柳谷素霊著「秘法一本鍼伝書」には、下肢内側の病の鍼の記載がないが、現代鍼灸での方法を説明することにした。
1.大腿内側痛の概要
1)大腿内転筋の解剖
大腿内側には次の5つの大腿内転筋群がある。すなわち恥骨筋・長内転筋・短内転筋・大内転筋・薄筋であり、いずれも閉鎖神経支配である。なお閉鎖神経とは、腰神経叢から起こり、骨盤の閉鎖孔を貫通して大腿内側の皮膚と大内転筋の運動を支配している。
2)閉鎖神経痛の治療
L4棘突起下外方4寸で腸骨稜上縁に力鍼(りきしん)穴をとる。ここからの腰椎突起方向への深刺で腰神経叢刺激になる。閉鎖神経(L2~L4)は腰神経叢から出る枝なので、理論的には深刺で、大腿内側に響かせることができる。健常者でこれを再現することは難しいのだが、閉鎖神経痛患者では、本神経が過敏になっているので、理論的には可能である。
3)大腿内転筋の筋膜痛
5種類の大腿内転筋のうち、とくにどの内転筋が緊張しているかをまんべんなく押圧して調べる必要があるが、患側を下にした側腹位で、押圧すると圧痛が捕まえやすくなると思う。(少し強く押圧するだけで患者は非常に痛がるので注意)
①大腿内転筋で、最大の筋力をもつのは大内転筋である。
→陰包付近の圧痛を調べる
②長坐位で開脚し、上体の前屈を行うと、大腿内側恥骨寄りに太く隆起した筋緊張を感じる。これは長内転筋である。
この筋を緩めるには、局所である足五里や陰廉などに刺針したまま運動鍼を行うとよい。具体的にはパトリックテスト肢位で刺針し、股関節の内転外転運動を行うようにする。
2.閉鎖神経痛の症例(57才、男性)
主訴:左大腿内側痛
現病歴:
元来健康だったが、2週間前、自宅でエアロバイクのペダル漕ぎトレーニングをやり過ぎたせいか、左大腿内側に痛みを感じるようになった。私のブログ<グロインペインの鍼灸治療>を読み、これかもしれないと思って当院来院した。職業柄、日中は立ち仕事をしている。
所見:左大腿内転筋群と内側広筋上に圧痛あり。同範囲の撮痛も陽性。鼠径部に圧痛なし。
立位で腱側の下肢を床から挙げ、患側のみで立つと、ふらつき、膝折れする。
アセスメントと治療:
①鼠径部周囲に圧痛がないのことで、グロインペインを否定。
②圧痛は左大腿内側中央に広がる→大腿内転筋群の筋膜症。
治療は、患側下にしたシムズ肢位で、大腿内側圧痛点数カ所に置針5分。
(この肢位にすると大腿内側圧痛を把握しやすい)
③立位患側片足立ち困難→ シムズ肢位で左大腿四頭筋とくに内側広筋の筋膜症。
症状をもたらしているのは大腿内転筋だが、内側広筋まで影響を受けていることによるのだろう。
治療は、仰臥位股関節屈曲かつ膝関節屈曲位置にして四頭筋伸張肢位にて血海・下血海に置針。 (この肢位で四頭筋刺激するとⅠb抑制され、反射的に筋弛緩できる)
治療効果:
治療直後は、いくらか痛み減少した程度。3日後の再診時もいくらか症状軽くなった程度。
第四診
大腿内転筋と内側広筋への刺針は前回通り。
大腿内側にラケット状に知覚過敏(=撮痛陽性)があること、大腿内転筋群は閉鎖神経支配なことから、閉鎖神経興奮を考えた。閉鎖神経は腰神経叢から起こり、大腿内転筋を運動支配するとともに、大腿内側の皮膚知覚を支配している。今回の症状は、ペダル漕ぎ運動で内股に刺激を与えすぎたせいだろうか。
治療:
閉鎖神経は、腰神経叢の分枝なので腰神経叢刺激として外志室刺針を実施。
この結果、症状は半分以下となっている。
局所である大腿内側の大腿内転筋刺激が効いたのか、大腿内側の皮膚刺激が効いたのか判然としないが、大きなカテゴリーでは閉鎖神経症状になっている。
※閉鎖神経の筋支配ゴロ:「閉鎖病棟、大胆!町内で外泊」
閉鎖病棟(閉鎖神経)、大(大内転筋)胆(短内転筋)、町内(長内転筋)で外(外閉鎖筋)泊(薄筋)
他の治療の検討:
本症例では実施していないが、閉鎖神経の神経絞扼障害部位が閉鎖孔を貫く部位だとすると、この部に鍼先を誘導しなければならないだろう。それにはシムズ肢位にて、3寸#8を使い、坐骨結節の内端を刺入点とし、骨の内面に沿わせて深刺する。鍼は仙結節靭帯を貫通し、内外閉鎖筋・閉鎖膜中に入れることは可能である。
3.中殿筋トリガーポイント由来の大腿内側痛(67才、男性)
2年前から右下半身に力が入らず、坐位→立位の際、立ち上がるのが困難になった。疼痛は右大腿内側なので、閉鎖神経痛を疑い、外大腸兪や腰宣へ置針するも、深部に筋硬結を見いだせず針響も得られなかった。やむを得す低周波通電をするも効果なし。第2診でも同様の治療を行うも無効だった。
第3診目で、大腿内側痛は腰部ではなく臀筋からくるのかもしれないと思い、大殿筋・中殿筋・小殿筋のトリガーポイントの放散痛図を改めて見てみると、中殿筋の放散痛は大腿内側にも生じていることを発見。患側上の横座り位にて、中殿筋に深刺すると、筋の硬いコリを感じ、また大腿内側に放散する針響も得られたので、抜針。直後から立ち上がりが楽にできるようになった。