Quantcast
Channel: AN現代針灸治療
Viewing all 655 articles
Browse latest View live

小指バネ指と神門の関係 症例報告(32才、男)

$
0
0

今回の症例は、病態把握が二転三転したものである。こういうケースもたまに来院するのだが、症例報告レポートとして提示するには複雑になるのであまり好まれない。今回は、私の病態把握の迷いにも触れつつ、どう収束したがについて記録する。

 

1.第一診察

本患者は、思いあたる理由なく右手三里の違和感、手関節の背屈しづらさを訴えてたことから、まずバックハンドテニス肘を考えた。しかし上腕骨外側上顆に圧痛なく、テニス肘テストでも異常はみられなかったので、テニス肘診断は否定。右雲門の圧痛があり、右大胸筋の緊張強いことから、今度は過外転症候群を考えた。まず雲門から小胸筋に置鍼5分を行った。すると今度は右陽谿が痛むという。局所に撮痛あり、フィンケルステインテスト陽性なことから、ド・ケルバン病と判断し、陽谿に集中浅刺針も行った。

 

2.第二診(前回治療の1週間後)

前回の治療で、症状が少なくなってきたようだ。現在、最もつらいのは、右前腕心経ルートだということで、尺側手根屈筋収縮を考えた。手関節屈曲時に痛むという。ただし尺側手根屈筋痛というのはこれまであまり目にかかった記憶はなく、豆状骨あたりが痛むという割に、尺側手根屈筋の停止である豆状骨・有釘骨・第五中手骨底を触診したが圧痛は発見できず病態把握に確信がもてなかった。
治療は、手関節伸展位にした状態で尺側手根屈筋および腱の運動針を実施。これはⅠb抑制による筋弛緩を目的としたもの。また豆状骨の内縁には半米粒大灸3壮と円皮針を併用した。


3.第三診(前回治療の1週間後)

「両側の小指の曲げ伸ばしでカクカクする」という新しい症状を訴えた。診ると軽度のバネ現象を認めたので、小指バネ指と診断できた。

するとこの小指バネ指は尺側手根屈筋腱の痛みと関係するのだろうかという疑問が生じた。指の屈曲し過ぎ+手関節の屈曲し過ぎということで関連があるようにも思えるのだが、患者の痛みは尺側手根屈筋腱上になく、その内側なのでこの考察は成立しがたい。

尺側手根屈筋腱内側には何があるかを局所断面解剖図で調べてみると、手根管があり、この部から直刺深刺すると手根管縁に命中することを理解した。すなわち小指を屈曲する深・浅指屈筋腱を刺激できる部位であった。これまで尺側手根屈筋緊張症状と思っていたものが、実は深・浅手根屈筋の緊張症状だったと思われた。

 

4.小指バネ指の治療としての裏支正運動針

これまで私はgooブログに「バネ指の針灸治療 ver.3.3」2022年6月10日で発表した。その要旨を説明すると第2~第5指バネ指では、浅指屈筋腱と深指屈筋腱の緊張過多によるものだから、浅指屈筋・深指屈筋の筋緊張がゆるめば、それらの腱も自動的にゆるむとする考えであった。その治療ポイントは、前腕心経ルート上の中点(裏支正穴)に置鍼し、適度に第2~第5指の屈伸運動を行わせるというものである。

本症例も裏支正運動針を実施し、バネ指が相当軽くなっている。

 

 


鼠径部周囲穴の整理と適用

$
0
0

骨度法では、横骨長は6.5寸と定められている。横骨とは現代でいう恥骨のことだが、恥骨上枝の左右外端間の長さを意味するらしい。以下の赤線で示される長さになる。
ちなみに横骨長には<むご(6.5寸)い横骨>という語呂がある。

1.曲骨(任)、横骨(腎)

「曲骨」(任)は恥骨結合の直上にとる。横骨は恥骨の意味であるとともに、腎経の穴名でもある。「横骨」(腎)は曲骨の外方5分なので、恥骨結合の外縁になる。横骨は腹直筋上であるが、曲骨は白線上にある。白線とは筋を包む結合識で、外腹斜筋や内腹斜筋、腹横筋それぞれの腱のつながりである。筋ではなく腱なので刺針時には抵抗を感じるのを避け、曲骨の代用として横骨に刺針するという使い方もある。神経は陰茎背神経(陰部神経の枝)なので、膀胱炎やEDで使われることが多い。もっとも曲骨から刺針してペニスに響かせてもEDが治る訳ではない(尿道炎の鎮痛には効いたことがある)。曲骨の灸(毎日7壮以上)は慢性反復性膀胱炎に適応がある。抗生物質内服をいつまでも続ける訳にはいかないが、服薬中止すると症状が再発しやすいが、施灸を継続すると症状再発がない。曲骨の灸3壮では再発し、7壮に増やしてから症状が治まったという経験がある。


2.衝門(脾)

前正中線の曲骨(任)から横骨端は、横骨長の半分で、3.25寸になる。「衝門」(脾)は曲骨の外方3.5寸なので、横骨外端から0.25寸すなわち5㎜外方なので、実際上は横骨外端としてよい。「衝門」は大腿動脈拍動部でもあるので取穴上の基準点になる。理論的には下肢の血流改善の目的での治療点となるだろう。閉塞性動脈硬化症では衝門の拍動作が減弱することがある。


3.気衝(胃)

「気衝」は”衝”の文字がついてはいるが動脈拍動部ではない。曲骨と衝門の中点から外方0.25寸(=約5㎜)外方を取穴する。この部はスカルパ三角部になるので、陥凹している。その深部には恥骨筋があり、股関節骨頭が触知できる。先股脱臼では、スカルパ三角部に股関節骨頭が触知できないことがあり、これを「スカルパ三角の空虚」とよぶ。治療に使われる頻度は少ない。

※スカルパ三角の三辺を構成する語呂には、<三角だけと長(長内転筋)方(縫工筋)形(鼠径靱帯)>が知られている。



4.陰廉、足五里

大腿内側にあり、アグラをかいた際、隆起してくる長内転筋の起始(恥骨外縁)から2寸下方になる。「陰廉」の”廉”はヘリの意味で、この場合は長内転筋のヘリという意味になる。陰廉からさらに1寸下方には「足五里」(肝)がある。
「足五里」の五里は5寸の意味だが、長内転筋の起始からは下方3寸なので、つじつまが合わない。これは「箕門」(脾)を起点とし、その上方5寸の意味だという。
「陰廉」や「足五里」は、鼠径部痛症候群の一部である長内転筋緊張症に使われるだろう。 

※「箕門」の位置:膝蓋骨内上角の上8寸。あくらをかいた状態では、大腿直筋と縫工筋の交点なので取穴しやすい部位。恥骨の触診は羞恥しやすい部なので、下の方から上へ指をすべらせて取穴するようにしたことが考えられる。
私見だが、「箕門」の”箕(み)”は、 穀物と塵埃やもみ殻などをえり分ける竹製の農具である。箕を裏返すと、正座をした時の大腿の形に似ている。とくに箕を両手で持つ処が、大腿内側の箕門の位置に似ていると思う。


5.ちなみに手三里は、肘髎(大)の下3寸、足三里は犢鼻の下3寸、手五里は上腕骨外側上顆の上5寸である。

 ※肘髎の位置:上腕骨外側上顆の上際、上腕三頭筋外縁の陥凹部。腕橈骨筋と長橈側手根伸筋の間にとる。

私の得意とする現代鍼灸技法  原稿募集

$
0
0

当ブログ「現代医学的鍼灸」は約17年間にわたり420題を越える内容を発表してまいりました。それは私基準で精選した内容であるわけですが、まだ世間にあまり普及していない現代鍼灸の方法を実践している方がいらっしゃると思っています。そこで次のような企画を提案しました。ブログ「現代医学的鍼灸」は gooブログ310 万中、約1000位で、毎日平均500名の方々が訪問していただいています。このブログに載ることで、多くの読者の目にとまることが期待できます。


1.私の得意とする現代鍼灸技法の原稿募集
 
1)自分のオリジナルな内容。オリジナルではなくても他の先生の治療を改良した治療内容
2)他の先生の発表した内容の追試報告(他の先生の発表した内容を単に紹介したものは不可)
3)すでに発表済のものであってもかまいません。その場合、いつ、どこで発表したのかを併記してください。


2.ご注意
 
1)原稿料は出ません。 
2)原稿文字数は、原則として400字詰原稿用紙換算で、2~5枚程度。
3)図・写真・表はこの分量に含めない。図や写真は添付すると人目につきやすくなる。
4)私(似田)が選者となり発表に値すると判断するものを選出する。
5)主旨を曲げない範囲内で、文章の手直しをすることがあります。また執筆者に手直しをお願いすることもあります。
6)報告者の氏名・住所・電話・治療院名等の公開の有無はご要望に応じますが、当方へ原稿をお送り下さる時は、明記をお願いします。
7)原稿は当方へのメールでお送りください。
8)〆切りはありません。
                    
3.原稿送送付、ならびにお問い合わせ 先                             

あんご針灸院  似田 敦
電話042(576)4418
 nitadakai825@jcom.zaq.ne.jp
〒186-0004   東京都国立市中1-11-26

円形脱毛症に対する鍼灸治験例およびその考察

$
0
0

柏原 修一氏 レポート  2022年6月21日
                                                                              
1.まえがき
 
本症例は、私が実際の臨床にて、初めて受け持った円形脱毛症患者で、見事に発毛し鍼灸治療の効果の大きさを実感した症例である。特に灸治療が有効であったような印象がある。

この症例報告および免疫学的観点からの考察は、2017~2018年にかけて在籍した明治国際医療大学通信制大学院で免疫学課題レポートとして提出した。ただ免疫学という性質上、臨床鍼灸師にとってなじみの薄い内容が多々あるものとなった。臨床にあまり関係のない部分を割愛し、趣向を変えて改めて症例報告することにした。
 
円形脱毛症はウイルスや細菌を排除するリンパ球が、毛根を「異物」と誤認し攻撃してしまう。毛根が炎症を起こし、毛の根元が細くなったり、途中で切断してしまう。脱毛機序は、ヘアサイクルとは無関係で男女の別なく全年齢に発症する。これはストレス→交感神経緊張→頭皮の血管収縮→末梢の血流障害という病態生理を想定したものである。現在では以前ほど精神的要因は重視されていない。


2.症例報告
【患者】40歳、女性
【主訴】①首の痛み ②通常型円形脱毛症(単発型)
【現症状】円形脱毛症は一年前に発症。原因はストレス。現時点まで無治療。花粉症あり。
【治療法】東洋医学的診断に基づく全身治療を行った後、脱毛部位に対し、集毛鍼で皮膚に充血が見られる程度に刺激し、のちに脱毛部位を囲むように糸状灸を施灸した。治療   間隔は週一回。
【経過】治療開始時を図1に示す。頭頂部付近に直径4㎝程度の単発型円形脱毛あり。10回目の治療で脱毛部に産毛様の発毛を確認。その後発毛速度が速くなり、16回目で脱毛部位はほとんど目立たたなくなったので治療終了とした(図2)。その一か月後に別主訴で来院したので確認したところ、さらに毛髪の密度が濃くなっていて、完全に正常状態になっていた(図3)。

図1

図2

図3

 

3.症例を通じて学んだこと

1)円形脱毛症に対する鍼灸の現状
   
本邦における円形脱毛症の鍼灸治療は、患部への刺鍼や灸といった局所治療中心で、中国においてもあまり情況は変わらない。どれも一応の効果を上げているようであるが、診療ガイドラインにおけるエビデンスの推奨度は、C2(行わない方がよい)と厳しい判定を受けている。これは鍼灸来院数としてはかなり少ない円形脱毛症患者を一元的に集めることが難しく、統計処理ができるデータ数に達していないためであろう。


2)円形脱毛症の現代医療

円形脱毛症は、脱毛が進んでいる「進行期」か、症状が落ち着いた「固定期」があり、その時期により現代医学の治療法が異なる。進行期に脱毛をすぐに止める治療はない。固定期には、自己免疫疾患による円形脱毛症の場合は局所免疫療法を行う。局所免疫療法とは、頭皮皮膚の脱毛部分にかぶれや炎症を起こすSADBE(サドベ)という物質を塗り、T細胞を毛根ではなく炎症部分に集めるのが狙いである。発毛が見られるまでは1~2週間に1度の頻度で塗布し、平均3ヵ月で発毛が見られるという。なおSADBE治療は自費診療になる。

最近の研究では、振動圧刺激が薄毛治療に効果があることが明らかになった(ヘアメデカルグループ・日本医科大学形成外科・株式会社アンファーの共同研究)。毛髪を生やそうとするシグナルを出す毛乳頭細胞に、超音波でブルブル…と振動圧を与えたところ、無刺激の場合と比較し、この細胞が約1.3倍に活性化したとのこと。以前から「マッサージで血行が良くなると髪にも栄養が行きわたって良い」ということは何となく常識として知られていたが、血行促進が発毛効果につながるのではなく、刺激そのものが細胞に働きかけ、効果をもたらすことが判明した。


3)円形脱毛症の鍼灸治療理論

脱毛症で鍼灸が有効なのは、円形脱毛症に対してであり、男性型脱毛症(AGA)には無効とされる。
脱毛症の病態生理や治療薬について現代医学が近年長足の進歩を遂げる中にあって、脱毛症の鍼灸はこの数十年ほとんど進歩していない。とはいえ、その脱毛部に対する鍼灸治療という従来的方法が結果的に現代医学の局所免疫療法と似たような考えになっているのが興味深い。
 
たとえば木下晴都著「最新針灸治療学」(昭和61年9月発行)では、<脱毛部が直径1㎝以内の時はその中央に半米粒大灸を3~5壮施灸する。脱毛部が直径2㎝大の時は脱毛面境界部を1㎝間隔で単刺し、半米粒大灸を中心あたりに2箇所行う。脱毛が直径3㎝以上の時は鍼で単刺を同様に行い、境界部に3~4箇所施灸すると数か月後に治癒する>というような内容になる。ここで木下氏の治療を例に出したのは、みな同じような治療をしているので、その代表例として妥当だと思ったからである。
 
お灸について五十嵐純知氏(麗明堂鍼灸院)(下記文献1)は「毛包組織を攻撃する過剰な免疫が、灸刺激による灸痕に攻撃の目標を切り替えることにより、脱毛部位の回復が起こるのではないか」との仮説を提唱している。ただ、その際脱毛部への過剰な刺激は新たな皮膚疾患の原因にもなりかねないので慎重に配慮するよう求めている。


【参考文献】
1)三瓶真一.症状の分類に応じた円形脱毛症に対する鍼灸治療.医道の日本.2014年3月:77-81
2) 日本皮膚科学会円形脱毛症診療ガイドライン2017年版
3) 東家一雄.灸療法による免疫学的効果の発現に関する検討.全日本鍼灸学会誌.2002:52(1):15-17
  

柏原 修一 Shuichi Kashiwabara
〒979-3131 福島県いわき市平赤井字深田44-1 しゅう鍼灸院
TEL : 0246-68-8601
Mail: shu-harikyu@nifty.com
Web: http://shu-harikyu.com

 

いわゆる胃に響かせる鍼の正体と技法 ver.2.0

$
0
0

一般的に針響の多くは、体壁に針響を与えるものであり、内臓には響くような響きはめったにないことである。しかしとくに督兪・膈兪付近からの刺針は、横隔膜に分布する知覚神経(=肋間神経)に影響を与えるとされ、いわゆる胃に響く針として使われることも少なくない。「胃の具合が悪い」と訴える患者に対し、刺針して胃のあたりに響かせることがでれば、患者にとって非常に説得力をもつ治療になる。ただし横隔膜に影響を与えるという話は真実なのだろうか? 

