鍼(#8)3~4寸を用いて肛門に響かせ、提挿法(針の上下運動手技針)を10秒以上行って肛門に針響を与え続ける方法だった。現在は30分置針とし、10分毎に10秒間の手技針を行うという方式で行うと、1週間程度の持続効果が得られるようである。 

※陰部刺針が間歇性跛行症に効果あるのかは、長い間不明だった。しかし最近になって陰部神経刺針では結局閉鎖膜部分の内閉鎖筋の緊張を緩めているのではないかとする考えが生まれてきた。

 

凍結肩の運動療法の整理

拘縮期の五十肩に対しては、鍼灸治療であっても、あまり効果的な方法がない。肩関節癒着には無効なのであって、治療の中心は運動療法主体になる。なお運動療法に温熱療法を併用することの効果は広く認められているが、電気をかけたり磁石を貼ったりするのはエビデンスに乏しい。

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1.古典的な運動療法 

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2.関節モビリゼーション

1)モビリゼーションとは
整体手技の一種で、瞬間的矯正をかけることなく、関節に細やかな運動を繰り返し与え、硬直した関節部分を動くように回復させたり、痛みを軽減させるテクニックのことをいう。関節モビリゼーションともいう。
 
2)癒着をゆるめ、肩関節腔を拡大する手技 
凍結後であれば通常の針灸では治療法に乏しく、ROM拡大を目的とする手技療法が主体となる。関節包下方が短縮していたり、腱板の骨頭を関節窩に引きつける求心力が低下している場合、自動運動で上肢を挙上すると、骨頭の下方移動が障害され、上腕骨頭を包む腱板と、これを上方から覆う烏口肩峰アーチと衝突が生じ、運動痛を誘発したり、この部分の炎症を生じさせる。
この衝突を避けるため、上肢の長軸に沿った遠位方向への牽引力もしくは徒手的に骨頭の下方移動を働かせながら可動域を拡大する方法が考案されている。

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 2)凍結肩に対する筆者の工夫した関節モビリゼーション
  
肩関節腔を拡大する手技として、以前筆者は、「側方引き出し運動」を参考に、下写真の手技を考案した。十年ほどこの方法を実践していたが、術者が力を入れて上腕を引っぱっている割に、肩関節腔拡大に作用する力の効率が低かった。

現在は上腕骨を下方に強く引っぱるのではなく、関節を外旋を加えつつ上下に動かすようなった。仰臥位、患者の脇の下に術者の足先を入れ、これを支点に患肢を保持する。患者に痛みを与えない範囲で、ゆっくりと外転・外旋の他動運動を実施する。一度に3分間以上繰り返し行う。この方法により可動域が拡大できることが多い。

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3.PNF(proprioceptive neuromuscular facilitaition;固有受容性神経筋促通法)手技

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上図は五十肩に対するホールドリラックスで、カリエはこれを「リズミックスタビリゼーション(律動固定)」と名付けた。
①患者はセラピストの指示に従い、上腕を上下左右に動かす。その時セラピストは患者の上腕を持って腕の動きと逆方向に力を入れる。
②患者、セラピストとも筋力を使っているのだが、その力が拮抗し打ち消しあっているので、上腕はあまり動かない(等尺性運動になる)。
③力を入れた主動作筋に対して、反対側にある拮抗筋は緩むという性質を利用する。これをⅠa抑制とよぶ。筋の緊張を緩めることで関節可動域の拡大を図る狙いがある。
④鍼治療では、肩関節付近の最大圧痛点に浅刺した状態で本法を行うとよいだろう。

 

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肩関節ADL制限の鍼灸治療  その1 肩関節外転制限

1.序

私はこれまで計411題のブログを発表したが、この中でコンスタントに最も閲覧数が多かったのは、「結帯動作制限と結髪動作制限に対する鍼灸技術」(2020.10/23)だった。いかに多くの鍼灸師が肩関節疾患の治療で困っているかの現れであろう。 
現在の「現代鍼灸臨床論Ⅰ」の肩関節痛章の内容を十年前と比べると、驚くほど違っていることを発見したが、これも迷える自分を示すものに相違ない。十年前の記載内容にも間違いがあるわけでないが、鍼灸師が鍼灸治療するために必要な知識・技術を提示するという使命が疎かになり、単なる知識の紹介に留まった部分があったように感じる。 

過去の私のブログで肩関節痛に関するものは19題あった。十年に及ぶ時間的経過があるので、現在の考え方とは違っている部分が多々あり、後に明らかになった知識も書き加える必要があった。今ならもっと違った内容のブログになるとの思いもあって、再整理することにした。内容の多くは過去に発表したブログと重なってくるので、これら過去ブログは近日中に消去予定である。

ところで、その整理の方法だが、病名別の鍼灸治療の説明ではなく、ADL制限別に解説すればよいのではないかとの結論に落ち着いた。その発端となったのが下図の考案だった。

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肩関節障害でよく生じる結髪動作制限や結帯動作は主に筋の柔軟性に関係するので、リハビリ的診断には有用であっても病名の診断にはあまり有用ではない。とはいえこれらADL障害は患者の苦痛に直結する。そして結髪動作制限と結帯動作制限では鍼灸治療のアプローチもも違ったものになる。

では外転制限の場合はどうか。外転制限の状況を診察することは、肩関節疾患の診断に大いに役立つ。と同時に鍼灸治療の方法も検討できる。
以上の考えから、肩関節痛を①外転制限、②結帯動作制限、③結髪動作制限に大別し、3回シリーズで病態把握と鍼灸治療に言及する。
         
前述した肩関節の外転制限の状況を診察することは肩関節疾患の診断に役立つのだが、結帯動作や結髪動作は主に筋の柔軟性に関係していて病名診断にはあまり役立たない。しかしながら根拠のある鍼灸治療をする際の治療のヒントとなり、治療効果の指標となる。

 

