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大久保適斎著『鍼治新書』<手術篇>の要点(下)

3.上肢の刺針

上肢では、次の3種類の刺針点がある。上肢の疾患は、頸神経叢に刺激を伝達させるので、頸部第三位点において手術を施すが、前腕および手部に症状のあるものは、上肢部三点の刺激を考えるのがよい。

1)橈骨点(手五里)
三角筋停止部と上腕骨外側上顆との中間。
 
2)尺骨点(青霊)
上腕骨内側上顆の上部4~5㎝のところで、尺骨神経溝中を探る。

3)正中点(曲沢)
上腕骨内側上顆の上部2㎝の上腕二頭筋内側頭中。刺入する時は、前腕を曲げ、肘関節を上腕に向けて去る、おおよそ1寸の処で、橈骨前面に針尖を向けて刺入すること1寸。
 
※副点として、前腕後面に針することがある。この方法は、前腕を曲て、その後面において尺骨鈎状突起と橈骨頭との中間において、肘を腕に向けて去ること1寸の処で、尺骨の橈骨側に1寸刺入する。(位置不明瞭)

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 4.下肢の刺針点

1)股骨点(陰廉または足五里) 
上前腸骨棘と恥骨縫合との中央やや外方に仮点をとる。そこから鼠径溝下、おおよそ2寸のところに刺点を定める。約1寸刺入で刺点内方に針体を傾ければ、刺針の際、皮膚に刺痛を感じる大腿神経を刺激する。

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 2)坐骨点(各種ある環跳取穴の一つ)
坐骨結節と大転子の中間。およそ1寸刺入。この刺針点は、全枝に激痛を発するので、極めて頑固な神経痛または麻痺症でなければ、みだりに針しない方がよい。この点は、多くの場合、施術する必要がない。というのは股筋の疾患は腰椎第2第3位で、その刺点を通常の刺針のやや外方に行えば、その目的を達することができるからである。もし強いてこの坐骨点に刺針しようと思えば、(麻痺症においては於いて可)、中央部、大転子より膝窩にいたるところを三等分し、刺針すると、強度の疼痛を避けることができる。

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3)下腿の副点

①足三里
足三里は深腓骨神経を刺激するとともに、脛骨動脈とも関係している。足三里の位置は、前脛骨筋と長指伸筋間で、長指伸筋に寄りに針するのがよい。

足背の知覚枝に刺激を与えようとすれば、同所で長指伸筋の外側(浅腓骨神経刺激 で代表穴として陽陵泉?)にその刺点を求めるべきである。

②三陰交
三陰交は後脛骨神経の下端および足底神経に刺激を与える。内果の一握上で長指屈筋お後側に刺点を定める。この点は、足底運動・知覚の疾患を主治とする。

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5.その他の刺点

1)回気鍼 

①水溝

水溝すなわち人中の鍼。鼻中隔直下に刺針すること4~5分。鼻口蓋神経(三叉神経第Ⅱ枝の枝)を刺激できる。この刺点の刺激は、鼻口蓋神経から反射的に精神を還帰して、医薬のアンモニアを吸入させて鼻腔粘膜を刺激するのと同一原理になる。

②紫宮直側(左)・玉堂直側(左)

左第2肋間ないし第3肋間で胸骨左縁。胸骨後縁に向けて1寸5分刺針する。心臓自動性運動中枢に刺激を与える。この刺針は、最も潜心注意し、肺運動停止した後でなければ鍼してはならない。それに呼吸停止後3分以内でなければ、確実な効果を得ることはできない。(以下略)

2)膀胱鍼(曲骨)

恥骨縫合上点に、刺点を定め、鍼尖を下斜に向けて刺入すること1寸5分、時として2寸4分を要することもある。この目的は膀胱に達することを必要とするので、肥痩に従って考えるべきである。膀胱がに非常に畜尿膨張していれば、あえて下斜めに刺針する必要はない。恥骨上縁に接して刺入すれば、腹膜に触れないだけでなく、患者の疼痛を感ずることもわずかであるという利点がある。痙攣症に対しては、一鍼で奏功するので、奏功後はみだりに鍼してはならない。麻痺症に対しては、一日一回あるいは隔日に一回するのもよい。

3)横隔膜鍼

①頸部の点
横隔膜の筋に強直を起こすから、症状を確実に病態把握して施術すべきである。その位置は、胸鎖乳突筋の外縁に沿って斜線を引き、また環状軟骨下縁から水平線を引き、その二線の交わるところを縦径に該当する神経の経過するをもって、僧帽筋の外縁の同位において、この点は、頸動脈の損傷を恐れるから、その搏動を按じつつ動脈を避けるように努める。                                      

②腰部の点(胃兪)
腰椎第一位点(三焦兪)の一椎上で、その左右一横指去った部を刺点に定める。これは横隔膜脚刺激を目的とするもので、刺入2~2.5寸。この針は、時として肋間神経痛を喚起して呼吸運動を障害することがあるが、大概3~4日で治る。

③期門
季肋部で第9肋間の軟骨部。鍼すること8分。(本著では、この解剖学的部位を「章門」としているが、章門穴は、今日では第11肋骨尖端に定めている。)


4)歯痛鍼

①上歯痛(客主人)
外耳孔直下に刺点を定め、下顎枝に沿って、やや前方に鍼尖を進めること1寸ないし1寸5分。これは上歯槽神経に刺激を与える目的がある。

②下歯痛(頬車)

下顎角の尖端から斜めやや上方で、できるだけ下顎骨に沿って前進すること1寸。あるいは、下顎角から頬に一横指寄ったところから、頬骨内面に向かい、上に刺針すること5分。これは下歯槽神経に刺激を与える目的がある。


6.おわりに
 
本著は針灸医学史に載るほどの重要書籍だが、文体が明治調であること。専門的な文章で、かつ現代の医学とは異なる用語もあったりして、現代語訳は意外に時間を要した。以下、本著に対する註釈を記す。

①大久保適斎といえば、頸部交感神経節に影響を与えようとする鍼が有名である。後頸部の後正中の左右外方1寸からの深刺が、上・中・下交感神経節に影響を与えることは理解できたが、同部から浅刺すると副交感神経に影響を与えるとする意味は理解できなかった。

②上肢と下肢の刺針は、末梢神経に対するものなので、今日でも同様の方法は広く行われている。ただし、上肢3点、下肢2点とする刺針点の簡素化は大胆なものであろう。

③回気針の人中刺針は、清脳開竅法でも使用するものである。清脳開竅法では、脳血管障害による意識障害に使用する。神経走行的に考察しているのが興味深い。回気鍼の左肋骨部刺針は、心停止に対する応急処置である。医師ならではの内容だが、針灸でこうしたことも出来るのかと感心する。

④横隔膜鍼の「頸部の点」の位置は、この記載から不明瞭だったが、C3~C4前枝への刺針でパルスをかけると横隔膜がリズミカルに動くことはよくあることである。
横隔膜鍼の、腰部の点(胃兪)が横隔膜脚刺激になることは、石川太刀雄著「内臓体壁反射」においても同様の記載がみられる。

⑤歯痛鍼の内容は、柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」の内容と類似しているが、「秘法一本鍼伝書」には局所解剖や治効理論の記載はない。


アトピー性皮膚炎に高温の温熱刺激は有効か?

 高熱に加熱した器具を、数秒間皮膚にあてるという治療は民間療法として以前から知られていた。熱した金属のコテで皮膚を軽く叩く平田内蔵吉の平田心療法、線香を金属の筒に入れ、皮膚を擦過する伊藤金逸のイトオテルミーなどである。これらは、独自の道具を購入する必要があることや、熱した道具で皮膚を擦する動作を数十分繰り返し行うという手間のかかる施術であったことが普及を妨げた感があった。

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しかしこの度、アトピー性皮膚炎に特化したこと、誰でも手軽にできること、大したお金もかからないことなど、実施のハードルが低い方法が考案された。以下に紹介する「カユキモチー」や「ペットボトル温灸」は、従来の知熱灸と原理的には同じような刺激となるが、簡便性に勝れている。

1.アトピー性皮膚炎のかゆみに、「カユキモチー」
 
平成28年2月28日放送東京MXテレビ放送の、「ナイトスクープ」において、”ある人にしか伝わらない謎の快感”という題目で、アトピー性皮膚炎の者の皮膚に、熱水の入った小袋を布でくるんだものをつけると、非常に気持ちよいという内容を放送していた。その内容を以下にまとめる。

①ウイダーインゼリーのような容器(ピースパック=アルミをコーティングしたプラスチック製容器)の中に水を入れ、電子レンジで温めて熱水にする。この時、容器内は水で満杯にする(もし空気が残っていると、電子レンジ内で空気が膨張して爆発する。)
電子レンジのワット数によっても異なるが2分~5分で、70°~80°になるまで加熱する。

②その容器をフリースでくるみ、ガーゼ袋に入れる。痒いところに当てる。健常者であれば単に熱く感じるだけだが、アトピー者は、次第に熱さが増す→うっとりするほど痒く気持ちよくなる→熱くなる、との過程をたどるので、熱く感じたら直ちに容器を取り除くようにするというもの。なおこの熱水を入れた容器のことを、報告者の近藤滋さんはカユキモチーと名付けた。

③報告者自身がアトピーなので、転地療法と自然食品、それにカユキモチーにより克服した。皮膚の状態が正常になるにつれ、上記方法では、単に熱く感じるだけで、気持ちよい感覚はなくるとのこと。

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2.ペットボトル温灸

若林理砂(針灸師)は、容量約300CC入りのペットボトルに、100CC水を入れておき、それから沸騰した湯を200CC徐々に入れて、湯温を70~80°にしておく。これを「ペットボトル温灸」と称した。刺激すべき部位にペットボトル温灸を当て続けると次第に熱くなるので、熱さに我慢できなくなったら皮膚から離すようにする。この動作を数回繰り返す。適温とする温度は、カユキモチーと同じになることが興味深い。

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3.アイロンによる加熱

三井とめ子創案。タオルなどを患者の体に置き、その上からアイロンをかけるように注熱する。次第に局所に熱さを感じ「アチチ」と体を逃げるくらいに熱くなるまで続ける。刺激の強さは患者の状態を見て施術者が調節し、およそ1時間かけて全身に施術することが基本。

 
4.熱いシャワー療法の利点と欠点
   
アトピーで痒いところに、熱いシャワーを浴びせるという方法は、以前からネット上で有名な方法だった。このシャワーの温度は本人が適温だと感じるものだが、45°~50℃となる。この方法も、非常な快感を得ることができるという。
 しかし熱い湯が皮脂を落とす。皮膚バリアーがなくなるので、皮膚がカサカサになり、有害であるという見解もある。前述のカユキモチーやペットボトル温灸、アイロンによる加熱では、このような欠点は見あたらないことになる。 


5.高温熱治療の理論
 
皮膚に対する熱刺激は、なぜアトピー性皮膚炎に有効なのだろうか。これは熱ショックタンパク質(Heat Shock Protein、HSP:ヒートショックプロテイン)が関係しているらしい。細胞が熱等のストレス条件下にさらされた際に、細胞を保護するタンパク質の一種ので、ストレスタンパク質とも呼ばれる。
      
ヒートショックプロテインがダメージを受けた傷や異常細胞の修復を行ったり免疫力を高めてくれることで、肌の荒れが治まるという傷ついた細胞を修復する機能がある。また、皮膚への加熱で、なぜ至上の快感が得られるのは、β-エンドルフィンが関係しているともいわれる。
 
余談:西村淳著の実録小説「南極料理人」の中で、しなびた野菜を50℃の湯で洗うと、シャキッとするという内容があった。なお50℃の湯とは、指を3秒間触れることのできる程度の熱さだという。高熱を与えることによって新陳代謝が活発化できるという点で、共通性があると思った。

仮性三叉神経痛と針灸治療

針灸師の守備範囲は結構広いので、広くアンテナを広げているつもりでいても、いつの間にか各分野の新しい知識に遅れをとってしまいがちになる。このたび、三叉神経痛の患者が来院した。これまで三叉神経痛は針灸不適応だと思っていたのだが、この患者に対しては、予想外なことに1~2回の施術で症状消失をみたのだった。嬉しいことである反面、どういうことなのか疑問に思って調べ直してみた。


1.現在と一昔前の三叉神経痛の分類の違い

一昔前の三叉神経痛の分類では、本態性三叉神経痛と症候性三叉神経痛に大別していた。本態性とは原因不明な場合をいうが、このタイプの三叉神経痛の9割は橋付近の血管による三叉神経圧迫が原因だと特定されたので、もはや本態性という名称はふさわしくない。そのためだろうか、いつの間にやら真性三叉神経痛という名称に変わった。
 
