最近、筋膜の理解が大きく進歩し、これまで経験的におこなってきた治療も理論づけができるようになってきて喜ばしいことである。しかし新しい考え方であるため、知らない者もおり、知ってはいっても断片的理解に留まる者もいる。自分の勉強かたがた、整理をしてみたい。
筋膜というと、筋を包む深筋膜だけを考えがちであるが、皮下組織(=皮下脂肪)を包むのも筋膜で、これを浅筋膜とよぶ。皮膚は表面から、表皮→真皮→皮下組織→深筋膜→筋肉の組織になるが、浅筋膜は脂肪体を包む膜のことである。
ちなみに皮内鍼は、真皮にまで水平刺する(表皮・真皮を合わせて厚さが約1.5~4.0mm)。皮下組織にまでは刺さない。皮下組織まで刺入すると、動作時にチクチクすることがある。
例外も少なくないが、現代鍼灸では深筋膜にまで刺し、響きを求めることが多い。これに対して古典派は一般に浅針の者が多いが、中には管針法を使った5㎜程度の切皮でさえ、深すぎるとする者がいる。これはおそらく浅筋膜刺激をしているのだろう。
1.筋膜の構造
これまでの認識では、筋肉を包む膜を筋膜とよび、筋膜には浅筋膜と深筋膜があるというものだった。だが浅筋膜は筋肉ではなく、皮下組織(=皮下脂肪)を包むものである。皮膚と皮下組織間の結合がゆるむと、皮膚に加わる外的衝撃を逃すことがで きず、筋へダメージを与えやすくなることがわかった。
一方、隣接する深層筋膜間は、互いに筋活動を円滑に行うためにFuzz(線毛)があって摩擦を防いでいるが、筋同士の摩擦が弱すぎると、Fuzzが癒着しやすくなることが知られるようになった。
筋膜は、Fascia(ファッシア)の意味だが、ファッシアは元々はシーツのような薄い膜を意味している。なお以降は、浅筋膜のことを浅層ファッシアとよび、深筋膜のことを深層ファシアと よぶことにする。
筋膜には無数の神経細胞(受容器や自由神経終末)が分布しているので痛みに敏感である。
なお日常的には筋膜を、浅筋膜・深筋膜といった区分で呼ばない。筋肉で分けられるものが深 筋膜であり、浅筋膜は頭部・頚部・胸部とった身体区分で分ける。
浅筋膜の区分の境界は、「シワ」によって確認できる。人間は屈側が強いため、屈曲シワができる(分かりやすいのは手首のシワ、鼡径部のシワなど)。屈側が強く屈曲シワができるということは、伸側は張っていて強度が強いということになる。脈管神経は隙間のある部分を通るので、脈管神経隙ができやすい屈側側を多く通ることになる。
2.浅層ファッシア(=浅筋膜、皮下筋膜) Superficial fascia
1)浅層ファッシアの所在と機能
皮膚の下には皮下組織があり、その下には結合織がある。皮膚のすぐ下にある皮下組織の別名を浅層ファッシアとよぶ。浅層ファシアは皮下組織(=皮下脂)肪をゆるく覆う疎性結合織である。例えば、皮膚をオーバーコートとするなら、その裏地の様なもの。皮膚と筋の間のスライドを援け、外部からの圧力に対して筋肉を保護する。
2)浅層ファッシアの障害
浅層ファッシアは、セーターのように互いに絡み合ってネットワークを形成しているので、どこか一か所を引っ張ることが、全体的な緊張やバランスに影響をあたえ、引っ張りや緊張が身体全体のバランスに影響を与えている。
2.深層ファッシア(=深筋膜)Deep fascia
深筋膜は、筋肉自体を被うスジ状の白い膜で、個々の筋~筋群を覆って内外から支える。固定、収縮の制限、他の筋との摩擦の軽減作用がある。例えば、コートの下に着るスーツの生地。
皮膚面から深層に向かって、表皮→真皮→浅筋膜→深筋膜となるが、その下には浅層筋→中層筋→深層筋の順で層を成している。正常な状態にあるときは、筋膜間は組織液に満たされている。この組織液が潤滑油となって筋と筋との摩擦を軽減している。
①筋上膜(=筋外膜):筋を包み、腱・靱帯に連なる。
②筋周膜:筋束を包んで、腱。靱帯につらなる。
③筋内膜:筋線維単を個々に包む(コラーゲン線維)
④腱・靱帯:筋と骨、骨と骨を結わえつける。伸び率は4~5%。6%で部分断裂、8%で断裂する。
3.筋膜症状と臨床
1) Fuzzの生成と進行
【Fuzz Speech by Gil Hedley with Japanese subtitles】日本語字幕:倉野幸雄 より