2.肩関節の外転運動の機序

①肩甲上腕関節(いわゆる肩関節のこと)において、凹面である肩甲骨関節窩は広く、この凹面上を、小さな凸面である上腕骨頭が上下にスライドする仕組みになっている。

②上腕骨頭を回転させて上腕を外転させるには、まず上腕骨頭の回転軸を定めなければならない。そのため肩腱板が緊張して上腕骨頭と肩甲骨関節窩を固定させる必要がある。

③回転軸を固定した後に、棘上筋だけでなく三角筋中部線維が収縮して上腕骨の外転運動が行われる。

④上腕外転運動は、三角筋中部線維と棘上筋の協調運動で行われる。

⑤上腕骨の外転90°までは、手掌を下にしても動かすことはできるが、それ以上外転すると上腕骨大結節が肩峰に衝突(=インピンジメント症候群)して、それ以上外転不能となる。

⑥上腕骨の大結節が肩峰にぶつからないようにするには、上腕骨を外旋し上腕骨大結節を肩峰に潜らす必要がある。そのためには手掌を上に向けた状態(外旋位)で外転させるのことで、外転180度はできるようになる。

⑦上腕挙上時の上腕骨の外旋運動は、肩関節肩腱板(棘上筋、棘下筋、小円筋)の筋収縮により起こる。肩腱板の障害では外転90°未満になることが多い。その代表疾患は肩腱板炎、肩腱板断裂(完全、部分とも)である。

 

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3.棘上筋の退行変性の病態生理 

1)棘上筋障害を生ずる代表疾患

肩関節疾患のほとんどは上腕ROM制限と痛みを生ずる。上腕外転筋は、棘上筋と三角 筋中部線維である。両筋に障害を生ずるのは、肩腱板炎・肩腱板部分断裂・凍結肩など主要な肩疾患である。
 

2)肩外転における棘上筋と三角筋中部線維の協調作用

肩関節の外転運動は、骨頭を上方に引っぱる三角筋中部線維と、体幹側に引きつける棘上筋が協調して円滑に行うことが可能になる。三角筋も棘上筋も老化するが、棘上筋の老化スピードが速い。この場合、肩関節を外転させようとすると、上腕骨を体幹に引きつける力不足で、上腕骨頭を中心軸とした回転運動が起こらず、上腕骨頭は上方に辷る。この状態で上腕を外転させようとすると、上腕骨大結節は烏口肩峰アーチの下をくぐることができない。上腕外転90度前後までしか可動できなくなる。無理をして上腕を動かそうとするので、肩関節の外転・外旋筋である棘上筋・棘下筋の運動支配神経である肩甲上神経が過敏になる。 
 

3)脆弱な棘上筋腱部の肩腱板

肩腱板、とくに棘上筋につづく腱板部分は、肩峰下滑液包や肩甲棘に圧迫されたり、摩擦されたりするため虚血が生じやすく、変形・断裂・石灰沈着などを引き起こしやすい。この部をカリエは危険区域と称した。  
肩腱板のすぐ上には肩峰下滑液包があり、腱板の炎症は二次的に肩峰下滑液包炎を起こしやすい。そして肩峰下滑液包炎の程度が強ければ、夜間痛関節の腫脹・熱感など急性の関節炎症状を併発する。
なお肩腱板炎は肩腱板部分断裂と問診や理学検査のみからは鑑別がつきにくいが、高齢者ではほとんどが肩腱板部分断裂である。


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4)腱板炎の炎症拡大
    
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発し、音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。

 

4.肩関節外転制限の鍼灸治療技法
 
1)肩髃から棘上筋腱への刺針
肩腱板炎の多くは棘上腱に相当する腱板部位に限局して痛む。棘上筋腱は、大結節に付着するので、その経穴部位である圧痛ある肩髃に刺針し、針先を棘上筋腱に入れる。
 ※学校協会教科書では、肩髃は本テキストの肩前の位置に定めている。       
 

肩髃穴から肩甲上腕関節内に刺入するには、肩甲上腕関節の関節裂隙を広げて行う。肩関節を外転すると、上腕骨大結節の隆起が烏口肩峰靱帯を通過する必要があるため、肩腱板の力で上腕骨下が下方に押し下げられることを利用する。しかし外転90°近くになると、上腕骨自体が肩髃刺針を邪魔するので、45°前後の外転姿勢に保持する。さらに肩関節内に刺入するためには肩関節部筋を弛緩させるのも重要なので、助手に前腕を保持してもらうか、前腕を机などに置いて肩部筋を脱力させる。この姿勢で床面に対して水平に刺入する。

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2)肩髎から肩髃への透刺(柳谷素霊の方法)
       
柳谷素霊の棘上筋に連続した肩腱板部の痛みに対しては、2寸針を用いて、肩髎から肩髃へ刺針を得意としていた。講習会などで五十肩患者がいると大いに喜んだという。肩髎から肩髃への透刺は、カリエの述べた危険区域部への刺激として、適切であることがわかる。単に肩髃や肩髎から刺針する場合と異なり、刺激目標が明確になる。
 
3)巨骨から棘上筋部への刺針

巨骨から直刺深刺すると、僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋→肩甲骨に入る。棘上筋の障害部は棘上筋の筋よりも腱部分なので、巨骨から肩峰方向に刺針して棘上筋腱に命中させる。
体位:側臥位でタオルを畳んでマクラにして頸を側屈位にさせる。
治療点:巨骨斜刺を行う。(刺入点は肩井)
刺針:3寸針を用い、肩井を刺入点として巨骨方向に斜刺し、針先を棘上筋腱部付近に到達させる。針に抵抗がなくなるまで置針。巨骨から棘上筋腹中に直刺しただけでは効果薄。
※治療者によっては3寸のような長針は使いたくないという者がいるだろう。3寸斜刺に比べて効果は劣るが、坐位にして寸6#3で巨骨から直刺して僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋と入れ、痛くない範囲で上腕の外転運動を行わせてもよいだろう。

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4)三角筋停止部刺針(臂臑)

頻度は少ないが、料理人やウエイトレスなど重量物を持つことの多い職業では、上腕骨の三角筋粗面(三角筋の上腕骨停止部)に骨付着部炎を生じ、上腕が上がらないことがある。この圧痛点の存在を患者は気づかないことが多く、本症のことを治療者が知らない場合は効果のある治療ができない。
三角筋停止部刺針(臂臑)の圧痛点に刺針しながら肩の自動外転運動を行わせると改善することが多い。なお臂臑は、腕の付け根と肘を結んだの中央にとるとされるが、実際には三角筋停止部に取穴した方がよい。