一方、症候性三叉神経痛というと三叉神経領域の帯状疱疹とか齲歯痛が思いつくが、実際には原因不明であることも非常に多い。ただし真性(=本態性)三叉神経痛と違う点は、押圧しても痛みを誘発するポイントがないこと、ビリッビリッとした耐え難い数秒間の痛みではなく持続性の鈍痛であることなどがあった。そこでネットで調べてみると、かつての症候性三叉神経痛は、現在では仮性三叉神経痛と呼ばれていることを知った。仮性三叉神経痛の8割は原因不明だという。



2.筋膜症としての仮性三叉神経痛の針灸治験
 
真性三叉神経痛は、発作時は顔面に触れることができないので、勿論顔面部の針灸治療を行うことは困難である。その一方で非発作時は、そもそも針灸治療が意義あるものか判然としない。
しかし仮性三叉神経痛の大部分は、筋膜症ではないかとする見解があり、私の治療経験からも、この考えは頷ける。したがって針灸治療は結構有効なのではないかとの印象がある。患者が指指す顔面部位に十分に深刺するのがコツで、有効な場合、筋緊張の抵抗の中をグイグイと針を入れていくという手の下感があるようだ。


<症例1> 70才、女性
  
二十年以上前から左鼻翼外方に部分的に重苦しい感じがあり、左鼻も詰まるという。病医院でも治療は必要ないとして、無処置であった。寸6、2番で患者の指示する部に骨にぶつかるように斜刺深刺(直刺したのではすぐに骨に当たってしまうので刺針感がほしいので斜刺した)して置針5分。症状軽減した。本例は、完治させることはできないが、こうした鍼をすると症状は毎回大幅に軽減した。
 

<症例2> 37才、女性
   
当院初診10日前から左耳前~頬部に強い痛み出現。痛みは発作性ではなく持続性。強く歯を噛みしめると、左下奥歯が痛む。近医受診し、三叉神経痛の特効薬であるテグレトール処方され、以来痛みは7~8割ほど軽減されている。
痛み部位は三叉神経第2枝領域なので、眼窩下孔刺針、下奥歯痛ということで咬筋と内側翼突筋、おとがい孔に刺針。使用鍼はすべて寸3の0番針で、5分間置針。すると痛みほぼ消失。強く噛むと左下奥歯がまだ痛むというので、咬筋に対する運動鍼を行い症状大幅に軽減した。

前症例の治験と

仙腸関節運動鍼法 Ver.2.1

 仙腸関節のズレ(小さな脱臼)の治療では、AKA療法が知られているが、この方法は診察や治療手技とも独習が難しい。自宅療法として仙腸関節ベルトの使用も少しは有効だが、効果は満足できるレベルにならず、あくまで治療室内で行う治療の補助として用いたい。
 そこで私は10年ほど前に仙腸関節運動鍼法を考案し、成果をあげている。
なお、仙腸関節のズレによる症状は、仙骨部痛(患者はしばしば腰痛という)で、症状部位の聴取だけでは、一般的筋膜症との判別は難しいが、治療法も大きく違ってくるので鑑別は重要である。その見極めかたとして、①一般的腰痛は動的腰痛すなわち動かすと痛むというのだが、仙腸関節のズレは、静的腰痛であること、すなわち同じ姿勢をとり続けているとじんわりと痛みが増加する点、②ワンフィンガーテスト陽性であること。最も痛む部位を患者自身の指先で指示してもらうと、仙腸関節部分を指し示すこと、などがある。

1.患者体位を変更した新法

最近までの10年間は、患側を下にした側腹位で本手技を実施してきた。この方法は仙腸関節裂隙に刺入しやすいメリットはあるが、運動針効果が弱いという欠点もあった。そこで最近では患側上した側腹位で行う方式に変えた。その方が治療効果が向上することを感じる。
以下は、患側上での刺針手技について説明する。

2.刺入点と刺入角度
 
患側上で、上後腸骨棘とS1棘突起の中点を刺入点とする。鍼は2.5寸(痩せた者は2寸)の5~8番を使用。ベッド面に対して、斜め45度方向に刺入、仙腸関節刻面に沿うように1.5寸程度刺入し、最終的には骨に命中させる。鍼が途中でつっかえるようならば、刺針転向法で角度を微調整する必要がある。
人によって症状部に一致した針響が得られることがある。

※針先が仙腸関節裂隙に入りにくい場合には、助手等に大転子あたりを上から押圧させると、関節裂隙が広がるのでやりやすくなる。

3.運動鍼の併用
 
患側の大腿を腹に近づけるような自動運動、すなわち股関節の屈伸運動を10回指示。その間、術者は刺入してある鍼を、関節裂隙の骨にコツコツとタッピングし続ける。その後5~10分置針して抜針。

4.治療効果と意義
 
痛みは関節周囲の軟部組織の興奮から生じている。また軟部組織の緊張は、仙腸関節をズレた状態で固定する。したがって上記治療法で軟部組織の緊張を弛めることで患者の愁訴は大幅に改善できる場合が多い。ただし真の原因は関節のズレなので、鍼灸治療効果は2~4日程度である。週2回治療で2~3週間続けることで、周囲軟部組織の緩んだ状態を保つことで、仙腸関節のズレの自然修復を期待することになる。

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肩関節の結帯動作制限に対する針灸治療 Ver1.1

H27.1.25.上記タイトルのブログを書いたが、パソコン操作ミスで消えてしまったので、再度書き直すことにした。

1.結帯動作制限に関係する筋
    
五十肩では外転時痛とともに結帯動作時痛が生じやすい。結帯動作は、肩の伸展+内転+最大内旋の複合運動障害である。しかし肩の伸展筋・内転筋・内旋筋の筋力が低下しているわけではなく、その動きの拮抗筋が緊張し過ぎた結果、十分には伸張できないことが原因であろう。 

したがって結帯動作制限に荷担している筋は、上記の拮抗筋で、屈曲筋→三角筋前部線維、外転筋→三角筋中部線維と棘上筋、外旋筋→棘上筋・棘下筋・小円筋になる。

とくに内旋運動の障害が強いので、棘上筋・棘下筋・小円筋の伸張障害が問題となるが、運動分析的には棘下筋と小円筋緊張が結帯動作制限に大いに関係している。
                      

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 2.内旋運動制限をもたらす緊張筋   

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内旋運動には、上図のように2つの方法名があるが、筋の起始停止の位置関係から、第1肢位での内旋制限は、棘下筋の過緊張によるものであり、第2肢位内旋制限は、小円筋の過緊張によるものであるという。

 

 3.棘下筋刺針
  
結帯動作により棘下筋のトリガーが活性化すると、棘下筋部だけでなく、上腕外側や上腕前面 に広範囲に運動時痛が生ずる。このような場合、座位で第1肢位内旋をさせて症状出現させた状 態で、天宗あたりの圧痛点に刺針すると内旋痛が改善することが多い。
  
上腕外側の痛みは、外側上腕皮神経痛と考えがちで、この部から水平刺の皮膚刺激を行っても、 治療直後しか痛みを減ずることはできないので、本質に迫った治療とは言い難く、この場合、天宗圧痛点に刺針すると改善できることが多い。

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4..小円筋運動針

座位で第2肢位内旋姿勢をさせると、後腕付け根あたりに痛みを訴えることが多い。ただしこの痛みは不鮮明なので、施術者は意識的に、小円筋の停止部圧痛を見出して刺針する必要がある。刺針すべき場所は、第2肢位内旋姿勢にさせ、て肩髎穴(三焦経、肩峰の後下端)から肘方向に1寸ほどの部になる。 

 

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下顎の突き出しができない患者の針灸治験

72才、男性

1.主訴:前頸部~顎下部の痛み

2.現病歴:数年前から次第に上記症状出現。

3.理学検査

顎下症状部の、顎二腹筋前腹の圧痛あり。咬筋や側頭筋の圧痛なし。
咬合は正常。しかし下顎の突き出し力不十分で、下前歯を上前歯の手前に出せない。


4.診断

顎二腹筋の過緊張。これによる下顎の突き出し運動不能


5.解説

口の開閉は通常は顎関節の蝶番関節運動だが、大きく開口するには、顎関節の前方滑走が必要であり、この運動には外側翼突筋の収縮が必要である。ゆえに外側翼突筋が弛緩していて収縮できなければ下顎の突き出しができない。
 
一方、外側翼突筋の拮抗筋は顎二腹筋であるが、顎二腹筋が過緊張状態であっても、下顎の突き出しができなくなる。
 本症例が下顎の突き出しができないのは、外側翼突筋の弛緩によるものでなく、顎二腹筋の過緊張によるものであろう。そのため前頸部~顎下部の痛みが生じているのだろう。

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6.針灸治療

1)顎二腹筋の圧痛硬結への運動針

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 下顎三角中央の陥凹を押圧すると感じる筋ばりで、ここに喉頭隆起上際で舌骨との間に廉泉穴(任脈)を取穴。そのやや外方が顎二腹筋前腹を触れる 
顎二腹筋の後腹は、舌骨と乳様突起の結んだ線上にある。下顎角の後で胸鎖乳突筋前縁の天容(または下翳風)を取穴。置針した状態で下顎の突き出し運動実施。
   


2)外側翼突筋への運動針

主な治療点は顎二腹筋だが、これと拮抗筋である外側翼突筋へも刺針しておくことにした。外側翼突筋刺針は、下関深刺直刺以外に適切な部がないのではないか。



7.治療経過
 
こうした愁訴や所見は初めてだったので、自信をもった治療ができなかったが、上記治療を行った。週2回治療で、治療3回目頃から下顎の突き出しが完全にできるようになり、顎下の痛みも大幅に軽くなった。こんなに完璧に治療効果が出せるとは予想しなかった。嬉しい誤算だった。


8.参考

外側翼突筋収縮は、下顎の突き出し作用の他に、下顎の左右の横ずらし運動作用もある。これは奥歯で穀物を磨り潰すのが目的。内側翼突筋も左右の横ずらし運動作用がある。
ちなみに内側翼突筋は咬筋の深部に位置する。本筋の触知はディスポゴム手袋をはめた示指と母指で、一指を患者の口から中に入れて被験者の頬を挟むよう圧迫するようにして頬裏の圧痛硬結を調べるとよい。
内側翼突筋に対する治療点は、下顎骨内縁に沿うような刺針であろう。この刺針法については、柳谷素霊著「秘法一本針伝書」中の下歯痛の治療に紹介されている。

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胸椎椎間関節症には針が一番

 

1.胸椎椎間関節症の症例(40才、男)
 
最近、5年来の腰背痛を訴える40才男性患者に施術する機会を得た。医師の診断名は、胸椎椎間関節症だという。その時は医師が胸椎椎間関節症という診断をつけるのは珍しいことたと思った。その医師の治療は、胸椎椎間関節にブロック注射を行うというものだが、薬物副作用の関係からか、ブロックは一回の外来につき、2カ所しかできないという。そのためか、大した効果しか得られないいう。
 
私はすでに35年以上前から腰痛の何割かは胸椎椎間関節症に由来していると考えていた。そしてその治療には針治療が非常に効果があると確信しているので、この患者も迷うことなく、いわゆる一行への刺針(=夾脊針)を行った。 
 
具体的にはこの患者は大きな大柄で肉付きもよかたので側臥位で、一行の圧痛硬結を調べると、多数見つかった。そこに二寸中国針でTh1~Th12椎体棘突起傍点から、椎弓根部に針先がぶつかるまで10本ほど深刺、5分間置針。その後、反対側の側臥位にして同様の刺針手技を行った。術中、症状に一致した響き(=再現痛)も得られた。
 
残存症状に対しては、立位前屈位で一行の反応点に二寸中国針を何本か速刺速抜し、症状ほぼ消失した。この患者は経過が長いので、再び症状は出現するだろうが、何回か同様の治療を行えば、大幅な症状の軽減が得られ略治にもっていけだろう。



2.本症例を通じて、考えたこと 

1)胸椎椎間関節症で医者も患者も困っている

「胸椎椎間関節症」のワードをネット検索すると、多くの件数がヒットできた。結構困っている患者がいることが確認できた。患者の「どうすればよいか」との質問に対し、あるドクターは「椎間関節ブロックをすればよく効くが、この技術を持っている医師は少ないのが現状」と回答していた。現代医学では案外困っていることを改めて知った。さぞかし患者も困っていることだろう。ここで繰り返し指摘しておくが、こうした患者に鍼灸(ただし現代鍼灸)が非常に効果的であることを指摘しておきたい。


2)胸椎椎間関節の治療法

胸椎椎間関節症の痛みは、脊髄神経後枝の走行に沿って痛みが出現する。何度も本ブロクで書いたように、患者の訴える症状を起点として斜め上内方45~60°の背部一行線上に圧痛を見出し、そこに深刺するのが効果的な治療になる。たとえば志室(L2棘突起下外方3寸)穴附近の腰痛を訴えた場合、Th12棘突起の傍点への深刺で改善できるのが普通である。しかし志室部の痛みを、起立筋や腰方形筋の筋緊張による結果だと捉え、志室局所に行う施術は、あまり効果ない一見すると腰部の痛みであっても、その原因が胸椎部椎間関節にあるとは思いもよらないのである。

ドクターが日常臨床でこの現象を把握し、治療に応用したことは進歩なのだが、先の症例のように、一回の外来治療で2カ所までしかブロックできないのであれば、特に慢性の椎間関節症には対応できないだろう。その点、針治療は薬物を使わないので、数十カ所に施術できるメリットがある。(ドクターもステロイドではなく塩水でブロックを行えばよい)

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 http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/edd3b1f0a86da4657600b324b87c4b3d

 

 3)椎間関節症との診断は妥当なのか?
 
