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咽頭・扁桃症状の現代鍼灸

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咽喉科の現代鍼灸について紹介する。今回は「咽頭・扁桃症状の現代鍼灸」について記し、次回「喉頭症状の現代鍼灸」について記す。

1.咽喉の概要
咽喉とは咽頭と喉頭を併せた総称である。ざっくりいえば、鼻の奥が上咽頭、口の奥中咽頭、の仏のすぐ奥が喉頭、その奥が下咽頭である。

 

それぞれのパートごとの支配神経・症状・代表疾患を表にまとめた。咽頭症状は主に「痛み」であり喉頭症状は「咳と声がれ」である。すなわち咽は痛むが、喉は痛まない。下表には治療点も付記したが、これについては後に改めて説明する。

2.咽頭狭窄感

1)鑑別

針灸で適応なのは、痛みによる嚥下困難(舌咽神経興奮)であり、扁桃炎がその代表。嚥困難の中には、「食物がつかえる」ものがあり、食道の器質的疾患と心因性の場合がある。    

2)機能性咽頭狭窄感に対する舌骨上筋・広頸筋のストレッチ手技
   
耳鼻科での検査で異常がみつからない咽喉狭窄感といのは、咽喉に異常があるのではなく、咽喉部とは直接関係のない、頸部運動機能と関係する前頸部の筋緊張がもたらした自覚症状のだろうとする意見がある。以下に示すのはYoutubeで発見した舌骨上筋・広頸筋のストレッチ手技だが、追試してみると効果的だったので紹介する。
  
①仰臥位。前頸上部の胸鎖乳突筋そして胸鎖乳突筋の内縁部を術者左手の母指以外の4指でく押圧する。
②その状態のまま右手の指先で顎下部を軽く押圧する。
③左手で前頸部の筋や皮膚の動きづらくしているので、右手指で顎下部を押圧しても指はあり沈まないが、そこを強めに押圧することで舌骨上筋をストレッチさせ、コリを軽くするとができる。本法は事実上皮下筋膜ストレッチ法でもある。

2.急性扁桃炎
 
1)概念        
   
咽頭を輪状に取り巻き、細菌やウイルスの消化道入口以下への侵入を防いでいるリンパ組織がある。多くは感冒による免疫低下時での細菌の二次感染で、これらリンパ組織に炎症が起きた状態をいう。
 
2)症状・所見
   
高熱(39℃以上)、嚥下時痛(唾液を呑み込む際の咽痛←舌咽神経痛による)
開口して口蓋扁桃肥大と発赤をみる。顎下リンパ節腫脹し、押圧で痛みを感じる
 

3)急性咽頭炎との相違点
     
扁桃炎とは口蓋扁桃に強く出現した咽頭炎をいう。すなわち咽頭炎の一部に扁桃炎がある。ただし急性咽頭炎では微熱であり、扁桃炎のような高熱は起きない。また咽頭炎では咽頭あるが、唾液を呑み込む際の嚥下痛はない。

3.咽痛に対する鍼灸治療
発熱に対する治療は、鍼灸より消炎鎮痛解熱剤の方が効果的。
 
1)洞刺 
       
扁桃炎の中心は口蓋扁桃の細菌感染症状なので、対症療法として咽頭を知覚支配している舌咽神経を鎮静させることができても、その効果に限界はあるが、舌咽神経の鎮としては洞刺が知られている。
 洞刺には、血圧降下作用、気管支拡張作用、そして今回の治療意図でもある咽痛鎮静作のあることが発見された。人迎部に3㎜皮内針を皮下針的に斜刺し固定すると、おおむね24時間以内に鎮痛効果が得られる。(渡辺実:扁桃炎・口内炎の簡易療法、医道の日本 昭58.8)
 

2)舌咽神経刺針
    
舌咽神経は、舌根部~咽頭、外耳道、鼓膜を知覚支配している。これらの領域の痛みにしては舌咽神経刺の適応がある。舌咽神経ブロックという神経ブロック手技はあるが、鍼これをマネしてみても症状部に針響を与えることは難しく、筆者は下耳痕刺針で、下耳痕ら直刺2~3㎝で鼓室神経を刺激を与える方法を行っている。なお鼓室神経は、舌咽神経分枝。扁桃炎では咽痛が生ずるが、ひどくなると中耳あたりまで痛くなるのはこのため。
(下耳痕穴=深谷伊三郎の定めた難聴穴とほぼ同一部位。深谷はここに灸をするが、当然がら刺針しなければ咽や中耳に響きを送ることはできない)

 

 

3)口蓋扁桃刺
(郡山七二「針灸臨床治法録」、三島泰之「今日から使える身近な疾患35の治療法」より)
   
①意義:口蓋扁桃周囲の静脈鬱血の改善と舌咽神経痛への対処
②術式:座位。患者を大きく開口させ、患側口蓋扁桃の位置を視認。2寸#5(細い人は寸6#3)を使って、下顎角のやや前方で下顎骨の裏骨縁から口蓋扁桃に向けて刺入。鍼先を口蓋扁桃にもっていく。鍼先が口蓋扁桃から外れた場合、痛みやしびれがした舌先や舌根周りに感じる(三叉神経第3枝下顎神経刺激)ので、このような場合刺し直す。
③効果:急性扁桃炎には1回の施術で嚥下痛は解消するので鍼の効果を実感してもらえるチャンスである。慢性症で扁桃肥大したものでも、少々気長に治療継続すれば縮小する。

 

 

4)合谷多数浅刺(柳谷素霊「秘法一本針伝書」)
  
①取穴:直径1寸3分位の丸竹を患側に握らせた状態で、第1中手骨と第2中骨の底間の硬結下際部に合谷をとる。

②体位:正座させ、両手を膝上大腿部に置き、腹部に力を入れさせ、健側の手も強く握らせ、かつ全身に力を入れるように指示する。
  
③刺針:寸3#2を使用。針先をやや上方硬結様横絡の下縁に入れるように傾斜させて刺入。刺針深度は1分くらい、深くとも2分以内。細指    術法、すなわち反復的に皮膚に刺針、そして直ちに入れ直す。皮膚が発赤するまで行う。  

④針響:針先が皮膚に触れて直ちに針響が上腕の方に感通することがあれば、それ以上深くさない。そうならない場合、徐々に刺すか、抜いてやり直す。針響が前腕に響くか、さらに上腕に上り、咽喉に達すれば成功。喉に至らなくても、反復刺針し、穴部が赤したり軽く血滲むようになれば、喉病患は軽減する。ことに扁桃炎に効あり。
  

※筆者見解
合谷部皮膚刺激する治療として有名なのが、桜井戸の灸で、これは面疔に対する合谷多灸を行うもの。施灸で顔面痛が頓挫するも帰宅中の列車の中で痛みがぶり返すと、車中で自分で合谷に灸したという。合谷部皮膚刺激の治効は、合谷部が特異的に橈骨神経皮枝の覚支配であることと関係がありそうだが‥‥ 


喉頭症状の現代鍼灸

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1.喉頭の構造と機能
  
喉頭とは咽頭と気管間にあり、喉頭蓋基部~輪状軟骨の範囲をいう。喉頭は、ほぼ下咽頭前方にある。喉頭は気道の一部であり、同時に発声器官でもある。喉頭症状とは咳と嗄声であり痛むことはない(咽痛はあっても。喉痛はない)。咳が出る代表疾患は喉頭炎、嗄声をずる代表疾患は反回神経麻痺である。
 

1)発声時の甲状軟骨の動き

輪状軟骨は甲状軟骨と関節をつくる。これを支点に甲状軟骨が上下に可動する。
輪状甲状筋は輪状軟骨と甲状軟骨を結筋で、この筋が収縮すると声帯ヒダが引き伸ばされて高い声がでる。輪状甲状筋は上喉頭神経外枝(迷走神経の分枝)の支配を受ける。
披裂軟骨の回転は披裂筋の収縮によ結果で、披裂筋は反回神経(迷走神経の分枝)の支を受ける。

2)声帯ヒダの構造
   
喉頭腔の側壁には前後に走る上下2対のヒダがあり、上ヒダを室ヒダ(前庭ヒダ)、下ヒを声帯ヒダとよぶ。1対の声帯ヒダの間の間隙を声門裂とよぶ。呼吸時には声門裂は完全にいている。発声時には声門は閉じ、吐気流が声門振動させる。
一般に成人男性は女性に比べて、低い声になるのは、声帯ヒダが長いため。     
息が閉じた状態にある声帯の間を通過すると声帯が震え、声になる。声帯が閉じられていない場合には息漏れした声(=ささやき声)になる。

 

2.喉頭の神経支配
     
喉頭の神経支配は迷走神経で、上喉頭神経と下喉頭神経(=反回神経)に分岐する。喉頭粘膜知覚は、声門より上が上喉頭神経内枝で、下が下喉頭神経が支配する。この中で、鍼で直接刺激可能なのは上喉頭神経内枝(咳)と、上喉頭神経外枝(嗄声)である。

 

3.急性喉頭炎
 
1)病態生理

喉頭炎時の咳は、ノドからこみ上げるような咳が特徴。本来咳嗽は、喉頭粘膜が異物や分泌物になどにより刺激されると、上喉頭神経内枝を介して咳嗽反射が起こり、異物を気管内に入るのを防ぐ役割がある。
 
2)原因

感染性:感冒の部分症状として出現。鼻炎、咽頭炎を伴うことが多い。
物理・化学的刺激:音声酷使、喫煙、ガス、塵埃の吸入
 
3)症状:嗄声、咳、咽頭異物感・軽度の発熱
 
4)治療:声帯の安静を保つため、なるべく発声しないこと。吸入療法。
R/O 喉頭癌:
声門癌が最も多く、ついで声門上癌、声門下癌の順。声門癌は高齢者で男性に多い。多くは扁平上皮癌である。
症状:声門癌では早期から嗄声を生じ、進行すれば咳嗽出現。進行すると失声、末期には声門狭小となり呼吸困難。
5年生存率90%(声門癌)。

4.慢性喉頭炎
 
1)原因:急性喉頭炎の反復、音声酷使、声帯ポリープ
2)症状:嗄声、咳、喉頭不快感

3)治療:急性喉頭炎に準ずる。ポリープであれば切除する。
最近アメリカの研究で、ハチミツが小児用のシロップ状の咳止めと同等かそれ以上の効があると明らかになった。ハチミツの中に存在する酵素グルコースオキシダーゼが、過酸水素をつくるが、これが強力な殺菌作用を持っている。またハチミツは、荒れた粘膜を保作用もある。直接ハチミツをスプーン1~2杯食べるか、お湯でハチミツを溶かして飲む。

5.咳嗽の鑑別診断

1)鑑別診断
   
① 急性の咳・痰の場合、咳や痰の症状が強く高熱であれば肺炎やインフルエンザを疑う。  
②咳は喉から出るのか、胸から出るのか問診する。
胸から咳が出る場合、医療受診させる。喉から咳が出る場合、普通感冒や急性喉頭炎が考えられるので針灸適応である。
③慢性の乾燥咳で、次第に増悪傾向にあれば初期の肺結核や肺癌(医療受診)を疑う、
④慢性の乾燥咳で、かつノドから出る咳では慢性喉頭炎を考え、鍼灸治療可。
⑤痰を伴う咳(湿性咳)で胸から出る咳であれば肺炎などの感染症を考える。
⑥慢性疾患で乾性咳、湿性咳の出る呼吸器疾患は非常に多く、針灸師が予想診断をすること難しい。
医療機関受診後の治療が前提になる。平熱で慢性咳嗽で来院するのは次のものがある。
上気道疾患:慢性扁桃炎、慢性咽頭炎
下気道疾患:COPD(慢性閉塞性肺疾患)すなわち肺気腫・慢性気管支炎・気管支喘息6.咳嗽の針灸治療
  
咳嗽は自律神経症状なので、咽痛のように興奮している知覚神経の鎮静という治療方針は成立しない。咳嗽により身体は副交感神経優位になっているので、鍼灸により交感神経優位に誘すること、または迷走神経刺激という見方が必要になる。
 
6.咳嗽の鍼灸治療

咳嗽とは咳+痰の症状をいう。痰がある場合、痰を排出する目的で咳が出ていることもあるので、咳を止めることだけを重視してはならない。現代医学の場合には鎮咳よりも痰のキレをよくする気管からの水分分布を活発化させるような薬や喀痰の容積を大きくして粘性を下げる薬を投与する。

1)治喘
  
①意義:頭蓋骨部器官全般の交感神経は、交感神経の上頚神経節から出発する。この上頚神経節と結ばれる体性神経はTh1脊髄神経なので、大椎付近の刺激は、頚部交感神経節刺激としての意義をもつ。
  
②取穴:座位。大椎(C7Th1棘突起間)の外側5分。

③刺針:3~5番針を6分~1寸刺入する。すると咽頭の方に響くことが多い。
※中国では脊柱に沿って斜め下方に4~5㎝刺入している(「快速刺針療法」)。
 

2)上喉頭神経内枝刺
  
①意義

上喉頭神経痛(声帯の痛み)への対処。上喉頭神経痛との診断は非常にマレで、咳・あくび・しゃっくり等で発される。ただし扁桃炎時の咽痛は、上喉頭神経内枝の興奮ないし舌咽神経痛の混合性だとされる。
    
※ポッテンジャーによれば、上喉頭神経が興奮すれば喉頭異物感が出現するという。この見解からすれば、梅核気には上喉頭神経内枝刺の適応があるのかもしれない。  

②術式

a.甲状軟骨と舌骨の間隙の外方で、舌骨の大角の直下を刺入点とする。
舌骨の大角の直下には甲状舌骨膜に孔が開いており、上喉頭動脈と上喉頭神経内枝が貫通している。
   
b.ここより内方やや前方に刺入し、耳や喉頭の声帯付近に放散痛が得られる部を探って2㎝刺針する。

③針響と適応
喉の声帯あたりに響くがその奥にある咽頭には響かない。嚥下痛など扁桃炎の咽痛には応しない。
 

3)気管軟骨刺
   
①適応
上位気管に起因する咳嗽、嗄声。気管支や肺の病変による咳嗽には効果不確実。
  
②位置・刺針
下喉頭神経を刺激するには、喉頭~気管軟骨の範囲に刺針する。深さは5~7㎜。気管、喉頭ともに、前面と側面から4~5本づつ、1~2㎝間隔で刺入。
  
③効果
急性症では2~3回の治療でよいが、慢性では長期治療が必要。自宅では前頸部に知熱灸を実施。(郡山七二「針灸臨床法治録」)
※天突から気管に向けて直刺あるいは胸骨下に水平に入れる旧来からの方法は、気管に分布る迷走神経を刺激しているという意味で、気管軟骨刺のバリエーションといえる。

 

7.反回神経麻痺(=声帯麻痺)
 
1)反回神経の走行

反回神経は迷走神経から分岐して喉頭内に侵入する。この経路で、左反回神経は大動脈弓を迂回して上行し、右反回神経は鎖骨下動脈を迂回して上行するので、途中で圧迫を受けやすい。反回神経麻痺は、左側が右側より圧倒的に多く、3:1の比率である。1割ほどが両側性の反回神経麻痺になる。

