Quantcast
Channel: AN現代針灸治療
Viewing all 655 articles
Browse latest View live

中髎穴刺針の適応症(北小路博司氏の研究)ver.1.1

$
0
0

1.八髎穴の適応

針灸治療において、八髎穴では、次髎穴と中髎穴の使用頻度が高い。一般的に仙骨神経叢の構成はL4~S4脊髄神経前枝からなるので、この代表刺激点としてはS2後仙骨孔部に位置する次髎を使うことが多い。また骨盤神経(副交感神経)と陰部神経(体性神経)は、ともにS2~S4を起始としているので、代表刺激点としてS3後仙骨孔部にある中髎を使うことが多い。
ざっくりいうならば、整形外科疾患である坐骨神経痛には次髎を用い、泌尿生殖器科や婦人科疾患には中髎を使うことが多いといえる。
※ただし木下晴都著「坐骨神経痛と針灸」には、次髎穴に深刺置針をすると、かえって坐骨神経痛が悪化することがあると記されている。  

ところで中髎に刺針して、骨盤神経や陰部神経を刺激するとしても、実際にはどのような疾患に対し、どの程度の効果が期待できるのか、という疑問は以前からあったのだが、多くは推測で語られてきたに過ぎなかった。

この問に対して、北小路博司先生(明治鍼灸大学)は、一連の精力的な研究を継続して行い、かなりの回答を与えてくれた。この内容を総括的にみるには、「鍼灸臨床の科学」医歯薬出版刊の、<泌尿・生殖器系障害に対する鍼灸治療>が適していると思う。その結果をかいつまんで紹介し、若干の解説を加える。

 

2.中髎の解剖学的特徴

仙髄排尿中枢(S2~S4)に位置する。これらは骨盤神経(副交感神経)、陰部神経(体性神経、自律神経系)の起始する部位で、膀胱、尿道(外尿道括約筋)、および性機能に深く関係している。

 

3.中髎の刺針と刺激方法

第3後仙骨孔に入れるのではなく、第3仙骨孔付近の仙骨後面の骨膜を刺激する。

※上記の刺針を北小路博司先生の提示されたヘリカルCTで見ると、確かに仙骨前面に沿うように刺入されている。内臓にまで刺入されていないことも確認できるが、この刺針方向にすることは難しいと考える。日常的な針灸治療でも、この状態になるのかは疑念が残る。

4.中髎刺針の臨床成績  

1)切迫性尿失禁

神経因性の過活動性膀胱患者の最大尿期時膀胱容量が増加傾向。切迫性尿失禁患者の60%が、尿失禁の消失ないし改善した。中髎刺針は膀胱容量を増加させる傾向がある。 無抑制収縮を抑制させる傾向がある。

2)前立腺肥大症(第Ⅰ期)

前立腺肥大症第Ⅰ期に対して、週1回の中髎刺針を行い、平均6回あまり施術した。夜間の排尿回数減少、および昼間排尿間隔の延長がみられた。ただし治療終了後は元に戻る傾向があった。

 

3)排尿筋、外尿道括約筋協調不全 

神経因性膀胱の一タイプ(膀胱機能正常、尿道機能は過活動)で、主訴は排尿困難。6例中、4例で排尿困難が消失、1例は改善した。初発尿意、最大尿意および膀胱コンプライアンスは不変。残尿量の減少も5例でみられた。

 

4)低緊張性膀胱による排尿困難

神経因性膀胱の一タイプ(膀胱機能が低活動、尿道機能正常)で、主訴は排尿困難。
の者。7例中、1例に排尿困難の軽減がみられた。中髎の鍼治療によって、排尿筋の収縮力を高めることはできなかった。

5)勃起障害

心因性9例、内分泌性8例、静脈性3例、糖尿病性2例、神経因性1例、前立腺症1例の計26例。早朝勃起は全症例に対して改善。性交時の状態は65%が改善(心因性33%、内分泌性88%、静脈性100%、糖尿病性50%、それぞれ改善したが、神経因性その他は不変)。心因性インポテンツが、他の原因によるインポテンツと比べ、予想外に有効率が低い。
註:これはバイアグラと同様の傾向である。


6)Ⅰ型夜尿症(膀胱内圧上昇時にも、浅い睡眠に移行するも覚醒に至らないタイプ)

※Ⅱa型は脳波上、覚醒反応が生ぜず、深い睡眠のまま夜尿する。Ⅱb型は膀胱に生じる無抑制収縮を原因とした膀胱機能障害であり、深い睡眠のまま夜尿する。
薬物療法無効の8例。週1回施術で平均5回強治療。夜尿出現率が10%以上改善した者は4例、10%以下の無効例は4例だった。有効例はすべて初発尿意(膀胱にどの程度の尿が溜まったら尿意として自覚するか)が改善した。機能性膀胱容量の増大と初発尿意の延長が、夜尿症の改善に関係あるらしい。

※最新の知見では、夜尿と睡眠の浅深は無関係であることが分かった。つまり上記成績は、Ⅰ型夜尿症に限定する必要はないであろう。 

 

5.中髎刺針の総括

中髎穴刺針には、つぎのような作用がある。

1)膀胱括約筋緊張を緩める →膀胱容量を増加するので、尿意を減らし排尿回数を減らす。
2)膀胱容量が拡大するので、夜尿が発生する時刻を遅らせる。
3)尿道外括約筋の緊張を緩める →外尿道括約筋の過緊張を緩めることで排尿困難を改善。
4)勃起障害を改善。だたし心因性の勃起には有効率が低い。

※このブログを発表したのは、2006年11月のことだった。あれから約15年経過した。この間、泌尿器疾患患者を扱う機会も十数例程度あったとは思う。これらの患者に対して中国鍼で中髎から斜刺をしてみたのだが、残念ながら、あまり有効だったとの感触は得られなかった。現在、中髎刺針しながらハコ灸を追加したり、陰部神経刺針パルスをしたり、手を変え品をかえつつ、有効性を高める努力を継続中である。以前、迷走神経は口から胃にかけての領域に副交感神経作用をもたすとされていたが、最近になった迷走神経の枝は大腸まで達していることが明らかになった。骨盤内蔵を副交感神経支配するのはS2~S4の骨盤神経ということだが、意外にも迷走神経耳介枝が支配する耳甲介腔(肺区や胃点など)を刺激することもよいのではないかと思っている。

 


大久保適斎著『鍼治新書』<手術篇>の要点 ver.1.2

$
0
0

本書は明治25年発刊。明治44年5月25日第2版発行。昭和50年9月30日医道の日本社より復刻再版。

著者の大久保適斎は明治時代の西洋外科医で、群馬県医学校の初代校長、兼病院長の重責に任じられた。自らのノイローゼが鍼灸により軽快した体験から鍼灸に興味をもった。しかし良き指導者にめぐまれなかったため、現代解剖生理学に基盤をおく「自律神経手術」という針治法を独自に開発した。本書の価値は、明治中期の頃、西洋医として第一人者の立場にいた者が、鍼灸治療を現代医学的にどう理解ていたのかという点について医史的価値があるといえる。

 

本著『鍼治新書』は、「解剖編」「治療編」「手術編」の3部作からなる。医道の日本社からは昭和四十~五十年代に「治療編」と「手術編」のみ復刻版が出ていたが現在では入手困難である。針灸治療法について書かれているのは「手術編」である。なお本著でいう<手術>とは外科手術のことではなく、解剖生理学的理論に基づく具体的な鍼の手法のことを指している。「解剖編」「治療編」とは異なり、知識・技術不足の者が手術編を読んだだけで安易にこの内容をマネして医療過誤を起こすことを恐れ、読み手を制限したという。

私は病院研修した昔、研修2年目仲間で「手術編」の抄読会をやったことがあった。しかし知識のない者同士が集まっても、疑問点の解決につながることはなく、あまり成果はあがらなかった。今回はさすがに40年間の知識や臨床経験があるので大丈夫と思い、手術編の中でも、内容の中核となっている刺針点について、その要点をまとめることにした。

なお本著の示す刺激点とほぼ一致すると思われる経穴名を付加した。また必要に応じて図を挿入した。    


1.刺針点の総説

大久保適斎の「治療編」には、簡明に鍼の治効作用が示されている。①神経の運動枝に作用した場合には、筋の痙攣を鎮め、麻痺(運動麻痺)を回復させる。②感覚神経枝に作用した場合には痛みを鎮め、痺れ(知覚鈍麻)を回復させる。③交感神経に作用した場合は内臓機能を調整する、としている。③の鍼灸刺激は交感神経を介して内臓機能に影響を及ぼすとする考えは、当時として先進的なものである。

刺針点を多く定める必要はない。「本」の治療が効果あれば、いちいち末梢を治療する必要はない。重要点となるのは以下の11点である。この中で内臓交感神経手術として用いるのは左右6点とする。
 
内臓交感神経刺激点:頸部交感神経点(3カ所)と腰部内臓点(3カ所)
体性神経刺激点:上肢部(3カ所)と下肢部(2カ所)


2.頸部交感神経点

後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは十分理解できる。
しかし本稿で詳しく書くことは省略したが、<同部から浅刺すると副交感神経に影響を与える>とする旨も記されているので、これは誤った指摘であろう。当時は副交感神経につて、よく分かっていなかったというべだろう。





1)頸部第1位点(上頚神経節点)(天柱)

①位置
乳様突起の尖端と下顎角との中間から、頸椎に向け、頸椎中央に至る水平線を引く。その中央より左右に開くことそれぞれ約一横指。すなわち項窩の一横指下の左右、椎体の左右の筋隆起の際を取穴する。

②刺針法
浅層手術:刺入5分~8分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:刺入8分~1寸。椎骨動脈への刺入を避けるため、やや外方に向けて刺入する。

③意義
深層手術は、交感神経上頸神経節に刺激を与える。上頸神経節からは上心臓神経が、中頸神経節からは中心臓神経が、下頚神経節からは下心臓神経が、それぞれ心臓神経叢に入る。一方、迷走神経の枝である上頸心臓支と下頸心臓支に影響を伝播させる。

肺臓に対する深層手術は、上頸神経節の喉頭支迷走神経に影響を与える。
肺に対する浅層手術は副交感神経支配の僧帽筋枝であって、これは肺や気管に興奮または鎮圧作用を至らせる目的である。喘息および動悸の鎮静に用いる。 

2)第二位点(中頚神経節点)

①位置
第一位点と第三位点の中間。頸椎の左右で、第4第5頸椎横突起間とする。

②刺針法
浅層手術:6~7分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:1寸ときには2寸に達する。熟達した者以外、深層手術を慎むこと。③意義

③意義
深層手術の意義は、頸部交感神経中頸神経節に刺激を伝播させる目的。第一位点の補助。

3)第三位点(下頸神経節点または星状神経節点) (治喘穴または定喘)

①位置
頸椎第6第7あるいは、第7頸椎と第1胸椎間において、その上下横突起間とする。この探り方は、第7頸椎の棘突起の基準として、その左右に去ること横一横指の点である。ときとして第一胸椎と第二胸椎間に取穴することがある。

②刺針法
浅層手術:刺入6分ないし8分。副交感神経の運動性後枝を刺激する。(?)
深層手術:1寸ないし2寸。

③意義
深層手術は、下頸神経節に刺激を伝播する目的で、最も心臓鼓舞の作用がある。時には呼吸催進術として行うべきである。呼吸催進作の効能は、交感神経枝から反射的に、上喉頭枝下喉頭枝を興奮させて、呼吸圧制作用を行なうことができることによる。
かつこの刺点は、痰分泌を減少させる効果はあるようだが、完全にその効を奏するまでには至らない。


 

 

2.腰部内臓点
 
腹部内臓手術の3種の治療点は、腰部交感神経枝を刺激するのが目的だが、針尖は敢えてその交感神経節に直達させる必要はない。脊髄神経の前枝に達すれば、その刺激を交通枝に伝えることで、その交感神経節に伝達させることができるためである。

1)腰部第一位点(三焦兪)

①位置
第1腰椎と第2腰椎の横突起間。患者を伏臥位にしせめ、季肋を探り、その下線より水平に腰椎棘突起に至るラインよりも、一椎体あるいは二椎体上がった処を取穴する。二椎体異常は、往々にして肋間神経痛を発することがあるので、避けるのがよい。そして腰椎棘突起を中心にとり、それよりも左右1横指ないし一横指半のところに刺点を定めるとよい。

②刺針
2寸ないし2寸5分。

③意義
太陽神経叢の分枝に刺激を伝播することで、胃・肝の機能および尿の分泌を調理する。また腸が機能亢進して生じた下痢を鎮静する。糞便の厚薄は腹の蠕動に関している。その機能亢進すれば腸内容物の通過が速まり、液体吸収の時間が少なければ、水分増加して下痢する。その他にも神経切断により、あるいは他の事情により、腸神経およびリンパ管麻痺しても下痢する。この場合、強直性刺激?(こわばったような刺激のこと?)を行うべきである。

2)腰部第二位点(大腸兪)

①位置
第4第5腰椎横突起間。腸骨稜を探り、腰椎に至る水平線を引き、その棘突起の一節上の棘突起の左右それぞれ一横指ないし一横指半。

②刺針
2寸~3寸刺入、非常時は4寸刺入。この時は基準点よりも外側に開く、針先を椎体の前面に向けて刺入する。

③意義
腹大動脈神経叢に対する刺激が目的がある。その細胞から幾多の分枝を生じ、筋層に位するマイスネル粘膜下神経叢、およびアウエルバッハ腸管粘膜神経叢、迷走神経の末梢端を刺激すれば、胃を運動させるとともに腸管もまた同一の運動を起こす。この運動は下腸間膜神経叢から来て、迷走神経と同一の運動を営む腸上部の運動は、この二位点の手術を要し、それ以下に至っては針先を下に向ける必要がある。この刺激は腸の疝痛を治する。針尖を少し下方に向けて刺入すれば、下腸間膜神経叢に刺激を与え、下行結腸、S状結腸および直腸の運動を進め、便通を促す。また下痢止めの方法としては持続性刺激法を行うのがよい。
                                                   
3)腰部第三位点(関元兪)

①位置
第5腰椎と仙骨外上部との間隙。

②刺針
2寸ないし4寸(第二位の刺入の要領で)刺入。刺入要領は、腰部第二位点と同様。
腸骨櫛を探り、腰椎に至り、その横突起と仙骨翼(仙骨上外方の張り出し部分)との間に刺針点を求めることは前例と同様である。もっとも、この点においては、第4腰椎と第5腰椎の棘状突起の間に通信を定め、それよりも左右に開いて刺針点を求めれば、鍼先はちょうど第5腰椎棘突起と仙骨翼との間隙に入れることができる。

③意義
下腹神経叢に対する目的で、膀胱・子宮に対する治療にある。その傍ら下腹の血行を調節する。その他に、この刺針点は下腸間膜神経叢の下部を補うところの上痔神経を刺激し、結腸下部お呼び直腸の運動に対しても奏功あるから、便秘にも効果がある。
 
子宮機能にも作用する。しかしながら、出産に臨んで、あるいは単に子宮収縮させる必要がある場合、肩井・合谷・三陰交に鍼してもよい。子宮を運動せしめる要素は多数あるが、直接刺激と反射による刺激に大別される。直接刺激によるもの第一は下腹神経叢、第二は仙骨神経叢から発する勃起神経、第三は腰部仙骨部の脊髄である。