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※使用した経穴の位置(現行の学校協会の方法とは異なっている)

肩前:新穴。上腕骨頭部前面、結節間溝部。この結節間溝に上腕二頭筋長頭腱が走る。
肩髃:教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、前方の穴]と記載されている。本稿では中国の文献に従い、肩峰と大結節間にできる溝中を肩髃穴とした。
肩髎:教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、後方の穴」とある。本稿では肩峰外端の後下際にとる。大結節を挟んで、前方が肩前穴、後方に肩髎。

肩関節ADL制限の鍼灸治療  その2 結帯動作制限

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1.結帯動作制限と障害筋
   
エプロンやブラジャーをする動作または排便後にお尻を拭くという動作を結帯動作という。これは上腕骨の伸展+内旋+外転の複合動作になる。
関節や関節包の障害を別にして、結帯動作において棘下筋の伸張が不十分であれば、肩関節の伸展制限を生じ、烏口腕筋の伸張が不十分であれば肩関節の内旋制限が生じることが判明ししている。他に小円筋に問題があるとする見方もある。


2.棘下筋の障害

1)棘下筋と肩関節伸張制限
      下写真は結帯動作時の棘下筋の状態を示している。上腕骨頭は内旋するので、上腕骨頭小結節に停止する棘下筋は伸張を強いられている。棘下筋の圧痛点を押圧しながら、結帯動作を行わせると肩甲骨内可動域が改善されることが多い。

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2)天宗運動針の技法
   
針は天宗付近の圧痛硬結を数カ所発見し、そこに置針した状態で結帯動作の運動針をさせるとよい。一方、棘下筋のトリガーが活性化されると、上腕前面~外側の放散痛を生ずることが知られている。上腕外側痛は、棘下筋のトリガー活性化に由来する場合もあることを示してる。患者は痛む上腕外部を触ることはできるが、棘下筋を触れないので、患者自身は肩の前方が痛むと訴えることが多い。
 

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3)私の天宗運動針時の体位の工夫
   
シムズ肢位で手掌をベッドにぴったりとつけ、肘を90°屈曲位にする姿勢にする。ついで天宗圧痛点に置針した状態で、肩を回す(=肘を円運動させる)ようにすると肩甲骨が上下内外に動き、棘下筋に適度な刺激を与えることができる。どの程度の強さで運動鍼をするかの刺激量を患者自身で決めることができるメリットがある。我慢できる痛みの範囲内で10回~30回、回すよう指示する。

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2.烏口腕筋と肩関節内旋制限
     

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※烏口腕筋と天泉穴についての私見

以前の経穴テキストには、<天泉穴は腋窩横紋前端から曲沢に向かい下2寸で、烏口腕筋の筋上>とあったので本稿はこれに準じた。すなわち天泉は烏口腕筋刺激点として独自性があった。現行の天泉は腋窩前縁から曲沢に向かうこと下方2寸で、上腕二頭筋の長頭と短頭の間になり、烏口腕筋は無関係となってしまった。天泉も烏口腕筋も比較的マイナーな筋であるが、肩の結髪動作制限筋として臨床的重要性をもつ。ちなみに、烏口腕筋、上腕二頭筋、上腕筋は、ともに筋皮神経支配。またアナトミートレインでも深層フロントアームライン上にあるという共通点がある。

肩を90度外転・肘90外転、患者の指で自分の耳をつかむ姿勢をさせると、烏口突起と上腕内側を結ぶ筋を触知できる。これが烏口腕筋。上腕内側が引きつれて結帯動作が出来ない患者には、ここを揉むように指導するとよい。
 

2)烏口腕筋の触知

上腕内側が痛んで結帯動作ができないのであれば烏口腕筋の伸張痛を考えるが、患者自身は烏口腕筋の圧痛の存在を意識していないので、術者が烏口腕筋を押圧すると痛くて驚くことが多い。。治療は、術者の母指と示指・中指で烏口腕筋をつまみ上げるようにして伸張させ、圧痛ある天泉に刺針する。
烏口腕筋のトリガー活性時には、三角筋前部線維や大胸筋あたりに圧痛があるように感じる。

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3.小円筋

※肩貞と臑兪の位置についての私見
標準的には肩貞は腋窩横紋の後端から上1寸にとり、臑兪は肩甲棘外端の下際陥凹部にとる。しかし本稿では肩貞を腋窩横紋の下で大円筋上にとり、臑兪を腋窩横紋下で小円筋上にとっている。その方が臑兪は結帯動作の治療穴に、後述する肩貞は結髪髪動作の治療穴として理解しやすいため。

1)小円筋の機能
     
結帯動作制限には、小円筋も関与するという見方もある。小円筋 は肩甲骨の後面外側縁上部の1/2に起始し、上腕骨大結節の下部に停止する。棘下筋は上腕を背中側に引く作用なのに対し、小円筋は上腕を背 中側に引くことに加え、上腕外旋作用もある。小円筋上の経穴には肩貞(肩関節の後下方、腋窩横紋後端の上方1寸)がある。

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2)臑兪刺針の体位
   
臑兪への刺針は単に坐位や伏臥位で刺入するとスカスカするのみで筋に当たったとの手応えがない。椅坐位で肘をテーブルにつけて下向きに力を入れ、小円筋を緊張させた状態で筋硬結に刺入するとよい。

 

 

 

 

 

 

肩関節ADL制限の鍼灸治療  その3  結髪動作制限

1.結髪動作あるいは上腕外転の制限因子と治療方法
   
結髪動作とは、頭髪を後頭部で結ぶ動作のことで、肩関節の屈曲+外転+外旋の複合運動になる。それに加えて肩甲骨の上方回旋の合成動作。肩甲骨の上方回旋運動制限(僧帽筋上部繊維や前鋸筋の筋収縮力)および肩甲骨と上腕骨を結 ぶ筋の過収縮(肩甲下筋や大円筋の伸張不足)が問題となる。

2.肩甲下筋・大円筋刺激

1)大円筋刺激

 