1.督兪穴刺針の響き

私の師匠であったD先生は、督兪(教科書的にはTh6棘突起下外方1.5寸だが、実際の取穴はTh6棘突起下外方1寸前後をとる)からの刺針で、横隔膜~胃あたりに確実に針響を誘導することができる人だった。私みずから被験者となって何度となく督兪刺針を経験させていただいた。1寸前後の一定の深さまで刺入した直後は、何も響かない。しかし鍼を細かな雀啄を続けているうちに次第に横隔膜中心部~胃あたりにするが気持ちよいチクチクする感じが出てきて、次第に広がる感じがするものだった。

このような督兪刺針の針響は、針響過敏者に対する響きとして記録された(長浜善夫・丸山昌朗による)。これほど極端ではないが、通常体質者でも、心窩部~胃に響く感じが得られる。
        

 

 2.柳谷素霊<五臓六腑の鍼>の膈兪の鍼

督兪の響きと同様の内容は、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」中の<五臓六腑の鍼>の<膈兪一行の鍼>(Th7棘突起下で、棘突起から外方1寸)に似ている。督兪と膈兪の場所自体も1寸しか離れていない。

 

 

3.森秀太郎による膈兪・肝兪・脾兪から心窩部~胃に響かせる針(森太郎「はり入門」医道の日本社より)

膈兪以上の高さの背部兪穴は正座させて取穴刺針し、肝兪以下の高さの背部兪穴は、伏臥位で取穴刺針している。胃部の痛みがはななだしいときは、背を丸めて膈兪・肝兪・脾兪などの経穴で圧痛のはなはだしいものを選び、刺針し雀啄法を行う。内側に向けてやや深く刺入すると心窩部に響き、胸がすいてくる。(以下略)
胃部に突然急激な痛みが起こり、しばらくしていると一時楽になるが、また痛くなるのを一般に痙攣性胃痛という。胆石疝痛、胃炎、胃潰瘍、回虫症などがあって原因はさまざまだが、(中略)まずは痛みを止めることが先決である。
止める方法は急性胃炎の場合とよく似ているが、脊柱の両側とくに膈兪、肝兪・脾兪などの経穴で圧痛の顕著なところを選び、5~6号のやや太い豪針で胃部に響くような雀啄法をしていると痛みが和らいでくる。


4.どうしたら胃に響かせることができるのか。

胃に響かせる鍼の技法は四十年にわたる私の課題だったが、最近自分なりに納得できる結論を出すことができたようだ。

1)実際は胃に響いているのではなく、横隔膜外周を支配するTh7~Th12肋間神経に響いている。しかし正確な表現をすれば、肋間神経の興奮ではなく、短背筋トリガー活性による放散痛を肋間神経痛だと誤認した結果である。短背筋群は脊髄神経後枝支配であるが、これらの筋膜を刺激すると、あたかも前枝領域に響くような放散痛を生ずる。

 

2)要するに短背筋筋膜(半棘筋、多裂筋、長・短回旋筋)に刺入すればよい。それには棘突起の外方2㎝(1㎝でも3㎝でも不可)から直刺し、短背筋群の筋膜の重積部(筋が固く感じるところ)あるいは胸椎骨膜にぶつかるまで刺入する。響きを確実に得るには、次の技法を使う。

①胸椎や上部腰椎では寸6鍼でよいが、下部腰椎では2寸針が必要になる場合がある。太い鍼の方が響かせやすい。初心者は#4~#8の鍼を使うとよいが、熟達すると#2程度の鍼でも響かせることができる。

③腹臥位よりも座位で施術する方が響かせやすい。これは上体支持のため短背筋群も緊張しているからだろう。

③固い筋にぶつかったら、その筋にビブラートをかけるように細かな雀啄を10秒間以上行う。雀啄直後はあまり響かないが、波紋が広がるように、次第に広範囲に響いてくる。

 

3)MPSの第一人者として知られる木村裕明医師は、根症状の発痛源の多くは、ギザギザ底部の筋膜の重積(筋膜の厚い積み重なり)によるかもしれないという見解を示した。
たとえばL5の根症状がある場合、L5/S1椎間関節の上か下のギザギザの底部に筋膜の重積が見られることが多く、そこに圧痛が現れる。
MPS治療は、上下の椎間関節を結ぶ、棘突起から外方2㎝のギザギザの底部の筋膜に針をもっていき、そこを緩めるようなブロック注射をすると下肢に関連痛が出る。
  

 

5.典型症状に対する短背筋群への深刺の適応例

これまで脊髄神経前枝症状だと考えられた病態も、実は後枝支配の短背筋刺激で解決できる場合がある。
ただし神経根症状への施術はさすがに無理で、対症療法として神経叢刺針を行うほかないようだ。上肢症状であれば天鼎、腰~殿~大腿症状であれば外志室から刺針し、症状部に響かせるようにする。神経支配領域の筋力低下や腱反射などに異常が認められないような神経根症状もどきに対しては、短背筋刺針は効果がある。

1)特発性肋間神経痛
座位。寸6#4程度の針を使い、肋間神経痛を生じている前枝と同じ高さの、棘突起外方2㎝にある短背筋へ深刺雀啄し、症状部へ響きを送る。

2)大腿前面痛
座位。2寸#4程度の針を使い、L1~L3レベルの棘突起外方2㎝から深刺雀啄し、症状部に響きを送る。

3)上肢痛
座位。大椎穴(C7、Th1棘突起間)の外方5分。(実際には外方2㎝の方がよい)
※現在では治喘よりも定喘の方が知られるようになった。定喘は大椎の外方1寸とする説が有力だが、外方5分とする考え方もあり、治喘の位置と区別がつかなくなった。

#3~#5針にて、治喘から3㎝刺入し強刺激の雀啄。この間、患者に命じて軽く数回呼吸させる。

代田文誌の自験例として次のエピソードが記載されている。感冒による咽頭痛と咳で非常に消耗していた文誌が、ご子息の代田文彦(当時医学生)に針をしてもらった。この刺法は、中国の<快速刺針法>に載っていたもの。治喘から刺入し、針を脊柱にって下方に向けて1.5寸ほど刺入すると、響きは脊柱と平行に5寸ほど下方にとどいた。抜針して今度は1寸直刺すると頚の方から咽の方に達した。その後まもなく咽が楽になり咳が鎮まってきた。(代田文誌「針灸臨床ノート④」)   

似田のコメント:大椎や治喘の治効は、頸部交感神経を興奮させることで副交感神経亢進を是正することに意義があると説明されてきた。これは気管支喘息で喘鳴状態の際、患者は呼吸苦を少しでも和らげようと、上半身をベッドから起き上がる(起座呼吸)。これは無意識的に交感神経緊張状態にしようとする行為である。

大椎外方2㎝から深刺して短背筋群中に刺入することは、短背筋に上肢へと放散痛を生ずる。これはあたかも天窓刺針のように腕神経叢を刺激したかのようになる。

   
   

Th12/ L1とTh7/Th8  脊髄神経後枝の症状に対する背部一行刺針

$
0
0

1.メイン症候群(=胸腰椎接合部症候群)

1)病態

メイン Maigne 症候群は胸腰椎移行部(Th12/L1棘突起間)の椎間関節症による後枝興奮症状のことをいう。 Maigneが提唱した。構造的に胸椎間は回旋の可動性があるが、腰椎間は屈曲伸展の可動性はあっても回旋可動性はない。上体を大きく回旋した場合、胸椎の各椎体は少しずつずれ、胸椎全体では大きく胸椎をひねることを可能にしている。しかしTh12椎体の回旋力は第1腰椎は回旋しないことで受け流すことができず、Th12/L1棘突起間には強い力学的ストレスが加わる。するとこのあたりの椎間関節近傍を走行する脊髄神経後枝が刺激され、脊髄神経後枝の神経支配である筋が緊張し、皮膚に痛みを感ずる。

この皮膚痛の領域は、①上殿部が中心だが、②側殿部、③鼠径部に痛みを起こす場合の3通りがありそれぞれ撮痛帯の出現する。中心となるのは①でTh11~L4脊髄神経後枝外側枝で、上殿皮神経の別称をもつ。これら3方向の痛みは、どれもTh12/L1棘突傍の刺針で改善する場合が多い。
 
Maigne 症候群は、国内ではマイナーだが、欧米で詳しく調べられている。PCで「Maigne symdrome」を検索してほしい。撮痛との関係もしっかり記載されている。

2)川井貞文氏の症例報告

以前、代田文彦監修「鍼灸臨床生情報」医道の日本社1999.1.1発行 を読み返していたら、川井貞文氏(日産玉川病院東洋医学科)の症例報告が目にとまり、おもわず喝采を叫びたくなった。上殿部痛に対し、Th12棘突起傍の灸頭針で改善した例を報告した。患者は胃が悪くなると、左上殿部痛が出るのだが、上殿部を治療するよりも、Th12棘突起傍の刺針が効果あると報告した。
これは典型的なメイン症候群だといえる。本患者の上殿部痛はTh12/L1後枝によるものだが、同時に小野寺殿部圧痛点でもある。

 小野寺殿部圧痛点と上部消化器疾患の関連機序は、小野寺直助氏が記載している。なお代田文雑誌は「鍼灸臨床ノート」の中で、「小野寺殿部圧痛点と脾兪圧痛は相関性がある」とする旨を記している。小野寺殿点と脾兪は、同じ高さの脊髄神経後枝なのでそういうことになるのだろう。上図の青枠内は、中側嘉志馬著、守一雄改訂「触診と圧診」金原出版、昭和53年7月20日発行(絶版)の中で発見した。ただし青枠外を筆者が推定して付け足した。

 

 

2.帯脈穴の圧痛の解釈

帯脈穴は臍の高さで側腹部中央にある。本穴は、その名称から帯下との関連を連想させるためか婦人科疾患時に使用されているようである。

前段で、Th12/L1脊髄神経後枝が上殿部痛をもたらすことを説明したが、背部の脊髄神経後枝は、どの高さでも神経根から斜外下方に規則的に走行し、皮膚を知覚支配している。帯脈穴部の皮膚知覚も脊髄神経後枝支配になる。帯脈から斜上内方に撮痛帯をたどっていくと、Th7前後の棘突起に交差するであろう。Th7前後の後枝反応が帯脈に圧痛や撮痛をもたらしていることが想定される。このような見解から、筆者は数ヶ月前から帯脈と中部胸椎一行圧痛反応の相関性を調べたが、確かに関連があるとの印象をもった。
最近では仰臥位で左右帯脈の圧痛を調べることで胸椎椎間関節症の有無を予想するようになった。そして帯脈の圧痛は、Th7近辺の圧痛ある背部一行に刺針することで帯脈圧痛の変化を調べてる。帯脈の圧痛が直後に消えることはないが、一週間後宇の再診時に調べると、圧痛軽減していることが多いようだ。

 

急性胆嚢痛に対する胃倉の刺針技法と理論

$
0
0

代田文誌が行って有名になった方法に、胃痙攣や胆石症による強い腹痛に対して、胃倉に刺針するというものがある(胃痙攣、現代では急性胆石痛の痛みだと考えられている)。
ではなぜ胃倉に限定するのだろうか。近隣にある他の穴では効果ないのだろうか。筆者は、胃倉部に相当する下後鋸筋に注目してみた。

1.胃倉の位置と基本的刺針
胃倉位置:Th12棘突起下外方3寸で、腰方形筋が第12浮肋骨に付着している部。
胃倉刺針:側臥位で脊髄方向に深刺し、起立筋の浅層で広背筋の深層にある下後鋸筋に刺入し、雀啄する。


2.胃倉刺針が胆石症に効果がある理由


痛みが強い場合や、起立筋の緊張が非常に強い場合、伏臥位にて背部2行線上(棘突起間の外方1.5寸)から刺針施灸しても、治療効果が乏しい場合がある。このような場合、側臥位にて 胃倉から深刺すると胃を中心とした内臓に響きが伝わる感じが得られることが多い。 

すなわち通常治療では肋間神経や胸神経後枝が深層から浅層に出てくる部を治療点とするので あるが、胃倉は下後鋸筋を刺激している。脊柱起立筋が脊髄神経後枝支配なのに対し、下後鋸筋は肋間神経支配である。
  
T7~T12肋間神経は、横隔膜外縁部を知覚している。
内臓病変→横隔膜外縁部刺激→T7~T12肋間神経興奮→下後鋸筋緊張という病的機序がある。胃倉刺針は、その逆方向に作用するのであろう。

顎関節症の針灸治療 改訂新版

$
0
0

1.顎関節症の概念                                                                               

咀嚼や開口時の顎関節とその周囲の疼痛、開口障害と開口時雑音などを主体とする。3大症は、①顎関節痛(開口時、ものを咬む時)、②開口不全(開口しづらい。3横指以下)、③関節雑音(顎の関節がカクカク、ジャリジャリと音がする)。  
 
Ⅰ型~Ⅳ型に分類。それらに当てはまらないものをⅤ型とする。 多くは心身症である。
Ⅰ型は筋肉の障害。Ⅱ型は靭帯の障害。Ⅲ型は軟骨の主に動きの障害。Ⅳ型は軟骨が変形したもの。痛みが出るタイプはⅠとⅡである。
2つ以上の型を合併することもある。

                
   <顎関節症の分類> 1996年、日本顎関節学会
   
顎関節症Ⅰ型:筋肉の障害  <噛む時の痛みで咀嚼筋痛。 関節音なし>
顎関節症Ⅱ型:関節包・靱帯の障害。<顎関節周辺の大きな負荷→炎症→疼痛>。
顎関節症Ⅲ型:関節円板の障害。<開口制限あり。コキッというクリック音>
顎関節症Ⅳ型:変形性顎関節症   <強く咬む時の痛み、ジャリジャリ音がする>
顎関節症Ⅴ型:上記に当てはまらないもの(心身症によるものを含む)。      

顎関節症分類 語呂:「訴訟法人、内緒で変形精神」                                         
①訴訟 咀嚼筋障害(I型) ②法人 関節包・靭帯障害(Ⅱ型) ③内緒 顎関節内障(Ⅲ型)  ④変形 変形性顎関節症(IV型) ⑤精神精神的因子によるもの(Ⅴ型)                        

2.顎関節症Ⅰ型(筋肉痛タイプ)

1)病態
頬や顎の筋肉の炎症が原因した顎関節障害。開口時に痛みがあったり、片頭痛・頬がだる・重たい・腫れぼったい・顔がゆがむといったもの。口を動かしたり噛んだりするときに重要な筋肉が緊張して炎症を起こし、筋肉に負荷が加わると痛みがでたり、開口制限が出現する。

①閉口筋は、側頭筋・咬筋・内側翼突筋であるが、側頭筋過緊張は側頭部痛を生じ、内側翼筋過緊張時は、下奥歯痛を生じるのみで、顎関節症との関連は薄い。
②開口筋は、外側翼突筋が障害の中心である。
③顎二腹筋は咀嚼筋に分類されず、胸鎖乳突筋と同様に側頸筋に分類される。顎二腹筋には前腹と後腹があるが、顎関節症と関係するのは後腹のみである。

 
2)咬筋刺針
 顎関節症Ⅰ型の治療で治療対象となることが非常に多い。高頻度にみられるのは、咬筋の付着部の多数の圧痛である。患者に強く歯をくいしばった状態にさせ、咬筋の起始・停止の痛点(頬車、大迎、下関など)に刺針する。


 

3)外側翼突筋の役割
①開口筋として
”外側翼突筋を制する者は、顎関節症を制す”といわれるほど、外側翼突筋は重要。閉口筋機能である咬む力は食物を咬んだり敵と戦うために欠かせないものであるため、ヒトにおいても側頭筋・咬筋・内側翼突筋など3種の筋が存在するが、開口筋はそれど強い筋力を必要としないので、外側翼突筋単独で担っている。
  
②下顎の突き出し
口を大きく開ける際、下顎頭の回転すると同時に前下方への2横指ほど滑走し、「顎のき出し」運動を行っている。下顎の突き出しがないと大きな開口はできない。本筋の麻痺   は下顎が前に突き出せない。本筋の過緊張では、下顎が前に出た状態のままになる。
 
外側翼突筋が下顎頭を前方滑走させる作用なのに対し、顎二腹筋後腹は下顎頭を後方に引く作用をする。この部分からみると両筋は拮抗作用があるかのようだが、作用ベクトルが異るので両筋協調することで下顎の回転運動が可能になる。下図で顎二腹筋は舌骨舌筋群に所属する。

③下顎の横づらし
 奥歯で穀物をすり潰す際は、上下の奥歯穀物を入れ、下顎を横にずらしてすり潰す運動必要である。この横ずらし運動は内側翼突筋との共同運動で行われる。
 
4)外側翼突筋下頭刺針(下関直刺)
 下関から外側翼突筋へ直刺1~2㎝直刺。刺したまま、痛くない範囲で患者に開口運動下顎の横づらし運動を10回ほど行わせる。。
  

3.顎関節症Ⅱ型(関節包・靭帯障害)
 
1)病態
顎関節の関節包や靱帯の炎症による痛み。「痛み」が出るのは、Ⅰ型とⅡ型のみである。顎関節周辺の大きな負荷→炎症→疼痛という病態で、開口時の痛みは顎関節関節包(とに関節内膜)の炎症に由来。痛みは聴会穴あたりに出現する。

耳珠3穴の語呂:門(耳門)の宮(聴宮)の前で会(聴会)う、巫女(三小)たち(胆嚢)  
※耳前3穴は、外耳道炎の際の圧痛が出ることが知られている。  

 


大きく開口した際、耳珠やや下方に陥凹を触知できる。聴会穴はこの陥凹にとる。


2)治療
痛みは顎関節部(耳門穴のやや前方)あたりに限局する。経過は比較的短く、放置していも痛みは軽快に至る。顎関節過使用によるから、過使用を避ける生活習慣を指導する。大きな開口を避ける。圧痛ある顎関節部局所に浅刺+円皮針。
    

4.顎関節症Ⅲ型(顎関節円板のずれ)
  
顎関節症で最も多いのがⅢ型。治療せず放置している者も多い。下顎頭は生理的に下顎窩から前方脱臼し、滑走することで大きな開口ができる仕組みになっている。正常であれば、滑る際にはに下顎頭上に関節円板が載っている。関節円板の位置がずれているのをⅢ型顎関節症とよび、の2タイプがある。
 
Ⅲa型
閉口時に下顎頭に乗っている関節円板がズレてはずれる時、ポキッと音がする。
下顎頭はその下に無理に戻ろうとする。戻る瞬間にカックンと音がする。
純粋なⅢ型の顎関節症では痛みを生じないが、Ⅰ型などと合併しているケースでは痛みをずる。

Ⅲb型 
常に関節円板がずれているので、口を開けようとしても引っかかったように開かない(音はしない)。
大きく口を開けようとすると痛みがある。最大開口で縦に指が1~2本しか入らない (正常では3~4横指入る)。

 

1)外側翼突筋上頭への刺針

外側翼突筋上頭の停止は関節円板であり、外側翼突筋上頭収縮時(つまり開口時)によって関節円板が前方に移動する。もし外側翼突筋上頭の収縮力が弱まれば、顎関節円板を十分前方に引っ張ることができず、関節円板の脱臼が起こる。本筋上頭へ刺針すること筋力を回復できるのならば、それが治療効果を生むかもしれないという考え方ができるで   ろう。この理論の是非については、次の報告がヒントを与えてくれる。外側翼突筋の上頭:起始は蝶形骨、停止は顎関節円板。
    

    