一方反射によるものは、坐骨神経叢と腕神経叢(腕神経叢の中心を刺激すべき)である。また乳房を刺激すれば子宮収縮を起こせるので、肩井は鍼先の方向を左右すれば、腕神経叢の中心に触れることができる。また三陰交も鍼先を左右に動かせば、坐骨神経の末端に触れることから、その収縮を起こすことができる。
 
この2点をすべての妊婦行うことを禁じた方がよいが、分娩時の胎児排出を助け、不規則の陣痛を取り除くことは、前述したように第3位点を必要とする、

すでに胎児発育中心のものは、正規の排出力に加えて排出作用を強力に増し、速やかに排出をさせ、産婦に不必要な努力、疲労を増加させることなく、かつ刺激自体のために、脱胎早産させることはないのので、信念をもって従事すべきである。

4)後仙骨孔刺針(上髎、次髎、中髎、下髎)

この部位は、体性神経としては陰部神経、副交感神経としては骨盤神経が支配している。交感神経としては下腹神経が支配しているのだが、下死腹神経は泌尿器科や婦人科の医師以外、あまり意識しないものだろう。こうした解剖学的特徴を無視して、交感神経手術部位として後仙骨孔刺針を行っている。

①位置
第1~第4後仙骨孔

②刺針
第1後仙骨孔は、やや上方に向けて刺入。第2~第3後仙骨孔は直入する。約2寸刺入。
巧みに刺針してその目的を達すれば、患者は大いに癒された感覚を感じる。

③適応
子宮その他の小骨盤の疾患

 

3.上肢の刺針

上肢では、次の3種類の刺針点がある。上肢の疾患は、頸神経叢に刺激を伝達させるので、頸部第三位点において手術を施すが、前腕および手部に症状のあるものは、上肢部三点の刺激を考えるのがよい。

1)橈骨点(手五里)
三角筋停止部と上腕骨外側上顆との中間。
 
2)尺骨点(青霊)
上腕骨内側上顆の上部4~5㎝のところで、尺骨神経溝中を探る。

3)正中点(曲沢)
上腕骨内側上顆の上部2㎝の上腕二頭筋内側頭中。刺入する時は、前腕を曲げ、肘関節を上腕に向けて去る、おおよそ1寸の処で、橈骨前面に針尖を向けて刺入すること1寸。
 
※副点として、前腕後面に針することがある。この方法は、前腕を曲て、その後面において尺骨鈎状突起と橈骨頭との中間において、肘を腕に向けて去ること1寸の処で、尺骨の橈骨側に1寸刺入する。(位置不明瞭)

 

 

4.下肢の刺針点

1)股骨点(陰廉または足五里) 
上前腸骨棘と恥骨縫合との中央やや外方に仮点をとる。そこから鼠径溝下、おおよそ2寸のところに刺点を定める。約1寸刺入で刺点内方に針体を傾ければ、刺針の際、皮膚に刺痛を感じる大腿神経を刺激する。

 

 2)坐骨点(各種ある環跳取穴の一つ)
坐骨結節と大転子の中間。およそ1寸刺入。この刺針点は、全枝に激痛を発するので、極めて頑固な神経痛または麻痺症でなければ、みだりに針しない方がよい。この点は、多くの場合、施術する必要がない。というのは股筋の疾患は腰椎第2第3位で、その刺点を通常の刺針のやや外方に行えば、その目的を達することができるからである。もし強いてこの坐骨点に刺針しようと思えば、(麻痺症においては於いて可)、中央部、大転子より膝窩にいたるところを三等分し、刺針すると、強度の疼痛を避けることができる。

 

 

3)下腿の副点

①足三里
足三里は深腓骨神経を刺激するとともに、脛骨動脈とも関係している。足三里の位置は、前脛骨筋と長指伸筋間で、長指伸筋に寄りに針するのがよい。

足背の知覚枝に刺激を与えようとすれば、同所で長指伸筋の外側(浅腓骨神経刺激 で代表穴として陽陵泉?)にその刺点を求めるべきである。

②三陰交
三陰交は後脛骨神経の下端および足底神経に刺激を与える。内果の一握上で長指屈筋お後側に刺点を定める。この点は、足底運動・知覚の疾患を主治とする。

 

5.その他の刺点

1)回気鍼 

①水溝

水溝すなわち人中の鍼。鼻中隔直下に刺針すること4~5分。鼻口蓋神経(三叉神経第Ⅱ枝の枝)を刺激できる。この刺点の刺激は、鼻口蓋神経から反射的に精神を還帰して、医薬のアンモニアを吸入させて鼻腔粘膜を刺激するのと同一原理になる。

②紫宮直側(左)・玉堂直側(左)

左第2肋間ないし第3肋間で胸骨左縁。胸骨後縁に向けて1寸5分刺針する。心臓自動性運動中枢に刺激を与える。この刺針は、最も潜心注意し、肺運動停止した後でなければ鍼してはならない。それに呼吸停止後3分以内でなければ、確実な効果を得ることはできない。(以下略)

2)膀胱鍼(曲骨)

恥骨縫合上点に、刺点を定め、鍼尖を下斜に向けて刺入すること1寸5分、時として2寸4分を要することもある。この目的は膀胱に達することを必要とするので、肥痩に従って考えるべきである。膀胱がに非常に畜尿膨張していれば、あえて下斜めに刺針する必要はない。恥骨上縁に接して刺入すれば、腹膜に触れないだけでなく、患者の疼痛を感ずることもわずかであるという利点がある。痙攣症に対しては、一鍼で奏功するので、奏功後はみだりに鍼してはならない。麻痺症に対しては、一日一回あるいは隔日に一回するのもよい。

3)横隔膜鍼

①頸部の点
横隔膜の筋に強直を起こすから、症状を確実に病態把握して施術すべきである。その位置は、胸鎖乳突筋の外縁に沿って斜線を引き、また環状軟骨下縁から水平線を引き、その二線の交わるところを縦径に該当する神経の経過するをもって、僧帽筋の外縁の同位において、この点は、頸動脈の損傷を恐れるから、その搏動を按じつつ動脈を避けるように努める。                                      

②腰部の点(胃兪)
腰椎第一位点(三焦兪)の一椎上で、その左右一横指去った部を刺点に定める。これは横隔膜脚刺激を目的とするもので、刺入2~2.5寸。この針は、時として肋間神経痛を喚起して呼吸運動を障害することがあるが、大概3~4日で治る。

③期門
季肋部で第9肋間の軟骨部。鍼すること8分。(本著では、この解剖学的部位を「章門」としているが、章門穴は、今日では第11肋骨尖端に定めている。)


4)歯痛鍼

①上歯痛(客主人)
外耳孔直下に刺点を定め、下顎枝に沿って、やや前方に鍼尖を進めること1寸ないし1寸5分。これは上歯槽神経に刺激を与える目的がある。

②下歯痛(頬車)

下顎角の尖端から斜めやや上方で、できるだけ下顎骨に沿って前進すること1寸。あるいは、下顎角から頬に一横指寄ったところから、頬骨内面に向かい、上に刺針すること5分。これは下歯槽神経に刺激を与える目的がある。


6.おわりに
 
本著は針灸医学史に載るほどの重要書籍だが、文体が明治調であること。専門的な文章で、かつ現代の医学とは異なる用語もあったりして、現代語訳は意外に時間を要した。以下、本著に対する註釈を記す。

①大久保適斎といえば、頸部交感神経節に影響を与えようとする鍼が有名である。後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは理解できたが、同部から浅刺すると副交感神経に影響を与えるとする意味は理解できなかった。

②上肢と下肢の刺針は、末梢神経に対するものなので、今日でも同様の方法は広く行われている。ただし、上肢3点、下肢2点とする刺針点の簡素化は大胆なものであろう。

③回気針の人中刺針は、清脳開竅法でも使用するものである。清脳開竅法では、脳血管障害による意識障害に使用する。神経走行的に考察しているのが興味深い。回気鍼の左肋骨部刺針は、心停止に対する応急処置である。医師ならではの内容だが、針灸でこうしたことも出来るのかと感心する。

④横隔膜鍼の「頸部の点」の位置は、この記載から不明瞭だったが、C3~C4前枝への刺針でパルスをかけると横隔膜がリズミカルに動くことはよくあることである。
横隔膜鍼の、腰部の点(胃兪)が横隔膜脚刺激になることは、石川太刀雄著「内臓体壁反射」においても同様の記載がみられる。

⑤歯痛鍼の内容は、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の内容と類似しているが、「秘法一本鍼伝書」には局所解剖や治効理論の記載はない。

 

 

 

膝窩筋腱炎の針灸治療 ver.1.5

$
0
0

筆者はかって、<膝窩痛に対する委中刺針の体位 Ver. 1.4>2014.7.28 を発表したが、その後に内容がかなり充実してきた。ともに、このタイトルが内容にふさわしくないものとなったので、内容を大幅に追加するとともにタイトルを変更することにした。

 

1.膝窩筋とは
     
膝窩筋は、膝窩部にある小さな筋なので、大して重要な役割もないだろう考えられてきた。しかし最近、本筋は<膝ロックを解除する>重要な機能があることが分かってきた。

 膝窩筋の起始は大腿骨の外側顆、停止は脛骨の上部後面にある。歩行動作の間、膝は完全伸展位になることはない。しかし立位を保持しようとすると膝関節は完全伸展位になる。この時には脛骨の外旋を伴うことで、膝をある程度固定できる。膝の完全伸展位では、体重を骨で支えていて、膝部筋はほとんど使っていない。ゆえにちょっとしたいたずらで立位状態の者に気づかれずに膝窩を軽く押すと、膝折れ状態になるので驚かすことができる。

完全伸展位にある膝を歩行開始モードに移行させる役割をするのが膝窩筋になる。言い換えれば、膝ロックをはずすすのが膝窩筋の役割である。  
 

2.膝窩筋腱炎の症状
 
膝ロックを外した際、四頭筋筋力低下時があって、膝屈曲で上体の体重支持が維持できない場合、身体は膝折れを回避するため、膝ロック状態にもっていこうとする。歩行時にこの現象が起こると、自分の足が不本意に膝が完全伸展してつっかえ棒のようになり、膝屈曲できなくなるので、スムーズに歩けなくなる。この現象は、とくに階段を下りる際に強く意識される。また膝窩筋緊張そのものによって  膝屈曲時(とくに正座時)に膝窩痛が生じるようになる。
  

  

 

※足底筋の機能:足の底屈。アキレス腱が断裂しても、足底屈ができるのは、足底筋の収縮による。足底筋は、前腕部の長掌筋と同じく、現代人にあっては必ずしも必要とされていない。足底筋や長掌筋の役割は、足底筋膜や手掌筋膜の緊張をたかめるためである。たとえばサルが四つ足で歩いたり、木に軽々と登ったりする時に機能している。体操の選手が、鉄棒や吊り輪をする時、手にはプロテクターをはめて手掌を保護する必要があるが、サルなら不要だということ。
  

 
 

 

3.膝窩筋腱炎の針灸治療
   
異常がある場合、膝関節屈曲位にて、膝窩横紋中点から外方1寸ほどのところに圧痛硬結を触知できる。伏臥位で膝窩をさぐっても膝窩筋は弛緩しているので圧痛は検出しづらく、刺針してもしこり命中した手応えもないので、筆者は膝立位や四つ這い位にて膝窩部の圧痛・硬結を見出し、手技針を行うことを考案した。
   
これは膝窩筋を緊張させる肢位である。上図の膝窩附近の断面では、腓腹筋が描かれているが、これは膝窩横紋のやや下方からの横断図であろう。膝窩横紋の委中外方からの直刺刺針時では腓腹筋やヒラメ筋は関与しない。

異常がある場合、膝関節屈曲位にて、膝窩横紋中点から外方1寸ほどのところに圧痛硬結を触知できる。伏臥位で膝窩をさぐっても膝窩筋は弛緩しているので圧痛は検出しづらく、刺針しても硬結に命中したことを感じないので、筆者は下図のような姿勢をさせて膝窩部の圧痛硬結を見出し、手技針を行うことを考案した。

   
これは膝窩筋を緊張させる肢位である。上図の膝窩附近の断面では、腓腹筋が描かれているが、これは膝窩横紋のやや下方からの横断図であろう。膝窩横紋の委中外方からの直刺刺針時では腓腹筋やヒラメ筋は関与しない。
   

4.内合陽穴について

   代田文誌「鍼灸治療基礎学」には次のような記述がある。
「委中の下方2横指のところに合陽穴を定め、その内方2横指の筋肉中に内合陽穴を定める。座骨神経痛や膝関節炎の場合の圧痛好発部位であり、臨床上必要な治穴。」
 内合陽穴は澤田流を勉強している者は周知の穴であるが、どういう病態の時に、本穴に圧痛硬結反応が現れるのか私には不明だった。内合陽は脛骨神経の走行上ではなく、腓腹筋内側頭だとしても、ここに限局的に圧痛硬結が出る機序が分からななった。

しかし最近、膝窩筋の筋硬結ではないかと考えるようになった。つまり膝窩筋腱炎の病態のバリエーションだと見なす。最近正座姿勢ができず、膝窩が痛むと訴える65歳男性の患者の治療を経験した。立膝位で委中刺針を行ったが、珍しく効果不十分だった。どこが痛むのかを患者自身の指頭で押さえるように指示すると、まさしく内合陽を押さえた。そこで膝90度屈曲位のまま、内合陽の強い圧痛硬結に2寸#4程度で手技針すると、治療直後からかなり正座できるようになった。

母指CM関節症と母指内転筋症の針灸治療 

$
0
0

元のブログタイトルは、「母指CM関節症には母指内転筋停止部の刺針」だったが、筆者は母指CM関節症と母指内転筋症を混同していたので、上記タイトルに変更するとともに、本文を大きく変更した。

1.母指CM関節症
 
1)局所解剖

母指は、末梢側からIP→MP→CMの3関節からなる。CM関節とは、carpo-metacarpal  joint すなわち中手手根関節のことであるが、第一中手骨と関節するのは大菱形骨で、本関節は大菱形骨(鞍(くら))中手骨(人)がまたがっているような形状をしていることで母指の大きな関節可動性を可能にしている。母指球には多くの筋が停止するので、親指には大きな力を入れることができる。そうした中にあって母指CM関節症にとって臨床上重要となるのが、母指内転筋や母指対立筋である。


①母指内転筋

第2中手骨を起始とし、母指MP関節部に停止する筋で、母指を内転(示指側に近づける)作用がある。手の合谷部においては、手背側と手掌側の中心に位置する深部筋である。規定の合谷位置ではなく、第一中手骨際に寄った処になる。深刺して第一背側骨間筋を貫き、母指内転筋に入れる。

②母指対立筋

母指対立運動(母指頭と小指頭を接触させる動作)の際の、母指運動の筋肉の動き。魚際(手掌部。第1中手骨中点の橈側、赤白肉際に取穴)が刺針点。
魚際の名称は、母指球を魚に例えた時、そのヘリに位置するところからきているという。魚際から直刺すると、短母指外転筋→母指対立筋→短母指屈筋→母指内転筋と、母指球構成4筋を刺針できる特異的な部位。母指球筋のオーバーユース時、魚際に圧痛硬結が出やすいことが理解できる。