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※上図で肩貞の位置は本稿独自のもの。標準肩貞はやや腋窩に近い小円筋上に取穴するが、そうなると標準臑兪の臨床的意義が不明になる。ゆえに本稿では、小円筋(臑兪)は結帯動作時に施術、大円筋(肩貞)は結髪時に施術とパターン化して捉えてみた。

患側上の側臥位で、できる限りの結髪動作体位をとらせる。すると肩甲骨が下方回旋して肩甲骨下角が外に出てくる。この状態で肩甲骨外縁~肩甲骨下角外縁に位置する大円筋に刺針。その状態で、術者は患者の肘を少しずつ押すことで上腕の外転角を強める運動針を行う。
     

☆ネコの背伸びポーズにての大円筋刺針
下図はヨガで「ネコの背伸びポーズ」、通称「ネコストレッチ」といわれるもの。四つん這いになり、尻をに引くようにする。この肢位で大円筋刺針を行う。 
 

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2)肩甲下筋刺針

 

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肩甲下筋拘縮の放散痛は、後方四角腔部に出現する。肩甲骨内縁(膏肓)から肩甲下筋刺針する。それには治療側を上にした側臥位にさせ、膏肓あたりから肩甲骨と肋骨間に向けて、3寸針を使って5~7㎝水平刺する。トリガーポイントに当たるとズンという針響が得られる。トリガーポイントに当たらないと響かないので、予定していた響き得られるまで刺針転向法を行う。

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患側上の側臥位にさせ、肩甲下筋に刺針したまま、刺激量過剰にならないよう注意しながら、ゆっくりと肩関節の自動外転動作を行わせると、さらに効果が増す。これには肩甲骨-肋骨間のファッシア(筋膜)癒着を剥がす意義をもつ。     

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橈骨神経高位麻痺による下垂手の針灸治療 Ver.3.0

今から5年ほど前に筆者は「橈骨神経麻痺には消濼の強刺激刺針」と題したブログを書いたが、今読み返せば、不備な内容になっていることを発見した。ここに全面的に書き換えることにする。

1.橈骨神経の走行の要点

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2.上腕部橈骨神経

腕神経叢より起こり、上腕外側の橈骨神経溝を下行(代表穴は消濼・手五里)し、上腕骨外側上顆(曲池)に向かう。橈骨神経は前腕へ向かうすべての伸筋、外転筋、回外筋を運動支配し、手関節や指関節の動きに関与する。上腕外側部圧迫や上腕骨骨折、ハニムーン症候群(長時間、新婦を腕枕)では、橈骨神経高位麻痺として下垂手になることが多い。

※下垂指:総指伸筋・小指伸筋の麻痺により、各指のMP関節が伸展不能となる(手関節、PIP・DIPの動きは正常)
※下垂手:下垂指状態に加え、長短橈側手根伸筋(←手関節背屈作用)も麻痺し、手関節運動不能、MP関節運動不能、PIPとDIPの関節運動は正常。

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橈骨神経高位麻痺では前腕橈骨側から手背部橈側皮膚の知覚低下が起こるが、前腕橈側は筋皮神経の皮膚知覚支配と重複しているので知覚麻痺は目立たない。しかし手根背側の合谷穴付近は橈骨神経の固有支配領域のため、限局した知覚低下をみる。

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3.末梢神経麻痺の分類(シェドン分類)

C線維を除く末梢神経の構造は、有髄線維であって「ニシンの昆布巻き」のようになっている。昆布の中心にあるニシンが軸索、昆布自体が髄鞘である。末梢神経損傷の原因により、損傷の程度は異なる。損傷の程度は次の3つに分けられる。

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1)ニューラプラクシー(一過性伝導障害)

圧迫などで一時的に神経が麻痺しただけの場合。軸索は正常だが、髄鞘(=エミリン鞘)が脱髄し、末梢に興奮が伝達されない。数日~数週間で回復する。長時間正座した場合に生じる足のしびれは、この最も軽いタイプ。

2)軸索断裂

軸索の連続性が損なわれているが、髄鞘の連続性は保たれている。断裂部から末梢はワーラー変性してしまう。髄鞘がつながっていれば、1日1㎜の長さで軸索が伸び、切断部末端側と出会えば神経は再構成される。これをつながって回復することが多い。打撲や骨折でよくみられる。

※ワーラー変性:切断端部より遠位の軸索が、神経細胞体からの連続性が断たれ、切断された軸索や髄鞘が変性に陥る状態。

3)神経断裂

鋭い刃物やガラスで切ったり、刺したりして、神経が完全に切断されている。近位断端から、再生軸索は伸長を開始するが、遠位断端までの間に間隙があることが多く、神経の自然回復は望めない。そのため、間隙を埋めるための神経縫合術、神経移植術が必要となる。

 

4.橈骨神経高位麻痺の針灸治療

1)病態把握

四肢の麻痺で最も高頻度なのは橈骨神経麻痺で、なかでも橈骨神経高位型の一過性伝導障害または軸索障害が多い。このタイプは、上腕外側中央部における長時間の神経圧迫によるものである。
針灸治療するに際しては、外傷歴の有無を確認する。神経断裂は外傷性なので、針灸の適応はない。


2)橈骨神経高位麻痺の針灸治療の方法と効果

「麻痺は虚証なので補法の鍼灸をする」という治療原則があるが、実際にはその通りにはいかないようだ。私は脳卒中後遺症の鍼灸である醒脳開竅法の方法と、「楊再春ほか著、今川正昭訳:神経幹刺激療法⑤、医道の日本(昭58年4月)」の記事に準拠し、圧迫が予想される部を中心として橈骨神経への直接刺針を行っている。

楊再春らの報告は次のようである。
患側上の側臥位。肘関節をやや屈し、手掌を下に向け、自然に胴の脇につける。圧迫原因部位である上腕外側中央部(消濼、手五里)に求め、太針で1寸ほど直刺して刺針転向法を用い、橈骨神経を直接刺激する。橈骨神経に針が触れると、前腕の伸展、手指の伸展が起こり、母指・示指・中指に向かう触電感が放散する。