2)原因 

喉頭周辺の腫瘍(食道癌や喉頭癌、甲状腺手術)や胸部大動脈瘤により、反回神経を圧迫。全身麻酔による長時間喉頭圧迫。ただし特発性(=原因不明)であることが最も多い。
 
3)症状
   
臨床上、声帯は一側の副正中位をとることが最も多いが、中間位や正中位である場合もある。  
①一側性麻痺の場合、副正中位ならば嗄声をきたす。
②両側麻痺では、声帯が開いていると嗄声がおこる。会話する場合は、何回も息継ぎをしなら、しかも枯れた声になので、聞く方はなかなか理解しにくくなる。
③両側性麻痺で、両側声帯が正中位で固定していれば、呼吸困難が起こる。
    
反回神経麻痺では、声が出にくくなるのは、左右の声帯が開いているため、呼気による声帯ヒダの振動がおこりにくい。そのため患者は呼気量を増やして声を出そうとするので、発声持続時間が短くなる。30秒以上が正常だが、ひどい場合は3秒以下になる。手術の適応とる目安は、10秒以下である。



筆者の小学5年での反回神経麻痺のエピソード

小四の夏休みで、楽しみにしていた学校主催の林間学校に出発するという前夜のことだった。興奮してなかなか寝付けなかったが、いつの間に眠ってしまった。ふと夜中に目覚めると、呼吸しづらいことに気づいた。息を吸うにも息を吐くにも、努力してやっと何とかできる状態。親を起こし「息がしづらい」と伝えると、「とにかく学校に電話して林間学校参加を中止するか」というが、何しろ明日は林間学校なので、「少し様子をみる」ということにした。そのまま再び寝床につき、再び目覚めたのが翌朝だった。その時は呼吸しづらさは皆無となり、何事もなかったかのように林間学校に出発できた。今になって、思うとあれは確かに反回神経麻痺だった。急に改善したのも運が良かっただけだった。もっと重ければ呼吸困難で死んでいたかもしれない。
 

4)現代医学での治療
   
軽度の反回神経麻痺であれば、声を出すことがリハビリになる。6ヶ月の保存療法で麻痺が軽減せず大小作用も起こらない場合、手術を検討する。手術内容だが、閉鎖しない声門を元狭くしておくことで発声時に閉鎖しやすくする。つまり麻痺した声帯を内側に寄せる手術になる。声帯内BIOPEX注入術は一側性声帯麻痺に対し、声帯外側にリン酸カルシウム骨ペーストを注入して声門裂の間隙を人工的に狭くする方法。
 
5)嗄声の針灸治療
   
嗄声には声帯そのものの異常が原因である場合と、反回神経麻痺が原因である場合の2類がある。最も頻度は多いのは、感冒や大声の出し過ぎによる一過性の声帯の炎症である。安静にしていれば自然回復する嗄声に対し、鍼灸はその治癒を促進させる効果があると考えらている。基本的に、喉頭周囲筋のコリを緩め、血流増加することを治療目標とする。
 
①輪状甲状筋刺
  
a.意義
   
輪状甲状筋は甲状軟骨下端と輪状軟骨を結ぶ、上喉頭神経外枝(運動線維)支配の筋で、発声時の音の高さを調整する作用がある。

嗄声の手技療法として、甲状軟骨と輪状軟骨の間を母指と示指でつまみ、大きく左右揺り動かす方法を行っている治療家がいる。 声の高低がコントロールしづらい場合、輪状甲状筋刺針が効 果的となるか否かは不明。
  
b.刺針
    
本筋に刺針するには、甲状軟骨と輪状軟骨の前正中の間隙を触知し、これを基準点とし左右に1㎝ほど移動した2点を刺針点とする。1㎝ほど刺入した状態で発声させると運動効果が得られる。
 
6)反回神経麻痺に対する針灸治療の試行錯誤
  
筆者は非器質性の急性反回神経麻痺による嗄声に対する針灸治療を何例か試みている。現代学でも、発症後6ヶ月は自然治癒することもあるので保存療法で経過観察する。その後に手術るか否かを判断するのが普通なので。
  
治療前と治療後の持続発声秒数を比較して、治療効果を判定する。健常者では、持続発声時30秒以上になるが、反回神経麻痺の者は、数秒~十数秒しか声は続かない。持続発声秒数がいほど重症すなわち左右声帯膜が開いた状態で固定された状態になっている。以下に私が最近取り扱った3症例のメモを記す。論旨が伝わればいいかと思っている。①②③の各症例は時系列であり、③が比較的経験を積んだ時点での治療である。

症例①
治療前持続発声時間12秒。当初は2寸4番程度の針を用い、健側前頸部の気管軟骨壁へ本刺入、30分ほど1ヘルツのパルス通電を行うという方法をとった。施術直後18秒に改した。3日後に調べると施術前は12秒で治療後は18秒。すなわち治療直後効果のみの効で、その後数回治療を重ねるも、それ以上持続発声時間が延長することはなかった。なお患治療は無効だった。
 
症例②
治療前に持続発声時間が2~3秒。声門裂の間隙が広い状態で固定されてしまったらしい上記患者と同様の治療を1回行うも、まったく持続発声時間が延長しないので、次回治療すことなく治療中止とした。
 
症例③
前持続 健側前頸部の気管軟骨壁へ数本刺入、30分ほど1ヘルツ通電し無効だった患者に対し、仰臥位にて甲状軟骨を苦しくならない程度に強圧しつつ発声させると、10秒→18秒と非常に良好な効果が得られた例がある。この効果は再現性があったので、自分で甲状軟骨押圧しつつの発 声訓練を行わせることにした。この患者は座位で左右の治喘から中国針で刺し、喉に響かせるようにすると、それだけでも10秒→15秒と発声秒数の延長ができた。

 

脱毛症に関する最近の知見と針灸治療

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現代医学の脱毛症に関する研究と治療は、この十数年間に長足の発展をとげた。病理機序がかなり明らかになったということは、馴染みのない医学単語が頻出することでもあり、鍼灸師も改めで勉強し直す必要性を感じる。効果のある新薬が出てきたことは、針灸治療する上での考察のヒントにもなるだう。

脱毛症は、男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)と円形脱毛症が2大疾患になる。針灸治療は円形脱毛症に効果のあることが判明しているので、本稿では、この2大疾患についてコンパクトに整理し、円形脱毛症については針灸治療についても追言する。


1.男性型脱毛症(AGA:Androgenetic Alopecia)

1)原因
 わが国で抜け毛や薄毛に悩む者は、1300万人といわれるが、その大半はAGA。男性ホルン分泌が原因。遺伝8割。
 
2)病態生理
   
①ヘアサイクルの短期化

毛は生えてきたら、ある一定期間はえ続け、やがて抜け落ちる。これを毛周期(ヘアサイクル)という。髪の毛の1本1本には独立したヘアサイクルが存在し、全体として混然一体となっている。AGAでは毛周期が短縮し、毛髪が十分太く長く育たないうちに成長期の初期段階で抜けてしまう。
一生涯に繰り返しできるヘアサイクルは約40回と決まっている。ヘアサイクル期間は、常者なら3~5年だが、AGAでは100日程度と極端に短くなるので、短期間にヘアサイクがカウントされ、規定の回数に達すると、以降は髪の毛は生えてこなくなる。
   
②悪玉テストステロンの生成
       
AGAには血液中の男性ホルモンのテストステロンが、毛乳頭にある5α還元酵素と結合し、DHT(ジヒドロテストステロン、通称悪玉テストステロン)を生成。

3)治療薬
   
①プロペシア内服
DHTには発毛抑制作用がある。DHT生成をブロックする治療薬がプペシア。AGA治療薬として日本の厚生省認可した唯一の薬。
  
②デュタステリド・フィナステリド内服
5α還元酵素を阻害することで DHTの合成を阻害。本来前立腺肥大の薬として開発された。
  
③ミノキシジル塗布
毛包に作用しタンパク質の合成と細胞増殖を促す。商品には育毛剤リアップなどがある。薬局などで購入できる手軽さがある。ミノキシジルには発毛効果はあるが、使用中止すと作用もなくなる。元々は高血圧薬として開発されたもの。


2.円形脱毛症  Alopecia areata
 
1)原因

ウイルスや細菌を排除するリンパ球が、毛根を「異物」と誤認し攻撃し、毛根が炎症を起す。毛の根元が細くなったり、途中で切断したりする。脱毛機序は、ヘアサイクルとは無関係。かつては精神的ストレスに由来するとされた。これはストレス→交感神経緊張→頭皮の血収縮→末梢の血流障害という病態生理を想定したものである。現在では以前ほど精神的要因重視されていない。

2)症状・所見

突然頭髪の一部が円形、楕円形に脱毛。健康部との境界は明確。毛髪を引っぱると簡単に抜ける。抜けた髪を観ると、根元ほど細い毛で、感嘆符(!)が特徴。
進行期:毛根を異物をみなしたリンパ球が集まり攻撃 →炎症が起こり脱毛する。
固定期:毛が抜けて止まる →自然に新たな毛が生えてくるか否かは予測困難
 
3)AGAと円形脱毛症の相違点

4)分類と予後  
    
単発型と多発型が多い。十人に一人は生涯に一度は経験する。
①単発型:10円玉ほどの脱毛が、1~数個できる。自然治癒が多いが再発しやすい
②多発型:単発型が融合した状態。単発型と同様、自然治癒が多いが、再発しやすい。
③汎発性:多発型を繰り返して全身の毛まで抜ける。治療的予後は不良。


 

 

※全頭型円形脱毛症の症例(32才、女性)

本患者は脱毛症だと訴えるものの見た感じでは頭髪は正常のように思えた。しかし自らカツラをとると、驚いたことに頭皮の3/5ほどに頭髪がなく、ところどころに髪が密集している状態。治療室にて灸点数カ所を刺激し鎮静作用のある体鍼を併用すること数ヶ月。目立った効果ないので、家庭用電気灸器を購入させ、毎日頭皮数十箇所に灸するよう指示した。それから頭皮の状態は急速に改善したとのことで治療終了。
本患者は1年後再来。編み物に熱中しすぎたせいか3ヶ月ほど前からまた髪が抜けてきた(左頭維のやや前方、2×3㎝の楕円)という訴えだった。カツラをとるように指示すると、これは地毛だということで非常にびっくりした。よくもここまで回復したものだ。

※多発型円形脱毛症の自験例(56才、男性)

針灸学校の非常勤教員をしていた一時期、学科主任と折り合いが悪く非常にストレスを感じた時があった。すると間もなく円形脱毛症を発症。毎日パラパラと頭髪が落ち続け、広汎な円形脱毛症となった。外見はどうでもよかったが、寒い時期だったので頭が寒いことを初体験した。
何も治療しないうちに髪は抜けにくくなり、春頃には頭皮が全体的に髪で隠れるようになった。明らかに精神的ストレスが原因と思われた症例だった。


5)円形脱毛症の現代医学的治療
  
①セファランチン服用

始まったばかりで小範囲しか脱毛していない場合に使用。本剤には抗アレギー作用、血流促進作用、末梢血管を拡張、末梢循環障害改善があり副作用が少ない。経過が長引くようなら脱毛部にステロイドを局所注射。
  
②局所免疫療法

広く脱毛して6ヶ月以上も続いている場合、本療法が適応になる。かぶれを起こす特殊な薬品(SADBE、DPCPなど)を脱毛部に塗って、弱いかぶれの皮膚炎を繰り返し起こさせる治療法。1~2週に1回実施。T細胞を毛根ではなく炎症部分に集めるのが狙い。有効率は60%以上。現在最も有効な円形脱毛症の治療法。平均3ヵ発毛が見られる。自費診療。
  
③振動圧刺激
    
最近の研究では、振動圧刺激が薄毛治療に効果があることが明らかになった(ヘアメデカルグループ・日本医科大学形成外科・株式会社アンファーの共同研究)。毛髪を生やそとするシグナルを出す毛乳頭細胞に、超音波でブルブル…と振動圧を与えたところ、無刺の場合と比較し、この細胞が約1.3倍細胞が活性化した旨。
    
もともと「マッサージで血行が良くなると髪にも栄養が行きわたって良い」といったモノのいい方は、何となくあったが、血行促進が発毛効果につながるいうエビデンスはなかった。今回の実験によって刺激による血行促進ではなく、刺激そのものが細胞に働きかけ、発毛に効果的だということがわかった。発毛剤によく含まれる成分ミノキシジルを細胞に投与しても、振動刺激と同じように1.3倍程度細胞が活性化し、振動との併用では平常時の1.5倍ほどに効果がアップすることが判明した。

 

3.円形脱毛症の針灸治療
   
1)脱毛部への施灸

現代医学の局所免疫療法と似たような考えに、脱毛頭皮部に対する施灸がある。脱毛部が直径1㎝以内の時はその中央に半米粒大灸3~5壮する。脱毛部が直径2㎝大のは脱毛面境界部を1㎝間隔で単刺し、半米粒大灸を中心あたりに2箇所行う。脱毛部が直径㎝以上の時は鍼は単刺を同様に行い、境界部に3~4箇所施灸する数か月後に治癒する。(木下晴都著「最新針灸治療学」)
   

ただし治療期間が長くなる。自宅施灸治療はどうしても続けるのか難しくなりがちである。このような場合、私はカツラ用 のクシ(ブラシ部分が金属でできており先端は丸くなっている。500~1000円程度) 頭皮を叩くよいアドバイスしている。梅花針や七星針では消毒に難があるため。

 

2)閻(えん)三針

1980年代、北京灯市口病院の中医師、閻世燮(エン・スーシェ)が考案した特殊な頭針療法。脱毛症は結局、自律神経の乱れから起こるとして、自律神経を調節する作用のある治療として考案された。有効率80%と大変な効果があると中国で評判になった。円形脱毛症に対する下記穴を梅花針、毫鍼等で刺激する。
この治療法は毎日のように針治療に通うことを原則としているが、日本では週一回の治療でなければ続けられないということから、明治鍼灸大学と共同研究で、体鍼と併用する治療法を確立した。
     
灸頭針もよく行われるが、これにはちょっとした秘密がある。灸頭針の場合でも皮膚面に対して水平刺するが、皮膚から出た部から針を直角に折り曲げるのが秘密で、一見すると頭皮に直刺しているように見える。そして灸頭針を行うようにする。
   
① 生髪(しょうはつ):風府と風池をつなぐ線の中心
② 防老:百会の後ろ1寸:針尖を斜め前方に向けて鍼柄が患者の頭皮と平行に成るように皮膚に沿わせる。得気を確認すること。
③ 健脳:風池の下5分:鍼尖を下に向けて0.2寸(約3ミリ)刺入する。このツボは頭皮中にあり、ぴったりに刺入しなければ効果が薄い。


※信頼性の乏しかった、かつての中国の報告

1980年代、我が国では中国製の「101」という発毛剤が一大ブームとなった。有効率が97.5%という触れ込みだが、日本人の仕掛け人がまずいて、それに週刊誌が飛びついた結果だった。しかし使用者にカブレがおこるという事例が多々あり、ブームはあっという間に終わった。今になって振り返れば、カブレが起こることは局所免疫療法に類似したものがあるといえるかもしれない。

同じ類のもとして、以後も禁煙香(禁煙に効果あるとする薬草を嗅ぐ)や痩身に効果ありとする海草石鹸などが評判となったが、効果の有無は不明のまま、大衆に飽きられてブームは下火になった。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


  

 

 