           周囲筋の過去数縮
               ↑
   椎間関節の力学的ストレス → 椎間関節症性変化       
             ↓
     脊髄神経後枝興奮

椎間関節の力学的ストレスは、関節症性変化、周囲筋緊張、脊髄神経後枝興奮といった変化が生ずる。どこを問題視するかによっって、診断名は椎間関節症・筋筋膜症・脊髄神経後枝神経痛といろいろ出てくる。椎間関節性変化の原因が力学的ストレスだということで、椎間関節をとくに重視するとの立場をとれば、椎間関節症の診断が妥当なのだろうか。
そうであるならば、椎間関節ブロックが効果的になる筈である。
 
しかし今回の症例もそうだが、胸椎棘突起から5㎜~1㎝から椎弓根に当たるほど深刺すると再現痛を得やすく、治療効果が高い。これは他裂筋・長短回旋筋・半棘筋等の過緊張が症状をもたらしていると見なすべきだろうと思う。したがって私的な病態把握としては、胸椎椎体傍筋の筋々膜症とした方がすっきりするのではないか?
 
筋々膜性腰痛と椎間関節症は、同時に両者の症状所見が日常的に同時にみられることが多いので、要するに「鶏が先か卵が先か」の問題になるだろう。ただし、棘突起傍筋への深刺が有効となるか、椎間関節部への刺針が有効となるかについては、二者択一的に治療効果がクリアーに限定されるようなので、治療的診断的方法から、両者を区別することはできるように思う。

代表的な薬物灸について ~灸基礎実技講師のために Ver.2.0

はじめに
東洋療法学校協会編の「鍼灸実技」教科書には、薬物灸の説明が載っている。現在のわが国において、薬物灸を実際に行っている処は非常に少ないのだが、灸基礎実技の担当講師は、不案内なのにも関わらず、立場上薬物灸について一通り説明する必要にせまられる。

薬物灸について簡明に、かつ興味深く、教えるにはどういう内容にいたらよいのだろうか。私が過去に教えた内容を記すことで諸先生方の参考に供したい。2016年1月5日、このような出だしで、「代表的な薬物灸について ~灸基礎実技講師のために Ver.1.3」を記したが、薬物灸それぞれについての成分に対する詰めが緩すぎたようだ。この点を考慮して、書き改めることにした。

 

1.天灸
<カラシナの種により皮膚を発泡させる>
 
主成分は、カラシナの乾燥種子である、白芥子(はくがいし)。白芥子は発泡薬であるが、香辛料ホワイトマスタードの原料としても使われる。粉末にした白芥子を水で調合して練って団子状にし、皮膚に貼って1~3時間放置して発疱させる。主に鼻炎・扁桃炎・喘息など呼吸器疾患患者に対して、座位にして大椎・肺兪・膏肓などを選穴する。現在では香港で広く普及している。白芥子には、発泡とともに発疹・発赤・掻痒などをもたらす。
 
発泡薬とは、血管壁に作用して血管拡張作用があり、皮膚透過性があるので、疼痛・発赤、ついで漿液性滲出をきたし、局所に水疱が生ずる。要するに人為的にⅡ度の火傷を起こさせる。  

 

 

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2.漆灸
<生漆により人為的に接触皮膚炎を起こす>
 
漆灸の主原料は生漆で、これに樟脳油(皮膚にスースーした冷感と清涼感の香り)を調合し、ヒマシ油を適量加えて混和したもの。これを棒で皮膚に塗布したり、艾に浸ませて経穴部などに置く。
 
しかしながら、漆灸の具体的方法を調べてみたが、結局わからなかった。古典文献にはないという。漆による皮膚カブレ反応は遅延性で1~2日後に生ずるので、カブレを起こすまで漆灸を塗布するとは考えにくい。
 
①漆
毎年、初夏から秋口にかけて、漆の木の樹皮に傷をつける。すると乳白色の樹液が染み出てくる。これを掻き出したものを生漆という。生漆を濾過して煮詰めたも   のが漆である。漆の最大需要は、漆器などの天然樹脂塗料としての用途で、美しい艶がでるようになるとともに耐久性も増す。
    
漆は乾いてしまえば漆は特に問題はないが、乾いていない樹液はかぶれる。このかぶれはアレルギー性接触性皮膚炎を生じたもので、漆が肌の毛穴についた時に皮膚のタンパク質と、漆の主成分ウルシオールが反応して起こる遅延性アレルギーで、漆に触れてから1~2日経ってからカブレ(激しいかゆみ、赤い発疹、水疱)が生じ、1ヶ月近く続く。

 ②樟脳(カンフル)
クスノキの幹を砕いて蒸すと樟脳ができる。樟脳には爽やかな芳香があり、皮膚の神経の冷感を刺激する(実際の皮膚温は下がらない)。かつては強心剤として樟脳からつくる精油カンフルを用いた(実際には無効だった)ことがある。クスノキの周りには虫がよってこないことから、樟脳は防虫剤としての用途もあった。しかし現在では安価なナフタリンにとって代わった。


3.水灸
<皮膚に対する冷感と清涼香>
 
いくつかの薬物に組み合わせがあるが、代表的なのは薄荷、竜脳、アルコ-ルを混和したもの。筆、箸、棒などを用いて皮膚に塗布する。薄荷と竜脳は皮膚に冷感と爽快な香りを与える。ただしこの冷感は、実際に皮膚温を下げた結果ではなく、皮膚神経に「冷たい」という錯覚を起こさせたもの。しかしアルコールを加えることで塗布した部分の気化熱を奪うので皮膚温を下げる作用も多少あるだろう。現在市販されているサロンパスやタイガーバームの作用に似ている。
 
①薄荷(ハッカ)
ハーブの一種の草の葉のこと。l-メントールは薄荷の精油成分。冷  感と清涼な香を付加する。ただし皮膚温度を下げる作用はない。
  
※余談:テレビ番組の<ナイトスクープ>で、「アイヌの涙」という入浴剤を入れると、熱い湯でも冷たく感じるという現象を放映したことがあった。「アイヌの涙」の正体はハッカ油で、湯船に数滴垂らすのが正し方法なのに、多量に使った結果だと分かった。皮膚に対する熱湯刺激と、皮膚の冷感刺激で、脳が見事にだまされた現象であった。 
 
②龍脳
龍脳は、竜脳樹という樹木の幹を砕いて蒸して採取する。龍脳の別名はボルネオールで、ボルネオ島がその由来。皮膚に対する冷感と清涼香を与える。龍脳は、書道で使う墨(すみ)の香料としても知られる。墨の香りは、心が落ち着き、幽玄な雰囲気に浸れる。

 

4.墨灸
<墨の香り龍脳>
 
墨灸とは、生薬エキスに墨を垂らしたものを、ツボに筆などで塗る治療法で、火は使わず、熱さも熱傷跡も皮膚に残らない。幼児・子供の夜泣きや疳の虫、おねしょの治療として普及した。
何種類かの生薬の組み合わせがあるが、以下はその一例。

黄伯(おうばく)を煎じてその液で墨をすり、樟脳、ヨモギなどの生薬を混ぜてできたものを、筆でツボに塗る。スーッとするようなヒリヒリっとした感覚である。
 
琵琶湖湖畔の草津市穴村(温泉で有名な群馬県草津とは無関係)の墨灸は有名で、墨灸のことを、紋状に跡が一時的に付くことから“もんもん”と呼ばれ親しまれ、1日300人多い時に1000人の患者が来院したという
 
①墨
墨の成分である龍脳(ボルネオール)の心落ち着く香り。遠赤外線効果が治効に関係しているという見解もある。
 
②黄伯
樹皮の内側の内皮が黄色のことから命名。主成分はベルベリンで非常に苦く、内服としては下痢止めに使う。大幸薬品の「正露丸」には黄柏を配合している。外用としては、打ち身・捻挫などに用いる。水で練って湿布のようにして貼ると、冷感が得られる。


5.紅灸
<プラセーボ効果としての赤色染料>

紅花(べにばな)は、黄色と紅色の2種の染料がとれる。黄色の染料は、紅花を湯で煮るだけで採取できるので安価で、庶民の衣類を染めるのに用いた。一方紅色の染料を採るには、黄色染料を洗い流した後、水にさらして乾燥させる。これを何度も繰り返すと紅色にするという手間のかかるものだった。この紅色染料は、大変高価なもので、富裕層の衣類や口紅などに用いた。
 
紅灸は、紅花から絞った汁(紅花水)をツボに塗布する。赤色は血の色であることから、古来から生命増強の力があるとされた色で、赤ちゃんの宮詣りや祭りの時、額に紅をつけた。紅灸で、紅花水を使わず、単なる食紅を水で溶いて、使ったという例もあるようで、プラセーボ効果のようでもあった。 
 
※現在、紅灸を製造しているのは、鹿児島の本常盤というところ(販売は丸一製薬)のみ。
実際の紅花水の成分は、紅花の絞り汁の他に、樟脳(冷感と爽快な香り)・チモール(爽快な香り)・トウガラシチンキ(温感)・サリチル酸(血管拡張)・Lメントール(ハッカの有効成分で冷感と爽快な香り)などを含有している。温感成分と冷感成分が両方入っていることで、サロメチール・キンカンを薄めたような刺激感が得られる。


6.総括
 
水灸・墨灸は、血管拡張作用のあるサリチル酸メチルは含まれないが、ハッカ・樟脳・龍脳が含まれ、これにより冷感と爽快な香りを与えることがわかった。要するに、現代でいう冷感湿布であるサロンパスのようなものだろう。ただし実際に皮膚温を下げる効果はあまりない。
 
ポカポカした温感を感じさせるには、ハッカ・樟脳・龍脳に加えてトウガラシ(有効成分はカプサイシン)を配合している。要するに温感湿布にも、冷感成分は入っていて、またカプサイシンによる実際の皮膚温上昇はあまりない。現代の市販薬では、キンカンやサロメチールがこの範疇である。薬物灸でこの範疇に入るものは皮膚に炎症(発赤・掻痒・水疱)を起こすことを狙いとする天灸だろう。ちなみに皮膚温を上げるには、現代ではホカロンなどの使い捨てカイロが手軽である。
 
ユニークなのは、天灸と漆灸だった。天灸は白芥子塗布によりⅡ度の火傷を起こし、水疱をつくる。漆灸は生漆を皮膚に接触させることで、接触性皮膚炎(発赤・掻痒・水疱)にもっていくものであった。 

 

 


陰部神経刺針を効果的にする刺針体位の工夫

陰部神経刺針についてブログに書いているためだろうが、かなり遠方からでも陰部神経症状を訴えて来院する患者が多くなった。それにつれて、効かすためのコツがわかるようになった。端的にいうならば、陰部神経基本点部の圧痛硬結に刺針すればよいのだが、圧痛硬結を出現させるための体位を工夫する必要があるということになる。

1.基本肢位による刺針

参考:http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/e3362c8364c7268e0788f4518ccb5dc9 
 
患側を上にした側腹位で行う。まずは定められた陰部神経刺針点(患側の上後腸骨棘と坐骨結節を結んだ直線の中点から、坐骨結節方向に1寸下がった部位)を深部を探るように、指先にゆっくりと徐々に力を入れて押圧してみる。その時、深部に筋の硬結を触知できれば、本刺針点から、直刺深刺して、その硬結中に鍼先を持って行くようにすることが非常に重要だということである。
 
刺針して硬結中に鍼先を当てるとで、肛門の奥やペニス部に響きをもっていくことができる。足部の振戦に効果あることもあった。

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2.仙結節靱帯への刺針


  
上述の基本肢位で、所定の陰部神経刺針点を探っても圧痛硬結が発見でいない場合がある。このような場合、仙結節靱帯部に圧痛硬結を見出すことを考える。仙結節靱帯とは、第4後仙骨孔の高さの仙骨外縁あたりからと坐骨結節を結ぶ靱帯である。この靱帯長はだいたい8㎝程度なので、この領域内の圧痛硬結を探して刺針することになり、効果をもたらすことができる。(本ブログで既に報告済)
 