基礎体力のある若年者のニューラプラクシー型の急性橈骨神経麻に対し、上記方法を行ると、治療直後から大幅な筋力向上が得られ、1~2週間で全治した症例が過去に2例があった。ある程度の自信をもってパーキンソン病をかかえる老人の急性橈骨神経麻痺に対しても同様の治療を行ってみた。しかし今回はほとんど効果がなく、治療3回で中断した。結局その老人は2ヶ月ほどかかって自然治癒したのだった。この者は、おそらく軸索断裂型だったのだろう。

5.橈骨神経高位麻痺と誤診した症例

寝ていて起きたら橈骨神経高位麻痺による下垂手になったという患者(69才、男)で発症3ヶ月後になって来院した患者がいた。外傷歴がないので神経断裂型と判断したが、それにしても回復が遅い。 

筆者が考える低位型の針灸治療ポイントとは、神経絞扼部であるフロセのアーケード部分(手三里付近)あたりに刺針、ただし運動神経なので電撃様針響は得られない。他に高位型に準拠して侠白にも刺針。両穴には低周波置針通電20分実施。念のために腕神経叢部(天窓)にも低周波20分置針を行ってみた。週2回治療ですでに3ヶ月経過しているが、目立った回復はみられていない。それでも整形医師は「しばらく様子をみましょう」とのことである。

 その数ヶ月後、患者本人から電話連絡があった。神経内科専門医の見立てで、「神経性筋萎縮症」ということだった。これは難しい診断で、専門医が言うには、整形外科医で診断するのは難しいとのこと。整形外科医にその旨を報告すると、「お役に立てなくて、ごめんね」と言ったという。神経性筋萎縮症であれば、さらに保存療法で様子をみてよい。

神経性筋萎縮症について簡単にまとめる。

①概念
一側または両側上肢の激痛で始まり、1~3週間後、痛みが改善するとともに、上肢の挙上困難と萎縮を認める。多くは原因不明である。ウイルス感染が主病因と推測されている。診断は針筋電図による

②治療
治療は特別なものはなく、予後がよいことから投薬を行わずに経過観察してもよい。予後は、90%以上が良好に回復する。36%が1年以内、75%が2年以内、89%が3年以内に改善する。

橈骨神経低位麻痺による下垂指の鍼灸治験

1.橈骨神経の高位麻痺と低位麻痺

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肘より上部である手五里付近の神経絞扼障害では橈骨神経高位麻痺になり下垂手となる。
橈骨神経は肘を過ぎたあたりで浅枝(知覚枝)と深枝(運動枝)に分かれるが、深枝走行で手三里あたりの神経絞絞扼障害では下垂指となる。

 

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2.橈骨神経低位麻痺(=後骨間神経麻痺)
 
1)橈骨神経深枝(運動枝)は前腕背面の三焦経に沿って走行する。橈骨と尺骨間には骨間膜があり、橈骨神経深枝は骨間膜の後にあることから、後骨間神経の別称がある。橈骨神経深枝の運動麻痺を後骨間神経麻痺ともよぶ。 
 
2)橈骨神経低位麻痺を生ずる神経絞扼を受けやすい部をフロセ(Frohse)のアーケードとよぶ。回外筋入口の狭いポケットのような隙間があり可動性が少ない。そこに橈骨神経深枝が入るので、回外筋の緊張が橈骨神経深枝を絞扼し、運動麻痺が起こる。

 

 

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3)橈骨神経低位麻痺では下垂指 Drop Finger が起こる。手関節の動きは障害を受けない。
下垂指の症状:指伸筋・小指伸筋の麻痺により、各指のMP関節が伸展不能となる。ただし手関節、PIP・DIP関節は動く。橈骨神経浅枝は正常なので、知覚障害は生じない。

4)後骨間神経麻痺の原因は、ガングリオンなどの腫瘤、腫瘍、Monteggia骨折(尺骨の骨折と橈骨頭の脱臼)などの外傷、神経炎、運動過多による絞扼性神経障害である。麻痺の程度と予後はシェドンの分類に従うが、上肢の骨折や挫創などで神経断裂の疑いがなければ、1~3ヶ月保存療法で経過をみる。


3.橈骨神経低位麻痺による下垂指の鍼灸治験(46歳、男性、画家)
 
1)主訴:右指が伸ばせない

2)現病歴
当院初診の2週間前から、急に右指が真っ直ぐに伸ばせなくなった。とくに示指と中指が伸びない。手関節の動きは正常。握力も左45㎏、右41㎏と問題なし。5年以上前に右尺骨神経麻痺で当院受診し、軽快した既往がある。

3)診断:橈骨神経低位麻痺(後骨間神経麻痺)

4)治療方針
神経絞扼部と予想するに置針20分。患側曲池の下2寸。長・橈側手根伸筋の深部にあるフロセのアーケード部(回外筋付近)から4~6カ所選んで1~1.5㎝刺入。低周波通電を試行し、指が最もリズミカルに伸展するポイントを何ヶ所か見つけて置針低周波通電(1~2ヘルツ)を20~30分間実施。あたりをつけて1~2㎝刺針してパルスをつなき、指が伸展するポイントの発見に努める。たとえば環指が最も動いた状況であれば針を橈骨方向に刺針転向すると中指や示指は最も動くように変化させることができる。
補助的に橈骨神経高位麻痺の神経絞扼部である手五里や、天鼎から腕神経叢をねらって刺針。これらに対しても20~30分間低周波置針。
 
5)経過と意見
これまで週1回のペースで4ヶ月半治療した。現在、最も指が伸びなかった示指・中指ともに、検者の軽い抵抗に逆らって伸張筋力を獲得している。本患者はシェドンの分類では軸索断裂に相当すると思えた。外傷歴はないので神経断裂ではなく手術の対象にはならない。後骨間神経は知覚成分を含まないのでチネルサインでの神経断端部の確認はできなかった。
下垂指は下垂手と比べて障害範囲は狭いが、だからといって下垂手より治りやすいということはない。 

 

 

 

