序
筆者はかって、<膝窩痛に対する委中刺針の体位 Ver. 1.4>2014.7.28 を発表したが、その後に内容がかなり充実してきた。ともに、このタイトルが内容にふさわしくないものとなったので、内容を大幅に追加するとともにタイトルを変更することにした。
1.膝窩筋とは
膝窩筋は、膝窩部にある小さな筋なので、大して重要な役割もないだろう考えられてきた。しかし最近、本筋は<膝ロックを解除する>重要な機能があることが分かってきた。
膝窩筋の起始は大腿骨の外側顆、停止は脛骨の上部後面にある。歩行動作の間、膝は完全伸展位になることはない。しかし立位を保持しようとすると膝関節は完全伸展位になる。この時には脛骨の外旋を伴うことで、膝をある程度固定できる。膝の完全伸展位では、体重を骨で支えていて、膝部筋はほとんど使っていない。特に意識せず立位になっている者に対し、ちょっとしたイタズラで膝窩を軽く押しただけで膝折れ状態になり驚かすことができる。
完全伸展位にある膝を歩行開始モードに移行させる役割をするのが膝窩筋になる。言い換えれば、膝ロックを外すのが膝窩筋の役割である。
2.膝窩筋腱炎の症状
近年、膝窩筋は膝関節の完全伸展モードから膝屈曲モードに切り替わる起動装置(スターター)としての役割があることが判明した。
①大腿四頭筋筋力低下があれば膝折れしそうになる。
②四頭筋を緊張させ、膝折れを回避しようとする。
これは急に膝を完全伸展せさせ、脚が棒のようになる。(脚がつっかえ前に進めなくなる。)
③改めて歩きだすには、膝完全伸展モードから膝屈曲モードへの切替が必要。
④そのために膝窩筋が緊張する。
⑤折れや膝ロック状態を治すには、根本的には四頭筋の筋力をつける必要がある。
筆者は以前、片側の膝関節亜脱臼(自己診断)で、膝痛となり安静を保ったので四頭筋筋力の廃用性萎縮が起きていたのだろう。歩く動作ではあまり支障なかったが、階段を下りる際、片膝関節が完全伸展状態となり、階段を下ろうとする動作をストップさせた。最も苦痛だったのは、バスを降りる際で、階段の最下段と道路には結構な段差があり、また次々と降りる人がいるので急かせられることで、転倒しないよう懸命だった。四頭筋の重要性を再認識したのであった。
※足底筋の機能:足の底屈。アキレス腱が断裂しても、足底屈ができるのは、足底筋の収縮による。足底筋は、前腕部の長掌筋と同じく、現代人にあっては必ずしも必要とされていない。足底筋や長掌筋の役割は、足底筋膜や手掌筋膜の緊張をたかめるためである。たとえばサルが四つ足で歩いたり、木に軽々と登ったりする時に機能している。体操の選手が、鉄棒や吊り輪をする時、手にはプロテクターをはめて手掌を保護する必要があるが、サルなら不要だということ。
猫が手足の爪を出したり引っ込めたりできるのも、足底筋や長掌筋の作用による。
3.膝窩筋腱炎の針灸治療
異常がある場合、膝関節90度屈曲位にて、膝窩横紋中点(委中)あたりに圧痛硬結を触知できる。このシコリは膝窩筋由来のものである。上図で、膝窩中央に委中があり、それが足底筋上にあるように描かれている。しかし90度膝屈曲位にすると、委中の直下感ずる筋シコリは膝窩筋になると思った。腹臥位で膝窩横紋中央を探ってもシコリは発見できない。
これは膝窩筋を緊張させる肢位である。上図の膝窩附近の断面では、腓腹筋が描かれているが、これは膝窩横紋のやや下方からの横断図であろう。膝窩横紋の委中外方からの直刺刺針時では腓腹筋やヒラメ筋は関与しない。
4.内合陽穴について
代田文誌「鍼灸治療基礎学」には次のような記述がある。
「委中の下方2横指のところに合陽穴を定め、その内方2横指の筋肉中に内合陽穴を定める。座骨神経痛や膝関節炎の場合の圧痛好発部位であり、臨床上必要な治穴。」
内合陽穴は澤田流を勉強している者は周知の穴であるが、どういう病態の時に、本穴に圧痛硬結反応が現れるのか私には不明だった。内合陽は脛骨神経の走行上ではなく、腓腹筋内側頭だとしても、ここに限局的に圧痛硬結が出る機序が分からなかった。
しかし内合陽もまた膝窩筋の反応点となることは、改めて解剖学書を見ると明らかになる。つまり膝窩筋腱炎の病態のバリエーションだと見なす。最近正座姿勢ができず、膝窩が痛むと訴える65歳男性の患者の治療を経験した。立膝位で委中刺針を行ったが、珍しく効果不十分だった。どこが痛むのかを患者自身の指頭で押さえるように指示すると、まさしく内合陽を押さえた。そこで膝90度屈曲位のまま、内合陽の強い圧痛硬結に2寸#4程度で手技針すると、治療直後からかなり正座できるようになった。