※顎関節症Ⅲa型の治験報告(19才、女性)
(皆川陽一ほか明治国際医療大学研究員著:顎関節症Ⅲa型に鍼治療を試みた一症例 転位した関節円板と伴症状に対する 全鍼誌 2010年第60巻5号)
 開口障害、開口・咀嚼時痛が主訴。外側翼突筋に対する刺針を中心とした施術を行い、施術2回目から効果が現れ、治療8回で運動制限と開口障害の改善をみた。だしMRIでは関節円板の転位に著変はなかった。すなわち、外側翼突筋に刺針しても顎関節の転移に変化はないにもかかわらず、運動制限と開口障害の改善をみている。

このことはバネ指や腱鞘炎の治療の考え方とそっくりだと感じた。 
バネ指で、指の腱にできた腫瘤が、腱鞘内を通過できなくても、腱につながる筋がストレッチできていれば、指が伸びる。したがって母指屈筋や深浅指屈筋中に貼りして運動針させるこがバネ指の治療になる。関連筋緊張を緩める(筋を長くする)ことで、腱に加わる張力を減らし、それが症状緩和に役立つということだろう。
すると顎関節の針灸治療は、Ⅰ型は当然のこと、Ⅱ型・Ⅲ型・Ⅳ型においても筋緊張を緩めることで、ある程度の治効果をもたらすといえるのではないかと思った。問題は顎関節症の型ではなく、重症度の問題になるだろう。

 

<下関から顎関節円板に向けての刺針技法> 

①耳孔前(聴宮穴)に指先をあて開口を指示し、術者は下顎骨筋突起の動きを観察。同時にクリック感やシャリシャリ感などの有無を聴取する。
②仰臥位。寸3#2針にて下関穴からを聴宮穴方向に2~3㎝斜刺。針先を顎関節円板方向に向ける。
③刺入したまま、ゆっくりと10回程度開口と閉口を指示。最大限に開口させた肢位にさせ、下関からやや上方に向けて直刺 2.5㎝で外側翼突筋上頭に到達する。
④まず、ある程度開口させた状態で下関に深刺を行っておき、次に3秒間できるだけ大きく口するよう指示する。術者は「1、2、‥‥」とカウントしつつ針に上下動の手技を加えつつ「3」で静かに抜針するようにすると、治療効果が増す。


 

2)顎二腹筋後腹への刺針

顎二腹筋は、は舌骨上筋群(舌骨と下顎骨の間にある筋群)の一つで、咀嚼筋ではなく、鎖乳突筋と同じく側頸筋の分類に入る。前腹(三叉神経支配)と後腹(顔面神経支配)に大する。顎関節症で問題となるのは後腹である。後腹の起始は、乳様突起内側の側頭骨乳突切痕で、停止は中間腱になる。

<開口補助筋としての顎二腹筋の機能>
①顎二腹筋は下顎を後に引きつける作用がある。頭位に応じて、顎の位置を変化させので、上を向くと自然に下顎は後に引っぱられる。
②顎二腹筋後腹は開口筋という点では、外側翼突筋と共同筋である。
一方外側翼突筋が下顎頭を前方滑走させるのに対し、顎二腹筋後腹は下顎頭を後方に引く作用があるので、両筋は拮抗関係があるかのようだが、作用ベクトルが異なるので両筋が機すると下顎の回転運動に機能する。

③「 歯ぎしり」とは、強くかみしめた状態で下顎を側方や後方に強く引きつける動作で、これには顎二腹筋が強く働く。その状態が続くと顎二腹筋に痛みを生ずる。
歯ぎしりは、それが関わる運動が障害されることで生じるだけでなく、不安や恐怖、強い神的な緊張、ストレス、中枢性の病気などでも緊張が高まる。
④顎二腹筋の筋力低下時には、顎を奥に引っぱる力が不足するので、大きく開口できなくなる。この時の理学検査は、顎下に指を置き顎先を喉側に押し、大きく開口させてみる。指で押た方が大きく開口できるならば、顎二腹筋前腹の筋力低下を疑う。

 

<顎二腹筋後腹の治療>
 顎下三角(下顎骨の下縁と顎二腹筋の前腹と後腹がつくる三角)中央の陥凹を押圧するとスジばり感じる。これが顎二腹筋の前腹。舌骨と乳様突起の結んだ線上にあるのが顎二腹の後腹。顎二腹筋の緊張では筋硬結を触知でき、押圧で痛みを感じる。
後腹の治療点は、ツボでいうと頬車~天容穴あたりになる。顔を上に向かせて本筋を伸させて刺針するとよい。

 

<顎関節円板の徒手矯正法>
示指の指腹を前側(鼻方向)にして外耳口に入れ、持続的に押圧する。押圧の際、患者にの開閉を20~30回行なうよう指示する。施術者の示指腹は顎関節の動きを触知でき、持続敵押圧により下顎頭の位置を調整する。

 

5.顎関節症Ⅳ型<変形性顎関節症>

口を開けようとすると痛みがある。引っかかる感じ。関節はカクカクではなく、ザラザラ、ジャリジャリ、ゴリゴリ音と擦れるような音がする。骨と骨の間のクッションがずれ、加齢とともに軟骨が薄くなることで骨同士が直接接触し、変形していく。すると周囲筋の緊張が始まり、口が開かなくなる。以上が急性症状。
 
しかし1週間もすると、症状が治まったかのように顎の痛みがなくなることがある。これは顎関節の骨が変形や摩耗によって滑らかになることで適応し、慢性的な状態になったことを意味する。 高度な変形性顎関節症であれば鍼灸治療は適応がない。強く咬むと顎関節が痛むというのも骨の変形由来なので針灸適応ではない。しかし変形性膝関節症の針灸治療は一応の効果があるように、  痛みの何割かは筋緊張や関節包に由来するものであるから、施術すれば一時的な効果は得られるだろう。

     


美容針入門講座(全一回)のご案内

$
0
0

針灸奮起の会特別講座   美容針入門講座(全一回)のご案内

1.開催要項

1)日時 令和4年9月11日(日曜)
2)午後4時~午後5時30分 座学       午後5時50分~8時頃 デモ+実技練習
3)会場:国立市中1丁目集会場(国立駅南口下車徒歩3分)

 

4)講師:小村 はるみ(タラサ・ハンド院長) 
 司会進行:似田 敦(針灸奮起の会主催、あんご針灸院院長)

5)定員:12名(針灸免許保持者限定)
6)会費:12000円(当日払) オリジナルテキスト、針、消毒用機材は当方で用意
7)持参品:筆記用具、人により髪を束ねる道具、化粧を落とす道具など

8)参加申込み方法:以下までメールまたは電話連絡ください。7月4日より受け付け開始します。
      あんご針灸院 メール:nitadakai825@jcom.zaq.ne.jp
                      電話:042(576)4418
    お申込みの際、①氏名、②住所、③電話、④メールアドレスをお知らせください。
9)申込み締切:定員になり次第、受付終了します。お早めのお申し込みをお勧めします。
10)講習会後:近隣の居酒屋で親睦会あり(希望者のみ 1人3000円程度)

☆ご注意:当初の予想以上にコロナ感染拡大した場合、開催を延期または中止することがあります。


2.「美容針入門」受講おすすめ   
 
今日、「健康・美容」の選択として鍼灸院・接骨院・整体・スポーツクラブ・エステティック・美容医療・リラクゼーションサロン等々の境界線は低くなり、互いにしのぎを削っている。が、その中にあっても真に効果のある手段として美容鍼灸の役割は非常に大きなものがある。
 
私の方法は、長年のエステティック経験を活かしたフェイシャルケアを取り入れた技術であり、治療鍼灸によって身体の根本的・不調部の問題を解決すると同時に、美容鍼灸によって美容に対する悩みやトラブルに対応する取り組みを行っている。要するに治療と美容の融合をテーマとした美容鍼灸を積極的に実践している。長年の経験の中から知り得た私(小村)なりのやり方を紹介したく思う。このような技術を自分の治療院に積極的に取り入れていくことは、治療院盛業のための有力な手段だと思われる。
                   講師   小村はるみ はり師・きゅう師
                  (社)日本エステティック協会認定講師
                   CIDESCO認定エステティシャン
                   タラサ・セラピスト養成学院学院長
                   タラサ・ハンド院長(新潟県長岡市)

3.内容
 Q1.表皮を構成する各層の中で、美容鍼での重要ポイントは?  
 Q2.真皮の3つの主成分(コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸)、それぞれの役割と相違点。
 Q3.皮下組織の重要ポイントは?   
 Q4.真皮層を刺激する効果は?
 Q5.美容鍼のターゲットは「たるみ」「リフトアップ」「小顔」か?
 Q6.目の下のクマに対する治療とは
 Q7.ほうれい線に対する治療とは
 Q8.顔面筋膜の特徴である<スマス>とは何か?
 Q9.顔面筋を支える<リガメント>とは何か。その部位は?
Q10.これまでに美容鍼の有効性を示す研究発表はあるか?
Q11.鍼と併用するとより効果的なフェイシャル技法の紹介
Q12.現在、私が行っている施術手順
Q13.私がよく使っている筋・経穴     


4.立川(隣駅)宿泊先紹介(過去に受講生が宿泊したホテルです)
宿泊が必要な方は、各自直接お申し込みください。

1)JR東日本ホテルメッツ立川   電話 042-548-0011
立川駅南改札口より徒歩1分位です。
日々変動するが、1万円以内

2)立川アーバンホテル    電話 042-540-1200
立川駅南改札口より徒歩3分位です。
日々変動するが1万円以内。ホテルメッツよりも少し安価

3)プレジール立川  電話 042-595-7968
立川駅北口より徒歩7分
日々変動制、4800円で宿泊可(じゃらん経由で申込み)

第5期、針灸奮起の会(現代針灸実技講習会)無事終了しました。

$
0
0

これまで月2回ペースで現代針灸の実技講習会を行ってきましたが、この2年間コロナ禍により開催できませんでした。しかし最近になって、やっと開催できそうな状況に好転しました。そこでいよいよ令和4年3月6日(日曜)より、第5期「奮起の会」として再スタートすることにしました。<6月19日、無事終了しました>

テキスト序文より
本テキストを<症状から学ぶ現代鍼灸実技>とよぶ。奮起の会針灸実技講習会用として改良を重ね現在第5版になる。第5期テキストは鍼灸臨床の現場で遭遇ことの多い疾患を絞ることで、各疾患ごとの現代針灸治療の病態把握法と効果的な針灸治療技法を十分なスペースを設けて説明することにした。実践的内容となっており、必ずしも基礎的内容に限定されてはいない。各単元は9~11ページとコンパクトにまとめられているが、それでも現在の私の針灸技法の6~7割は紹介しており、最初のステップとして十分なものと確信している。

 
<<募集要項>>

1.初回実施日時:令和4年3月6日(第一日曜日) 午後5時半~8時頃
 以降、6月末までの計7回。基本的に毎月第1、第3日曜。

2.場所:国立駅南口下車 徒歩3分、国立市中1丁目集会場

 

3.定員:12名 定員になり次第、受付終了します。
     満席になってもキャンセルが出ることもあり、そのたびに残席カウントが変化します。受講が絶対不可能ということではありません。

4.指導:似田敦、
     ほかに臨床経験豊富な現代針灸研究会メンバー(小野寺文人、岡本雅典、吉村英) 
5.参加費:鍼灸師6,000円 針灸学生5,000円(見学3,000円)
6.持参品:筆記用具程度。テキスト、針、消毒用品は当方で支給
7.懇親会 講習会後、駅前の居酒屋で実施(希望者のみ) 

8.受講お申し込み方法
参加御希望の方は、①参加希望会のテーマと開催予定日、②氏名、③住所、④電話 ⑤メールアドレスを、メールまたは電話でお伝えください。 
あんご針灸院 似田 敦(にただあつし) 電話042(576)4418 メールアドレスnitadakai825@jcom.zaq.ne.jp

第5期の参加者はすでに定員に達しましたが、令和4年秋には第6期「針灸奮起の会」を実施予定です。参加者募集のお知らせは8月頃からになります。

<<日程>>

タイトル:症状から学ぶ現代鍼灸実技

第1回 C.膝痛の治療技術<3月6日>満席  終了しました

※補講:膝関節痛治療に多用される穴
症状C-1 慢性的な膝関節前面の痛みで、鶴頂穴圧痛(+)時  【大腿直筋過緊張】
症状C-2 膝蓋骨外縁(外膝蓋)または内縁(内膝蓋)の痛み。【外側広筋または内側広筋の過収縮】
症状C-3 膝関節前面の痛みで、内外膝眼圧痛(+)時 膝関節包過敏】
症状C-4 膝関節内側の鵞足部の痛み     【鵞足炎】
症状C-5 膝窩が鈍く痛む    【膝窩筋腱炎】
症状C-6 中学生。脛骨粗面部が痛む【オスグッド病】
※補講:膝の痛み以外の主な症状と対処法  

集合写真。受講生12名とスタッフ3名

懇親会(5名参加)

 

第2回 D.頸碗痛の治療技術<3月20日>満席   終了しました

※補講:後頸部筋の構造と常用刺針点の整理
症状D-1 顔を下に向けづらい(顎を引けない)。 上項部が重苦しい。【後頭下筋(とくに大後頭直筋)緊張症】
症状D-2 頭を左(または右)に回しにくい。無理に回すと痛む。  【頭板状筋緊張症】
症状D-3 デスクワークなどで顔を下にした姿勢を続けていると後頸部が疲れる。 【頭半棘筋緊張症】
症状D-4 頸を動かした際に、後頸部、肩甲上部、肩甲間部などが痛む。 【脊髄神経後枝痛(長・短回旋筋緊張症)】
症状D-5 頸部が痛く、片側の上肢の感覚が鈍い。前中斜角筋に圧痛(+)   【(前)斜角筋症候群】
症状D-6 頸部が痛く片側の上肢がピリピリする。烏口突起内側の圧痛(+) 【小胸筋症候群】
症状D-7 ムチウチ1ヶ月後に、めまい・嘔気・不眠・耳鳴・眼精疲労が出てきた。 【バレリュー症候群】


第3回 E.肩関節痛の治療技術<4月3日>満席 終了しました

※補講:針灸に来院する肩関節障害の概要     
症状E-1 肩関節を外転で、90°を超えると肩関節~上腕・肩甲骨周囲に痛みが出て上げられない。他動外転は正常。  
    【肩腱板炎とくに棘上筋腱炎(または棘上筋腱部分断裂)】
症状E-2 肩に痛みが出て結髪動作ができない。他動的には可能。  【肩腱板炎(棘下筋、小円筋の伸張制限)】
症状E-3 肩関節前面~外側の動作時痛。とくに結帯動作時痛み出現。 他動的には可能。 【肩腱板炎(棘下筋、小円筋の伸張制限)】
症状E-4 五十代男性。肩の動きが悪く、結帯動作、結髪動作ができない。
      外転70°で自動・他動ROMとも同様。ただし肩関節痛はあまり感じない。【凍結肩】


第4回 F.上肢症状の治療技術<4月17日>  10名参加 終了しました

症状F-1 テニスでバックハンドでボールを打ち返す際、右肘付近に痛みが走る。【バックハンドテニス肘】
症状F-2 ゴルフクラブでボールをインパクトする時、効き手の肘内側が痛む。【ゴルフ肘】
症状F-3 重い物を右手に持つと右側母指の橈側基部が痛む   【狭窄性腱鞘炎】
症状F-4 右IP関節を屈曲した母指を伸展しようとしてもスムーズにできない。
      無理に伸ばそうとするとバネのように弾けて伸びる           【母指バネ指(弾撥指)】
症状F-5 物を右手の母指と示指でつまむ時、右側の合谷深部に痛みを感じる     【母指内転筋症】
症状F-6 手掌と手掌側の母指・示指・中指にピリピリ感、疼痛がある。 【手根管症候群】
症状F-7 50才女性。手指のDIP関節が脹らみ、自発痛がある。   【へバーデン結節】
    
                                                                           
第5回 G.下肢症状の治療技術<5月15日> 8名参加 終了しました

症状G-1 歩行中、左足首をひねり、歩く動作で足外果の直下が痛む。痛みを我慢すれば、何とか歩くことができる。   【急性足関節外側捻挫】
症状G-2 両側の足拇趾基部が「く」の字型に曲がり、腫れて痛む    【外反拇趾】
症状G-3 体重をかけると両足の踵中央部が痛むため、歩行困難。         
       踵中央部に強い圧痛がある。      【踵脂肪体萎縮(=踵脂肪褥炎)】
症状G-4 ランニングをしていると、足裏の土踏まずあたりが痛み、運動を続けられない。 【足底筋膜炎】
症状G-5 歩くと片足の第3・第4指間がピリピリと電気が走る。じっとしている分には痛みはない。 【モートン病】
症状G-6 座骨神経痛で下肢が痛む。とくに大腿後側・下腿前面・下腿外側に痛みが放散する。  【殷門、足三里、陽陵泉、懸鐘の刺針法】  

 

第6回 A.腰背痛の治療技術<令和4年6月5日>満席 13名参加 終了しました

症状A-1 膈兪~肝兪付近(胸椎部で肋骨がある部)に感じる痛み  【胸椎椎間関節症】
症状A-2 背部と腰部の境界あたりに感ずる慢性的なコリ、胃の不調【腰方形筋起始部痛】
症状A-3 肩甲間部のコリと痛み 【胸椎短背筋痛または胸腸肋筋々膜痛】
症状A-4 上体前屈時に大腸兪付近に感ずる痛み 【腰椎-仙椎移行部椎間関節症】
症状A-5 志室の深部に自覚する痛み    【 大腰筋製腰痛】
症状A-6 腰下部に慢性的な鈍重痛感。圧痛点は不明瞭。 L5棘突起下に細絡【オ血性腰痛】
※補講:八髎穴への刺入技法と治療点の選択

 

