1.脈状診とは
寸口(橈骨茎状突起の内側の橈骨動脈拍動部。太淵穴)に指頭で圧をかけ、その指の感触から、病因の推測、寒熱の度合い、予後の判定などを診る診察法。
※平脈:健康人の正常な脈を平脈とよぶ。平脈とは次のような脈をいう。一息(一呼一吸)に 4~5拍動(術者の呼吸で判定)、リズムが一定、太くも細くもない。硬くも柔らかくもない。浮いても沈んでもいない状態。
なお脈とミャク(月+永)は同じ意味である。漢字を構成する右側の造りは、水流の細かく分かれて通じる様子であり、これに月(=肉)を加えると、とくに細かくわかれて通じる血管をさすようになる。
脈診で太淵穴を指頭で圧する意味は、太淵穴が部位的に圧しやすいという意味からであって、古代中国人は太淵穴の脈の具合を病態に照らし合わせ、体系的に整理していったと思われる。無数にある血脈の一部位をもって、全身の血脈の具合を推察しようと努めた結果であって、太淵が肺経上にあることは、考慮しなくてもよかろう(背部膀胱経に、背部兪穴が並んでいるのと同じ)。
2.脈の可変因子
1)血脈における気の固摂作用
血管断面積を決定するのは、気の固摂作用である。気の固摂作用が強いほど血管断面は小さくなり、皮膚からの距離は遠くなるので、沈脈となる。気の固摂作用が弱いほど血管断面は大きくなり、皮膚からの距離は近くなるので、浮脈となる。
2)血脈における気の推動作用
気は血流速度にも影響を与える。気の推動力の強弱は、血流速度の遅速と相関する。また血流速度は、脈拍数と相関する。
3)心拍出力
心臓における血液拍出力が強ければ血流圧(=血圧)が増加する。この値は現代でいう血圧値(とくに最高血圧)の測定で推定できる。心拍出量が大きければ実脈に、小さければ虚脈になるであろう。
4)肝の疏泄作用
肝の疏泄作用とは、気血水を滞りなく、のびのびと回す力をいう。この疏泄作用の低下の原因は、ストレス(抑鬱、怒り)であり、中医学では 肝鬱気滞(=肝気鬱滞)と称する。気の流れが悪くなって滞り、引き続いて血流の勢いも低下する(気滞血オ)。
4.代表的な脈状
脈の数は何十種類もあるが、その脈状の意味を共有できる者が大勢いなければ、学問としての発展性は乏しい。かつて日産厚生会玉川病院東洋医学科(当時の主任、鈴木育雄氏)では、代田文彦氏の考えを具体的に現すものとして、以下に示す八種の脈を、同科の内部で共通して用いる代表的な脈状診に定めた。
1)浮脈
概念:軽く指をあてて触れる脈
解釈:気の固摂作用低下で、血管が緩んだ状態。つまり末梢血管拡張状態。病が表にあることを示す。体熱を放散する目的←風邪の表証。いわゆるパワー不足←気虚証。
刺激:針を浅く(5㎜)刺す。
2)沈脈
概念:強く圧して初めて触れる脈
解釈:気の固摂作用亢進で、血管が緊張した状態。つまり末梢循環収縮状態。裏証。多くは冷えによるものであり、体熱を逃がさないようにする目的がある。
刺激:理論上は針を深く刺すことになる。実際には寒証が多いので温補がよい。
3)数脈
概念:一呼吸に六拍以上(90拍/分以上の脈)、頻脈
解釈:気の推動作用増加し、血流が速くなる。熱証。現代医学では基礎代謝増加(発熱疾患、精神緊張、甲状腺機能亢進症、脱水)
解説:一般感染症をまず考える。しかし針灸に来院する患者に有熱者は少ないので、大部分の者は鬱熱状態(陽気が長期間外に排出できない)を考える。鬱熱の原因として情志機能の失調による臓腑の機能障害(交感神経緊張)がある。
刺激:浅く速刺速抜し、熱をさます。
4)遅脈
概念:一呼吸に三拍以下(50拍/分以上の脈)、徐脈
解釈:気の推動作用減少し、血流がゆっくりになる。寒証。現代医学では基礎代謝低下(甲状腺機能低下症、低体温症)。
解説:徐脈は一般的にはまず心疾患(房室ブロック)を考える。心臓に異常がなければ、甲状腺機能低下症(基礎代謝低下による徐脈)などの内分泌疾患を考える。東洋医学では血流が活発でないことによる寒証を意味するが。その本態は血虚(血液量不足)または腎虚(精力不足)にある。
刺激:治療は温灸や知熱灸がよい。
5)実脈
概念:明らかに力強い脈で、浮中沈ともよく触れる脈。
解釈:血液が血管に充満して圧力をかけている。すなわち高血圧、動脈硬化状態。心拍出量増大。実証。
刺激:太い針で強めの刺激をする。
6)虚脈
概念:明らかに力のない脈で、浮中沈ともあまり触れない脈。
解釈:血液が血管をかろうじて満たしている状況で、圧力に乏しい。低血圧状態。虚証(気虚、血虚など)
解説:心拍出力低下(=低血圧)、腎虚(=生命力低下)。
刺激:強い刺激を身体が受け付けないので、細針で針響を与えないよう刺す。
7)弦脈
概念:琴弦を押すように力強く(緊張した)脈。
解釈:集まった気血が拡がらない状態。この原因としてつぎの2つがある。
①肝の疏泄作用の失調 →肝気鬱血
②痰飲:痰があるので
③痛み:苦痛大なので脈も緊張している。
解説:中枢因子:ストレス過多による交感神経緊張状態(肝の疏泄作用の失調→肝気鬱血、疼痛状態)
末梢因子:痰飲によって気が阻滞
※筆者は、肝の作用を、現代医学でいう大脳新皮質の作用と考えている。精神的要素=肝の病
変と考える。この詳細は、「古典概念の現代医学的解釈」カテゴリー中の、「古代中国人の肝
の認識」ブログ参照のこと。
8)緊脈
概念:ワラを押すよう。琴弦がさらに細くなった、弦脈の緊張型。血管が緊張して力強さ感じる。
解釈:弦脈と同病態 + 寒証