 

 

 

 

2)母指CM関節症の病態生理
本症は変形性関節症の一種で、更年期以降の女性に多い。
靱帯弛緩 →関節滑膜の炎症・腫脹→軟骨摩耗 →関節包弛緩 →関節部の骨棘形成と亜脱臼 →母指基部が出っ張る 
 

3)母指CM関節症の症状
ビンのフタを回す、洗濯バサミや爪切りをはさむ、手をついて立ち上がる、といった動作で痛みが出やすい。
 

4)現代医学的治療
安静により痛みが改善する者も多い。手術が必要となる者は2~3割。リハでは母指内転筋ストレッチが重要。
 
5)針灸治療
母指CM関節症の、部分症状としての内転筋症や母指対立筋症にたいしては針灸が著効。詳細後述。


2.母指内転筋症
 
1)病態
母指CM関節停止部筋に緊張はあるが、変形や亜脱臼がほぼない状態。母指内転筋症との名前はマイナーだが、母指CM関節に変形や脱臼のない初期の母指CM関節症とみなすことができると思える。要するに軽度な母指CM関節症。

2)症状
母指内転動作を酷使する理容師や美容師や庭師が障害を受けやすい。負荷をかけた母指内転運動で、合谷(第1・第2中手骨底間)が痛む。
     

3)初めての母指内転筋症の経験と考察

合谷深部ないし魚際深部が痛むと訴える患者が、これまで何例も来院していた。私が鍼灸初心者だった頃、患者の訴える症状部である合谷、あるいは魚際に刺針したが、さっぱり改善せず苦労した。かなり後、それは母指CM関節症という疾患であることを知った。しかしCM関節にしてはCM関節の脱臼所見がないのが不思議だった。

ある時、またも同様の患者が来院した。通常の刺針では治せないことを自覚していた。合谷の浅い押圧では圧痛がなかったので明らかに表層筋ではない。となれば問題となる筋は、母指内転筋(=合谷)だろう。母指内転筋は、通常合谷から深刺しても当たるが、母指内転筋の停止部に当てるとなれば、第一中手骨際から深刺する必要があり、刺針した状態で母指を内転運動するよう指示。すると症状部に一致した再現痛が得られ、直後から症状も大幅に改善した。

なお書で調べると、CM関節症で障害を受けるのは母指内転筋であるが、母指対立筋のチェック(母指先を小指先に近づけ)、短母指屈筋のチェック(母指の掌側外転)も母指安定化に関わっているので、調べた方がよいと記されていた。

母指内転筋の停止は母指基節骨底内縁であり、母指内転筋付着部炎と判断した。結局、母指CM関節症といっても、痛み自体は筋付着部炎によることも多いことが予想され、針灸は有効と考えた。

後日、別の患者で、母指CM関節症が来院。高齢者で杖を持った状態で母指を捻ったとのこと。そのMP関節は変形していたのだが、上記合谷運動針を行うと、痛みは半減させることができた。

 

 

 

 

 

 

 

膝OAでの関節包刺針

$
0
0

変形性膝関節症(膝OA)は、従来から針灸の適応症とされている。事実、整形での理学療法や神経ブロック療法と比べてもよく効くと思う。ただし高度な膝OAでは、針灸治療でもあまり症状軽減しない。やはり80歳以上になると多くなる重度の膝変形では、針灸による軟部組織を刺激対象とする方法では対処できない。針灸守備範囲外となる。そうなると整形外科での骨切り術や膝人工関節への手術が適応になるケースが出てくる。

針灸治療を実施するにあたり、変形性膝関節症という病名だけでは治療方針が定まってこない。以下に本症の進行に伴う症状悪化を示した。針灸が働きかけるのは膝関節負荷増大による筋々膜痛というあたりが主要ターゲットになることに異論はないが、筋刺激にはならない内膝眼・外膝眼への刺針、すなわち関節包刺針も有効となる場合が多く、その理由について考察する。

1.関節包の痛み



1)関節部での知覚神経はどこも均一に分布しているわけではない。骨は痛まないが骨膜は痛みを感じる。発生学的に関節部において骨膜は関節包に変化したこともあって、関節包も痛みを感じる組織である。関節包は腱筋につながっており、関節と連動して牽引・収縮される際に痛む。

2)関節包は外層の線維膜と内層の滑膜から構成される。線維膜は強靱で知覚神経が分布する。滑膜は血管に富み関節液(=滑液)を産生分泌する役割がある。この関節液は、関節の潤滑油および栄養液として機能している。なおヒアルロン酸も滑膜から分泌され、関節液の粘性を高めることで関節の滑りをよくしている。

 

 

3)関節裂隙への深刺が関節包刺激となる。針灸臨床で多用されるのは、内膝眼・外膝眼といった穴であろう。
膝蓋骨下縁で膝蓋腱の両側部は、大腿骨と脛骨の隙間で、内外の半月板や前十字靱帯が存在する部である。膝伸展位で、この部から直刺すると針は膝蓋下脂肪体→関節包(関節線維膜と関節滑膜)→関節腔と入る。その時、針先が線維膜を刺激すると処でもあることから、筆者は治癒機転が働くと考えている。

膝蓋下脂肪体が増殖し、隆起している者がある。これは膝関節を防衛するためのクッションを増やしている状態であり、この所見は膝関節が脆弱であることを示唆するものと考えている。

 

 

4)膝関節が腫脹したり軟骨が摩耗したりする頻度が長期におよぶと、膝の動きが悪くなり、膝のROMは狭くなり、かばうために筋の柔軟性が減少してくる。とくに筋の骨付着部に痛むようになる。膝関節周囲の関節包や関節周囲に付着している腱、筋肉の異常、傷害による問題は、痛みをたらすという意味で、重視すべきである。このたぐいの硬結圧痛は、膝蓋骨周囲の外縁、内外関節裂隙、鵞足部に出現しやすい。

 

2.立位での内膝眼・外膝眼刺針

膝痛の鍼灸治療は、普通は臥位で行うことが多い。しかし膝痛は臥位時ではなく、立位や歩行時に起きるのが普通であることから、反応点(≒筋硬結)を発見する体位は、臥位よりも立位が適切であることを十数年前に発見した。

ある膝OA患者で、仰臥位で圧痛点を探して刺針施灸を6回したが、思うような効果が現れなかった。そこでベッド上に立たせ、改めて膝関節周囲を触診してみると、これまで分からなかった圧痛点を多数見付けることができ、その都度単刺を行ってみる(片膝あたり計5~10カ所)と、治療直後に歩行時痛が軽減したのだった。膝OAは、「軟骨変形が病像の中心なので、治療効果をすぐに求める必要はなく、毎日施灸することで3週間程度経ってからゆっくり効いてくる」との思いが常識となっていただけに、このような体位で行う治療が即効的に効くことがあることに驚いたことが契機になった。

立位で内膝眼・外膝眼の反応点を探ると、仰臥位で探るよりも圧痛が発見しやすくなる。立位になった被験者はその姿勢を保つため、大腿四頭筋を緊張させることで膝蓋骨も挙上することが、両穴を探りやすくなるのだろう。四頭筋が緊張することで膝関節包も緊張する。緊張状態にある関節包を刺針することも効果を生む秘訣となるだろう。

 

肩関節ADL制限の鍼灸治療  その1 肩関節外転制限 ver.1.2

$
0
0

1.序

私はこれまで計411題のブログを発表したが、この中でコンスタントに最も閲覧数が多かったのは、「結帯動作制限と結髪動作制限に対する鍼灸技術」(2020.10/23)だった。いかに多くの鍼灸師が肩関節疾患の治療で困っているかの現れであろう。 
現在の「現代鍼灸臨床論Ⅰ」の肩関節痛章の内容を十年前と比べると、驚くほど違っていることを発見したが、十年前の記載内容にも間違いがあるわけでないが、鍼灸師が鍼灸治療するために必要な知識・技術を提示するという使命が疎かになり、単なる知識の紹介に留まった部分があったように感じる。 

過去の私のブログで肩関節痛に関するものは19題あった。十年に及ぶ時間的経過があるので、現在の考え方とは違っている部分が多々あり、後に明らかになった知識も書き加える必要があった。今ならもっと違った内容のブログになるとの思いもあって、再整理することにした。内容の多くは過去に発表したブログと重なってくるので、これら過去ブログは近日中に消去予定である。

ところで、その整理の方法だが、病名別の鍼灸治療の説明ではなく、ADL制限別に解説すればよいのではないかとの結論に落ち着いた。その発端となったのが下図の考案だった。ただしこれが肩関節痛に対して万能という訳にはいかない。

肩関節障害が単純に筋の問題であれば、障害されている筋緊張を緩めることが治療になるが、凍結肩のように関節包の癒着である場合もあるので一筋縄でいかない。一方、凍結肩は確かに関節包癒着なのだが、痛みで肩関節を動かさない状態が続くと、筋の伸張性が失われてくるので、症状の中に筋膜痛の占める要素もあって凍結肩の症状を修飾してくる。症状に占める筋膜痛の割合が高いものが、針灸治療の効く病態であろう。

 

 

肩関節障害でよく生じる結髪動作制限や結帯動作は主に筋の柔軟性に関係するので、リハビリ的診断には有用であっても病名の診断にはあまり有用ではない。とはいえこれらADL障害は患者の苦痛に直結する。そして結髪動作制限と結帯動作制限では鍼灸治療のアプローチもも違ったものになる。

では外転制限の場合はどうか。外転制限の状況を診察することは、肩関節疾患の診断に大いに役立つ。と同時に鍼灸治療の方法も検討できる。
以上の考えから、肩関節痛を①外転制限、②結帯動作制限、③結髪動作制限に大別し、3回シリーズで病態把握と鍼灸治療に言及する。
         
前述した肩関節の外転制限の状況を診察することは肩関節疾患の診断に役立つのだが、結帯動作や結髪動作は主に筋の柔軟性に関係していて病名診断にはあまり役立たない。しかしながら根拠のある鍼灸治療をする際の治療のヒントとなり、治療効果の指標となる。

 

2.肩関節の外転運動の機序

①肩甲上腕関節(いわゆる肩関節のこと)において、凹面である肩甲骨関節窩は広く、この凹面上を、小さな凸面である上腕骨頭が上下にスライドする仕組みになっている。

②上腕骨頭を回転させて上腕を外転させるには、まず上腕骨頭の回転軸を定めなければならない。そのため肩腱板が緊張して上腕骨頭と肩甲骨関節窩を固定させる必要がある。

③回転軸を固定した後に、棘上筋だけでなく三角筋中部線維が収縮して上腕骨の外転運動が行われる。

④上腕外転運動は、三角筋中部線維と棘上筋の協調運動で行われる。

⑤上腕骨の外転90°までは、手掌を下にしても動かすことはできるが、それ以上外転すると上腕骨大結節が肩峰に衝突(=インピンジメント症候群)して、それ以上外転不能となる。

⑥上腕骨の大結節が肩峰にぶつからないようにするには、上腕骨を外旋し上腕骨大結節を肩峰に潜らす必要がある。そのためには手掌を上に向けた状態(外旋位)で外転させるのことで、外転180度はできるようになる。

⑦上腕挙上時の上腕骨の外旋運動は、肩関節肩腱板(棘上筋、棘下筋、小円筋)の筋収縮により起こる。肩腱板の障害では外転90°未満になることが多い。その代表疾患は肩腱板炎、肩腱板断裂(完全、部分とも)である。

 

 

3.棘上筋の退行変性の病態生理 

1)棘上筋障害を生ずる代表疾患

肩関節疾患のほとんどは上腕ROM制限と痛みを生ずる。上腕外転筋は、棘上筋と三角 筋中部線維である。両筋に障害を生ずるのは、肩腱板炎・肩腱板部分断裂・凍結肩など主要な肩疾患である。
 

2)肩外転における棘上筋と三角筋中部線維の協調作用

肩関節の外転運動は、骨頭を上方に引っぱる三角筋中部線維と、体幹側に引きつける棘上筋が協調して円滑に行うことが可能になる。三角筋も棘上筋も老化するが、棘上筋の老化スピードが速い。この場合、肩関節を外転させようとすると、上腕骨を体幹に引きつける力不足で、上腕骨頭を中心軸とした回転運動が起こらず、上腕骨頭は上方に辷る。この状態で上腕を外転させようとすると、上腕骨大結節は烏口肩峰アーチの下をくぐることができない。上腕外転90度前後までしか可動できなくなる。無理をして上腕を動かそうとするので、肩関節の外転・外旋筋である棘上筋・棘下筋の運動支配神経である肩甲上神経が過敏になる。 
 

3)脆弱な棘上筋腱部の肩腱板

肩腱板、とくに棘上筋につづく腱板部分は、肩峰下滑液包や肩甲棘に圧迫されたり、摩擦されたりするため虚血が生じやすく、変形・断裂・石灰沈着などを引き起こしやすい。この部をカリエは危険区域と称した。  
肩腱板のすぐ上には肩峰下滑液包があり、腱板の炎症は二次的に肩峰下滑液包炎を起こしやすい。そして肩峰下滑液包炎の程度が強ければ、夜間痛関節の腫脹・熱感など急性の関節炎症状を併発する。
なお肩腱板炎は肩腱板部分断裂と問診や理学検査のみからは鑑別がつきにくいが、高齢者ではほとんどが肩腱板部分断裂である。


 

4)腱板炎の炎症拡大
    
肩腱板に生じた炎症は、すぐ上方に接する肩峰下滑液包に波及し、摩擦を減らすために滑液量滑量が増えたり滑膜が肥厚してくる。この状態を肩峰下滑液包炎とよぶ。滑液包の体積が増すので、肩峰下との摩擦はさらに増加して痛みも増加する。筋の滑りが悪くなった結果、上腕をぐるぐる回すと、そのたびに肩峰の奥あたりがコキコキあるいはジャリジャリ音を発し、音がするというあたりに術者の手を当てると、震動を感じることができる。

 

4.肩関節外転制限の鍼灸治療技法
 
1)肩髃から棘上筋腱への刺針

肩腱板炎の多くは棘上腱に相当する腱板部位に限局して痛む。棘上筋腱は、大結節に付着するので、その経穴部位である圧痛ある肩髃に刺針し、針先を棘上筋腱に入れる。
 ※学校協会教科書では、肩髃は本テキストの肩前の位置に定めている。       
 
肩髃穴から肩甲上腕関節内に刺入するには、肩甲上腕関節の関節裂隙を拡げて行う。肩関節を外転すると、上腕骨大結節の隆起が烏口肩峰靱帯を通過する必要があるため、肩腱板の力で上腕骨下が下方に押し下げられることを利用する。しかし外転90°近くになると、上腕骨自体が肩髃刺針を邪魔するので、45°前後の外転姿勢に保持する。さらに肩関節内に刺入するためには肩関節部筋を弛緩させるのも重要なので、助手に前腕を保持してもらうか、前腕を机などに置いて肩部筋を脱力させる。この姿勢で床面に対して水平に刺入する。