効果がない耳つぼダイエット Ver.1.3

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本稿は、2006年に「効果がない痩身耳針」とのタイトルで発表したものである。あれから10年経ち、さすがに耳針で痩せることをPRする針灸師はめったにお目にかからなくなった。しかし現代では針を使わないから痛くなく、しかも安全だとして耳に金属粒などを貼る方法が台頭してきた。名づけて「耳つぼダイエット」である。ネットをみると、「耳つぼダイエット」は多くの記事がヒットするのだが、「耳つぼダイエット」で検索しても、筆者が十年前に報告した「効果がない痩身耳針」はヒットしないようである。そこで改めて「耳つぼダイエット」のタイトルに変えて再度アップすることにした。

 

1.痩身耳針の歴史的経緯

1970年頃、アメリカのシカゴで開かれた国際鍼灸学会で、香港の医師がヘロイン禁断症状である半狂乱に、耳針が効果あったことを報告した。これを契機として1974年のミラノでの国際鍼灸学会では、麻薬中毒はもちろん、ニコチンやアルコール中毒、そして肥満に対して耳針が効果あったことが報告された。
シカゴの学会に参加していた窪田丈氏は、これらの学会報告をヒントとして「クボタ式やせる耳針」という本を発売して、わが国に新しい痩身ビジネスをもたらし、1970年代の後半から10年間、大流行した。(かつて私が知っているクボタ式の先生は、毎月高級車が買える金額を稼いでいた。)世界的にみても、痩身耳針は欧米でも認知されるに至り、本場中国に逆輸入されもした。

やがて痩身耳針の話は、話題に人々の話題に上らなくなった。それは、大金を払うほどの効果がみられないという事実、耳介の感染問題、熱しやすく冷めやすい日本人気質とに関係するものであろう。

ただし1990年代に、向野義人医師が、これまでとは別の理論的背景をもとに、対照群を設けた臨床比較報告をして、痩身耳針の検討を行い、「痩身耳針は食欲減退作用はあるものの、それだけで痩身ビジネスができるほどの効果はない」との結論を得た。

奇妙なことに、これをきっかけに再び痩身耳針が息を吹き返した。向野先生の実験結果の都合のいい部分だけをアピールした。かつての耳針は鍼灸師が行うものだったが、二度目の流行では、ツボの金属粒圧迫が主流で、これを「耳つぼダイエット」と称するようになった。針を使わないことから、非鍼灸師である無資格者や柔整師でもできることになる。

さらに新たな商法を考案した。それは耳刺激+健康食品販売を組み合わせが莫大な利益を生むことになった。この商法は「広告では痩せなかったら代金返却します」などともPRしているが、3ヶ月30万円ほどの健康食品。耳ツボ施術料金1回2000円×30回分として6万円。計36万円を前払いさせる。仮に1ヶ月後に中止すると耳ツボ施術料金の20回未実施分の4万円のみ返金される。つまり患者は32万円を失うわけだ。



2.痩身耳針の理論と方法

1)クボタ式痩身耳針
 
耳介には全身のツボが集まっていると考える立場があり、彼らにより作られた耳介チャートというものが存在する。中国式とノジェ(フランス人医師)式があるが、わが国では中国式の方が普及している。
 このチャートには、身体の経穴名とは異なり、直接的な名称(胃・肺・心・腰・眼など)がついていたり、その効能や症状名(渇点・高血圧点・神経衰弱点など)がついていることが多い。
 
クボタ式では口・食道・噴門・胃・十二指腸・小腸・虫垂といった消化器系のツボや、渇点・飢点に皮内針を行う。皮内針は両耳に行い、週に2~3回針交換する。現在では感染症対策として上述の部位に小さな金属粒による圧迫を行うことが多い。
要するに胃を中心とした消化器機能亢進が食欲亢進となるから、消化器機能を鎮めることが食欲低下となり、結果として痩身になるという論法である。


2)向野義人方式
 
過食傾向は、胃腸の迷走神経緊張状態で生ずる。迷走神経は、そのほとんどが体幹深部を走行して内臓に枝を伸ばしているが、耳介部(迷走神経耳介枝)は浅層を走行し、とくに外耳孔周囲(肺区に相当する。肺の反射点は広いので肺点ではなく肺区とよばれる)は密に走行している。

上図で紫色は迷走神経。オレンジ色は耳介側頭神経、緑色は大耳介神経の分布

 

緊張時や恥をかいた時、耳介の血流が増えて火照って赤くなることがある。これは高くなった脳深部温度を放熱させて下げるという合目的性がある。また寒くなると先端から冷えやすくなり、とくに耳介は凍傷になりやすいので、迷走神経が分布していることで内臓と同様、温度があまり下がらないようなメカニズムにもなっている。

一般的に針で迷走神経を直接刺激することはできないが、耳介肺区は例外で刺激できる。したがってこの肺区を刺激すれば、迷走神経を刺激できることになる。迷走神経の主な分布は内臓全般にあり、消化器系も迷走神経優位になると活発に活動する。すると食欲も亢進するので、耳部に分布する迷走神経を刺激することで、消化器系の活動亢進を抑えることができれば、食欲を抑える作用があるとするのが痩身耳針の理論である。

しかしこの考え方は一面的である。もし針で迷走神経をコントロールできるのであれば、血圧も体温も心拍数も変化させ ることができ、これは非常に危険なことですらあるだろう。

迷走神経には左右という概念はないので、衛生面を考慮して片耳交互に肺区皮内針刺激を行う。

3.痩身耳針の効果
 
クボタ式には、驚くことに信憑性のある研究報告がない。日産玉川病院東洋医学内科で追試してみたところ「非常に効くケースも中にはあるが、わずかな体重減少にとどまる例が多く、本人がこれを機会に痩せようと思って自発的に食事制限したことを思えば、確率的に耳針で痩せるとはいえない」という結論を得た。
 
向野式には本人による研究結果がある。①食欲は減少するが、痩身耳針というほどには効果ない、②痙性便秘にも効果ある、③塩味に敏感になる、との結果を得ている。痙攣性便秘に効き目があったことは、大腸の蠕動運動亢進状態が改善されたという意味で、副交感神経亢進状態の改善を意味しているといえるだろう。
 
私は両方のやり方を追試してみたが、使う針の本数が16:1とクボタ式が圧倒的に多いためか、クボタ式の方が効果的である印象を受けた。しかし「本当に効いた」と感じたのは10例中1~2例程度である。それも皮内針から金属粒に変えてから効きが悪くなったようである。

メルク医学事典には、「肥満に鍼灸は効果ない」と記述されている。「痩身耳針が効果がある」と宣伝するのは、本当にそれで痩せるかどうかが重要なのではなく、それをネタとして儲ける手法に過ぎない。





 

 

ベーカー嚢腫の概略と治療法

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1.序
 
鍼灸治療を初めて2~3年目のこと、中年女性の患者で、半球の水腫が片膝の膝窩にある症例に遭遇した。正座しづらくなったが、動作時の痛みはないという。とりあえず、局所である意中に直刺したが、スカスカするばかりでしっかりとした組織に針先が当たらず、途方にくれたことを思い出した。後で知ったことは、本症例はベーカー嚢腫たっだ。以降現在まで、十例程度は扱ったように思う。

最近では60歳女性で、片方の膝を曲げる度にバキンバキンと骨が折れるのではないかと思うほど大きな音かするとのことで来院した。タナ障害と診断したが、明確な治療方針がたたないまま、四頭筋をゆるめるような施術や四頭筋を鍛える運動法の指導をしたが、3回治療2週間程度で自然に音がしなくなってしまった。以前診たタナ障害は半年程度治療が必要だったので、うれしい誤算だ。

この患者は、ベーカー囊腫治癒して数ヶ月後、片側の膝窩に水がたまったといって再び来院した。整形外科にも行ったが様子をみるようにいわれたという。私はベーカー囊腫について、ある程度理解しているつもりだったが、なぜ急に腫れ、すぐに良くなることが多いのか、復習することにした。

2.ベーカー嚢腫

1)滑液包とは 
    
膝関節周囲には、いくつかの滑液包があり、運動時の骨と皮膚間の摩擦を減らす役割がある。滑液包内部には少量の滑液がある。外傷や過使用により滑液包に炎症を起こし、内部の滑液(黄透明色)が増加した状態を滑液包炎という。滑液が増加しても無痛で機能障害がないのであれば治療の必要はない。
   
※関節包と関節水腫
関節を覆う薄い膜を関節包という。関節包内膜にある滑膜からも滑液は分泌され、関節内部の潤滑油として、あるいは関節への栄養補給として機能し、滑液は再び関節滑膜から吸収される。いわゆる「膝に水が溜まっている」というのは、膝関節包の滑液量増多状態をいう。


2)滑液包と関節包の交通
    
膝窩部の滑液包は、70~50%の者で関節包と細い通路でつながっている。次の原因により膝窩部に袋状に突出した滑液胞腫ができるまでになる。
①滑液の閉塞:関節液が関節腔から腓腹筋半膜様筋嚢に流れる滑液が溜まる。
②滑液量増多:膝窩にある滑液包の炎症が拡大して関節液量が増え、関節液が関節腔から滑液包に流れ込む。
       
関節液の流れは、逆流防止弁構造によって、膝関節腔からベーカー嚢腫への一方通行が多い。変形性膝関節症、関節リウマチ、半月板損傷、軟骨損傷といった膝の疾患に合併して起こることがほとんどである。



3)症状
   
膝窩に卵の大きさ位で、触るとプヨプヨした水腫がみられる。痛みはあまりない。正座やトイレなど、膝を曲げる動作時に膝裏の圧迫感や不快感を感じる。五十歳以上の女性に多い。


4)整形での治療

①穿刺して滑液(やや粘性のある透明黄色液体)を抜き、長時間作用型ステロイド薬を注射して滑液の産生を抑制させる。再発することも多く、数日~数週間で元の状態に戻りやすい。6時間程度で元に戻る例や、数回穿刺後に水腫が溜まらなくなる例もある。安静にしていると膝窩滑液包の炎症が軽減するので、関節液が関節包から膝窩滑液包に流入しなくなるからだろうとされている。

②局所を冷却(10~30分)、また免負荷目的に松葉杖の使用。

③痛みが強いものには、滑液包を切除する手術をすることもある。ただし血管や神経が密で解剖学的に難しいので実施頻度は低い。


5)ベーカー囊腫の針灸治療について
   
①運動量増加に伴う滑液量産生を減らすことを目的とし、膝運動を制限を指示する。
  
②結局は膝関節の炎症で過剰に産生し貯留した関節液が、膝の動きに妨げにならない部分である膝窩部に逃げ込んだ状態であることが多いので、元の疾患である膝OAなどの治療を行う
  
③ベーカー嚢腫に対する直接的な決め手となる針灸治療はないが、自然治癒することが多い。

咽喉異常感症(咽頭神経症)の針灸治療・手技療法 ver.2.0

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1.咽喉異常感症の特徴的症状   

咽喉異物感では、まず咽喉神経症(ヒステリー球、梅核気)を思い浮かべるが、以下の疾患を除外する。

R/O 食道癌:「食べた物が下に入っていかない」と訴える。    
R/O 喉頭癌:嗄声が初期症状。進行すると呼吸困難出現。   

器質的な異常がみつからない場合、器官神経症(心臓神経症、血管運動神経症、胃腸神経症などと同類)と断定されてしまうので、患者は苦悩する。咽頭神経症は、かつてはヒステリーの重要症状とされていたが現在は否定されている。咽喉異常感症の特徴は次のようである。  
・食事摂取時には問題ない。  
・唾を飲み込む時は気になる。  
・痛みではなく、何かが使えている感じ(患者自身、癌を心配している)  
・数ヶ月~数年の期間で症状の悪化はない。(症状の悪化があれば他の疾患を考える) 


2.咽喉異常感と嚥下運動の関係

耳鼻科での検査で異常がみつからない咽喉狭窄感といのは、前頸部の筋緊張がもたらした結果だとする見解がある。

ノドのつまり感は、嚥下の際に強く自覚する。嚥下運動は、咽頭にある食塊を喉頭に入れることなく食道に入れる動作で、この食塊の進入方向を決定するのが喉頭蓋が下に落ちる動きである。この喉頭蓋の動きは喉頭蓋が能動的に動くのではなく、嚥下の際の甲状軟骨と舌骨が上方に一瞬持ち上がる動きに依存している。嚥下の際のゴックンという動作とともに甲状軟骨が一瞬上に持ち上がり、喉頭蓋が下に落ちる動きと連動している。

甲状軟骨の動きは、甲状舌骨筋でつながる舌骨の動きによるもので、舌骨の動きは舌骨上筋群が収縮した結果である。すなわち舌骨上筋群緊張→舌骨挙上→喉頭蓋下降という運動連鎖になる。   なお開口状態では舌骨上筋が弛緩するので、嚥下しづらくなる。なお舌骨上筋には、顎二腹筋・顎舌骨筋・茎突舌骨筋オトガイ舌骨筋がある。

座位で頭を背屈して舌骨上筋を伸張した状態で、それぞれの筋走行部を押圧し、圧痛点を発見して押圧・刺 針。頭部の前後屈運動を10回程度実施させる。

 

3.舌根(=上廉泉)刺針>
 
舌根刺針は舌骨上筋刺激になる。舌骨上筋緊張すると舌骨が挙上する。なお舌の根元は、咽喉奥にあるのではなく、下顎骨の後縁にある。

①舌根刺針は、舌扁桃刺激にもなり、舌下腺刺激にもなる。舌扁桃痛軽減や唾液分泌を促進させる意味もある。
②この部は舌咽神経支配が知覚支配しており、刺針すると舌根や咽喉に針響を与える。  

 

 

 

4.舌骨下筋の過緊張

嚥下時に舌骨が挙上しづらいのは、舌骨下筋の過緊張による可能性もある。本法は、Ⅰb抑制を使った筋緊張緩和手技に相当する。
座位で前頸部気管の両側筋の硬結に刺針し、上を向かせて舌骨下筋を伸張させて刺針。

 

5.胸鎖乳突筋と広頸筋
ヒトは上を向くと呼吸しやすくなる。(ゆえにラジオ体操で深呼吸の際、上を向かせる)
ストレスなどで前頸部筋緊張すると下を向き気味になるので、胸鎖乳突筋や広頸筋を伸張させることはストレッチ手技尾として意味がある。

1)胸鎖乳突筋ストレッチ

①椅坐位で、頸の過伸展位置をとらせ胸鎖乳突筋を伸張させる。
②その姿勢のまま患者自身(または術者)の両手をザビエルの肖像画のように胸元で交叉させ、左右母指で胸鎖乳突筋起始部である鎖骨と胸骨部を順に軽く押圧し続る。  
③過伸展位にした頸を左右に回旋することで、さらに胸鎖乳突筋を伸展させる。    
④次第に胸鎖乳突筋の緊張が緩んでくるにつれ、咽の狭窄感も軽減する。  



2)広頸筋ストレッチ手技          

下顎骨の下縁から、上胸部にわたる頚部の広い範囲の皮筋。首の表面に皺を関連する筋膜を緊張させ、口角を下方に引く働きを持つ筋である。  
坐位で、口角を横に広げつつ下方に引き、前頸部に縦シワをつくるようにする。この動作を何回か繰り返すと視認できる。

 

 

 

5.咽頭異常感が改善した症例(30才男性、会社員)