ただし症例を積み重ねていくと、同じ患者でも仙結節靱帯上に圧痛のあった患者でも、別の日に触診すると陰部神経基本点に圧痛が出ていたりすることがわかった。
仙結節靱帯の問題が症状を起こしているのか疑わしいと感じた次第である。

参考http://blog.goo.ne.jp/ango-shinkyu/e/131df5c70407cf7334c830542ca93931

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3.大殿筋屈曲肢位で行う陰部神経刺針
 
陰部神経刺針では、まず大殿筋(大腿伸展作用)を貫き、次に梨状筋・内閉鎖筋・双子筋など(大腿外旋作用)を刺激して陰部神経を刺激することになる。
 上記の2つの方法でも圧痛が発見できない場合、大殿筋屈曲位で刺針する。すなわち四つ這い位で股関節と膝関節をともに90°屈曲にする。この体位で陰部神経基本刺針点の圧痛点を見出す。大殿筋がストレッチしている状態なので圧痛硬結を探りやすい。
 
さらに一歩進んだ方法として、この体位で置針した状態のまま、膝をゆっくりと屈曲させていくと、針響が強くなるので、より効果が増す。


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「灸基礎実技」教科書の補足 Ver.1.2

今から25年ほど前、鍼灸の資格が都道府県資格から国家資格になるというので、新カリキュラムに沿った教科書づくりが急務となった。科目ごとに、執筆担当教科の教科書が各専門学校に割り振られ、当時私の所属していた東京衛生学園専門学校では、鍼灸実技の教科書を1年以内に制作することになった。私も教科書づくりに加わった。とにもかくにも時間不足であって、内容には不備が目立つ。ここでは灸基礎実技の章に補足説明をする。


1.半米粒大の艾炷の大きさ

艾炷の大きさは伝統的に小豆大・米粒大・半米粒大・ゴマ大それに糸状大といった区分が行われてきた。なおこの中で最も使われる頻度の高い大きさは、半米粒大だとされている。米粒大や半米粒大の具体的寸法は成書により異なっているが、最も基準とすべき東洋療法学校協会編の教科書「鍼灸実技」によれば、米粒大艾炷の大きさは、「円錐形で、底面直径2.5ミリ、高さ5ミリ」とある。また半米粒大艾炷の大きさは、米粒大艾炷の半分としている。

半米粒大の艾炷の大きさが、底面積も高さも米粒大の半分という意味であれば、体積としては米粒大の1/7の艾柱になってしまうので、これは体積が1/2という意味だろう。では、その大きさとは、底面積が何ミリ、高さが何ミリとなるのだろうか。計算してみるとr≒1、h≒4となり、底面直径は2ミリ、高さ4ミリほどとなる。

 

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※「図説鍼灸臨床手技の実際」によれば、米粒大艾炷は直径2ミリ、高さ4ミリ、半米粒大艾柱は直径1ミリ、高さ2ミリとしている。

2.江戸時代頃の艾柱

本ブログを発表して数年が経過した今、一人の読者から、艾炷が「米粒大、半米粒大」となった歴史的経緯を調べれば発見があるのではないか」という意見を頂戴した。艾柱の大きさ区分というのは、針灸師にとっては余りにも基本的なことなので、こういった問題意識は返って思い至らないものだろう。

ただし歴史的経緯といっても、鍼灸学校非常勤講師を辞職して勝手に図書室に出入りできな現在の立場で、調べられるのはネット情報のみ。多くを期待せずネットで調べてみると、<『艾灸通説』について宮川浩也先生に聞く>(インタビュー猪飼祥夫)鍼灸OSAKA Vol.29 No.3(2013 aut.)を発見できた。

『艾灸通説』は灸法の概論書で、江戸中期に後藤椿庵が、父親の後藤艮山の医説を展開したものである。艮山は治療に灸を愛用していた。以下はこの書の内容から。

宮川:「米粒大」という言葉は、長野仁先生に教えてもらったが、『艾灸通説』の付録の「植木挙因に答うる書」に書いてある。ただしこれが初出かどうかは未詳。
後藤流では小さな艾柱をたくさんすえる、小艾柱・多壮が基準となる。その艾柱の大きさとは、鼠の糞・米粒・麦粒などの大きさとしたという。

私(似田)が思うに、一口に「鼠の糞」といっても、ドブネズミ10~20㎜、クマネズミ6~10㎜、ハツカネズミ4~7㎜といろいろあるので、これだけでは明瞭な寸法は分からない。また米粒よりも麦粒の方が大きい。なお江戸時代の一般人が家庭療法として行う艾柱の大きさは、指頭大だったらしい。

宮川:今日の艾炷の形は、円錐形だが、後藤流は紡錘形だった。皮膚に付く面が広いとすごく熱いが、狭くすればさほどでもなくなる。患者さんに負担をかけないようにという艮山先生の思いやりのたまものだろう。


3.艾の燃焼温度と皮膚に与える熱量

教科書どころか、鍼灸界においては、熱容量の概念が欠如しているらしい。是非とも教科書に載せたい内容を記す。

1)表皮温度
艾を燃焼させると、直下に熱が伝わるが、同一の艾炷を燃焼させても、作用させる物体により皮下に伝わる熱量は異なってくる。これはその物体のもつ熱容量に違いがあるからである。

熱容量大:熱が伝わりにくいもの。熱しにくく冷めにくい。土鍋、海など。
熱容量小:熱の伝わりやすいもの。熱しやすく冷めやすい。鉄鍋、陸地など。
  
生体の皮膚は海と同じく、熱容量が大きいので、熱しにくく冷めにくい。このため透熱灸のような数秒間の加熱では、皮膚温は殆ど上昇しない。すぐに透熱灸の熱は消えてしまうので、皮膚に加わる熱は比較的低いものになる。モグサ自体の燃焼温度は、半米粒大で百数十度(ちなみにタバコの火は700℃)とされるが、臨床上よく使われる灸の皮膚に加わる温度は、60~80℃と記憶しておけばよい。
 
2)深部皮下組織温度
      ΔT=Q/C     (上昇した温度)=(与えた熱)÷(熱容量)

少壮灸をすると、皮膚表面温度はわずかに上昇するが、深部皮膚温度は、ほとんど上昇しない。これは灸熱が生体に与えた熱量は、相対的には小さい(短時間、極小面積)ものであり、また皮下組織の基本成分が、水という熱容量の大きい物質である理由による。
あらかじめ赤外線灯などで皮膚を温めておいてから施灸すると灸は熱く感じる一方、冷えている部への施灸は比較的熱く感じない。

深部温度を上げるには、透熱灸の壮数を重ねれば(=多壮灸)よく、この原理を利用するものとして、ウオノメに対する多壮灸が知られている。しかしながら通常の皮膚に多壮灸をして深部温を上げることは、患者が熱さに耐えきれず、施術者の手間もかかるので行わないのが普通である。深部温を上げるには間接灸や赤外線灯などの方が適している。
  
※多壮灸:数多く壮数を重ねる(通常10壮以上)こと。何壮すえるかは、患者の熱感覚の変化により判断する。これまで表面的な熱さだったのが、急に奥に浸み通るようになったなど。
 

3)灸熱緩和器
なぜ施灸部周囲を押圧すると痛みや熱さが減ずるのか?
・注射が痛くなくなる裏わざ(TV「伊東家の食卓」より)
方法:注射される直前に、一分間指で注射される場所を強く押す。
・理由:長時間強くおされたことにより、一時的に痛点(痛みの感覚)が麻痺する。
・注意:感覚が麻痺して痛くないのは、直後2秒間です。2秒を超えると痛い。
・理論背景:神経線維はその太さに応じて役割が決まっている。神経線維の分類と機能は次の通り。
        太↑ Aα:骨格筋収縮
             β:触覚・圧覚
             γ:筋緊張の程度を調整
             δ:痛覚(速い痛み)
             B  自律神経
        細↓   C  自律神経、傷み(遅い傷み)
        
施灸部の周囲を指で圧迫することはAβを刺激するという意味がある。すると傷み刺激(AδやCの興奮)を脊髄レベルで遮断することになり、灸熱が緩和される結果となる。針管を皮膚に強く押しつけるような押手をして刺針すると、刺痛が減ずるのも同じ意味である。

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テニス肘に対する筋と筋付着部への運動針 Ver.2.2

1.テニス肘の病態と症状

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テニスのバックハンドでボールを打つということは、飛んでくるボールをラケット面で捉え、さらに打ち返すという動作である。これは手首の強制背屈状態に対応するため、前腕伸筋群は、瞬間的にコンセントリック収縮状態になり、しかも次の瞬間にはエキセントリック収縮に移行している状態である。

打球を捉え打ち返す時、前腕伸筋(とくに短橈側手根伸筋)に非常に強い筋収縮力が加わっている。前腕伸筋群は上腕骨外側上顆を起始としているので、テニス肘では同筋の緊張のほかに、筋起始部に筋付着部炎をおこし、曲池穴に強い圧痛をみる。

これと対照的に、ゴルフ肘では、前腕伸筋群に負荷がかかるので、同筋の緊張をみるほか、その付着部である上腕骨内側上顆部(=小海穴)に強い圧痛をみる。なお、ゴルフ肘ではクラブを支える側(右効きの者の場合は、左肘)がゴルフ肘になりやすいことに注意。

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 ※筋収縮の3種類

等尺性筋収縮(アイソトニック収縮):筋は短縮はするが、短くはならない。例)太極拳での姿勢

等張性筋収縮には次の2種がある。
 短縮性筋収縮(コンセントリック収縮):筋が短くなる場合。例)腕相撲で勝ちつつある状態
 伸張性筋収縮(エキセントリック収縮):筋が長くなる状態。例)腕相撲で負けつつある状態

筋へのダメージが強い順番は、エキセントリック収縮>コンセントリック収縮>アイソトニック収縮であり、エキセントリック筋収縮が最も強い力を引き出せる反面、ダメージが強い。エキセントリック筋収縮は、可能な限り重いバーベルを持ち上げる運動でもあって、筋損傷しやすい一方、筋肉を増やすのに適している。ボディービルで用いられる。等尺性筋収縮運動は、持久力向上に適している。
      

 2.テニス肘の理学テスト
 
椅子テスト、トムセンテスト(=テニス肘テスト)、中指テストなどがあるが、
針灸臨床で最も有用なのは中指テストであろう。手掌を下にして肘以下をベッド面につけた肢位にさせ、検者は中指の先を押圧しながら、患者に中指を過伸展させるよう命じる。この時、肘部に痛みを誘発できれば陽性とするものである。


3.テニス肘の針灸治療

1)筋走行上の圧痛点に対する運動鍼
 
中指テストでは、少し長めに中指の過伸展をさせたままにさせておき、前腕橈側の伸筋群すなわち大腸経から三焦経ルートを探ると、緊張したスジを触知できる。このスジ(短橈側手根伸筋であることが多い)の緊張(=短縮)改善目的に、刺針して運動鍼を行うのがよい。その運動とは、手首の背屈である。

2)筋付着部への針灸治療
 
上述の治療で、筋の短縮が改善されれば、筋付着部の牽引力も低下するはずなのだが、曲池に強い圧痛があって付着部炎を起こしているのであれば、筋付着部への施術も併用する必要となる。付着部への施術も運動鍼でよい。
その他に手関節の背屈を制限するようなテーピングを併用した方がよい。

3)回外筋運動針

テニスの際、前腕伸筋群に強い収縮力が作用するが、前腕の回外筋にも負荷がかかっている。治療は、前腕回内肢位で回外筋に刺針し、置針した状態のまま、前腕回外運動を行わせるのが有効である。先に示した短橈側手根伸筋刺針を深く行えば、回外筋に達するので、手関節の背屈運動針と、肘の回内-回外運動の両方を行わせると治療効果が高まる。回外筋刺針を目標にして、手三里(長橈側手根伸筋と短橈側手根屈筋の筋溝)から深刺してもよい。

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4)難治例の治療

 陳久性のテニス肘は、前腕の回内制限が軽度あることも多い。この場合は、回外筋と短頭側手根伸筋の筋膜間の癒着を剥がす必要があるが、針では癒着部を中心にコツコツと針先を当て、これを繰り返す(来院する度に行う)。なお回外筋は肘関節包を前面~外側側面~後面まで付着している。

筆者は最近、橈骨頭部が痛むという症例を経験した。 これは皮膚・結合組織はあっても筋腱が存在しない部である。最初は橈骨頭周囲に存在する筋腱付着部に対して刺針施灸を実施したが、効果がなかったので、橈骨頭上の圧痛ある骨膜を直接刺激してみたところ、症状軽減をみたので驚いた。小山曲泉の掃骨針法のつもり。

 



 