2)肩髎から肩髃への透刺(柳谷素霊の方法)
       
柳谷素霊の棘上筋に連続した肩腱板部の痛みに対しては、2寸針を用いて、肩髎から肩髃へ刺針を得意としていた。講習会などで五十肩患者がいると大いに喜んだという。肩髎から肩髃への透刺は、カリエの述べた危険区域部への刺激として、適切であることがわかる。単に肩髃や肩髎から刺針する場合と異なり、刺激目標が明確になる。
 
3)巨骨から棘上筋部への刺針

巨骨から直刺深刺すると、僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋→肩甲骨に入る。棘上筋の障害部は棘上筋の筋よりも腱部分なので、巨骨から肩峰方向に刺針して棘上筋腱に命中させる。
体位:側臥位でタオルを畳んでマクラにして頸を側屈位にさせる。
治療点:巨骨斜刺を行う。(刺入点は肩井)
刺針:3寸針を用い、肩井を刺入点として巨骨方向に斜刺し、針先を棘上筋腱部付近に到達させる。針に抵抗がなくなるまで置針。巨骨から棘上筋腹中に直刺しただけでは効果薄。
※治療者によっては3寸のような長針は使いたくないという者がいるだろう。3寸斜刺に比べて効果は劣るが、坐位にして寸6#3で巨骨から直刺して僧帽筋→肩峰下滑液包→棘上筋と入れ、痛くない範囲で上腕の外転運動を行わせてもよいだろう。

 

 

 

4)三角筋停止部刺針(臂臑)

頻度は少ないが、料理人やウエイトレスなど重量物を持つことの多い職業では、上腕骨の三角筋粗面(三角筋の上腕骨停止部)に骨付着部炎を生じ、上腕が上がらないことがある。この圧痛点の存在を患者は気づかないことが多く、本症のことを治療者が知らない場合は効果のある治療ができない。
三角筋停止部刺針(臂臑)の圧痛点に刺針しながら肩の自動外転運動を行わせると改善することが多い。なお臂臑は、腕の付け根と肘を結んだの中央にとるとされるが、実際には三角筋停止部に取穴した方がよい。

※使用した経穴の位置(現行の学校協会の方法とは異なっている)

肩前:新穴。上腕骨頭部前面、結節間溝部。この結節間溝に上腕二頭筋長頭腱が走る。
肩髃:教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、前方の穴]と記載されている。本稿では中国の文献に従い、肩峰と大結節間にできる溝中を肩髃穴とした。
肩髎:教科書に「上腕90度外転時、肩関節付近にできる2つの穴のうち、後方の穴」とある。本稿では肩峰外端の後下際にとる。大結節を挟んで、前方が肩前穴、後方に肩髎。


5.上腕二頭筋長頭腱々炎について

肩関節痛を生じる有名な疾患の一つに上腕二頭筋長頭腱々炎がある。この疾患は一般的な肩関節疾患と比べて患部に独立性があってユニークなのだが、鍼灸治療に来院することはまれで、ヤーガソン、スピード、ストレッチテストも試みる機会も乏しく、上腕二頭筋長頭腱自体に並行にっすべく、結節間溝を刺入点として曲池方向に水平刺といった治療を行う治療の機会はまれであろう。私の40年間の臨床でも出会った記憶がない。
本症には独立疾患としての上腕二頭筋長頭腱々炎と上腕二頭筋長頭腱々炎を合併している五十肩がある。前者は、投球時のコックアップ(手首を過伸展させる動作)期から加速期の痛みで起こりやすい。後者は上腕二頭筋長頭腱部の炎症が、肩甲上腕関節にまで拡大し、癒着性関節包炎となって五十肩症状に移行するケースが多い。
臨床上前者であることは非常に少なく、後者でれば肩腱板炎の治療(肩髃から上腕骨大結節に向けた斜刺や肩髃からの肩甲上腕関節刺)に準ずる。

江島杉山神社と弥勒寺参拝

$
0
0


 新年の令和4年1月2日、江島杉山神社と弥勒寺の見学に出かけた。新コロナ禍の中なので、今回は一人で出かけた。両国駅から徒歩10分ほどで隅田川が見た。水上バスが未来的な形をしている。それを過ぎるとマンション風の鉄筋建造物が目に入った。出入り口が妙な形をしているので、何かと思って近づくと「春日野部屋」と書かれていた。このあたりは両国国技館も近く相撲部屋が多いのだろう。

隅田川と水上バス

春日野部屋の正門

 

両国駅から歩くこと10分くらいで江島杉山神社に到着。近所の方々だと思うが、次から次へと参拝に来る人が多く、熱心に手を合わせている人も多かった。着飾っている人もあまりないことから、そのことがかえって地元の方々の信仰として日常的に根付いていることを知ることができた。

 

江島杉山神社の一の鳥居

本殿。左に見えるのは杉山和一記念館

 

1.杉山和一の管鍼法発明のきっかけ

幼い頃失明した和一は鍼で身を立てるため江戸に出て山瀬琢一に入門するも、技術が向上せず師の下を破門された。悲観した和一は江戸自体信仰修行の場だった江ノ島の岩屋にこもり断食修行したが満願の日になっても収穫らしきものは得られず、悲観して帰路についた。その道中、石につまずいて倒れたが、足に刺さるものがあるのに気づき、手に取ってみると、それは 筒状になった椎の葉に松葉が包まったものだった。このような筒に鍼をいれて刺入すれば痛くなくさせるのではないかと考えたのが、今日主流の「管鍼術」であった(江戸時代の鍼は太かった)。

 

2.綱吉の褒美としての本所一つ目の土地を提供

杉山和一は時の将軍徳川綱吉(生類憐みの令で有名)の難病を治療・回復させた。綱吉から何か欲しい物はないかと問われ、和一は「一つ目が欲しゅうございます」と応じた。綱吉は、それは無理な話だとして、代わりに本所一ツ目に三千坪の土地を与え、総録屋敷(盲人の職業自治組織)と針灸按摩講習所を設立した。なおこれは世界初の盲人教育の場だった。

 

和一は八十を過ぎても月一度の江ノ島の岩屋の月参りを欠かさなかった。これでは身体が保たないと思った綱吉は、この敷地内に岩屋風の洞窟を造成し、江ノ島弁財天の御分霊をお祀りすることにした。これはすぐに「本所一ツ目弁天社」と呼ばれ名所になり、江戸庶民の信仰を集めた。

岩屋入口

 

 

宗像三姉妹の像

 

3.江ノ島にある宗像(むなかた)神社

宗像神社とは海難事故の安全祈願の神様で、海辺にあるのが特徴。本家は宗像大社といい、福岡県にある。その支社は宗像神社で全国に数カ所あって江ノ島(江島ともよぶ)もその一つ。宗像神社は、3つで一組になっており、辺津宮・中津宮・沖津宮とよぶ。津には”何々の”といった意味がある。三つの神社には辺津宮=田心姫神(たごりひめのかみ)、
中津宮=湍津姫神(たぎつひめのかみ)、沖津宮=市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)が祀られている。辺津宮の女神は美人であることも知られ、弁財天(通称弁天様)ともよばれる。弁財天は<水の神>そして<銭の神>とされている。水の神なので、境内にある池を渡ってお参りする。またそれを守るのは、狛犬ならぬ白蛇と決められている。
池には滝に見立てた水流れが注ぎ、その傍らには琵琶を弾区弁財天の石像がある。

辺津宮、中津宮、沖津宮だが、辺津宮は最も規模が大きく交通の便もよい。沖津宮は小さく行き着くのが難しい。宗像大社の沖津宮は福岡県の北、玄界灘中央の小島にある。女人禁制どころか一般人は立ち入りできない。神職のみ上陸時には海中での禊を行い、神事を司るが、一木一草一石たりとも持ち出すことができない
 江ノ宮の沖津宮は元は岩屋にあったというが、1年の半分は洞窟が海水に満ちて入れなくなるので、現在は島の高い処に移されているた。

琵琶を弾く弁財天。手前にあるのが銭洗い場

 

 

4.岩屋の中はどうなっているか

池にかかった小さな太鼓橋を渡ると、すぐに岩屋入口になる。内部に蛍光灯は光っているが少々薄暗い。5mほど歩くと杉山和一像があり、そこがT字路の分岐。右手すぐには
宗像三姉妹の女神を祀っているが暗くてよく見えない。左に曲がって3mほど行くと
大きな蛇像があり、その周りを陶器の小さく可愛い白蛇が何十体ととぐろを巻いていた。

 

 

宗像三姉妹の像?

 

白蛇の石像

 


5.その他境内にあったもの

江島杉神社は、誕生した経緯が複雑なので、祀っている内容も、多彩で興味はつきない。
①本殿、②杉山和一のレリーフと点字の説明文、④力石(力自慢大会用か)、⑤杉多稲荷神社の鳥居と石碑。綱吉が和一に贈った土地は、元は杉多神社だったというが、杉多神社は隅に追いやられた形になっている。
本殿左には近年、杉山和一記念館が設立された。1Fは杉山和一の資料館、2Fは杉山按治療所になっている。ただ正月中は休館ということで見学できず残念だった。

 

和一のレリーフと点字の説明文

杉多稲荷

6.2019年に発見された杉山和一の木像

2019年、和一木造座像が江島神社で見つかった。木像の存在そのものは知られていたが、その重要性は判然としなかった。このたびの調査で和一自らが作らせた唯一の像と判明した。木像は高さ約50cm。従来の和一像と比べ、等身大の人間として彫られているようにお見受けする。

 

 

7.杉山和一の墓

杉山神社は「神社」であり、神を祀るところなので境内に墓はない。といよりも杉山和一は85歳で没したが、その当時そこは江島神社であって杉山神社ではなかった。明治二十年頃になって杉山和一の霊牌所が再興し、江島神社境内に杉山神社が誕生。昭和27年に合祀し江島杉山神社となった。

杉山和一の墓は、徒歩15分ほど離れた弥勒寺にある。当日は弥勒寺も参拝した。外見はごく普通のお寺で、正月だというのに参拝する人は見あたらない。正門を入って、右側は墓地となっている。すぐ左側にはお目当ての「杉山和一の墓」と「はり供養塔」が並んでいた。両者とも質素なものだった。まあ鍼灸師以外に興味のないのはやむを得ないところだろう。はりというと普通は裁縫用の針の供養のことをいうのだろうが、こちら鍼治療用としての鍼である。石碑の上から鍼柄がとび出ているかのような趣向が面白い。

 

弥勒寺

杉山和一の墓

はり供養塔

五十肩の鍼灸治療を苦手とする理由

$
0
0

五十肩の鍼灸治療は難しく、いくらがんばって鍼灸しても効果が現れない。患者本人がいやになって来院中断すると、鍼灸師は逆にホッとする。これは鍼灸師あるあるだろう。五十肩の鍼灸治療はなぜ難しいのかを解説する。

 


1.凍結肩への進行
凍結肩は、肩の炎症の終着点である。一般的には、次の①②③④の順番に進行する。必ず最後まで進行するのではなく、途中で自然治癒することもある。

①肩腱板炎

肩腱板炎の時期は、動作時痛があるもROM制限はない。これは通常の筋々膜痛の治療と同列のように取り扱える。たとえば筋々膜性腰痛、テニス肘、腱鞘炎などと同じ。


②肩峰下滑液包炎期

腱板炎の炎症が肩峰下滑液包に広がると、一気に炎症が拡大して痛み増強。痛みのため腕が動かせなくなる肩関節部に熱感も感ずることもある。とくに夜間は血行障害になりやすいので夜間痛で眠ることも難しくなる。ただし他動的なROM制限にあまり異常はない。この痛みのの本質は神経痛性疼痛であり、一般的消炎鎮痛剤であるロキソニンではあまり効果ない。鍼灸もあまり効果ないというので痛がってやらせてくれない。リリカやサインバルタは鎮痛に効果あるが治す治療ではないので、服薬中止すると痛みが再燃するので始末が悪い。安静第一である。


③癒着性滑液包期

肩峰下滑液包の滑液の粘性が高まり、滑液包の癒着が起こる。そうなると上腕骨の可動性が減り、自動的・他動的ともROM制限が出てくる。痛みがあるか否かは炎症の程度により様々。癒着を改善する治療は手術以外はない。保存療法としては癒着を拡大させないよう頑張るしかない。滑液包の炎症の程度が減れば自発痛も少なくなる。④凍結肩期

肩峰下滑液包の癒着が、肩甲上腕関節関節包に拡大した状態。自動・他動ともにROM制限が強くなる。すなわち凍結肩状態。痛みの有無は炎症の程度により様々だが、次第に痛み自体は軽くなる。痛みが軽くなっても、ROM制限は続く。ある程度肩甲上腕関節の動きが自然治癒するまで6ヶ月~2年を要するとされる。しかも元の可動域にまで回復するとは限らない。

 

 



2.五十肩の各時期の治療法

1)肩腱板炎
上述した①②③④で、日常的な筋筋膜症の治療として取り扱えるのは①肩腱板炎のみになる。本症は鍼灸の適応で、でに様々な鍼灸治療方法が発表済。②は痛みが強いため施術困難、③④は滑液包や関節包の癒着が症状の中心となるので鍼灸治療には不向き。

過収縮している筋の伸張痛がその正体である。基本スタイルは次の通りで、他に圧痛点治療実施。次のステージへの移行を防ぐことも治療目標になる。
外転制限→外転動作をさせての上筋、三角筋中部線維への運動針
結帯制限→結帯動作をさせての肩甲下筋、小円筋の運動針
結髪制限→結髪動作をさせての肩甲下筋、大円筋の運動針

 

2)肩峰下滑液包炎
痛みが非常に強いので、針灸刺激することが困難になる。基本は三角巾などを使った患部の安静。痛みは筋々膜症に由来するのではなく、狭義の神経痛なので、理論的にはリリカやサインバルタの適応となるも、服薬中断すれば元通りの痛みになるので治療が難しい。


3)癒着性滑液包炎
癒着すなわち他動ROM制限になる。あまり痛みの出ない範囲で肩関節可動域訓練を行い、癒着を拡大させない、すなわち凍結肩への移行を防ぐことが目標になる。


4)凍結肩
肩関節包の癒着は、他動的ROM制限があることを示し、前記の癒着性滑液包炎よりもROM制限の程度は強くなる。ただし炎症そのものは小さくなるので運動痛は減少するのが普通である。癒着した関節包をリハ訓練によって徐々に剥離することが治療の中心となる。円滑なリハ訓練を妨げるのが痛みであるから、鍼灸はこの痛みをとることが目標になるだろう。リハ訓練でも速効的な効果は得られないのが普通。
難治性のものは、医師によるサイレントマニプレーションや鏡下関節切開手術が行われることがある。

①サイレントマニプレーション:局所麻酔で腕の運動・知覚を麻痺させる。その上で医師が強制的に肩を外転、伸展などの運動をおこなう(授動という)。長期間拘縮状態にあった肩を他動的に動かすと、ぎしぎしという音が鳴る。その地三角巾で腕を吊って帰宅。この日の夜になる頃になると麻酔は切れて腕は動かせるようなる。術後は肩ROMは正常化するが、痛みは残存するのでしばらく鎮痛剤服用が必要。