患者の母が少々自慢げに言うちころによれば「会社では、同期トップの成績だった」が、心身ともに疲労して休職している。

全身疲労と咽の詰まり感が主訴。詰まる感じは右前頸部にあるとのこと。坐位で両側胸鎖乳突筋停止部を押圧するもあまり圧痛なく、胸鎖乳突筋筋腹をつまんでみたがあまり痛むことはなかった。下顎窩を押圧すると筋硬結を触知したので、上記の舌骨上筋部のストレッチ手技を行い、また坐位で頸を背屈させて右広頸部筋を触診すると、つっぱり感じがあったので、前頸部~前胸部あたりに広範囲に単刺した。
治療終了すると、患者はアレッという声を発したが、その時は聞き流した。

翌日、患者の妹が治療を受けに来院した。昨日のお兄上の具合をきいてみると、球が下に落ちたと語ったとのこと。

 

 

 

 

凍結肩のROM拡大の刺針手技

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1.凍結肩の関節裂隙刺針

 凍結肩状態にある五十肩は、症状を修飾している筋緊張症状は針灸で改善できても、本質的には肩甲上腕関節関節包の癒着なので、筋・神経・皮膚を刺激目標にした鍼では効果を出すことは難しい。

塩沢幸吉は、関節破裂隙に対する刺針を紹介している。
「関節腔に対してはなるべく深刺する。五十肩の場合は肩関節前面において、上腕骨頭と肩甲骨関節の関節間隙をねらって、2~3カ所深く強く刺針すると、上肢の内旋・結帯動作が拡大される。他に肩峰下・肩関節後面・腋窩より、それぞれ肩関節口腔へ直接刺針する。」 
 
                                                  

 

2.肩関節関節包切開術(医師)

凍結肩の関節包癒着に対し、医師は硬くなった関節包をメスで切開する手段をとることがあり、この手術によりADLは術後から大きく改善できる(ただし痛みが長期に残存することがある)。塩沢の関節腔刺針は、この手術療法と似ている。


3.肩関節裂隙刺針の肢位工夫

関節口腔を開いた状態で関節裂隙に刺針した方が深刺できるので、前方の肩関節裂隙に刺入するには、座位で結帯動作をさせて行う。後方から肩関節裂隙に刺入するには座位で、結髪動作をさせて行う。下方の関節裂隙に刺入するには、上肢をなるべく外転させた体勢で行う。鍼は5~8番程度で関節の隙間を狙って、コツコツをノックして癒着を剥がすように数回雀啄する。

 

質問紙を使った耳鳴分析と鍼灸の奏功例 ver.1.1

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耳鳴の鍼灸治療については、20年近く前までは勉強したが、一通り調べると、それ以上新発見の鍼灸治療が発見できなくなった。しかし耳鳴りの治療自体に新しい内容はなくとも、鍼灸で効きそうか否かを事前に推測できれば、患者・施術とも無駄な努力をしないですむ。鍼灸有効率もあがるというものである。耳鳴り治療の有効性を推測するため、すでに10年以上「耳鳴り質問紙」を使っている。本質問紙は診療前に患者に記入してもらう。患者は5分間ほどで書き終えることができる。


1.鍼灸で効きそうな耳鳴りを抽出する質問紙(「新・耳鳴の鍼灸治療 質問紙と解釈」 2003.7.14.当ブログで発表済だが当ブログに移動)

1)医師の診察を受けましたか。( はい いいえ )
解釈:耳鼻科的なきちんとした病名がついておらず、かつ無難聴性耳鳴であれば効果ある。診断名の定まらない耳鳴は、針灸で打つ手がありそうだ。鍼灸奏功するタイプとは、頸や顎の関節症に由来するものが多いだろう。すなわち針灸が有効となる耳鳴は、首の動きや顎関節の動き(口の開閉など)により、耳鳴の音調が変化するタイプ。

2)医師の診断名は何ですか。
(突発性難聴 メニエール病 良性発作性めまい 音響外傷  慢性中耳炎 頸椎症 高血圧症 自律神経失調症 更年期障害 聴神経腫瘍 その他)
解釈:耳鼻科医の診断で、中耳炎後遺症や突発性難聴後遺症、音響外傷による耳鳴など、耳鳴を生じる診断名であるならば、針灸治療が無効となるケースが多い。発病後1ヶ月を経た音響外傷性の難聴・耳鳴も有効な治療法に乏しい。

3)耳鳴りについて、これまでどのような治療を受けましたか。
(内服薬 高圧酸素療法 通気 療法 星状神経ブロック その他)
 解釈:一般的に現代医学で耳鳴りに効果のある治療法はない。

4)耳鳴りに気づいたのはいつですか。(  年  月  日、  約   年前 )
解釈:当然ながら早期に治療開始した方が治りがよい(自然治癒であることも含む)。一つの目安は、半年以内かどうかである。

5)耳鳴りのきっかけになったものはありますか。(病気 大きい音 難聴 めまい 自然に 突然に)
解釈:
①.大きい音を契機に発症→騒音性難聴(=音響外傷)
②.突然に→突発性難聴
③首や顎の運動により生じた耳鳴というのは、自分の意識としては少ない(自分では気  づいていない)。

6)耳鳴りは、どこからしますか。( 右耳  左耳  両耳  頭の中)
解釈:
①体性耳鳴(首や顎の運動時)の場合、片側性になる。両側に同じ大きさの耳鳴を生ずると、頭の中が鳴っているような感じになる。
②片側性では患側上の側臥位にて施術し、両側性では仰臥位で施術する(30~40分 間置針するので、伏臥位だと苦しく感じる者がいる)

7)どんな音の耳鳴りがしますか。(ブーン  ゴー  カチカチ  ポー  シュー キーン ドキドキ  ヒュー  ピー  ジー  その他)
解釈:耳鳴の音調は、教科書的には高音性が感音性難聴・耳鳴でキーンといった電子音。低音性は伝音性難聴・耳鳴でジーといった蝉の鳴き声の音に分類されている。しかし実際はさまざまで、音調から診断名を推定することは困難だが一応の目安としては次のことがいえる。   
①ゴーという低音:外耳や中耳など、伝音性の耳鳴。比較的治りやすい。耳管狭窄症など。
②ジージーという蝉の鳴き声音。低音性感音性耳鳴。メニエール、耳管狭窄症。
③キーンという高いの金属音・電子音:感音性の耳鳴。内耳性の耳鳴で、耳鳴全体の9割を占める。 加齢とともに耳の機能が衰えると聞こえやすい。難聴やめまいを伴うことも少なくない。突発性難聴、騒音性難聴、老人性難聴。
④「ザーザー」という雨降りのような拍動性の音→ 自分自身の頭頸部の脈拍音を聞いている。拍動性耳鳴の主な原因は、耳の病気、神経や脳疾患、血圧の常、ストレス過多など。頸部のコリを緩める治療を行うと改善するともいう。ただし拍動性の耳鳴は少ない。
⑤ゴー、ポーといった母音が「o」で終わるもの、キー、ピー、シーといった「母音+i」で終わり、かつ濁音が含まれない音は治療効果が高い。
   (清田隆二ほか:耳鳴に対するミオナールの臨床効果 耳展32:護6:473~479,1989)

8)耳鳴りの音の大きさはどの程度ですか。(非常に大きい  気になる程度  わずか  なし)

9)耳鳴りが生活の妨げになっていますか。
(何もできないくらいひどい 少し妨げになる 生活の妨げにはなるが必要なことはできる  生活の妨げになるほどではない)

10)耳鳴り以外の症状はありますか。
(難聴 めまい 不眠 頭痛 首肩のコリや痛み 顎関節症  歯科(虫歯 歯の矯正) 腰背痛  不眠 高血圧症 神経症 自律神経失調症 その他)           
解釈:耳鳴単独よりも耳鳴+難聴の方が治療は難しい。針灸が奏功しやすいのは、体性神経性耳鳴なので、顎関節症や頸椎症があると、この治療が耳鳴治療の糸口になる。めまいは不定愁訴症候群の一症状として出現しやすいが、不定愁訴一つとして難聴・耳鳴があることは少ない。


6.耳鳴症例(69歳、女性)

<質問紙回答>
1)医師の診察を受けましたか。(はい)
2)医師の診断名は何ですか。(診断がつかなかった。年だからしょうがないといわれた)
3)耳鳴りについて、これまでどのような治療を受けましたか。(治療は受けなかった。薬も出なかった。)
4)耳鳴りに気づいたのはいつですか。(1年半くらい前) 
5)耳鳴りのきっかけになったものはありますか。(自然に)
6)耳鳴りは、どこからしますか。( 両耳とくに左耳)
7)どんな音の耳鳴りがしますか。(キーン)
8)耳鳴りの音の大きさはどの程度ですか。(気になる程度)
9)耳鳴りが生活の妨げになっていますか。(生活の妨げにはなるが必要なことはできる)
10)耳鳴り以外の症状はありますか。(難聴、首肩のコリや痛み、膝痛)

<診察所見>
1)頸部:側頸部中央で胸鎖乳突筋後方の斜角筋の押圧で驚くほどの圧痛あり。 後頭部や後頸部に圧痛硬結なし。
2)顎関節:異常なし(開口制限、下顎左右ずらし・下顎引きつけ・下顎出しすべて正常、頬車、下関の圧痛なし)
※顎関節症と耳鳴が関係するらしいことは知られているが、その機序は不明。ただし三叉神経第3枝の分枝である耳介側頭神経が、鼓膜知覚・外耳道知覚・顎関節知覚に関与していることが関係しているかもしれない。トリガーポイントで有名なトラベルは、咬筋と外側翼突筋が耳鳴と関係することを指摘している。


7.考察と治療内容
本症例は原因不明の耳鳴だが、耳鳴の程度は軽い。耳鼻科で診察済でもあり、特別な耳疾患は考えにくく、強いていえば首コリからくる耳鳴りと推定。

1)仰臥位、2寸#5にて下耳痕穴から1~2㎝直刺。耳奥に響きを与える。30分置鍼。10分毎に手技をして響かせる。
解説:私の耳鳴の鍼灸治療は、仰臥位で下耳痕(=難聴穴)から2㎝直刺で耳奥に鍼響を与え、30~40分置鍼することを共通治療としている。耳奥(鼓膜~中耳)に響かせるのは本穴からの刺針しかないため。鼓室神経(舌咽神経分枝)刺激となる。筋を完全にゆるめるには、30分以上の置鍼が必要。なお鼓室神経は中耳と鼓膜を知覚支配している。内耳を知覚支配する神経はないので鍼で直接響かせることはできない。
なお「下耳痕」は私が命名した。深谷伊三郎が「難聴穴」と命名したのはこの下耳痕に一致しているが、深谷は灸で治療していて、耳奥に響かせるのは困難だろう。


2)座位または仰臥位で側頸部後斜角筋あたりの緊張部に運動鍼。
コリを緩めるには仰臥位で健側に顔を向かせる。耳の下に位置する側頸筋(≒後斜角筋)のコリに対して手技鍼。この治療は座位で行う方が効果的だが、強刺激になりがち(脳貧血に注意)。

※なお項部のコリのばあい、項部刺針をする。これには座位で、下を向かせて顎を引いた姿勢で、天柱、風池などに刺針

 


3)「鳴天鼓」の指導

古典的内気功の「八段錦」の一方法で鳴天鼓(めいてんこ)とよばれているものがある。

①両肘を左右に張り出し、手掌中央で耳穴をぐっと押さえて外耳道を密閉させる。
②そのまま頭の後ろに指を添えて、中指はお互いの方向を指す。
③中指の上に人差し指を乗せ、そこからはじくように人差し指を落として頭を叩く。その衝撃波が耳孔の空気を伝わり鼓膜を震わせるようにする。あるいは弾いた示指が、後頭部を叩く衝撃が骨伝導として耳奥に刺激を与えるのか。
④1日2回、1回につき20~40回これを繰り返す。

 効果には個人差がある。効く者は手を離すと耳鳴りが治まっていることに気づく。耳鳴が停止している時間は2~3分間だが、長く繰り返すほど止まっている時間が長くなる者もいる。

本患者に自宅で鳴天鼓を1回2~3分、1日3~4回実施するように指導した。1回2~3分は長くて手が疲れるという感想を漏らしたが、鳴天鼓をすると、数分間耳鳴りが楽になるということだった。

本患者は、初回治療で治療効果を実感できず、治療2回目で治療効果を得た。2回目治療は、座位で側頸筋ストレッチして後斜角筋圧痛点に手技鍼をしたこと。(1回目はストレッチ肢位をとらなかった)および鳴天鼓を追加したことである。


少病少悩 ver.1.1

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少病少悩

1.「少病少悩」の解釈
私は、医道の日本平成24年1月号の新年のことばとして、以下の小文を記した。

数年前、代田文彦(故人)の奥様、瑛子先生から郵便物が届いた。開封してみると、色紙が入っており、次のように書かれていた。
 少病少悩  
 南無釈迦牟尼佛 
 氣息安穏
 (代田文誌三十三回忌に記して)

瑛子先生の添え書きとして、「これをどう解きますか?」との一文も入っていた。二行目と三行目は理解できたが、一行目がわからない。とりあえず額に入れて治療室に掲げておいた。

 

しばらく後、患者としてお坊さんが来院し、「この言葉を選ぶとは‥‥」としきりに感心し、私に解説してくれた。「少病少悩」というのは、人間、病や悩みから完全に解放されれば理想的であるが、実際には非常に困難なことである。せめて少ない病、少ない悩みならばそれで十分ではないか、との意味だという。
 代田文彦先生の「東洋医学は、たとえ治せないとしても、癒すことはできる」という言葉は、このことだったかと思った。

 

ふと一茶の俳句が頭に浮かんだ。
こういうことか?

