腰痛には筋膜由来のものと椎間関節由来のものがある。鍼灸治療では、背部一行(棘突起の外方5分)からの深刺で、腰が伸びたり動作時痛が軽くなったりするのが普通である。しかし不十分な効果しか得られないことあるので、次の手段(=二の矢)を用意しておくべきである。
1.一の矢
頸背腰殿痛を起こすことの多い脊髄神経後枝症候群の鍼灸治療は、普通は腹臥位で背腰部一行に刺針することが多いと思うが、私は側腹位(シムズ肢位)で行うのを常としている。その方が反応点をつかまえやすく、刺針して深部の筋硬結に命中させやすいと思うからである。何カ所かに刺針し、5分間の置鍼を行うことにしている。側臥位で行う場合、片側側腹位で置鍼5分の後、もう片側にも置鍼5分するので単純計算で治療時間が倍になるという短所があるが、治療効果を優先するはやむを得ないことである。
このような施術をした後、患者を立たせてみて、痛みや背腰の可動性の軽減の程度を調べ治療効果を確認する。この方法で十分な効果が出れば治療を終える。
2.二の矢
しかし治療効果不十分な場合、次の<二の矢>としての治療を加える。ベッド傍に立たせ、上体を前屈させ、再び腰背部一行線上の圧痛反応を探し、一行反応点から深部にある硬結を目標に深刺する。なおこの体位は不安定なので置鍼はせず軽く手技した後に抜針。これを数カ所に行う。
患者を立位体前屈位に保持するには、次の2つがある。 1)より2)の方が効果的かと思っていたが、最近これを実証できた症例を経験した。
※二の矢の治療は不安定な体位なので置鍼はできない。一の矢の治療は、頸背腰殿部の診察を兼ねているのでどうしても必要。側臥位でだいたいの反応点に施術しておき、それでも治しきれない重要な患部を二の矢として治療する。すなわち一の矢は無駄な治療とはならない。
1)両手掌をベッドの天板につけて腰を曲げての体前屈位
体位が安定するので、安定感をもって施術できる。背部筋伸張は後者より劣る。
2)上体をできる限り深く屈曲させての体前屈位
背筋を強く伸張した姿勢になるので、治療効果も勝るのではないか(Ⅰb抑制)。この姿勢は患者にとって不安定なので短時間で治療を終えるべきだろう。
3.立位でできる限り上体前屈位にて行う鍼治療(47歳男、植木職)
仕事柄、年中頸背腰が痛くなり、年に数回当院に通院している。今回は本日仕事中、急に腰が伸びなくなったとのことで来院。無理してでも腰を伸ばせない状態。側臥位で腰背部一行を触診すると、L5S1S2の高さに強い圧痛硬結を発見。左右とも側臥位で2寸#4で一行数カ所に5分置鍼するも効果不十分だった。
だがこの程度の効果しか得られないことはよくある。次に立位で両手掌をベッド天板にのせる軽度前屈位で、背部一行に手技鍼を実施したが、どうも鍼先が筋硬結に当たっている感じがしないので3寸#8に変えて背部一行に手技鍼を実施。ただしこれも治療効果不十分で、来院時よりも改善するも背筋を完全には伸ばせなかった。
さすがに少々焦ったが、<第三の矢>ともいうべき治療、すなわち立位で出来る限り深く上体前屈位をとらせ、3寸#8でL5~S2の高さの一行に深刺した。すると患者は、「オー」と叫んだ。どうしたのかと問うと、痛むところに響いたということだった。たしかし鍼先は硬い筋硬結(多裂筋)に当たったという手応えが得られた。抜鍼後には背中はほぼ完全に伸びるまでに回復させることができた。
4.立位体前屈位で行った電気鍼治療の自験例(中高生当時、男)
私が中高生の頃、2回ギックリ腰で、腰が伸びなくなり、寝ているしかなかったことがあった。当時は私の家族の祖母と父が、たまに近所の鍼灸接骨院(実際は良導絡の局所直流電流電気鍼)に通院した。家族が言うには整形の治療より効果あるということで、恐る恐る鍼治療に出かけた。
すると立位でできるだけ前屈位にさせ、良導絡の握り導子を握らせた。「どこが痛むのか、指で示して下さい」と言うので、私が「この辺りです」と言って指で示すと、先生は探索子でその部位を探り、メーターの針が最も振れるところを探し、太い鍼を刺して電流を数秒間流した。切皮痛も痛かったが、数秒間後にはギューというような強い締め付け感を生じて抜針。「今度はどこが痛みますか」というので、再び指で示したが、先ほどとは少し違った場所になった。先生はその辺りを探索導子で探り、メーターの針が最も触れる処を先ほどと同じ要領で刺針。5回程度この方法を繰り返すと、腰痛は自覚するがどこが痛むのか分からなくなった。これをもって治療終了。治療前と比べ症状は1/3程度に軽減した。何しろ痛い治療なので、早く治療が終わって欲しかった。気持ちよさは皆無だったが、実によく効く治療だと思った。今思えば、電気治療が効いたというより、立位前屈位で行った施術が効果的だったと思う。