②鏡下関節包切開術:全身麻酔下、肩腱板部に関節鏡を入れ、視認しながら拘縮している肩関節包を切開していく。サイレントマニプレーションに比べて大ごとのように思えるが、関節包を視認しつつ少しずつ切開するので安全性が高い。本法も術後の鎮痛剤服用やリハ訓練は欠かせない。

 

3.鍼灸師の応対

鍼灸が五十肩に効果ある場合の条件は、五十肩の一部にすぎない。非常に痛んだりROM制限が強い場合、その多くは鍼灸の適応ではない。患者が鍼灸に通院するのは効くと思えばこそであって、効くことが鍼灸への信頼の証にほかならない。効かないことは整形保存療法も同じ条件なのだが、患者は医者と現代医学を信用していて、効かなくてもその信頼は揺るがない。1回の治療費も安価なので、効かないと文句をいいつつも通院を続ける。それに通院していないと薬も安く手に入らないのだ。

では鍼灸師はどうすべきか。それは時間を味方につけるといよい。今は、こういう段階なので鍼灸はあまり効果ないと、本稿の上に示した図を見せて、該当する病態部分を指し示す(ちなみに上の図やチャートは筆者オリジナル)。しかし痛みが軽くなったら、あるいは具体的に3ヶ月後にはこうなっているだろうから、再来院した方がよいと指示しておく方が良いだろう。


腰痛に対し、”二の矢”として行う立位体前屈位で行う背腰部一行刺針

$
0
0

腰痛には筋膜由来のものと椎間関節由来のものがある。鍼灸治療では、背部一行(棘突起の外方5分)からの深刺で、腰が伸びたり動作時痛が軽くなったりするのが普通である。しかし不十分な効果しか得られないことあるので、次の手段(=二の矢)を用意しておくべきである。

1.一の矢
 
頸背腰殿痛を起こすことの多い脊髄神経後枝症候群の鍼灸治療は、普通は腹臥位で背腰部一行に刺針することが多いと思うが、私は側腹位(シムズ肢位)で行うのを常としている。その方が反応点をつかまえやすく、刺針して深部の筋硬結に命中させやすいと思うからである。何カ所かに刺針し、5分間の置鍼を行うことにしている。側臥位で行う場合、片側側腹位で置鍼5分の後、もう片側にも置鍼5分するので単純計算で治療時間が倍になるという短所があるが、治療効果を優先するはやむを得ないことである。
このような施術をした後、患者を立たせてみて、痛みや背腰の可動性の軽減の程度を調べ治療効果を確認する。この方法で十分な効果が出れば治療を終える。


2.二の矢
 
しかし治療効果不十分な場合、次の<二の矢>としての治療を加える。ベッド傍に立たせ、上体を前屈させ、再び腰背部一行線上の圧痛反応を探し、一行反応点から深部にある硬結を目標に深刺する。なおこの体位は不安定なので置鍼はせず軽く手技した後に抜針。これを数カ所に行う。
患者を立位体前屈位に保持するには、次の2つがある。 1)より2)の方が効果的かと思っていたが、最近これを実証できた症例を経験した。

※二の矢の治療は不安定な体位なので置鍼はできない。一の矢の治療は、頸背腰殿部の診察を兼ねているのでどうしても必要。側臥位でだいたいの反応点に施術しておき、それでも治しきれない重要な患部を二の矢として治療する。すなわち一の矢は無駄な治療とはならない。

1)両手掌をベッドの天板につけて腰を曲げての体前屈位
 体位が安定するので、安定感をもって施術できる。背部筋伸張は後者より劣る。

2)上体をできる限り深く屈曲させての体前屈位
背筋を強く伸張した姿勢になるので、治療効果も勝るのではないか(Ⅰb抑制)。この姿勢は患者にとって不安定なので短時間で治療を終えるべきだろう。



3.立位でできる限り上体前屈位にて行う鍼治療(47歳男、植木職)
 
仕事柄、年中頸背腰が痛くなり、年に数回当院に通院している。今回は本日仕事中、急に腰が伸びなくなったとのことで来院。無理してでも腰を伸ばせない状態。側臥位で腰背部一行を触診すると、L5S1S2の高さに強い圧痛硬結を発見。左右とも側臥位で2寸#4で一行数カ所に5分置鍼するも効果不十分だった。
 
だがこの程度の効果しか得られないことはよくある。次に立位で両手掌をベッド天板にのせる軽度前屈位で、背部一行に手技鍼を実施したが、どうも鍼先が筋硬結に当たっている感じがしないので3寸#8に変えて背部一行に手技鍼を実施。ただしこれも治療効果不十分で、来院時よりも改善するも背筋を完全には伸ばせなかった。
 
さすがに少々焦ったが、<第三の矢>ともいうべき治療、すなわち立位で出来る限り深く上体前屈位をとらせ、3寸#8でL5~S2の高さの一行に深刺した。すると患者は、「オー」と叫んだ。どうしたのかと問うと、痛むところに響いたということだった。たしかし鍼先は硬い筋硬結(多裂筋)に当たったという手応えが得られた。抜鍼後には背中はほぼ完全に伸びるまでに回復させることができた。



4.立位体前屈位で行った電気鍼治療の自験例(中高生当時、男)
 
私が中高生の頃、2回ギックリ腰で、腰が伸びなくなり、寝ているしかなかったことがあった。当時は私の家族の祖母と父が、たまに近所の鍼灸接骨院(実際は良導絡の局所直流電流電気鍼)に通院した。家族が言うには整形の治療より効果あるということで、恐る恐る鍼治療に出かけた。
 
すると立位でできるだけ前屈位にさせ、良導絡の握り導子を握らせた。「どこが痛むのか、指で示して下さい」と言うので、私が「この辺りです」と言って指で示すと、先生は探索子でその部位を探り、メーターの針が最も振れるところを探し、太い鍼を刺して電流を数秒間流した。切皮痛も痛かったが、数秒間後にはギューというような強い締め付け感を生じて抜針。「今度はどこが痛みますか」というので、再び指で示したが、先ほどとは少し違った場所になった。先生はその辺りを探索導子で探り、メーターの針が最も触れる処を先ほどと同じ要領で刺針。5回程度この方法を繰り返すと、腰痛は自覚するがどこが痛むのか分からなくなった。これをもって治療終了。治療前と比べ症状は1/3程度に軽減した。何しろ痛い治療なので、早く治療が終わって欲しかった。気持ちよさは皆無だったが、実によく効く治療だと思った。今思えば、電気治療が効いたというより、立位前屈位で行った施術が効果的だったと思う。

膏肓穴について

$
0
0

 1.位置と局所解剖

1)取穴
正座位で両肘をつけ、両手掌の上に顎をのせる。(開甲法)。
伏臥位では上肢を挙げ、額の前で手を合わせる。要するに肩甲骨を大きく開かせる姿勢。この体位にさせ、第4棘突起下外方3寸にとる。厥陰兪の外方1寸5分になる。

2)局所解剖 

上記体位で肩甲骨内縁から直刺すると、針は僧帽筋→大菱形筋→胸腸肋筋中に入る。それ以上深刺すると外・内肋間筋に達する。さらに深部には胸膜と肺実質がある。
なお棘筋・最長筋・腸肋筋を総称して脊柱起立筋という。治療対象とするのは大菱形筋もしくは胸腸肋筋であるが、内臓疾患と関係深そうなのは胸腸肋筋の方だろう。
    

 

①大菱形筋の過緊張すると肩甲骨上方回旋しづらくなる。大菱形筋は肩甲背神経が運動支配する。知覚成分はないので本神経の興奮では位置不鮮明なコリ感を生ずる。

②胸腸肋筋は第7~12肋骨から起始し、第1~6肋骨へと停止している。胸腸肋筋は主に胸椎を反らす作用(体幹の伸展動作)があり、体幹を側屈させる作用もある。
胸腸肋筋の過緊張では、上部胸椎の背屈がしずらくなる。この胸腸肋筋の緊張緩和が施術目的とされることが多いようだ。なお胸腸肋筋は脊髄神経後枝により運動・知覚支配されている。

③膏肓穴あたりを押圧すると、深部に硬結を触知できることが多い。これは前述の大菱形筋や胸腸肋筋の筋緊張由来のこともあるが、深部にある第5第6肋骨の肋骨角は背部方向に出ているので、圧痛硬結を把握しやすいことも一因だとされている。

2.膏肓の語解

1)「膏」とは
月(肉)+高という語解。元々はあぶら肉、脂肪といった意味。おいしい脂肉といった意味。とくに心臓の下の部分、横隔膜あたりの脂肪という意味もある。ちなみに軟膏とは、薬効成分をあぶらで錬った薬のことををいう。
油とは水に溶ける植物性のあぶら、脂は皮膚や肉から出るあぶらで動物性のあぶらを広く表す。膏は肉のあぶらのみに使う。 

2)「肓」とは
月(肉)+亡(見えない)という語解。体の内部の、よく見えない場所のこと。すなわち胸部と腹部の間のうす膜(≒横隔膜)のこと、あるいは横隔膜の上にあるあぶら肉のこと。


3.<病膏肓に入る>とは

中国の『春秋左氏伝』より。晋の景公が病気になり、秦から名医を呼んだ際、夢の中で病魔の二人が、「隣国から名医が来るから、お前は膏の下に、俺は肓の上に隠れよる」と言ったという故事に基づく。王を診察した名医が「病は膏の下、肓の上に入ったので既に施しようがありません」と匙を投げたという。今で言う心膜炎や胸膜炎、あるいは狭心症や心筋梗塞をさしているようである。

なお、病が非常に重く治療の施しようがない場合、よく薬石効果なしという。薬とは漢方薬、石とは鍼のことで、 砭(へん)と書いた。大昔の鍼は石でできていた。        


私説:膏肓穴は、自分の指では手が届きにくい場所にあることから、手で触れない →手当ができない →治療法がない というようになったのだろうか。この見解を代田文彦先生に言うと、苦笑いして「そうかい?」と返事しただけに終わった。普段忘れているような小さなつまらないことでも、ふと思い出すことがあり、懐かしい昔を思い起こされる。

 

副鼻腔炎に歯周炎が合併した患者に対する鍼灸治療 (73歳、男性)

$
0
0

1.副鼻腔炎症例の鍼灸治療

3年前副鼻腔炎となった。耳鼻科で治療を受けると改善するが止めると元に戻ることを繰り返していた。左挟鼻穴を中心とした数カ所に置鍼5分間+糸状灸3壮、自宅でせんねん灸実施。この治療を開始すること数回で鼻の通りは改善し、治療5回目頃から左四白周囲の隆起も減少した。
なお副鼻腔炎でよく用いられる攅竹や上星・顖会穴に圧痛反応はなかった。

挟鼻部分は、三叉神経第1枝が走行しているが、挟鼻にきちんと刺激すると即効的に鼻が開通する。このことは少なくとも鼻甲介を刺激し、充血の程度を減らしその体積を減らしたためだと考えられる。鼻汁がでやすくなるのは、三叉神経第1枝支配である副鼻腔を刺激することで、繊毛運動が活発化したためだろう。
※挟鼻穴の位置:鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央を中心とした圧痛点

 


2.副鼻腔炎と歯周囲炎との関連
 
この患者は2ヶ月に1回、歯科でプラークコントロール治療を受けていているが、歯科医に自分が副鼻腔炎であることを告げると、X線撮影され、左上歯の歯槽骨が不鮮明になっていることを観察し、副鼻腔炎は左上肢歯の歯周病から来ているのではないかといわれた。
本患者は現在歯症状はなかったが、このことを患者から聴いたので、頬部を押圧して左上顎の奥歯あたりの圧痛腫脹を調べると、銀冠処置していた第一小臼歯の歯根に相当する部の歯肉に圧痛を発見できた。ただし鍼管で歯を叩打しても痛みは出現せず、歯肉の腫脹もほとんどなかった。要するに歯周囲炎の程度は軽かった。

私はこれまで副鼻腔炎と歯周囲炎は別個の疾患だとの認識でいたが、上歯臼歯の歯根末端は、上顎洞に非常に接近している(上顎洞に歯根が入り込んでいる場合もある)。上顎骨は比較的、海綿骨という骨質が「疎」であるため、細菌が広がりやすい傾向にある。この解剖学的特徴により次の2つのケースが起こりえる。
 歯性上顎洞炎:大臼歯部の虫歯を放置して溜まってしまった炎症が上顎洞内に入り込む
 鼻性上顎洞炎:上顎洞内にできた炎症が原因で、奥歯が痛くなる          

 

3.歯周炎の鍼灸治療の併用

歯周炎の標準治療は、歯肉のブラッシングおよび歯科での歯石除去とされる。歯周病にならないよう努力している人も少なくないが、大人の約8割、小児でも5割が歯周病だとされる。根本原因は免疫力の低下にあるといわれるが、そうなると却ってどうしたらよいか、わからなくなる。

歯肉炎の治療には、歯肉のマッサージが効果あるので、これと同じように考え、圧痛ある歯肉に対して数カ所に5分間置鍼した。なおこれまで実施していた挟鼻中心の圧痛点への5分置鍼と糸状灸治療は継続して実施。
3日後再来。左第一小臼歯の歯根にあたる歯肉の圧痛はかなり減少した。鍼灸1回治療でで歯肉の圧痛が減ったので、歯科での歯周病治療は当面延期することとなった。

 

4.女膝灸の適応症 『名家灸選』
歯槽膿漏といえば『名家灸選』には女膝の多壮灸が効くと記されている。本書には女膝は、歯肉が腫れて出血しているものに適応があり、その作用は排膿を促すことにあると書かれていて、本症例の適応外と思えるので使用していない。
※女膝穴位置:足の後かかとの赤白肉の際

 

右急性側腹痛の自験例(中部胸椎長・短回旋筋由来の激痛)

$
0
0

62才、男性

2ヶ月前、右側腹部に激痛を生じた。その1週間くらい前からたまにチクチクした右側腹部痛はあったが、大したことはなかったので放置していた。

今回の右側腹部痛は床に横になっていた後、上体を起こそうとした瞬間に発症した。右手を床につけて上体を起こした姿勢のまま、動けなくなった。少しでも動かそうとすると激痛が右腹の帯脈穴あたりに走るので、あぐら座りにも、横になることもできなくなった。約一時間、楽に感ずる体位を探ったが無駄骨だった。自宅にあった鎮痛剤のロキソニンを飲んでも症状不変。やむを得ず救急車を呼んだ。10分後位で到着するとのこと。

右腹痛を生じたのは二階のリビングでだったが、救急車に乗るには、ともかく一階に行かねばならない。痛いのを我慢し、気力を絞って自力で立ち上がり、ゆっくりゆっくり階段を下った。階段を下り終えたところで到着した救急隊と出会った。さっそくストレッチャーに乗せられて病院に運ばれた。なお自分が患者となって救急車に乗ったのは初体験だった。
 
当直の外科医が診療にあたった。症状のある右腹部を圧迫しても痛みはないが、体動して腹筋を働かせるとズキンと痛む状態。レントゲンは正常、MRIでは内臓に異常はないが、右内腹斜筋か厚くなっているという。内腹斜筋は深層にあるので圧痛は目立たないともいわれた(本当かね?)。超音波検査異常なし。結局治療はボルタレン座薬を入れただけだったが、30分も経つと、自分で立つことができるまでに腹痛は軽くなり、そのままタクシーで帰宅。改めでボルタレン座薬の効き目を実感した。その8時間後に、再びボルタレン座薬を使ったが、以来痛みは消失している。