治療中の笑話 Ver.1.6

  長らく治療に携わっていると、ときには面白い話にぶつかる。思いつくままに紹介する。


1.50才台男

患者:「昔、40才頃の頃、20代の愛人がいましたよ」
私「それは、うらやましいことで‥‥」
患者:「愛人だけど、愛はなかったけどね。」
    「恋人には愛があり、愛人には愛がないか」


2.40才台男性患者

患者「大学でラグビーやっていた頃、足を痛めてベンチにいると、先輩がこう言った」
先輩「おまえは、顏が痛いのか」
患者「いえ、痛いのは足です」
先輩「だったら、痛そうな顔するな」

 同じような話を、以前父親から聞かされた。
私「父が軍隊にいた頃、古年兵が冗談を言い、皆を笑わせた。しかし父だけ笑わなかった。」
  「その時、古年兵が言った。<おかしくて、笑えないのか!>」


3.統合失調症の患者50才台女性 幻聴があるらしい。

先輩鍼灸師Y先生が、私の隣のベッドで、仰臥位で治療している。
患者:突然がばっと上体を起こし、こう言った。
   「神様は、そう、おっしゃいませんでした!」

Y先生はびっくりし、付添の夫は心配そうにし、私は声を立てないように笑った。


4.患者A(70才台女性)と患者B(40才台男性)は親子。

患者Aが友人にこう話したという:「あの先生(私のこと)は商売っ気がないので、貧乏しているらしいよ」
患者B:「先生は、もしかして、お金を汚いと思ってやしませんか?」

5.患者(60才台女性)の夫は、小さな会社の重役で、勤勉で温厚な紳士である。ただし、顔は土方の親方風だった。それでも背広を着るとマシになるが、その日はあいにく作業着姿で、仕事の打ち合わせで、相手方の社員食堂で、待たされていた。

食堂のおばさんが、その夫に、「はいよ」といって、エロ漫画雑誌を手渡した。

‥‥夫は激怒したという。


6.60才台女性

患者:「老化現象のつぎは、階段現象ですか。まるで建築現場ですね」

 

7.50才台 男性 僧侶

僧侶の患者さんの治療が終了し、次に待っていた患者が治療室に入ってきた。その時、僧侶の患者とすれ違った。治療室に入ってきて一言私に言った。

「いまのは、ヤクザですか、それともお坊さんですか?」

 

8.精神科医が患者として来院した。その先生が、こう言った。

「人生の中の出来事で、8割はイヤなことですね」

 

9.玉川病院指導鍼灸スタッフH先生の話

ある時、仰臥位にて痩せた高齢者女性の治療をしていた。知熱灸をしていた時のこと、八分まで燃えた知熱灸を取り除こうとして、誤ってその女性の乳頭をつまんでしまった。

その女性患者は、「ヒーッ」といって、両手を上げたという。

後に我々に、「その人の乳頭は、黒くて燃えた知熱灸の灰と区別がつかなかった」と弁解した。

 

10 ある日、常連の患者に紹介され、近所の歯医者が来院した。首が痛むという。首に針を刺したが、非常に痛がる。針を寸3#0に交換して、細心の注意をはらって浅刺しても痛がる。

一緒にいた常連患者も私も、あきれて言った。「先生、これまで自分が患者にさんざん、痛いことをしてきて、いざ自分の番になると痛がるというのは、おかしくないですか?」

歯医者がこう言った。「痛いのは患者であって、自分は痛くないのだから関係ない」

以来、二度とその歯医者は来なかった。

 

11.代田先生の内科外来時、たまたま患者が途切れた時があった。見学中のK君とO君が、尊敬してやまない代田文彦先生に質問した。

すると代田先生は、目を閉じ、顔をやや上に向けた。熟考している様子だった。

K君とO君は、先生の思考の邪魔にならぬよう、メモ帳を手にしつつ、静かに返事を待っていた。

待つこと少々‥‥ 小さないびきが聞こえた。

 

12.代田文彦先生が病院の当直の日には、我々研修生も一緒に泊まり込む日になっていた。それに先だって、夜8時頃、先生と一緒に全病棟のナースステーションを回診した。代田先生と一緒に歩いていると、研修生は何となく緊張し、沈黙に耐えられなくなる。その折の出来事。

先生に向かって私が言った「今、空きのベッドは、いくつあるでしょうね?」(そう言いながら、なんとつならない質問をしたのかと後悔した)

先生は答えた「そんなこと、知るか!」

 

13.某医学部学生の女性が、浪人時代から当院に来院していた。患者として来院してすでに4年ほど経ち、患者としても、すでにかなり針の通(ツウ)になっていた。その医学部のサークル活動の一つに、東洋医学クラブがあったので、覗いてみたことがあったという。そして次のように私に話した。

そのリーダーである先生が、患者役の者に刺針すると、必ずといってよいほど出血した。その先生は、針をすると出血するのは当たり前だと説明した。

その傍らで見学していた医学生は、真剣な顔で頷いていたという。

 

14.代田先生の奥様は、目鼻立ちがくっきりした美人の女医さんである。昔、代田先生がその人と結婚したいと、先方の御両親に挨拶に行った。

先方のお父様がこう言ったという。「あの、サルでいいんですか?」

 

15.イギリス人と日本人のハーフの男性が来院している。外見はまったくの外国人だが、日本生まれ日本育ちであって、海外生活の経験はない。日本語は得意だが、英語は苦手としている。

その彼がこう言った。「街を歩いていると、すぐ外人が話しかけてくるんで困るんですよね」

 

16.トルコ人男性と結婚した日本人女性が来院している。この女性の外見は、どこか日本人離れしていて、中近東風な雰囲気があった。

彼女がこう言った。「日本語お上手ですねといわれる。」

こうも言った。「夫の国トルコに行くと、トルコ人とは思われず、キリギス人かと聞かれる」

 

17.患者の息子さんに世界的なチェリストの毛利伯郎さんという方がいる。その毛利さんに、やはり世界的なチェリストであるヨーヨーマ(中国系アメリカ人)が話しかけた。
ヨーヨーマ「キミは、チェロが上手なんだって? 」
毛利「そうでも、ないです」
ヨーヨーマ「ああ、そうですか」

その返事を聞いて毛利さんは苦笑いした。やはり中国人だなと思ったという。

 

18.常連患者のN夫人の話。ある日の夜、子供も寝たことだし、というので久しぶりに夫と仲良くテレビゲーム「桃太郎電鉄」を始めた。

ゲーム途中で、その時は、N夫人にキングボンビーがついていた。しかし「特急カード」と「ぶっとびカード」を持っていたので、「特急カード」で夫のコマを追い越し、次に「ぶっ飛びカード」で、夫のコマからはるかに遠ざかってしまった。
それを見ていた夫は、「お前はそんな人間だったのか」と言って突然怒り出し、「そういう時のために、コンピュータ自動操作のコマがある」と訳の分からないことを言い、とうとうその夫人を泣かせてしまった。

それまでおとなしく寝ていた息子は、夫のどなり声で目覚め、何事が起きたのか、とリビングに行った。テレビ画面を見ると、キングボンビーが出ていたので、息子は恐くなって泣き出したという。

ゲーム中止になったことは、云うまでもない。



20.当院通院中の患者で高齢の元開業医がいる。この家は、奥様と娘夫婦の4人暮らしである。犬も一匹飼っている。犬というのは、ボスが誰であるかを敏感に認識する。犬の世話をするのが娘が一番多いのだが、残念ながら第2位の偉さであって、ボスはその亭主である。三番は元医者の奥様、最下位は彼自身である。 



21.後輩針灸師のK君が私に言った。「先生の電話って、アメリカみたいですね」
そう言われて一瞬何のことが分からなかったが、なにかカッコイイものを予想した。
少々期待しつつ、「どうして?」と聞くと、
「自分の用件が済むと、相手の返答を待たず、ガッチャッと電話をきる」と返事をした。



22.某女子大の非常勤講師(日本史)をしている患者がいる。
「女子大で教えるなんて、いいですね」と私は言った。
患者は予想外の返答をした。
「私の教えている教室には20名の女子大生がいる。すると誰かしら生理中の人がいるわけで、教室には血の臭いがするんです」
※この患者は、博識で専門書も2冊著している。その患者がこんなことも教えてくれた。
「はたけ」という漢字には、畑と畠があり、姓にも畑山とか畠山の2通りがある。前者の畑は、火があるが、焼き畑農法としての畑である。一方、後者の畠には白があって、これは水を意味しており、水田農法としての畠である。つまり畠の方が近代なのだという。


23.玉川病院勤務時代の代田先生へ一通の手紙が届いた。ビートルズのジョン・レノン(ポール・マッカートニーだったかも)からのもので、「1千万円払うから、1年間自分の処にきて主治医をやってくれないか」と書いてあった。代田先生は、1億円くれるならば行ってもよい。日本の玉川病院に来るなら、1回3500円で治療してやる」と返信した。

その後、ジョン・レノンからの手紙は途絶えた。



24.玉川病院時代、代田先生の同輩に、光藤英彦先生(前、愛媛県立中央病院付属東洋医学研究所所長)という医師がいて、代田先生と共同で鍼灸の研究や臨床に活躍した。当時玉川病院の鍼灸治療費は、初回4500円、二回目以降は3500円に設定していたのだが、光藤先生の治療は、自分で1回5000円と設定していた(これは自分の懐に入らず、病院の収入になる)。また病院内部のスタッフには、通常は治療費を取らなかったが、光藤先生は、同額を請求した。

病院スタッフが、自分の身体に対して光藤先生にちょと相談しても、相談後には5000円の請求書を渡したので、皆から恐れられた。明るく実力がある先生だったので、それでも相談しない訳にはいかない。そこで、請求書を渡されないよう、診察室に入らず、診察室のドアから首だけを出した状態で、光藤先生に相談するようになった。

 

25.元高校教員の患者から聞いた話。ある年、新人の高校教員がやってきた。新人挨拶とのことで、その人は、「まだ若輩ですが、‥‥」と言った。以来、あだ名が若輩となった。五十過ぎた現在でも、若輩のままである。

 

26.老夫婦・娘夫婦と、家族ぐるみで当院にかかっている人たちがいる。その老夫婦は、娘の車に乗せてもらい、当院までの送り迎えをしている。両親の食事もつくるなど、結構親孝行の娘である。
ある時、老夫婦が治療に来ていて、私に言った。娘は結婚して随分変わり、しっかり者になった。けれども昔の独身時代は家の仕事は一切しなかったので、「フン製造機」と呼んでいた。 

27.脊椎圧迫骨折による背痛ということで、90代の女性の家に往診に出かけた。頭は全然ぼけていない様子だった。ふとリビングを見ると、少年ジャンプとムー(宇宙人とか空飛ぶ円盤とかを扱う、トンデモ雑誌)が何冊か置かれていた。同居している息子(60代)ともども、愛読者なのだという。 

 

28.ある鍼灸の大御所が自分の主催する研究会の参加者名簿を見ていたら、現代的な女性の名前が2人もあった。そこにはエリ、フミエと書かれていた。当日楽しみにして待っていると、この2人がやってきた。井上恵理と小野文恵だった。
(上地栄「昭和鍼灸の歳月」より)

 

29.当院患者のご主人のことで、奥様から聞いた話。主人は心臓が悪いため、定期的に病院に通院している。いつもは薬をもらうだけだが、たまには診察も受ける必要があるといわれ、しぶしぶ受診した。本人は「心臓が少し苦しい感じがする」ということもあり心電図をとった。すると明らかに心筋梗塞を伺わせる所見で、医師は仰天した。早速救急車を手配した。救急隊の人も、意外に元気な患者をみて不審がったが、医師から心電図を見せられ、仰天したという。早速都内専門病院に搬送され、カテーテルでステントを入れる治療を行った。

その手術実施中、つい患者はうとうとし、やがて目覚めた。「少し眠ってしまったようだ」と医師に話した。するとその医師は言った「あなた心臓が止まっていたんですよ」。そのご主人は無事に治療終了したが、奥様にこういった。「死ぬって、簡単なことなんだな」

膝半月板亜脱臼の治療 Ver.1.2

1.急性半月板損傷
 
1)原因
   
膝半月板の疾患といえば、急性半月板損傷が有名だろう。本症は、スポーツ中に膝をひねる、高いところから飛び降りる、膝を深く強く曲げるなどで、地面にふんばっている状態で、下肢をねじったり回旋動作を行った場合に半月板に亀裂が入ったものである。
半月板の亀裂が半月板の外周1/3より外側であれば血行があるので自然治癒することも見込まれるが、それより内部は血行がないので、自然治癒機能が働かないとされている。  
 