めでたさも 中くらいなり おらが春  (小林一茶)

 

2.代田瑛子先生からの返信

医道の日本誌の当該記事が載った部分をコピーし、代田文彦先生の奥様である瑛子先生に郵送した。すると数日後、返信が届いた。私信なので、全文は公開できないが、少病少悩に関する内容は次のようだった。

私は毎朝仏様にごはんとお茶をお供えして般若心経を唱えて、その額を見ています。自分なりに解釈しております。「人間として病と悩みからとき放されているのは、即この世からの解放の時であろう。だから人間この世に生を受けている間は、ほんの少しの病と悩みを持って生きていけば、気が和らいで心安らかにおだやかに生きられるのだと」。年相応の体の心の変化が有ってこそ心の平安が有るのだと思いながら生活しております、との文面だった。

瑛子先生が毎朝向かっているであろうお仏壇を私は思い出した。中には文誌先生、文彦先生の位牌もあった。驚くほど質素なものだった。

へバーデン結節の針灸治療 ver.2.2

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筆者は2012年8月12日にブログ「へバーデン結節の針灸治療」を公開したが、内容を刷新すべく2014年7月21日に  「へバーデン結節の針灸治療 Ver2.0」として改訂することにした。それも不十分だったので、今回2019年7月16日さらに「へバーデン結節の針灸治療 Ver2.1」として図を中心に改訂した。。

 

1.ヘバーデン結節の基礎知識の病態  

手指のDIP関節にみる変形性関節症。DIP関節基底部背側中央の伸筋腱付着部を挟んで、2つのコブ(結節性隆起)ができる。骨肥大による変形であり、これをヘバーデン結節と呼ぶ。単発または多発的に出現。閉経との関係が指摘されている。40才以上の女性に多い。語呂:「女は40でへばる(ヘバーデン)」

※ブシャール結節 Bouchard node:手指のPIP関節にみる変形性関節症。 
へバーデン結節ではつまみ動作で多用する示指・中指に多いのに対し、ブシャール結節は握り動作で多用する尺側の指に多くなる。  

※関節リウマチは、PIP関節を侵すことはあっても、DIP関節は侵さない。

 

 

2.へバーデン結節の症状と経過

1)初期には一時的にDIP関節が左右対称性に赤く腫脹し、自発痛を伴うことがある。DIP関節の変形進行(関節の狭小化と軟骨の変性)。やや屈曲する。

2)基本的には運動時痛。骨棘形成によりDIP関節が竹のフシのように太くなる。関節の可動 域制限により、手が十分握れない、手がこわばるなどと訴える。 

3)一定時間(3ヶ月~数年)経過し、ある程度変形が進んで関節の動きが悪くなると、痛みがなくなる者が多いということだが、「いつになったら痛みがとれるのか」と質問されると、はっきり返答できないのでつらいことである。著しい機能障害を来すことは少ない。


 

 

3.一般治療
冷えると痛む場合、温水で指を温める。痛みが強いときは、紙テープ(幅20㎜前後)やビニールテープをDIP関節周囲にぐるぐる巻きにして関節の動きを抑えるなどの一般的治療がある。とくに夜間睡眠中は、無意識に指を屈曲してしまうこともあるのでテーピングすることが好ましい。医療用絆創膏は粘着力が強すぎて角質層を傷つけるので、連用には適さない。


4.針灸治療

鍉針などで関節部圧痛点を見つけ、3~5のゴマ大灸をすることが多い。圧痛点の所在により何が痛みを引き起こしているのか推定できる。

1)DIP関節基部背面の左右に、2つのコブ(=へバーデン結節)が出現する。その中央に指伸筋腱が走行している。指伸筋腱の末節骨に停止している部の圧痛点に治療点を求める。    




2)上記部以外のDIP関節部の圧痛は、関節包の痛みを考える。関節包は腱筋につながって関節と連動して牽引収縮されるので運動時痛を生ずる。DIPの両側面には側副靱帯があり、ここも圧痛好発部位で、圧痛点に糸状灸をすることもある。

3)成書に記載ないが、DIP関節の後面中央に圧痛を発見することもある。すなわちDIP関節の上下左右4方向から施灸することが多い。

4)上記圧痛点へは細針にて浅刺置針または糸状球数壮を行う。その際手掌を上にし、DIPとPIPとも屈曲させた状態で行うと、指伸筋腱が緊張するので、効果増大が期待できる。一般に施術直後は減痛できるが、持続効果は一両日なので、自宅施灸を毎日行わせるのがよい。


5.いゆわゆる突き指について

1)概念
へバーデン結節と同じくDIP関節部の痛みだが、病態は異なる。「突き指」とは野球・バレーボール・バスケットボールなどの球技で、ボールを受けそこなった時や転倒して指を突いた時に発生する指周囲の外傷の総称。診断としては、捻挫、槌指(=マレットフィンガー)、側副靱帯損傷などになる。

2)槌指(ついし)の分類
槌指とは腱断裂のことで、DIP関節が屈曲したままで自力では伸展不能の状態である。槌指は慢性になると痛みはなくなるが、DIP関節が屈曲した状態のままである。

 

 

3)突き指の鑑別と針灸治療

応急処置は、捻挫と同様にRICE(安静・冷却・圧迫・高挙)の処置。外観上の異常があれば整形外科に急送。側副靱帯捻挫や指針腱停止部症の場合、指側面の局所に単刺で速効できることが多い。突き指では「指を引っぱるとよい」というのは間違い。

針灸奮起の会(現代針灸実技講習会)、第5期の構想

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コロナ禍のせいで、この2年近く、味気ない日々を過ごしている。しかし時間の余裕だけは十分にあった。現在中断状態にある奮起の会(条件疾患に対する現代針灸実技講座)を再会すべく、2年間策を練ってきた。これまでの講習会を反省すれば、内容を広げすぎて個々の針灸技法の紹介が手薄になったのではないかという点で、実用的な針灸技法という原点に立ち返り、必要性の少ない内容を省略すべきだと考えるに至った。この結果としてテキストページ数も減らすことにも成功した。率直にいって消化しきれない内容を覚えることは、参加者にとって、お腹いっぱいだろう。

今回の奮起の会では「この程度の質と量ならば、自分でも習得できそうだ」との意欲をもつことができる内容とした。

募集要項(現在の構想)
実施が確定した段階で、参加申し込みを受け付けます。コロナの感染症状が不鮮明なので講習会実施時期は当方の希望です。

1.実施日時
 1)初回予定:令和5年1月第3日曜、(令和5年1月16日) 午後5時半~8時頃
 2)2月以降、毎月第1、第3日曜    計7回
2.実施場所
  国立駅南口下車 徒歩2分、国立市中1丁目集会場
3.定員:12名
4.指導:似田敦、ほか現代針灸研究会メンバーの方々
5.参加費 1人6,000円  針灸学生5,000円
6.懇親会 講習会後に実施(希望者のみ)

講習内容
A.腰背痛の治療技術(テキストページ数7p)

症状A-1 膈兪~肝兪付近(胸椎部で肋骨がある部)に感じる痛み  【胸椎椎間関節症】
症状A-2 上体前屈時に大腸兪付近に感じる痛み 【腰椎移行部椎間関節】
症状A-3 志室付近に自覚する深部の痛み 【大腰筋性腰痛】
症状A-4 胃倉あたり感ずる慢性的なコリ、いわゆる胃の不調    【 腰方形筋起始部痛】
症状A-5 腰下部に慢性的な鈍重痛感。圧痛点は不明瞭。 L5棘突起下に細絡【オ血性腰痛】
※補講:八りょう穴への刺入技法と治療点の選択

B.殿下肢痛の治療技術 (10p)

症状B-1 片側の殿部~大腿後側~下腿(前面・外側・後面)が痛む。【梨状筋症候群】
症状B-2 上外殿部から大腿外側の運動時痛 【中・小殿筋緊張症】
症状B-3 上殿部外側の痛み・鼠径部痛。歩行時の鼠径部に感じる違和感【変形性股関節症】
症状B-4  同じ姿勢を続けている時に生ずる腰部の鈍重感と下肢不定症状【仙腸関節機能障害】
症状B-5 5分間ほど歩行すると足が前に進まなくなる。腰をかがめて数分間座って休憩すると再び
            歩けるようになる。馬尾性間欠性跛行症】

C.膝痛の治療技術  (8p)

※補講:膝関節痛治療に多用される穴
症状C-1 慢性的な膝関節前面の痛みで、鶴頂穴圧痛(+)時  【大腿直筋過緊張】
症状C-2 膝蓋骨外縁(外膝蓋)または内縁(内膝蓋)の痛み。【外側広筋または内側広筋の過収縮】
症状C-3 膝関節前面の痛みで、内外膝眼圧痛(+)時 膝関節包過敏】
症状C-4 膝関節内側の鵞足部の痛み     【鵞足炎】
症状C-5 膝窩が鈍く痛む    【膝窩筋腱炎】
※補講:膝の痛み以外の主な症状と対処法  

D.頸碗痛の治療技術(10p)

※補講:後頸部筋の構造と常用刺針点の整理
症状D-1 顔を下に向けづらい(顎を引けない)。 
      上項部が重苦しい。【後頭下筋(とくに大後頭直筋)緊張症】
症状D-2 頭を左(または右)に回しにくい。無理に回すと痛む。  【頭板状筋緊張症】
症状D-3 デスクワークなどで顔を下にした姿勢を続けていると後頸部が疲れる。 【頭半棘筋緊張症】
症状D-4 頸を動かした際に、後頸部、肩甲上部、肩甲間部などが痛む。      
                                              【脊髄神経後枝痛(長・短回旋筋緊張症)】
症状D-5 頸部が痛く、片側の上肢の感覚が鈍い。前中斜角筋に圧痛(+)   【(前)斜角筋症候群】
症状D-6 頸部が痛く片側の上肢がピリピリする。烏口突起内側の圧痛(+) 【小胸筋症候群】
症状D-7 ムチウチ1ヶ月後に、めまい・嘔気・不眠・耳鳴・眼精疲労が出てきた。 
                                                              【バレリュー症候群】

E.肩関節痛の治療技術(10p)

※補講:針灸に来院する肩関節障害の概要     
症状E-1 肩関節を外転で、90°を超えると肩関節~上腕・肩甲骨周囲に痛みが出て上げられない。他動外転は正常。  
    【肩腱板炎とくに棘上筋腱炎(または棘上筋腱部分断裂)】
症状E-2 肩に痛みが出て結髪動作ができない。他動的には可能。      
                                              【肩腱板炎(棘下筋、小円筋の伸張制限)】
症状E-3 肩関節前面~外側の動作時痛。とくに結帯動作時痛み出現。 他動的には可能。
                                              【肩腱板炎(棘下筋、小円筋の伸張制限)】
症状E-4 五十代男性。肩の動きが悪く、結帯動作、結髪動作ができない。
      外転70°で自動・他動ROMとも同様。ただし肩関節痛はあまり感じない。【凍結肩】

F.上肢症状の治療技術(10p)

症状F-1 テニスでバックショットでボールを打ち返す際、右肘付近に痛みが走る。【バックハンドテニス肘】
症状F-2 重いものを右手に持つと右側母指の橈側基部が痛む      【狭窄性腱鞘炎】
症状F-3 右IP関節を屈曲した母指を伸展しようとしてもスムーズにできない。
      無理に伸ばそうとするとバネのように弾けて伸びる           【母指バネ指(弾撥指)】
症状F-4 物を母指と示指でつまむ時、右側の合谷深部に痛みを感じる     【母指内転筋症】
症状F-5 手掌と手掌側の母指・示指・中指にピリピリ感、疼痛がある。 【手根管症候群】
症状F-6 50才女性。手指のDIP関節が脹らみ、自発痛がある。   【へバーデン結節】
                                                                                
G.下肢症状の治療技術 (10p)

症状G-1 歩行中、左足首をひねり、歩く動作で足外果の直下が痛む。
       痛みを我慢すれば、何とか歩くことができる。   【急性足関節外側捻挫】
症状G-2 両側の足拇趾基部が「く」の字型に曲がり、腫れて痛む    【外反拇趾】
症状G-3 体重をかけると両足の踵中央部が痛むため、歩行困難。         
       踵中央部に強い圧痛がある。      【踵脂肪体萎縮(=踵脂肪褥炎)】
症状G-4 ランニングをしていると、足裏の土踏まずあたりが痛み、
       運動を続けられない。 【足底筋膜炎】
症状G-5 歩くと片足の第3・第4指間がピリピリと電気が走る。
       じっとしている分には痛みはない。 【モートン病】

 

 

 

 

 

 

 

慢性メニエール病に対する針灸治療  ver.1.2

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 1.急性メニエール病の症状の機序

 内耳で平衡感覚をつかさどるのは三半規管と耳石器で、身体の動きや位置に伴う管内部にある内リンパ液の動きを、有毛細胞が捉えることで空間における自己の位置や動きを把握している。

 何らかの原因で内リンパの吸収障害が起こると、内リンパ圧が上昇し、内リンパ水腫状態になる。すると音を感ずる細胞を圧迫されて鼓膜からの振動が伝達しにくくなり、感覚細胞を乗せて震動する蝸牛基底板の動きを全体的に悪くするので、低音障害型の難聴となり、有毛細胞が過剰刺激されて無意味な信号を発信して耳鳴が生ずる。

 水腫が一定以上の大きさになると、ライスネル膜は破綻し内リンパ液が外リンパ液に混入し、その瞬間リンパ液の乱流が起こる。この時、回転性メマイ発作が起きる。このメマイは2~3時間程度、ときに半日続く。メマイ発作は、発作性反復性に起こる。メマイ発作が治まり、寛解期に移行すれば、難聴・耳鳴も消失する。

その後、ライスネル膜は自然修復され、内外のリンパ圧は等しくなるので、症状は寛解するが、数週間~数ヶ月後には、同じ機序で発作を繰り返す。 

 

 

  

 2.内リンパ液の吸収障害となる原因

内リンパの吸収障害となる原因について、これまでは自律神経異常が関与しているとされてきた。しかし2009年12月に大阪市立大の山根英雄らの研究グループが、「球形嚢内で微小な炭酸カルシウムの耳石が剥離して、内リンパ液の通路をふさいだ結果、内耳が内リンパ水腫になって発症する」との見解を提示している。

※球形嚢の耳石の欠片が剥がれて、三半規管内のリンパ液に浮遊すると、良性発作性頭位メマイとなる。

 

 

 

 3.慢性メニエール病の症状の機序

メマイ発作を繰り返すうちに、ライスネル膜は厚くなるので、膜の破綻は起きにくくなり、前庭器官の機能低下を視覚や深部知覚が代償するようにもなるので、メマイ発作は起きにくくなる。内リンパ浮腫は前庭部だけでなく蝸牛部にも生ずるので、コルチ器が正常に機能せず、持続的な難聴・耳鳴を生ずるようになる。聴覚は、蝸牛の他に代償できる仕組みがないので、慢性メニエール病では、恒常的な難聴(感音性)・耳鳴りが主訴となってくる。

慢性メニエール患者の訴えは、片側性難聴が中心で、調子に波があり、悪い時は糸電話で音を聞いているようだと言い、また頭がパンパンになるとも訴えることが多い。

 
4.慢性メニエール病の針灸治療

1)急性メニエール病と慢性メニエール病の針灸治療目標の違い  

急性メニエールのメマイ発作時はとても来院できる状態になく、来院時は必然的に非発作時になる。したがって現在起きているメマイを改善させることが治療目標とはならない。次のメマイを起きにくくする(あるいは非発作期間の延長)におくので、本当に効果的な針灸治療ができているのかどうか、はっきりしないという扱いづらさがある。
一方、慢性メニエールは現に存在している耳閉感が主訴となり、この耳閉感の改善が治療目標となるので、治療手法の試行錯誤や治療効果を行いやすい。 

 
2)感音性難聴と耳閉感の違い 

回転性めまいであれば、まず内耳障害を疑う。めまいは慣れるにつれ、視覚情報や深部知覚情報が代償されて軽減するのが普通であるが、針灸では天柱や風池などの深刺により深部知覚情報に干渉することで有効となる場合が少なくない。項部深部筋が、姿勢保持機能をもっていることに関係しているであろう。片側性の項深部筋緊張では、メマイを生ずることも知られている。 

一方、聴覚は代償機能がないので一般的には難聴・耳鳴の治療は難しいとされる。現時点での医学では故障したマイク(=コルチ器)を修理する方法はない。すなわち騒音性難聴やストマイ難聴、発症1週間を過ぎた突発性難聴には、効果的な治療に乏しいわけである。

 ところで慢性メニエール症の訴える難聴とは、厳密にいえば耳閉感のことであろう。耳閉感は、片側性(まれに両側性)の軽度低音障害性感音性聴力障害(低い音が聴きづらい)をいい、患者が耳が詰まった感じがすると訴えることが多い。耳閉感は、蝸牛内のリンパ液循環障害により、コルチ器が音波を拾いづらい状態であって、コルチ器自体の故障ではない。その代表疾患にメニーエール病がある。すなわちメニエール病の耳閉感は治す余地があるといえそうである。

 
3)慢性メニエール症状に対する後頸部刺針法 

治療点は、文献では項部の天柱・下天柱・風池置針を推奨している者が多い。前庭機能の興奮性は項部緊張と相関性があることが知られている。針灸で内リンパ浮腫の状態を改善することはできないが、内リンパ水腫により生じた項部緊張を改善させ、このことが耳閉感やメマイは一過性(1~2週間)にせよ軽減できる。