第7回 B.殿下肢痛の治療技術<6月19日>12名参加    最終回終了しました

症状B-1 片側の殿部~大腿後側~下腿(前面・外側・後面)が痛む。【梨状筋症候群】
症状B-2 上外殿部から大腿外側の運動時痛 【中・小殿筋緊張症】
症状B-3 上殿部外側の痛み・鼠径部痛。歩行時の鼠径部に感じる違和感【変形性股関節症】
症状B-4  同じ姿勢を続けている時に生ずる腰部の鈍重感と下肢不定症状【仙腸関節機能障害】
症状B-5 5分間ほど歩行すると足が前に進まなくなる。腰をかがめて数分間座って休憩すると再び歩行可能となる。【脊柱管狭窄症】

 

 

 

 

代表的な薬物灸について ver.2.4

$
0
0

はじめに
東洋療法学校協会編の「鍼灸実技」教科書には、薬物灸の説明が載っている。現在のわが国において、薬物灸を実際に行っている処は非常に少ないのだが、灸基礎実技の担当講師は、不案内なのにも関わらず、立場上薬物灸について一通り説明する必要にせまられる。

薬物灸について簡明に、かつ興味深く、教えるにはどういう内容にいたらよいのだろうか。私が過去に教えた内容を記すことで諸先生方の参考に供したい。2016年1月5日、このような出だしで、「代表的な薬物灸について ~灸基礎実技講師のために Ver.1.3」を記したが、薬物灸それぞれについての成分に対する詰めが緩すぎたようだ。この点を考慮して、書き改めることにした。

 

1.天灸
<カラシナの種により皮膚を発泡させる>
 
主成分は、カラシナの乾燥種子である、白芥子(はくがいし)。白芥子は発泡薬であるが、香辛料ホワイトマスタードの原料としても使われる。粉末にした白芥子を水で調合して練って団子状にし、皮膚に貼って1~3時間放置して発疱させる。主に鼻炎・扁桃炎・喘息など呼吸器疾患患者に対して、座位にして大椎・肺兪・膏肓などを選穴する。現在では香港で広く普及している。白芥子には、発泡とともに発疹・発赤・掻痒などをもたらす。
 
発泡薬とは、血管壁に作用して血管拡張作用があり、皮膚透過性があるので、疼痛・発赤、ついで漿液性滲出をきたし、局所に水疱が生ずる。要するに人為的にⅡ度の火傷を起こさせる。  

 

 

 

 

 

2.漆灸
<生漆により人為的に接触皮膚炎を起こす>
 
漆灸の主原料は生漆で、生漆十滴、これに樟脳油(皮膚にスースーした冷感と清涼感の香り)十滴を調合し、ヒマシ油適宜をよくまぜ、モグサにしみこませて肉池のようにして置き、これを小さい箸先で穴部につけるだけ。
別法として乾漆一匁(もんめ≒3.5g)、ミョウバンン十匁、樟脳5匁、モグサ適宜を粉末にして。黄柏の煎汁につけて、モグサに混和浸潤させ、穴部につけるというのもある。後述する駒井博士の穴村の灸=墨灸というのは、漆灸のことだという。墨灸も漆灸も小児病に多用された。

※生漆による皮膚カブレ反応は遅延性で1~2日後に生ずるが、ごく少量皮膚につけるだけなので、有益な刺激だけになるのだろう。
 

①漆
毎年、初夏から秋口にかけて、漆の木の樹皮に傷をつける。すると乳白色の樹液が染み出てくる。これを掻き出したものを生漆という。生漆を濾過して煮詰めたものが漆である。漆の最大需要は、漆器などの天然樹脂塗料としての用途で、美しい艶がでるようになるとともに耐久性も増す。
    
漆は乾いてしまえば健康被害は与えないが、乾いていない樹液はカブレを起こす。このカブレはアレルギー性接触性皮膚炎を生じたもので、漆が肌の毛穴についた時に皮膚のタンパク質と、漆の主成分ウルシオールが反応して起こる遅延性アレルギーで、漆に触れてから1~2日経ってからカブレ(激しいかゆみ、赤い発疹、水疱)が生じ、1ヶ月近く続く。

②樟脳(カンフル)
クスノキの幹を砕いて蒸すと樟脳ができる。樟脳には爽やかな芳香があり、皮膚の神経の冷感を刺激する(ただし実際の皮膚温は下がらない)。かつては強心剤として樟脳からつくる精油カンフルを用いた(実際には無効だった)ことがある。クスノキの周りには虫がよってこないことから、樟脳は防虫剤としての用途もあった。しかし現在では安価なナフタリンにとって代わった。

③ミョウバン(硫酸カリウムアルミニウム)
温泉にある「湯の花」とは、ミョウバンが固まったもの。雑菌の繁殖を防ぐ作用。防腐作用として食品添加物の用途、制汗剤や静臭剤スプレー成分としての用途。湯船にミョウバンを入れて入浴すると、体脂がとれてすっきりするという。

3.水灸
<皮膚に対する冷感と清涼香>
 
いくつかの薬物に組み合わせがあるが、代表的なのは薄荷、竜脳、アルコ-ルを混和したもの。筆、箸、棒などを用いて皮膚に塗布する。薄荷と竜脳は皮膚に冷感と爽快な香りを与える。ただしこの冷感は、実際に皮膚温を下げた結果ではなく、皮膚神経に「冷たい」という錯覚を起こさせたもの。しかしアルコールを加えることで塗布した部分の気化熱を奪うので皮膚温を下げる作用も多少あるだろう。現在市販されているサロンパスやタイガーバームの作用に似ている。
 
①薄荷(ハッカ)
ハーブの一種の草の葉のこと。Lメントールは薄荷の精油成分。冷感と清涼な香を付加する。ただし皮膚温度を下げる作用はない。
  
※余談:テレビ番組の<ナイトスクープ>で、「アイヌの涙」という入浴剤を入れると、熱い湯でも冷たく感じるという現象を放映したことがあった。「アイヌの涙」の正体はハッカ油で、湯船に数滴垂らすのが正し方法なのに、多量に使った結果だと分かった。皮膚に対する熱湯刺激と、皮膚の冷感刺激で、脳が見事にだまされた現象であった。 
 
②龍脳
龍脳は、竜脳樹という樹木の幹を砕いて蒸して採取する。龍脳の別名はボルネオールで、ボルネオ島がその由来。皮膚に対する冷感と清涼香を与える。龍脳は、書道で使う墨(すみ)の香料としても知られる。墨の香りは、心が落ち着き、幽玄な雰囲気に浸れるとされる。

 

4.墨灸
<墨の香り龍脳>
 
墨灸とは、生薬エキスに墨を垂らしたものを、ツボに筆などで塗る治療法で、火は使わず、熱さも熱傷跡も皮膚に残らない。幼児・子供の夜泣きや疳の虫、おねしょの治療として普及した。何種類かの生薬の組み合わせがあるが、一例を示せば、<黄伯(おうばく)を煎じてその液で墨をすり、樟脳、ヨモギなどの生薬を混ぜてできたものを、筆でツボに塗る>というもので、スーッとするようなヒリヒリっとした感覚である。
 
琵琶湖湖畔の草津市穴村(温泉で有名な群馬県草津とは無関係)の墨灸は有名で、紋状に跡が一時的に付くことから“もんもん”と呼ばれ親しまれ、1日300人多い時に1000人の患者が来院した。 ※もんもんとは、入れ墨の別称。
 
①墨
墨の成分である龍脳(ボルネオール)の心落ち着く香り。遠赤外線効果が治効に関係しているという見解もある。
 
②黄伯
樹皮の内側の内皮が黄色のことから命名。主成分はベルベリンで非常に苦く、内服としては下痢止めに使う。大幸薬品の「正露丸」には黄柏を配合している。外用としては、打ち身・捻挫などに用いる。水で練って湿布のようにして貼ると、冷感が得られる。


※岡山県に天台宗寺院の「鏡之坊教会」がある。墨灸は、この寺に代々伝わったものであるという。この寺の灸は隔物灸で、厚さ約2~3㎜、直径約2㎝の灰色の軟らかい粘土状のもの(墨+保存用の塩+数種類の材料)を皮膚に置き、その上に小指大のモグサをのせて2~3壮施灸する(病気や症状によっては多壮灸することもある)。この隔物は湿っているので、皮膚に加わる灸熱もじんわりしたかなり熱いものになる。施灸後は水疱ができたりときに化膿することもあったが、現在は患者が嫌がることもあり、以前に比べると緩やかなものになった。治療点は、基本的な経穴を決め、あとは症状に応じた治療点を選ぶ。基本的な治療点として重視しているのが、足と腰(湧泉、命門、腎兪または志室)。以上、原田滋泉氏報告を少々改変 「家伝の灸-墨灸」について 全鍼誌51巻3号、2001.5.10.


5.紅灸
<プラセーボ効果としての赤色染料>

紅花(べにばな)は、黄色と紅色の2種の染料がとれる。黄色の染料は、紅花を湯で煮るだけで採取できるので安価で、庶民の衣類を染めるのに用いた。一方紅色の染料を採るには、黄色染料を洗い流した後、水にさらして乾燥させる。これを何度も繰り返すと紅色にするという手間のかかるものだった。この紅色染料は、大変高価なもので、富裕層の衣類や口紅などに用いた。
 
紅灸は、紅花から絞った汁(紅花水)をツボに塗布する。赤色は血の色であることから、古来から生命増強の力があるとされた色で、赤ちゃんのお宮詣りや祭りの時、額に紅をつけた。紅灸で、紅花水を使わず、単なる食紅を水で溶いて、使ったという例もあるようで、プラセーボ効果のようでもあった。 
 
※現在、紅灸を製造しているのは、鹿児島の本常盤というところ(販売は丸一製薬)のみ。
実際の紅花水の成分は、紅花の絞り汁の他に、樟脳(冷感と爽快な香り)・チモール(爽快な香り)・トウガラシチンキ(温感)・サリチル酸(血管拡張)・Lメントール(ハッカの有効成分で冷感と爽快な香り)などを含有している。温感成分と冷感成分が両方入っていることで、サロメチール・キンカンを薄めたような刺激感が得られる。


6.総括
 
水灸・墨灸は、血管拡張作用のあるサリチル酸メチルは含まれないが、ハッカ・樟脳・龍脳が含まれ、これにより冷感と爽快な香りを与えることがわかった。要するに、現代でいう冷感湿布であるサロンパスのようなものだろう。ただし実際に皮膚温を下げる効果はあまりない。
 
ポカポカした温感を感じさせるには、ハッカ・樟脳・龍脳に加えてトウガラシ(有効成分はカプサイシン)を配合している。要するに温感湿布にも、冷感成分は入っていて、またカプサイシンによる実際の皮膚温上昇はあまりない。現代の市販薬では、キンカンやサロメチールがこの範疇である。薬物灸でこの範疇に入るものは皮膚に炎症(発赤・掻痒・水疱)を起こすことを狙いとする天灸だろう。ちなみに皮膚温を上げるには、現代ではホカロンなどの使い捨てカイロが手軽である。
 
ユニークなのは、天灸と漆灸だった。天灸は白芥子塗布によりⅡ度の火傷を起こし、水疱をつくる。漆灸は生漆を皮膚にごく少量接触させることで、接触性皮膚炎(発赤・掻痒・水疱)にもっていく意図があるのだろう。 

 

 

 

口内炎の針灸治療 Ver.1.4

$
0
0

1.口内炎の原因

口内炎とは口腔内にできた炎症の総称で、部位別では舌炎・口角炎・歯肉炎などに分類し、性状別ではカタル性・アフタ性・潰瘍性・壊疽性などに分類する。.アフタ性口内炎は最も多い口内炎で、口腔粘膜に生じる浅い潰瘍(びらん)のことをいう。直径数ミリのびらんが発生し、しばしば中心に白苔をもつ。周囲に10日ほどで消えるが再発を繰り返しやすい。食に際して痛む。アフタ性口内炎の診断には、単純性ヘルペスとの鑑別が必要である。単純性ヘルペスは数個でき、微熱出現する。なおベーチェット病では直径1㎝ほどの大きなアフタができる。

1)創傷性
       口腔の傷+唾液量減少 →  細菌を洗い流ず、口内細菌増加→炎症→(潰瘍)口内炎
                 ↑
       ストレス・新陳代謝減少→口腔粘膜の新陳代謝低下→口内炎

口腔の傷の原因は、歯ブラシで傷つけたり、歯で粘膜を噛んだり、魚の骨などが刺さるなど。口内炎患者の口腔内では、常在菌が繁殖して炎症を起こしている。多くの場合は、唾液によって細菌が洗い流され、口内炎になる前に傷が治癒するのだが、唾液分泌が減少して口腔内乾燥すると口内炎になりやすい。

口の粘膜は絶えず新陳代謝で再生してるが、疲労やストレス時ではで新陳代謝が低下し、口内粘膜の代謝も減少し、悪化するとアフタができる。

口腔内乾燥の原因の一つに、声の出し過ぎや女性ホルモン不足がある。
更年期にみる口内炎を、とくに「更年期口内炎」とよぶ。


2)ビタミンB群不足

口内炎に対し、内科医では、まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(チョコラBBなど)を投与するという。
(ビタミンB2不足→口角炎、ビタミンB6不足→舌炎、口内炎)
または口内細菌を殺す目的でトローチを投与。
ビタミン不足が原因で、口内炎になるケースは、1~2割とされ、当然ながらビタミン不足でない者にビタミン剤を使うことは無意味である。まずビタミン不足を考え、ビタミン剤(B6やB2)を投与。口内細菌を殺す目的でトローチを投与することもある。

※腸内細菌はビタミンB1、B2、B6、B12を合成するので、他疾患治療のための抗生物質の長期投与や下痢症では腸内細菌を殺すことになる。


3)免疫力低下

睡眠不足、過労、ストレスなど。ほかに抗生剤、ステロイドの長期服用による。


2.重篤疾患との鑑別

1)ベーチェット病
口内炎で重要なことは、単独で捉えてよいのか、それとも全身性疾患の部分症状なのかという点である。全身性疾患の代表に更年期障害とベーチェット病がある。
ベーチェットでは直径1㎝ほどの巨大なアフタ性口内炎が初発する。
 
2)口腔癌
口内炎から癌に進行するわけではないが、癌の初期状態に、口内炎によく似ている白板症(はくばんしよう)  とや紅板症(こうばんしよう)といった病変がある。


3.口内炎の現代医学治療

傷や潰瘍で細菌が繁殖→白血球など免疫細胞が戦いを始める→この戦いで組織が破壊されることが炎症、すなわち痛みとなる。すなわち、口内細菌の繁殖を抑えることが根本的な治療になり、その他の治療は、対症療法にすぎず、したがって再発予防には役立たない。

1)うがい
殺菌成分入りのうがい薬(イソジンなど)や洗口液を使ったうがいが効果的である。
20秒間のうがいを3回すれば、口内細菌量が1/10になる。

2)ステロイド系の塗り薬
免疫を抑制し、痛みを和らげる働き→原因をなくすのではなく、症状を緩和させる作用。病院で処方される口内炎の塗り薬の大半がこのタイプ。代表藥はケナログ。口内炎により、痛くて食事ができない場合、とりあえず痛みを抑える意義がある。

3)その他の殺菌・消炎成分入りの塗り薬
大半が市販薬がこのタイプ。塗った場所だけの局所的な殺菌効果である。

4)外科的治療
かつては口内炎部を硝酸銀で灼焼する方法が用いられたが、最近ではレーザー照射がこれに代わった。粘膜を灼焼して痂皮をつくり、外部刺激を遮断することで鎮痛を図る。口内炎部を、すべて痂皮で覆えば鎮痛できる(不完全では痛みは取れない)
  

4.口内炎の針灸治療

舌や頬粘膜、口腔底の痛みは、舌粘膜知覚刺激の結果であり、これは舌神経(三叉神経第Ⅲ枝の分枝。舌前2/3の粘膜の感覚支配)により中枢に伝達される。他に舌には鼓索神経(顔面神経の枝。舌前2/3の味覚支配。顎下神経節への副交感神経線維)が入る。
   
針灸治療は、項筋緊張緩和→C1~C3神経の鎮静→三叉神経第Ⅲ枝の鎮静→口内炎の鎮痛、という治癒機転を考える。要するに、項部のコリを緩めることが重要である。



1)線香の火の瞬間的接触
 
局所を焼く対症治療で、以前行われた扁桃炎に対する硝酸銀塗布と同じような意義がある。確かに施術直後から痛みを減らすことができる。これはレーザー治療と同じ考えである。患者は瞬間的に熱く感じる。治癒機転を高めるという効果はあると思うが、口内炎部分を、まんべんなく焼く訳にいかないので、即座に鎮痛はできない(減痛はできる)。

2)交感神経興奮させる目的で、座位での大椎や治喘からの強刺激
   
3)肩髃刺針

長尾正人氏は口内炎の鎮痛に効果があるとして、「肩髃の一本」(医道の日本、平成10年7月号)を紹介している。肩髃穴に、2番針を1㎝ほど刺入、痛みがとれるまで雀啄または10分間置針する。5分以内の置針では効果はなく、7~10分間の置針で、ほぼ確実に数分で痛み消失するという。臂臑よりも効く。

筆者は、数例の口内炎患者に肩髃置針15分間を追試してみたが、明瞭な効果は得られていない。しかし中には「追試して効果があって驚いた」との意見もあった。肩髃刺針の有効性の根拠を推察するに、おそらく頸部交感神経節を刺激した結果、口腔粘膜の血流量が増加して治癒機転が働くのだろうと私は考えている。だとすれば肩中兪からの深刺でも同等の効果が得られると思われる。
 