2)症状
    
受傷時、膝に突然の激痛が生じて、動作の中断を余儀なくされる。重篤感がある。

重症では2~3時間後には膝関節腫脹し、膝関節の嵌頓 locking ロッキング(膝に何かがはさまったかのような感覚で、膝を伸ばすことも曲げることも困難になる)が出現する。この時は、歩行不能はもちろん立位にもなれない。関節血腫が生ることもある。なお関節血腫の有無は、膝関節液穿刺で関節液が血性か否かする。
    
軽症例では、catching キャッチング(膝の曲げ伸ばしの際、ある角度で引っかかって痛む感じがする。ただし膝の可動性は保たれている)が起こる。キャッチングは軽いロッキング状態といえる。
    
半月板には知覚はないので、半月板に亀裂があっても痛みの直接理由にならないが、膝関節の屈曲伸展や内旋外旋時には、半月板のスムーズな動きが阻害されるので、半月板周囲の関節包知覚・筋膜が刺激されて痛み、立位になることや、健側を浮かせて患足のみに体重をかけることができなくなる。

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3)治療
       
早期に手術が必要なのは、痛みに加えて半月板のひっかかりで膝が動かない(すなわち歩行はもちろん立位にもなれない)などの症状がある場合、または痛みが長く続き、くり返し水が溜まるなどの症状があって、スポーツ活動、日常生活、職業上大きな支障がある場合である。

しかしながら若年者の半月板を摘出することは、将来的に膝関節変形を助長させることになる。それ以外は、安静にして様子をみることになるが、その後に処置は整形外科医によって見解が分かれる。


2.半月板亜脱臼
 
筆者は半月板損傷といえば、これまで上記のような発症動機が明瞭な急性外傷のことを想定していた。針灸臨床とは関わり合いが乏しく、仮に来院したとしても、針灸でどうにかなるものでもないと思っていた。そうした中、私自身が半月板損傷を患うことになった。 

1)半月板損傷の自験例(62才、男性)

①主訴:右膝関節痛(体重をかけた際、右膝の中心あたりに、痛みを感じる)

②現病歴

平成28年5月5日6㎞丘陵をハイキングした。その2日後から、右膝に、これまで経験したことのない筋肉痛とは異なる痛みが持続的に約1ヶ月続いた。

平成28年5月31日午前2時頃、寝室に行くため、自宅の階段をゆっくりと上っている時、右膝が突然ギクッとして激痛が走った。これ以降、痛みのため患肢に体重がかけられず、歩行困難となった。右膝関節は痛みのため完全伸展できないロッキング状態。しかし数時間後の明け方、ベッドで横になっている時、コキッとした感覚とともに、ロッキング消失で完全伸展できるようになった。

③治療
 
5月31日午前、近くのT病院整形訪問。歩行時にも痛み出現するため跛行状態。病院備え付けの車椅子に乗って移動。膝関節屈曲90°以上で内旋・外旋すると痛み出現。屈曲伸展の関節可動域に異常はない。右膝関節部に強い圧痛は発見できない。局所の発赤・熱感もない。Xp写真正常。関節液穿刺で関節液は正常。サラサラで血液も混じっていない。
 
医師の予想診断:半月板が少しズレたのだろうと思えるが、それを証明できる理学検査以外の客観的所見はない。要するに今は痛みだけの問題だから、関節包に対し局麻液注入のみ。その処置の直後、痛みは半分以上軽減。杖なしで立位可能となった。ドクターの話では、痛みはすぐに元に戻るだろうとのことだった。
   
その処置から1日以上経っても痛みは軽減した状態が続き、むしろ前日治療直後より楽になった感じである。階段の上り下りも、どうにか杖なしで可能となった。一ヶ月後には症状は9減少した状態。階段の上り下りは、捻らないように注意しつつだが普通のスピードでできるまでになった。  
 

④その後の経過

6月10日
1ヶ月間の安静で膝痛再発しなかったので、日帰り観光した。結構急斜面があって、階段を下りる時、ギクッといったような感じがあった。その後、階段を下りる時に右膝奥が痛む感じがした。その後1週間経過するも症状不変。

6月25日
安静時には痛みないが、右膝のヒネリ動作で痛みが走る。痛み部位は、右膝 内側、膝蓋骨内方で内側広筋停止部あたりになった。この辺りの圧痛点に円皮針を貼るも、あまり効果を感じられない。灸治療も無効。

6月28日
近くのHクリニックにて、ヒアルロン酸注射実施。右膝内膝眼部に、ききなりブスッと深刺され、非常に痛かった。注射後数時間すると、以前のハードな膝痛からソフトな膝痛に 変化した感じ。しかしその翌日くらいから、完全伸展位にする時や完全伸展位から曲げる時に痛みを感じる(キャッチング)ようになった。

7月5日
2回目のヒアルロン酸注射実施。やはり注射は痛い。ドクターから週1で5回する予定といわれたが、ヒアルロン酸注射は、潤滑油を注入するのと同じで、根治療法にはなり得ないので、自己判断で治療中断。

7月20日
右膝のキャッチング陰性となった。自宅内で階段を上る時、右膝症状もあまりない。右四頭筋筋力が少し復活していることを感じる。しかし階段を下る時、健側足から踏み出して下り、患側からの踏み出しは不安感がある。膝完全伸展位で寝ると、翌朝具合が悪いようだ。

8月10日
右膝の痛みはあまり感じなくなった。階段を上る時にも痛みはないが、若干不安定感あるか? 階段を下りる時一段一段ゆっくりと下りるが、左膝を先に下ろさないと不安。一階→三階まで続けて上ると、膝裏に腫脹感を生じる。

9月2日 
3週間前位前から座位から立位への体位変換時や、立位で膝を少々捻る時に、ズキッとする痛みが 右膝内側に走るようになった。またこうした動作を繰り返すと、右膝内側に熱感を感じるようになった。ズキッと痛みが走る回数は、一日十数回といった状況。

9月5日 階段を上る筋力は以前より復活してきた。階段を下りるのは苦痛で右膝に不安定感がある。このようなズキッとした痛みはこの2~3日減少した感じである。本日で受傷後約4ヶ月経過した。


2.半月板損傷の一部としての半月板亜脱臼

1)筆者の膝痛診断名は何だったのか?
   
筆者の例では、大きな衝撃が膝に加わったものでないこと。そして半月板に本当に亀裂が入ったのだとすれば、ロッキングが瞬時に治るわけがないこと、の2点から半月板に亀裂が入ったものでないと考えた。では何なのだろうかと、ネットで調べてみると、半月板亜脱臼(extrued meniscus)との病名を発見できた。この病名は整形外科医には承認されていないが、スポーツトレーナーやカイロプラクターを中心として認知されている。仙腸関節傷害の例でもわかるように、新しい考えというのは、いろいろな意味で時間がかかるものなのでやむを得ない。

2)半月板亜脱臼の治療法
     
①安静療法
     
筋筋膜痛のような数日の安静ではなく、半月板亜脱臼では、1~3ヶ月間、患部に負担をかけないよう可能な範囲で膝の安静を保つ必要があることを知った。(筆者の症例では、安静1ヶ月では再発してしまった)。
     
②サポーター・テーピング

歩行時に脱臼の助長を防止するため、内外半月板外周にサポーターや女性用パンストを強めに巻く。半月板を圧迫する場所にパンストの腰の部分だけを棒状に巻いて、それをテープでテンションをかけながら目的の場所に張り、その後、膝を伸ばした時に圧迫が強くなるように二列に張ってみたもの。階段の登り降りで確かめたら、半月板はしっかり機能的   な位置に制御され、痛み・違和感はないとのこと。

上記方法の意味は、下腿回旋にともなう膝半月板のズレ(外側へ出っ張ること)を制御しようというものだろう。膝蓋骨下端の両サイドにパンストのクッションを入れる意味は、膝蓋骨と脛骨粗面のつくる陥凹中、膝蓋靱帯の左右に半月板が存在するので、クッションを密着させて半月板を圧迫させようとするものだろう。

自分自身の半月板亜脱臼の膝の場合、内膝眼や外膝眼を指頭で圧迫しても痛みはないのに、四つばい位になると内膝眼・外膝眼に痛みを感じた。これは単純に押圧力の違いによるものだろう。四つばいから膝関節をさらに屈曲して内膝眼・外膝眼を床から刺激を受けないようにすると痛みが消失することが判明した。このパンストによる圧迫は半月板を押し込める役目があるのかと思う。

 

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③マニプレーション
     
ネットでは、半月板亜脱臼に対するマニプレーションの方法も紹介されていた。うまく行えば瞬時にロッキングがとれるということである。しかしこうした手技は失敗すると医療過誤につながる懸念がある。筆者も自己流でマネしてみたが、余計痛みが増したので、即刻中止した。実施するならば、きちんと技術を学んでからにすべきだろう。

 

 

右急性側腹痛の自験例(中部胸椎多裂筋由来の激痛)

62才、男性

事例

2ヶ月前、右側腹部に激痛を生じた。その1週間くらい前からたまにチクチクした右側腹部痛はあったが、たしたことなかったので放置していた。

今回の右側腹部痛は床に横になっていた後、上体を起こそうとした瞬間に発症した。右手を床につけて上体を起こした姿勢のまま、動けなくなった。少しでも動かそうとすると激痛が右腹の帯脈穴あたりに走るので、あぐら座りにも、横になることもできなくなった。一時間楽に感ずる体位を探ったが無駄骨だった。自宅にあった鎮痛剤のロキソニンを飲んでも症状不変。やむを得ず救急車を呼んだ。10分後位で到着するとのこと。

右腹痛を生じたのは二階のリビングでだったが、救急車に乗るには、ともかく一階に行かねばならない。痛いのを我慢し、気力を絞って自力で立ち上がり、ゆっくりゆっくり階段を下った。階段を下り終えたところで到着した救急隊と出会った。さっそくストレッチャーに乗せられて病院に運ばれた。なお自分が患者となって救急車に乗ったのは初体験だった。
 
当直の外科医が診療にあたった。症状のある右腹部を圧迫しても痛みはないが、体動して腹筋を働かせるとズキンと痛む状態。レントゲンは正常、MRiでは内臓に異常はないが、右内腹斜筋か厚くなっているという。超音波検査異常なし。結局治療はボルタレン座薬を入れただけだったが、30分も経つと、自分で立つことができるまでに腹痛は軽くなり、そのままタクシーで帰宅。改めでボルタレン座薬の効き目を実感した。その8時間後に、再びボルタレン座薬を使ったが、以来痛みは消失している。



考察

あの痛みは何だったのだろうか。側腹部や腰殿部に圧痛はなかったでの、中背部はどうなのかと思ったが、自分の指では届かないので、決めてがない。そこで寝転がって背中の起立筋あたりにコーヒーの瓶をあてがい、自重で圧迫してみたところ、非常に圧痛ある部位を発見した。これは私が以前から主張している背部一行症状群に違いないと思った。伏臥位で家内に指圧してもらったが、素人なのできちんとしたツボを圧迫できなかった。しょうがないので円皮針を貼らせたが、今ひとつ。しかし症状は軽減した。毎日素人指圧してもらっていると2週間ほどで左腹痛は消失した。

MRIで発見した右側の内腹斜筋だが、帯脈を直角に押圧しても痛みは生じないのに、指先で引っ掻くように腹筋を擦りつけると、確かに圧痛ある筋のシコリを触知できた。この筋コリは結果であって、原因は、中背部多裂筋のコリによるものだろう。

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効果がない耳つぼダイエット Ver.1.2

本稿は、2006年に「効果がない痩身耳針」とのタイトルで発表したものである。あれから10年経ち、さすがに耳針で痩せることをPRする針灸師はめったにお目にかからなくなった。しかし現代では針を使わないから痛くなく、しかも安全だとして耳に金属粒などを貼る方法が台頭してきた。名づけて「耳つぼダイエット」である。ネットをみると、「耳つぼダイエット」は多くの記事がヒットするのだが、「耳つぼダイエット」で検索しても、筆者が十年前に報告した「効果がない痩身耳針」はヒットしないようである。そこで今回、改めで「耳つぼダイエット」のタイトルに変えて再度アップすることにした。

 

1.痩身耳針の歴史的経緯

1970年頃、アメリカのシカゴで開かれた国際鍼灸学会で、香港の医師がヘロイン禁断症状である半狂乱に、耳針が効果あったことを報告した。これを契機として1974年のミラノでの国際鍼灸学会では、麻薬中毒はもちろん、ニコチンやアルコール中毒、そして肥満に対して耳針が効果あったことが報告された。
シカゴの学会に参加していた窪田丈氏は、これらの学会報告をヒントとして「クボタ式やせる耳針」という本を発売して、わが国に新しい痩身ビジネスをもたらし、1970年代の後半から10年間、大流行した。(かつて私が知っているクボタ式の先生は、毎月高級車が買える金額を稼いでいた。)世界的にみても、痩身耳針は欧米でも認知されるに至り、本場中国に逆輸入されもした。