①針灸治療のコツは、20分以上の置針が必要なので、仰臥位で実施すること。(長時間の伏臥位は患者に負担になる)

②上頸部の深部の筋(主に後頭下筋群)のシコリ中に刺入する。8番針程度の太い針の方が効果があるが、患者の感受性を考慮して2番針をしてもよい。(脊柱深部の小筋は、体幹の運動や体重支持の役割は少なく、姿勢保持機能としての機能をもっている。すなわちメマイ治療には深刺する必要がある。

③頭部症状があれば、太陽穴、百会、上星などの置針を追加する。

④座位にさせて、ふたたび後頭下筋のシコリ中に数カ所刺針し、それぞれ10秒間ほど雀啄した後に抜針。

⑤治療直後は、耳閉感や頭がパンパンに張る感じもとれるようだ。しかし週1回(調子の悪い時は2回程)度の通院が必要で、しかも長期的な展望としても完治にはつながらないが、とりあえずの症状軽減策としては他に代わる方法がないわけで、針灸の必要性は高いといえる。

 

4)慢性メニエール症状に対する胸鎖乳突筋ストレッチ

ムチウチ症が1ヶ月以内に治らない場合、バレリュー症候群になる場合がある。バレリュー症候群では、従来の頸部痛や手のしびれに加え、頸部交感神経興奮症状(めまい、難聴、不眠など)も出てくる。しかし頸部交感神経興奮症状とはいわれているが、前頸筋(とくに胸鎖乳突筋)の持続的緊張症状のこととする見解もある。したがって胸鎖乳突筋をストレッチさせる治療が推奨できる。

胸鎖乳突筋ストレッチ法では、ザビエルのポーズ(神への恭順を示す)で患者自身の母指で鎖骨中央上縁あたりにある胸鎖乳突筋鎖骨枝起始部に持続圧迫を加えつつ、頭をグルグル回す方法がある。youtube動画を見ていると、はりきゅうルーム岳の先生が、同様の運動法をもっと実用的に行っている方法を説明していた。それは示指・中指・環指の3本指で鎖骨中央上縁あたりの胸鎖乳突筋起始部を引っかけるように押さえつけ、その体勢で顔を反対側上方へ向けることで胸鎖乳突筋をストレッチする方法だった。
針治療に際しては、先の動作を患者自身でやってもらい、施術者が胸鎖乳突筋乳と筋の起始・停止を刺激するとよいだろう。

 

針灸院運営の知恵

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1.薄くなった石鹸の活用法
  
使っているうちに薄くなった石鹸は新しい石鹸にくっつけて使うと無駄にならない。このくっつける方法だが、力まかせに合体させてもうまくいかない。皿に水に濡らした 石鹸二つを置き、電子レンジで20~30秒間チンする。すると柔らかく膨張状態になるので、2つの石鹸を圧迫するときれいに合体できる。レンジの時間が長すぎると手で持てないほど熱くなるので注意。

2.不要チラシの撃退法

郵便受けには、毎日捨てるのも面倒なほど不要なチラシが入れられていて、イラつく。その対策として、よくある手だが郵便受けに<チラシお断り>の表示板を貼ってみた。すると以後、殆どチラシは入らなくなって我ながら驚いている。その効果を人に話すと、「そんなの本当に効果ありますかね?」などと信じないようだったが、実際に効果大なので、困っている方はマネしていただきたい。
ちなみに<チラシ投函お断り>の表示板はハガキ大で、ラミネート加工したものを自作し、両面テープで郵便受けに貼り付けている。

 

3.治療中の迷惑電話の撃退法
 

治療中に電話がかかってくると、受話器をとらない訳にはいかないが、勧誘の電話であることも多く迷惑している。「要りません」「結構です」などと言って受話器を切るが、どういった内容なのか聞かないことには返事もできない。それに乱暴な対応は避けたい。その応対についてネットで良い方法が紹介されていた。
 
当方:相手が話出すと、それを途中でさえぎり「ご予約の電話ですか?」と言う。
相手:「いや、違います」と返事するだろう。
当方:「この電話は、予約専用回線となっています」と話す。
相手:「失礼しました」というだろう。
当方:この段階で当方から電話を切っても、相手を怒らせないで済む。

 

4.鍼の抜き忘れ防止方法
  
昔病院に勤務してた頃、患者診療の際にはパンツ(女性はブラも着用)だけになってもらっていた。これは病院という看板があるので強い立場になれたからだ。しがない開業針灸院ではそうはいかない。たとえば腰痛を訴える患者は、腹臥位で下着のシャツをまくり上げて待機していることが多い。肩甲間部や肩甲上部あるいは上殿部も治療関連ポイントなので上着を脱いで欲しいのだが、それを言うとまた起こさなくてはならず面倒くさいことである。そこで上着をまくり上げて刺針する。この時、置鍼すれば上着は下に下がり、上背部の鍼は服に隠れることになる。肩甲上部や肩甲間部は最も鍼を抜き忘れることが多いと思う。大変危険なことであり、患者の評判を損ねることでもなる。
この対策として、置鍼をやめて手技鍼のみで治療するか、使用鍼を一定本数にする手もあるが、私のように多くの鍼を使う治療家には適さない。そこで思考錯誤の末、次のような自分流ルールをつくることにした。 
 
①全身的な置鍼は行わない。
②服に隠されてしまう置鍼はしない。ただしタオルで隠される部位の置鍼は可。
(タオルをはぎ取った後、抜鍼するので)


5.鍼と灸の使い分け

駆け出しの頃、鍼と灸は8:2の比率で鍼が主だった。鍼の流派は患部の治療が現代針灸方式で、四肢その他には沢田流太極療法の基本穴から見繕って半米粒大灸をしていた。しかし治療経験を積んで鍼の技法を知るにつれ、灸の比率はさらに低いものとなった。それは患者に有痕灸を好む者が少なかったことと、せんねん灸などの温灸タイプは効き目が少ない(やらないよりマシ)印象をもったからである。本当に灸を効かすためには有痕灸で、それも1カ所5壮程度の半米粒大以上の艾炷)は必要だと思う。そうであれば灸点の数はずっと少なくなるので、もはや太極治療とは呼べまい。
 
灸治療は江戸時代、庶民の間で大流行した。その理由として、鍼治療は専門家がするものだとしても、灸は素人が自家製のモグサで施術できるという安価で手軽なことと、実際の治療効果が優れていたこと、加えて庶民でも文字が読めるようになり、本を読んで学習可できるようなったことも関係する。自家製のモグサということで、現代の上等モグサとは異なり燃焼温度は高かっただろうが、他の医療手段が乏しい中、灸治療をされる側も必死の思いがあっただろう。。

こうした考察から、熱い灸治療を少数穴に行うことがよいのではないか。灸は痕がつくので、あちこちと灸点を移動することなく、数週~数ヶ月も同じ部位に灸することが前提となる。このことから灸点は症状部位の中でも最も頑固な部位に行うのがよいと考えるに至った。

膝関節痛の部位別針灸治療と考察のまとめ ver.1.2

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私の膝関節治療の方法は、現在ではi以下の 1~4 のように場合分けされシンプルになってきた。これまでブログで発表してきたことなのだが、個々の技術の誕生には時間差が相当あるので、まとめて紹介することはできなかった。以上に加え近頃、膝蓋骨両縁(内膝蓋、外膝蓋)の痛みを訴える患者に対して効果的な方法を発見したので、5・6の項を追加し併せて説明する。

同種の内容に、筆者が3年前に発表した「膝OAに対する鍼灸治療 Ver.2.0」がある。これも併せてご覧いただきたい。
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/870c279ba4b953cc9c8193fa0b273992

 

1.鶴頂の圧痛(+)時     <大腿直筋停止部症>

診察:膝蓋骨あたりに痛みを訴えた場合、仰臥位で膝を立てた状態で、膝蓋骨上縁(鶴頂穴)をさぐってみる。
治療:強い圧痛があれば、この姿勢で鶴頂に速刺速抜+施灸する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:大腿直筋の膝蓋骨停止部の筋膜症が、膝蓋骨前面の痛みを感じている。大腿直筋をできるだけ伸張させた体位で、その圧痛ある停止を刺激することで、大腿直筋が緩む。この治療機序は、生理学的にⅠb抑制を利用している。

 


2.内膝眼、外膝眼の圧痛(+)時   <膝関節包過敏>

診察:膝蓋骨下縁と脛骨がつくる左右の陥凹(内、外膝眼穴)を、押圧して痛む場合。
治療:立位にして圧痛ある内外膝蓋に直刺し、膝関節包を刺激。速刺速抜する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:内、外膝眼の直下には筋組織がない。直刺すると、皮膚→膝蓋下脂肪体→膝関節関節包と入る。しかしながら仰臥位で内、外膝眼に刺入しても針響はあまり起きない。というのは仰臥位では膝関節包はゆるんだ状態にあるため。立位にすると上体を支持しようとして四頭筋は収縮し、膝蓋骨が上に移動する。この時膝関節包も緊張する。
この状態で内外膝蓋に刺入すると、膝関節の奥に響くようになり、再現痛が得られ治療効果があかる。

 

3.鵞足の圧痛(+)時  <鵞足炎>

診察:仰臥位で鵞足部をつまんで(撮診して)、明瞭な撮痛がある場合
治療:撮痛点数カ所に印をつけ、この部に円皮針数カ所を置く
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。歩こうとすると鵞足が痛くて、実際には歩けない者であっても、治療直後から歩行可能になることもある。
アセスメント:鵞足部皮膚を走行するのは伏在神経(大腿神経の分枝で皮膚を知覚支配)で、この皮膚の痛みが症状をもたらしている。皮膚の痛みの有無は、押圧するより撮診するほうが把握できる。また皮膚の痛みなので、皮内針・円皮針の方が適している。

 


4.委中の圧痛(+)時  <膝窩筋腱炎>

診察:膝裏部中央が痛む者に対し、膝関節90度屈曲位にして膝窩(委中穴)あたりを深々と押圧した際、委中付近に2~3カ所膝窩筋の硬結があり、硬結を押圧すると非常に痛がる。これをもって膝窩筋腱炎と判断する。
治療:膝関節90度位(四つん這い、または膝立ち)にし、圧痛ある委中あたりの膝窩筋の硬結数カ所に刺針。速刺速抜。(体位的に不安定なので置針は難しい)
伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じになり、筋緊張部に刺入したという感触は得られず、当然治療効果もない。要するに膝窩筋を収縮させた体位で見いだした圧痛硬結に刺入すべきである。
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:膝窩筋の機能は、膝関節完全伸展位(体重は骨で支持しているので、筋への負荷は少ない)から膝屈曲動作へチェンジする際のスターターである。もし膝窩筋が存在しなかったらスムーズにひざが曲がり始めないので歩行動作はギクシャクしたものになる。膝窩筋が緊張した結果、膝の完全伸展しづらくなり、立位を保つために四頭筋の緊張を強いられることになろう。逆に四頭筋が過緊張状態にあれば、代償的に膝窩筋も筋腸することになる。

 


5.膝蓋骨内縁の圧痛(+)時 <内側広筋付着部症>

※30年ほど前、出端昭男氏が「診察法と治療法」という本を医道の日本社から出版した。これは現代医学をあまり勉強してこなかった鍼灸師向けに書かれたようであって、初学者が独習するには適した本だったと思う。しかし当時の本にありがちだか、本書にも取穴根拠には触れていなかった。すなわち疾患ごとの病態生理の次にどこそこに鍼灸治療をするという結論を示すにとどまっていた。この膝蓋骨内縁の圧痛部への刺針は、<大腿膝蓋関節の間隙に入れるように刺針する。ただし直刺すると骨にぶつかるので、斜刺するようにする>と書いてあった。そういうこなのかと思い、大腿膝蓋関節内へ斜刺してみたが、大した効果は得られなかった。

※私が出端先生に最初にお目にかかったのは、私が医道の日本社新宿支店に勤務していた頃で、戸部雄一郎専務(当時)に渋谷区宇田川町の「宇田川針灸院」に連れて行ってもらい、オートクレーブの使い方を見せてもらった時だった。鍼の滅菌にはオートクレーブが必要だという認識が生まれた頃だった。すでに戸部雄一郎・出端昭男両氏ともお亡くなりになってしまわれた。

なぜ今頃になってこのようなことを思い出したのかというと、今では膝蓋大腿関節の内側中央間隙部の痛みは、この部の関節包に由来する痛みではないと考えるに至ったからでである。これも結局のところ大腿四頭筋とくに内側広筋の過緊張に由来すると思うようになった。

診察:膝蓋大腿関節の内側中央の間隙部(内膝蓋穴)が痛み、圧痛がある。大腿骨圧迫テストでガリガリした感触を感ずる。

治療:仰臥位で、膝屈曲位にし、大腿四頭筋を伸張状態にする。この姿勢で内側広筋の圧痛を調べる。なお内膝蓋穴は内側広筋停止部と考えることにする。調べる圧痛は、下血海・血海。陰包など。圧痛点を術者が強圧し、強圧した状態で、膝関節の自動運動を10回速度で行わせる。その後立たせ、治療前の痛みとの違いを比較させる。軽くなっていれば、強圧した部に運動針を実施。変化ないようであれば、内側広筋上の別の圧痛を見出し、同様の施術を実施。
治療効果:本治療は最近発見し、実施したのは一例であるが、治療直後に痛みは消失してた。この患者の以前の治療は、内側の膝蓋大腿関節の間隙に置針(いわゆる局所治療)したが効果を感じなかった。
アセスメント:内側広筋の部分的筋緊張により、内側広筋が短縮して膝蓋骨内側縁を引っぱり上げた状態。これにより膝蓋骨の位置がずれ、大腿膝蓋関節の不適合に発展した。
上記治療により、その逆の機序が働き、大腿膝蓋関節が適合するまでになったと推察した。
 外膝蓋の圧痛の場合も、これと同じ考えが適応できるだろう

6.打撲直後に生じた膝関節外側裂隙(外隙穴)の痛み(66才、男 自験例) (追加)

2週間ほど前、自転車の運転操作を誤って左側に転倒。転倒の際、左外膝部を擦過傷を生じたが、他に症状は感じなかった。しかし翌日から、左膝を深く屈曲した時や、下腿を左右にひねった際(あぐらをかこうとして膝を曲げた際)、左膝外側の深部にひきつれ様の痛みを感ずるようになった。膝関節周囲の圧痛を調べたが、弱い圧痛を外隙穴部のみで他に圧痛は発見できなかった。この痛みは受傷後14日経ても軽減しなかった。

①外傷後に発症、②圧痛が外隙穴部にあった、③筋肉痛様ではなく、14日経っても症状は軽減しなかったことなどから、当初は外側半月板断裂を疑い、憂鬱になった。
  
とりあえず、左外隙へせんねん灸(強)を3壮行ってみた(透熱灸を自分でするのは部位的に困難だった)が、症状に変化なし。外膝蓋部の痛みに外側広筋への鍼灸が有効なことを思い出し、外側広筋の圧痛を探ってみると、梁丘から伏兎にかけて胃経に沿って10㎝ほど筋走行に沿って強い圧痛のあることを発見。椅坐位で、それらの圧痛点を強圧しつつ、膝屈伸運動を10回ほど行った。するとその直後から、左膝屈曲時の痛みや、左右にひねった際の痛みは半減した。このことから外隙奥に感じる痛みの真因は外側半月分損傷ではなく、外側広筋のトリガー活性であることがわかり、ほっとした次第である。また外膝蓋の痛みと外隙間の痛みは、ともに外側広筋のトリガー活性で生ずることのあることを認識した。