4)ハスの灸

家伝の灸として「ハスの灸」が知られている。ハスとは長野県北部の狭い地域にみる方言で、化膿姓疾患のこと。植物のハスのことではない。歯バッスとは急性歯肉炎のことをいう。抗生物質のない時代のこと、当地域では「ハスには刃物を見せるな灸で治せ」といわれていたという。ハスの灸の取穴は不明瞭な部分はあるが、歯痛側の肩骨(=肩峰?)の前方2寸の圧して痛む処(肩髃?)。さらに(肩骨から?)背骨に向かって3寸の圧して痛む処(肩髎?)の2点である。この2カ所に米粒大の固ひねりの艾炷を2点交互に時々灰をとりながら20壮以上すえる。一言でうなら肩関節周囲の圧痛点への多壮灸治療で、除痛効果・排膿効果が期待できるという。(池田良一「家伝の灸-ハスの灸」歯肉炎の灸 全鍼誌 51巻3号 2001.5.10)

私は口内炎に対する肩髃の鍼の効果について、懐疑的であったが、ハスの灸の存在を知ることで、今では肩関節と口内炎・歯肉炎の顆に関連性があるようだと考えを改めるようになった。


 
   

 

 

喉頭症状の現代鍼灸

$
0
0

1.喉頭の構造と機能
  
喉頭とは咽頭と気管間にあり、喉頭蓋基部~輪状軟骨の範囲をいう。喉頭は、ほぼ下咽頭前方にある。喉頭は気道の一部であり、同時に発声器官でもある。喉頭症状とは咳と嗄声であり痛むことはない(咽痛はあっても。喉痛はない)。咳が出る代表疾患は喉頭炎、嗄声をずる代表疾患は反回神経麻痺である。
 

1)発声時の甲状軟骨の動き

輪状軟骨は甲状軟骨と関節をつくる。これを支点に甲状軟骨が上下に可動する。
輪状甲状筋は輪状軟骨と甲状軟骨を結筋で、この筋が収縮すると声帯ヒダが引き伸ばされて高い声がでる。輪状甲状筋は上喉頭神経外枝(迷走神経の分枝)の支配を受ける。
披裂軟骨の回転は披裂筋の収縮によ結果で、披裂筋は反回神経(迷走神経の分枝)の支を受ける。

2)声帯ヒダの構造
   
喉頭腔の側壁には前後に走る上下2対のヒダがあり、上ヒダを室ヒダ(前庭ヒダ)、下ヒを声帯ヒダとよぶ。1対の声帯ヒダの間の間隙を声門裂とよぶ。呼吸時には声門裂は完全にいている。発声時には声門は閉じ、吐気流が声門振動させる。
一般に成人男性は女性に比べて、低い声になるのは、声帯ヒダが長いため。     
息が閉じた状態にある声帯の間を通過すると声帯が震え、声になる。声帯が閉じられていない場合には息漏れした声(=ささやき声)になる。

 

2.喉頭の神経支配
     
喉頭の神経支配は迷走神経で、上喉頭神経と下喉頭神経(=反回神経)に分岐する。喉頭粘膜知覚は、声門より上が上喉頭神経内枝で、下が下喉頭神経が支配する。この中で、鍼で直接刺激可能なのは上喉頭神経内枝(咳)と、上喉頭神経外枝(嗄声)である。

 

 

3.急性喉頭炎
 
1)病態生理

喉頭炎時の咳は、ノドからこみ上げるような咳が特徴。本来咳嗽は、喉頭粘膜が異物や分泌物になどにより刺激されると、上喉頭神経内枝を介して咳嗽反射が起こり、異物を気管内に入るのを防ぐ役割がある。
 
2)原因

感染性:感冒の部分症状として出現。鼻炎、咽頭炎を伴うことが多い。
物理・化学的刺激:音声酷使、喫煙、ガス、塵埃の吸入
 
3)症状:嗄声、咳、咽頭異物感・軽度の発熱
 
4)治療:声帯の安静を保つため、なるべく発声しないこと。吸入療法。
R/O 喉頭癌:
声門癌が最も多く、ついで声門上癌、声門下癌の順。声門癌は高齢者で男性に多い。多くは扁平上皮癌である。
症状:声門癌では早期から嗄声を生じ、進行すれば咳嗽出現。進行すると失声、末期には声門狭小となり呼吸困難。
5年生存率90%(声門癌)。

4.慢性喉頭炎
 
1)原因:急性喉頭炎の反復、音声酷使、声帯ポリープ
2)症状:嗄声、咳、喉頭不快感

3)治療:急性喉頭炎に準ずる。ポリープであれば切除する。
最近アメリカの研究で、ハチミツが小児用のシロップ状の咳止めと同等かそれ以上の効があると明らかになった。ハチミツの中に存在する酵素グルコースオキシダーゼが、過酸水素をつくるが、これが強力な殺菌作用を持っている。またハチミツは、荒れた粘膜を保作用もある。直接ハチミツをスプーン1~2杯食べるか、お湯でハチミツを溶かして飲む。

5.咳嗽の鑑別診断

1)鑑別診断
   
① 急性の咳・痰の場合、咳や痰の症状が強く高熱であれば肺炎やインフルエンザを疑う。  
②咳は喉から出るのか、胸から出るのか問診する。
胸から咳が出る場合、医療受診させる。喉から咳が出る場合、普通感冒や急性喉頭炎が考えられるので針灸適応である。
③慢性の乾燥咳で、次第に増悪傾向にあれば初期の肺結核や肺癌(医療受診)を疑う、
④慢性の乾燥咳で、かつノドから出る咳では慢性喉頭炎を考え、鍼灸治療可。
⑤痰を伴う咳(湿性咳)で胸から出る咳であれば肺炎などの感染症を考える。
⑥慢性疾患で乾性咳、湿性咳の出る呼吸器疾患は非常に多く、針灸師が予想診断をすること難しい。
医療機関受診後の治療が前提になる。平熱で慢性咳嗽で来院するのは次のものがある。
上気道疾患:慢性扁桃炎、慢性咽頭炎
下気道疾患:COPD(慢性閉塞性肺疾患)すなわち肺気腫・慢性気管支炎・気管支喘息6.咳嗽の針灸治療
  
咳嗽は自律神経症状なので、咽痛のように興奮している知覚神経の鎮静という治療方針は成立しない。咳嗽により身体は副交感神経優位になっているので、鍼灸により交感神経優位に誘すること、または迷走神経刺激という見方が必要になる。
 
6.咳嗽の鍼灸治療

咳嗽とは咳+痰の症状をいう。痰がある場合、痰を排出する目的で咳が出ていることもあるので、咳を止めることだけを重視してはならない。現代医学の場合には鎮咳よりも痰のキレをよくする気管からの水分分布を活発化させるような薬や喀痰の容積を大きくして粘性を下げる薬を投与する。

1)治喘
  
①意義:頭蓋骨部器官全般の交感神経は、交感神経の上頚神経節から出発する。この上頚神経節と結ばれる体性神経はTh1脊髄神経なので、大椎付近の刺激は、頚部交感神経節刺激としての意義をもつ。
  
②取穴:座位。大椎(C7Th1棘突起間)の外側5分。

③刺針:3~5番針を6分~1寸刺入する。すると咽頭の方に響くことが多い。
※中国では脊柱に沿って斜め下方に4~5㎝刺入している(「快速刺針療法」)。
 

2)上喉頭神経内枝刺
  
①意義

上喉頭神経痛(声帯の痛み)への対処。上喉頭神経痛との診断は非常にマレで、咳・あくび・しゃっくり等で発される。ただし扁桃炎時の咽痛は、上喉頭神経内枝の興奮ないし舌咽神経痛の混合性だとされる。
    
※ポッテンジャーによれば、上喉頭神経が興奮すれば喉頭異物感が出現するという。この見解からすれば、梅核気には上喉頭神経内枝刺の適応があるのかもしれない。  

②術式

a.甲状軟骨と舌骨の間隙の外方で、舌骨の大角の直下を刺入点とする。
舌骨の大角の直下には甲状舌骨膜に孔が開いており、上喉頭動脈と上喉頭神経内枝が貫通している。
   
b.ここより内方やや前方に刺入し、耳や喉頭の声帯付近に放散痛が得られる部を探って2㎝刺針する。

③針響と適応
喉の声帯あたりに響くがその奥にある咽頭には響かない。嚥下痛など扁桃炎の咽痛には応しない。


 

3)気管軟骨刺
   
①適応
上位気管に起因する咳嗽、嗄声。気管支や肺の病変による咳嗽には効果不確実。
  
②位置・刺針
下喉頭神経を刺激するには、喉頭~気管軟骨の範囲に刺針する。深さは5~7㎜。気管、喉頭ともに、前面と側面から4~5本づつ、1~2㎝間隔で刺入。
  
③効果
急性症では2~3回の治療でよいが、慢性では長期治療が必要。自宅では前頸部に知熱灸を実施。(郡山七二「針灸臨床法治録」)
※天突から気管に向けて直刺あるいは胸骨下に水平に入れる旧来からの方法は、気管に分布る迷走神経を刺激しているという意味で、気管軟骨刺のバリエーションといえる。

 

 

7.反回神経麻痺(=声帯麻痺)
 
1)反回神経の走行

反回神経は迷走神経から分岐して喉頭内に侵入する。この経路で、左反回神経は大動脈弓を迂回して上行し、右反回神経は鎖骨下動脈を迂回して上行するので、途中で圧迫を受けやすい。反回神経麻痺は、左側が右側より圧倒的に多く、3:1の比率である。1割ほどが両側性の反回神経麻痺になる。

2)原因 

喉頭周辺の腫瘍(食道癌や喉頭癌、甲状腺手術)や胸部大動脈瘤により、反回神経を圧迫。全身麻酔による長時間喉頭圧迫。ただし特発性(=原因不明)であることが最も多い。
 
3)症状
   
臨床上、声帯は一側の副正中位をとることが最も多いが、中間位や正中位である場合もある。  
①一側性麻痺の場合、副正中位ならば嗄声をきたす。
②両側麻痺では、声帯が開いていると嗄声がおこる。会話する場合は、何回も息継ぎをしなら、しかも枯れた声になので、聞く方はなかなか理解しにくくなる。
③両側性麻痺で、両側声帯が正中位で固定していれば、呼吸困難が起こる。
    
反回神経麻痺では、声が出にくくなるのは、左右の声帯が開いているため、呼気による声帯ヒダの振動がおこりにくい。そのため患者は呼気量を増やして声を出そうとするので、発声持続時間が短くなる。30秒以上が正常だが、ひどい場合は3秒以下になる。手術の適応とる目安は、10秒以下である。



筆者の小学5年での反回神経麻痺のエピソード

小四の夏休みで、楽しみにしていた学校主催の林間学校に出発するという前夜のことだった。興奮してなかなか寝付けなかったが、いつの間に眠ってしまった。ふと夜中に目覚めると、呼吸しづらいことに気づいた。息を吸うにも息を吐くにも、努力してやっと何とかできる状態。親を起こし「息がしづらい」と伝えると、「とにかく学校に電話して林間学校参加を中止するか」というが、何しろ明日は林間学校なので、「少し様子をみる」ということにした。そのまま再び寝床につき、再び目覚めたのが翌朝だった。その時は呼吸しづらさは皆無となり、何事もなかったかのように林間学校に出発できた。今になって、思うとあれは確かに反回神経麻痺だった。急に改善したのも運が良かっただけだった。もっと重ければ呼吸困難で死んでいたかもしれない。
 

4)現代医学での治療
   
軽度の反回神経麻痺であれば、声を出すことがリハビリになる。6ヶ月の保存療法で麻痺が軽減せず大小作用も起こらない場合、手術を検討する。手術内容だが、閉鎖しない声門を元狭くしておくことで発声時に閉鎖しやすくする。つまり麻痺した声帯を内側に寄せる手術になる。声帯内BIOPEX注入術は一側性声帯麻痺に対し、声帯外側にリン酸カルシウム骨ペーストを注入して声門裂の間隙を人工的に狭くする方法。
 
5)嗄声の針灸治療
   
嗄声には声帯そのものの異常が原因である場合と、反回神経麻痺が原因である場合の2類がある。最も頻度は多いのは、感冒や大声の出し過ぎによる一過性の声帯の炎症である。安静にしていれば自然回復する嗄声に対し、鍼灸はその治癒を促進させる効果があると考えらている。基本的に、喉頭周囲筋のコリを緩め、血流増加することを治療目標とする。
 
①輪状甲状筋刺
  
a.意義
   
輪状甲状筋は甲状軟骨下端と輪状軟骨を結ぶ、上喉頭神経外枝(運動線維)支配の筋で、発声時の音の高さを調整する作用がある。

嗄声の手技療法として、甲状軟骨と輪状軟骨の間を母指と示指でつまみ、大きく左右揺り動かす方法を行っている治療家がいる。 声の高低がコントロールしづらい場合、輪状甲状筋刺針が効 果的となるか否かは不明。
  
b.刺針
    
本筋に刺針するには、甲状軟骨と輪状軟骨の前正中の間隙を触知し、これを基準点とし左右に1㎝ほど移動した2点を刺針点とする。1㎝ほど刺入した状態で発声させると運動効果が得られる。
 
6)反回神経麻痺に対する針灸治療の試行錯誤
  
筆者は非器質性の急性反回神経麻痺による嗄声に対する針灸治療を何例か試みている。現代学でも、発症後6ヶ月は自然治癒することもあるので保存療法で経過観察する。その後に手術るか否かを判断するのが普通なので。
  
治療前と治療後の持続発声秒数を比較して、治療効果を判定する。健常者では、持続発声時30秒以上になるが、反回神経麻痺の者は、数秒~十数秒しか声は続かない。持続発声秒数がいほど重症すなわち左右声帯膜が開いた状態で固定された状態になっている。以下に私が最近取り扱った3症例のメモを記す。論旨が伝わればいいかと思っている。①②③の各症例は時系列であり、③が比較的経験を積んだ時点での治療である。

症例①
治療前持続発声時間12秒。当初は2寸4番程度の針を用い、健側前頸部の気管軟骨壁へ本刺入、30分ほど1ヘルツのパルス通電を行うという方法をとった。施術直後18秒に改した。3日後に調べると施術前は12秒で治療後は18秒。すなわち治療直後効果のみの効で、その後数回治療を重ねるも、それ以上持続発声時間が延長することはなかった。なお患治療は無効だった。
 
症例②
治療前に持続発声時間が2~3秒。声門裂の間隙が広い状態で固定されてしまったらしい上記患者と同様の治療を1回行うも、まったく持続発声時間が延長しないので、次回治療すことなく治療中止とした。
 
症例③
前持続 健側前頸部の気管軟骨壁へ数本刺入、30分ほど1ヘルツ通電し無効だった患者に対し、仰臥位にて甲状軟骨を苦しくならない程度に強圧しつつ発声させると、10秒→18秒と非常に良好な効果が得られた例がある。この効果は再現性があったので、自分で甲状軟骨押圧しつつの発 声訓練を行わせることにした。この患者は座位で左右の治喘から中国針で刺し、喉に響かせるようにすると、それだけでも10秒→15秒と発声秒数の延長ができた。

 

気管支喘息に対して天突から胸骨裏への水平刺が効いている例

$
0
0

岡本雅典 氏 レポート 2022年7月18日

A.気管支喘息の症例報告

普段から体月2回ほど身体のメンテナンスで来院する48才男性。ある日の来院時、「今回また喘息発作が治まり、呼吸が浅くて息苦しい。いつもこの状態が1カ月ぐらい続く」と訴えることがあった。

その時は、仰臥位にて迷走神経刺激目的で天突に2寸♯5の鍼で、鍼体を90度くらいに曲げ、胸骨の裏に這わすように刺針。「喘息には天突」というのは教員養成科での授業で教わったもの。天突から直刺しなかったのは、気管壁へ直接刺激するのを回避する意味。
固いところに当たったら「響きましたか?」と問うとYes と返答するような具合に行った。得気が得られたらそれ以上深刺せず、また廉泉には寸6#5で刺針し、両者をクリップでつないで1ヘルツ20分間の通電を行った。廉泉刺針は、喉の奥への響きを得やすく呼吸が楽になるかもしれぬという思いからで、迷走神経刺激の意図もある。刺激が不足するようならば、徐々に100ヘルツまで上げていった。1~2分間ほど通電していると、「呼吸が深くなって、楽に呼吸できる」と喜んでいただいた。
喉を湿らすために、寸3♯1で両側の顎下腺にも鍼刺し、ここにもパルスを流した。

その後の来院の際にも天突水平刺や簾泉刺針をしたが、パルス通電はしていない。これは天突に水平刺しただけでも「呼吸が深くなる」という効果が得られたため。このような治療により、これまでリバウンドの経験はない。定喘や治喘は一度も使っていない。

なお41才、女性で同様の症状を訴える患者に対しても天突から胸骨裏への水平刺が有効だった。

※周波数の使い分けについて、現在の僕は1Hzは気管支喘息発作後、深く呼吸が出来るようにする。(2診目以降はパルスなし)、10Hzは花粉症などで喉がイガイガする場合。
100Hzは風邪で喉が痛い場合といったように一応使い分けているが、厳密に比較検討したものではない。

 

B.気管支喘息の薬物療法から考える鍼灸治療の整理

1.気管支喘息に対する現代薬物療法の概略

40年前頃までは、気管支喘息で鍼灸に来院する患者は珍しくなかった。当時の治療はステロイド内服が中心だった。しかしステロイドには強い副作用があることから、過度には使わせず、ギリギリの処でコントロールされていた。予想外の大発作が起こると、呼吸困難となり、救急車で病院に搬送されるのが常だった。
しかし現在、気管支喘息で鍼灸に来院する者はマレとなった。その意味するところは、現代医療が進歩し、代替医療として鍼灸に頼る必要が薄れた結果でもある。