考察

あの痛みは何だったのだろうか。側腹部や腰殿部に圧痛はなかったでの、中背部はどうなのかと思ったが、自分の指では届かないので、決め手がない。そこで寝転がって背中の起立筋あたりにコーヒーの瓶をあてがい、自重で圧迫してみたところ、非常に圧痛ある部位を発見した。これは私が以前から主張している背部一行症状群に違いないと思った。伏臥位で家内に指圧してもらったが、素人なのできちんとしたツボを圧迫できなかった。しょうがないので円皮針を貼らせたが、今ひとつ。しかし症状は軽減した。毎日素人指圧してもらっていると2週間ほどで左腹痛は消失した。

MRIで発見した右側の内腹斜筋だが、帯脈を直角に押圧しても痛みは生じないのに、指先で引っ掻くように腹筋を擦りつけると、確かに圧痛ある筋のシコリを触知できた。この筋コリは結果であって、原因は、長・短回旋筋の緊張によるものだろう。なお今回は胸椎の高さの一行深部筋に過緊張が生じた。もし腰椎~仙椎の高さの一行深部筋に過緊張が生じたならば、多列筋の過緊張を疑う。前者は上体回旋時痛、後者であれば上体前後屈痛時が生じるが治療法は背部一行深刺ということで同じである。

さまざまな適応がある中殿筋治療

$
0
0

 


殿部痛を訴える者はもちろんのこと、殿部に症状のない者であっても、触診すると中殿筋の緊張がある患者は少なくない。この原因についてはいくつか理由がある。1は上殿痛(上殿皮神経痛)に対してTh12一行刺針が効いた例、2は上殿痛に対して立位で患側に体重をかけた体位で中殿筋への鍼が効いた例、3は中殿筋部痛で立てない症状に、中殿筋を固定ゴムベルトを装着して歩行可能となった例である。


1.メイン Maigne 症候群(=胸腰椎接合部症候群)

Th12一行に圧痛があり、同時に志室にもが圧痛あれば、上殿部皮膚に過敏帯が出現する。これはTh12脊髄神経後枝支配領域で上殿皮神経との別称をもつ。Th12後枝は第12胸椎と第1腰椎の間から出る神経であるが、胸椎構造体と腰椎構造体の接合部なので脆弱性がある。胸椎は左右回旋の可動性があり、腰椎は屈曲回旋の可動性があるとされるので、この境界部分は力学的ストレスが加わる。治療はTh12一行刺針をすると速効できることが多い。これは鍼灸臨床で頻繁にみられるパターンなので、実用的な知識である。なおメインとは報告した研究者の名前。

※中殿筋の運動支配は、上殿神経であり、上殿神経の上流は仙骨神経叢である。座骨神経も同じく仙骨神経叢であって、中殿筋緊張症では殿部梨状筋刺針(=座骨神経刺針)が適応になることだろう。皮膚知覚支配と筋運動支配とでは異なることに留意されたい。


2.立位で体重をかけた際の上殿痛

中殿筋の機能は股関節外転と学校教育で習ったことと思うが、臨床ではそれとは別の知識が必要である。なお中殿筋の起始停止は次のようである。
起始:腸骨翼の殿筋面、腸骨稜の外唇、殿筋腱膜
停止:大腿骨大転子上縁

立位における中殿筋は、大腿骨と骨盤間を固定し、体幹を直立に保持する働きがある。
左右どちらかの股関節障害などで同側の中殿筋が筋力低下すれば、健側の骨盤を挙上できなくなる。これがよく知られるトレンデレンブルグ徴候である。
しかし鍼灸臨床でありがちなトレンデレンブルグ徴候が陽性化しない軽度の中殿筋筋力低下では、立位で患側に重心をかけると、患側の中殿筋の痛みが出現しやすいという現象がでてくる。
簡単にいうと、痛む側の中殿筋に重心をかけて立つと、その中殿筋が痛むことがあって、痛みを誘発した姿勢のまま、中殿筋部を触診して圧痛を発見し、シコリに刺針すると立位時の痛みがとれることの多いことを発見した。

最近、63歳男性の患者で、臀部外側が動作時に痛むという訴えて来院した。側臥位で触診し、中殿筋の圧痛を探ると、腸骨稜沿った反応点は現れず、中殿筋停止部付近に圧痛反応が出現した。そこで圧痛反応点に2寸#4で圧痛数カ所に5分間置鍼というパターンで5回ほど施術したが、意外にも改善しなかった。
そこで問診し直すと、「動いている時よりも立っている時の方が痛む」との返答をした。中殿筋は、前述したように体幹を直立に保持する働きもあるので、立たせて再び中殿筋の圧痛硬結反応を診た。
すると驚いたことに、いつもの腸骨稜沿った圧痛反応が出現したのだった。「悪い方に体重をかけると、よけい痛む」とも返答したので、上体を患側に傾け、中殿筋の圧痛点に刺針すると、さらに効果を増すことができた。

 

3.殿痛で歩行不能な高度老人性円背患者

8年ほど前の症例で、86歳女性で高度老人性円背患者に往診に出かけた。
(2012.3.24報告「中殿筋による歩行困難に対するリフォーマーベルトの適用」参照)
立つと中殿筋が痛く、歩くことができないという。かなりの肥満体だった。家の中では、手すりや壁をつかって、やっとの思いで伝わり歩きしている。排尿排便はポータブルトイレを使用。
本患者の主訴は歩行困難で、歩けるようにして欲しいとの要望だった。中殿筋筋力が低下していることはすぐに分かったが、中殿筋に刺針しても大した効果はなかった。

次回往診時には、股関節のぐらつきを抑える目的で、生ゴム性腰痛ベルト(商品名リフォーマーベルト)を上殿部~下腹を一周してきつく巻いてみた。するとぎこちないながら、治療直後から歩行可能ができるようになった。股関節のグラつきを減らそうと考えたからだが、効いたのかの考察は論理的ではなかった。現在ではなぜ効いたのか、次のように説明できる。

①円背姿勢では股関節伸展位にしづらい。(円背の代表的姿勢は股関節屈曲位)
②股関節伸展位にしないと、中殿筋は力を発揮できない。
③中殿筋の筋力低下では、股関節固定できないので歩行困難を生じやすい。

リフォーマーベルトは、普通は仙腸関節機能障害時に使用するが、上述したように中殿筋固定にも使える。

 

 

平成30年1月4日柳谷素霊先生墓に参拝 ver1.1

$
0
0

平成30年1月4日、現代鍼灸科学研究会の同志5名とともに、柳谷素霊先生のお墓に参拝した。柳谷素霊墓は、東京都東村山市の都立小平霊園にある。西武線の小平駅北口下車、徒歩5分で霊園の入口に到着、その後園内を5分ほど歩いて到着した。
墓石は、右から「柳谷家奥津城」と「柳谷素霊/妻正子奥津城」の二基で、正面右側に墓誌があった。奥津城(おくつき)というのは神道独特の表現で仏式でいう「‥‥之墓」といった意味である。神道では戒名がないので、墓石には生前の氏名が刻まれる。早速生花をお供えしようとすると、数日前にお供えしたと思える生花が既にあった。新年早々参拝した方がいたということだ。墓前には線香置き場がなかった。これも神道の流儀ということを後に知った。
参加者一人一人、手を合わせた。

当日午後3時30分頃に墓前に到着したのだが、墓石方向を見ることは西側に顏を向けるということになるが、冬の今頃はモロに逆光になってしまった。写真撮影には非常に苦労した。冬の間は昼頃までに参拝されるのがよいだろう。

 

 

 

 

墓石文章
墓誌に刻まれた文章は現代文なので理解しやすいものだった。
明治39年北海道函館市に生まる。藉名清助。幼少より父祖の道を習い17才にして鍼灸を得古典鍼灸医学の研究に専心昭和2年素霊塾を創設後進の育成と古典鍼灸医学の研ざんに一生を捧ぐ
昭和6年日本大学法文学部宗教科卒業 学士の称号を受く。
昭和7年アメリカ合衆国カンサス州立大学医学部に論文提出ドクターの称号を受く
昭和11年日本高等鍼灸学院を創立
昭和30年欧州各国の針灸界の招聘に應え日本最初の鍼灸医学の指導者として渡欧
昭和32年東洋鍼灸専門学校を創立
昭和34年2月20日再度渡欧を前にして病歿す 享年52才

 

 

なぜ神社には墓がないのか

仏教のお寺には墓地を併設していることも多いが、神道には墓地を併設することはない。神道はあくまで神様を信仰するためにあり、亡くなった神道信者を祀るためにはない。神道信者が亡くなると、遺体は穢(けが)れたものとして河原に放置され、自然に朽ちるのにまかせたものだった(=風葬)。一方、仏教では亡くなった者は自動的に釈迦の弟子となるとされているので、祖先を拝むことは、同時に釈迦を拝むことにつながる。

鍼灸業界で有名な江島杉山神社は福岡にある宗像大社を分祀したものであって、その辺津宮に祀られた通称弁財天(=田心姫神)を祀ったもの。杉山和一は、本所一つ目に開設した盲人の職業訓練学校の創始者としての格付けにすぎない。和一が信仰した弁財天を江ノ島から本所一つ目に分祀したことから、<銭が増えるご利益がある>として江戸の名所の一つとして賑わった。

慢性副鼻腔炎と花粉症の針灸治療 ver.1.3

$
0
0

  当院にたまに来院していた女性患者は、近くの整形外科の理学療法室で無資格ながらアルバイトをしていた。その人が私に慢性副鼻腔炎に鍼灸は効くか、と質問したのできちんと自宅施灸すれば効果があると返答した。しばらくして理学療法室の同僚の若い男性を副鼻腔炎を治してくれといって連れてきた。私は上星に直接灸3壮を行い、挟鼻穴(下記参照)に単刺して治療を終えた。そして上星には毎日自宅施灸するように指示した。この男性は毎日、自分で鏡をみながら上星の灸を続けたところ、数週間後にはついに鼻汁が止まった。それを見ていた女性患者はよほど驚いたらしく、鍼灸学校に入学したのだった。


1.副鼻腔とは

1)前頭洞、上顎洞、篩骨洞、蝶形骨洞の4種ある。うち上顎洞が最大。

2)副鼻腔の構造と特徴

鼻腔に接する頭蓋内の空洞で、開口部が鼻腔とつながる。
上鼻道の開口:篩骨洞(後部) 
中鼻道に開口:上顎洞、前頭洞、篩骨洞(前部、中部)
下鼻道に開口:鼻・涙管 
蝶形骨前洞窟に開口:蝶篩陥凹
  
大部分の副鼻腔の開口部は洞の下方にあるので、分泌物も溜まりにくい。しかし上顎洞は上方に開口部があり、分泌物や膿が貯留しやすい。 

 


 

2.副鼻腔炎の)病態生理
  
慢性鼻炎により鼻粘膜が充血、肥厚
    ↓   
副鼻腔開口部付近の粘膜も肥厚し、充血する。
    ↓
副鼻腔開口部が閉鎖され、血流により副鼻腔は陰圧になり、
貯留物が排泄できない。
(本来は副鼻腔に溜まった分泌物は、生理的に外に排出される)  
    ↓
感染が起きる。
 

3.副鼻腔炎の症状
   
慢性副鼻腔炎時は、同時に慢性鼻炎も存在している。症状は慢性鼻炎に似るが、膿性鼻漏が多量で、異臭があり、鼻周囲の圧痛出現する点が異なる。ときに鼻茸を合併。前頭洞の副鼻腔炎では攅竹附近は、前顎洞の副鼻腔炎では四白附近に重い感じがあり、押圧すると副鼻腔内圧上昇するとされ、鈍痛増悪する。

R/O 上顎癌:
50才以上で鼻の癌では上顎癌が最も多い。
その7~8割は慢性副鼻腔炎をもっている。血性鼻汁となる。


 

4.現代医療

抗生物質、上顎洞洗浄、ネブライザー。しかし根本的治療法に乏しい。


5.針灸治療
  
慢性鼻炎があれば慢性副鼻腔炎も存在している。両者の共通症状は、鼻汁(粘性~黄色粘性) と鼻閉。慢性副鼻腔炎では前頭部鈍痛や頬部鈍痛を訴えるのに対し、慢性鼻炎では、これらの訴えに乏しい。  
鼻炎(花粉症などの鼻アレルギー含む)と副鼻腔炎の治療は、針灸では治療は同様に行ってよい。鼻炎と副鼻腔炎とは、鼻粘膜に連続性があり、神経支配も同一であることによる。花粉症は季節性アレルギーで、症状のある期間は比較的短いが、症状自体は強いので、針灸でも効果不足になりがちである。

1)鼻周囲の三叉神経第1枝刺激 
  
鼻腔と副鼻腔は三叉神経第1枝が支配している。この神経を刺激すれば、鼻交感神経を緊張させ、血管収縮を引き起こすので、鼻閉や鼻汁に対しても効果がある。

上鼻甲介付近の炎症や腫脹では、三叉神経を介して頭重が起こるとされる。慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎の者は、前頭部の前頭髪際付近に圧痛がみられることが多く、圧痛があればこの圧痛点である顖会(前髪際を入ること2寸)や上星(前髪際を入ること1寸)に長期的に透熱灸をすることが多い。
  
これは三叉神経を刺激することで、鼻腔や副鼻腔に持続反復刺激を与えている。頭髪中に施灸するので、灸痕が目立たず長期施灸を可能としている。施灸により、長期間良好な状態を保つ間に、鼻粘膜の修復が行われ、施灸中止後も、症状は消失状態を保つことができる。
     
①攅竹から睛明方向への水平刺
前頭神経(三叉神経第1枝の分枝)→鼻毛様体神経

②挟鼻(鼻翼の上方の陥凹部で鼻骨の外縁中央)直刺。
鼻毛様体神経刺激。本神経は、知覚神経で鼻背、鼻粘膜(嗅覚部を除く)、涙腺に分布。
揮発成分を含むワサビを食べると鼻がツーンとし、涙が出るのは、鼻毛様体神経刺激による。
 

 

2)大後頭-三叉神経症候群として後頭神経刺激
   
三叉神経線維は三叉神経脊髄路というルートを持っている。外部から入力された感覚は、三叉神経節を経た後、三叉神経脊髄路を経由して、すなわち一度、第2頸髄の高さまで一度下行してから、再び上行して脳に行く。下行時には大後頭神経と連絡しているので、大後頭神経と三叉神経の間に、密接な関係を生ずる。眼精疲労時には後頭部痛も生じやすいのもこの理由による。天柱に刺針すると、三叉神  経刺激症状(特に第1枝の眼神経)に影響を与える。大後頭神経が興奮して三叉神経症状を生  じたものを、大後頭神経-三叉神経症候群とよび、ペインクリニックでの通称も天柱症候群とよばれる。針灸臨床では、眼精疲労、鼻閉に天柱刺針を用いることが多い。