「条口から承山への透刺」その適応 Ver.1.1

1.五十肩に対する条口から承山への透刺の方法 

かなり以前から、中国では五十肩に対して健側の条口から承山に透刺(2穴を貫く)する方法が発見された。略して条山穴ともよぶ。実際に2穴を貫くには6寸針が必要である。 

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肩関節痛患者に対し、仰臥位または椅座位にさせて、4~10番相当の針を用い、健側の条口(足三里から下5寸、前脛骨筋中)から深刺する。そして針を上下に動かしながら、肩関節部の自動外転運動を行わせると、肩関節周囲への施術だけでは改善できなかった肩可動域制限も、半数程度の患者では可動域増大すことを経験する。なお元々は健側刺激となっているが、患側治療でも大差ない効果となる。しかし持続効果は短いのが欠点である。

2.奏功条件

なぜ条山穴は、肩関節痛に効果があるかに解答することは困難だが、どういうタイプの肩痛に適応となるかを、台湾の中医師である陳潮宗氏は次のように報告した。

陳医師は、発症後1ヶ月以上を経過した者で、外転角100°未満、外旋45°未満、内旋45°未満であった14例の五十肩患者に条口-承山透刺を行った。その結果、肩甲上腕関節の外転可動域は、ほとんど改善しない(平均1.7°)が、肩甲胸郭関節の上方回旋可動域が改善(平均6.7°)したと発表した。(條口透承山穴治療五十肩、中国中医臨床医学雑誌 1993.12)
陳医師の治療成績が、あまり芳しくないのは、凍結肩状態にある患者を選んだためだろうが、結果的にこの結果が本研究の信憑性を増している。結局、条山穴透刺は、肩甲上腕関節の動きではなく、肩甲胸郭関節の動きに効果がるようた。

五十肩で上腕が十分には外転できないのは、肩関節包の癒着の問題を別にすれば、筋緊張が強すぎて短縮状態にある筋を、無理して伸張させようとした状態である。それは肩甲上腕関節の主要外転筋である棘上筋と三角筋中部線維と、肩甲骨上方回旋の主動作筋である肩甲下筋と大円筋である。このたび条山穴刺針が肩甲骨の可動性を改善した結果、肩の外転可動性が増すことが判明したので。条山穴刺針は肩甲下筋刺針や大円筋刺針と同じような作用をすると思われた。  

 

3.条山穴刺針は条口深刺の効果と違うのか?

違うのは強刺激が好まれないわが国では透刺せず、坐位にて簡易的に条口から承山方向に深刺する方法をとること多。これは事実上条口深刺であって、条口から承山穴への透刺とは違ったものになっている。

条山穴刺針がもし肩甲胸郭関節の可動域を増すことが目的ならば、經絡(陽蹻脈、膀胱経)の流れとしては、条口よりも承山刺激の方が重要になる。そうであるなら、坐位(できれば立位)にて条口から刺入するのではなく、承山から条口に向けて刺入した方が効果あるのではないかと、ふと思いついた。


4.肩甲上腕リズム

上腕を90°外転状態では、肩甲上腕関節と肩甲胸郭関節外転(=上方回旋)の動きは2:1の比率になることをコッドマンが発見し、これをコッドマンは肩甲上腕リズムとよんた。上腕が90°外転位の時、肩甲上腕関節は60°外転し、肩甲胸郭関節は30°外転する。

もし凍結肩などで肩甲上腕関節の可動性が低下すれば、上腕外転動作では、その代償として肩甲胸郭関節の上方回旋角は大きくせざるを得ない。

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<下肢内側痛の鍼>の現代鍼灸からの検討 ver.2.1

柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」には、下肢内側の病の鍼の記載がないが、現代鍼灸での方法を説明することにした。


1.大腿内側痛の概要 

1)大腿内転筋の解剖

大腿内側には次の5つの大腿内転筋群がある。すなわち恥骨筋・長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋であり、いずれも閉鎖神経支配である。なお閉鎖神経とは、腰神経叢から起こり、骨盤の閉鎖孔を貫通して大腿内側の皮膚と大内転筋の運動を支配している。

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2)閉鎖神経痛の治療

L4棘突起下外方4寸で腸骨稜上縁に力鍼(りきしん)穴をとる。ここからの腰椎突起方向への深刺で腰神経叢刺激になる。閉鎖神経(L2~L4)は腰神経叢から出る枝なので、理論的には深刺で、大腿内側に響かせることができる。健常者でこれを再現することは難しいのだが、閉鎖神経痛患者では、本神経が過敏になっているので、理論的には可能である。

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3)大腿内転筋の筋膜痛

5種類の大腿内転筋のうち、とくにどの内転筋が緊張しているかをまんべんなく押圧して調べる必要があるが、患側を下にした側腹位で、押圧すると圧痛が捕まえやすくなると思う。(少し強く押圧するだけで患者は非常に痛がるので注意)

①大腿内転筋で、最大の筋力をもつのは大内転筋である。
→陰包付近の圧痛を調べる

 

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②長坐位で開脚し、上体の前屈を行うと、大腿内側恥骨寄りに太く隆起した筋緊張を感じる。これは長内転筋である。

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この筋を緩めるには、局所である足五里や陰廉などに刺針したまま運動鍼を行うとよい。具体的にはパトリックテスト肢位で刺針し、股関節の内転外転運動を行うようにする。


2.閉鎖神経痛の症例(57才、男性)

主訴:左大腿内側痛
現病歴:
元来健康だったが、2週間前、自宅でエアロバイクのペダル漕ぎトレーニングをやり過ぎたせいか、左大腿内側に痛みを感じるようになった。私のブログ<グロインペインの鍼灸治療>を読み、これかもしれないと思って当院来院した。職業柄、日中は立ち仕事をしている。
所見:左大腿内転筋群と内側広筋上に圧痛あり。同範囲の撮痛も陽性。鼠径部に圧痛なし。
      立位で腱側の下肢を床から挙げ、患側のみで立つと、ふらつき、膝折れする。
アセスメントと治療:
 ①鼠径部周囲に圧痛がないのことで、グロインペインを否定。
 ②圧痛は左大腿内側中央に広がる→大腿内転筋群の筋膜症。   
   治療は、患側下にしたシムズ肢位で、大腿内側圧痛点数カ所に置針5分。
  (この肢位にすると大腿内側圧痛を把握しやすい)
  ③立位患側片足立ち困難→ シムズ肢位で左大腿四頭筋とくに内側広筋の筋膜症。
  症状をもたらしているのは大腿内転筋だが、内側広筋まで影響を受けていることによるのだろう。
    治療は、仰臥位股関節屈曲かつ膝関節屈曲位置にして四頭筋伸張肢位にて血海・下血海に置針。 (この肢位で四頭筋刺激するとⅠb抑制され、反射的に筋弛緩できる)
治療効果:
 治療直後は、いくらか痛み減少した程度。3日後の再診時もいくらか症状軽くなった程度。