治療の2本柱は、吸入ステロイド薬+気管支拡張剤である。治療の重点は気管支の炎症を軽くして気管支の腫れを引かせる方に置かれるようになった。炎症改善にはステロイド剤が最も効果的である。その投与法はステロイド錠の内服ではなく、気道狭窄の度合いを調べ、必要十分な量のステロイドを吸入する方式に変わった。これによりステロイドの使用量は数十分の一程度と激減したので、昔ほど副作用をあまり心配する必要がなくなった。
 
気管支拡張剤とは、交感神経β2刺激剤のことである。発作時は副交感神経優位になっているので、気管狭小し気管分泌物も多くなり呼吸困難になっている。この自律神経バランスを交感神経優位にする目的で気管支拡張剤を点滴する。


2.気管支喘息に対する鍼灸治療法の整理
以下は、似田敦著「現代鍼灸臨床論」の中から大幅に引用させて頂いた。自分の行った治療が気管支喘息の鍼灸治療体系の中で、どういう位置づけになるのか知ることができる。

1)交感神経優位を目的にする施術

気管支喘息の鍼灸治療は、ステロイド剤のような強力な抗炎症作用はないので、発作時に必ず効くという保証がない。鍼灸治効の基本原理は、副交感神経優位の状態を交感神経優位に誘導させるという意味では、上述の気管支拡張剤的といえるだろう。それには2つの方法が広く行われている。

①臥位での天突刺針
天突刺針は、30年以上昔から、天突から胸骨裏にむけて水平刺(事実上は斜刺)する方法が知られていたが、仰臥位で上背部にマクラを入れ、頸を過伸展位にさせるのが大変なのか、中国でも天突から直刺する方法に変わったようだ。

②肺気管支の脊髄神経断区としてTh1~Th5(とくにTh1~Th3)の高さの起立筋施術として治喘、定喘、肺兪など(伏臥位)への刺針がある。
本来、肺・気管支は副交感神経優位作動性なので、基本的に内臓体壁反射は生じにくい。そのため交感神経優位の胃の治療に中脘や脾兪、同じく交感神経優位の心臓の治療に心兪や巨闕などという兪募穴治療パターンは使いづらい。

③人為的に交感神経優位の情況を作り出すため、強刺激治療や座位での治療を実施する。これには欠点もあり、強刺激になりすぎ、数時間後(とくに夜間)にリバウンド(発作の再発)しやすくなることがある。自律神経は振り子のようなもので、自然に振れ動いている限り問題ないが、人為的に大きく振り子を動かすと、反対方向にも大きく動いてしまうのである。

④このような失敗を防ぐため、筑波大の西条一止先生は太い鍼で短時間(単刺施術)・少数穴治療という考え方を誕生させた。イメージ的には、熱いバスタブに短時間入る感覚である。熱いバスタブに長時間入ると火傷するので問題外。ぬるいバスタブに長時間入ると副交感神経がさらに優位となるので逆効果。ぬるいバスタブに短時間入るならば、風呂に入る意味はそもそもなくなる。パルスをすると、どうしても長時間置針になるので、短時間治療という原則からは外れるのである。ただし軽度の喘息発作では、振り子の振れ幅も小さいのでパルスをしても、リバウンドについては心配するに至らなくてすむ。
 
2)首コリ肩こりの治療
 
故・高岡松雄医師は、気管支喘息患者発作時に皮内針治療を実施したところ、同じ患者でも、効く場合と効かない場合のあることを経験し次の結論を得た。患者によっては、アレルゲンや感染によって発作が起こるのではなく頚肩部の筋のコリが発作の誘因になっている場合がある。コリを緩めることで発作が楽になることもある」。アレルギーが発作の誘因ならば皮内鍼治療の効果はないとの解釈を提示した。
(高岡松雄「痛みの治療」医道の日本社)


3)灸痕による異種蛋白療法

40年ほど前の医道の日本誌に、「ガットグートつぼ療法」の記事が載っていた。ガットとは羊や豚のことで、グートは小腸のこと。すなわち羊や豚の小腸を細くしたものを、注射鍼で体内に入れる治療法である。ガットグートは体内で自然に溶けて消滅する。要するに埋没針療法の一種である。       

これは減感作療法と似た面をもつ。身体の中に異物が入ってくると、身体は退治しようとして、アレルギー反応が起きる。しかし、その異物は大した悪さをしないことが分かると、同じような刺激にあっても以降は過敏反応を呈さなくなる。そこで用いられるのが手術用の糸や絹糸の埋め込みである。

異物を皮下に埋め込む方法は日本の鍼灸師には許可されていないが、その代用として透熱灸があると浅野周氏は記した。これは皮膚を焼いて蛋白質を変性させることにより、異物を皮下に埋めたのと同様の効果がある。ただし皮下に異種蛋白ができなければならないので、上質モグサでは効果が乏しい。灸頭針用の質の悪いモグサを使い、米粒大の灸をすえる。浅野氏による喘息に対する施灸による異種蛋白療法は次のように行う。
伏臥位。大椎~至陽(督脈上の棘間穴の中から、圧痛の強い2穴を選択)、左右の肺兪と左右の膏肓(できるだけ肩甲骨を開かせてその内縁)を選択。計6点を選ぶ。灸頭針用もぐさを使用。底辺直径2~3㎜、高さ5㎜大の艾炷をつくり、上記穴に9壮づつすえる。9壮×6ヶ所=54壮になる。熱さは1壮で30秒間ほど続く。粗悪もぐさを使う処が治療のカギ(異種蛋白をつくる)である。10日前後または発作時に、再び同様に施灸する。3回程度の治療で改善するのが普通で、1年に3回治療というパターンを継続する。10日毎ならば何回すえてもよい。

ただし似田がこの方法を試してみようと、喘息患者に大椎の透熱灸を行い、人為的に火傷をつくったことがあったが、あまり手応えはなく残念な結果に終わった。異種蛋白療法として施灸痕を考える方法は、興味深いものだが、神経痛や筋肉痛の鍼灸治療などどは異なり作用機序は複雑になる。今後とも体位や施灸刺激量などを試行錯誤による検討が必要だろう。


4)次回発作までの期間を長引かせる全身治療

発作時の治療は現代医療に任せ、鍼灸は次回発作までの期間を長引かせること。すなわち発作が起こりにくい身体にすることが重要だといわれている。これは方向性としては妥当だが、実際の施術方法まで示すものではない。

 

上写真:外国人向け指圧講習会2022年。下段中央が筆者(高野山宿坊にて)

 

岡本  雅典
あはき師、元東京医療専門学校講師     
オフィス:The 立川鍼灸院 治療室ホスピターレ
     東京都立川市柴崎町3-3-3 櫻岡ビル4F
                  電話 042-526-0766

 

舌痛症の針灸治療からの考察(54才女性)

$
0
0

1.主訴:舌が痛む

2.現病歴、所見
2年前、逆流性食道炎。内服薬で寛解。4ヶ月前から舌が痛くなった。歯科受診すると、精神科で向精神薬処方するよう指示されたが、これは違うと思い、当院ブログをみて当院受診したという。
舌はとくに前方がピリピリする。ちなみに舌はやや肥大で舌質は薄いピンク色。舌苔は白く厚かった。唾液量は正常。顎関節正常。腹部に硬結や圧痛なく、背部は左上~中背部の起立筋緊張あり。不眠なし。

3.病態把握

舌痛症は、症候性が1/4、本態性が3/4である。ただし全身症状良好で精神症状もないようだった。事前に歯科を受診で精神科紹介されているのでひとまず症状性を除外できたので本態性と判断した。

なお舌前2/3の知覚は三叉神経第3枝の舌神経(下顎神経の分枝)で、舌骨上筋群の知覚は下歯槽神経(下顎神経の分枝)であるが、研究者の報告によれば、これらの神経をブロックしても舌痛症状はあまり変化なかったという。そこで舌痛症の現代医療では抗うつ剤投与し、肩こりや不眠などの合併症状に対しては星状神経ブロックが行われるようになった。

 

 

4.針灸治療
 
知覚神経に対する神経ブロック法があまり効果ないということならば、舌痛の原因として疑わしいのは舌痛をもたらす前頸部とくに舌骨上筋の顎二腹筋後腹のトリガー活性である。

舌痛症にマッサージを試みた報告を発見した。舌痛症を筋膜性疼痛症候群(顎舌骨筋・内側翼突筋・胸鎖乳突筋・後頸筋、肩甲上部の僧帽筋)の索状硬結部に圧迫と圧搾マッサージを30分間実施。その際、皮膚表面の摩擦を少なくする目的でマッサージ用オイルを皮膚表面に塗布。自宅ではセルフマッサージ、ストレッチング、生活習慣の指導を併用。4ヶ月間で6回治療で舌の自覚症状や味覚障害が改善したという。
(原節宏、滑川初枝「二次性Burning Month syndromeに筋膜トリガーポイントマッサージ療法を適 応した一例」日本口腔顔面痛学会誌、2011)


5.針灸治療 

トリガーポイント針治療では、筋緊張を問題にしているので、上述報告の施術部位を針に置き換えればよい。初診時には当初、舌上筋部の顎二腹筋後腹に硬結を発見したので、この硬結中に寸6#2で4本を5分間置針、他に上部消化器反応の可能性を考え、腹臥位で左肩甲間部~中背部の筋緊張に対し、起立筋を緩める目的で5分ほど置針。以上で治療終了。舌骨上筋の硬結に対してはせんねん灸を自宅施灸するよう指示した。


6.経過

1週間後再来。舌痛症状は1/3ほど改善し、光明が見えてきたとのこと。
前回治療で最も効果があったと考える舌骨上筋群反応点への刺針は、硬結を治療点として選穴したのだが、もっときちんとした反応点を見出そうと思い、刺針体位を工夫してみた。
それは仰臥位で上部胸椎部下にマクラをはさみ、頸部を過伸展体位にして、舌骨筋を再度触診してみた。すると前回とはことなり、顎舌骨筋部にシコリを触知できた。前回よりも刺激量を増やしても大丈夫そうだったので、2寸#4針に変更してシコリ中まで刺針、5分間置針。置針している間唾液を数回ゴクンと飲ませる一種の運動針を行った。他の治療は前回通り。
 
さらに1週間後再来。舌痛症状は1/2程度になったとのこと。舌骨上筋の圧痛は、左の顎舌骨筋・茎突舌骨筋・顎二腹筋後腹にあったので、硬結を目安に寸6#2で2㎝刺して数分間置針。1日数回自分で、左舌骨上筋の圧痛点を押圧するよう指示した。

 

 

 

上図の説明
舌根穴は、いわゆる舌の根もとの部分で、舌痛に使用。廉泉穴より左右外方1㎝の部は甲状舌骨膜にある上喉頭神経刺激。上後頭神経は咽頭知覚を受け持っているので、本穴からの刺針は、咽痛の対症療法として使用。

 

7.補足:喉のつまり感について

ノドのつまり感は、嚥下の際に強く自覚する。嚥下運動は、咽頭にある食塊を喉頭に入れることなく食道に入れる動作で、この食塊の進入方向を決定するのが喉頭蓋が下に落ちる動きである。この喉頭蓋の動きは喉頭蓋が能動的に動くのではなく、嚥下の際の甲状軟骨と舌骨が上方に一瞬持ち上がる動きに依存している。嚥下の際のゴックンという動作とともに甲状軟骨が一瞬上に持ち上がり、喉頭蓋が下に落ちる動きと連動している。
つまり舌骨上筋の過緊張でも、喉の詰まり感は生ずる。治療は舌骨上筋の緊張を緩めることにある。

 


灸頭針の歴史と方法、および適用について ver1.1

$
0
0

1.灸頭針の歴史

昭和6年、東京の芝で開業していた笹川智興氏発案による。婦人雑誌へ発表した処から一般に知られるようになった。発表当時は、鍼頭灸という名称だった。笹川智興の方法は、今川正昭氏「灸頭鍼の周辺」(医道の日本、昭和60年10月号)に詳しく載っている。それによると、元々の方法は比較的長鍼を用いて斜刺し、モグサを丸めて鍼柄にからめて点火する方法だった。浅刺の場合には、鍼はモグサの重みで倒れぬよう、丸めたモグサで鍼を支えていたということである。

 

田中博氏によれば、柳谷素霊は笹川氏自身から教えを受け、柳谷素霊の門下生である西沢道允氏が赤羽幸兵衛にそれを伝え、赤羽幸兵衛が「灸頭鍼法」を執筆して広く知られるに至った、という流れとなるらしい。(「灸頭鍼入門(6)笹川智興氏の軌跡」医道の日本、昭和61年5月号)。なお田中博氏の同上文献によれば、灸頭鍼という名称を考案したのは柳谷素霊であり、この名称が広く普及したのは赤羽幸兵衛著「灸頭鍼法」によるということである。 

当時の鍼は、鍼柄と鍼体がハンダで連結されているだけで、熱はもちろん、ちょっと力を入れると継ぎ目で折れてしまうほどで実用にならず、赤羽氏も相当苦労した。結局、太めのステンレスの鍼で、鍼柄を半田ではなく、カシメで方式でつなぎ、その上に中央部に鍼柄が被さる塔のような管がついた金属製のお皿を乗せ、お皿の上でもぐさを燃やす方法を考案した。1970年代以降は、鍼もステンレス製が中心になり、鍼柄も大半がカシメ式になったため、現在では鍼に直接もぐさをつけるようになった。


2.灸頭針の基本手技(田中博氏の見解を中心に)

1)ステンレス針柄、ステンレス鍼を使用する。
鍼の太さは直径0.2㎜(3番鍼)以上が必要。鍼が細いと艾炷の重さに耐えきれず、鍼が彎曲する。一般に顔面では1寸、腰殿部では寸6、四肢体幹部では寸3と使い分ける。

2)灸頭針に通常の透熱灸モグサを使うとコスト高かつ温感が弱すぎて使いづらい。温灸用の下等モグサは安価で燃焼熱量が高いが、パサついて球状に丸めにくく煙の量も非常に多い。無理に丸めて針柄にとりつけても、燃焼中落下の危険がある。ということでその中間である灸頭針用モグサを使うのが普通である。価格も透熱灸用モグサと温灸モグサの中間くらい。近年、灸頭用モグサとしてあらかじめ丸く固めてあるものが市販されている。多量に使う治療院ではコスト高になるだろうが、たまに使う分には必要十分だろう。

3)皮膚と艾炷底面との距離は2.5㎝で、艾炷直径は1.8㎝(0.5g)。なお艾は、いわゆる灸頭針用艾すなわち中級艾を使用し、できるだけ固く丸める。鍼の長さが変わっても、皮膚と艾炷底面との適切な距離は変わらない。

※ちなみに一円硬貨の直径は2㎝である。艾炷直径1.8㎝というのは、私のイメージからすると小さ目である。先輩から教わったのは、直径2~2.5㎝すなわち1円玉10円玉硬貨大で、フワッと固からず軟らかからずに丸めるというもの。これは固く丸めすぎると、点火しづらくなるため。この艾炷の大きさしたなら、艾炷と皮膚との適正距離は3~4㎝が妥当となる。

4)点火は、マッチやライターでもよいが、使い勝手は、チャッカマンタイプの方が使い勝手は良い。
点火する部位は、艾の下側から行う方が熱効率は良い。艾炷の上側から点火するなら燃焼するにつれ、針体が倒れ、皮膚に近づくので、患者は熱くて悲鳴をあげるなりかねない。艾の重量で針が傾いている場合、傾いている側(皮膚に近づいている側)から点火した方が、艾が燃えるにつれ、針の傾きが修正されるのでお勧めである。

直刺した針柄にとりつけた艾炷であっても、艾炷の上から着火するより、下から着火した方がよい。上から艾炷を燃焼させると、患者が暖かさを感じるまで時間を要し、結局暖かく感じる時間が短くなってしまう。


5)灸頭鍼は、通常は3~5壮行う。1壮目が燃え切ったら、燃えかすを軽く取り除き、2壮目をつけるが、その時、鍼柄は非常に熱くなっているので、火傷防止の意味で術者の手指が鍼柄に触れないような注意が必要である。指が針柄に触れることなく、艾炷を丸めることは意外に難しい。燃えかすを取り除くには、専用の器具を使う方法もあるが、カットした乾綿でも間に合う。2枚のカット綿を使い、灰を挟むようにして両側からすくい上げ、灰皿に捨てる。

6)目的とする壮数を燃焼したら、燃えかすを取り除いた後、ピンセットまたはカット綿で針体をつまみ、抜針する。不用意に針柄を指でつまんて抜針しようとすると火傷することがある。

7)万一燃焼中の艾炷が患者皮膚に落下した場合、すばやく艾を取り除かないと患者が火傷するばかりでなく、熱さに驚いて急に体を動かすことにより、他部位の燃焼中の灸頭針艾が落下したり、折針する大事故にもなりかねない。取り除くための道具を探すような時間的余裕はないので、術者は間髪を入れず、素手で燃焼中の艾炷をつかみ、灰皿に入れる他ない。ごく短時間に行う操作なので、術者の手指はほとんど熱く感じない。患者もほとんど熱さを感じない。

艾炷落下防止のため、灸頭針キャップを使うのも一つの方法であるが、灸頭針キャップは重いので針がしなりやすく、それを避けるためにはさらに太い針を使わざるを得ない。灸熱を金属で遮蔽していることになり温熱効果が弱まる。何回も灸頭針キャップを使っていると、キャップがモグサのヤニで汚れ見た目が悪くなる。