やがて痩身耳針の話は、話題に人々の話題に上らなくなった。それは、大金を払うほどの効果がみられないという事実、耳介の感染問題、熱しやすく冷めやすい日本人気質とに関係するものであろう。

ただし1990年代に、向野義人医師が、これまでとは別の理論的背景をもとに、対照群を設けた臨床比較報告をして、痩身耳針の検討を行い、「痩身耳針は食欲減退作用はあるものの、それだけで痩身ビジネスができるほどの効果はない」との結論を得た。

奇妙なことに、これをきっかけに再び痩身耳針が息を吹き返した。向野先生の実験結果の都合のいい部分だけをアピールした。かつての耳針は鍼灸師が行うものだったが、二度目の流行では、ツボの金属粒圧迫が主流で、これを「耳つぼダイエット」と称するようになった。針を使わないことから、非鍼灸師である無資格者や柔整師でもできることになる。

さらに新たな商法を考案した。それは耳刺激+健康食品販売を組み合わせが莫大な利益を生むことになった。この商法は「広告では痩せなかったら代金返却します」などともPRしているが、3ヶ月30万円ほどの健康食品。耳ツボ施術料金1回2000円×30回分として6万円。計36万円を前払いさせる。仮に1ヶ月後に中止すると耳ツボ施術料金の20回未実施分の4万円のみ返金される。つまり患者は32万円を失うわけだ。



2.痩身耳針の理論と方法

1)クボタ式痩身耳針
 
耳介には全身のツボが集まっていると考える立場があり、彼らにより作られた耳介チャートというものが存在する。中国式とノジェ(フランス人医師)式があるが、わが国では中国式の方が普及している。
 このチャートには、身体の経穴名とは異なり、直接的な名称(胃・肺・心・腰・眼など)がついていたり、その効能や症状名(渇点・高血圧点・神経衰弱点など)がついていることが多い。
 
クボタ式では口・食道・噴門・胃・十二指腸・小腸・虫垂といった消化器系のツボや、渇点・飢点に皮内針を行う。皮内針は両耳に行い、週に2~3回針交換する。現在では感染症対策として上述の部位に小さな金属粒による圧迫を行うことが多い。
 要するに胃を中心とした消化器機能亢進が食欲亢進となるから、消化器機能を鎮めることが食欲低下となり、結果として痩身になるという理屈である。


2)向野義人方式
 
過食傾向は、胃腸の迷走神経緊張状態で生ずる。迷走神経は、そのほとんどが体幹深部を走行して内臓に枝を伸ばしているが、耳介部は浅層を走行し、とくに外耳孔周囲(肺区に相当する。肺の反射点は広いので肺点ではなく肺区とよばれる)は密に走行している。したがってこの肺区を皮内針刺激すれば、迷走神経を鎮静化し食欲を抑制できるとする。
 迷走神経には左右という概念はないので、衛生面を考慮して片耳交互に肺区皮内針刺激を行う。


3.痩身耳針の効果
 
クボタ式には、驚くことに信憑性のある研究報告がない。日産玉川病院東洋医学内科で追試してみたところ「非常に効くケースも中にはあるが、わずかな体重減少にとどまる例が多く、本人がこれを機会に痩せようと思って自発的に食事制限したことを思えば、確率的に耳針で痩せるとはいえない」という結論を得た。
 向野式には本人による研究結果がある。①食欲は減少するが、痩身耳針というほどには効果ない、②痙性便秘にも効果ある、③塩味に敏感になる、とると結果を得ている。
 
私は両方のやり方を追試してみたが、使う針の本数が16:1とクボタ式が圧倒的に多いためか、クボタ式の方が効果的である印象を受けた。しかし「本当に効いた」と感じたのは10例中1~2例程度である。それも皮内針から金属粒に変えてから効きが悪くなったようである。

メルク医学事典には、「肥満に鍼灸は効果ない」と記述されている。






 


足底筋膜炎の針灸治療 Ver 1.3

1.病態
   
足底の筋は、表在性の足底筋膜に覆われている。足底筋膜は踵骨隆起から起こり、足の指に至って、足底の縦のアーチ維持に貢献している。過度の足底筋膜に加わる張力の反復により、足底筋膜に付着部の牽引ストレスが作用する。また足底筋膜の微小断裂を起こす。
   
この微小断裂は、夜間就寝中に治癒機転が働いて固くなる。しかし朝、固まった損傷部に体重が加わると、再び引き伸ばされて激痛となる。長距離の選手に多い。

2.症状

痛みの直接原因は脛骨神経末端興奮による。

1)脛骨神経内側踵骨枝刺激
歩行開始時や走行中に、踵に近い部分が、ビリビリと痛む。踵骨前方の圧痛。
2)内側足底神経刺激:母趾背屈時の足底痛。
 
3.所見:X線で、足底部の踵骨内前方に骨棘。

4.整形治療:整形での治療は安静。ときに筋膜付着部への局麻注射を行う。スポーツ再開までには、数ヶ月の安静が必要。(治癒まで半年以上かかる例が10%ある)
 
5.針灸治療

1)刺痛をなるべく与えないよう細針を使い、足底の圧痛点に直接浅刺刺針。跪座位(両足の指を立て、踵の上に腰を下ろした姿勢)をさせ、足底筋膜のストレッチ運動を行わせる。徐々に体重をかけていく。1~2分筋運動実施後に抜針。

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2)母趾の強制背屈からの保護を目的とするキネシオテーピング。

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3)下腿三頭筋のトリガーポイント刺針
       
ふくらはぎが攣った時の応急処置は、足母趾を強く背屈させるのがよいことが知られる。これと同じような意味で、足底筋膜緊張時には下腿三頭筋のストレッチが有効である。足底筋膜と下腿三頭筋は一体として捉える必要がある。
MPS(筋膜痛症候群)で知られる木村裕明医師は、足底腱膜炎と言われているものの殆どは、下腿の筋の関連痛だったり、アキレス腱下脂肪体内の筋膜付着部症あるいはアキレス腱下滑液包炎によるものだったりすると主張している。

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①ヒラメ筋ストレッチ
立位でアキレス腱を伸ばすポーズ。ただし膝屈曲位にする。この姿勢で、圧痛点(三陰交、地機などのヒラメ筋反応点)に運動針。

②腓腹筋ストレッチ
 立位でアキレス腱を伸ばすポーズ。ただし膝 伸展位。この姿勢で、承山、承筋、太谿、崑 崙など腓腹筋反応点に運動針。

 

4.アキレス腱と足底筋膜の発生学的関係

NHKためしてガッテン2015.9.30放送「足裏チェック! 腫れと痛みの犯人はカカトだった」は、興味深かった。以下はその内容紹介。
乳児では下腿三頭筋に続くアキレス腱が、踵骨を通過して足底筋膜になっていた。生後1才頃になって歩行するよう    になると、踵部のアキレス腱は踵骨に自然に吸収され、アキレス腱と足底筋膜に分かれるようになった。

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バネ指の針灸治療 Ver.1.1

1.バネ指の病態生理
 
指を屈曲させるには、腕の筋が収縮し、その筋から指の末節骨まで伸びた長い腱が、腕側に引っ張られることで可能になる。指にある腱は、運動量が大きく力も強大なので、他の組織との摩擦を防ぎ、滑りをよくするため、腱は腱鞘で覆われている。加えて指の掌側には、関節部を中心に輪状靱帯が腱鞘の位置を固定している。

 通常の生活では、腱と輪状靱帯の機械的摩擦によって生じた炎症は、一晩寝れば治るが、程度を超えた炎症では、修復が間に合わず、指の無理な屈伸運動を繰り返すことで、輪状靱帯は次第に厚みを増し、腱を締め付けるようになる(=狭窄性腱鞘炎)。
 
 この結果、腱の一部にシワが寄り、それが次第に大きくなって結節が生ずる。結節が輪状靱帯中に収まっているのは、指を伸ばせた場合であって、結節が輪状靱帯中に収まらなければ指を伸ばせない。指を屈曲すると結節は輪状靱帯中から手首方向に移動するので障害は起きない。しかし再度指の伸展を行おうとすると、結節は輪状靱帯に衝突し、伸展途中で、それ以上に伸展不能となる。検者が強制的に指を伸展させようとして無理に力を加えると、コキッと音を発し、完全伸展可能になる(結節の程度が大きければ完全伸展できず、バネのような抵抗を感ずる。これをバネ現象とよぶ。

2.代田文誌先生の運動療法
 
代田先生は、得意とする針灸が非常に多い方だったが、バネ指を苦手とし、独自に考えた運動療法を行っていた。成書よりその方法を転記する。「障害指の屈筋を中心に、患者の手首を術者の片手で固く握りしめ、その状態で患者に全力で指を十回~数十回屈伸するよう命じる。すると今まで自力では屈伸できなかった指が、突然自力で屈伸できるようになる」

記方法を筆者は追試してみた。確かに効果はあるが満足する程度ではないこと。またやはり針での治療法を知りたいと思っていた。
 
以下は筆者の考えた方法である。考察に難はあるが、代田先生の運動療法よりも効果的である。 


3.母指バネ指の針治療
 
母指バネ指では、長母指屈筋腱上に結節ができる。長母指屈筋は前腕骨間膜を起始とし、母指末節骨に停止する。もしこの筋の筋トーヌスが生理的範囲であれば(つまり筋長も正常であれば)、腱に加わる伸張力は相対的に弱まる。再伸展の際、結節があったにしても、輪状靱帯にぶつからずに指完全伸展が可能になるのではないか、と考えてみた。

 針灸治療の目標は、長母指屈筋(長母指屈筋腱ではない)の緊張緩和におかれ、そのためには同筋筋腹の運動針を行うのがよい。具体的には前腕屈筋側肺経上尺沢の下3寸に孔最穴をとり、その下2寸の部位(郄門と並ぶ高さ)を取穴。そこから尺骨方向に斜刺して長母指屈筋中に針先を入れる。運動針(母指の屈伸運動)を行うことになる。(母指の自動運動中、針柄が上下運動しなければ治療点に入っていないので、刺し直すこと)

※本稿は、ver.1.2であるが、旧バーションでは刺入点を列缺の上方で内関の高さとした。しかしこれでは長母指屈筋腱に命中しても同筋腹には入らないので、今回のように修正した。


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4.第2~第5指バネ指の針治療
 
バネ指は、母指・中指・冠指に多いとされる。要するにボーリングのタマに空いた指を入れる穴に一致する。第2~第5指で、MP屈曲は虫様筋、PIP屈曲は浅指屈筋、DIP屈曲は深指屈筋が作用する。第2~第5指のバネ指は、浅・深指屈筋腱上にできた結節が、両腱共通の輪状靱帯を通過できない結果である。

 もし浅・深指屈筋の筋トーヌスが正常であれば、上述した理由で、結節が存在したとしても指の完全伸展できるのではないかと考え、針治療の目標を、浅・深指屈筋の緊張緩和においた。

 具体的には、前腕屈筋側中央の郄門の高さで、郄門の尺側から橈骨方向に斜刺し、針を浅・深屈筋中に刺入する(どちらに入れても、治療効果は変わらないようである)。置針した状態で、患指の屈筋運動を行わせる。
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5.鍼灸の適応

バネ指にも軽症と重症がある。対する鍼灸の治療効果は、当然のことであるが、軽症の方に適応がある。具体的には他指で補助することなく、屈曲した指の再伸展できる者に効果的である。なお一般的にバネ指の自然治癒率は20~40%とされ、手術療法での治癒率は60%とされている。軽症では局所に局麻注射とステロイドの混合注射で効くこともあるが、治療は結構な刺痛を伴う。2~3回試みて治療効果ない場合、手術に踏み切ることが多い。 

 

 

 

EDの針灸治療 Ver.2.0

1.EDとは

勃起障害(ED Erectile Dysfunction)とは、「勃起不全によって満足な性交渉がで きない状態」と定義される。以前はインポテンツ(=不能)とよばれてきたが、インポテンツはもっと広い意味を指し、性欲が無い、勃起はするが射精はできないなど、勃起不全以外の理由で性交渉ができない場合も含まれる。
 
2.EDの治療薬

1)バイアグラの誕生

ED治療薬が登場するまで、泌尿器科医にとってもEDの治療は困難だったが、1999年3月にバイアグラが発売されて以来、治療できる症状となった。
イタリア系アメリカ人のルイ・イグナロ(薬理学者)博士は、循環器系において一酸化窒素が体内で生成されることで血管拡張効果が生まれて血流改善作用をもたらすことを発見、とくに特異的に陰茎海綿体の血流改善作用のあることを発見した。 バイアグラのすごい点は、勃起の病態生理に働きかける点にある。さらに身体にとってNOの重要性を発見したことで、血流改善に関係した将来的な医療の進歩につながる可能性があるからである。
 