第四診
  大腿内転筋と内側広筋への刺針は前回通り。  
 大腿内側にラケット状に知覚過敏(=撮痛陽性)があること、大腿内転筋群は閉鎖神経支配なことから、閉鎖神経興奮を考えた。閉鎖神経は腰神経叢から起こり、大腿内転筋を運動支配するとともに、大腿内側の皮膚知覚を支配している。今回の症状は、ペダル漕ぎ運動で内股に刺激を与えすぎたせいだろうか。
 

治療:
閉鎖神経は、腰神経叢の分枝なので腰神経叢刺激として外志室刺針を実施。
この結果、症状は半分以下となっている。
局所である大腿内側の大腿内転筋刺激が効いたのか、大腿内側の皮膚刺激が効いたのか判然としないが、大きなカテゴリーでは閉鎖神経症状になっている。
 
※閉鎖神経の筋支配ゴロ:「閉鎖病棟、大胆!町内で外泊」
閉鎖病棟(閉鎖神経)、大(大内転筋)胆(短内転筋)、町内(長内転筋)で外(外閉鎖筋)泊(薄筋)

 

他の治療の検討:

本症例では実施していないが、閉鎖神経の神経絞扼障害部位が閉鎖孔を貫く部位だとすると、この部に鍼先を誘導しなければならないだろう。それにはシムズ肢位にて、3寸#8を使い、坐骨結節の内端を刺入点とし、骨の内面に沿わせて深刺する。鍼は仙結節靭帯を貫通し、内外閉鎖筋・閉鎖膜中に入れることは可能である。

 

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3.中殿筋トリガーポイント由来の大腿内側痛(67才、男性)

2年前から右下半身に力が入らず、坐位→立位の際、立ち上がるのが困難になった。疼痛は右大腿内側なので、閉鎖神経痛を疑い、外大腸兪や腰宣へ置針するも、深部に筋硬結を見いだせず針響も得られなかった。やむを得す低周波通電をするも効果なし。第2診でも同様の治療を行うも無効だった。
第3診目で、大腿内側痛は腰部ではなく臀筋からくるのかもしれないと思い、大殿筋・中殿筋・小殿筋のトリガーポイントの放散痛図を改めて見てみると、中殿筋の放散痛は大腿内側にも生じていることを発見。患側上の横座り位にて、中殿筋に深刺すると、筋の硬いコリを感じ、また大腿内側に放散する針響も得られたので、抜針。直後から立ち上がりが楽にできるようになった。

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顎関節症に対する外側翼突筋と顎二腹筋への施術

顎関節症Ⅰ型(咀嚼筋過緊張による開口制限)の鍼灸治療は、咬筋の頬骨下縁や下顎骨外縁付着部圧痛点に刺針する。それで症状が改善するのが普通であれば、鍼灸治療的には解決済だといえる。
しかしⅠ型以外のⅡ、Ⅲ、Ⅳ型の顎関節症に対しては、Ⅰ型に比べて難治なせいか、整理された症例報告は数少ない。Ⅰ型以外の顎関節症に対して、筆者は下関から2.5㎝ほど直刺して外側翼突筋刺激することが多いが、この刺針意義について確認しておく必要もある。
加えて、顎二腹筋は開口補助筋としての役割があるが、その治療的意義は必ずしも明瞭ではないので、自分なりの診察と施術法についても併せて記す。

A.外側翼突筋

1.咀嚼筋の一つとしての外側翼突筋
 
咀嚼筋は三叉神経第3枝支配であり、側頭筋・咬筋・内側翼突筋・外側翼突筋の4種がある。この中で側頭筋・咬筋・内側翼突筋の3つは閉口筋として作用し、外側翼突筋だけが開口筋として作用する。

2.外側翼突筋の機能
外側翼突筋は上頭と下頭の2種ある。

1)外側翼突筋の上頭

起始は蝶形骨、停止は顎関節円板。顎関節円板を前方に引っぱる作用。
口を大きく開ける際、下顎は前方に滑走するに沿って、膝関節円板も前方に移動する。この移動は、外側翼突筋上頭が関節円板を前方に引っぱる筋力による。
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2)外側翼突筋の下頭

起始は蝶形骨、停止は下顎頭。
①下顎骨の前方滑走:口を大きく開ける際、下顎頭の回転すると同時に前下方への2横指ほど滑走し、「顎の突き出し」運動を行っている。
②下顎を横にずらす作用。穀物をすり潰す際、噛みきる力よりも上下の臼歯間に穀物を入れ、下顎を横にずらすことが必要で、この横ずらし運動は、内側翼突筋との共同運動である。

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3.外側翼突筋刺針  
 
1)外側翼突筋指針の適用
 
顎関節症Ⅲ型は、さらにⅢa型、Ⅲb型に分類される。ともに外側翼突筋刺針の適応がある。
Ⅲa型:閉口時に関節円板がはずれるが、開口時に正常位置に戻る。この時カックンと音がする。     
Ⅲb型:閉口・開口とは関係なく常に関節円板がずれている型。関節音はしない。
  
外側翼突筋が弛緩し、収縮力が低下すると、下頭の下顎を前方に辷らす力が低下し、下顎の突き出しができないので開口制限が出てくる。
また上頭の膝関節円板を引っぱる力が低下するので、下顎頭が関節円板から外れて前方に移動し、開口制限が出てくる。Ⅲa型では外れた関節  円板が下顎 頭に乗る時、クリック音がする。(Ⅲb型:外れたママの時はクリック音はしない)

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2)刺針技法

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外側翼突筋は触知しづらい筋で、口腔内の上奥歯の奥から圧痛の有無を調べるのがよいとされているが、医師、歯科医師以外に口腔内に指を入れるのは禁じられている。下顎骨内縁から頬骨下縁に向けて擦り上げるように触知して圧痛をみるのがやっとである。   