8)艾炷の熱さを弱めるための道具を自作しておくことをお勧めする。ティッシュ箱を分解して、直径5㎝ほどの円に切る。”ハスの葉”のように下図のように一部を切り取った道具を数枚用意しておく。患者に「熱い」といわれたら、その部に”ハスの葉”を置くと、熱さは大幅に緩和される。

 

 
3.灸頭針の利点(私見)

単に置針+温熱効果を期待するならば、置針した状態で赤外線を照射したり、置針した上から箱灸をするのが簡便である。それでも灸頭針を行うメリットは、刺針ポイントに対して十分な熱量を与えることができることにある。同じこと赤外線で行うと、広範囲に熱量を与えることができるものの、単位面積あたりの熱量は比較的弱いものとなる。
刺針点を中心に、熱量は距離の二乗に反比例した熱量を周囲に放射する。その結果次のメリットが生ずる。(たとえは不適切であるが、広範囲に被害を与えるため、原爆は地表ではなく、高い高度で爆発させたのと同じ)

①刺針直下のポイントでも、耐え難い熱さにはならない。
②数十秒間の持続した加熱により、深部温も上昇する。
田中博によると、灸頭針後には、刺激部位の皮膚温は、処置前皮膚温に比して約3度上昇し、治療後30分経過しても皮膚温は約1度高く維持されるという。
③加わる熱量は刺針部位から離れるにつれ、同心円状に連続的に減少する。これは熱したい部位を、集中的に熱することが可能という意味になる。 


4.灸頭針の欠点

①燃焼中、煙が多量に出るので、換気扇を回していても治療室の空気を汚す。
※近年、煙のでない灸頭針用艾が販売されている。艾を炭状にしたもの(炭化艾という)が発売された。わずかな衝撃でも欠けやすくモロいこと、値段が高いことが欠点であろう。私見では、火持ちが良すぎることは、治療時間が長引くので、これも欠点になると思う。

②落下の危険防止と熱管理のため、艾燃焼中は術者はベッドサイドで見守る必要がある。同時に行える灸頭針は4カ所程度まで。燃焼中、患者が「熱い熱い」と叫んだ場合、その灸頭針の熱量を減らさねばならないが、もたついているうちに別の場所の灸頭針も「熱い!」と叫ぶ自体になることがあり、対処できなくなる。すると患者は熱さに我慢できず、動くので燃焼中の艾炷が落下したり、針が折れたりする危険性もある。また灸頭針として使った針は針柄が焼け焦げるので、見た目に悪いばかりでなく、再利用時には針管に通りにくくなり、挿管時に支障が出ることも多い。

灸頭針最大の欠点は、艾炷落下による火傷である。それが怖いので筆者は30年以上灸頭針をしていない。その代わりに箱灸を行っている。数本置鍼しておき、その上に箱灸を設置する。艾炷落下の危険性がないので、術者は患者のそばにつきっきりになる必要はない。

上写真のモグサは、中国棒灸を八等分にカットしたものを使用。煙が多量に出るが、フタをして燃焼させるので業務に支障はない(換気扇を使用)。

 

③適切な加熱のため、皮膚から針柄までの距離を2~3㎝に保つ必要がある。深部にあるツボに針先をもっていくのではないので、刺針が浅すぎたり深すぎたりすることもある。
④原則として直刺しかできない。

⑤艾はかなりの重量になるので、針柄がたわたわまないためには、ある程度太い番程の針を使用しなければならない。(#2以下は使用し難い)


5.灸頭針の臨床応用

灸頭針の長所は、患者に無理なく、大きな熱量をスポット的に与えることができることにあると思った。その点、通常の刺針や施灸はエネルギー的には小さなものであるから、古典でいう「気血を動かす」ことは可能だとしても、気や血のエネルギーを増やすことは困難だろう。

灸頭針を行うと、針+灸の作用ということで、患者は特別な治療をされているという満足感が得られることも多い。実際、心地よい熱感を感じる。しかしあえて艾を多くしたり、艾と皮膚の距離を短くすることで、耐えられる限界あたりまで、皮下組織深部の皮下組織まで加熱することも行われる。これは通常の針灸をしても同じ場所が頑固に痛む場合の場合に行う切り札ともいえる。

 

へバーデン結節と突き指の針灸治療 ver.2.4

$
0
0

筆者は2012年8月12日にブログ「へバーデン結節の針灸治療」を公開したが、内容を刷新すべく2014年7月21日に  「へバーデン結節の針灸治療 Ver2.0」として改訂することにした。それも不十分だったので、今回2019年7月16日さらに「へバーデン結節の針灸治療 Ver2.1」として図を中心に改訂した。。

 

1.ヘバーデン結節 Heberden nodules  の基礎知識の病態  

手指のDIP関節にみる変形性関節症。DIP関節基底部背側中央の伸筋腱付着部を挟んで、2つのコブ(結節性隆起)ができる。骨肥大による変形であり、これをヘバーデン結節と呼ぶ。単発または多発的に出現。閉経との関係が指摘されている。40才以上の女性に多い。語呂:「女は40でへばる(ヘバーデン)」

2.ブシャール結節 Bouchard nodesについて

手指のPIP関節にみる変形性関節症。へバーデン結節ではつまみ動作で多用する示指・中指に多いのに対し、ブシャール結節は握り動作で多用する尺側の指に多くなる。PIP関節に比べ、DIP関節の方が生理的に関節可動域が広く、指の動きの悪さを訴えるのはブシャール結節の方である。病態生理はへバーデン結節と同じだとされる。
語呂:「煮干し」 に(2番目)ぼし(ブシャール)

関節リウマチは、PIP関節を侵すことはあっても、DIP関節は侵さない。

 

2.へバーデン結節の症状と経過



1)初期には一時的にDIP関節が左右対称性に赤く腫脹し、自発痛を伴うことがある。DIP関節の変形進行(関節の狭小化と軟骨の変性)。やや屈曲する。
2)基本的には運動時痛。骨棘形成によりDIP関節が竹のフシのように太くなる。関節の可動域制限により、手が十分握れない、手がこわばるなどと訴える。 
3)一定時間(3ヶ月~数年)経過し、ある程度変形が進んで関節の動きが悪くなると、痛みがなくなる者が多い。しかし個人差があり、「いつになったら痛みがとれるのか」と質問されると、はっきり返答できないのでつらいことである。著しい機能障害を来すことは少ない。


3.一般的な治療

冷えると痛む場合、温水で指を温める。痛みが強いときは、紙絆創膏(幅20㎜前後、百均ので可)をDIP関節周囲にぐるぐる巻きにして関節の動きを抑えれえば痛みは大幅に減少する。とくに夜間睡眠中は、無意識に指を屈曲してしまうこともあるので紙絆創膏を巻いて寝ることが好ましい。約3~4週間固定すると、急性炎症、強い痛みは軽減する。紙絆創膏をきちんと巻けば関節は動かなくなるので痛みを抑えられるというものの、固定力は弱く不安定である。医療用絆創膏は粘着力が強すぎて角質層を傷つけるので、連用には適さない。


4.針灸治療

 

痛みの直接原因は、筋腱付着部炎、関節包の痛みであり、痛みの所在を明確にし、その個々に対してきちんと処置すること。


①鍉針などで関節部圧痛点を発見する。圧痛点の所在により何が痛みを引き起こしているのか推定できる。

②DIP関節基部背面の左右に、2つのコブ(=へバーデン結節)が出現する。その中央に指伸筋腱が走行している。指伸筋腱の末節骨に停止している部の圧痛点に治療点を求める。DIPとPIPとも屈曲させた状態で行うと、指伸筋腱が緊張するので、効果増大が期待できる。一般に施術直後は減痛できるが、持続効果は一両日なので、自宅施灸を毎日行わせるのがよい。
 
③上記以外のDIP関節部の圧痛は、関節包の痛みを考える。関節包は腱筋につながって関節と連動して牽引収縮されるので運動時痛を生ずる。DIPの両側面には側副靱帯があり、ここも圧痛好発部位で、その停止部に細針にて刺針する。関節包上の圧痛点に糸状灸をすることもある。

④成書に記載ないが、DIP関節の後面中央に圧痛を発見することもある。すなわちDIP関節の上下左右4方向から施灸することが多い。

⑤DIP関節周で発見した圧痛点へは細針にて浅刺置針または糸状球数壮を行う。


2.突き指(槌指)について

1)概念
へバーデン結節と同じくDIP関節部の痛みだが、病態は異なる。「突き指」とは野球・バレーボール・バスケットボールなどの球技で、ボールを受けそこなった時や転倒して指を突いた時に発生する指周囲の外傷の総称。診断としては、捻挫、槌指(=マレットフィンガー)、側副靱帯損傷などになる。

2)槌指(ついし)の分類
槌指とは腱断裂のことで、DIP関節が屈曲したままで自力では伸展不能の状態である。槌指は慢性になると痛みはなくなるが、DIP関節が屈曲した状態のままである。痛みがないので、患者はのんびり構えていることも多いが、腱縫合手術をしないと治らない。

 

 3)突き指の鑑別と針灸治療

応急処置は、捻挫と同様にRICE(安静・冷却・圧迫・高挙)の処置。外観上の異常があれば整形外科に急送。側副靱帯捻挫や指針腱停止部症の場合、指側面の局所に単刺で速効できることが多い。突き指では「指を引っぱるとよい」というのは間違い。

 

 

 

虚血性心疾患に対する針灸治療の検討 Ver 1.4

$
0
0

開業針灸にとって、虚血性心疾患に施術することは、十分な配慮を要するが、患者は現代医療の管理下にあるならば、針灸治療そのものは禁忌ではない。

1.虚血性心疾患の痛みの機序


1)交感神経による心臓の支配は、左T1~T5に関係があり、なかでも左T1~T3の関与が最も大きい。この範囲内で、交感神経性デルマトームと体性神経デルマトームの体壁に反応が出る。

2)左Th1分節に入る交感神経が強い場合には、腕神経叢を介して、とくにC8Th1支配領域である左上肢尺側に放散痛をもたらすことがある。

3)心臓に関係する最大の傍脊神経節は、星状神経節である。交感神経興奮の程度が強ければ、星状神経節(下頸神経節)や上・中頸神経節まで興奮し、頭顔面症状を呈する。

4)心臓は横隔膜隣接臓器なので、横隔膜神経を興奮させ、C3C4デルマトームやミオトーム上、すなわち頸肩のコリや痛みを生ずる。


2.心疾患の体壁反応

心疾患により生じた胸部や上背部の筋緊張を緩めることは、心臓への悪影響を減らす役割がある。
石川太刀雄著「内臓体壁反射」によれば、皮電点分布の統計では下記のようになるという。虚血部位による反応点の大きな違いはあまりないようだ。皮電点は、皮膚の交感神経興奮度を電気的に調べる器械である。撮診は、皮神経の疼痛過敏帯を調べる方法だが、交感神経興奮が交通枝を介して体性神経を興奮させた場合には同様の結果となると筆者は考えている。また撮診法に熟練すれば、軽度の皮下浮腫帯の存在も把握できるので、この場合には交感神経反応を捉えていることになるであろう。

3.体性神経を刺激すること

心疾患における体壁反応は、第一義的には交感神経興奮に由来するが、針灸治療では、圧痛や硬結反応を重視するので、二次的に生じた脊髄神経興奮による症状に重点をおくのが普通であろう。針灸の治効機序は、脊髄神経刺激→交通枝→交感神経へ影響ということで、交感神緊張の減少にあるという説が支持されている。
治療点の選択は、心疾患であるといっても、肋間神経痛の治療と同じように、とくに体性神経が深層から表層へ出る部の圧痛硬結に施術する。皮膚や筋の痛みを緩和することで、心臓に由来する痛みも改善できることがある。ただし針灸で症状が軽減したからといって、心臓神経症などの機能性の疾患だとみなす論法は通用しない。

3.筋や皮膚への刺激が心臓に与える影響 

1)TravelとRinzlerは狭心症や急性心筋梗塞の患者9名に対して、胸部の痛みを誘発 する部位の真上にあたる皮膚にプロカイン局麻剤を浸潤させたり、エチルクロライドで 表面を冷却させると、多くの場合痛みが長時間にわたって完全消失することを見いだした。(フェリックスマン著「鍼の科学」医歯薬出版)

2)一方、Pastinszkyらは、ネコの左側胸部皮膚に刺激性溶液を4週間塗布し続けることで、皮膚や皮下組織に紅斑や浮腫を生ぜしめ、潰瘍も生ぜしめるに至ったが、これにより大部分のネコでは陰性T波、房室ブロック、徐脈、不整脈、脚ブロックなどの心電図変化が生じた。心筋の毛細血管は拡張し、心筋の幾本かの繊維には微小壊死がみられたことを報告している。(フェリックスマン著「鍼の科学」医歯薬出版)

3)大胸筋トリガーポイント活性は、体性-内臓反射による心機能障害を引き起こす。
上室性頻拍の原因は胸骨と乳頭線の中央にある右第5第6肋間の左大胸筋のTPは心疾患患者の61%にみられる(トラベルとサイモンズ)。 
※上記部位は、歩廊穴に相当している。

4.その他の針灸治療の文献

1)内関刺針

中国では、内関穴に手技針を行うことが広く行われている。実際に内関穴に中国鍼の30号で手技針をすると、非常に強い響きになる。生きるか死ぬかという緊急時には試みられるだろうが、わが国の針灸の環境下では、このようなケースは針灸守備範囲外となる。
理論的には、T1交神経は頚部交感神経節→鎖骨下動脈→上肢動脈血管壁へと走行するので上肢の動脈血壁に影響を与える刺激が有力な手段となる。すなわち内関穴刺針は、星状神経節刺(加えて大椎一行深刺)とは同じ作用機序になる。 
    
虚血性心疾患患者3名の左内関に1番針を刺入し2分間雀啄し10分間置針を行ったところ、平均6%程度の冠拡張がみられたが、ニトログリセリン舌下錠5mgでは平均15%の冠拡張がみられた。つまり内関はニトロに及ばなかった。なおこの時、ニトロでは血圧、心拍数ともに増加するが、内関では変化ない。
しかし不安定狭心症1名(安静にしていても頻繁に発作出現)では内関刺針で狭心発作は消失し、運動負荷耐久も向上した。この患者は亜硝酸剤等の薬物療法でコトロール困難な患者であった。針治療は冠動脈拡張という直接効果と、治療中止後も良好な経過を得るという長期効果の2つに分けて考えた方がよい。不安定狭心においては自律神経の不均衡が症状発現に大きく関連していることを考えると、治療はこの不均衡を調整する働きがあると思われる。
(岡孝和ほか「狭心症の針治療」日本東洋医学雑誌 第38巻2号  1987)

2)少沢刺絡

急性の心臓症状に対しては、旧来から少沢や少衝からの井穴刺絡がよいとされている。これは中国より我が国で信じられているものだが、緊急事態の情況なので実際には実施することはもちろん、こうした場面に出会う機会はほとんどないと思われるなか、次の発表が参考になる。

急性心筋梗塞者に少沢穴刺絡(左右)を試みたところ、心電図、血圧、臨床症状がともに改善した。(萩原正識ほか「急性心筋梗塞と鍼灸治療とくに刺絡について」全日本鍼灸学会誌 33巻、4号)

代田文彦先生から聴いた話。玉川病院で先生が当直していた夜、鍼灸師の先生も見学にきていた。その晩、心筋梗塞だったかの患者が搬送された。するとやはり鍼灸の先生から、「小沢から刺絡したらどうか」という意見があり、代田先生は「やってみたらどうか」と答えた。話はそれで終わり。それで終わったのは、効果なかったからなのだろう。

 

6.筆者の行っている治療

かっては内臓体壁反射の中核部位である左C6~C7棘突起の傍点からの深刺を行っていた。これは「後頚部第6~7棘突起の外側で椎骨すれすれに直刺4㎝以上が最良」だとする郡山七二の見解を参考にしたものである。左Th1~Th3の高さの起立筋部、左乳根穴、左天池穴あたりに治療点を求めることもある。刺針すると、数分後から左胸部の苦しい感じがとれてくることが多い。

当院来院するのは非急性なので、現在では左右のTh1~Th5の短背筋筋膜まで刺入、5分程度の置鍼が中心となっている。短背筋筋膜のTP活性化すると、あたかも肋間神経痛のように痛みが回り込む(=放散痛)ということを根拠としている。


1)96才、男性(元開業医)

狭心症のたびたびの発作あり、冠状動脈狭窄もあることから、2年前に冠状動脈ステント手術をした。しかし左前胸部、左上背部に重圧感が時々生ずる。左前胸部全体と、左背部Th1~Th5の高さに撮痛を求める。これが心臓-体壁反射の反応だと解釈して、仰臥位・伏臥位にて反応点にそれぞれ5分間置針。すると直後から重苦しさが軽減。1週間後再来、以前の撮痛帯は大幅に軽減するも、今度は左C7~Th3の高さの上背部が凝るという。
この範囲に撮痛があり、同じ高さの棘突起直側に強い圧痛点があったので、棘突起直側刺を実施し、治療直後より症状軽減。
結局、上記症状は、出没を繰り返すが、鍼治療するたびに軽減する。患者自身も、心疾患発作の予兆を鍼灸で食い止められていると感じている。

 
2)46才、男性(会社員)

数年前から、時々動悸がする。ホルダー心電図をすると、1日数回期外収縮が生じているのが判明した。医師は心配しなくてもよいとうが、不安感が強いという。別の針灸院に通院したこともあったが効果が実感できなかったというので、片道2時間かけて来院した。
左前胸部胸骨~乳頭線の間第3~肋骨下縁に撮痛を認めたので、数カ所に寸6#2で1㎝程度の置針5分間実施。左Th2~Th7棘突起の高さにある起立筋部の撮痛もあったので、反応点数カ所に1ン㎝程度の置針5分。さらに反応点の最も顕著な数カ所を選んでせんねん灸を実施。同部に毎日のせんねん灸(自宅施灸)を指示。
以来、2週間に1回程度来院。動悸の回数は1週間に数回程度と、大幅に減少している。