3)顔面関連痛をもたらす筋刺激(山田智子先生の発表による)

①急性副鼻腔炎患者で座位で頸部前屈すると顔面痛増悪する例があった者に、伏臥位で頸部前屈されても顔面痛増悪がなかったこと。②頬骨筋を収縮させた状態(イーッと歯を見せる)では、顔面部圧痛増悪したこと、③項部と上顔面部に針灸治療を行って、副鼻腔炎治療に効果をあげていること、などから顔面症状は、後頸部筋(後頭下筋、頭半棘筋、頸半棘筋、頭板状筋、頬骨筋、咬筋など)のトリガー活性の結果かもしれない。後頸部や顔面部の筋刺激の有効性が示唆される。<山田智子(六ヶ所村尾鮫診療所):第3回プライマリ・ケア学会>

6.その後の見解の変化
上記文章を発表した3年半後のこと。奮起の会鍼灸実技学習会後の懇親会で、参加者の先生方の話をお伺いできた。

1)A先生の話

鼻漏である自分に対し、上記図を参考にして左右の挟鼻穴から円皮針(パイオネックス)を入れると、即座に鼻汁が止まることを確認し、以降は患者にも使っているとのこと。その際、ただしく取穴は挟鼻穴にきちんと当たらないと効かない。1回の円皮針を入れておく期間は、鼻部の皮脂の分泌量によって異なり、ずれてきて1日持たない者から1週間程度もつ者まで色々。左右挟鼻に円皮針を入れておくことは、とくに外出時に格好が気になる場合、マスクで隠すようにすればよいとのことを話していただいた。

2)B先生の話

鼻漏に対しては、鼻稜外側にある上唇鼻翼挙筋を指頭でこすると、プチプチとした手応えが得られる。何回か縦方向にこすると、そのプチプチした感触がなくなると同時に症状もとれるとのこと。

 


 

2.花粉症に対して鼻孔付近へのワセリン塗布(イギリスの伝統治療)

イギリスでは鼻孔付近にワセリンを塗ることで昔から効果をあげているという。要するに鼻粘膜に進入してきた花粉を鼻粘膜中の水分にふれされない工夫である。鼻の症状を抑えることにより目の炎症(神経反射)も治まることが知られていて鼻バリアをすれば目のかゆみ症状も軽減される可能性が高い。(NHKガッテン「今、ツラいあなたに!保存版 新発想の花粉症対策SP」 2019年4月3日より)

①.綿棒に少量のワセリンをつける
②鼻の穴の入り口周辺にぐるぐると綿棒で円を描くようにして3回程度回し塗る。
③最後に外側から小鼻を指で押さえ、中のワセリンを均等になじませる
④はみ出たワセリンをティッシュで拭いて取り除けばOK!
⑤目安は1日3回~4回程度。ときどき鼻をかんで花粉がついたワセリンを拭き取る。



3.高野山、奥の院参道を歩くと花粉症発作は起こらないか(笑話)

高野山には奥の院につづく約2㎞の参道がある。そして奥の院の裏手には空海が眠る御廟がある。あるブログを見ていると、花粉症の持病のある自分であるが、「この参道を歩いている間、くしゃみや鼻水は出ず、鼻は調子よかった。神聖な場所なので空気も澄んでいるからだろう」という文章を見つけ、思わず笑ってしまった。高野山の草木は切ることも抜くことも禁じられているので、植林されることもない。ゆえにスギ花粉が舞うことも少ないというのが普通の解釈だろう。宗教の期待感が判断を曇らせる。無関係なことに関連性を見いだそうとする愚。五行学説もその一つ。

 

 


鍼灸師のためのⅠ型アレルギー疾患に対する現代薬物治療の進歩

$
0
0

アレルギー疾患の代表ともいえるのが、Ⅰ型アレルギーに属する IgEの抗原抗体反応によるものであり、その代表的疾患には気管支喘息、アトピー性皮膚炎、関節リウマチなどがある。これらの疾患に対する治療は、かつては治療効果を得るためステロイド剤を服用せざるを得ないことが多く、そうなるといつステロイド依存からの脱却するかいという新たな問題も起きてきた。それも困るので、ある一定の苦痛は我慢させることにして患者との折り合いをつけてきた。それに困った患者の中には、現代薬物療法を受けつつも鍼灸を受診する者もいた。鍼灸は効くことも効かないこともあった。効かなければ困るという場面で、必ずしもこの要望に応えられてない。鍼灸が効果的だったというより現代医学治療への不満から別の方法を模索した結果に過ぎないだろう。
 
現代医学は進歩するので、これまで治せなかった疾患であっても、新しい治療薬を使うことで、今現在では治せるようになったりもする。近年では前述のⅠ型アレルギー疾患の薬物療法もその好例といえる。30年ほど前まで、関節リウマチや気管支喘息の患者は、現代医療にかかる一方、鍼灸を受診する者も割合いた(アトピー性皮膚炎を鍼灸で治すのはさすがに難しかった)ものだが、近年になって減ってしまった。すなわち残念ながら鍼灸の適応症が相対的に減ってしまったのである。

 

1.関節リウマチの現代薬物治療 

1)旧来の治療としての消炎鎮痛剤+ステロイド内服
   
これまでは、薬はできるだけ使わず様子をみて、改善しなければ消炎鎮痛剤、次いで抗リウマチ薬(メトトレキサートなどの免疫抑制剤)、悪化すれば強力な抗炎症薬であるステロイド薬という順番で薬を使った。これは強い薬には強い副作用があるとの考えが根底にあったからである。
 
2)免疫抑制剤と生物学的製剤 
  
1990年頃からRAは発症後の最初の2年間で、骨破壊が進行することが判明し、薬の使い方も大きく変化した。身体の中でリウマチを悪化させるタンパク質の存在が究明され、そのタンパク質の作用と症状を抑えて関節の破壊を食い止める免疫抑制剤(抗リウマチ剤)や生物学的製剤が開発され治療に使われるようになった。従来の方法では、免疫抑制剤を使うタイミングが遅すぎるという見解による。免疫抑制剤は遅効性なので効果発現まで数ヶ月を要する。
  
①第一選択薬としてメトトレキサート(商品名リウマトレックス内服薬)などの免疫抑制剤。
  
②それで効果不足なら、メトトレキサートに加え、生物学的製剤のエンブレル(皮下注射)・レミケード(点滴注射)・シンポニー(皮下注射)使用。4週間に1度の皮下注射となるが、3割負担で5000円超程度(これでもずいぶん値段が下がった)。
     
ある病院のデータでは、2000年頃の慢性関節リウマチの寛解率は6%だったが、2014年には60%に達した。 

※寛解:病気が進行しないよう、勢いを押さえ込んだ状況
※生物学的製剤(バイオ薬)とは
バイオテクノロジーにより、生物がつくりだすタンパク質などから生成された薬(従来薬は、化学的に合成されたもの)。細胞から分泌される蛋白質の一つにサイトカインがある。これは他の細胞に情報を伝える働きをもつ物質であるが、リウマチ患者ではサイトカインの働きが過剰になってリウマチが悪化する。生物学的製剤には、このサイトカインの作用を抑える薬や、リンパ球の活性化を抑える薬がある。副作用は易感染。


2.アトピー性皮膚炎の現代薬物療法
 
1)旧来の治療としてのステロイド外用薬とタクロリムス外用薬
   
ステロイド外用薬とタクロリムス軟膏を軸とした薬物療法により寛解導入し、増悪する可能性のある患者さんに対してプロアクティブ療法などを行うことで寛解維持につなげるという流れが一般的。
 
①ステロイド外用薬
炎症反応を鎮める対症療法。肥満細胞から放出されるヒスタミン等による真皮の血管透過性が亢進し、痒みや浮腫や膨疹となる。ステロイド剤には、この抑制作用がある。
   
※ステロイドの目的:ステロイドはIgE抗体を減少させることができる。すなわち人体が有害だと認識したアレルゲン(=異種蛋白質)と反応させなくすることで強力な抗炎症作用を生む。ただし根本治療にはならない。免疫力低下により感染症に対して脆弱になる。
  
②免疫抑制剤タクロリムス水和物(プロトピック軟膏)
ステロイド外用薬は長期使用には適さないが、タクロリムス外用薬にはホルモン作用もないので皮膚萎縮や毛細血管拡張などの副作用がなく、炎症がある程度軽快した後の維持療法として用いるのに適している。顔や首のかゆみや皮膚炎には、ステロイド外用薬よりもプロトピック軟膏の方がよく処方されるようになった。
しかしその他の部位はステロイドが併用されている。これはプロトピック軟膏の吸収率が悪いので、ステロイド外用薬と一緒に使ってうまくコントロールしている。
 
2)生物学的製剤とJAK阻害薬
  
バイオテクノロジーの進歩により、免疫システムのうちアトピー性皮膚炎の発症・憎悪に関わる部分だけを狙い撃ちにする医薬品が開発された。
  
①デュピクセント(一般名デュピルマブ)
2018年アトピー性皮膚炎の10年ぶりに登場した注射薬。アトピー性皮膚炎治療薬としては初の生物学的製剤(バイオ医薬品)。根本的な治療薬となることが期待されている。2週間に1度皮下注射する。3割負担で一本2万円と高額。3ヶ月~1年以上続ける。
  
②コレクチム軟膏(一般名デルゴシチニブ)
2020年6月から使用可能になったJAK阻害。外用薬として誕生したことが画期的。

※JAK阻害:生物学的製剤は、それぞれの薬剤が1種類の特定のサイトカインを細胞の外でブロックして細胞に炎症を起こす刺激が入らないようにする。これに対して、JAK阻害薬は複数の種類のサイトカインに対して、サイトカイン受容体からの刺激を細胞のなかで遮断して炎症を抑える。。



3.気管支喘息の現代薬物療法
 
1)治療の二本柱としての吸入ステロイド薬と気管支拡張剤
   
気管支喘息治療の2本柱は、吸入ステロイド薬と緊急処置としての気管支拡張(=交感神経β2刺激剤)だった。ステロイドを使用するのは、気管支喘息は気管支の炎症が本体だと判明したことから、治療の重点は気管支の炎症を軽くして気管支の腫れを引かせる方に置かれるようになった。炎症改善ならばステロイド剤が最も効果的だからである。

ただし現在の治療は、発作が出てからでなく、気道狭窄の度合いに応じて、必要十分な量のステロイドを吸入するように変化した。ステロイド剤を内服する場合に比べ、吸引すると使用量は1/100以下となり、副作用の弊害をほとんど気にしなくてもよいようになった。

気管支拡張剤(商品名インタール、テオドールなど)というのは、β2刺激剤のことで、交感神経とくに気管支に分布する交感神経を刺激する目的で吸入で使用。気管支を拡張させる効能がある。

 
2)抗IgE療法ゾレア
   
2009年からは、重症の喘息患者には新薬オマリズマブ(商品名ゾレア)の皮下注射が行われるようになった。ゾレアは、喘息などの即時型アレルギー反応を引きおこす元であるIgEに直接結合し、IgEの働きを遮断する作用がある。アレルギー物質が体内に取り込まれても、それに反応するIgEが働きをなくしてしまうので、アレルギー反応を消滅させることができるという。

ゾレアは2週間または4週間ごとに医療機関を受診して、皮下に注射する。治療は原則として16週間(4回または8回投与)行い、そこで効果があったかどうかを判定して、その後も投与を続けるかどうか総合的に判断する。1ヶ月1万円程度と高額な薬
 

3)気管支サーモプラスティ療法 Broncial Termoplasty (気管支加熱治療)
   
本治療は、使用している薬物治療と併用して行う。喘息発作は、特定の刺激に反応して、気管支の周りにある筋肉が強く収縮し、気管支が狭くなることで現れるのだから、内視鏡を使ってカテーテルで気管支を1時間65℃に温めて筋肉を薄くすることで、筋肉が収縮する力を弱めようとするもの。刺激があっても気管支が狭くなりにくくなり、喘息症状が緩和される。気管支全体を3回に分けて治療し、それぞれ短期間の入院。

※気管支喘息の鍼灸治療理論として、気管支拡張に導くため交感神経優位に誘導→座位での上背部刺激がある。

グロインペインと針灸治療

$
0
0

グロインペイン症候群 grion pain  syndrome とは鼠径部痛症候群の英語名で、  grionとは「股間」のこと。
アスリートの鼠径部周囲に出現する慢性障害とされるが、真の原因を特定しにくい。キック動作 やランニングやなどの繰り返しの運動によって、鼠径部、股関節周辺、骨盤に機械的ストレスが  加わって痛みとなる。1~2ヶ月の安静で改善することが多いが、緊張が高い鼠径部の筋への押  圧刺激やストレッチだけでは改善しないこともある。

1.ドーハ分類
世界中の股関節専門家が2014年11月カタールのドーハにて提唱したgroin painの分類。

1)内転筋関連鼠径部痛
 グロインペインで最も多い。内転筋に一致した圧痛と内転筋抵抗時痛を有する鼡径部痛。仰臥位にし、股関節屈曲位(屈曲45°)にて両膝関節の間に拳を入れ、これを押し潰すように股関節を内転させる。この時疼痛が誘発されば陽性。
  

2)鼠径部関連鼠径部痛       
 内転筋の付着部とも一致するため、内転筋関連鼠径部痛との判断が難しいこともある。圧痛のみをもって診断するのが特徴。
   

3)恥骨関連鼠径部痛 
恥骨結合部の疼痛と隣接する骨の疼痛。同部の圧痛あり。圧痛をもって診断する。

※鼠径部の経穴
腹直筋起始は、恥骨結合~恥骨結節になる。内外腹斜筋や腹横筋は恥骨と連結していない。 恥骨結合上際に曲骨穴をとり、曲骨穴の外方5分に曲骨穴(腎経)をとる。なお経穴学でいう横骨長は6.5寸であり、左右の恥骨結節間の距離としては長すぎるので、筆者は左右の恥骨上枝端の長さのことをさすのだろう。だと考えている。
恥骨を起始とする筋は、腹直筋と4種の大腿内転筋((恥骨筋、長・短内転筋、薄筋)である。

 

4)腸腰筋関連 
大腿近位前面の疼痛(内転筋より外側)。腸腰筋部の圧痛 (鼠径部の上方もしくは下方) 股関節屈曲抵抗時の疼痛、伸張痛。股関節屈曲時の抵抗時の鼠径部痛、もしくは股関節伸展時の鼠径部ストレッチ痛。圧痛による診断は確実性に乏しい。

5)股関節関連 
股関節周囲の疼痛,ひっかかり、クリック,可動域制限など


2.グロインペインの針灸治療
現代筆者か行っている治療法を紹介する。ドーハの分類とは少々異なっている。
 
1)腸骨筋に対する外衝門刺針 
 
どういう動作で、どこが痛むのか、再現させ患者自身の指頭で示させるとよいが、ちょっとした動きや押圧方向で痛みが変化するので見極めるのが難しい場合が多い。
変股症では、鼠径靱帯外1/3の処(=外衝門)に圧痛をみることが多い。この部の圧痛は、腸腰筋とくに腸骨筋の圧痛を意味する。腸骨筋は、鼠径靱帯下を横断して大腿骨小転子に停止しているので、股関節と腸骨筋の間で摩擦されて炎症や癒着が起こりやすい。とくに腸腰筋が短縮している時、鼠径部痛をきたすことがある。        
鼠径部から腸骨筋に刺入するには、股関節にぶつかるまで深刺し、癒着を剥がすように局麻剤を注入するが、かなり力を入れないと剥がれなかった(木村裕明医師)という。これは腸腰筋膜下ブロックとよばれる方法である。(下図×印)    