筋膜と筋膜が癒着した状態を、 Fuzz(=直訳で綿毛)とよぶ。引きはがそうとすると、ゆるいゼリーのような粘性のある透明な糸が伸びる。夜寝ている間や、じっと同じ体勢でいる時に作られる。起床時などで、腕をうーんと上にのばして背伸びをするなどするのは、胸の側面から肩にかけての筋膜癒着を取り除いて、隣接する組織がスムーズにスライドするように無意識に行っている動作である。筋膜癒着が生じて間もなければ、このような動作で筋膜間の滑りを回復できる。
ストレッチすると肩に痛みが出るなどの事態では、次の変化が起こりえる、
動かさない肩に筋膜癒着が重なる
→関節の可動域が狭まる
→関節に付着する筋肉が完全に伸縮 しなくなり、固くなる
→組織間の摩擦が増える→微細裂傷が起こる→筋膜癒着がさらに増える。
何週間、何ヶ月、何年、あるいは何十年もかけて積み重ねられた筋膜癒着は、自然治癒は困難である。このような場合、筋膜間をメスで剥離する訳にもいかなので、ドクターであれば食塩水や局麻剤を癒着部に注入して剥離させることを考える。
針灸師であれば、ファッシア内に針先を入れ、運動針を行うことで癒着を剥がすようにすることになるだろう。典型的には肩甲骨と肋骨間の筋膜癒着で、肩甲骨内縁を刺入点とし、肩甲骨と肋骨間内に深刺しつつ、肩甲骨の外旋運動を示指する。これは肩甲骨と肩甲下筋間の癒着剥がし行なう。
2)浅層ファシアを剥離する挫刺針(塩沢幸吉著「挫刺針法」医道の日本社、1967より)
塩沢幸吉創案の挫刺針法は、この浅層ファッシアの癒着を剥がすので効果があると考える者がいる。塩沢は「挫刺針法とは、挫刺に適する特殊な針を使用して、表皮・真皮及び皮下組織の一部を極めてミクロな状況下において刺切し、挫滅することによって、‥‥」と記している。
右側の背部から肩頚部に強度の疼痛を発し、さらに右上肢に強い倦怠を訴えて通院する慢性胃炎の患者の鍼灸治療を1年2ヶ月色々な方法で治療してみたが疼痛は一向に軽快しなかった。しかし皮下組織とおぼしきところまで数回にわたって線維を引き出しては切除したところ、患者は今までの苦痛が一掃したとの治験を紹介した。
3)撮診反応
皮膚と皮下組織を一緒につまむと、痛みを強く感じる部とさほど感じない部があることに気づくが、この現象を治療に応用したのが撮診(=skin rolling スキンローリング)ではないかと思う。撮診の異常所見で、「撮痛」は皮神経の閾値低下部位であろうが、痛みの有無は被験者にしか分からないことである。しかし撮診時、他部位と比べて「皮膚と皮下組織が分厚く感じる」のが常だが、これは検者が感じる所見である。分厚く感じるのは、浅層ファッシアの反応を捉えていると思えた。
日常的鍼灸臨床で、よくみるのは深層ファッシアが存在しない腱・腱鞘部の反応である。腱鞘炎時にいける手関節背面の撮診反応は、撮診すると跳び上がるような痛みを感じ、また撮んだ皮膚が厚ぼったく感じる。 厚ぼったく感じる理由こそ、 浅層ファッシア反応なのだろう。鵞足炎時の膝関節内下方の撮診でも同様のことがいえる。
結合織マッサージやロルフィング(1930 年代にアメリカでアイダ・ロルフによって開発された浅層ファッシア癒着を解放する治療)は同様の意義をもつと思えた。
4)顔面のシワ取り(美顔針)
関節自動運動時は、筋収縮を伴うが、その時皮膚は浅筋膜を介してかなり自由に動く(ずれる)ことができるので、皮膚はそれほど変形せず、従ってシワも出にくい。それには皮膚と浅筋膜間がきちんと密着していることが要件となる。老化などで皮膚がゆるみ、両者間の密着性が弱くなると、筋運動時に皮膚が筋の運動に追従できず、シワの原因になる。
浅筋膜があるところから無いところへの移行部では、そのズレるということができず、やはり皮膚が変形しやすい。つまり、骨格筋のない他の器官(内臓、眼、関節部)への移行部は、変形を強いられシワがでやすい。目や口元は、女性がシワを気にしやすい部位であるが、これらはこの移行部にあたる。 浅筋膜部に対する針治療が重要になるゆえんである。
5)関節変形
中年以降、膝などの関節の痛みを訴える者が増えるが、ズレることのできない場所のひとつである関節部では、内側からの力を拡散しずらいので、関節の変形が起こりやすくなる。