1.橈骨神経の高位麻痺と低位麻痺
肘より上部である手五里付近の神経絞扼障害では橈骨神経高位麻痺になり下垂手となる。
橈骨神経は肘を過ぎたあたりで浅枝(知覚枝)と深枝(運動枝)に分かれるが、深枝走行で手三里あたりの神経絞絞扼障害では下垂指となる。
2.橈骨神経低位麻痺(=後骨間神経麻痺)
1)橈骨神経深枝(運動枝)は前腕背面の三焦経に沿って走行する。橈骨と尺骨間には骨間膜があり、橈骨神経深枝は骨間膜の後にあることから、後骨間神経の別称がある。橈骨神経深枝の運動麻痺を後骨間神経麻痺ともよぶ。
2)橈骨神経低位麻痺を生ずる神経絞扼を受けやすい部をフロセ(Frohse)のアーケードとよぶ。回外筋入口の狭いポケットのような隙間があり可動性が少ない。そこに橈骨神経深枝が入るので、回外筋の緊張が橈骨神経深枝を絞扼し、運動麻痺が起こる。
3)橈骨神経低位麻痺では下垂指 Drop Finger が起こる。手関節の動きは障害を受けない。
下垂指の症状:指伸筋・小指伸筋の麻痺により、各指のMP関節が伸展不能となる。ただし手関節、PIP・DIP関節は動く。橈骨神経浅枝は正常なので、知覚障害は生じない。
4)後骨間神経麻痺の原因は、ガングリオンなどの腫瘤、腫瘍、Monteggia骨折(尺骨の骨折と橈骨頭の脱臼)などの外傷、神経炎、運動過多による絞扼性神経障害である。麻痺の程度と予後はシェドンの分類に従うが、上肢の骨折や挫創などで神経断裂の疑いがなければ、1~3ヶ月保存療法で経過をみる。
3.橈骨神経低位麻痺による下垂指の鍼灸治験(46歳、男性、画家)
1)主訴:右指が伸ばせない
2)現病歴
当院初診の2週間前から、急に右指が真っ直ぐに伸ばせなくなった。とくに示指と中指が伸びない。手関節の動きは正常。握力も左45㎏、右41㎏と問題なし。5年以上前に右尺骨神経麻痺で当院受診し、軽快した既往がある。
3)診断:橈骨神経低位麻痺(後骨間神経麻痺)
4)治療方針
神経絞扼部と予想するに置針20分。患側曲池の下2寸。長・橈側手根伸筋の深部にあるフロセのアーケード部(回外筋付近)から4~6カ所選んで1~1.5㎝刺入。低周波通電を試行し、指が最もリズミカルに伸展するポイントを何ヶ所か見つけて置針低周波通電(1~2ヘルツ)を20~30分間実施。あたりをつけて1~2㎝刺針してパルスをつなき、指が伸展するポイントの発見に努める。たとえば環指が最も動いた状況であれば針を橈骨方向に刺針転向すると中指や示指は最も動くように変化させることができる。
補助的に橈骨神経高位麻痺の神経絞扼部である手五里や、天鼎から腕神経叢をねらって刺針。これらに対しても20~30分間低周波置針。
5)経過と意見
これまで週1回のペースで4ヶ月半治療した。現在、最も指が伸びなかった示指・中指ともに、検者の軽い抵抗に逆らって伸張筋力を獲得している。本患者はシェドンの分類では軸索断裂に相当すると思えた。外傷歴はないので神経断裂ではなく手術の対象にはならない。後骨間神経は知覚成分を含まないのでチネルサインでの神経断端部の確認はできなかった。
下垂指は下垂手と比べて障害範囲は狭いが、だからといって下垂手より治りやすいということはない。