バイアグラの有効率は、約80%にのぼる。糖尿病によるEDであっても約65%の患者が効果を得ている。最近ではバイアグラの改良型の薬で、食事に影響されにくいレビトラや長期持続型のシアリスなども市販されている。さらにバイアグラの新薬特許権が切れて以来、ジェネリック薬も出現してきた。

2)勃起の仕組みとバイアグラの作用機序

①勃起の起こる機序

   男性の脳 
      ↓←性的刺激
   血中に酸化窒素が放出 
     ↓                      
     陰茎中にcGMP(血管拡張物質)増加       
        ↓
   陰茎内の海綿体が血液で満たされて勃起

②勃起から鎮まる機序

  性的興奮が収まるとPDE5(cGMPを壊す酵素)が放出
       ↓
  勃起状態消失

③ED状態とバイアグラの原理

cGMPとPDE5両者のバランスが、正常な勃起を実現しているのだが、。EDでは、cGMP側の量が減少している。PDE5は変わらず存在しているので、自ずと勃起しにくい状態になっている。
バイアグラを使用すれば、有効成分シルデナフィルの作用により、PDE5側の働きを  阻害する。すなわちバイアグラは「PDE5阻害薬」である。するとED症状の者でも、健常男性と同様に陰茎へ血液が行き渡り、正常な勃起を期待できる。


3)バイアグラの副作用

バイアグラは末梢血管拡張作用があるので、心臓発作の予防としてニトリグリセリンなどを服用している者がバイアグラを服用すると、血圧が急降下し生命の危険がある。バイアグラ服用では、9割の者に副作用として「顔のほてり」と「目の充血」が出現する。他には「頭痛」「動悸」「鼻づまり」といった副作用の症状を発症してしまう人も多い。この副作用のため、バイアグラを服用できない者もいる。
                                 


3.勃起不全に対する針灸治療 
   
EDの鍼灸治療は昔から試みられていた。亀頭など性器の触覚を支配しているのは陰部神経なので、従来から陰部神経知覚枝を刺激する目的で陰部神経刺針が用いられ、そのために中極や大赫の刺激がよく行われる。

私の治療経験では、EDに対する鍼灸効果は、やや有効という程度の印象でしかない。かつての鍼灸名人の活躍も、バイアグラ発売前の話だろう。バイアクラは根本治療とはならないので、広義の陰虚証の一部としてEDを捉えた場合、鍼灸には長期的な治療効果があるのかもしれない。
 
辻本孝司は、鍼灸とバイアグラの効果を比較し、「EDに対する中髎刺針で有効だが、効果はバイアグラに及ばない」との結論を導き出している。それは次のような内容である。
 
ED患者26名に対し、2寸#8の針を中髎に5㎝刺入し、回旋刺激を10分間施行。治療は週に1回で、平均11回施術した。著効と有効を合わせると有効率は62%だった。有効例は、心因性(著効33%)よりも、内分泌性(著効88%)や静脈性(60%)の方が高かった。
    
しかしバイアグラの有効性は50mgで70~80%で、重篤な副作用もみられないことから、針治療よりもバイアグラ内服の方が効果的である。バイアグラが効果なかったという者の大半は、内服方法に誤解があるからで、服薬指導と数回の針灸治療で改善させる。(辻本孝司:EDの治療-バイアグラと針に求められる   ものは,針灸OSAKA.vol.19 No.1.2003.Spr)

筆者註:バイアクラは性交渉1時間前に服用で、持続時間は5時間程度。性的刺激がなければ勃起しないので、催淫剤とは異なる。食事を摂ると効果が減ずる。
  

 
1)曲骨から下方にむけて深刺
   
陰部神経の終枝である陰茎背神経は、陰茎から亀頭に達するので、針響も陰茎先端まで得られやすい。陰茎にまで響かせる方法としては、斜刺でゆっくり刺入して硬い処(=筋膜)まで針先をもっていく
→ 針尖を筋内に入れたら雀啄をする   
→ 雀啄しつつ針全体の動きとして深度を深くする、といった手技を行うとよい。
    
日野勝俊氏は「正常男性に曲骨から刺針をすると、ペニスの先まで針響を感じるが、重いEDでは針を刺入した部位のみの刺激感のみになる。しかし繰り返しの治療で、ペニス先端部近くまで針響が届くようになる」記している。
日野は、一般的なEDの場合には症状に応じて、1週間に1~2回程度の治療を4ヵ月間続けて経過をみるといい、効果がすぐに現れるケースでは、初回の治療直後から遅い時でも2ヵ月ぐらいで症状の改善が認められるとも記している。(日野勝俊:「はりきゅう」治療でしぜんな妊娠あんしん出産、2006年11月)。筆者はこの方法を何例か追試してみたが、わずかな治療作用はあっても、その作用は弱いものであった。すなわち曲骨や中極から刺針して陰茎に響かせることが、ED治療につながるとの印象はもてなかった。  

最近、低強度体外衝撃波療法が注目を浴びているが、「生殖器に衝撃を与えることで血管新生を促すことができ、それが陰茎の血流増大をまねく」という理論が、中極等から陰部神経に響かせる針刺激にも使えるのではないだろうか。  

 

 

 

 

 

2)勃起障害に中髎刺針が有効 
    
心因性9例、内分泌性8例、静脈性3例、糖尿病性2例、神経因性1例、前立腺症1例の計26例。早朝勃起は全症例が改善した。性交時の状態は65%が改善した(心因性33%、内分泌性88%、静脈性100%、糖尿病性50%、それぞれ改善したが、神経因性その他は不変)。予想外なことに、心因性のEDには有効率は比較的低く、その逆に原疾患の不随   症状としてのEDに有効率は高かった。
    
註)これはバイアグラと同様の傾向である。中髎刺激は、上位勃起中枢とは無関係だという点でバイアグラの適応症に似ている。


3)正座位にて、関元、中極、腎兪、裏合谷の多壮灸(陽不起の標治灸 柳谷素霊選集下より)
       
裏合谷とは、「掌中、母指球の尺側、合谷穴と相対するところ、之を按ずれば極めて痛み透るところ」とする。 正座させ、関元・中極・腎兪には最初小灸にして漸次灸壮を増やし、腰腹部春陽の如くポカポカと温暖となるまで施灸する。温暖にならざれば効果が薄い。裏合谷には灸7壮。
    
筆者註:下腹部正中に施灸するのに、仰臥位で行うのに比べ、座位で行った方が腹筋に力が入る。交感神経緊張に傾くと考えると矛盾してしまう。腎虚治療のため腎と下腹部に力を入れさせると考える。正座位で中極や曲骨に施灸することは、皮下脂肪が下に垂れる傾向があるので実地的には行うことは難しい。椅座位で両膝を開いた状態にして施灸することは可能。

 

 

 

箱灸2号機の自作

今からちょうど3年前に作製した箱灸初号機は、現在も現役で活躍している。寒くなると出番が増えるが、壊れば業務に支障をきたすことになる。同サイズの箱灸がもう一つ欲しくなり、また自作することにした。よい機会なので、製作過程を写真で解説した。

1.用意するもの

①木製箱:百均で売っているもの。縦110×横186×高さ80㎜
②ステンレスシンク排水口ごみ受け 直径133㎜
③台所用アルミテープ 7㎝幅
④画鋲(だるま画鋲)4個
⑤アクリルスプレー チョコレート色2缶
⑥その他木片、接着剤、木ねじ、紙ヤスリ
 
※上記はすべて百均のダイソーで購入。

 

2.製作過程

1)本体づくり

①初号機の大きさが非常に良かった。初号機製作で利用した百均の箱は縦120×横183×高さ約100㎜の大きさで、、高さをカットして83㎜に加工して使用した。今回も同様のものを探したが見当たらず、それに近い縦110×横約230×高さ80㎜の箱を使うことにした。これは旧来のティッシュ箱と同じ大きさ(現在では薄型が主流)である。ただし長すぎるので、185㎜になるようノコギリでカットした。

②上面に四角く開口した。ここに「ステンレスゴミ受け」が入る穴である。箱の上面は薄く軟らかい材質なので、カッターで簡単にカットできた。なおこのステンレスゴミ受けは、どこの百均でも必ず売られているものである。

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③底面開口部の長辺を谷型にカット。山の頂点が辺縁に比べて10㎜高くなるようにした。この谷型カットの意味は、身体体幹にのせた時、ぐらつかず安定するのに貢献している。底面の両端を薄い木片で覆ったが、これも熱が漏れないようにする工夫。


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2)上フタづくり



初号機は、百均で18㎝木製落とし蓋が買えたので、それを利用できた。今回は丁度よいものがなかったので、普通の板片と持ち柄となる木の棒を加工し、初号機と同じ形になるよう加工した。

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3)塗装

初号機の塗装は、当初はレンガ色も考えたが、百均の品揃えになかったので、次善の策としてアクリルスプレー「チョコレート色」を選んだ。3年経過した現在、箱灸内面はヤニだらけとなったが、表側には汚れが目立たず、チョコレート色にしたことが良い結果を生んだ。2号機も「チョコレート色」を選択した。今回は2度塗りしたが、これには百均スプレーで缶2缶を使い切った。

 

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4)アルミテープ貼り

熱が強く加わる部分に、アルミテープを貼った。使ったのは、スーパーで売っている台所用アルミテープ7㎝幅である。初号機は蓋の裏面にアルミテープを貼ったが、熱とヤニ対策としてその上からさらにアルミホイールを巻き付けてクリップ留めをしたが、後日これは必要なかったことが判明した。アルミテープは熱に強く、ヤニよごれもアルコール綿で簡単に落とせたからである。熱が分散するのでベースとなる木が焦がされることはない。

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上フタ裏面は、全面的にアルミテープで覆った。


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※初号機と2号機はほぼ同じ構造だが、わずかに2号機の方が小さい。
上フタの持ち手の取り付け位置が少々異なる。2号機と比べると初号機はだいぶ古ぼけて見えたので、チョコレート色に再塗装し、アルミテープを貼り直した。



3.本機で使う温灸モグサとその点火法



1)最適なモグサと使用量

中国棒灸:箱灸用のモグサとして、いろいろ試したが、最も使い勝手がよく、ローコストだったのは、中国棒灸(正式には華陀牌「温灸純艾條」)だった。中国棒灸は1箱10本入りで600円くらい。1本の長さは21㎝で。これをカッター16等分(一個長13㎜程度)して使う。一度に燃やすのは、、この艾塊2~3個が適切だった。

通常の温灸用モグサ:急に燃え広がるので、温度を適切に保つのが難しい。煙が出すぎる。

炭化モグサ「温暖」:煙が出ない利点はあるが、一個片が小さいので熱量が足りない。

無煙灸条:炭化條のモグサということで、確かに煙は出ない。しかし見た目は単なる木炭そのものである。発熱量は十分だが、着火するのが非常に難しい。燃焼終了まで時間がかかりすぎる。まったく実用にならない。買ったはいいいが、一度も使っていない。

 

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2)点火方法  

一般に棒灸は点火しづらい。チャッカマンも時間がかかる。棒灸片一つを金属製のトングでつまみ、カセットトーチで点火するのがよい。点火したら箱灸の金網に入れる。棒灸片3個に点火したら、箱灸本体を患者の身体に載せる。 



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※温度がなかなか上がらない場合、棒灸片の火が消えかかっていることにある。
温度が熱すぎる場合、上蓋を開け、熱を上部に逃がすようにする。それでもなお熱ければ、
箱灸と皮膚間にティッシュを入れる。

 

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ついに見つけた。ベッドカバー滑り止め下敷き

診療用ベッドには、専用ベッドカバーを使うというのが常識だろう。しかし冬場はベッドカバーだけでは冷えるので、ベッドカバーの上に大判バスタオルをかぶせることも必要となるだろう。さらにベッドカバーは自分で洗濯できず、クリーニング専門店に依頼するので、意外に費用がかかる。そういう事情もあって、当院では以前から専用ベッドカバーを使っていない。ベッドの上に、直接大判のバスタオルを敷いている。

この時問題となるのは、高齢患者に多いのだが、体位変更の際に浮かすことなく、引きずるようにして腰殿を移動する時、バスタオルがずれることである。これを防ぐため、編み目状のゴムマットを使っていたが、市販品ではどれも小さいので、バスタオルのズレを防ぎきれなかった。

しかし、ついにちょうどよい品を発見できた。北欧家具ショップIKEAでみつけた「STOPP」という滑り止め下敷299円(消費税込)である。長さ200㎝、幅67.5㎝、ポリエチレン製。しっとりとした質感で、網戸と同じような大きさの網目がある。電気敷き毛布と併用することもできる。30℃以下の温度で洗濯できる。ハサミで簡単にカットできるので、診療用ベットにはジャストサイズだろう。なおネット通販でも購入可能ということである。当院のベッドは2台とも180㎝長なので、少々カットして使ってみることにした。

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