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橈骨神経高位麻痺による下垂手の針灸治療 Ver.3.0

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今から5年ほど前に筆者は「橈骨神経麻痺には消濼の強刺激刺針」と題したブログを書いたが、今読み返せば、不備な内容になっていることを発見した。ここに全面的に書き換えることにする。

1.橈骨神経の走行の要点

 

 

2.上腕部橈骨神経

腕神経叢より起こり、上腕外側の橈骨神経溝を下行(代表穴は消濼・手五里)し、上腕骨外側上顆(曲池)に向かう。橈骨神経は前腕へ向かうすべての伸筋、外転筋、回外筋を運動支配し、手関節や指関節の動きに関与する。上腕外側部圧迫や上腕骨骨折、ハニムーン症候群(長時間、新婦を腕枕)では、橈骨神経高位麻痺として下垂手になることが多い。

※下垂指:総指伸筋・小指伸筋の麻痺により、各指のMP関節が伸展不能となる(手関節、PIP・DIPの動きは正常)
※下垂手:下垂指状態に加え、長短橈側手根伸筋(←手関節背屈作用)も麻痺し、手関節運動不能、MP関節運動不能、PIPとDIPの関節運動は正常。

橈骨神経高位麻痺では前腕橈骨側から手背部橈側皮膚の知覚低下が起こるが、前腕橈側は筋皮神経の皮膚知覚支配と重複しているので知覚麻痺は目立たない。しかし手根背側の合谷穴付近は橈骨神経の固有支配領域のため、限局した知覚低下をみる。

3.末梢神経麻痺の分類(シェドン分類)

C線維を除く末梢神経の構造は、有髄線維であって「ニシンの昆布巻き」のようになっている。昆布の中心にあるニシンが軸索、昆布自体が髄鞘である。末梢神経損傷の原因により、損傷の程度は異なる。損傷の程度は次の3つに分けられる。

 

1)ニューラプラクシー(一過性伝導障害)

圧迫などで一時的に神経が麻痺しただけの場合。軸索は正常だが、髄鞘(=エミリン鞘)が脱髄し、末梢に興奮が伝達されない。数日~数週間で回復する。長時間正座した場合に生じる足のしびれは、この最も軽いタイプ。

2)軸索断裂

軸索の連続性が損なわれているが、髄鞘の連続性は保たれている。断裂部から末梢はワーラー変性してしまう。髄鞘がつながっていれば、1日1㎜の長さで軸索が伸び、切断部末端側と出会えば神経は再構成される。これをつながって回復することが多い。打撲や骨折でよくみられる。

※ワーラー変性:切断端部より遠位の軸索が、神経細胞体からの連続性が断たれ、切断された軸索や髄鞘が変性に陥る状態。

3)神経断裂

鋭い刃物やガラスで切ったり、刺したりして、神経が完全に切断されている。近位断端から、再生軸索は伸長を開始するが、遠位断端までの間に間隙があることが多く、神経の自然回復は望めない。そのため、間隙を埋めるための神経縫合術、神経移植術が必要となる。

 

4.橈骨神経高位麻痺の針灸治療

1)病態把握

四肢の麻痺で最も高頻度なのは橈骨神経麻痺で、なかでも橈骨神経高位型の一過性伝導障害または軸索障害が多い。このタイプは、上腕外側中央部における長時間の神経圧迫によるものである。
針灸治療するに際しては、外傷歴の有無を確認する。神経断裂は外傷性なので、針灸の適応はない。


2)橈骨神経高位麻痺の針灸治療の方法と効果

「麻痺は虚証なので補法の鍼灸をする」という治療原則があるが、実際にはその通りにはいかないようだ。私は脳卒中後遺症の鍼灸である醒脳開竅法の方法と、「楊再春ほか著、今川正昭訳:神経幹刺激療法⑤、医道の日本(昭58年4月)」の記事に準拠し、圧迫が予想される部を中心として橈骨神経への直接刺針を行っている。

楊再春らの報告は次のようである。
患側上の側臥位。肘関節をやや屈し、手掌を下に向け、自然に胴の脇につける。圧迫原因部位である上腕外側中央部(消濼、手五里)に求め、太針で1寸ほど直刺して刺針転向法を用い、橈骨神経を直接刺激する。橈骨神経に針が触れると、前腕の伸展、手指の伸展が起こり、母指・示指・中指に向かう触電感が放散する。

基礎体力のある若年者のニューラプラクシー型の急性橈骨神経麻に対し、上記方法を行ると、治療直後から大幅な筋力向上が得られ、1~2週間で全治した症例が過去に2例があった。ある程度の自信をもってパーキンソン病をかかえる老人の急性橈骨神経麻痺に対しても同様の治療を行ってみた。しかし今回はほとんど効果がなく、治療3回で中断した。結局その老人は2ヶ月ほどかかって自然治癒したのだった。この者は、おそらく軸索断裂型だったのだろう。

5.橈骨神経高位麻痺と誤診した症例

寝ていて起きたら橈骨神経高位麻痺による下垂手になったという患者(69才、男)で発症3ヶ月後になって来院した患者がいた。外傷歴がないので神経断裂型と判断したが、それにしても回復が遅い。 

筆者が考える低位型の針灸治療ポイントとは、神経絞扼部であるフロセのアーケード部分(手三里付近)あたりに刺針、ただし運動神経なので電撃様針響は得られない。他に高位型に準拠して侠白にも刺針。両穴には低周波置針通電20分実施。念のために腕神経叢部(天窓)にも低周波20分置針を行ってみた。週2回治療ですでに3ヶ月経過しているが、目立った回復はみられていない。それでも整形医師は「しばらく様子をみましょう」とのことである。

 その数ヶ月後、患者本人から電話連絡があった。神経内科専門医の見立てで、「神経性筋萎縮症」ということだった。これは難しい診断で、専門医が言うには、整形外科医で診断するのは難しいとのこと。整形外科医にその旨を報告すると、「お役に立てなくて、ごめんね」と言ったという。神経性筋萎縮症であれば、さらに保存療法で様子をみてよい。

神経性筋萎縮症について簡単にまとめる。

①概念
一側または両側上肢の激痛で始まり、1~3週間後、痛みが改善するとともに、上肢の挙上困難と萎縮を認める。多くは原因不明である。ウイルス感染が主病因と推測されている。診断は針筋電図による

②治療
治療は特別なものはなく、予後がよいことから投薬を行わずに経過観察してもよい。予後は、90%以上が良好に回復する。36%が1年以内、75%が2年以内、89%が3年以内に改善する。


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