1.位置と局所解剖
1)取穴
正座位で両肘をつけ、両手掌の上に顎をのせる。(開甲法)。
伏臥位では上肢を挙げ、額の前で手を合わせる。要するに肩甲骨を大きく開かせる姿勢。この体位にさせ、第4棘突起下外方3寸にとる。厥陰兪の外方1寸5分になる。
2)局所解剖
上記体位で肩甲骨内縁から直刺すると、針は僧帽筋→大菱形筋→胸腸肋筋中に入る。それ以上深刺すると外・内肋間筋に達する。さらに深部には胸膜と肺実質がある。
なお棘筋・最長筋・腸肋筋を総称して脊柱起立筋という。治療対象とするのは大菱形筋もしくは胸腸肋筋であるが、内臓疾患と関係深そうなのは胸腸肋筋の方だろう。
①大菱形筋の過緊張すると肩甲骨上方回旋しづらくなる。大菱形筋は肩甲背神経が運動支配する。知覚成分はないので本神経の興奮では位置不鮮明なコリ感を生ずる。
②胸腸肋筋は第7~12肋骨から起始し、第1~6肋骨へと停止している。胸腸肋筋は主に胸椎を反らす作用(体幹の伸展動作)があり、体幹を側屈させる作用もある。
胸腸肋筋の過緊張では、上部胸椎の背屈がしずらくなる。この胸腸肋筋の緊張緩和が施術目的とされることが多いようだ。なお胸腸肋筋は脊髄神経後枝により運動・知覚支配されている。
③膏肓穴あたりを押圧すると、深部に硬結を触知できることが多い。これは前述の大菱形筋や胸腸肋筋の筋緊張由来のこともあるが、深部にある第5第6肋骨の肋骨角は背部方向に出ているので、圧痛硬結を把握しやすいことも一因だとされている。
2.膏肓の語解
1)「膏」とは
月(肉)+高という語解。元々はあぶら肉、脂肪といった意味。おいしい脂肉といった意味。とくに心臓の下の部分、横隔膜あたりの脂肪という意味もある。ちなみに軟膏とは、薬効成分をあぶらで錬った薬のことををいう。
油とは水に溶ける植物性のあぶら、脂は皮膚や肉から出るあぶらで動物性のあぶらを広く表す。膏は肉のあぶらのみに使う。
2)「肓」とは
月(肉)+亡(見えない)という語解。体の内部の、よく見えない場所のこと。すなわち胸部と腹部の間のうす膜(≒横隔膜)のこと、あるいは横隔膜の上にあるあぶら肉のこと。
3.<病膏肓に入る>とは
中国の『春秋左氏伝』より。晋の景公が病気になり、秦から名医を呼んだ際、夢の中で病魔の二人が、「隣国から名医が来るから、お前は膏の下に、俺は肓の上に隠れよる」と言ったという故事に基づく。王を診察した名医が「病は膏の下、肓の上に入ったので既に施しようがありません」と匙を投げたという。今で言う心膜炎や胸膜炎、あるいは狭心症や心筋梗塞をさしているようである。
なお、病が非常に重く治療の施しようがない場合、よく薬石効果なしという。薬とは漢方薬、石とは鍼のことで、 砭(へん)と書いた。大昔の鍼は石でできていた。
私説:膏肓穴は、自分の指では手が届きにくい場所にあることから、手で触れない →手当ができない →治療法がない というようになったのだろうか。この見解を代田文彦先生に言うと、苦笑いして「そうかい?」と返事しただけに終わった。普段忘れているような小さなつまらないことでも、ふと思い出すことがあり、懐かしい昔を思い起こされる。