 

 

 

オスグッド病の針灸治療 ver2.0

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1.オスグッド病とは

1)病態
成長期(10~15才頃)の運動ストレスが膝蓋腱付着部の脛骨粗面部に集中し、膝蓋腱が脛骨粗面部の脛骨靱帯を引っ張る。すると脛骨結節が徐々に隆起して痛みや熱感をもつようになる。骨軟骨炎。中高生の多くみられる。かつては「成長痛」(骨が成長してるから痛む)とされてきたが、現在では否定されている。

 

 
2)症状
歩行やジャンプ、階段昇降など膝の曲げ伸ばしの際、脛骨粗面が痛む。ランニングが困難。
ひどい場合、立位で膝関節が痛み出現するので屈曲不十分となる。

3)理学テスト
膝がどのくらい曲げることができるのか。痛みが出る動き(屈伸運動など) 角度の計測。脛骨粗面の隆起、熱感。ピンポイントの強い圧痛
 
4)整形での治療
2~3ヶ月、過度の運動を禁止。疼痛が軽減しないときには膝蓋骨部をくりぬいたサポーター装着。ジャンパー膝で用いる膝バンド(膝蓋腱の位置でのバンド固定)も有効。

 

2.オスグッド病の局所治療
     
筋腱付着部症 enthesopathy と捉え、膝蓋靱帯と脛骨粗面の両側の接点に対し直角方向に斜刺する。

※当院に来院していた少年サッカーのコーチは、圧痛ある脛骨粗面を、ジャンボローラー(大型ローラー針)で強く何度も転がすと痛みが減ると言っていた。

 

3.運動学的方法による大腿四頭筋緊張緩和手技

単純に大腿四頭筋をストレッチさせるには次のような方法をとればよいが、神経学的方法を使った方が効率的である。


 
1)Ⅰb抑制手技
 Ⅰb抑制とは、筋緊張を緩めるため、その筋末端にある腱を刺激するという運動学的理論をいう。 
大腿四頭筋が十分に伸張できる状態ならば、仰臥位で膝屈曲にしても脛骨粗面の膝蓋靱帯停止部は痛まない。痛むのは四頭筋が緊張し縮まっているからで、この是正にはⅠb抑制手技が効果的である。そのため汎用性の高い方法としては、仰臥位膝屈曲にして、膝蓋骨上縁にある大腿四頭筋停止部に刺針することである。

しかしオスグッド病は膝蓋靱帯の脛骨粗面停止部に力学的ストレスが強く作用しているから、仰臥位膝屈曲位で四頭筋を十分伸張させた状態にして、膝蓋靱帯部に刺針するとよいが、オスグッド病の局所は非常に痛みに敏感になっているので、局所に触れることなく、下記の手技により膝蓋靱帯を伸張させることがよいだろう。
   
エジリカイロプラクティックさかえ鍼灸院でのオスグッド病の新しい治療理論によれば、オスグッドは膝への誤った体重負荷により、脛骨が前方にずれて膝関節の位置がずれてしまう結果であって、治療は狭くなった関節を広げてスペースを作ってやると…前方に飛び出していた脛骨が戻ってくる。大腿骨が正常な位置で脛骨の上に乗っていれば、 痛みを出すことはないという。この理論は独自性が高いものだが、結果的せよ膝蓋靱帯を上手にストレッチしているテクニックといえると思う、
  
①膝蓋靱帯をゆるめるため、座位で膝をたてる。膝蓋腱の両側を左右の母指で外から押圧。と同時に、膝を伸ばす。
②そしてまた90度曲げる。この運動を5回繰り返す。 直後に起立して、膝を屈曲すると、かなり楽になったことを感ずる。これは四頭筋と膝蓋腱がゆるんだため。
③1回に2~3セット行う。この運動を、プレーする前後、朝起きてすぐなど、1日数回繰り返す。

 

2)Ⅰa抑制手技
 
Ⅰa抑制とは筋緊張を緩めるには、拮抗筋を人為的に緊張させれるという運動学的理論をいう。    
膝蓋靱帯の牽引力増大は、大腿四頭筋の収縮の結果なので、大腿四頭筋緊張を緩める必要がある。過収縮した大腿四頭筋緊張を緩めるには、拮抗筋であるハムストリング筋の緊張を亢進させればよい。これはⅠa抑制になる。
   
①仰臥位で患側の下肢を伸展挙上させる(SLRの手技)
②術者の肩甲上部で被験者の下腿をかつぎ、その角度を保持する(10秒間)。
③患者の下腿で術者の肩を持続的に押すよう指示(6秒間)し、その後脱力させる(30秒間)。これは「動きの無い」等尺性収縮である。
④.再びを下肢を挙上させてみると、先ほどより伸展挙上ができるようになっている。すなわちハムストリングが緩んでいることを確認できる。、
⑤その時点で、再びできるだけ下肢伸展挙上をさせ、上の②以下の動作を繰り返し再教育する。これを3~5セット繰り返す。

 

 


膝痛に際してのⅠa抑制とⅠb抑制から考えた針灸治療

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膝関節痛を訴える患者の多くは、大腿四頭筋が過緊張している。いわゆる大腿四頭筋強化運動を行わせても効果が今ひとつなのは、四頭筋力低下ではなく過緊張(=過収縮)によるものだろうと考えている。この四頭筋の緊張緩和には、運動学的方法であるⅠb抑制とⅠa抑制を利用した方法がある。

1.Ⅰb抑制理論による鶴頂刺針 

Ⅰb抑制とは筋の持続的伸張などでゴルジ腱器官を興奮させることにより、Ⅰb線維を介して、目的とする筋の緊張が低下する現象。筋腱の骨付着部などゴルジ腱器官の集まる部位を針灸などで刺激すると、これと連なる筋の緊張緩和すること。

1)症状
歩行時の膝関節上縁部痛。ただし患者は膝蓋骨部が痛むと訴えるとが多い。

2)病態
歩行時は四頭筋が緊張収縮して膝蓋骨も挙上する。この動作の酷使により大腿直筋は常に緊張を強いられるので。大腿骨-膝蓋骨間に強い牽引力が生まれ、大腿直筋停止部症が生ずる。

3)針灸治療
膝蓋骨上縁の圧痛(+)時に実施。単に圧痛ある膝蓋骨上縁にある鶴頂穴に刺針しても効果はない。大腿直筋をなるべく伸張させた姿勢(すなわち仰臥位で股関節屈曲、膝関節屈曲位)で、鶴頂の圧痛(2~3カ所)を探し、単刺または施灸する。これにより大腿直筋緊張が緩み、筋長が伸びるので膝痛が軽減されることが多い。これはⅠb抑制の機序を利用したものである。




2.Ⅰa抑制理論によるハムストリング緊張
拮抗筋を緊張させることで、目的筋の緊張を緩める方法。大腿四頭筋を緩めるには意図的にハムストリング筋を緊張させる。

1)症状
歩行時の膝関節上縁部痛。ただし患者は膝蓋骨部が痛むと訴えるとが多い。

2)病態
歩行時は四頭筋が緊張収縮して膝蓋骨も挙上する。この動作の酷使により大腿直筋は常に緊張を強いられるので。大腿骨-膝蓋骨間に強い牽引力が生まれ、大腿直筋停止部症が生ずる。


3)運動の方法
長座位で、膝下にタオルを丸めたものを置き、膝でこのタオルを押しつける。1回15~20回、これを1日2~3セット行わせる。この運動はリハではパテラセッティングとよばれている。足関節を持ち上げれば大腿四頭筋の筋力増強にも有効だが、四頭筋以上にハムストリングを鍛えるのに適している。

治療室で行うには、もっと効果のある方法で行いたい。

第5期、針灸奮起の会(現代針灸実技講習会)、開催のお知らせ

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これまで月2回ペースで現代針灸の実技講習会を行ってきましたが、この2年間コロナ禍により開催できませんでした。しかし最近になって、やっと開催できそうな状況に好転しました。そこでいよいよ平成4年2月6日(日曜)より、第5期「奮起の会」として再スタートすることにしました。
この空白の間、テキスト内容を吟味して各疾患に対する針灸技法の学習に十分な時間をかける一方、取り上げる疾患数を減らし、実用性を高めることに努めました。たとえば腰椎椎間板ヘルニアの治療は取り上げていますが、分類的には筋々膜性腰痛の治療として取り上げ、上腕二頭筋長頭腱々炎にいたってはめったに来院しないので省略しました。逆に膝窩筋腱炎・母指内転筋症・踵脂肪褥炎などはあまり有名ではありませんが、現実に来院頻度が高く治療法を知らないと治せないので取り上げました。要するに役立つような知識と技術を紹介し、受講生が、「この程度の質・量ならば、実際に役立ち、自分でもマスターできそうだ」とする意欲のもてる内容を心がけました。
なお針灸の実技技術の大部分は、筆者のオリジナルです。個々の技法はブログ<現代医学的針灸>で説明済みのものです。


<<募集要項>>

1.実施日時:初回実施予定:令和4年2月6日(第一日曜日) 午後5時半~8時頃
 以降、毎月第1、第3日曜    計5回

 想定外にコロナ禍が蔓延した場合、開催中止することがあります。

2.実施場所:国立駅南口下車 徒歩3分、国立市中1丁目集会場

3.定員:12名 定員になり次第、受付終了します。
4.指導:似田敦、ほか現代針灸研究会メンバーの方々
5.参加費:鍼灸師6,000円 針灸学生5,000円
6.持参品:筆記用具程度。テキスト、針、消毒用品は当方で支給
7.懇親会 講習会後、駅前の居酒屋で実施(希望者のみ)

8.受講お申し込み方法<令和3年12月8日、お申込み開始>
参加御希望の方は、①参加希望会のテーマと開催予定日、②氏名、③住所、④電話 ⑤メールアドレスを、メールまたは電話でお伝えください。 
あんご針灸院 似田 敦(にただあつし) 電話042(576)4418 メールアドレスnitadakai825@jcom.zaq.ne.jp


<<日程>>
A.腰背痛の治療技術<令和4年2月6日>

症状A-1 膈兪~肝兪付近(胸椎部で肋骨がある部)に感じる痛み  【胸椎椎間関節症】
症状A-2 上体前屈時に大腸兪付近に感じる痛み 【腰椎移行部椎間関節】
症状A-3 志室付近に自覚する深部の痛み 【大腰筋性腰痛】
症状A-4 胃倉あたり感ずる慢性的なコリ、いわゆる胃の不調    【 腰方形筋起始部痛】
症状A-5 腰下部に慢性的な鈍重痛感。圧痛点は不明瞭。 L5棘突起下に細絡【オ血性腰痛】
※補講:八髎穴への刺入技法と治療点の選択

B.殿下肢痛の治療技術<2月23日>

症状B-1 片側の殿部~大腿後側~下腿(前面・外側・後面)が痛む。【梨状筋症候群】
症状B-2 上外殿部から大腿外側の運動時痛 【中・小殿筋緊張症】
症状B-3 上殿部外側の痛み・鼠径部痛。歩行時の鼠径部に感じる違和感【変形性股関節症】
症状B-4  同じ姿勢を続けている時に生ずる腰部の鈍重感と下肢不定症状【仙腸関節機能障害】
症状B-5 5分間ほど歩行すると足が前に進まなくなる。腰をかがめて数分間座って休憩すると再び歩行可能となる。【脊柱管狭窄症】

C.膝痛の治療技術<3月6日>

※補講:膝関節痛治療に多用される穴
症状C-1 慢性的な膝関節前面の痛みで、鶴頂穴圧痛(+)時  【大腿直筋過緊張】
症状C-2 膝蓋骨外縁(外膝蓋)または内縁(内膝蓋)の痛み。【外側広筋または内側広筋の過収縮】
症状C-3 膝関節前面の痛みで、内外膝眼圧痛(+)時 膝関節包過敏】
症状C-4 膝関節内側の鵞足部の痛み     【鵞足炎】
症状C-5 膝窩が鈍く痛む    【膝窩筋腱炎】
症状C-6 中学生。脛骨粗面部が痛む【オスグッド病】
※補講:膝の痛み以外の主な症状と対処法  


D.頸碗痛の治療技術<3月20日>

※補講:後頸部筋の構造と常用刺針点の整理
症状D-1 顔を下に向けづらい(顎を引けない)。 上項部が重苦しい。【後頭下筋(とくに大後頭直筋)緊張症】
症状D-2 頭を左(または右)に回しにくい。無理に回すと痛む。  【頭板状筋緊張症】
症状D-3 デスクワークなどで顔を下にした姿勢を続けていると後頸部が疲れる。 【頭半棘筋緊張症】
症状D-4 頸を動かした際に、後頸部、肩甲上部、肩甲間部などが痛む。 【脊髄神経後枝痛(長・短回旋筋緊張症)】
症状D-5 頸部が痛く、片側の上肢の感覚が鈍い。前中斜角筋に圧痛(+)   【(前)斜角筋症候群】
症状D-6 頸部が痛く片側の上肢がピリピリする。烏口突起内側の圧痛(+) 【小胸筋症候群】
症状D-7 ムチウチ1ヶ月後に、めまい・嘔気・不眠・耳鳴・眼精疲労が出てきた。 【バレリュー症候群】


E.肩関節痛の治療技術<4月3日>

※補講:針灸に来院する肩関節障害の概要     
症状E-1 肩関節を外転で、90°を超えると肩関節~上腕・肩甲骨周囲に痛みが出て上げられない。他動外転は正常。  
    【肩腱板炎とくに棘上筋腱炎(または棘上筋腱部分断裂)】
症状E-2 肩に痛みが出て結髪動作ができない。他動的には可能。  【肩腱板炎(棘下筋、小円筋の伸張制限)】
症状E-3 肩関節前面~外側の動作時痛。とくに結帯動作時痛み出現。 他動的には可能。 【肩腱板炎(棘下筋、小円筋の伸張制限)】
症状E-4 五十代男性。肩の動きが悪く、結帯動作、結髪動作ができない。
      外転70°で自動・他動ROMとも同様。ただし肩関節痛はあまり感じない。【凍結肩】


F.上肢症状の治療技術(実施日未定)

症状F-1 テニスでバックハンドでボールを打ち返す際、右肘付近に痛みが走る。【バックハンドテニス肘】
症状F-2 重いものを右手に持つと右側母指の橈側基部が痛む      【狭窄性腱鞘炎】
症状F-3 右IP関節を屈曲した母指を伸展しようとしてもスムーズにできない。
      無理に伸ばそうとするとバネのように弾けて伸びる           【母指バネ指(弾撥指)】
症状F-4 物を母指と示指でつまむ時、右側の合谷深部に痛みを感じる     【母指内転筋症】
症状F-5 手掌と手掌側の母指・示指・中指にピリピリ感、疼痛がある。 【手根管症候群】
症状F-6 50才女性。手指のDIP関節が脹らみ、自発痛がある。   【へバーデン結節】
                                                                                

G.下肢症状の治療技術(実施日未定)

