1.陰部神経の解剖生理
陰部神経叢は第2仙骨神経~第4仙骨神経の前枝から構成されており、尾骨に向かって下降する。仙棘靭帯をくぐって大坐骨孔を出て、すぐに仙結節靭帯をくぐって小坐骨孔中に入る。
陰部神経はその後に、会陰神経、後陰茎神経(♂)、後陰唇神経(♀)、陰茎背神経(♂)、陰核背神経(♀)、下直腸神経、骨盤内臓神経などに分岐し、その運動と知覚を支配している。
陰部神経は、肛門挙筋と外肛門括約筋の運動を支配しており畜便・畜尿時に漏れを防ぐ役割と、 排便・排尿時に意志により、大小便排出を我慢する役割がある。また生殖器を支配している。
肛門、外生殖器の皮膚知覚もつかさどっている。また陰部神経の末梢枝は下腹を上行するので、中極からの深刺では陰部に針響を送ることができる。これは膀胱炎や尿道炎の治療に用いられている。
2.陰部神経痛の原因と症状
原因:長く座っている。座っている姿勢が悪い。自転車によく乗る。出産。お尻を強打。
症状:慢性的な肛門の痛み、肛門の奥の痛み、会陰の痛み、性器の痛み、骨盤の痛み(尾骨も含む)
3.陰部神経刺針の適用と技法
1)陰部神経刺針の基本
患側上の側腹位。上後腸骨棘と座骨結節内端を結んだ中点をとり、その1寸下方に陰部神経刺激点をとる(三等分して、坐骨結節側から1/3とする方法もある)。3寸8番針で皮膚面に対して直刺し、陰部に響かせる(陰部に響かない場合、響くまで試行錯誤)。響かせた後、通常5~10分間ほど置針。
2)仙棘靭帯を目標にした陰部神経刺針
陰部神経が絞扼されやすい部の一つとして仙棘靭部で陰部神経が通過する部がある。
前述の「陰部神経刺針の基本的方法」の深刺直刺することで、仙棘靭帯あたりに鍼先を誘導できる。
3)陰部神経が内閉鎖筋を覆う筋膜を走行する際に通る陰部神経管(アルコック管)での絞扼
①病態
内閉鎖筋下方の内側に位置するトンネル状構造の組織をアルコック管という。陰部神経管内には、陰部動・静脈および陰部神経が通っている。陰部神経は生殖器に行く枝と肛門に行く枝に分かれるが、肛門に行く枝はアルコック管内を横断する。したがってアルコック管刺針は、肛門症状に適応するかもしれないが、生殖器症状(EDを含めて)に適応はないことが知れる。
アルコック管部自体に問題があるのではなく、内閉鎖筋が緊張を強いしてアルコック管が圧迫されて陰部神経の神経絞扼障害が起こりやすいとされている。
高野正博医師(大腸肛門センター高野病院)は、このような肛門の奥が痛むと訴える患者に、直腸内指診をすると、圧痛ある索状の陰部神経を触れ、患者はその痛みがいつもの痛み症状と同じことを認めると記している。陰部神経痛時には、排便障害(便が出しにくい、残便感) が生じる例もある。本刺針は、骨盤神経(S2,3,4)の副交感神経症状である排便障害にも関与している。なおこれまで肛門奥の鈍痛は、肛門挙筋痛と考えられてきたものだった。また慢性前立腺の障害を疑われることもあった。
②肛門挙筋とアルコック管部への刺針
3寸#8にて長強穴外方3㎝からの直刺深刺すると、肛門挙筋→内閉鎖筋部のアルコック管部あたりに至る。実際に何例か患者に使ってみたが、この刺針は、間欠性跛行症状に効果はないようだ。肛門奥の痛みに対しては、やや有効だという印象がある。肛門奧の痛みは、どの医療施設でも決め手になる治療法がないので、鍼灸は今後の技術的改良のより、有力な治療法の一つとなるかもしれない。
肛門挙筋刺針に対しては、当初は赤ちゃんがオシメをかえる時の姿勢のように仰臥位で両下肢を腹に近づける体位(術者の胸で下肢に覆いかぶさる)をさせたが、この体位を持続させることは患者にとってきつく、羞恥心のあるものだった。最近では腹臥位でお尻を突き出す形(ジャックナイフ位)に変更し、施術に伴う苦労が大幅に減った。