筆者の外側翼突筋への刺針方法は、最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺2.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する。軽い手技を行い、静かに抜針している。まずある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく開口するよう指示する。術者は「1、2、‥‥」とカウントしつつ下関に刺してある針に上下動の手技を加え、「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。
   

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4)顎関節症Ⅲa型の治験報告(19才、女性)
(皆川陽一ほか明治国際医療大学研究員著:顎関節症Ⅲa型に鍼治療を試みた一症例 転位した関節円板と随伴症状に対する効果 全鍼誌 2010年第60巻5号)

開口障害、開口・咀嚼時痛が主訴としたⅢa型顎関節症に対し、外側翼突筋に対する刺針を中心とした施術を行い、施術2回目から効果が現れ、治療8回で運動制限と開口障害の改善をみた。ただしMRIでは関節円板の転位に著変はなかった。
似田註:症状の真因は顎関節円板のズレにあったとしても、周囲筋の緊張が改善できれば症状も和らぐ。これは変形性関節疾患でも同じことがいえるが、80才を越えた高齢者になると変形の程度も高度になり、筋へ施術しても治療効果は上がりにくくなるのは避けられない。


5)多岐におよぶ外側翼筋刺針の効能
  
①耳閉感
一部の歯科では顎関節痛だけでなく耳閉感に対し、頬部から外側翼突筋への局麻注射を行うことで血液循環の回復や筋肉の酸素不足などが改善されて症状を軽減させる治療を実施している。
  
②耳鳴
耳鳴は、内耳性耳鳴と体性神経性耳鳴に大別できる。前者は突発性難聴や騒音性難聴などに代表されるが、針灸で治療効果はあまり期待できない。体性神経性耳鳴の代表は、頸椎症と顎関節症であろう。トラベルよれば顎関節症でとくに耳鳴と関わりの深い筋は、咬筋と外側翼突筋だと記されている。耳介側頭神経 (三叉神経第Ⅲ枝の分枝)は、外耳道知覚、鼓膜知覚、顎関節知覚をつかさどっているとされており、その代表治療点として聴会穴が知られている。  
   
③線維筋痛症
線維筋痛症に対して外側翼突筋に対するトリガーポイントブロックなどが効果ある例が報告されている。 本筋は他の筋と違って筋紡錘がない。これは本筋の筋トーヌスが自動的に調整されないことを意味している。
咬み合わせの異常→外側翼突筋の持続的緊張→中枢の興奮と混乱→全身の筋緊張といった機序も考えられるということである。
  
④全身的体調の改善
当院に来院したある患者では、コリに当たると患者もツボに当たったことが納得できた。耳中に響いたり、上歯に響いたり、首から背中に響いたりするという。治療終了後、道を歩いていると、その10分後くらいすると、背中の血流がよくなったことを自覚でき、非常に気持ちよかったという。効果持続時間も数日以上で、これまで5年間受けてきた種々の治療中ベストだと述べた。

B.顎二腹筋

1.舌骨上筋としての顎二腹筋         

開口時に働く舌骨上筋群(頭蓋と舌骨を連結し、口蓋底を形成、咀嚼運動を助ける作用)には、顎二腹筋、茎突舌骨筋、顎舌骨筋、オトガイ舌骨筋の4種ある。顎二腹筋は舌骨に繋がる細長い筋である。発生学的に前腹と後腹ば別々に進化したという特徴があり支配神経が異なる。


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3.開口補助筋としての顎二腹筋

顎二腹筋は下顎を後に引きつける作用がある。頭位に応じて、顎の位置を変化させる作用があるので、上を向くと、自然に下顎は後に引っぱられる。この顎二腹筋の作用は、外側翼突筋の下顎頭を前方滑走させる作用と拮抗的なようだが、作用ベクトルが異なっているので、両筋が協調することで下顎の回転が可能になる。

「歯ぎしり」は強く歯を噛みしめると同時に、顎二腹筋の収縮による下顎を後に引きつける動作であり、歯ぎしりが常態化すると顎二腹筋の筋緊張性の痛みを生ずるようになる。歯ぎしりは顎関節の運動学的異常である以上に、ストレスなどの心因性要因が重要であって、舌骨上部の痛みは心因性要因と関係があることを知っておくべきである。

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顎二腹筋の筋力低下時には、顎を奥に引っぱる力が不足するので、大きく開口できない。このような場合の理学検査法として、顎下に指を置き、顎先を喉側に押し、大きく開口できる、顎二腹筋前腹の筋力低下を疑う。

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4.顎二腹筋の触診
  
顎下三角(下顎骨の下縁と顎二腹筋の前腹と後腹がつくる三角)中央の陥凹を押圧するとスジばりを感じる。これが顎二腹筋の前腹。舌骨と乳様突起の結んだ線上にあるのが顎二腹筋の後腹。顎二腹筋の緊張では筋硬結を触知でき、押圧で痛みを感じる。

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4.顎二腹筋への適応と刺針

大きく開口できないが、顎下に指を置けば開口できるようになる場合、また下顎を手前に出すことはできるが十分に開口でいない場合、顎関節筋収縮力低下を示唆する。また嚥下動作が円滑にできない場合、顎関節収縮力低下を疑う。

1)顎二腹筋後腹に対する天容刺針
    
顎二腹筋が緊張すると、顎の下部分にコリや痛みを感じる。
位置:下顎角の後で胸鎖乳突筋の前縁に天容をとる。(下翳風とする見解もある)
刺針:胸鎖乳突筋前縁を通過し、顎二腹筋後腹に入れる。刺入は約2㎝。
 
2)顎二腹筋前腹に対する廉泉や舌根穴外方刺針 
       
顎二腹筋後腹刺で効果不足の時に、圧痛硬結のある廉泉や舌根穴への刺針を追加する。顎二腹筋前腹の外方には顎舌骨筋がある。顎舌骨筋は嚥下運動の一環として後頭隆起を一時的に下ろす動作を行っている。
位置:舌骨との間に廉泉穴をとる。そのやや外方に顎二腹筋前腹を触れる。
刺針:顎二腹筋前腹に対して約2㎝刺入する。

 

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