症状G-1 歩行中、左足首をひねり、歩く動作で足外果の直下が痛む。痛みを我慢すれば、何とか歩くことができる。   【急性足関節外側捻挫】
症状G-2 両側の足拇趾基部が「く」の字型に曲がり、腫れて痛む    【外反拇趾】
症状G-3 体重をかけると両足の踵中央部が痛むため、歩行困難。         
       踵中央部に強い圧痛がある。      【踵脂肪体萎縮(=踵脂肪褥炎)】
症状G-4 ランニングをしていると、足裏の土踏まずあたりが痛み、運動を続けられない。 【足底筋膜炎】
症状G-5 歩くと片足の第3・第4指間がピリピリと電気が走る。じっとしている分には痛みはない。 【モートン病】


受講希望者多数いれば、顔面症状の治療技術’(顔面麻痺、三叉神経痛、顔面痙攣)、美容針の講座も用意しています。

 

 

タナ障害の手技療法

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60歳女性で、片方の膝を曲げる度にバキンバキンと骨が折れるのではないかと思うほど大きな音がするとのことで来院した。タナ障害と診断したが、治す方針がたたず四頭筋をゆるめるような施術や四頭筋を鍛える運動法の指導をしたが、意外なことに3回治療2週間程度で自然に音がしなくなってしまった。以前に診たタナ障害は半年程度治療が必要だったので、これはうれしい誤算なのだが、反面残念でもあった。というのは、今度来院した時、試してみようと準備していた運動法があったからだ。今回、その運動法も紹介する。

1.タナ障害の概要

1)タナとは何か                                                                        

膝関節は発生途中でいくつかの滑膜による隔壁で分割されているが、生下時には単一の関節腔となる。この滑膜隔壁のなごりを滑膜ヒダ(=棚 タナ)といい、この障害をタナ障害(=滑膜ヒダ症候群)という。成人でも約半数の者の滑膜はヒダ状になっている。これがタナだが、押圧しても痛まない場合、治療の対象とならない。タナの存在自体は障害の原因にならない。

これまでタナ障害かもしれないと思った病態を何例か診てきたが、もうひとつ診断に確信がもてなかった。タナのイメージがつかめない。まあこれが独学の欠点になる。そうした思いでいた時、何となく自分の右膝蓋骨の内下方縁の下方一横指の部の大腿骨関節面を指頭で圧をかけながら上下に動かしてみると、圧痛はないがグリグリとした可動性のある膜を触知できた。タナとはこのことなのかと思った。ただし圧痛はないので悪さはしていない模様。


2)病態生理と症状
   
軽微な外傷(打撲や捻挫など)や膝の過使用によるタナの慢性反復刺激により、滑膜ヒダが肥厚し、膝の曲げ伸ばしの際に関節の間に挟まったり摩擦されたりして炎症を起こすことがある。これが誘因となって、膝の屈伸でタナが膝蓋骨と大腿骨間に挟み込まれた時、バキッという音(必発)が生じる。痛みを伴う場合、「タナ障害」と診断される。確定診断は関節内視鏡による。

 

 


3)タナ障害の整形治療                                              

保存的治療が原則。鎮痛剤、温熱療法、大腿四頭筋のストレッチを指導(筋力増強を目的としてない)。これで改善しない例では関節鏡視下でのタナ切除術を検討するが、関節滑膜切除の外科手術に至るケースはまれ。


2.治療院でのタナ障害の運動療法
 
1)関学氏の運動療法
 

関学氏(柔整師)は、独自のタナ障害改善の運動療法 を考案した。
  
①立位、痛い側を前にして股を大きく前後に開く。
②患側の下腿と床は直角(上体は前へ行き過ぎない)。膝を軽く屈曲。健側の後足は踵を浮かす。この時、患側の大腿軸の延長上に膝蓋骨が位置するようにする。膝蓋骨が内旋(内側に寄る)しないように注意する。
③両手指を重ねて膝蓋骨の上を押さえ体重をかける。この時腰をやや低くし、上半身の重体重を乗せて前方に移動する。(膝を後に引かない!)
④後足を半歩前へ移動。再び③の動作を実施。③④の動作を1回として、計5回実施。
⑤直後からひっかかり感が軽くなることが多い。2週間は集中的に行わせる。
   
日常生活の中にも、こうした動作を組み込み、何回と  なく行うようにすること。

2)私の考察
 
この運動は四頭筋の筋力強化を目的とせず、膝蓋骨を足方向に強く圧迫することで、大腿四頭筋を伸張しているようであった。この筋が伸張すると、膝の曲げ伸ばしの際にも、膝蓋骨間に挟まったタナに加わる力が減少すると思えた。

このアイデアは、かつて代田文誌が昭和8年に発表したバネ指に対する運動療法に似ていると思った。以下は本からの引用。

屈曲した指関節を補助することなく自分で再伸展できるのであれば、鍼灸治療効果が期待できる。手関節掌側部の腱のところを、術者の母指で強く圧迫し、その状態で患者に指を全力で十回~数十回屈伸(グーパー)するよう命じる。
すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然に自力で屈伸できるようになる。
     
関学氏はこれと同じことを大腿四頭筋で実施しているのではないだろうか。大腿四頭筋は強大な筋力をもっているので、両手で四頭筋の停止部を圧迫しつつ、同筋のストレッチをするのでなければ間に合わないのだろう。

 

頭皮への熱刺激 施灸にかわるアイデア

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頭皮に多数針刺激を行うには、針管を使わない短針の使用が効率的になるが、それを一歩進めて、文房具のだるま画鋲を使うことを思いついた。だるま画鋲は非常に廉価で、百均で買えば1個数円ですむ。なお当院ではだるま画鋲のことを「画鋲針」と呼ぶことにした。(普通の画鋲を机に置くと、針は横を向いたり上を向いたりさまざまである。だるま画鋲の場合、必ず針が横になるので、手指に刺さる危険は少なくなる。絶対に起き上がらない画鋲をだるま画鋲と命名したのは面白い)


しかし灸はどうか。頭皮に施灸するには、頭髪をかき分けて地肌を一定面積露出させ、そこに艾炷を立て、線香で点火することになる。百会あたりに一カ所だけするだけならまだしも、何カ所も施灸するとなると非常に面倒である。そこで灸はあきらめ、刺針することが多くなるが、刺針では頭皮をアルコール綿花による滅菌も徹底しづらい。

手軽に頭皮に灸刺激をすることはできないものかと考えているとき、針灸研究会の岡本雅典氏が鍉針をライターの火であぶって軽く叩くように頭皮を刺激する方法を紹介した。
それで鼻や目の周囲にも行ったりするらしい。岡本氏の使った鍉針は銅製で箸くらいの太さ(ちなみに3000円前後)なので、熱容量が大きい。熱が指に伝わりにくくしているせいか、樹脂製のチューブを巻いていた。熱容量が大きいことは、熱した温度を長い時間保てることを意味している。

良いことを耳にしたと思って、自分の治療室にある鍉針をライターの火であぶってみたが、細い金属でできてきているせいか、すぐに温度が下がってしまい実用にはならなかった。

そこで鍉針の代わりに寸6または2寸針用のステンレス針管(標準タイプ)の先を熱し、頭皮に一瞬接触させることを試してみた。あまり短い針管を使うと持つところまで熱くなることが心配だった。いろいろ試してみると、ライターで5秒ほど熱すると、頭皮を10回ほどトントンと叩くには丁度よいことがわかった。なおライターの代わりにカセットガストーチを使うとさらに効率的になる。

 


針管を押しつける時間が長いと、頭皮にじんわりと熱さが染みこむ感じだった。
熱く感じすぎるようなら、針管先を頭皮に接触してすぐに滑らすようにするとよい。
やってみると、なんのことはない。イトオテルミーのようなものだと思った。

 

肥満の耳針治療(耳針その2)

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耳のツボでやせる方法は、いまから50年以上前にわが国で流行した。中国の耳チャートを用い、両耳介の飢点・口・食道・嘖門を刺激するものだが、発表されたデータに信憑性がなく経営重視だったので、もうオワコン(廃れた内容)だと思っていた。この内容については、<効果のない耳ツボダイエットver.1.3>2021.8.19 付の当ブログで発表済なのだが、これが早合点だった。

向野義人氏が科学的方法論をもって長らく痩身耳鍼の研究を続けたことが発端となり、今日では研究施設や大学ベースで科学的分析による研究が続けられていることを最近になって知り、かつての私の思い込みは誤りであることが判明した。冷汗三斗である。中国のように、ある日突然耳針チャートを発表し、このチャートに従って針治療をすれば、<診た、やった、効いた>となったという論法では、科学的とはいえないのである。これは頭鍼法、手指針法にも同じことで、科学的ものの見方というものを理解できていない。今日の研究はノジェの方向性を追求するもので、中国の耳針療法とは異なっている。


1.ポール・ノジェによる耳鍼法の誕生

ノジェがリヨンで開業していた時、複数の患者の対輪(or対耳輪)に瘢痕を見つけた。これは古くから地中海沿岸に伝わる座骨神経痛の民間療法として行われているもので、対耳輪を火箸で焼灼する瘢痕だった。ノジェがこの方法を追試してみると同様の効果が出た(1950年)。  このことから耳介の対輪は人体の脊柱に相当し、その上の方が尾骨部で、耳垂部が頭部に相当する。座骨神経の治療点が対耳輪の上の方になると推察した。

 ノジェは耳介刺激の法則性を探っていたが、1953年、ついに胎児に類似した人体の投影が存在することを発見した。これは「人体投影仮説」と呼ばれている。人体投影仮説は発生学を基礎としていて、耳介が人体の発生の段階で、外・中・内胚葉3分化を始めた初期段階の人体区分の特徴を併せ持ち、耳介に胎児に類似した人体の投影が存在するという考え方。耳のような狭い器官に3胚葉を区分することは、何を示唆するものだろうか。
内臓の迷走神経反応は、基本的に内胚葉として耳甲介腔に出現するとした。耳介の外胚葉や中胚葉の臨床応用は不明。

 

上に示した中国の耳介チャートはノジェのものとよく似ているが、異なっている部分のある。最大の違いは、ノジェは心臓反射点を発生学的見地から中胚葉領域に定めているのだが、中国式耳介チャートは、解剖学的位置関係として、耳介肺区の中央(すなわち内胚葉領域)の位置に心臓をもってきているのである。後年、中国はこの矛盾に気づいたためか、心臓反射点を消しており、心臓反応点が描かれていないチャートも多くなった。


2.耳介刺激の治効機序

耳介迷走神経刺激 → 肥満遺伝子、白色細胞組織であるレプチン発現 → 摂食抑制・脂質代謝改善 → 体重減少       
 
以上の作用機序から痩身耳鍼の治効理由を説明している。体脂肪から分泌され、食欲抑制作用のあるホルモンにレプチンがある。血中内にレプチンが入ると、視床下部の摂食中枢がレプチンを感受して満腹感が得られるので食欲抑制される。

 

耳鍼をすると、 塩に対する感受性が高まる者が多い。普段から塩味に鈍感な者は、塩の摂取量が多いので、水分貯留が起こっている。耳鍼をすると、塩分摂取が減ることで、利尿が起  こり、体重減少につながるという。
以前は、迷走神経支配内臓は、口鼻~咽喉~食道~胃とされていた。しかし最近、迷走神経枝は小腸や大腸まで伸びていることが判明した。
耳介肺区の皮内鍼によって、痙攣性便秘が改善すると向野義人が主張する根拠が見つかった。

耳介は身体から突き出た部位だる一方、帽子や衣服で覆われない場所なので、本来ならば凍傷になりやすい。しかしながら迷走神経が分布していることで内臓と同様、温度があまり下がらないような工夫がされている迷走神経の枝は主に内臓に広く分布しているがそれは身体の深層であって、針で選択的に刺激することはできないのだが、耳介は例外である。耳介は迷走神経耳介枝が分布していて直接刺激できる部位である。
緊張した時や恥かしい思いをした時など、耳介の血流が増えて赤くなり温度が高くなることがある。これは高くなった脳深部温度を放熱させて下げる目的がある。

耳介鍼刺激のヒト体重に及ぼす検討では、約70%の健常者に有意な体重減少を認めた。軽度~中等度肥満者(BMI26-28)では、95%以上の被験者3~6週間にわたる両側耳介刺激で明らかな体重減少を示したという。
なお耳鍼に食欲減退の効果が示される中、現在までに禁煙・麻薬中毒に対する耳針効果のエビデンスは得られていない。
 

3.向野義人氏の耳鍼痩身の方法 
   
耳介迷走神経支配領域の片耳の肺区に2本皮内針を入れる。1週間後に針をはずし、他方の耳の肺区に皮内針を入れる。このように左右の耳介を交互に刺激する。自律神経は両側支  配なので片側刺激だけで十分効果があるという。一側に置鍼している間、もう一側の耳介は休ませておく。この方法により長期に衛生的に管理できる。向野氏は、一連の研究により次の結論をも導き出した。

①食欲は減少するが、痩身耳針を謳うほどの効果はない。
②痙性便秘にも効果ある。この作用は耳介神門と肺区に同様の効果がある。

40年前の話になるが、私は①の結論をみて、痩身耳針はやはり効果ないのだと結論づけたのだった。ただし痩身の技術は改良することもできるので、今にして思えば早計過ぎたかもしれない。当時の主流だったクボタ式は両耳に計16本の針を使うが、向野式は2本に過ぎす、刺激量自体少な過ぎるのではないか。ツボが小さな点のようなものだとすれば、2本刺すだけで本当にツボに命中できるのかなどである。
 

4.小林良英氏の方法(小林良英:耳針法 耳針法の近世の集成、日良自律11号 より)

小林良英医師は、ノジェの門下生であるM.H.チョー (アメリカ在住医師).との討論会で次のことを確認した。
耳輪脚に沿って、その尖端の下ったところに少しクボミがある。これを「0(ゼロ)点」と仮称する。他の一つは外耳孔の上部内側部に「M84口」というツボがある。この2カ所に置鍼する。ゼロ点部は迷走神経の分岐の集まるところで、その部を刺激することによって迷走神経が抑制される。このゼロ点とM84口の2点に中国製の円皮鍼(日本のものと比べて太くで長い)が皮内針を用いて絆創膏でとめている。1週間に1回取り替える。


5.窪田丈氏の耳鍼痩身治療

 通称クボタ式耳鍼は中国耳介チャートの口~上部消化器に相当する部分に、片耳6本と飢点、渇点を加えた計8点(両側治療で計16点)に皮内鍼・円皮鍼刺激を置く。一回治療で左右両方の耳に施術する。週に1~2回鍼を交換する。
片耳の耳甲介腔を鍉針などで押圧し、圧痛点を探る。鍉針を擦るように探すと、反応穴部の皮膚が凹む部がある。凹む部を数点見つけ、ここに皮内鍼をする。片耳あたり3~4   本刺入。

私はクボタ式の幹部ともいえる方に、クボタ式痩身耳針の施術しておただいた体験をした。一度に計16本の皮内針や円皮針を入れたので、治療してもらった感は十分だった。その晩、酒を飲みに出かけたが、すぐに顔がほてり飲酒量が減ったことを記憶している。

※最近私は、40℃くらいの湯で温めた鍼管で、耳甲介腔全体をこする刺激を始めてみた。ライターで針管を熱するようすると、適温に加熱するのが難しい。患者自身自宅でもできることは、1日何度も手軽にできること、感染の危険性がないことなどのメリットがある。この評価には、しばらく時間がかかりそうである。

 

 

 

 

 

 

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