 

3)90才、女性

以前から左を下にして寝ると左胸部の苦しさを感じていた。医師から狭心症だといわれ、ニトロ舌下錠やニトロ貼布薬を頓服的に使用している。こうした薬を使うと、苦しさは減るのだが、完全になくなる訳ではなく、漠然とした苦しさがあるという。本患者は、つらくなると時々当院の針治療を受け、その都度数日間は、狭心痛から開放されている。

 

 

 

 

 

 

 

イボ・ウオノメ・タコに焦灼灸、水イボにはせんねん灸 ver.1.2

$
0
0

1.尋常性疣贅(いぼ)   

1)イボの概要

手指や足底にできる。円形~楕円形で皮膚から小さく隆起。小さく硬い良性腫瘍。痒みや痛みはない。ヒト乳頭腫ウィルス(ヒトパピローマウイルス HPV)が皮膚の傷口から侵入し、表皮の最深部にある基底細胞に感染し増殖したもの。接触感染だが感染力は弱い。


2)イボへの焼灼灸

いぼの頂点に施灸するが、基底層に灸熱が到達しやすくするため、なるべく角質層  を削っておく下準備を行う。半米粒大にして壮数を増やすような焦灼灸を行う。連日おこなった方がよいが、2回目以降の治療では、痂皮をカットしてから施灸するとよい。(参考:岡田明三「皮膚疾患の灸療法いぼ・魚の目・たこについて」医道の日本、平成16年11月号)
イボに対する焦灼灸の治療的意義は、灸熱刺激で、患部の温度を90℃くらいに高め、急速にタンパク変性を起こさせ、組織を炭化させることにある。炭化とは、タンパク質の最終加熱状態で、熱傷による痂皮(=かさぶた。死滅組織が組織から剥がれかかっている状態)のことだと説明される。
 イボ、水イボ、ウオノメには古来から焦灼灸が使われてきたということだが、この具体的な意義は、基底層にまで高い温度の灸熱を加えて組織を炭化させることにあるようだ。イボと水イボはウィルス感染症で、魚の目は機械的刺激によるものだが、治療法そのものは同じようになる。というのは、ウィルスの構成物質も一種のタンパク質であるためで、焦灼灸の適応となるからである。もっとも焼灼灸で治療するには、手間がかかるので皮膚科に任せる方がよいだろう。

 

2.伝染性軟属腫(水いぼ)                                                           

 

1)水イボの概要

 まだ免疫力不足状態の4~7才の子供に多くみられ、他の部位に次々にできる。伝染性軟属腫ウィルスが皮膚に付着、ウィルスは真皮にまで潜りこむ。感染した真皮の細胞は風船のように膨らみ、さらに細胞分裂を繰り返して増殖していく。風船のような細胞が集まることで、その部分がプックリと膨らみ、中に水が入っているかのような外見になる。真珠のような白からピンク色の湿疹。
実際に入っているのは、液体ではなく白い乳液状のもので、この中に伝染性軟属腫ウィルスがある。引っ掻いたりつぶしたりすると、このウィルスが外に飛び出し、他部位に接触することで感染が拡大する。感染力は弱いが、尋常性疣贅よりは強い。数個~十数個できるのが普通。他者との接触や、タオルや衣類を介しての接触感染もある。痒みや痛みはない。数ヶ月~半年で自然治癒。


2)水イボへのせんねん灸治療

水イボの頂点に施灸するが、角質層が厚くなっておらず、また患者が小児に多いこともあって、通常の透熱灸は実施しがたい。せんねん灸などのを行っても効果がある。隔日施灸4~5回で自然落屑する。
ヨクイニン(ハトムギの殻をとった漢方薬)を服用させるのも有効なことが確認されているが速効はしない。皮膚科でピンセットでつぶす手もあるが非常に痛い。

 

3.鶏眼 corn(通称、ウオノメ)

1)ウオノメの概要

特定の部位に圧迫や摩擦が繰り返し起こることで生じる。皮膚の防衛反応による角質の肥厚。中央部は芯のようにクサビ型に真皮内にくい込んでいるので、押圧など真皮にある知覚神経の刺激を受けると痛む。

 2)ウオノメの治療

皮膚科の治療では、皮膚表面から表皮を削り、表皮の最下層である基底層までカミソリなどで角質を削り取る。ここには知覚神経がないのでカミソリを使っても痛まないが、すぐ下には真皮があって知覚神経があるので、ここには触れないようにすることが重要。 

皮膚の厚さは、0.6mm~3mmと異なっていて均一ではなが、平均すると1.5mm程度。 その中で表皮は、わずかに0.2mm程しかない。その表皮も4層に分かれ、最表層の角質層はラップ一枚程度の厚さである。

※ 皮内針は、真皮内にまで水平刺し、皮下には至らない。ちなみに表皮・真皮を合わせて厚さが約1.5~4.0mmであるといわれている。セイリン円皮針の長さは最長でも1.5㎜なので、やはり皮下組織までは入らない。ゆえに体動しても置き針がチクチク痛むことはない。マイナーな存在だが皮下組織まで刺入するための針もあり、これを皮下針とよぶ。
皮下組織の深部には深筋膜と筋層があり、針はこの層まで刺入すると響きを与えることができる。運動針刺激は、深筋膜刺激を目的としている。


尿素軟膏療法といって、尿素希釈駅を塗布するのは、カンナのようにゆっくりと角質を削り取る方法である。スピール膏やイボコロリのようにサリチル酸溶液を塗布するのも、角質を軟化腐食させる方法である。ただしこういう治療方法も手段に過ぎず、重要なことは基底層のウオノメの白色の芯を除去することである。患者に余計な痛みを与えず、効率よく基底層のウオノメの芯をとるには、歯科で使うような電動ドリルが必要となるだろう。

針灸院では、表面の角質層をなるべく薄くナイフ等で削き落とした後に施灸する。角質化した部分(半透明にみえる部)から艾炷がはみ出さない大きさの艾炷で、焦灼灸を行う。焦灼灸を繰り返すうちに、施灸面は縮んで硬化し、またヤニが付着してベタベタしてくる。角質化している部分は焦げて黒く炭化していく。毎回の施灸は、しっかりと炭化させるまで行う。ただし一度に取ろうとして過剰に行うと、周辺の火傷が発生してしまう。大きさにもよるが、1~2週間のうちにとれると思う。取れた後は、クレーターのような穴が空くが、次第に肉が盛り上がって埋まっていく。(増田真彦:いぼ・魚の目・たこの鍼灸施術、出典は同上)


4.腁胝(べんち 通称タコ)

1)タコの概要

特定の部位に圧迫や摩擦が繰り返し起こることで生じる皮膚の防衛反応による角質の肥厚。表面が固くなるだけなので押圧痛(-)。感覚が鈍くなっていることの方が多い。足の裏など体重がかかりやすい部にできるが、広い面に対する圧迫ではタコとなり、ポイント的に強く圧迫を受ける場合には、ウオノメとなる。タコが悪化してウオノメとなることもある。

 タコの治療は、角質層をナイフなどで削り、その上で尿素配合クリームを塗布することになるだろう。


2)タコの棒灸+焦灼灸治療
   
まず棒灸などを使い、腁胝表面を広範囲に加熱し、軟化させる(熱を加えることで、皮膚表面のタンパク質が変性して柔らかくなる)。つぎにタコの部分を削ったのち、米粒大の2倍の大きさの艾炷を、腁胝部にまんべんなく、皮膚表面が褐色に変化するまで施灸する。3日ほどで痂皮ができる。1週毎に黒くなった痂皮をカットして、同様の方法で施灸する。 (岡田明三:皮膚科疾患の灸療法-いぼ・魚の目・たこ-について、医道の日本、H16.11)

 

 

 

 

膝関節痛の部位別針灸治療と考察のまとめ ver.1.4

$
0
0

私の膝関節治療の方法は、現在ではi以下の 1~4 のように場合分けされシンプルになってきた。これまでブログで発表してきたことなのだが、個々の技術の誕生には時間差が相当あるので、まとめて紹介することはできなかった。以上に加え近頃、膝蓋骨両縁(内膝蓋、外膝蓋)の痛みを訴える患者に対して効果的な方法を発見したので、5・6の項を追加し併せて説明する。

同種の内容に、筆者が3年前に発表した「膝OAに対する鍼灸治療 Ver.2.0」がある。これも併せてご覧いただきたい。
https://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/870c279ba4b953cc9c8193fa0b273992

 

1.鶴頂の圧痛(+)時     <大腿直筋停止部症>

診察:膝蓋骨あたりに痛みを訴えた場合、仰臥位で膝を立てた状態で、膝蓋骨上縁(鶴頂穴)をさぐってみる。
治療:強い圧痛があれば、この姿勢で鶴頂に速刺速抜+施灸する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:大腿直筋の膝蓋骨停止部の筋膜症が、膝蓋骨前面の痛みを感じている。大腿直筋をできるだけ伸張させた体位で、その圧痛ある停止を刺激することで、大腿直筋が緩む。この治療機序は、生理学的にⅠb抑制を利用している。

 


2.内膝眼、外膝眼の圧痛(+)時   <膝関節包過敏>

診察:膝蓋骨下縁と脛骨がつくる左右の陥凹(内、外膝眼穴)を、押圧して痛む場合。
治療:立位にして圧痛ある内外膝蓋に直刺し、膝関節包を刺激。速刺速抜する。
(体位的に不安定なので置針は難しい)
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:内、外膝眼の直下には筋組織がない。直刺すると、皮膚→膝蓋下脂肪体→膝関節関節包と入る。しかしながら仰臥位で内、外膝眼に刺入しても針響はあまり起きない。というのは仰臥位では膝関節包はゆるんだ状態にあるため。立位にすると上体を支持しようとして四頭筋は収縮し、膝蓋骨が上に移動する。この時膝関節包も緊張する。
この状態で内外膝蓋に刺入すると、膝関節の奥に響くようになり、再現痛が得られ治療効果があかる。

 

3.鵞足の圧痛(+)時  <鵞足炎>

診察:仰臥位で鵞足部をつまんで(撮診して)、明瞭な撮痛がある場合
治療:撮痛点数カ所に印をつけ、この部に円皮針数カ所を置く
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。歩こうとすると鵞足が痛くて、実際には歩けない者であっても、治療直後から歩行可能になることもある。

アセスメント:鵞足部皮膚を走行するのは伏在神経(大腿神経の分枝で皮膚を知覚支配)で、この皮膚の痛みが症状をもたらしている。皮膚の痛みの有無は、押圧するより撮診するほうが把握できる。また皮膚の痛みなので、皮内針・円皮針の方が適している。


①エピソード紹介
私が日産玉川病院東洋医学内科研修生であまり臨床経験がなかった頃。同期M・Y君がいた。M・Y君はある日往診を依頼され、患者宅に行った。「立ち上がり際、膝の内側が痛く、動けない」という。鵞足炎と診断し、とりあえず圧痛ある鵞足部に皮内針をしてみたところ、患者は痛みなく立ち上がり、歩けるようなったので、他に何もせず帰ってきた」と私に自慢した。それ以来、鵞足炎には皮膚刺激というイメージができあがった。あれから約30年後、私の処にも膝痛で歩けないという往診依頼の電話がきた。高齢女性の患者宅に行き、診ると鵞足炎たっだ。皮内針治療を行い、症状は大幅に軽減した。

 

②柏原修一氏による追試報告 
鵞足炎の痛みに対してパイオネックス貼付が著効した例(60才、男) 

現病歴:1週間前の作業中、転落防止用ハーネスにて右膝を強打。直後から立ち上がり動作で右膝内側に発痛。整外未受診。
所見:内出血、発赤、熱感、腫脹なし。右鵞足部、右内膝蓋部、右内側広筋筋腹部に圧痛あり。
治療:立位にて右鵞足部を擦診。発痛部にパイオネクス0.6mm貼付。同じく立位にて右内膝蓋及び内側広筋筋腹部に寸6-3にて単刺、得気。
効果確認:ベッドからの立ち上がり動作および歩行にて痛みが顕著に改善していることを確認し、治療終了。
所感:私は従来は経筋療法にて足趾の当該経絡の圧痛個所に皮内鍼を貼付する方法でそれなりの効果をあげておりましたが、今回先生の方法で顕著な直後効果を確認することができましたので、今後とも是非活用させていただたいと思います。

 

4.委中の圧痛(+)時  <膝窩筋腱炎>

診察:膝裏部中央が痛む者に対し、膝関節90度屈曲位にして膝窩(委中穴)あたりを深々と押圧した際、委中付近に2~3カ所膝窩筋の硬結があり、硬結を押圧すると非常に痛がる。これをもって膝窩筋腱炎と判断する。
治療:膝関節90度位(四つん這い、または膝立ち)にし、圧痛ある委中あたりの膝窩筋の硬結数カ所に刺針。速刺速抜。(体位的に不安定なので置針は難しい)
伏臥位で、症状部である委中に刺針してもスカスカした感じになり、筋緊張部に刺入したという感触は得られず、当然治療効果もない。要するに膝窩筋を収縮させた体位で見いだした圧痛硬結に刺入すべきである。
治療効果:多くの場合、治療直後から痛みは半減する。
アセスメント:膝窩筋の機能は、膝関節完全伸展位(体重は骨で支持しているので、筋への負荷は少ない)から膝屈曲動作へチェンジする際のスターターである。もし膝窩筋が存在しなかったらスムーズにひざが曲がり始めないので歩行動作はギクシャクしたものになる。膝窩筋が緊張した結果、膝の完全伸展しづらくなり、立位を保つために四頭筋の緊張を強いられることになろう。逆に四頭筋が過緊張状態にあれば、代償的に膝窩筋も筋腸することになる。

 


5.膝蓋骨内縁の圧痛(+)時 <内側広筋付着部症>

1)出端氏の考えた大腿膝蓋関節裂隙刺針<内膝蓋、外膝蓋>

※30年ほど前、出端昭男氏が「診察法と治療法」という本を医道の日本社から出版した。これは現代医学をあまり勉強してこなかった鍼灸師向けに書かれたようであって、初学者が独習するには適した本だった。しかし当時の本にありがちだか、本書にも取穴根拠には触れていなかった。すなわち疾患ごとの整形外科的病態生理の紹介の後、いきなりどこそこに鍼灸治療をするという結論を示すものだった。この膝蓋骨内縁の圧痛部への刺針は、<大腿膝蓋関節の間隙に入れるように刺針する。ただし直刺すると骨にぶつかるので、斜刺するようにする>と書いてあった。確かに、膝蓋骨の裏面は隆起しているので、直刺するとすぐに骨にぶつかるので斜刺するように書かれている。  
 内膝蓋圧痛(+)で大腿骨圧迫テスト(+)の者に対し、大腿膝蓋関節内へ斜刺を試みてみたが、効いた感触が得られなかった。

内・外膝蓋の圧痛出現理由は、大腿膝蓋関節症ということらしいが、膝蓋骨圧迫テスト時の痛みは、関節包を刺激しているわけではないので、これは筋性の痛だろう。

 

 

2)外膝蓋、内膝蓋の圧痛は、外側広筋、内側広筋の付着部痛か

膝蓋骨圧迫テストでは大腿膝蓋関節の状態をみるが、ガリガリとした術者の指に伝わる感覚は、大腿膝蓋関節の不適合を意味するが、圧痛は四頭筋の伸張痛だろうと思う。

大腿四頭筋の膝蓋骨停止部は、膝蓋骨直上にある。では内側広筋・外側広筋の膝蓋骨停止部はどこになるだろうか。以前は下血海・下梁丘だと考えていたが、そうではなく、内膝蓋・外膝蓋ではないかと考えるようになった。

内膝蓋や外膝蓋の圧痛点を術者が強圧し、強圧した状態で、膝関節の自動運動を10回程度で行わせる。その後立たせ、治療前の痛みとの違いを比較させる。軽くなっていれば、強圧した部に運動針を実施。変化ないようであれば、内側広筋上の別の圧痛を見出し、同様の施術を実施。

あるいは直接、仰臥位で膝を伸ばした肢位で、内膝蓋または外膝蓋に刺針。そのまま膝をゆっくり屈曲させると、内側広筋と外側広筋が伸張されるので、運動針効果が併用され効果が増強される。


3)内膝蓋、外膝蓋刺針の奏功アセスメント

内側広筋の部分的筋緊張により、内側広筋が短縮して膝蓋骨内側縁を引っぱり上げた状態。これにより膝蓋骨の位置がずれ、大腿膝蓋関節の不適合に発展した。記治療により、その逆の機序が働き、大腿膝蓋関節が適合するまでになったと推察した。外膝蓋の圧痛の場合も、これと同じ考えになる。

 

4.内側広筋、外側広筋のトリガー活性による放散痛

上のトラベルの図によれば、外膝蓋~下梁丘にある外側広筋上のトリガー活性化すると、大腿前外側から大腿外側にかけて広範な痛みが出現するよう示されている。


鍼灸師K.E氏は、ネット上で外側側副靱帯損傷に対し腸脛靱帯への運動針が効果あったと書いていた。腸脛靱帯は靱帯であり筋ではないので、トリガーは発生しないだろう。ただし腸脛靱帯の両サイドは外側広筋になるので、外側広筋に生じたトリガーが鎮静化できれば、外側側副靱帯あたりの放散痛は改善するだろう。しかしながら外側側副靱帯損傷という病態が存在しているのならば、放散痛軽減させただけでは、すぐに症状再発することだろう。

 

Viewing all 655 articles
Browse latest View live