 

2)大腰筋刺針
 
外志室から大腰筋あるいは腰神経叢に対して深刺すると、たまに鼠径部に針響が至ること がある。これは腰神経叢の枝の一つである腸骨鼠径神経に影響を与えたためだろう。つまり腰神経叢が過敏になれば鼠径部が痛むことがあり、このような場合は外刺針からの深刺で有効になることがあるだろう。

※鼠径部の経穴
横骨長(左右の恥骨上枝外端の長さ)を6.5寸とした場合
曲骨(任):恥骨結合上際
横骨(腎):恥骨結節外端。曲骨外方5分
衝門(脾):曲骨の外方3.5寸。鼠径靱帯部で、大腿動脈拍動部。  
気衝(胃):曲骨の外方2寸。鼠径靱帯部。
急脈(奇):曲骨の外方2.5寸。鼠径靱帯の下縁にとる。その名称から大腿動脈拍動部だとの見解もあって、この説では衝門と急脈は縦並びの関係になり、ともに大腿動脈刺激になる。
  

3)大腿内転筋群への刺針

大腿内転筋群の語呂:チ(恥骨筋)タン頂戴(短・長内転筋)、八斤(薄筋)。

①長内転筋
長内転筋は股関節内転筋の主動作筋で恥骨外端から起始している。パトリックテストの肢位をすると、隆起してつまみやすくなる。股関節外転不十分な者に対して、陰廉や足五里から刺針して長内転筋を弛めると、外転角が増す(あぐらがかけるようになる)ことが多い。大腿内側に刺針する時、患側下の側臥位で健側の膝を立てた肢位で行うと、経穴上鍼響きを与えやすいようだ。
  

②恥骨筋
恥骨結節外縁(横骨穴)を深く押圧すると痛む場合、筆者は恥骨筋の恥骨起始部症を疑っている。恥骨結節外縁から深刺する。      
 
4)仙腸関節刺針

仙腸関節のズレが鼠径部痛を生む要因の一つと考えている者もいる。仙腸関節のズレ→周囲筋や靱帯の緊張→仙骨部の鈍痛→鼠径部・下肢部への関連痛という機序になる。仙腸関節の異常を判定するには、仙腸関節部を押圧してその圧痛の有無を調べる。圧痛ある場合、仙腸関節刺針(患側をにした側腹位で仙腸関節関節刻面に刺入し、膝を立てたり寝かしたりの自動運動を指示。

 

 

 

膝窩筋腱炎の針灸治療 ver.1.6

$
0
0

筆者はかって、<膝窩痛に対する委中刺針の体位 Ver. 1.4>2014.7.28 を発表したが、その後に内容がかなり充実してきた。ともに、このタイトルが内容にふさわしくないものとなったので、内容を大幅に追加するとともにタイトルを変更することにした。

 

1.膝窩筋とは
     
膝窩筋は、膝窩部にある小さな筋なので、大して重要な役割もないだろう考えられてきた。しかし最近、本筋は<膝ロックを解除する>重要な機能があることが分かってきた。

 膝窩筋の起始は大腿骨の外側顆、停止は脛骨の上部後面にある。歩行動作の間、膝は完全伸展位になることはない。しかし立位を保持しようとすると膝関節は完全伸展位になる。この時には脛骨の外旋を伴うことで、膝をある程度固定できる。膝の完全伸展位では、体重を骨で支えていて、膝部筋はほとんど使っていない。特に意識せず立位になっている者に対し、ちょっとしたイタズラで膝窩を軽く押しただけで膝折れ状態になり驚かすことができる。

完全伸展位にある膝を歩行開始モードに移行させる役割をするのが膝窩筋になる。言い換えれば、膝ロックを外すのが膝窩筋の役割である。  
 

2.膝窩筋腱炎の症状
   
近年、膝窩筋は膝関節の完全伸展モードから膝屈曲モードに切り替わる起動装置(スターター)としての役割があることが判明した。
①大腿四頭筋筋力低下があれば膝折れしそうになる。
②四頭筋を緊張させ、膝折れを回避しようとする。
これは急に膝を完全伸展せさせ、脚が棒のようになる。(脚がつっかえ前に進めなくなる。)
③改めて歩きだすには、膝完全伸展モードから膝屈曲モードへの切替が必要。
④そのために膝窩筋が緊張する。 
⑤折れや膝ロック状態を治すには、根本的には四頭筋の筋力をつける必要がある。

筆者は以前、片側の膝関節亜脱臼(自己診断)で、膝痛となり安静を保ったので四頭筋筋力の廃用性萎縮が起きていたのだろう。歩く動作ではあまり支障なかったが、階段を下りる際、片膝関節が完全伸展状態となり、階段を下ろうとする動作をストップさせた。最も苦痛だったのは、バスを降りる際で、階段の最下段と道路には結構な段差があり、また次々と降りる人がいるので急かせられることで、転倒しないよう懸命だった。四頭筋の重要性を再認識したのであった。


  

  

 

※足底筋の機能:足の底屈。アキレス腱が断裂しても、足底屈ができるのは、足底筋の収縮による。足底筋は、前腕部の長掌筋と同じく、現代人にあっては必ずしも必要とされていない。足底筋や長掌筋の役割は、足底筋膜や手掌筋膜の緊張をたかめるためである。たとえばサルが四つ足で歩いたり、木に軽々と登ったりする時に機能している。体操の選手が、鉄棒や吊り輪をする時、手にはプロテクターをはめて手掌を保護する必要があるが、サルなら不要だということ。
猫が手足の爪を出したり引っ込めたりできるのも、足底筋や長掌筋の作用による。
  

 
 

 

3.膝窩筋腱炎の針灸治療
   
異常がある場合、膝関節90度屈曲位にて、膝窩横紋中点(委中)あたりに圧痛硬結を触知できる。このシコリは膝窩筋由来のものである。上図で、膝窩中央に委中があり、それが足底筋上にあるように描かれている。しかし90度膝屈曲位にすると、委中の直下感ずる筋シコリは膝窩筋になると思った。腹臥位で膝窩横紋中央を探ってもシコリは発見できない。
 

   
これは膝窩筋を緊張させる肢位である。上図の膝窩附近の断面では、腓腹筋が描かれているが、これは膝窩横紋のやや下方からの横断図であろう。膝窩横紋の委中外方からの直刺刺針時では腓腹筋やヒラメ筋は関与しない。
   

4.内合陽穴について

   代田文誌「鍼灸治療基礎学」には次のような記述がある。
「委中の下方2横指のところに合陽穴を定め、その内方2横指の筋肉中に内合陽穴を定める。座骨神経痛や膝関節炎の場合の圧痛好発部位であり、臨床上必要な治穴。」
 内合陽穴は澤田流を勉強している者は周知の穴であるが、どういう病態の時に、本穴に圧痛硬結反応が現れるのか私には不明だった。内合陽は脛骨神経の走行上ではなく、腓腹筋内側頭だとしても、ここに限局的に圧痛硬結が出る機序が分からなかった。

しかし内合陽もまた膝窩筋の反応点となることは、改めて解剖学書を見ると明らかになる。つまり膝窩筋腱炎の病態のバリエーションだと見なす。最近正座姿勢ができず、膝窩が痛むと訴える65歳男性の患者の治療を経験した。立膝位で委中刺針を行ったが、珍しく効果不十分だった。どこが痛むのかを患者自身の指頭で押さえるように指示すると、まさしく内合陽を押さえた。そこで膝90度屈曲位のまま、内合陽の強い圧痛硬結に2寸#4程度で手技針すると、治療直後からかなり正座できるようになった。

足三里穴と脳清穴の相違点 ver.2.0

$
0
0

1.足三里穴 

1)足三里灸の効能<健脚と胃腸障害>

それまで人々は自分の生活圏から外に出ることもなかったが、江戸時代になり、識字率の向上や瓦版が入手できるようになると、人々は旅に出かけるようになった。当時の旅人はみな健脚で1日に男は40㎞、女は32㎞歩いたという。ちなみに大名行列のスピードは1日32㎞(八里)と決まっていた。それは宿代を浮かすためでもあった。松尾芭蕉は著書「おくのほそ道」の中で、旅立つ際は足三里に灸する旨の記載がある。このようなイメージもあって足三里には健脚の効能があるとされるようになった。しかし中国では足三里の効能に健脚は見当たらない。

江戸時代の旅人の心配事は、旅の途中で病気に倒れることだった。昔は冷蔵庫はなく、食物の保管も困難だったことから、旅人にとって<食あたり>は体力を消耗することも多く、命取りだった。足三里の灸は、それを予防する意味があったとの見解がある。


2)ツツガムシ病

最近になって旅人はツツガムシ病を恐れたためではないかとの意見が出てきた。ツツガムシ病は、かつては風土病の一つとされた。夏になると川沿いの草原に入った農民や旅人の間に,突然高熱(38~40℃)を発し,身体中に赤い発疹が現れ,せんもう状態になり,10人に4~5人は14~15日から20日のうちに死んでいくふしぎな熱病だった。これがこんにちのツツガムシ病である。潜伏期間 約5~14日で、 発熱・発疹・ツツガムシの刺し口が三徴候。 適切な抗菌治療が行われない場合の致死率は3~60%。
予防としては、感染が流行する時期には山間部に立ち入らない。立ち入る際には、皮膚を露出しない服装をして虫除けをする。地面に寝転んだり、腰を下ろしたりしないなど。
まあツツガムシ病に対して、足三里の灸は無力だったに違いない。


3)長寿の万平

江戸時代の「百姓万平一族」の記録によると、百姓の万平という爺さんとその奥さんが240歳くらいまで長生きし、その息子夫婦が190歳、孫夫婦が130歳を超え皆元気だったという。
長寿のお祝いに万平爺さんは将軍徳川家斉に招かれ、家斉は長寿の秘訣を聞いてみた。すると万平「両足の三里に灸するのみ」と返答したという。万平一族の三里へのお灸方法として、
万平一族は生涯、月初めの8日間、左右の足三里に8~11壮足三里に灸を続けたという。


4)足三里の局所解剖

教科書での足三里の取穴は外膝眼の下3寸にとっている。前脛骨筋上にあり、深部に深腓骨神経が通る。しかしこの取穴では下肢先に針響を与えることは難しい。脛骨粗面の直側で1㎝ほどから直刺すると響きが得られやすいと思う。




2.脳清穴

1)脳清穴の位置

脳清穴は新穴で、解谿の上2寸、脛骨の外縁で長母指伸筋腱上にとる。深部に深腓骨神経がある。筆者は、運動した後でもないのに原因不明で、たまに鈍重感を感じる部である。この脳清穴は、筆者にとって、局所として下腿前面下部の重だるさに刺針して効果ある穴である。その際、足母趾MP関節の動きとともに足関節の動きの悪さを自覚する。
 その名称から推察すると、脳をすっきりさせる処なのであろうと考え、精神的要素のある患者に対し、そこに圧痛があれば刺針することが多い。

2)脳清穴と足三里の相違点
 
この2穴は、ともに下腿前面にあり、胃経上にのっているので、同じような刺針をすればよいかと思いがちだが、これは間違いである。足三里は、ほぼ直刺でよいのに対し、脳清は、腓骨方向に45度前後の斜刺が必要である(直刺すると、すぐに脛骨に当たる)。
 
運動針の方法も異なる。足三里は、前脛骨筋上なので、足関節の底屈背屈動作をさせる。脳清は、足母趾の底屈背屈動作をさせる。もっとも脳清穴斜刺では、深腓骨神経に命中すれば、足背までズンとした響きが得られれば、それ以上の針響増強法は必要はない。響きが得られなかった際、足母趾の自動運動を、ゆっくり数回実施させる。自動運動を始めたとたん、足首に鋭い響きがくることが多いので、その動作は徐々に大きくしていくなどの配慮が必要である。

膝痛に際してのⅠa抑制とⅠb抑制から考えた針灸治療 ver.1.1

$
0
0

膝関節痛を訴える患者の多くは、大腿四頭筋が過緊張している。いわゆる大腿四頭筋強化運動を行わせても効果が今ひとつなのは、四頭筋力低下ではなく過緊張(=過収縮)によるものだろうと考えている。この四頭筋の緊張緩和には、運動学的方法であるⅠb抑制とⅠa抑制を利用した方法がある。

1.Ⅰb抑制理論による鶴頂刺針 

Ⅰb抑制とは筋の持続的伸張などでゴルジ腱器官を興奮させることにより、Ⅰb線維を介して、目的とする筋の緊張が低下する現象。筋腱の骨付着部などゴルジ腱器官の集まる部位を針灸などで刺激すると、これと連なる筋の緊張緩和すること。

1)症状
歩行時の膝関節上縁部痛。ただし患者は膝蓋骨部が痛むと訴えるとが多い。

2)病態
歩行時は四頭筋が緊張収縮して膝蓋骨も挙上する。この動作の酷使により大腿直筋は常に緊張を強いられるので。大腿骨-膝蓋骨間に強い牽引力が生まれ、大腿直筋停止部症が生ずる。

3)針灸治療
膝蓋骨上縁の圧痛(+)時に実施。単に圧痛ある膝蓋骨上縁にある鶴頂穴に刺針しても効果はない。大腿直筋をなるべく伸張させた姿勢(すなわち仰臥位で股関節屈曲、膝関節屈曲位)で、鶴頂の圧痛(2~3カ所)を探し、単刺または施灸する。これにより大腿直筋緊張が緩み、筋長が伸びるので膝痛が軽減されることが多い。これはⅠb抑制の機序を利用したものである。




2.Ⅰa抑制理論によるハムストリング緊張

拮抗筋を緊張させることで、目的筋の緊張を緩める方法。大腿四頭筋を緩めるには意図的にハムストリング筋を緊張させる。
橋本敬三の操体法は、「動かしやすい方、気持ちの良い方へ動かす」という運動健康法だが、これも患側の筋を直接操作するのではなく、健側(=拮抗筋)の筋を動かすことを治療方針としている。これもⅠa抑制理論といえる。

1)症状
歩行時の膝関節上縁部痛。ただし患者は膝蓋骨部が痛むと訴えるとが多い。

2)病態
歩行時は四頭筋が緊張収縮して膝蓋骨も挙上する。この動作の酷使により大腿直筋は常に緊張を強いられるので。大腿骨-膝蓋骨間に強い牽引力が生まれ、大腿直筋停止部症が生ずる。


3)運動の方法
長座位で、膝下にタオルを丸めたものを置き、膝でこのタオルを押しつける。1回15~20回、これを1日2~3セット行わせる。この運動はリハではパテラセッティングとよばれている。足関節を持ち上げれば大腿四頭筋の筋力増強にも有効だが、四頭筋以上にハムストリングを鍛えるのに適している。

治療室で行うには、もっと効果のある方法で行いたい。

Viewing all 655 articles
Browse latest View live